『国字小説小櫻姫風月竒觀』−解題と翻刻−
高 木  元 

【解題】

 本作は京山の読本初作である。自序では小櫻姫のことを記す一小冊を敷衍して稗史六巻を作ったと述べている。架空の粉本の存在を仮託した序文の常套句ではあるが、題名からも容易に想像が付くし、読んだ者が誰でも気付くように、山東京伝『櫻姫全伝曙草紙』(文化二年十二月刊)に基づく趣向が多く用いられている。登場人物名にも幾分の変化を持たせてはいるものの、その多くを継承している。また、清水寺での見初めの場、保養のために下館(別業)へ移る下り、男女の別はあるものの一体二形の趣向、清玄(同玄)の殺害と怨霊の発動等は明確に『曙草紙』からの移植である。

 ところで、自序の稗史六巻という点が気になる。第三回の末作者曰で、稿本の時には次にあった蘆中の扁舟玉笛を弄すという一回分を割愛したと述べる。目録を見ると全十一回と成っており、何か中途半端な回数である。そこで『享保以後・江戸出版書目』を見るに文化六年巳十一月六日 辰秋懸り行事 小林新兵衛 余略之の項に文化六巳十一月/小櫻姫風月奇観/同(墨付)百七丁 全四冊 京山著/国貞画 同(板元売出し) 前川弥兵衛とある。つまり出願時には全四冊としているが、執筆時には前帙を六巻十二回として構想したのであろうか。

『外題作者画工書肆名目集』には小櫻姫風月奇観 三冊 京山作/豊国画 前川弥兵衛八月十九日廻ル/一十月廿四日三ノ上下廻ル/二十月廿二日三十一月十一日上本/十一月廿二日売出し 無障とあり、文化六年八月十九日に行事改に出したことと、刊記には文化六年十月発行とあるが実際には十一月二十二日に何の問題もなく売り出されたことが確認できる。なお、出願を書物問屋である前川弥兵衛が行っているのは当然として、出された本から判断すると平川館が蔵板元であるように思われるが、自序に拠れば、実質的な板元は雄飛閣(田辺屋太兵衛)であったようにも受け取れる。しかし、双方とも刊記に名前を並べているわけであるから相板元であることは動かない。

 なお、本作には自筆稿本が残されている。巻二を欠く半紙本二冊、旧京城帝国大学蔵本を引き継いだソウル大学が、長年大切に保管して現在に伝えてきたものである。九州大学の松原孝俊氏のご厚意に縋ってソウル大学中央図書館の蔵書調査に加ていただき一瞥を加える機会に恵まれた。ただし、諸般の事情から熟覧することは許されなかったので、何時の日にか詳細な検討がなされることを期して、以下簡単に紹介しておくことにする。

ソウル大学中央図書館蔵『小櫻姫風月竒觀』自筆稿本(貴三二一〇/九五六/一〜二)
巻一魁(朱) 作者山東京山[京山](朱印)(中央に題簽剥離跡)/墨附二十八張 版元 前川彌兵衛/平川館忠右衛門/
巻三巳十一月四日下ル 行事改/魁(朱) 作者山東京山[京山](朱印)(中央に題簽剥離跡)/墨附上下/合五十三張 版元 前川彌兵衛/田邊屋太兵衛/平川館忠右衛門

 取り敢えず確認できた情報は、巻三を上下二冊として申請したことと、十一月四日に稿本の行事改が終わったことである。その後、校合本と出来本の改めを受けて十一月二十二日に売り出されたわけである。

 前編は物語の中途で終わっているが、予告された後編を京山が出すことはなかった。後編『小櫻姫風月後記』は、前編の刊行から八年後の文政三年に、檪亭琴魚の手によって上方の書肆である近江屋治助から出された。この出板に至るまでの経緯は、例言に以下のように記されている。

小櫻姫(こざくらひめ)、風月奇觀(ふうげつきくはん)は、山東京山(さんとうきようざん)雅兄(がけい)の著述(ちよじゆつ)にして、文化(ふんくわ)己巳(つちのへみ)の冬(ふゆ)発行(ほつこう)〈中略〉(おし)むらくは全傳(ぜんでん)をなさず〈中略〉(いぬ)る丁戌〈十四年〉の秋(あき)、京山ぬし不意(ゆくりなく)も、京摂(けいせつ)の間(あはひ)に遊歴(ゆうれき)して、僑居(きようきよ)を三条京極の邊(ほとり)に占(しめ)たり。僕(おのれ)半日(はんじつ)の閑(かん)を得(え)て、彼(かの)僑居(たびやどり)を訪(とむら)ひつゝ、雅話(がは)高論(かうろん)を聞(きく)の序(なへ)、談(だん)小櫻姫(こざくらひめ)のことに及(およ)べり。よつて是(これ)を催促(うながせ)ば、鐡筆(てつひつ)の業(わざ)(しげく)して、縡(こと)こゝに致(いた)らずといふ。されども猶(なほ)(こゝろみ)に、其(その)胸裏(けうり)の機関(きくはん)をとへば、暗(あん)に僕(わが)推慮(おしはかり)たるにちかし。こゝにます/\感慨(かんがい)の情(じよう)に堪(たえ)ず。漫(そゞろ)に後編(こうへん)六巻を編次(へんじ)して、一夕(いつせき)の談柄(はなしがら)とする。

 京山に面談の上、構想についての意見交換をしたとあるのを信じれば、この後編の出板は京山の了解の上だったことになる。

 さて、この例言には前編の典拠についても述べられており、此書(このしよ)前編(ぜんへん)、原来(もと)唐山(からくに)の小説(しようせつ)、龍図公案(りうとこうあん)に載(のせ)たる、金鯉魚(きんりぎよ)の怪(くはい)と、櫻姫曙艸紙(さくらひめあけぼのさうし)とを、棍合(さつがふ)して作(つく)りなしとある。白話小説『龍図公案』は京山が『小櫻姫風月竒觀』第八回でも名をあげている書であり、秘匿された典拠ではなかった。麻生磯次氏は『江戸文学と中国文学』(三省堂)六五七頁で原話との比較検討をされているが、池中の鯉魚に酒を与える場面のみならず、『曙草紙』に共通する一体二形の趣向も利用したものと思われる。しかし、むしろ問題にすべきは『龍図公案』から六話を選んで翻訳した『通俗孝肅傳』(明和五年刊)の存在である。京山が使った金鯉魚は『通俗孝肅傳』巻之一に配されており、おそらく通俗本に拠ったものと思われるからである。ちなみに『櫻姫全傳曙草紙』に唐の世の名妓翠翹という表現が出てくるが、この翠翹とは通俗本の出ている『金翹傳』の主人公である。京山も『絵半切かしくの文月』で『通俗金翹傳』の書名をあげており、やはり高価で希少な唐本ではなく通俗本で白話小説を読んだと考える方が自然だと思われる。

 あまりに露わな典拠の利用からか、本作が本格的に取り上げられて論じられることはなかったが、前後編の間に見られる整合性もしくは齟齬の問題や、前述したような本としての構成が整然としていない点、また平仮名が多用された句読点のない文体の問題、凝った口絵やそこに用いられた賛に関する問題など、検討すべき問題は決して少なくない。

書誌

【表紙】

表紙

『稗官小説・小櫻ひめ』千祥 萬禎

【序】

自序
自序

自序
文化甲子の歳。家兄京傳。創意して安積沼物語を著し。丙寅嗣て櫻姫曙草紙を著す。刻成て發賣す。一朝大に售る。真個に洛陽帋價之が為に貴し。是に於て都下の名人才子。東に〓し西に擬し。麗篇佳構數百部に下らず。人々自ら謂(ヲモヘ)り。霊蛇の珠を握れり。頃ころ各處の書坊。素(モトヨ)り僕が平生家兄と筆研を同諳するを以て。相共慫慂して。僕をして亦馮婦為らしめむと欲す。嗚呼僕襪線の資。安(イヅクンゾ)諸作家と抗衡することを得べけんや。後偶々市を閲して。一小冊子を購ひ得たり。其の書蠹蝕糜壊其の何の標目なるを知(し)らず。中に江州鈎(マガリ)為兼の女子小櫻姫事を記有り。小窓無事一再讀の後。戯に衍して稗史六巻を作り。題して風月竒觀と曰ふ。以て書肆雄飛閣に付して雕板せしむ窃に謂(ヲモヘ)り瑣々鄙構。固より大方看官の一顧を汚涜する足らざるを知る。覆〓種繭実に自ら分とする所なり。但作家數子の間に濫竿ることを得せしめば。其の幸慶たること亦夥しからん。
文化戊辰之星夕

山東京山題 [京山]


題

[九種曲] 廿載旁觀笑與顰 凡情丗態冩来眞 誰知燈下填詞客 原是詼諧郭舎人 空香女史題[空][香]

口絵

[山東] 絶風流的少年偏 持淫戒極矛盾的 女子頓結癡盟 [京][山]
小櫻ひめ 鯉魚之妖精

口絵

信田左衛門清玄(きよはる)
[石齋] 棹舌翻紅蹈 盤身蹙白花 [京][山]

篠邑二郎公光(しのむらじらうきんみつ)
[山東] 依稀相識便相從 一笑元非陸士龍 右摘張劭詠人影起承 醉々[石][齋]

口絵

果旡堤之妖狐(はてなしつゝみのようこ)
白拍子(しらびやうし) 玉琴(たまこと)
[石齋] 鬢垂香頸雲遮〓 粉著蘭胸雪壓梅 [京][山]

口絵

小櫻姫之侍女(こさくらひめのこしもと) 山吹(やまぶき)
其意他人那得知 真情却害假相思

播州高砂之漁人(ばんしうたかさごのりやうし) 水次郎
朝〓輕棹穿雲去 暮背寒塘戴月回 [石][齋]

口絵

・轟坊(とゞろきぼう) 同玄(どうげん)
[一齋] 胸業一度破却即同玄 [石][齋]
・小櫻姫(こさくらひめ) 再出

水二郎渾家(みづじらうがつま) 於梶(おかぢ)
[一齋] 不見水雲應有梦 偶隨鴎鷺便成家 [京山]

目録

小櫻姫風月竒觀前帙目録
○巻之上
(たい)一回(くわい) 秀郷射蜈蚣得寶器(ひでさとむかでをゐてほうきをうる)
第二回 湖水金鯉禍水次郎(こすいのひごひみづじらうにわざわひす)
第三回 水次郎擲簑悲薄命(みづじらうみのをなげうつてはくめいをかなしむ)
○巻之中
第四回 一首和歌媒小櫻姫(いつしゆのわかこざくらひめをなかだちす)
第五回 小櫻姫夜功遇情人(こさくらひめよるじやうじんにこうぐうす)
第六回 小櫻姫再邂逅情人(こさくらひめふたゝびじやうじんにがいこうす)
○巻之下〔上下〕
第七回 志賀之助一體分身(しがのすけいつたいぶんしん)
第八回 佛眼和尚説劍来由(ぶつがんおせうけんのらいゆをとく)
第九回 小櫻姫悲因果將死(こさくらひめいんくわをかなしんでまさにしせんとす)
第十回 清玄山舘俘小櫻姫(きよはるさんくはんにこさくらひめをとりこにす)
第十一回 水次郎奮勇助旧主(みづじらうゆふをふるふてきゆうしゆをたすく)
[平川舘記] 開彫毎部/圖章爲記

再識・本文冒頭

[漏庵]
僕幼きより嗜て図章(イン)を〓す。凡そ、銀・銅・牙・角・玉・石、材に随ひて奏刀(ホル)す。嘗て此の技を挾み藝苑に遊ぶこと茲に年有り。近来、此の技を售て以て楮墨の費に充てんと欲し、東都京橋南街山東舗上に於て招牌を掲(カヽ)げ、以て四方の来客を待つ。願は 諸君賜顧の者、嗣て拙作を索(モトメ)ば榮幸榮幸。統(スヘ)て垂鑒を乞ふ。

鐡筆堂山東京山謹白 [京山]


国字小説小櫻姫風月竒觀巻之一

山東京山 編撰

  第一回 秀郷射蜈蚣得寶器(ひでさとむかでをゐてほうきをう)

話説(わせつ)人皇(にんわう)六十一代 朱雀帝(しゆじやくてい)の御宇(ぎよう)承平(せうへい)二年、俵藤太(たはらとうだ)秀郷(ひでさと)、近江(あふみ)の国(くに)に任(にん)ぜられけるに、一日(あるひ)勢田(せた)の橋(はし)を渡(わた)らんとするに、大蛇(だいじや)(はし)のうへに横(よこたは)り臥(ふし)、秀郷(ひでさと)の来(きた)れるを見(み)て頭(かうべ)を擧(あげ)(かゞみ)のごとき眼(まなこ)をひらき、紅(くれなゐ)の舌(した)を炎(ほのほ)のごとく吐(はき)いだし、秀郷(ひでさと)を呑(のま)んとする勢(いきほひ)なり。尋常(よのつね)の人(ひと)(これ)を見(み)ば、目(め)も瞑(くれ)(たましい)(きへ)て地(ち)にも倒(たをれ)つべきに、秀郷(ひでさと)はきこゆる大剛(たいかう)のものなりければ、更(さら)に一念(いちねん)をも動(うごか)せず、彼(かの)大蛇(だいじや)の背(せ)のうへを荒(あら)らかに踏(ふみ)て、閑(しづか)にぞ超(こえ)たりける。しかるに大蛇(たいじや)もあへて驚(おどろ)きたる氣色(けしき)もなく、秀郷(ひでさと)も後口(うしろ)を顧(かへりみ)ず橋(はし)を渡(わたり)ける。然(しかる)に大蛇(だいじや)忽然(こつぜん)として
挿絵
【挿絵第一図】
美女(びぢよ)と變(へん)じ、秀郷(ひでさと)に對(むか)ひていひけるは、我(われ)この勢田(せた)の湖中(こちう)に住(すむ)こと千余年(よねん)におよべり。時(とき)として先(さき)のごとく大蛇(だいじや)の正體(しやうたい)をあらはし、橋(はし)に臥(ふ)して往来(ゆきき)の人(ひと)の剛億(がうおく)を量(はか)り見るに、御身(おんみ)のごとき大剛(だいかう)の人(ひと)あることなし。我(われ)年来(としごろ)(うらみ)をかさねたる仇(あた)あり。おん身(み)(わが)ために此(この)(あた)を亡(ほろぼ)し玉はれかしといと懇(ねんごろ)に語(かたら)ひける。秀郷(ひでさと)は大蛇(だいじや)の美女(びぢよ)に變化(へんげ)したるを見(み)て、猶(なほ)一念(いちねん)をも動(うごか)さず、汝(なんぢ)の仇(あた)といふは何(なに)ものにやと尋(たづね)けるに、龍女(りうによ)いふやう、三上山(みかみやま)に我(われ)とひとしく年歴(としへ)て大(おほい)なる蜈蚣(むかで)あり。かれ我(わ)が愛(あひ)するところの珠(たま)を奪(うば)はんとして、襲(おそ)ふ事(こと)(すで)に久(ひさ)し。これぞ我(わ)が年来(としごろ)の仇(あだ)なれ。おん身(み)(はや)く亡(ほろぼ)して、我(わ)が愁(うれい)をのぞき玉はれと錦(にしき)の袖(そで)を顔(かほ)にあて、さめ%\と泣(なき)たるさま、大蛇(だいじや)とは思はれず、
挿絵
【挿絵第二図】
(あはれ)にぞ見へにける。秀郷(ひでさと)これをきゝて一義(いちぎ)も謂(いは)ず、子細(しさい)あるまじと領状(りやうじやう)なし、蜈蚣(むかで)を亡(ほろぼ)すべき日(ひ)をやくし、龍女(りうによ)に別(わか)れて家(いへ)にかへりぬ。
(さて)、秀郷(ひでさと)は、約(やく)したる日(ひ)にいたり、日来(ひごろ)秘藏(ひさう)せる五人張(ばり)の弓(ゆみ)に塗絃(せきつる)(かけ)て、三年竹(たけ)の節近(ふしぢか)なるを、十五束(そく)三伏(みつふせ)に拵(こしらへ)て、鏃(やじり)の中子(なかご)を筈本(はづもと)まで、打(うち)とほしたる箭(や)(たゞ)三筋(みすぢ)手挾(たはさ)み、勢田(せた)の橋(はし)に往(ゆき)けるに、彼(かの)龍女(りうによ)は秀郷(ひでさと)より先(さき)に橋(はし)に佇立(たゝずみ)て秀郷(ひでさと)をむかへ、共(とも)に蜈蚣(むかで)のいづるをぞ伺(うかゞ)ひける。
かくて夜半(やはん)(すぐ)るほどに、雨風(あめかぜ)一通(ひととほ)りすぎて、電火(でんくわ)の激(げき)すること隙(ひま)なく、三上山(みかみやま)の方(かた)より〔『前太平記』には比良の高峯とあり〕焼松(たいまつ)二三千ばかり二行(にぎやう)に燃(もへ)て、勢田(せた)をさしてぞすゝみける。龍女(りうによ)秀郷(ひでさと)に對(むか)ひ、あれこそ蜈蚣(むかで)の来(きた)れるなれといふにぞ、秀郷(ひでさと)(こと)の體(てい)をよく/\見(み)るに、二行(にぎやう)にとぼる焼松(たいまつ)は、皆(みな)蜈蚣(むかで)の左右(さいう)の手(て)に燈(とも)したりと見(み)へたり。矢比(やごろ)ちかくなりければ、件(くだん)の五人張(ばり)に十五束(そく)三伏(みつぶせ)(わす)るゝばかりに引(ひき)しぼりて、蜈蚣(むかで)が眉間(みけん)の真中(まんなか)をぞ射(ゐ)たりける。その手答(てごた)へ鐡(くろがね)を射(ゐ)るやうに聞(きこ)へて、筈(はづ)を返(かへ)して立(たゝ)ざりける。秀郷(ひでさと)(いち)の矢(や)を射損(ゐそん)じて、安(やす)からず思ひければ、二の矢(や)を番(つが)ひて一分(いちぶ)もたがはず、前(さき)の矢坪(やつぼ)
挿絵
【挿絵第三図】
(ゐ)たるに、此(この)(や)もまた前(さき)のごとくに、躍(をど)りかへりて立(たゝ)ざりけり。二筋(ふたすぢ)の矢(や)をば皆(みな)射損(ゐそん)じつ、憑(たのむ)ところは残(のこ)れる箭(や)一筋(ひとすぢ)なり。如何(いかゞ)せばやと思(おも)ひけるが、人の唾(つはしる)は蜈蚣(むかで)に毒(どく)するといふことを思(おも)ひいだし、此度(このたび)(ゐ)んとしける鏃(やしり)に、唾(つはしる)を塗(ぬり)てまたも同(おな)じ矢坪(やつぼ)を射(ゐ)たりけり。蜈蚣(むかで)はおなじ所(ところ)を三度(みたび)まで射(ゐ)られたるうへに、かの毒(どく)にあたり、頭(かうへ)より頤(あぎと)の下(した)まで羽(は)ぶくらせめて射徹(ゐとほ)され、二三千の焼松(たいまつ)と見せたる光(ひかり)一度(いちど)に消(き)へ、一声(ひとこゑ)(ほへ)て湖水(こすい)の中(うち)に倒(たふ)れ入(い)りぬ。
かくて、龍女(りうによ)、蜈蚣(むかで)の死(し)したるを見て大(おほい)によろこび、秀郷(ひでさと)を龍宮城(りうぐうじやう)へ誘(いざな)ひ、厚(あつ)く其(その)(おん)を謝(しや)し、さま%\に饗應(もてなし)たるうへに、遅来矢(ちくし)と號(なづく)る太刀(たち)一振(ひとふり)、絹(きぬ)一巻(ひとまき)、鎧(よろひ)一領(いちりやう)、米の俵(たはら)一ツ、赤銅(しやくどう)の鐘(つりがね)一口(いつかう)をおくりけり。秀郷(ひでさと)これを得(え)て家(いへ)に皈(かへ)り、鐘(つりかね)は梵砌(ぼんせい)の物(もの)なればとて、恩城寺(おんじやうじ)へ〔三井寺也〕寄附(きふ)なし、遅来失(ちくし)の太刀(たち)は龍神丸(りうじんまる)と更號(あらためなづけ)て、秀郷(ひでさと)度々(たび/\)の戰場(せんぢやう)に帶(たい)して武功(ぶこう)をあらはし、天慶(てんけい)四年将門(まさかど)を誅(ちう)したるときも、猶(なを)龍神丸(りうじんまる)を帶(たい)しけるとぞ〔以上『前太平記』の説と大同小異あり〕今(いま)(なを)秀郷(ひでさと)の社(やしろ)、竜神(りうじん)の社(やしろ)、勢田(せた)の橋(はし)の東爪(ひがしづめ)にあり。
(さて)、彼(かの)蜈蚣(むかで)は、秀郷(ひでさと)に射(ゐ)られし時(とき)、湖中(こちう)に倒(たふ)れいりて〓(うめ)き苦(くるし)み、七日(か)七夜(よ)を越(こえ)て漸(やうや)く死(し)し、其(その)鮮血(ちしほ)(なみ)を染(そめ)てながれけるに、此(この)(みづうみ)の中(うち)に年歴(としへ)たる金鯉(ひごい)ありて、蜈蚣(むかで)の鮮血(なまち)を呑(のみ)てのち、一色(ひとしほ)(くれなゐ)の色(いろ)をまし、身(み)の長(たけ)(にはか)に長大(おほきやか)になりけり。鯉魚(こい)はもとより神霊(しんれい)なるものなるうへに、かの蜈蚣(むかで)の鮮血(なまち)をのみて、其(その)悪趣(あくしゆ)をうけつぎけるにや、遂(つひ)に琵琶湖(ひはこ)の首長(ぬし)となりて、通力(つうりき)自在(じざい)をなし、時々(をり/\)陸地(おか)にのぼり美少年(みめよきわかしゆ)に變(へん)じて、往来(ゆきゝ)の人(ひと)を誑(たぶらか)し、または湖中(こちう)に浴(よく)する童(わらはべ)を捕(と)り喰(くら)ひ、妖〓(わざわひ)をくだすことおほかりけり。
挿絵
【挿絵第四図 はるかなる三上のたけを目にかけていくせわたりぬやすの川波】
(この)金鯉魚(ひこい)の通力(つうりき)自在(じざい)をなして人(ひと)を誑(たぶらか)すこと、此(この)ひとながれの物語(ものがた)りの發端(ほつたん)としりたまへかし。
○五雑爼(ござつそ)を按(あん)ずるに、南方(なんぼう)に大(おほ)蜈蚣(むかで)あり、よく牛(うし)を啖(くら)ふと云(いひ)、又(また)蜈蚣(むかで)一尺(いつしやく)以上(いじやう)なるものは、飛行(ひぎやう)自在(じざい)をなし、竜(りゆう)もこれを畏(おそ)る。その大(おほひ)なるものは珠(たま)ありて、夜間(よる)(ひかり)を放(はな)つ。竜(りやう)(その)(たま)を奪(うば)はんとして蜈蚣(むかで)と闘(たゝかふ)ことありといへり。蜈蚣(むかで)の異名(いみやう)を天竜(てんりやう)と号(なづく)る事(こと)本艸(ほんざう)に見ゆ。かゝれば三上山(みかみやま)の蜈蚣(むかで)勢田(せた)の大蛇(だいじや)を襲(おそ)ひたる説(せつ)(よるところ)あるに似(に)たり。因(ちなみ)に云(いふ)、前太平記(ぜんたいへいき)秀郷(ひでさと)蜈蚣(むかで)を射(ゐ)る條下(じやうか)に、馬〓(ばげん)また百足〓(ひやくそくげん)と書(かき)てむかでと訓(くん)じたるは、非(ひ)なるにやあらん。馬〓(ばげん)は百足(おさむし)の異名(いみやう)なり〔おさむしとは俗にいふやすでむしの事也〕百足(ひやくそく)をむかでと訓(くん)ずるも非(ひ)なるべし。
小櫻姫風月竒觀巻之一終

巻一下冊

国字小説小櫻姫風月奇観巻之一下冊

  第二回 湖水金鯉禍水次郎(こすいのひごいみずじらうにわざわひす)

(さて)もその后(のち)(はるか)の星霜(せいさう)を歴(へ)て、建保(けんほ)のころにあたり、江州(ごうしう)栗本郡(くりもとこほり)鈎里(まがりのさと)に、鈎庄司(まがりのしやうじ)藤原(ふぢはら)の為兼(ためかね)といふ人ありけり。氏(うぢ)は鈎(まがり)を名告(なのる)といへども、原(もと)(これ)俵藤太(たはらとうだ)秀郷(ひでさと)が胤族(いんぞく)の末(すゑ)にして、山林(さんりん)田庄(でんしやう)餘多(あまた)をたくはへ家(いへ)冨榮(とみさか)へて、つゆばかりのたらざるなし。為兼(ためかね)(とし)いまだ四十(よそぢ)に満(みて)ずといへども、清識(せいしき)(ひと)に越(こゑ)、武事(ぶじ)は更(さら)なり文藝(ぶんげい)にも暗(くら)からず。妻(つま)を弥生(やよひ)のかたとよびて、沈魚(ちんきよ)落雁(らくがん)の姿(すがた)あるのみならず、心(こゝろ)ざま貞介(たゞしく)夫婦(ふうふ)(かたみ)にむつみ深(ふか)くぞかたらひける。
(さて)、為兼(ためかね)三十八歳(さい)にして始(はじめ)て一子(いつし)を誕生(まうけ)しに、殊更(ことさら)男子(なんし)なるにぞ、夫婦(ふうふ)(なのめ)ならずよろこび、名(な)を清若(きよわか)とよびて、ひたすら心(こゝろ)を傾(かたむ)け、掌(たなひら)の中(うち)の珠(たま)のごとくに愛(めで)(やしな)ひぬ。
かくてのち、早(はやく)も二歳(ふたとせ)の春秋(はるあき)をすぐして、清若(きよわか)三歳(さんさい)のとしにいたり、春(はる)も季(なかば)なるころ、為兼(ためかね)ある日(ひ)真野(まのゝ)(みづ)次郎といふ郎等(らうたう)を召(めし)ていふやう、明日(みやうにち)は清若(きよわか)の誕生日(たんじやうび)にあたれば、汝(なんぢ)かれを伴(ともな)ひ石山寺(いしやまでら)の觀音(くわんおん)にまうでゝ、稚児(わこ)が武運(ぶうん)長久(きう)を祈(いの)り、ついでながらかの山中(さんちう)を逍遥(めぐり)て、稚兒(わこ)を慰(なぐさ)めかへるべしと分付(いひつけ)けるにぞ、水(みづ)次郎謹(つゝしん)で命(めい)をうけ、次(つぎ)の朝(あした)清若(きよわか)を乳母(うば)に懐(いだ)かせて、肩輿(のりもの)にのらしめ、四五人の〓鬟(こしもと)どもを肩輿(のりもの)の左右(さゆう)に挾馳(わきたゞせ)、おのれは后(あと)に随(したが)ひて、袴(はかま)の裾(すそ)たかく〓(かゝ)げ、刀(かたな)を十文字(じうもんじ)に指(さし)こらし、諾(さ)も俐々(りゝ)し気(げ)に扮(いでたち)て、石山(いしやま)さしてゆくほどに、時(とき)しも春(はる)の季(なかば)にして、名(な)におへる琵琶湖(びはこ)の春色(しゆんしよく)十分(しうぶん)の粧(よそほひ)を凝(こら)し、日枝(ひゑ)の高根(たかね)にひきわたしたる、靄(かすみ)は影(かげ)を湖(にほ)てる浪(なみ)にうつして、幾丈(いくわたり)の錦(にしき)を浸(ひた)せるがごとく、志賀(しが)の浦邊(うらべ)に散(ち)る花(はな)は、東寺(とうじ)が嵜(さき)へ吹(ふき)よせて、源氏(げんじ)の間(ま)にや匂(にほ)ふめり。鳴(なき)わたる雁(かり)がねは、堅田(かたた)の浦(うら)になびき、釣(つり)たるゝ舩(ふね)は青柳(あをやぎ)の橋(はし)に維(つな)ぐ、唐崎(からさき)の松(まつ)千歳(ちとせ)の緑(みどり)をこめて、水(みづ)にうつろふ浮御堂(うきみだう)さへ見へわたりて、えもいはれざる好景(かうけい)なり。水(みづ)次郎等(ら)(すで)に石山(いしやま)にいたりければ、東大門(とうたいもん)の前(まへ)に肩輿(のりもの)をたてさせ、水(みつ)次郎清若(きよわか)をいだきとり、本殿(ほんてん)にいたりて財幣(ざいへい)をおさめ、佛前(ぶつぜん)に拝(ぬかづき)て武運(ぶうん)長久(ちやうきう)を祈(いの)り、それより山内(さんない)の末社(まつしや)のこりなく順拝(しゆんはひ)なさしめ、人影(ひとかげ)(とほ)き櫻(さくら)のもとに、用意(ようい)の幕(まく)をうたせ、氈(けむしろ)ひきて清若(きよわか)を上座(かみくら)に居(す)へ、多(おほ)くの供人(ともびと)圓居(めぐりゐ)て、飯笥(いゝげ)分盒(わりこ)をとりちらしつ、午飯(ひるげ)とゝのひ、吸筒(すひつゝ)の酒(さけ)に杯(さかづき)をめぐらして、人々(ひと/\)(おほひ)に興(きやう)じけり。〓鬟(こしもと)(ら)は清若(きよわか)を誘(いざな)ひて、芝原(しばはら)に春草(はるくさ)(つみ)つ、こゝかしこ遊(あそ)び巡(めぐ)り、稍々(やゝ)(とき)をうつし、日(ひ)も西(にし)の山(やま)の端(は)に傾(かたふき)ければ、水(みづ)次郎清若(きよわか)をすゝめ、いざや御(おん)(かへ)りあるべしとて、はじめのごとく轎子(のりもの)にのらしめ、家路(いへぢ)の方(かた)へいそぎつゝ、黄昏(たそがれ)のころやうやく粟津野(あはづの)の半(なかば)にさしかゝりけるに、倍膳(おもの)の濱(はま)に打(うち)よする浪(なみ)の音(おと)、並樹(なみき)の松風(まつかぜ)にかよひ、三井(みゐ)の晩鐘(ばんしやう)かすかにひゞきて、往来(みちゆく)(ひと)の影(かげ)もなく、最(いと)蕭然(ものすごく)ぞおぼへける。
しかるに清若(きよわか)、遽然(にはか)に泣(なき)いだしけるにぞ、水(みづ)次郎肩輿(のりもの)に立(たち)より、清若(きよわか)の顔(かほ)さし覘(のそき)、若君(わかきみ)(なに)ゆへに泣(なき)給ふぞ、やがて舘(やかた)へ御供(おんとも)し侍(はべ)るなれ。乳(ち)をめしたまへなどいひて賺(すか)し慰(なぐさむ)れども、更(さら)に泣停(なきやま)ざれば〓鬟(こしもと)(ら)も、轎子(のりもの)の左右(さゆう)よりさま%\にいひこしらゆれども、唯(たゝ)絶入(たえいる)ばかり哭叫(なきさけ)びければ、せんすべなくまづ肩輿(のりもの)を松蔭(まつかげ)に立(たて)させける。
(この)をりしも、磯邊(いそべ)の方(かた)よりひとりの老女(ろうぢよ)歩行(あゆみ)きたりて、水(みづ)次郎に對(むか)ひ最前(さいぜん)より彼所(かしこ)にて、雅児君(わかぎみ)のいたく泣(なき)給ふを聞(きゝ)はべるに、こは肚(はら)の悩(なやみ)給ふなり。斯(か)く歳老(としおひ)て餘多(あまた)の児(こ)を育(そだ)てぬれば、泣(なき)給ふ声(こゑ)にてもしるゝぞかし。彼所(かしこ)に見(み)ゆるは我家(わがいへ)なり、住狭(いぶせき)を〓(いと)ひ給はずは、若君(わかぎみ)を誘(いざな)ひ寛々(ゆる/\)介抱(かいはう)したまへと、いと信々(まめ/\)しくいひけるにぞ、水(みづ)次郎大に喜(よろこ)び、しからばおん身(み)の家(いへ)をかりて、持(もち)あはする藥(くすり)をすゝめ申さんとて、清若(きよわか)を乳母(うば)の懐(ふところ)にいだかせ、老女(ろうぢよ)に随(したが)ひて僅(わづか)に歩(あゆ)むとおぼえしに、怪(あやしき)かな沖(おき)のかたより、一陣(いちぢん)の暴風(ぼうふう)(さつ)と吹来(ふききた)り、白浪(しらなみ)(きし)に漲(みなぎ)りけるに、以前(いぜん)の老女(ろうぢよ)(かみ)の毛(け)さや/\と立(たち)のぼり、面(おもて)は朱(しゆ)をそゝぎたるごとく、眼(まなこ)は星(ほし)の光(ひか)りをなし、口(くち)は耳(みゝ)のもとまで裂(さ)け、足(あし)をあげて乳母(うば)を〓仆(けたふ)し、清若(きよわか)が頸(えりくび)(つか)んでちうに提(ひつさ)げ、〓鬟(こしもと)の持(もち)たる清若(きよわか)の守(まも)り刀(がたな)
挿絵
【挿絵第五図 真埜(まのゝ)水二郎(みづじらう)幼主(えうしゆ)清若(きよわか)を妖怪(えうぐはい)に奪(うば)はる】
(うば)ひとり、磯邊(いそべ)のかたへ駈(かけ)りゆく。
(みづ)次郎周章(あはて)おどろき、扨(さて)は妖怪(えうくわい)のために誑(たぶら)かされしか。おのれ逃(にぐ)るとてにがすべきかと追打(おひうち)に切(きり)つけしに、石(いし)を切(きり)たるごとくやいば刄尖(きつさき)より火激(ひばな)ぱつと飛散(とびちり)、思はずしらず悶絶(もんぜつ)なし、尻居(しりゐ)に礑(どう)と倒(たふ)れけり。其(その)(ひま)にかの妖怪(えうくわい)は、清若(きよわか)を小脇(こわき)にかゝへ、守刀(まもりかたな)を口(くち)に〓(くは)へ湫(うづま)く浪(なみ)に飛入(とびいつ)て、行方(ゆくへ)もしれず失(うせ)にけり。
(これ)(すなはち)發端(ほつたん)に記(しる)したる、秀郷(ひでさと)に射(い)られし蜈蚣(むかで)の悪趣(あくしゆ)琵琶湖(びはこ)の金鯉魚(ひごひ)に還着(げんぢやく)し、自然(しぜん)と秀郷(ひでさと)の枝流(しりゆう)たる、鈎(まがり)の家(いへ)に災(わざわひ)を降(くだ)せるなり。此時(このとき)妖怪(えうくわい)の為(ため)に奪(うば)はれし清若(きよわか)の守刀(まもりがたな)は、昔(むかし)秀郷(ひでさと)龍宮(りうくう)より得(え)たる竜神丸(りうじんまる)の太刀(たち)なり。此(この)太刀(たち)の行方(ゆくへ)は、次(つぎ)の巻(まき)に委(くは)しうしるせり。
(さて)、水(みづ)次郎は、礒(いそ)(うつ)(なみ)に身(み)を浸(ひた)され、漸々(やう/\)に正気(しやうき)つき、拳(こぶし)を握(にぎ)り齟(はがみ)をなし、怒(いか)り〓〓(のゝしる)といへども為(せんすべ)なく、供人(ともびと)(ら)(すべ)てみなあきれはてたるばかりなり。水(みづ)次郎思ふやう、かの老女(らうぢよ)、さきには礒(いそ)べより歩(あゆみ)きたり。おさなき清若(きよわか)(きみ)を奪(うば)ひ、湖水(こすい)のうちに没(ぼつ)したる介(さま)、世(よ)にいへる水乕(かはかつぱ)の化(ばけ)たるにうたがひなし。さはいへ守刀(まもりがたな)を奪(うば)ひゆきしは、怪(あやしみ)のうちの怪(あやしみ)にして、更(さら)に其(その)ゆえを弁(わきま)へがたし。兎(と)まれ角(かく)まれ、若君(わかきみ)を失(うしな)ひしは我(わが)運命(うんめい)の尽(つく)る所(ところ)なれば、御(ご)主人(しゆじん)への申しわけには、腹切(はらきる)よりほかに思案(しあん)なし。清若(わか)(ぎみ)の御(おん)(み)の上(うへ)の哀(あはれ)さは、言(こと)の葉(は)にはいひがたし。三ッの歳(とし)まで荒(あら)き風にもあてたまはず、撫育(そだて)玉へる最愛稚(いとしこ)を、物(もの)の怪(け)のために捕(とら)れたりと聞(きゝ)玉はゞ、為兼(ためかね)(ぎみ)(や)生の方(かた)の、御(おん)嘆慨(なげき)はいかならん。我(われ)もまた家(いへ)にのこりし妻(つま)や子(こ)の、此所(こゝ)にて自殺(じさつ)せしと聞(きか)ば、さこそ悲しく思(おも)ふらめと暫(しは)しなみだにくれけるが、片時(へんし)もはやく若君(わかぎみ)のおんともせんとかたへの松(まつ)が根(ね)に腰(こし)かけて、もろ肌(はだ)おしぬぎ、氷(こほり)なす釼(つるぎ)とり直(なを)し、ほど/\腹(はら)につき立んとしたるをりしも、后(うしろ)のかたより声(こゑ)かけて、水(みつ)次郎どの速意(はやまり)給ふなととゞめたるは、水(みづ)次郎と同(おな)じき鈎(まがり)の庄司(しやうじ)為兼(ためかね)の家臣(かしん)たる、篠村(しのむら)次郎公光(きんみつ)といふものなりけり。公光(きんみつ)(みづ)次郎に對(むか)ひ、我(われ)所用(しよよう)ありて此所(このところ)を過(よぎ)り、かしこにて委細(ゐさい)のやうすは〓鬟(こしもと)(ら)がものがたるを聞(きけ)り。自殺(じさつ)とかくごきはめしは理(ことはり)ながら、我(わが)とゞめしは所存(しよぞん)ありといふに、水(みづ)次郎両眼(りやうがん)に涙(なんだ)をうかめ、御(おん)(いたわ)しき若君(わかぎみ)の御(おん)(み)の上(うへ)、嘸(さぞ)かし驚(おどろき)給ふらん。せめては御(おん)死骸(しがい)を索(もとめ)んとは思へども、かく大なる湖(みづうみ)なれば、何方(いづく)を爰(こゝ)と尋(たづぬ)べき便(よすが)もなし。とても生(いき)てあるべき身(み)にあらず、腹切(はらきり)て湖水(こすい)に飛入(とびいり)、若君(わかぎみ)の御(おん)(とも)せん。介錯(かいしやく)たのむ篠村(しのむら)どのと、またも刀(かたな)をとり直(なを)せば、次郎公光(きんみつ)(なほ)おしとゞめ、おん身此所(このところ)にて自殺(じさつ)なし、屍(かばね)を路頭(ろとう)に晒(さら)しなば、鈎(まがり)の庄司(せうじ)は一子(いつし)を變化(へんげ)に奪(うばは)れ、家臣(かしん)何某(なにがし)はその場(ば)にて腹切(はらきり)しなんどゝ、人口(じんこう)に膾炙(かゝり)、主人(しゆじん)の家名(かめい)を穢(けが)すべし。とても捨(すつ)る一命(いちめい)ならば、はやく舘(やかた)へ皈(かへ)り、変化(へんげ)の仔細(しさい)を聞(きこ)えあげ、そのゝち腹切(はらきる)とも遅(おそ)かるまじと道理(だうり)にせまる公光(きんみつ)が言辞(ことば)に、水次郎屈服(くつふく)なし、遂(つい)に自殺(じさつ)をとゞまり、両人(りやうにん)(うち)連立(つれだち)、さきのほどかの松(まつ)かげに、奚奴(しもべ)どもをまたせおきたる所(ところ)に至(いた)りけるに、逃散(にげちり)たる者(もの)どもすべてみな此所(このところ)に集(あつま)り、乳母(うば)をはじめ〓鬟(こしもと)(ら)は、清若(きよわか)のむなしき轎子(のりもの)にとりすがり、声(こゑ)をあげて哭居(なきゐ)たるにぞ、両人(りやうにん)これを見て共(とも)に悲嘆(ひたん)にせまりけるが、かくてあるべきことならねば、空轎(むなしきのりもの)をかたげさせ、初更(しよこう)の鐘(かね)に送(をくら)れて、随歩(しだい)に遠(とほ)き浪(なみ)の音(おと)、舘(やかた)をさして皈路(かへりぢ)は、今朝(けさ)(き)し道(みち)にかはらねど、主人(しゆじん)は消(きえ)てうたかたの、粟津(あはづ)が原(はら)の哀(あはれ)さは、おきどころなき胸(むね)のうち、心も空(そら)も朧月(おぼろづき)、足(あし)も蹇(なえ)たる畛道(なはてみち)、うちつれてこそ皈(かへり)ける。

  第三回 水次郎擲簑悲薄命(みづじらうみのをなげうちてはくめいをかなしむ)

此日(このひ)(まがり)為兼(ためかね)は、嫡子(ちやくし)清若(きよわか)の誕生日(たんじやうにち)といひ、殊更(ことさら)弥生(やよひ)の方(かた)懐妊(くわいにん)にて、已(すで)に五月(いつゝ)に至(いた)り玉ひ、今日(きやう)は最上(さいじやう)吉日なりとて、纈帶(いわたをび)を着(つけ)玉ひ、彼是(かれこれ)とりまじへたる祝(いは)ひなれば、家臣(かしん)を集(あつめ)て終日(ひめもず)酒宴(しゆえん)をもよほし、すでに夜(よ)にもいたりぬれば、杯(さかづき)をおさめて奥殿(おくでん)にいり給ふに、銀燭(ぎんしよく)のひかり金屏(きんべい)にかゞやき、侍女(ぢちよ)のかきならす琴(こと)の音(ね)は、彩(いろど)る枝の松風(まつかぜ)に、鶴(つる)も千歳(ちとせ)を冩(うつ)し絵(ゑ)の、いとも目出度(めでたき)形勢(ありさま)なり。
為兼(ためかね)弥生(やよひ)の方(かた)に對(むか)ひ、今日(きやう)は天(そら)も晴(はれ)やかにて、清若(きよわか)もさこそ心を慰(なぐさめ)つらん。供(とも)にしたがひつる者(もの)どもゝ、好気(よきき)ばらししつらんと宣(のたまへ)ば、弥生(やよひ)の方(かた)おゝせのごとく石山寺(いしやまてら)の櫻(さくら)も〓(さかり)のころなれば、花(はな)看人(みるひと)のつどひ来(き)て、ことさらに賑(にぎ)はゝしく、稚児(わこ)もこゝろよく遊(あそ)びて、今のほどは皈路(きろ)におもむき候つらん。僅(わづか)一日膝(ひざ)のもとを離(はな)し候ひても、早(と)く皈(かへ)れかしと待詫(まちわび)候。子を思ふ親(おや)のこゝろは、おろかなるものにはんべりなど夫婦(ふうふ)(しとね)をつらね、物語(ものがたり)しておはせしをりしも、〓鬟(こしもと)為兼(ためかね)の面前(まへ)に手(て)をつき、只今(たゞいま)水二郎皈(かへ)り来(きた)り、御(おん)目通(めどほり)へ召(めさ)せ玉はらんことをねがひ候といふに、為兼(ためかね)夫婦(ふうふ)ことばを揃(そろ)へ、水二郎は清若(きよわか)を伴(ともな)ひて皈(かへり)つらん。とく/\連(つ)れきたれと渠(かれ)に申せと宣(のたまへ)ば、こしもといふやう、若君(わかぎみ)は何方(いづく)におはすやらん、見(み)たてまつらず。たゞ水二郎と篠村(しのむら)公光(きんみつ)のみ御つぎにひかへ候といふに、為兼(ためかね)(いぶかり)つゝ、まづ両人(りやうにん)をよべとのたまふにぞ、やがて公光(きんみつ)水二郎をともなひて、為兼(ためかね)が面前(まへ)にいで、水二郎は遥(はるか)ひきさがりて平伏(へいふく)す。為兼(ためかね)これを見て、いかに水二郎、思ひのほかに遅(おそ)かりしぞ。今日(こんにち)は稚児(わこ)が傅(もり)して、さこそこゝろを労(らう)しつらめ。渠(かれ)はいかにしつるぞ、早々(とく/\)(ともな)ひきたるべしと、のたまふことばに返答(へんたふ)も、さしつまりたる胸(むね)の裏(うち)、泪(なみだ)くみとる公光(きんみつ)が、側(かたはら)より申けるは、若君(わかぎみ)石山寺(いしやまでら)より御(ご)皈舘(きくわん)のをりから、粟津(あはづ)が原(はら)の礒辺(いそべ)にて一ッの凶事(きようじ)いできたり、水二郎その場(ば)にて、申わけに切腹(せつふく)仕らんといたし候をりしも、某(それがし)かの所(ところ)をとほりあはせ、言辞(ことば)をつくして渠(かれ)が自殺(じさつ)をとゞめ候。其(その)(ゆへ)は、彼地(かのち)に死(し)して屍(かばね)を路上(ろしやう)に晒(さら)し候ば、御(おん)(いへ)の凶事(きようじ)を流布(るふ)せしむる道理(どうり)と存じ、強(しひ)て是(これ)まで召連(めしつれ)候なり。凶事(きようじ)の仔細(しさい)は水二郎に御(おん)尋問(たづね)あるべしと泪(なみだ)をふくみて申ける。
為兼(ためかね)これを聞(きか)れ、清若(きよわか)が身(み)に災(わざはひ)ありしとは気遣(きづかは)し。近(ちか)うよりてはやく其(その)仔細(しさい)を申せと曰(のたま)へば、弥生(やよひ)の方(かた)はとゞろきの橋(はし)(うち)(わた)る胸(むね)のうち、騒(さわ)ぎ立(たつ)(き)をしづめてもしづめかねてぞおはしける。水二郎やう/\に漆行(いざり)(いで)、ありししだいを詳(つまびらか)にのべければ、為兼(ためかね)始終(しじう)を聞(きゝ)玉ひ、打(うち)(おどろか)せ玉ひしが、さすが連忙(あはて)し介(てい)もせず、輪迴(りんゑ)に絆(つなぐ)恩愛(をんあい)も、胸(むね)の鋼鉄(はがね)に思ひ断(き)る、武門(ぶもん)のこゝろぞやるせなき。おんいたわしや弥生(やよひ)の方(かた)は、人目も耻(はぢ)ず打(うち)(ふ)し玉ひ、声(こゑ)をあげてぞ嘆(なげ)かるゝ。
為兼(ためかね)公光(きんみつ)に命(めい)じ、清若(きよわか)の供(とも)にしたがひつる、乳母(うば)侍女(こしもと)(ら)をめしいださせ、水二郎が申すにたがはざるやと、猶(なほ)もやうすを尋(たづね)させ玉ひけるに、目をすりあかめたるこしもとども、またくりかへす周諄(くりこと)の、不用言(いらぬこと)までとりまぜて、泪(なみだ)をそへてものがたり、声(こゑ)をとゝのへてぞ嘆(なげき)ける。乳母(うば)は泣々(なく/\)清若(きよわか)の、着替(きがへ)の小袖(そで)をとりいだし、御(おん)形見(かたみ)とも見給へと弥生(やよひ)の方(かた)の前(まへ)に閣(おけ)ば、一目(ひとめ)(み)るより取(とり)あげて、顔(かほ)におしあて給ひつゝまた惆悵(むせかへ)る〓(しやくり)(なき)、絶(たへ)いるばかりに見へけるが、漸々(やう/\)に顔(かほ)をあげて、涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ひ玉ひ。たま/\まうけし稚児(おさなご)の、ことさら男子(なんし)なるゆへに、家臣(かしん)(ら)にも自慢(じまん)して、松(まつ)のみどり子(こ)千歳(ちとせ)ふる、雪(ゆき)を戴(いたゞ)く末(すへ)かけて、枝葉(えだは)(さかふ)る孫児(うまご)までも、長命(ながいき)して見んものと愛(めで)(やしな)ひし最愛児(いとしこ)の、疱瘡(ほうそう)麻疹(はしか)も輕(かる)うして、最(いと)(すこやか)に生長(せいちやう)なし、歳(とし)も三ッの愛(あい)ざかり、泡沫(ほうまつ)旡常(むじやう)の風(かせ)(きた)りて、病(やもふ)の床(とこ)にうせつるとも、さぞな悲(かな)しくあるべきに、ましてや變化(へんげ)に捕(とらは)れて、人並(ひとなみ)ならぬ死(し)をなすこと、いかなる前世(ぜんせ)の因果(いんぐわ)ぞや、いかなる憂目(うきめ)や受(うけ)つらん。なさけなの身(み)の果(はて)や、今朝(けさ)の打扮(でたち)の花麗(はなやか)に嚴(いつくし)かりつる面影(おもかげ)の、繍(ぬひ)の袂(たもと)の雛鶴(ひなづる)に、千代(ちよ)をこめたる甲斐(かひ)もなく、今(いま)の形見(かたみ)と見べきとは、露(つゆ)思はざる愚(をろか)さよ。ひとつ闇路(やみぢ)を伴(ともなは)ば、なか/\嬉(うれ)しくあるべきぞ。こはなにとなりぬることぞやと小袖(こそで)をひしと抱(いだき)しめ、悲嘆(なげか)せ給ふ血(ち)の泪(なみだ)、綾(あや)の襠衣(うちぎ)の白妙(しろたへ)に、かゝりて暈(にぢ)む鹿子結(かのこゆひ)、目(め)もあてられぬありさまなり。
水二郎は、かゝる嘆(なげき)を聞(きく)につけ、〓(しめぎ)にかけて身(み)を墾(ひしが)れ、骨(ほね)も碎(くだく)る思ひにて、たゞ平伏(ひれふし)て居(ゐ)たりしが、かねて覺悟(かくご)の一刀(いつたう)を抜(ぬき)はなちて、已(すで)に自殺(じさつ)と見へければ、為兼(ためかね)(こゑ)かけ、公光(きんみつ)(かれ)をとゞめよと扇(あふぎ)の指揮(さしづ)にはせよりて、一刀(いつたう)を挑奪(もぎとる)にぞ、為兼(ためかね)言辞(ことば)をあらゝげ玉ひ、汝(なんぢ)(いま)(しゝ)たりとも、清若(きよわか)ふたゝび皈(かへ)るべきか。〓〓(うつけ)のふるまひなすものかなと一声(いつせい)(しか)り玉ひしが、また面色(いろ)を和(やはらげ)玉ひ、我(われ)つら/\思ひをめぐらすに、今日(こんにち)の妖〓(えうくわい)は是(これ)(すなはち)龍神(りやうじん)の所為(しよゐ)なるべし。それいかにとなれば、今日(きやう)稚児(わこ)が守刀(まもりがたな)にもたしめたる、劔(つるぎ)は汝等(なんぢら)も知(し)るごとく、我(わが)(いへ)の始祖(しそ)秀郷(ひでさと)(きやう)、三上山(みかみやま)の蜈蚣(むかで)を亡(ほろぼ)し玉ひ、竜女(りゆうによ)の為(ため)に琵琶湖(びわこ)の中(うち)に誘引(いざなはれ)、龍宮城(りゆうぐうじやう)に至(いた)り竜王(りゆうわう)より得(え)玉ひし、遅来失(ちくし)と名号(なづけ)し寶劔(ほうけん)なり。焼刃(やきば)に八竜(はちりやう)の形(かたち)あるをもつて、龍神丸(りゆうじんまる)と名(な)を改(あらた)め、代々(だい/\)相傳(そうでん)の太刀(たち)なれば、渠(かれ)が武運(ぶうん)長久(ちやうきう)を祈(いのら)しめんため、今日(きやう)しも身(み)に添(そえ)てもたせしなり。かの太阿(たいあ)にも劣(おとら)らざる、名劔(めいけん)なればいかなる妖怪(えうくわい)、魔神(まじん)なり
挿絵
【挿絵第六図 漁人(りやうし)水次郎(みづじらう)(こい)の妖(ばける)を見る】
とも手(て)をくだすやうはあらざるに、清若(きよわか)もろとも奪(ば)ひとり、琵琶湖(ひわこ)の中(うち)に身(み)を没(ほつ)し、行(ゆく)方なくうせつるときけば、我(われ)文武(ふんぶ)の徳(とく)もなく、寶劔(ほうけん)を所持(しよぢ)なすこと、龍王(りゆうをう)これを惜(をし)ませ玉ひ、再(ふたゝび)とりもどし玉ひしにうたがひなし。清若(きよわか)の身(み)の果(はて)も、是(これ)につながる因果(いんぐわ)ならん。もし野武士(のぶし)山賊(やまだち)なんどの所行(しわざ)ならば、汝(なんぢ)やみ/\と臆(おく)れはとるまじきが、龍神(りゆうじん)の怒(いか)りにふれたり、と思へば人力(じんりき)のおよぶべき所(ところ)にあらず。さればとて汝(なんぢ)をそのまゝに召仕(めしつかは)んは、家法(かほう)のたゞしからざるに似(に)たれば、年来(としごろ)の忠勤(ちうきん)にめんじ一命(いちめい)を助(たす)け、身(み)の暇(いとま)をとらすべし。早々(とく/\)(ざ)を立(たち)て、宿所(しゆくしよ)に皈(かへ)り退去(たいきよ)の指揮(さしづ)を待(まつ)べしと宣(のたま)ひければ、水二郎は為兼(ためかね)が寛仁(くわんじん)大度(たいど)のはからひを聞(きゝ)て、恩惠(おんけい)(み)に溢(あふ)れ、感涙(かんるい)(きも)に〓(そゝ)ぎ畏縮(おそれいり)て居(ゐ)たりしが、僅(わづか)に頭(かしら)をあげて、ひそかに為兼(ためかね)の面(おも)を見あげ、泪(なみた)をはら/\とおとし、言辞(ことば)をいださんとしつるに、為兼(ためかね)(やが)て席(せき)を立(たち)、常(つね)の一間(ひとま)にいり玉ひければ、水二郎はのびあがりて、名残(なごり)はつきぬ悲(かな)しさの、泪(なみだ)に席(せき)を潤(うるをし)ぬ。
(とき)にあまたの侍女(ぢぢよ)ども打(うち)よりて、泣焦(なきこが)れて伏居(ふしゐ)玉ひたる、弥生(やよひ)の方(かた)を介抱(かいほう)して、彼方(かなた)へいれまゐらせ、隔(へだて)の障子(ふすま)をたてきりぬ。跡(あと)に残(のこ)るは只(たゞ)二人(ふたり)、水二郎は手(て)を拱(こまぬ)きてかしらをたれ、忘然(ぼうぜん)としてゐたりしに、篠村(しのむら)公光(きんみつ)(かたはら)に膝寄(すりより)、我(わが)(きみ)の今(いま)のおんことばは、実(まこと)に死(し)を活(いか)し骨(ほね)に肉(にく)つくるの仁惠(じんけい)なり、生々(せい/\)世々(よゝ)(〔わ〕す)るべからず。數多(あまた)あるおん家子(いへのこ)のうちにも、和殿(わどの)とはわきて親(した)しく交(まじは)り、忠節(ちうせつ)のこゝろをもしりつれば、なにとぞ一命(いちめい)をたすけたく思ひつるが、志(こゝろざし)のごとく君(きみ)より助命(ぢよめい)し玉ひたること、我(われ)に於(をき)ても喜(よろこ)びに堪(たえ)ざる也。今(いま)(かく)(おん)(いとま)玉はるとも、再(ふたゝび)皈参(きさん)なすべき時節(じせつ)もあるべきぞ。此所(このところ)に長居(ながゐ)するは君(きみ)へのおそれあり、早々(とく/\)宿所(しゆくしよ)へ立皈(たちかへ)り、退去(たいきよ)の用意(ようい)あるべしと言(いわ)れて猶(なほ)も立(たち)かぬる、舘(やかた)もこれが見(み)おさめと、思ふ心はほそ%\と、公光(きんみつ)に恩(おん)を謝(しや)し、細意(こまやか)に別(わか)れを告(つげ)、食(しよく)にはなれし孤雁(こがん)の身(み)の、打凋(うちしほ)れつゝ立(たち)あがり、四隅(あたり)(み)かへる廣坐敷(ひろざしき)、墨絵(すみゑ)の筆(ふで)の荒磯(あらいそ)も、あらいたわしき若君(わかぎみ)やと我身(わがみ)の上(うへ)もとりまぜて、思ひつゞくり長(なが)廊下(らうか)、鉄行燈(かなあんどう)のともし火(び)も、消(きへ)かゝりたる淡雪(あわゆき)の、身(み)にふり来(きた)る災(わざはひ)は、梦(ゆめ)をうらのふ梦(ゆめ)の中(うち)、障子(しやうじ)あくれば朧月(おぼろづき)、櫻(さくら)(なが)るゝ中庭(なかにわ)に、掛渡(かけわた)したる朱(しゆ)の橋(はし)は、河梁(かりやう)をこゆるに似(に)たれども、手(て)を携(たづそふ)る人(ひと)もなく、蛛手(くもで)にめぐる椽側(えんがは)を、廻(めぐ)り/\て車門(くるまもん)、舘(やかた)に心のこしつゝ、我家(わがや)をさして皈(かへ)りけり。
さて、篠村(しのむら)公光(きんみつ)は、此夜(このよ)為兼(ためかね)の命(めい)をうけて、粟津(あはづ)が原(はら)にいたり、礒辺(いそべ)に住(す)む漁人(りやうし)(ら)をあつめ、金(かね)をあたへて竊(ひそか)に清若(きよわか)の死骸(なきから)を尋(たづね)させ、万一かの竜神丸(りゆうじんまる)も水底(みなそこ)にあるやらんと、これをもたづねさせければ、漁人(りやうし)ども網(あみ)をおろし水(みづ)を潜(くゞり)などして、さま%\にこゝろを尽(つく)して尋索(たづねもとむ)れども、その行方(ゆくへ)(さら)に知(し)れざれば、さすがの公光(きんみつ)もせんかたつきて、次(つぎ)の朝(あした)(て)を空(むなし)くして、舘(やかた)へ皈(かへ)りけるとぞ。
こゝにまた、水二郎はその夜(よ)(いへ)にかへり、事(こと)の仔細(しさい)を妻(つま)にものがたりけるにぞ、妻(つま)は水二郎が皈(かへ)らざる前(さき)に、今日(きやう)の凶事(きようじ)をひそかにきゝ、我子(わがこ)をおもふこゝろに比(くら)べて、弥生(やよひ)のかたのおんなげきを思量(おしはか)り、わが夫(おつと)の身(み)の上(うへ)も、いかになる事(こと)やらんと案(あん)じ煩(わずら)ふをりふし、水二郎旡事(ぶし)にかへりしを見て大に喜(よろこ)びしが、録(ろく)にはなれし身(み)ときゝて、又さしつまる胸(むね)の内(うち)、泪(なみだ)に袖(そで)をしぼりけり。水二郎が妻(つま)は名(な)をお梶(かぢ)とよびて、今年(ことし)(はたち)のうへを二ッ三ッこえて、姿(すがた)かたち麗(うるは)しく、心ざま優(やさし)くして、夫婦(ふうふ)旡別(わりなく)かたらひ、一人(ひとり)の女子(むすめ)をまうけて、名(な)を玉琴(たまこと)とよびて、今歳(ことし)(すで)に三歳(さい)におよべり。夫婦(ふうふ)二人(ふたり)の身(み)にしあらば、たとへ浪々(らう/\)の身(み)となりしも、すこしは心もやすかるべきに、かゝる乳児(ちのみご)を抱(かゝ)へし身なれば、お梶(かぢ)はことさらに心を痛(いため)ける。
(つぎ)の日舘(やかた)より二人の官吏(つかふびと)(きた)り、今日(こんにち)(ぢう)に家(いへ)を立退(たちのく)べきむね、為兼(ためかね)の命(めい)をのべければ、水二郎謹(つゝしん)で命(めい)をうけ、豫(あらかじめ)その心がまひしつれば、家財(かざい)はしるべのかたへ持運(もちはこば)せ、その日の黄昏(たそがれ)に住馴(すみなれ)たる我家(わがや)を立去(たちさ)り、家財(かざい)を運(はこ)びおきたる者(ものゝ)の家(いへ)に至(いた)り、是(これ)まで召仕(めしつか)ひたる者(もの)どもには暇(いとま)をとらせ、此夜(このよ)はこゝに一夜(ひとよ)をあかしけるが、家(いへ)の主(あるじ)は僅(わづか)の親(したし)みあるものなれば、久(ひさ)しく足(あし)をとゞめがたく、妻(つま)のお梶(かぢ)が両親(ふたおや)は、先(さき)の年(とし)(よ)をさりて、その家(いへ)も今(いま)は他人(たにん)の代(よ)となり、兄弟(きやうだい)縁者(えんじや)もあらざれば、繋(つなが)ぬ舩(ふね)のうき思ひ、かゝるべき島(しま)もなく、とやませじかくやすべきと夫婦(ふうふ)思案(しあん)しけるが、同国(どうこく)真野(まの)の里(さと)は、水二郎出生(しゆつしやう)の所(ところ)なればとて其(その)(ち)にいたり、故郷(こきやう)にかへる錦(にしき)にはことかはり、古(ふる)き空家(あきいへ)をもとめて浪居(らうきよ)を營(いとな)み、今日(きやう)と暮(くれ)明日(あすと)と明(あか)して、思はず半歳(はんとし)あまりを過(すご)しけるが、居(ゐ)ながら食(くらへ)ば山(やま)も崩(くづ)れ、坐(ざ)して飲(のべ)ば海(うみ)もつくるのことはりにて、しだひ/\に困窮(こんきゆう)の身(み)となり、お梶(かぢ)が嗜(たしな)みの衣服(いふく)までも、袖(そで)の香(か)そへてしろ水(みづ)の、米(よね)に代(かへ)たる詫(わび)しさは、霜夜(しもよ)の風(かぜ)の挾莚(さむしろ)や、竈(かまど)にすだく虫(むし)の音(ね)の、襤褸(つゞれ)させてふ針目(はりめ)(きぬ)、姿(すがた)かたちも水仕業(みづしわざ)、細(ほそ)き烟(けふり)もたてかねければ、斯(かく)ては世(よ)にも立(たゝ)れじと妻子(つまこ)をおもふ夜(よる)の鶴(つる)、弓箭(ゆみや)をもちて野山(のやま)を走(はせ)、かりの世(よ)に住(すむ)活業(なりはひ)は、後(のち)の報(むく)ひもおそろしく、その罪咎(つみとが)の薄(うす)かれと、氷(こほり)を砕(くだ)く漁(すなどり)は、所(ところ)がらにもあふみ鮒(ぶな)、むかし弓馬(きうば)の閑暇(ひま)/\に手馴(てなれ)おぼへし慰(なぐさみ)の、夜網(よあみ)に焼(たか)せしかゞり火(び)も、今(いま)は世(よ)わたる波(なみ)の上(うへ)、釣綸(ちやうりん)〓棹(かうたう)に身をよせて、三秋(さんしう)の雨(あめ)の日(ひ)も、ありしにかはる菅簔(すがみの)や、夢(ゆめ)も破(やぶ)れし竹笠(たけがさ)に、凌(しの)ぎかねたる夜(よる)の雪(ゆき)、千鳥(ちどり)なくなると詠(よま)れたる、真野(まの)の入江(いりえ)の漁師(りやうし)となりしも、水二郎といふ名(な)の因縁(えにし)なるべし。[水二郎が此(この)のちの傳(でん)は第(だい)十回(くはい)にくはしくしるせり]

作者(さくしや)(いはく)、此書(このしよ)稿本(こうほん)の時(とき)、此回(このくわい)につゞきて蘆中(ろちう)の扁舟(へんしう)玉笛(ぎよくてき)を弄(ろう)すといへる一回(いつくわい)あり。則(すなはち)この回(くわい)のうちに圖(づ)したる、水二郎金鯉魚(ひごひ)の美童(びどう)に變(へん)ずるを視(み)る話(はなし)、また美童(ひどう)舟中(ふねのうち)に笛(ふえ)を吹(ふき)て湖中(こちう)に泊舟(ふなどまり)せし旅客(りよかく)を魅(たぶらか)す話(はなし)なり。一回(いつくわい)すべて四幀(しまい)の圖(づ)を加(くわ)へ、已(すで)に脱稿(かきあげ)つれども、梓行(しこう)にのぞんで雕版(てうはん)の巧(こう)を軽(かるふ)せんために、本文(ほんもん)の小徑(こみち)なれば是(これ)を除(のぞ)かしむ。画圖(ぐわと)は児曹(こども)の目(め)を歡(よろこば)しむるために、その一ッをのこせり。このゆゑに圖(づ)あつて事(こと)を記(しるさ)ず。閲人(みるひと)あやしみ給ふべからず。此末(このすゑ)巻中(くわんちう)の圖画(づゑ)に写(うつ)して趣(おもむき)あるをのみ画(ゑがゝ)しむゆゑに、本文(ほんもん)と前後(ぜんご)する所(ところ)あり。読者(よむひと)次第(しだい)に拘(かゝはら)ずして照(てら)し視(み)給ふべし。

小櫻姫風月竒観巻之一終

小櫻姫風月竒觀(こさくらひめふうげつきくわん)巻之二

山東京山 編次

  第四回 一首和歌媒小櫻姫(いつしゆのわかこざくらひめをなかだちす)

(こゝ)に又(また)、鈎(まがり)為兼(ためかね)の内室(ないしつ)弥生(やよひ)の方(かた)は、かねての懐妊(くわいにん)月満(つきみち)て、女子(によし)出生(しゆつしやう)まし/\けり。清若(きよわか)(まる)を失(うしな)ひてのち、僅(わづか)に五月(いつつき)を歴(へ)て今(いま)(また)(ひめ)をまうけ給へる事、生死(しやうし)流轉(るてん)の人(ひと)のうへ、憂(うき)がなかなる歡喜(よろこび)なり。出生(しゆつしやう)の女子(によし)を小櫻姫(こさくらひめ)とよばせ給ひける。こは弥生(やよひ)の方(かた)の御(おん)(はら)ゆゑに、弥生(やよひ)の文字(もんじ)に因(ちなみ)て、しか名告(なづけ)給へるとぞ。小櫻姫(こさくらひめ)漸々(しだい/\)にうるはしく成長(おひたち)給ふにつけても、清若(きよわか)どのゝ事つゆ忘(わす)るゝひまなく、姫(ひめ)が何歳(いくつ)にならんには、清若(きよわか)(よ)にあらばいくつになるべきになど、死去(しにうせ)し子(こ)の年齢(よはひ)をかぞへて、涙(なみだ)のなかだちとなし給ふ事、人世(よのなか)の親心(おやごゝろ)みなかくあるならひぞかし。
(げ)にや、金烏(きんう)の翅(つばさ)は月花(つきはな)の雲間(くもま)を翔(かけ)り、玉兎(ぎよくと)の足(あし)は春秋(はるあき)の歳並(としなみ)を歴(こえ)て、小櫻姫(こさくらひめ)(すで)に十六歳(さい)の春(はる)をむかひぬ。態(かたち)の美麗(うつくし)さは宋玉(そうぎよく)が詞(ことば)といへどものべつくすべうもあらず、姿(すがた)の艶色(うるはしき)は仇英(きうえい)が筆(ふで)にも描(かき)うつしがたし。美人(びじん)は花(はな)の真身(しんじん)、花(はな)は美人(びじん)の小影(せうえい)と『劔拂集(けんそうしう)』に載(のせ)たるも、かゝる姫(ひめ)をやいふなるべし。
さるからに、為兼(ためかね)夫婦(ふうふ)、姫(ひめ)を愛(あい)し給ふ事十朋(しうほう)のごとくし、竹(たけ)の翁(おきな)がためしにならはゞ、箱(はこ)に入(いれ)てもおきふしの、つかの間(ま)も側(かたはら)をはなちたまはず、かこじもの獨子(ひとりこ)といひ、ことさら清若(きよわか)どのゝ事に懲(こり)たまひて、風(かぜ)もかよはぬ深窗(しんそう)にかしづきて、しばしも人(ひと)の垣間見(かいまみ)をゆるさず。きのふは十種香(じゆしゆかう)貝合(かいあはせ)のあそび、けふは絵(ゑ)かき花(はな)むすびのたはふれ、又(また)は絲竹(いとたけ)のしらべに、さやけき月(つき)を寵(てう)し、あるひは詩歌(しいか)の興(きやう)にちりゆく花(はな)を愛(あいす)るなんど、艶色(えんしよく)のすがたに風流(ふうりう)の心(こゝろ)をかねそなへたる小櫻姫(こざくらひめ)なれば、遠近(をちこち)に匂(にほ)ひをつたへて、美人(びじん)のほまれ高(たか)く、見(みえ)ぬ戀(こひ)のつもせのふちに、わたりをもとむるぞおほかりける。
(こゝ)に、同國(とうこく)信田(しだ)の住人(ぢうにん)[『江州風土記(ごうしうふうどき)』を案(あん)ずるに、信田郷(しだのごう)三上(みかみ)山の東(とう)(ぼく)半里(はんり)ばかりにあり。今は僅(わづか)に孤村(こそん)の名(な)に残(のこ)れり]信田(しだ)左衛門尉(さえもんのぜう)清玄(きよはる)といふものあり。家門(かもん)の繋昌(はんじやう)は鈎(まがり)の家(いへ)にもおさ/\劣(をとら)ざる豪家(がうか)なれども、為兼(ためかね)がごとき仁義(じんぎ)をまもる武士(ものゝふ)にあらず、性質(せいしつ)奸惡(かんあく)にして酒色(しゆしよく)に耽(ふけり)、礼義(れいぎ)をしらざる輩(ともがら)なり。加之(しかのみ)ならず、彼(かれ)は六波羅(ろくはら)の宰臣(さいしん)(なにがし)が一族(いちぞく)なれば、狐威(こい)に侈傲(ほこり)しば/\非禮(ひれい)を行(おこなひ)けるとぞ。しかるに清玄(きよはる)も小櫻姫(こさくらひめ)が容色(ようしよく)を聞(きゝ)つたへ、同國(どうこく)の美人(びじん)を人(ひと)の花(はな)にながめさせんは我(わが)耻辱(ちじよく)なり。こは虚忽(うか/\)として居(ゐ)る所(ところ)にあらずと遽然(にはか)に媒(なかだち)の使者(ししや)をもつて、鈎(まがり)の家(いへ)にいたらしめ、縁組(えんぐみ)の事をいはせけるに、為兼(ためかね)かの使者(ししや)に對面(たいめん)し、縁組(えんぐみ)の返答(へんとう)はうちおきて、清玄(きよはる)が日来(ひごろ)の惡行(あくぎやう)をかぞへたて、さん%\に非毀(そしり)ければ、媒(なかだち)の使者(ししや)かさねて出(いだ)すことばもなく、赤面(せきめん)して立皈(たちかへ)り、しか%\のよしつぶさに告(つげ)ければ、清玄(きよはる)これを聞(きゝ)、拳(こぶし)をにぎり齟(はがみ)をなし、我(われ)(みづから)(まがり)の家(いへ)にいたり、誹誇(ひほう)の趣意(しゆい)をたゞし、為兼(ためかね)が返答(へんとう)により、唯(たゞ)一打(ひとうち)に斬殺(きりころ)し恨(うらみ)をはらすべしなどいひて怒(いか)り〓〓(のゝしり)けるを、家人(けにん)(ら)さま%\にすかし宥(なだめ)、此日(このひ)はことなくすませけり。是(これ)すなはち鈎(まがり)の家(いへ)一度(ひとたび)(ほろ)び、為兼(ためかね)非命(ひめい)の刄(やいば)に死(し)し、弥生(やよひ)の方(かた)東國(とうごく)に流離(さまよひ)、小櫻姫(こさくらひめ)父母(ちゝはゝ)にわかれて、さま%\〓惻(いぢらし)きうきめにあひ、真野(まのゝ)(みづ)次郎がためにあやうき一命(いちめい)をたすけられ、漁師(りやうし)の家(いへ)に姫君(ひめぎみ)のいくよさだめぬ旅枕(たびまくら)、竒談(きだん)を釀(かも)せる一端(いつたん)とは、のちにぞ思ひあたりける。
(さて)、小櫻姫(こさくらひめ)が侍女(こしもと)(ら)は、おほくは都(みやこ)よりめしかゝへたるものどもなれば、をりふしの伽(とぎ)ものがたりにも、都(みやこ)の豊饒(にぎはゝ)しさをいひ出(いで)けるにぞ、小櫻姫(こさくらひめ)これを聞(きゝ)て、都(みやこ)一覧(いちらん)の望(のぞ)みしば/\父母(ちゝはゝ)にねがひたまへども、さらに許(ゆる)したまはざりけり。しかるに此(この)ころ洛東(らくとう)清水寺(きよみつてら)の觀世音(くわんせおん)開帳(かいてう)ありしに、弥生(やよひ)のころといひ、ことさら音羽(をとは)の瀧(たき)の音(をと)にきこえし霊場(れいぢやう)なれば、都鄙(とひ)遠近(ゑんきん)の参詣(さんけい)(くん)をなし、当國(とうごく)の貴族(きぞく)こゝの公子(わかもの)かしこの息女(そくぢよ)も、もうで給ひしと聞(きゝ)て、かの侍女(こしもと)(ら)古郷(ふるさと)の春(はる)もなつかしく、ひめをすゝめてかの地(ち)参詣(さんけい)かた%\、都(みやこ)一覧(いちらん)の事を再(ふたゝび)為兼(ためかね)夫婦(ふうふ)にいはしめ、おのれらもとも%\詞(ことば)をそろへてねがひけり。かくても為兼(ためかね)はゆるし給はざりけるが、弥生(やよひ)の方(かた)は女気(をんなぎ)の姫(ひめ)がこゝろをくみとりて、愛(いとし)と思ふひとり子(こ)の、二八(にはち)の春(はる)に萌(もへ)いづるを、深窗(しんそう)にのみこめおかば、もしや気欝(きうつ)の悩(わづらひ)をひきいださんも、はかりがたしとさま%\にいひこしらへ、遂(つひ)に為兼(ためかね)がゆるしをうけ、かの篠村(しのむら)次郎公光(きんみつ)、ならびに公光(きんみつ)が妹(いもと)山吹(やまぶき)といふものに、姫(ひめ)が旅中(りよちう)の守護(まもり)を申つけ、清水(きよみづ)(もうで)の旅(たび)よそほひをとゝのへしめけり。此(この)山吹(やまぶき)は廾(はたち)のうへを、二ッ三ッこえて、すがたうつくしくとしわかけれども、さすがは公光(きんみつ)が妹(いもと)ほどありて、資性(こゝろたて)惺〓(さかしく)劔術(けんじゆつ)早業(はやわざ)の女子(をなご)なれば、かねて小櫻姫(こさくらひめ)が侍女(こしもと)の長(おさ)となしてかしづかせおきけるなり。
さて、姫(ひめ)はあまたのこしもとをしたがへ,行装(ぎやうそう)美々(ひゞ)しくとゝのはしめて、三月(やよひ)(なかば)のころ發駕(はつか)しけるが、僅(わづか)の旅程(りよてい)なれば、その日(ひ)の逮昏(たそがれ)に都(みやこ)へいたり、公光(きんみつ)かねてはからひおきたりとて、嵐山(あらしやま)の麓(ふもと)に旅舘(りよくわん)をもとめ、次(つぎ)の日(ひ)は旅〓(りよこう)のつかれをやすめ、居(ゐ)ながら望(のぞ)む嵐山(あらしやま)の遠景(えんけい)に、姫(ひめ)をはじめかしづきの人々(ひと%\)ら、心(こゝろ)もそらに皖々(うきたち)つゝ、明日(あす)は開帳(かいちやう)まうですとて、侍女(こしもと)(ら)かはる%\髪(かみ)ゆひなどし、姫(ひめ)が衣裳(いしやう)の打扮(いでたち)なんど、これかれと評義(ひやうぎ)し、おのれ/\も供(とも)にたつ、小袖(こそで)の色(いろ)も對々(つい/\)に、裾(すそ)(とぢ)あはす葉手(はで)模様(もやう)、下女(げぢよ)婢女(はしため)は白旡垢(しろむく)の、半襟(はんえり)ばかりかけかへて、そのほど/\の綺羅(きら)をかざり、さて次(つぎ)の朝(あした)清水寺(きよみつでら)へぞまうでける。
小櫻姫(こさくらひめ)が此日(このひ)の粧(よそほひ)、いかんとなれば、翡翠(ひすい)の寶髻(もとどり)京様(みやこふう)に梳(ゆひ)なし、玳瑁(たいまい)の花鈿(はなかんざし)を頭(かしら)おもげにさしかざし、葱白(あさぎ)紵絲(じゆす)に櫻(さくら)の花(はな)を縫箔(ぬひはく)したるを袿衣(うちぎ)し、總角(あげまき)を結(ゆひ)たる真紅(しんく)の總(ふさ)を袖口(そでぐち)にくゝりたれ。緋纐纈(ひかのこ)の上着(うはぎ)(はな)の顔(かんばせ)をてらし、白綾(しらあや)の下(した)かさね雪(ゆき)の肌(はだへ)をあらそひ、金襴(きんらん)の帶(おび)あたりに輝(かゝや)きて、朱(しゆ)ばりの夏傘(ひがさ)を斜(なのめ)にさしかざゝせ、左右(さゆう)にあまたのこしもとをしたがへて、冉々(せん/\)として蓮歩(れんぽ)をうつし給ふさま、良夜明月(りやうやのめいげつ)(くも)をはなれて、清光(せいくわう)を放(はなつ)がごとく、三伏(さんふく)の芙蓉(ふよう)(みづ)を穿(うがち)て、香艶(かうえん)を揮(ふるふ)がごとし。山吹(やまぶき)は前(まへ)にすゝんで姫(ひめ)にしたがひ、公光(きんみつ)はあとにつきて路(みち)を守護(まも)り、蒔絵(まきえ)の轎子(のりもの)銀行厨(しろかねのちやべんとう)など、后(しり)につゞきて逶遅(ねりゆく)てい、なみ/\ならぬ姫君(ひめぎみ)とは誰(たれ)も認(みとむ)る行粧(ぎやうそう)なり。参詣(さんけい)の群集(くんじゆ)(みち)をわかちて足(あし)をとゞめ、小櫻姫(こさくらひめ)の窈窕(みやびやか)なるをほめざるものはなかりけり。
(ひめ)はまづ本堂(ほんどう)にいたり給ひて觀音(くわんおん)を〓(はい)し、内陣(ないぢん)の霊寶(れいほう)のこりなく見(み)めぐり、再(ふたゝび)本堂(ほんどう)を出(いで)て舞台(ぶたい)のかたにいたらんとし給ひ、かしこを見れば、いかめしき武士(ぶし)ども、毛氈(もうせん)のうへに膝(ひざ)をつらね袴(はかま)ながらに胡座(あぐら)して、酒(さけ)うちのむもあり、顋(あご)に手(て)をあて鬚口(ひげくち)あきて今様(いまやう)をうたふも有(あり)。高杯(たかつき)を肩(かた)にのせて、鼓(つゞみ)うつさまをなすもありて、さも狼藉(ろうぜき)たるありさまなり。これらの武士(ぶし)ども姫(ひめ)がこゝへ来(きた)り給はん躰(てい)を見て「いよ/\龍宮城(りうぐうじやう)の乙姫(おとひめ)どのよなどいひて、扇(あふぎ)をあげて〓(さしまね)き、四五人(ひと)ひとしく散動(どよみ)けり。
公光(きんみつ)山吹(やまぶき)らこれを見(み)て、目(め)と目(め)を見あはし、旡禮(ぶれい)する奴原(やつばら)とは思ひながら、姫(ひめ)の袖(そで)をひかへ、又(また)もとの路(みち)に立(たち)かへり、山内(さんない)の花(はな)を見るに、此日(このひ)は天色(てんしよく)清和(せいわ)にして一点(いつてん)の風(かぜ)もなく、満山(まんざん)の櫻(さくら)(いま)を〓(さかり)とさきいでゝ、躑躅(つゝじ)山吹(やまぶき)(いろ)をあらそひ、
短冊
(め)さむるばかりの好景(こうけい)なれば、ひめはことさら外(そと)めづらしく、気(き)もそれ心もうきたちて、こゝかしこの櫻(さくら)をながめ、遂(つい)に石階(いしだん)をくだりて、かの滝(たき)のもとにいたり給ふに、三(み)すぢにおつる瀧(たき)を掠(かすめ)て散(ちり)かゝる花(はな)の風情(ふぜい)、えもいはれざる景色(けしき)なれば、姫君(ひめぎみ)ふかく興(きやう)じ給ひ、しばし佇立(たゝずみ)給ひしが、一首(いつしゆ)の歌(うた)を詠(えい)じ、用意(ようい)の行研(たびすゞり)をとりきたらしめて、短冊(たんざく)にかゝれけり。そのうたに

をとにきく音羽の瀧にちる華の 心をたれかくみてしるらん

と水(みづ)ぐきうるはしうかきをはり、かしこなる櫻(さくら)の枝(えだ)につけよとのたまひて、かたはらに蹲踞(つくばひ)ゐたるかの山吹(やまぶき)にわたしたまへば、山吹(やまぶき)たんざくを手にとりあげ、いつにかはらぬ御(ご)秀詠(しうえい)、おもしろき御(ご)趣向(しゆかう)かなといひつゝ、侍女(こしもと)らにも聞(きか)せんとふたゝび声(こゑ)を立(たて)てうち吟(ぎん)じけり。
かゝる折(をり)しも、最前(さいぜん)より石階(いしだん)の半(なかば)に佇立(たゝずみ)て、此(この)(てい)を見居(ゐ)たる者(もの)、山吹(やまぶき)が吟(ぎん)じたる姫(ひめ)の詠哥(えいか)を聞(きゝ)、さても雅(みやび)たるうたの心(こゝろ)かな。落花(らくくわ)(じやう)あれども流水(りうすい)(こゝろ)なしといふ、常言(ことわざ)に思ひよせ給へるならんと哥(うた)の心(こゝろ)を評(ひやう)しけり。姫(ひめ)山吹(やまぶき)ら此(この)ことばをきゝて、何人(なにびと)にやと冷眼(ながしめ)にこれを見れば、としのころほひ十七八と見えて、額(ひたい)の總角(つのがみ)うるはしうつかね、薄紫(うすむらさき)なる縞紵絲(しまじゆす)の袴(はかま)に、黒(くろ)き綸子(りんず)の小袖(こそで)を着(ちやく)し、金銀(きんぎん)を〓(ちりばめ)たる大小をさし、金地(きんぢ)に雲水(くもみづ)のかたをおきたる扇(あふぎ)を斜(なのめ)にさしかざし、一人の僕(しもべ)をしたがへて、彳(たゝずみ)たるさま端麗(たんれい)優美(ゆうび)の少年(わかしゆ)なり。小櫻姫(こさくらひめ)はひと目(め)見しより心迷(こゝろまよ)ひ、丗(よ)にはかゝる美男(びなん)もありけるよとあからめもせずうちまもり、
挿絵
【挿絵第七図】
(はじめ)て人(ひと)を戀風(こひかぜ)の、目(め)もとによする秋(あき)の波(なみ)、こがるゝ岸(きし)にうちなびく、心(こゝろ)はやるせなかりけり。怪(あやし)きかな此(この)(をり)しも、一片(いつへん)の暴風(はやて)さつと吹(ふき)(きた)り、山吹(やまぶき)が手(て)にもちたるかの短冊(たんざく)をひら/\とふきあげ、少年(わかしゆ)のまへにおちけるにぞ、少年(わかしゆ)(て)ばやくとりあげて、姫(ひめ)とたがひに見かはす顔(かほ)、綽約(につこり)(ゑめ)る花(はな)と花(はな)、たんざくは懐中(ふところ)へおし入て、もたせたるあみがさにおもてをかくし、堂(どう)のかたへぞ立(たち)さりける。
(ひめ)は名残(なごり)やおしかりけん、うしろすがたを見おくりて、茫然(ぼうぜん)として佇立(たゝずみ)しが、山吹(やまぶき)に顔(かほ)を洒眼(じろり)と見とがめられ、なんと岩根(いはね)にさく杜鵑花(つゝじ)、はておもしろのなかめやと外事(ほかごと)に紛(まぎら)はし花(はな)をたづねて、ふたゝび蓮歩(あゆみ)をうつされけり。山吹(やまぶき)は僕(しもべ)をはしらせ、かのたんざくをとりもどさんと、少年(わかしゆ)の跡(あと)を追(おは)せけるが、参詣(さんけい)の群集(くんじゆ)にまぎれて、その行向(ゆくへ)
挿絵
【挿絵第八図】
(うしな)ひけり。
こゝに又、最前(さいぜん)舞台(ぶたい)に酒(さけ)のみ居(ゐ)たる武士(ぶし)とも顔(かほ)をつらねて、姫(ひめ)が形勢(ありさま)をはるかに見おろし居(ゐ)たりけるが、一人(ひとり)がいふやう、相公(との)御覧(ごらん)ぜよ、今(いま)あの上臈(じやうろう)があとにつらせゆく、轎子(のりもの)に蒔繪(まきゑ)したるは、鈎(まがり)の家(いへ)の章(しるし)也。さすればかれは音(をと)に聞(きゝ)にし、小櫻姫(こさくらひめ)に紛(まぎれ)なく候。さてこそ類(たぐひ)なき美人(びじん)にてはありつれとさも仰山(ぎやうさん)にいひければ、主人(しゆじん)とおぼしくかたほにゑみをふくみ、汝(なんぢ)(いま)(みとめ)たる愚(おろか)さよ。我(われ)は最前(さいせん)よりしか思ふゆゑに、かく酒(さけ)をやめて眺(ながめ)をる也。きゝしにまされるかれが容貌(ようぼう)、見ざるさきより百倍(ばい)の、思ひをなやます女(をんな)めかなと欄杆(らんかん)へ臂(ひぢ)をかけ、支頤(つらづゑ)つきたる顔色(かんしよく)は、松(まつ)にやどりし〓(くまたか)の、小鳥(ことり)を覘(ねら)ふごとくなり。此(この)(ひと)は何人(なにびと)ぞや、是(これ)別人(べつじん)にあらず、信田(しだ)の左衛門(さゑもん)清玄(きよはる)なり。家臣(かしん)横島(よこしま)大六といふえせもの膝(ひざ)をすゝめ、かねての戀人(こひびと)にこゝであひしは、天(てん)より与(あた)ふる賜(たまもの)なり。われ/\目関笠(めせきがさ)に面(おもて)をかくし、姫(ひめ)が前路(ゆくさき)にまちぶせなし、狼藉(らうぜき)しかけて
挿絵
【挿絵第九図 小さくらひめ清水(きよみづ)(もうで)して志賀之助を見そむる圖(づ)
おどろかし、奴原(きやつら)が狼狽(うろつく)そのひまに、姫(ひめ)を〓(うばひ)申さんは事やすし。これはいかに候やと面(つら)をさし出しこゑをひそめていひければ、清玄(きよはる)(かしら)うちふりて、いな/\小櫻姫(こさくらひめ)は深淵(しんえん)の名珠(めいしゆ)なり、時(とき)いたらさればとり得(え)がたし。見よ/\遠(とほ)からずして彼(かの)名玉(めいぎよく)を、我掌(わがて)ににぎりて見すべきぞ。彼(かれ)を肴(さかな)に一杯(いつはい)くまん。いざつげ/\と杯(さかづき)をさしいだし、酌(つが)せる酒(さけ)の清玄(きよはる)が、心(こゝろ)の内(うち)は鬼(おに)ころし、亂(らん)におよぼす悪計(わるたくみ)、いかなる事をや釀(かもす)らん。
此方(こなた)のかたには、かゝる曲者(くせもの)ありともしらず、姫(ひめ)はこしもとらにいざなはれ、花(はな)の間(あひだ)を逶遅(ねりあり)き給ひしが、山吹(やまぶき)公光(きんみつ)らに皈路(きろ)をうながされ、轎子(のりもの)にのりうつり綴行(ぎやうれつ)うたせ、清水寺(きよみづてら)を立去(たちさ)りぬ。
かくてほどなく日脚(ひあし)も西(にし)にかたぶきければ、清玄(きよはる)従者(づさ)に對(むか)ひ、小櫻姫(こさくらひめ)が散(ちり)ゆきては、ほかに眺(ながむ)る花(はな)もなし。いざ皈(かへ)るべしと酒食(しゆしよく)の調度(てうど)どもをとりおさめさせ、五人ひとしく深編笠(ふかあみがさ)をかふり、石階(いしだん)をくだりて立(たち)さらんとしつる時(とき)、以前(いぜん)の少年(わかしゆ)むかひの方(かた)へあゆみ行(ゆく)を、横嶋(よこしま)大六目ばやく見(み)つけて、清玄(きよはる)が袖(そて)をひかへ、かしこへゆくは先刻(せんこく)石階(いしだん)に立(たち)て、姫(ひめ)がたんざくを収(ひろ)ひたる小せがれなり。やつがれ奴(きやつ)をひつとらへ、かのたんざくを奪(うば)ひとりてさゝぐべしと清玄(きよはる)をやりすごし、供(とも)にはづれてあとにのこり、袴(はかま)の裾(すそ)たかくかゝげ、湯上(ゆがみ)軍藏(ぐんぞう)といふものをしたがへて小年(わかしゆ)に追(おひ)つき、刀室(さや)あてを口論(こうろん)の端(はし)となし、両人(りやうにん)ひとしく左右(さゆう)より、少年(わかしゆ)の腕(うで)くびしつかととらへ、〓胡(ねぢたふ)さんとなしけるに、羅綺(らき)にもたへざる姿(すがた)には、にげなく猛(たけ)き勢(いきほひ)にて、こゝろえたりと身(み)を捻(ひね)れば、二人が力(ちから)やあまりけん、額(ひたい)とひたいをうちあはし、痛(いた)さをしのぶ歪面(ゆかみづら)、軍藏(ぐんそう)(いらつ)て腕(うで)をのばし、編笠(あみかさ)をとらんとす。其(その)脇腹(わきばら)をひと當(あて)あてられ、〓〓(よろめく)(あし)に躓(つまづ)く木(こ)の根(ね)、もんどりうちてぞ倒(たふれ)ける。大六すかさず抜(ぬき)かくる、刀(かたな)を扇(あふぎ)のそくいづけ、じり%\と附入(つけいつ)て、手(て)さきも見せず千鳥投(ちどりなげ)、息(いき)の音(ね)とめしふたりを見やり「花(はな)に嵐(あらし)の落花(らくくわ)狼藉(ろうぜき)、はてにくむべき奴原(やつばら)かなと塵(ちり)うち払(はら)ひ、徐々(しづ/\)と衣紋(えもん)くづさず立(たち)さりしは、あつぱれ勇々(ゆゝ)しき擧動(ふるまひ)なり。

  第五回 小櫻姫夜功遇情人(よるじやうじんにこうぐうす)

(かく)て、小櫻姫(こさくらひめ)は十日余(あま)り都(みやこ)にとゞまりて、名所(めいしよ)古跡(こせき)(なかば)見めぐり、本国(ほんごく)へ立皈(たちかへ)りけるが、清水寺(きよみづでら)にて見初(みそめ)たる、美少年(びしやうねん)の面影(おもかげ)、つゆわするゝひまもなく、留木(とめき)の伽羅(きやら)の柴舩(しばぶね)を、こがるゝ胸(むね)にたきこめて、いつもわびしき手枕(たまくら)へ、せめてはかよふ花(はな)の香(か)も、つれなく散(ちり)て行春(ゆくはる)の、身(み)は空蝉(うつせみ)の夏衣(なつころも)、うすき縁(ゑにし)をかこちけり。かの美少年(びしやうねん)は何(いづれ)の人(ひと)、いかなる者(もの)とその姓名(せいめい)をさへしらず、ものや思ふと問人(とふひと)もなく、我身(わがみ)ひとつに置蚊火(おくかび)の下(した)、こがれにこがれて語(かた)り慰(なぐさ)むかたもなく、心(こゝろ)(うつ)して遂(つひ)に病(やまひ)となり、百(もゝ)の媚(こび)ある顔(かんばせ)を浅黄櫻(あさぎさくら)に咲(さき)かへて、ちりもうせなんふぜいなり。
為兼(ためかね)夫婦(ふうふ)(おほい)におどろき、名医(めいゐ)をむかへて療養(りやうやう)をくはへ、黄金(こがね)にあかして妙薬(みやうやく)を用(もちゆ)るといへども、因(もと)(これ)かの美少年(びしやうねん)よりおこれる病(やまひ)なれば、草根(さうこん)木皮(ぼくひ)(こう)を奏(そうせ)ず、漸々(しだい/\)に痩(やせ)ほそり、つや/\ものもくはず、昼(ひる)も蚊〓(かてう)におほはれて、霧(きり)の裏(うち)の花(はな)(うらむ)が如(ごと)く、雲間(くもま)の月(つき)(かたぶく)にことならず。照陽殿(しやうやうでん)の李夫人(りふじん)が、病(やまひ)に臥(ふせ)しもかくやらん、最(いと)痛々(いた/\)しきありさまなり。弥生(やよひの)(かた)は終日(ひめもす)終夜(よもすがら)枕方(まくらべ)にそひ、心(こゝろ)を尽(つく)して看病(みとり)給ひ、高僧(かうそう)修驗(しゆげん)の加持(かぢ)祈祷(きとう)、たのまぬ神(かみ)や仏(ほとけ)もなく、百度(ひやくど)(まゐり)の代参(だいさん)も、驗(しる)しはさらになかりけり。
(かく)して其(その)(とし)の秋(あき)にいたり、姫(ひめ)の病(やまひ)すこしく快(こゝろよき)かたにおもむきければ、両親(りやうしん)の喜(よろこ)び斜(なゝめ)ならず、保養(ほよう)気晴(きばらし)のためとて、琵琶湖(びはこ)を見はらす亀谷(かめだに)といふ所(ところ)の別業(しもやかた)にうつらしめ、彼(かの)山吹(やまぶき)をはじめとし、姫(ひめ)につかふるこしもとども、および年(とし)(おひ)たる家臣(かしん)四五人をつけおき、家法(かほう)をゆるして事輕(ことがる)になさしめ、よろづ姫(ひめ)が心(こゝろ)の侭(まゝ)に料(はから)ふべしと命(めい)じ給ひ、吉日(きちにち)をえらびて別業(しもやかた)へうつらせけり。姫(ひめ)は別業(しもやかた)にうつり給ひ、居(ゐ)ながら眺望(のぞむ)琵琶湖(びはこ)の八景(はつけい)をながめて、心(こゝろ)をなぐさめ給ひけり。侍女(こしもと)(ら)はとしわかき者(もの)どもなれば、姫(ひめ)が伽(とぎ)するにことよせ、さま%\のたはふれをなして、おのれらが遊(あそ)びとし、日夜(にちや)(わらひ)をもよほしければ、小櫻姫(こさくらひめ)はこしもとらが元気(げんき)に絆(ほださ)れ、病(やまひ)もやゝおこたりぬ。姫(ひめ)一日(あるひ)湖水(こすい)をひきいれたる池(いけ)の上(うへ)に、作(つくり)かけたる書院(しよいん)にはし居(ゐ)して、残(のこ)る暑(あつさ)さをしのぎ、母君(はゝぎみ)より贈(おく)りたる菊酒(きくざけ)の器(うつは)をひらかせ、桜(さくら)の花(はな)を蒔絵(まきゑ)したる、さゝやかなる盃(さかづき)につがしめ、半点(はんてん)の朱唇(しゆいん)をよせて一ト口(くち)
挿絵
【挿絵第十図 小櫻姫(こさくらひめ)池中(ちちう)の金鯉魚(ひごひ)を愛(あい)する圖(づ)
のみ給ひけるが、いかにしてか漆(ひざ)のうへに、はたととりおとし給ひ、盃(さかづき)(こけ)て池(いけ)の中(なか)へおちいりけり。酌(しやく)をとりたるなでしこといふ心(こゝろ)きゝたるこしもと是(これ)を見て、御(ご)病後(ひやうご)なれば御(おん)(て)のふるへしゆゑならんといひつゝ姫(ひめ)の背后(うしろ)へまはり、欄干(らんかん)に立(たち)よりて池中(ちちう)を見れば、盃(さかづき)は水(みづ)にしたがひて流(なが)れたり。
(とき)に白蓮(はくれん)のうちより尺余(しやくよ)の金鯉魚(ひごい)(うかみ)いで、盃(さかづき)を咥(くは)へて水中(すいちう)に沈(しづ)みければ、姫(ひめ)はこれを見給ひて打(うち)ゑみつゝ、盃(さかづき)を菓子(くわし)とこゝろえて咥(くは)へゆきしは、食物(たべもの)のほしきならん。餌(ゑ)になるべきものをあたへよと宣(のたま)ひければ、なでしこ高杯(たかつき)の菓子(くわし)をとりて、池(いけ)のうちへ投入(なげいれ)しに、あまたの金鯉魚(ひごい)うかみいで、鰭(ひれ)を揚(あげ)(を)を掉(ふる)ひ、食物(しよくもつ)をあらそふさま、立田(たつた)の川(かは)に紅葉(もみぢば)の流(ながれ)もあへぬ風情(ふぜい)なり。姫(ひめ)は欄干(らんかん)に靠(よりかゝ)りて打(うち)ながめ、大(おほい)に興(きやう)じ給ひ、再(ふたゝび)(さかづき)をあらためて、此日(このひ)は常(つね)よりもこゝろうきたち給ひけり。
(さて)、この夜(よ)、山吹(やまぶき)血刀(ちがたな)をさげて、姫(ひめ)の寐所(しんじよ)へあはたゞしくはせきたり。せわしく姫(ひめ)をゆりおこしければ、姫(ひめ)はおどろき覺(さめ)、鮮血(ちしほ)したゝる刀(かた〔な〕)を見て益(ます/\)おどろき、なにことぞ、きづかはしやと身(み)をふるはせて戰栗(おのゝき)給へば、山吹(やまぶき)那邊(かしこ)を指(ゆび)ざし、あの太刀(たち)(をと)をきゝ給へ。山賊(さんぞく)ども舘(やかた)へおしいり、表(おもて)書院(しよいん)まで切入(きりいり)しに、寓直(とまりばん)の人々むかひあはせて防戦(ふせぎたゝかひ)、わらはも二人まで打留(うちとめ)候。されども、山(やま)だちが勢(せい)の多少(たしやう)ははかりがたし。とく/\やかたをおち給へ。いざ/\とすゝめられ、寝耳(ねみゝ)へ水(みづ)の急難(きうなん)に、気(き)も魂(たましい)も身(み)にそはず、山吹(やまぶき)にたすけられ、結梗(ききやう)刈萱(かるかや)女郎花(をみなへし)、ふみちらしたる庭(には)づたひ、我(われ)(おち)にきと譏(そしる)とも、后(のち)のうはさはなにかせん。臆病風(おくびやうかぜ)も主(しゆう)思ひ、上舘(かみやかた)へとこゝろざし、東(ひがし)をさしてぞおちゆきける。
(ひめ)はならはぬ玉(たま)ぼこの、道(みち)の小石(こいし)に足(あし)をいため、身体(しんたい)つかれ歩行(あゆまれ)ず、草(くさ)を褥(しとね)にしどけなく、さしこむ積(しやく)を唐織(からをり)の、帶(おび)の間(あいだ)でおさへつけ、これ山吹(やまぶき)いこう痞(つかへ)が發(おこつ)てきた。どうせうぞいのと涙(なみだ)ぐみ、息(いき)もたゆげにのたまへば、山吹(やまぶき)は周章(あはて)ふためき、姫君(ひめぎみ)をだきかゝへ、おゝお道理(だうり)でござります。おいたはしいこの御姿(おすがた)、まゐらすべき藥(くすり)もなく、湯水(ゆみづ)をさへもとむべき人家(じんか)もなき此(この)埜中(のなか)、今(いま)しばしあゆませ給へ。人里(ひとざと)にいたりなば、竹輿(かご)をもとめてのせ申さんといへどことばもなく、なみだいとくるしげに見えにけり。
(かゝ)る折(をり)しも、今(いま)(き)し道(みち)より歩(あゆみ)(く)る人影(ひとかげ)に、山吹(やまぶき)はゆだんせず星(ほし)あかりにすかし見れば、打扮(いでたち)はさだかならねど、顔(かほ)の色白(いろしろく)見えたる少年(わかしゆ)なり。一人(ひとり)の男(を)の童(わらは)をともにつれ、あまた入(いれ)たるほたる篭(かご)をもたせ、山吹(やまぶき)らが面前(まへ)をゆきすぎしが、頓(やが)て立(たち)かへり、ほたるの篭(かご)をとりて二人がていをてらしつゝ、よしありげなる御方(おんかた)の胸病(なやみ)給ふと見うけたり。かゝる野外(やぐわい)に臥(ふし)玉ふは、似気(にげ)なく怛々(いたまし)きありさまなり。僕(やつがれ)は今宵(こよひ)(この)ほとりへ螢狩(ほたるがり)にいでたるものなるが、かしこの柳(やなぎ)の樹下(もと)に、毛氈(けむしろ)しきて野風炉(のぶろ)のもうけもあり。かしこへうつしまゐらせて、介抱(かいほう)し給へ。藥(くすり)の御用意(ごようい)なくば貯(たくはへ)も候といと懇(ねんごろ)にいひければ、山吹(やまぶき)(おほい)に喜(よろこ)び、おなさけふかきおほせかな。主人(しゆじん)の急病(きうびやう)にせんかたなく、かゝる所(ところ)に憇(いこひ)候。御遊山(ごゆさん)の妨(さまたげ)ながら、しばしがほど休息(きうそく)させて給はれかしと姫(ひめ)の手(て)をとりてたすけおこし、腰(こし)をおさへて歩行(あゆませ)つゝ、少年(わかしゆ)のあとにしたがひて、柳(やなぎ)のもとにいたりけるに、花毛氈(はなむしろ)をしき提盒(さげぢう)〓子(わりご)(から)めきたる、煎茶具(せんちやぐ)などとりちらしたるが他(ほか)に伴(ともな)ひし人もなきていなり。少年(わかしゆ)は花毛氈(はなむしろ)のうへにふたりをむかへ、童(わらは)にいひつけて頓(にはか)に湯(ゆ)をわかさせ、印篭(いんろう)より藥(くすり)を取(とり)いだし、是(これ)を上臈(じやうろう)にまゐらせ給へ。見ればいこう肌薄(はだうす)に候ぞ。残暑(ざんしよ)の時節(じせつ)とはいひながら、夜陰(やいん)の風(かぜ)にあたり給はゞ、なやみのさはりともなるべし。穢(けがれ)たれどもこゝに着替(きがへ)の〓衣(あはせ)も候。くるしからずはしばしなりとも着(めさ)し給へなどいひて、いかにも心を用(もちひ)ていたはるてい、態姿(すがた)と云(いひ)(こゝろざし)のしほらしさに、山吹(やまぶき)は身にしみ/\とうれしくて、禮(れい)をのべつゝ藥(くすり)をすゝめ、湯(ゆ)をのませ背(せなか)を撫(さす)りて介抱(かいほう)しければ、そのかひ有(あり)て小桜姫(こさくらひめ)、胸(むね)のなやみすこしくおこたりしと見えて、今(いま)(ひと)ッ湯(ゆ)をと宣(のたまひ)ければ、山吹(やまぶき)(わらは)にこひうけてまゐらせけり。
小年(わかしゆ)は姫(ひめ)にむかひ、かゝる野(の)ずへにてなやみ給ひ、さこそわびしくおぼすらめ。今(いま)すこしくすりを用(もち)ゐ給はんやといふに小櫻姫(こさくらひめ)、此時(このとき)はじめて頭(かしら)を擧(あげ)、此人(このひと)を見るに、豈量(あにはから)んや此人(このひと)はこれ、日比(ひごろ)(こひ)したひて病(やまひ)となり、玉(たま)かつらの影見(かげみ)にそひ、苅萱(かるかや)のつかの間(ま)も忘(わす)れざる、清水寺(きよみづでら)にて見初(みそめ)たる、かの美少年(びしやうねん)なりけるにぞ、曾(かつ)おどろき曽(かつ)(よろこ)び、積(しやく)もつかへもどこへやら、寐衣(ねまき)すがたの不束(ふつゝか)を、見せる思ひのはづかしく、逢(あは)でこがれしほたる火(ひ)は、數(かづ)にもあらず眞澄鏡(ますかゞみ)、照月影(てるつきかげ)も山(やま)の端(は)を、はなれて
挿絵
【挿絵第十一図 小さくらひめふたゝび情人(じやうじん)にあふところ】
はなれて見あはす顔(かほ)と顔(かほ)「ヤァ御身(おんみ)はたしか花(はな)のころ、清水寺(きよみづでら)にて見うけし上臈(じやうろう)「わらはも其時(そのとき)開帳(かいてう)もうで、觀音(くわんおん)さまのひきあはせ。かゝる難義(なんぎ)に深(ふか)い御情(おなさけ)「ふしぎなゑにしであつたよなァと互(たがひ)に喜(よろこ)ぶ梅櫻(うめさくら)、山吹(やまぶき)はかたはらより、ほんにそれ/\其(その)とき、しかも姫様(ひめさま)の櫻(さくら)を詠(えい)ぜし短冊(たんさく)を「ひろひとりしは某(それがし)なり。思ひもよらぬ再會(さいくわい)かなとうちとけてぞ語(かたら)ひける。
小櫻姫(こさくらひめ)はふかくしたひたる人(ひと)と近(ちか)くむかひをれば、耳(みゝ)ほてり臉(かほ)あからみ心(こゝろ)あらたまりて、何(なに)といひいだすべきことのはもなく、山吹(やまぶき)が身蔭(かげ)に居(い)よりて、いと〓(はづか)しきけはひなり。
さて、少年(わかしゆ)は山吹(やまぶき)にむかひ、最前(さいぜん)よりさぞかし心(こゝろ)を労(ろうし)給ひつらん。一献(いつこん)くみて気(き)を晴(はら)し給へといひつゝみづから酌(しやく)をとりて、いざ/\といふに山吹(やまぶき)もいなみがたく、盃(さかづき)をとりあげけるが、目(め)おぼえある摸様(もやう)なれば、つく%\見るに昼(ひる)のほど、小櫻姫(こさくらひめ)が池中(ちちう)へおとせし盃(さかづき)なり。こはいかにと怪(あや)しみつゝ、わかしゆに對(むか)ひ此(この)(さかづき)は、此(この)姫君(ひめぎみ)の常(つね)に手(て)なれし調度(ちやうど)なり。いかなるゆゑに阿主(あなた)のお手(て)には入(いり)つるよとたづねければ、さては御(お)(いへ)の調度(ちやうど)にてありけるか。是(これ)は最前(さいぜん)湖水(こすい)の岸(きし)に、流(なが)れより候を見つけ、とりあげ見れば手(て)を尽(つく)したる蒔絵(まきゑ)に候ゆゑ、うちもおかずひろひとり候なり。思ふに前日(さきのひ)は清水(きよみづ)の石階(いしだん)にて、上臈(じやうろう)の短冊(たんざく)をひろひとり、今日(けふ)は琵琶湖(びはこ)の水中(すいちう)にて、おなじ人(ひと)の手(て)なれたる盃(さかづき)を得(え)、今(いま)(また)月下(げつか)に再会(さいくわい)する事、よく/\深縁(ふかきゑにし)なるらめ。先程(さきほど)より事(こと)に紛(まぎ)れて、それがしが姓名(せいめい)もあかさず、上臈(しやうろう)のお名(な)をも問(とひ)はべらず。そもいかなる御方(おんかた)にておはし候ぞと聞(きか)れて何(なん)と返答(へんとう)も、言(いは)ぬ色(いろ)なる山吹(やまぶき)が、めいわくがほを見てとる少年(せうねん)、いかさま前日(せんじつ)清水(きよみづ)の、行装(ぎやうそう)とはうつてかはりし今宵(こよひ)のいでたち、さだめて深(ふか)き縁故(いはれ)あるべし。高貴(かうき)の人(ひと)は事(こと)に臨(のぞん)で、名(な)をつゝむはまゝあるならひ、至(しい)て問(とは)んは旡骨(ぶこつ)のふるまひ、おあかしなくとも妨(さまたげ)なしと、はなしの内(うち)に向(むかふ)より、下舘(しもやかた)の侍(さふらひ)ども、小櫻姫(こさくらひめ)の行方(ゆくへ)をたづね、奴僕(しもべ)あまたをしたがへて、提灯(てうちん)明松(たいまつ)ふりてらし、此所(このところ)へはせきたり、姫(ひめ)山吹(やまぶき)(ら)を見て「ヤァ姫君(ひめぎみ)はこれにおはしたりと、おの/\よろこび山吹(やまぶき)にむかひ、山賊(さんぞく)どもは思ひのほか小勢(こぜい)にて、のこりなく打(うち)とり候といふを打けし「ヲヽ姫君(ひめぎみ)のおむかひか。見ればお輿(こし)の用意(ようい)も有(あり)。いざ御(ご)帰舘(きくわん)と姫(ひめ)をすゝめて、のりものにうつらしめ、かの少年(わかしゆ)にむかひ、今宵(こよひ)の御禮(おれい)はことばにはのべがたし。かさねて申入ん内(ため)、御(ご)家名(けみやう)きかせて給はれといふに、こなたもうちあかさず、これしきの事、御(お)使者(ししや)をうけてはかへつて迷惑(めいわく)。御縁(ごえん)もあらば又かさねてしからばおほせにまかすべしと礼(れい)のかづ/\のべづたひ、あまたの奴僕(しもへ)が手々(てん%\)にてらす提灯(てうちん)、玉(たま)ぼこの道(みち)をいそぎて皈路(かへりぢ)や、小櫻姫(こさくらひめ)は戀人(こひびと)の、名(な)も住所(すむかた)もきかざれば、いとゞ本意(ほい)なさつれなさに、心(こゝろ)はあとへひかれつゝ、かこちなみだの袖(そで)の露(つゆ)、あはたゞしくぞわかれさりける。
○下(しも)やかたへ山賊(さんぞく)の入(いり)し事を、山吹(やまぶき)(ひと)をはせて上(かみ)やかたへきこへあげんといふに、姫(ひめ)にしたがひて、こゝにある家臣(かしん)(ら)が申すやう、假令(たとひ)山賊(さんぞく)どもはうちとり候とも、賊足(ぞくそく)に山荘(さんしやう)をけがさせしはわれ/\があやまちなれば、内々(ない/\)にて事(こと)をすませ給はれかしと、口(くち)をそろへてねがふにぞ、山吹(やまふき)(これ)をゆるし、それとなく事(こと)によせて、舘(やかた)を護(まも)る人数(にんず)を増(ま)し、毎夜(まいや)夜巡(よまは)りをなさしめ、門戸(もんこ)の出入(でいり)も嚴重(げんちう)にいたさせけるとぞ。これらのはからひ、山吹(やまぶき)は實(じつ)に女丈夫(ぢよしやうぶ)といひつべし。此后(このゝち)清玄(きよはる)が山舘(さんくはん)に於(おき)て、血戦(ていたきたゝかひ)をなし、姫(ひめ)を救(すくひ)て虎口(こごう)をのがれしも、かゝる武略(ぶりやく)の女(をんな)なればなるべし。

  第六回 小櫻姫再邂逅情人(ふたゝびじやうじんにがいこうす)

(さて)も小櫻姫(こさくらひめ)は、ゆくりなく情人(しやうじん)にめぐりあひて、愛着(あいぢやく)の心火(しんくは)に一点(いつてん)の薪(たきゞ)を添(そえ)、ます/\思ひを焦(こが)しけるが、さてある夜(よ)一睡(いつすい)の夢(ゆめ)(やぶ)れて、床(とこ)のうちに起(おき)なをり、枕辺(まくらべ)にありつる絹(きぬ)ばりの團扇(うちは)をとりて胸間(むねのあたり)をしづやかにあふぎつゝ、残燈(ざんとう)にさしむかひたるさま、芙蓉(ふよう)(みづ)をはなれて半輪(はんりん)の月(つき)に香艶(かうえん)を放(はなつ)が如(ごと)し。宵(よひ)にきゝつる〓衣(きぬた)の音(をと)も、いつの程(ほど)にかうちやみつ、庭(には)にすだく虫(むし)の音(ね)は、いとちかくなりぬ。泉水(せんすい)へさしいるゝ潮(うしほ)の水門(すいもん)を潜(くゞ)る音(をと)さへ冷(さえ)わたりて、夜(よ)はいたく更(ふけ)たりとおぼゆ。姫(ひめ)は心澄(こゝろすみ)てふたゝびいねもやられず、蚊〓(かてう)をくゞり出(いで)て上の坐敷(ざしき)にいたり、妻戸(つまと)よき程(ほど)にをしあけて、庭前(ていぜん)を見れば、月(つき)は松(まつ)の梢(こずえ)にさしいでゝ、影(かげ)を池水(いけみづ)に浴(よく)し、名所(めいしよ)の種(たね)をうつして、池(いけ)のほとりにうえたる萩(はぎ)ども、露(つゆ)おもげにたはみふし蒔石(まきいし)のあはひ/\には、桔梗(ききやう)女郎花(をみなへし)のたぐひ、清(きよ)らかに咲満(さきみち)、箒目(はうきめ)(たえ)ぬ廣庭(ひろには)も、夜(よ)るは埜(の)ずゑの景色(けしき)して、種々(くさ%\)の虫(むし)ども自恣(おのがじゝ)に、音(ね)をたて常(つね)に目馴(めなれ)し前栽(せんざい)も、いと興(きやう)あるながめなり。
(ひめ)は此(この)好景(こうけい)にこゝろや浮(うき)たちけん、今宵(よひ)は侍女(こしもと)が伽(とぎ)に弾(ひき)たる琴(こと)をとりて、そのまゝ膝(ひざ)にのせ、さしいるゝ月(つき)をながめつゝ、

月を{とけまへ}のみ ながめ{ぎんかけむかふ}てもかくばかり おしまる{かいてざん三ツ二ツ目よりうたふ}ゝ 秋の{八七六二ツのちの六よりうたふ}
夜ごとを いた{ゐかけ}づらに すぐる人こ{とにわりづめのちのとよりうたふ}そ つらけ{七にわりづめ八よりうたふ}れ

といと妙(たえ)にかきならし給ひけり。怪哉(あやしきかな)(この)をりしも、池(いけ)のうちより一人(いちにん)の少年(せうねん)うかみ出(いで)、水上(すいしやう)へさしいでたる松(まつ)の枝(えだ)にとりつきて、岸(きし)にのぼり肩(かた)にかゝりし水草(みづくさ)を拂(はら)ひのけ、裾(すそ)(たもと)を絞(しぼ)りつゝ、四邊(あたり)を見(み)まはし姫(ひめ)を見つけて、心(こゝろ)に點頭(うなづき)土橋(とばし)をわたりて、座敷(ざしき)の前(まへ)に来(きた)りけるが、姫(ひめ)はなほこれをしらず、

神無月{とかけまへ} しぐれて{十かけまへ一ツうつて一までながし}も いろかへ{とはやかけのちのとよりうたふ}ぬ 松がえ{ゐのはやがけまへより}の みどり{八かけまへ}
うづめる しらゆき{十とわりづめ二どのちのとよりうたふ}は とかへり{八にわりづめのちの八よりうたふ}の 花なら{二二ツ七二ツのちの七よりうたふ}ん

と声(こゑ)うるはしう謡(うたひ)給へり。
(とき)に、かの小年(せうねん)(こし)をかゞめ、それなる上臈(じやうろう)にもの申さんといはれて姫(ひめ)はびつくりせしが、さすがは武家(ぶけ)の息女(そくぢよ)なれば、はしたなき風情(ふぜい)もなく、琴(こと)をひきさし
挿絵
【挿絵第十二図 小櫻姫情人(こひびと)に巧遇(あふ)(づ)
うち見やりてをられけり。少年(せうねん)は猶(なほ)(うや/\)しく禮(れい)をなし、僕(やつがれ)は勢田(せた)のほとり、國分山(こくぶんざん)幻住寺(げんぢうじ)と申[此(この)(てら)(いま)は廢(はい)してその跡(あと)もなしたゞ山の名(な)のみ殘(のこ)れり]禪院(ぜんいん)に事(つかふ)る、瀧窗(たきまど)志賀之助(しがのすけ)と申小姓(こしやう)にて候。今宵(こよひ)湖水(こすい)のほとりにて、狼藉者(らうぜきもの)にいであひ、水中(すいちう)におち入(いり)候ところ、幸(さいはひ)に水練(すいれん)をえたるゆゑに、からき一命(いちめい)をたすかり、かゝる御舘(おんやかた)ともしらず、水門(すいもん)を潜(くゞり)てこゝにいたり候ひぬ。相手(あひて)の惡輩(あくはい)ども大勢(おほぜい)(みち)をさへぎり、寺(てら)へは皈(かへ)りがたく候。あはれ御(おん)なさけとおぼしとり、椽(えん)の端(はし)妻庇(つまびさし)の下(もと)へなりとも、一夜(ひとよ)をあかさせ給はれかしと.いふ顔態(かほつき)を月(つき)の光(ひか)りによく/\見れば「ャァおまへは戀人(こひびと)、前日(いつぞや)のとのにてはあらざるやといふに、こなたもうち驚(おどろき)いかにも螢狩(ほたるがり)のをりから、再會(さいくわい)したる上臈(ろう)なりしか。又も不思儀(ふしぎ)の會合(くわいごう)かなといふに、ひめこはゆめなるかうつゝかとあまりの事(こと)の嬉(うれ)しさに、とかくの答(いらへ)もいでざりけり。
かゝるをりしも、かのなでしこといふ侍女(こしもと)、姫(ひめ)が彈(ひき)たる琴(こと)の音(ね)を聞(きゝ)て、直室(とのいのま)より起出(おきいで)て、こゝに来(きた)りしに、姫(ひめ)はうれしくなでしこにいふ様(やう)、日(ひ)ごろ我(わらは)が胸(むね)をしらせおきしはそなた一人(ひとり)、かしこに佇立(たゝすみ)給ふは、我(わらは)が思ふかの御方(おんかた)なり。今宵(こよひ)しか%\の事(こと)にて、はからずこゝへ来(きた)りたまへり。わらはに代(かは)りてよしなにはからへと宣(のたま)ひければ、なでしこは點頭(うなづき)て、萬(よろづ)を胸間(むね)におさめつゝ、やり水(みづ)のもとにて少年(せうねん)に足(あし)そゝがせ、姫(ひめ)が著(き)がへをとりきたりて、ぬれたる衣服(いふく)を著(き)かへさせ、まづこなたへとて一室(ひとま)に伴(ともな)ひ、清水(きよみづ)(もふで)のをりから、はつかに見初(みそめ)しよりこのかた、愛慕(あいぼ)の胸(むね)に病(やまひ)を釀(かも)し、其后(そのゝち)邂逅(ゆくりなく)めぐりあひて、一層(いつそう)の想(おもひ)をましたることども、舌(した)にまかせてものがたり、希(まれ)にあふ夜(よ)の天(あま)の川(がは)、浮木(うきき)の橋(はし)をわたしければ、小櫻姫(こさくらひめ)は顔(かほ)あからめ、はづかしいやら嬉(うれ)しいやら、とりつく蔓(つる)の袖垣(そでがき)に、咲(さき)かゝりたる朝顔(あさがほ)の、露(つゆ)をふくめる愛敬(あいきやう)は、いと憎(にく)からぬ風情(ふせい)なり。瀧窗(たきまど)志賀之助(しがのすけ)は、性質(せいしつ)(たゞし)きものなれば、櫻(さくら)にまけぬ白梅(しらうめ)の、枝(えた)にやどりし鶯(うぐひす)を、花(はな)の袂(たもと)で拂(はら)ひのけ「お志(こゝろざし)はうれしけれども、小生(それがし)は幼(おさなき)より、幻住寺(げんぢうじ)に成長(ひとゝなり)、且(かつ)て出家(しゆつけ)の望(のぞみ)あれば、邪淫(じやいん)の門(もん)には入(いり)がたし。赤縄(せきじやう)の縁(えん)なしと諦(あきらめ)て、思ひきりて給はれかしと言詞(ことば)たゞしく云(いひ)はなたれ、なんといらへもなぎさこぐ、海士(あま)の小舟(をぶね)の楫(かぢ)(たえ)て、とりつく嶋(しま)もなかりければ、恨涙(うらみなみた)の顔(かほ)に袖(そで)、よゝとなきてぞおはしける。
撫子(なでしこ)は側(そば)より姫(ひめ)にかはりて情(じやう)をのべ、さま%\にかき口説(くどく)といへども、うけひくけしきも見えざれば、ことばをあらためかくばかり、難面(つれなき)(ひと)をしばしが程(ほど)も、此所(このところ)にはとゞめがたし。いざ皈(かへ)り給へ。さなくば宿直(とのい)の侍(さふらひ)どもを呼起(よびおこ)し、水門(すいもん)をくゞりて舘(やかた)の内(うち)へ踏入(ふみいり)し、無禮(ぶれい)の罪(つみ)をたゞさんや・いなそれは、姫(ひめ)の詞(ことば)をうけひきて給はるか・いな、それは、いかに/\/\とことばづめ、せんかたなさに志賀之助(しがのすけ)、堅(かた)き心(こゝろ)を打碎(うちくだ)き、伴(ともなは)れゆく玉(たま)の床(とこ)、いかなる梦(ゆめ)をや結(むすぶ)らん。
(かく)て后(のち)、志賀之助(しがのすけ)が鐡心(てつしん)も美人(びじん)の蹈鞴(たゝら)にや鑠(とらか)されけん、此夜(このよ)をはじめとして、夜毎(よごと)に姫(ひめ)が許(もと)へ通(かよひ)けるが、撫子(なでしこ)のほか更(さら)にしれるものはなかりけり。

小櫻姫風月竒觀巻之二終

小櫻姫風月竒觀(こさくらひめふうげつきくわん)巻之三

山東京山 編撰

  第七回 志賀之助一体分身(しがのすけいつたいぶんしんす)

去程(さるほど)に、一日(あるひ)山吹(やまぶき)、別業(しもやかた)をまもれる侍(さふらひ)どもを招(まねき)ていふやう、昨夜(さくや)五更(ごこう)のころ、何者(なにもの)ともしれず奥庭(おくには)の屏(へい)を飛越(とびこえ)立(たち)さりたるを、侍女(こしもと)皐月(さつき)が見たりとて、わらはに告(つげ)候。これこそ正(まさ)しく賊(ぞく)ならめと存(そんじ)、失(うせ)たるものやあると奥殿(おくでん)より侍女(こしもと)の部屋(へや)%\まで、のこりなく僉議(せんぎ)いたさせ候へども、何の仔細(しさい)も候はず。昨夜(さくや)夜廻(よまは)りをなしたる侍衆(さふらひしゆ)、さる曲者(くせもの)には出逢(いであひ)たまはずやとたづねければ、先(さき)に進(すゝみ)をりたる乙郎太(をつらうだ)といふ者(もの)、背后(うしろ)に居(ゐ)たる甲六(こうろく)を顧(かへりみ)、昨夜(さくや)は和殿(わどの)の夜廻(よまは)りなり。今(いま)山吹(やまぶき)どのゝ申さるゝ、曲者(くせもの)らしき奴(やつ)を見玉はざりしかといふに甲六(こうろく)が曰(いわく)、昨夜(さくや)八ッのまはりにいで候せつ、御庭(をんには)の屏(へい)の外(ほと)にて、犬(いぬ)どものしきりに吠(ほえ)候ゆゑに、こはあやしき事と存(ぞんじ)、組子(くみこ)を召具(めしぐ)し早速(さつそく)はせつけ候ところ、前後(ぜんご)に頭(かしら)のある犬(いぬ)いきつきあらく、なへ/\としたるを、牡犬(をいぬ)ともが取囲(とりかこみ)て、互(たがひ)に吠(ほえ)あひをり候。両頭(りやうとう)の犬(いぬ)こそ珍(めづら)かなれ、召捕(めしとり)て姫君(ひめぎみ)の御なぐさめに備(ひなへ)んと存(ぞんじ)、立(たち)より候所(ところ)、犬(いぬ)は棒(ぼう)を見てふかくおそれ、胴中(どうなか)よりひきちぎれ、二疋(ひき)となりて逃(にげ)ゆき候。これよりほかに怪(あやしき)ことは見うけ候はずと真顔(まかほ)になりて云ければ、傍(かたはら)に席(せき)を連(つらね)たるものども、互(たがひ)に目(め)と目を見あはし、可咲(をかし)さをこらえてひかへけり。山吹かさねて申けるは、前日(さきのひ)山賊(やまだち)どもが御館(おんやかた)を騒(さわが)せしも、畢竟(ひつきやう)ずる所(ところ)各方(おの/\がた)の勤仕(きんし)の疎狂(そきやう)なりしよりの事かとおぼえ候。昨夜(さくや)のごとくあやしき曲者(くせもの)、御館(おんやしき)を窺(うかゝふ)こと何(なに)とも心得(こゝろへ)がたく候。今宵(こよひ)より夜廻(よまは)りの人数(にんじゆ)を増(ま)し、時半(ときはん)のまはり怠(おこた)りなく、館(やかた)の内外(うちと)のこりなく見廻(みめぐ)り玉へ。姫君(ひめぎみ)も永(なが)くは此館(このやかた)におはし玉ふまじ。各方(おの/\がた)も今(いま)しばしの間(あひだ)なれば、心(こゝろ)を用て守護(しゆご)し玉ふべし。しからば又かさねてといひて席(せき)を立(たち)、婢女(はしため)をしたがへて奥殿(おくでん)の方(かた)にたちさりぬ。
偖(さて)、侍(さふらひ)どもは当直(たうばん)の者(もの)を館(やかた)にのこし、其(その)余(よ)は下宿(げしゆく)に立皈(かへ)りけるが、乙郎太(をつらうだ)丙二兵衛(へいじべい)といふ者(もの)を招(まねき)て曰(いわく)、先刻(せんこく)和殿(わどの)とおなじく山吹が為躰(ていたらく)を見つるに、察(さつ)する所(ところ)前日(さきのひ)山賊(やまだち)のおし入りたる事と、昨夜(さくや)の曲者(くせもの)の事を相公(との)へきこえあげ、姫君(ひめぎみ)を上館(かみやかた)へ移(うつさ)んとする心庭(しんてい)に疑(うたがひ)なし。しかるときはかの山賊(やまだち)の入し時(とき)、首長(かしら)とおぼしき両人(りやうにん)を、山吹が打とりたるに怖(おそ)れ、手下(てした)の小賊(こぬすびと)どものこりなく逃散(にげちり)たるを、われ/\が打とりたりと詐(いつわ)りおきしも、山吹とくより聞知(きゝし)りて、これまではしらずがほにて打過(うちすぎ)しを、此度(このたび)しか%\のよし事(こと)のついでに、聞(きこ)へあげんも量(はか)りがたし。さすれば首立(かしらだち)たる我々(われ/\)二人が身(み)の上(うへ)なり。渠(かれ)は公光(きんみつ)が妹(いもと)なりといふを身(み)の覆(かさ)となし、すこしく暁(さと)したる武芸(ふげい)に傲(ほこ)り、我々を蔑(ないがしろ)にするこそ遺恨(いこん)なれ。おのれが守(まも)るべき役目(やくめ)は疎(おろそか)にして、かの少年(せうねん)が姫君(ひめぎみ)のもとへしのび通(かよ)ふ事は露(つゆ)しらず、我々が冒度(おちど)を糺(たゞさ)んは、いと/\かたはらいたき事(こと)にあらずや。我(われ)渠(かれ)に先(さき)だちて上館(かみやかた)にいたり、志賀之助(しがのすけ)がことを相公(との)にきこえあげ、山吹(やまぶき)に一ッの罪(つみ)を負(おは)せ、日来(ひごろ)の鼻梁(はなばしら)を拗(ひしが)んは如何(いかに)。しからばわれ/\が事(こと)は余所(よそ)になりて、罪(つみ)にあづからん事(こと)も軽(かろ)かるべしといふ。丙二兵衛(へいじべい)これをきゝて曰(いわく)、人に先(さきん)ずる時(とき)は人(ひと)を制(せい)すといへば、足下(そつか)の説(せつ)もよかんめり。しかはあれども侍女(こしもと)撫子(なでしこ)、われ/\がもとへをり/\賄賂(まひなひ)するは、『かの志賀之助が事をしらず顔(かほ)になしくれよ』と、いわねどしるゝもてなしなり。しかるに足下(そつか)志賀之助がことを相公(との)へ聞(きこ)へあげ、事(こと)あらはれてのち撫子(なでしこ)、不義(ふぎ)の媒(なかだち)したる罪(つみ)に坐(ざせ)んは、最(いと)〓然(ふびん)のいたりなりといへば乙郎太(をつらうだ)が曰(いわく)和殿(わどの)は歳(とし)にも恥(はち)ず撫子(なでしこ)に心あるゆゑに如斯(しか)いはるゝならんが、背(せ)に腹(はら)はかへがたし。今宵(こよひ)密(ひそか)に事(こと)を謀(はか)るべしと委細(いさい)を書面(しよめん)にしるして懐中(くわいちう)なし、上館(かみやかた)に至(いた)りて為兼(ためかね)が直覧(ぢきらん)をねがひけるに、為兼(ためかね)これを一覧(いちらん)して大におどろき、乙郎太(をつらうだ)を召(め)して人(ひと)を遠(とほ)ざけ、事(こと)の仔細(しさい)をきゝて憤怒(ふんど)の色(いろ)をおこし、何事(なにごと)にやあらん密(ひそか)に命(めい)じ玉ひければ、乙郎太(をつらうだ)低頭(ていたう)平身(へいしん)して命(おほせ)をうけ、しすましたりと喜(よろこび)て、別業(しもやかた)へぞ皈(かへ)りける。
○これはさておきこゝにまた、滝窓(たきまど)志賀之助は例(れい)のごとく、小櫻姫が寝所(しんじよ)へしのび、鴛鴦(ゑんあう)の衾(ふすま)に肱(ひぢ)をつらねて臥(ふ)し、陽台(やうたい)の夢(ゆめ)濃(こまやか)なりけるをりしも、一間(ひとま)の障子(せうじ)荒(あら)らかに、引明(ひきあけ)人(ひと)のこみいる足音(あしをと)に、姫(ひめ)志賀之助等(ら)こは何事(なにごと)ぞとおどろく間(ま)もなく、かの乙郎太(をつらうだ)前(さき)にすゝみて、たてまはしたる金屏風(きんひやうぶ)を、足(あし)にかけて横(よこ)さまに蹈(ふみ)たふし、不義者(ふぎもの)見(み)つけたりとよばゝりて、持(もち)たる手提灯(ててうちん)をさしつくれば、二人(ふたり)は顔(かほ)にひたち帯(おび)、結(むす)ぶまもなく組子(くみこ)の面々(めん/\)、志賀之助を取囲(とりかこ)み、四人いちどに鉄杖(てつぢやう)ふりあげ、動(うごく)なとぞ声(こゑ)かけゝる。姫(ひめ)はことさら恥(はぢ)らひて、袖(そで)をかさねて顔(かほ)かくし、いふことの葉(は)もなさけなや、鴛鴦(をし)の浮寝(うきね)を獺(かはうそ)におどろかされし如(ごと)くなり。志賀之助は姫君(ひめぎみ)を、背后(うしろ)に囲(かこ)ひ、こは嶢々(げふ/\)しき挙動(ふるまひ)かな。何科(なにとが)ありてそれがしを、かくは取篭(とりこめ)玉ひしぞといわせも果(はて)ず乙郎太(をつらうだ)、さも傲然(こうぜん)と立(たち)はだかり、何科(なにとが)とは横道者(わうたうもの)かな。夜(よ)な/\通(かよ)ふ玉の床(とこ)、瑕瑾(きづ)をつけたる御主人(ごしゆじん)の姫君(ひめぎみ)、二ッ双(ならべ)たる此(この)枕(まくら)こそ科(とが)の証拠(せうこ)なれ。斯(かく)姫君(ひめぎみ)の御(ご)寝所(しんじよ)へ、組子(くみこ)を連(つれ)て蹈(ふみ)入しは、為兼(ためかね)公(こう)の御(おん)差図(さしづ)也。出頭顔(しゆつたうがほ)する山吹も、今宵(こよひ)ばかりは手出(てだし)する事(こと)は協(かなひ)がたし。早(とく)縄目(なはめ)にかゝらんや。否(いなま)ば憂目(うきめ)見(み)するぞと力足(ちからあし)を蹈(ふみ)ならし、首(くび)打(うち)ふりてししめけば、小櫻姫はなみだをおさへ、不義(ふぎ)私淫(いたづら)はわらはが科(とが)なり。かゝる縄目(なはめ)もいとふまじ。此(この)御方(おんかた)には露(つゆ)ばかりの罪(つみ)もなし。さるからに何(なに)とぞ見逃(みのが)して、おとしまいらせくれよかしとなげき玉へば、乙郎太(をつらうだ)こは相公(との)の厳命(げんめい)なれば、私(わたくし)にはからひ難(がた)し。者(もの)ども夫(それ)搦(からめ)よと下知(けぢ)すれば、心得(こゝろえ)候といひつゝ蹈入(ふみいり)て捕(とらへ)んづる介(さま)なりしが、志賀之助に弱腰(よはごし)はたとけられ、流足(ながれあ)になりて倒(たふ)れけり。隙(ひま)なくこなたより打(うち)こむ鉄杖(てつぢやう)を、こゝろえたりといひて身(み)を稔(ひね)れば、打(うち)こみつる力(ちから)や余(あま)りけん、前(まへ)の方(かた)へ転(こけ)かゝりけるを、ゑりくびとらへて投(なげ)すへたり。此度(このたび)は左右(さゆう)ひとしく組(くみ)つきたるを、腰(こし)を捻(ひねり)て振解(ふりほど)き、膝(ひざ)を折(をり)しきて組子(くみこ)が足(あし)とりて、ゑいやと声(こゑ)かくれば左右(さゆう)一度(ど)にまろびけり。続(つゞく)く加勢(かせい)をば浪(なみ)のかへすがごとく、ばらり/\と投除(なげのく)る体(さま)、美少年(びせうねん)には似(に)あはしからぬ程(ほど)の、力量(りきりやう)早業(はやわざ)なりけり。
乙(をつ)郎太は最前(さいぜん)より、物蔭(ものかげ)にかくれをりて見居(みい)たりしが、手並(てなみ)の程(ほど)にや怖(おそ)れけん、逃行(にげゆく)組子(くみこ)にうち交(まじ)はりて、いちあしいだして走去(はせさり)けり。志賀之助は最前(さいぜん)こゝへしのびし時(とき)、大小をば撫子(なでしこ)に領(あづ)けおきつ、身(み)には寸鉄(すんてつ)をも帯(たい)せざれば、いかんとも可為(せんすべ)なく、此隙(このひま)に逃(にげ)ばやと思(おもひ)つゝ、走出(はしりいで)しに、おもひもよらざる、一間(ひとま)の裏(うち)より不義者(ふぎもの)待(まて)と声(こゑ)かけられ、此奴(こやつ)何者(なにもの)にやと蹈(ふみ)とゞまり、かしらをめぐらして見(み)てげれば、歳若(としわか)き侍(さふらひ)袴(はかま)の裾(すそ)たかくくゝりあげ、大小りゝしげに差凝(さしこら)し、二人の組子(くみこ)を具(ぐ)して提灯(ちやうちん)を照(てら)させ、ゆたかに歩行(あゆみ)いでたり。此人(このひと)は是(これ)別人(べつしん)に非(あらず)、篠邑(しのむら)二郎公光(きんみつ)なりけり。公光(きんみつ)たかやかに声(こゑ)をあげ、いかに小冠者(こくわじや)、逃(にげ)んとするは愚(おろか)なり。手勢(てぜい)の人数(にんじゆ)囲(かこみ)をなし、館(やかた)の四囲(めぐり)は鉄壁(てつぺき)に異(こと)ならず。いかにはやるとも逃(のが)すべきかは。速(すみやか)に縄(なは)かゝらばよし、〓(なまじい)に手向(てむかひ)なさば、公光(きんみつ)が刀(かたな)の切味(きれあじ)振舞(ふるまは)ん。如何(いかに)/\と呼(よば)はりければ、志賀之助臆(おく)したる気色(けしき)もせず、仮令(たとへ)鉄城(てつでう)石門(せきもん)たりとも。打破(うちやぶら)んは物(もの)のかずかは。さりながら我(わが)思(おも)ふ旨(むね)あれば、いざ縄(なは)かけよといひて、自(みづから)后手(うしろで)に手(て)をまはせば、二人の組子(くみこ)走(はせ)よりて、高手(たかて)小手(こて)にぞいましめける。
かゝる間(あひだ)に侍女(こしもと)ども走来(はしりきた)りて、姫(ひめ)が手(て)をとりいざさせ玉へと物(もの)すれば、姫(ひめ)は身(み)を振(ふり)、泣声(なきこゑ)にて、志賀之助(しがのすけ)どのゝかゝる縄目(なはめ)もわらはゆゑなり。是(これ)を見捨(みすて)て行方(いづく)へかゆかるべき。こゝはなちてと宣(のたまひ)て、なげき玉ふを侍女(こしもと)ども打寄(うちより)て、賺(すか)し慰(なぐさめ)奥(おく)の殿(との)へぞうつしまいらせける。
偖(さて)、志賀之助をば公光(きんみつ)下知(ぢけ)して、二人の組子(くみこ)に縄(なは)とらせ、おのれは后(しりへ)にしたがひて、ゆたかに歩行(あゆみ)つゝ表(おもて)の間(ま)へぞ出(いで)ゆきける。
○此夜(このよ)為兼(ためかね)は小勢(こせい)の供(とも)を具(ぐ)して、別業(しもやかた)にしのび来(きた)られ、乙(をつ)郎太公光(きんみつ)等(ら)に命(めい)じて斯(かく)はからはせ玉へるなり。手勢(てぜい)の人数(にんじゆ)を以(もつ)て、館(やかた)の四囲(めぐり)をかこませしといひつるはいつわりにして、志賀(しが)之助が胆(きも)をひしがんため、公光(きんみつ)が即知(そくち)の謀(はかりこと)とぞ。
扨(さて)、為兼(ためかね)は表書院(おもてしよいん)に銀燭(きんしよく)あまた照(てら)させて、椽先(えんさき)ちかく坐(ざ)をまうけ、姫(ひめ)山吹(やまぶき)等(ら)を是(これ)へ召(めせ)と宣(のたまへ)ば、青侍(せいし)うけたまはりてしりぞきぬ.おんいたわしや姫君(ひめぎみ)は、思ひがけなき父君(ちゝぎみ)の御入(おんいり)ときゝ給ひ、胸(むね)つぶれつ侍女(こしもと)らにたすけられて、ひとまの内よりあゆみいで、振袖(ふりそで)に顔(かほ)おほひ身を縮(ちゞめ)てぞ坐(ざ)せらるゝ。山吹は乙郎太(をつらうだ)が毒舌(どくぜつ)によりて、姫(ひめ)がために媒(なかだち)しつると、旡実(むじつ)の罪(つみ)をうけて、常(つね)の席(せき)にことかはり、落椽(おちえん)に両手(りやうて)をつき、今宵(こよひ)のやうすに驚(おどろ)きて、姫(ひめ)のかたのみ打(うち)守(まも)り、よもや/\と思ひの外(ほか)、興(きやう)さめ顔(かほ)にてひかへけり。
為兼(ためかね)青侍(せいし)を召(め)し給ひ、搦(からめ)とりたる小〓児(こせがれ)を、目通(めどほ)りへ引居(ひきすゑ)よとのたまへば、青侍(せいし)うけたまはりて、庭(には)にをり立(たち)、夫(それ)にひかへさせたる縄付(なはつき)を、御前(おんまへ)へ引出(ひきいだ)し候へとよばゝりければ、公光(きんみつ)が声(こゑ)してかしこみ候といらへし組子(くみこ)に縄(なは)をとらせ、あとにしたがひていできたり。縄付(なはつき)を庭上(ていしやう)にをらせ、おのれは椽前(えんさき)に来(きた)りて跪居(ひさまづき)、命(おほせ)にまかせ志賀之助(しがのすけ)を搦捕(からめとり)て候。容(かたち)には似(に)ざる胆(きも)ふとき曲者(くせもの)にて、たゞものとはおぼへ候はずと申しければ、為兼(ためかね)は唯(たゞ)うち点頭(うなづき)、志賀之助を見やり給ふに、容態(かたち)清(きよ)らかなる少年(せうねん)の高手(たかて)小手(こて)にいましめられ、鬢髪(びんはつ)乱(みだれ)て顔(かほ)にかゝり、着(き)たる小袖(こそで)は見ぐるしく引裂(ひきさか)れ頭(かしら)を低(たれ)て、うちしほれつゝいと哀気(あはれげ)なる体容(ありさま)、最前(さいせん)の猛烈(はげし)かりしとはことかはれり。
為兼(ためかね)は姫(ひめ)と不義(ふぎ)せしものなれば、放討(はなちうち)にもなさすべき結構(けつかう)なりしに、類(たぐ)ひ希(まれ)なる美少年(びせうねん)なれば、憐(あはれみ)の情(じやう)を起(おこし)、いかに少年(せうねん)、汝(なんぢ)は滝窓(たきまど)志賀之助(しがのすけ)と名告(なのる)よし、そも何方者(いづくのもの)なるぞ。姫(ひめ)と不義(ふぎ)せし始末(しまつ)あきらかに申せと詞(ことば)和(なだ)らかに宣(のたまへ)ば、志賀之助(しがのすけ)是(これ)を聞(きゝ)て頭(かしら)を挙(あげ)、僕(やつがれ)は勢田辺(せたのほとり)なる国分山(こくぶんさん)幻住寺(げんぢうじ)に仕(つか)へ候小姓(こしやう)にて候。前(さき)の日(ひ)琵琶湖(びはこ)の舟中(しうちう)にて、狼藉者(らうせきもの)にいであひ。水中(すいちう)におとし入(いれ)られ候ひしが。水練(すいれん)をさとし候故(ゆゑ)に、からき一命(いちめい)を助(たすか)り、此(この)山荘(さんそう)ともしらずして、水門(すいもん)を潜(くゞ)り踰(こゑ)、泉水(せんすい)より浮出(うかみいで)て、四辺(あたり)を見れば姫君(ひめぎみ)の書院(しよいん)に、はし居(ゐ)しておはしつるを見うけ、ちかよりて一夜(いちや)の宿(やどり)をねがひ候ひしに、姫君(ひめぎみ)やどりをゆるし給ひて、御側(おんかたはら)ちかくめされ、侍女(じぢよ)をして不良(ふりやう)の心(こゝろ)を通(つう)じ玉ひしゆゑに、やつがれ固辞(かたくじ)し候といへども、曽(かつ)てゆるし給はず、やむ事なく心(こゝろ)にもあらで一夜(ひとよ)の雲夢(ゆめ)をむすび候。しかりしより後(のち)、凡俗(ぼんぞく)の熱血(ねつち)法路(ほうろ)の燈火(ともしび)を消(け)して、己(おのれ)が心(こゝろ)おのれとして制(せい)しがたく、夜毎(よごと)に通(かよ)ひて枕席(ちんせき)を穢(けが)し候は、全(まつた)くやつがれが罪(つみ)にして、姫君(ひめぎみ)の罪(つみ)にあらず。斯(かく)捕(とらへ)られ候より、覚悟(かくご)は極(きはめ)て候。とく/\命(いのち)を召(めさ)るべしと〓物肝(わろびれ)もせず申しけり。
為兼(ためかね)是(これ)をきかれ、いかにも明白(めいはく)なる申条(ぢやう)かな。幻住寺(げんぢうじ)の仏眼(ぶつがん)和尚(おしやう)は、道徳(だうとく)いみじき聞(きこ)えあり。我(われ)いまだ識(し)る人(ひと)にはあらざれとも、和尚(おしやう)を招(まねき)て汝(なんぢ)を渡(わた)し、寺(てら)の掟(おきて)に任(まか)すべしと宣(のたまひ)て、さて姫(ひめ)に対(むか)ひ、やをれ小櫻(こさくら)親(おや)もゆるさゞる不義(ふぎ)私淫(いたづら)をなすのみか、寺院(じいん)に仕(つかふ)る少年(せうねん)を、邪淫(じやいん)の門(もん)に誘引(さそひ)しは、不埒(ふらち)至極(しごく)の挙動(ふるまひ)なり。汝(なんぢ)が罪(つみ)は志賀之助(しがのすけ)に比(くらぶ)れば、重(おも)き事十倍(ばい)せり。病后(びやうご)保養(ほやう)のためなりと、弥生(やよひ)が申にまかせ、此(この)別業(べつぎやう)に移(うつり)をらしめ、すこしく家法(かほふ)を寛(ゆるめ)しは我(わが)大なる過(あやまち)なり。悔(くゆ)ともせんすべなし、他国(たこく)の聞(きこ)へ家臣(かしん)等(ら)が手前(てまへ)、汝(なんぢ)を此(この)まゝに捨置(すておか)ば、家(いへ)の掟(おきて)も立(たち)がたし。さておくべきかは観念(くわんねん)せよと、あらゝかに宣(のたま)ふ眼(め)もとには、涙(なみだ)をうかべ給へり、御(おん)手討(てうち)にこそとしられつれ。姫(ひめ)はとかくの答(いらへ)もなく、よゝと泣(なき)てぞおはしける。山(やま)ぶきは志賀之助(しがのすけ)が言辞(ことば)を聞(きゝ)て、初(はじめ)て事(こと)の子細(しさい)を知(し)り、為兼(ためかね)が怒(いかり)の色(いろ)を見て、姫(ひめ)が身(み)のうへを案(あん)じ、胸(むね)を冷(ひや)して念(ねん)じをりけり。
さて、為兼(ためかね)青侍(せいし)を召(め)し、かやう/\の書翰(しよかん)をもつて、幻住寺(げんぢうじ)を招(まねく)べしと命(めい)じ、公光(きんみつ)に対(むか)ひ仏眼(ぶつがん)和尚(をしやう)の来(く)る間(あひだ)は、志賀之助(しがのすけ)は汝(なんぢ)にあづくべし。しかるべき所(ところ)に篭(こめ)おけと宣(のたまひ)て、頓(やが)て席(せき)を立(たゝ)んとし給ひつる折(をり)しも、彼(かの)丙二兵衛(へいじべい)前(さき)に立(たち)、四五人(ひと)の走侍(はしりさふらひ)、手毎(てごと)に明松(たいまつ)ふりてらし、一人(ひとり)の小年(せうねん)を中央(なか)に取囲(とりこめ)、庭伝(にはづたひ)に進(すゝ)み来(きた)りて、少年(せうねん)をば庭上(ていしやう)にをらしめ、丙二兵衛(へいじべい)書院(しよいん)のもとにひざまづき、相公(との)へ聞上(きこえあげ)候。私(わたくし)只今(たゞいま)夜廻(よまは)りをいたし候ところ、あれなる小年(せうねん)奥庭(おくには)の屏(へい)の外面(そとも)に佇立(たゝずみ)、館(やかた)のうちをさしのぞき候為体(ていたらく)、曲者(くせもの)と存(ぞんじ)、搦捕(からめとら)んとして立(たち)かゝり候しに、敢(あへ)て手向(てむかひ)もいたさず、『館(やかた)の御主(おんあるじ)に見参(げんさん)なして、聞(きこ)えあげたき仔細(しさい)候』と申すゆゑに、是(これ)まで具(ぐ)して候といふ。為兼(ためかね)これをきかれて再(ふたゝび)坐(ざ)につき、彼者(かのもの)に対(むか)ひ、我(われ)こそ館(やかた)の主(あるじ)鈎(まがり)為兼(ためかね)なれ。聞(きこ)ゆべしと申つるは何事(なにごと)ぞとたづね給ひける。時(とき)に少年(せうねん)恭(うや/\)しく礼(れい)をなしていふやう、僕(やつがれ)は勢田(せた)の辺(ほとり)なる国分山(こくぶんざん)幻住寺(げんぢうし)に仕(つか)え候、滝窓(たきまど)志賀之助(しがのすけ)と申小姓(こしやう)にて候が、此程(このほど)人(ひと)の申を聞(きけ)ば、やつがれが姓君(せいめい)に斉(ひと)しき少年(せうねん)、御館(おんやかた)の内(うち)へ夜毎(よごと)にしのび通(かよ)ひ候よし。必捕(ひつとらへ)て糺明(きうめい)いたさばやと存(ぞんじ)、通路(かよひぢ)とおぼしき所(ところ)に佇立(たゝずみ)て窺(うかゞひ)をり候。をりしもこれなる御(ご)家臣(かしん)に見咎(みとがめ)られ、幸(さいはひ)の事(こと)として見参(けんざん)をねがひ、しのび男(をとこ)と同(おなじ)性名(せいめい)のやつがれ、渠(かれ)が為(ため)にぬれぎぬを着(き)ざるやう、事(こと)の
挿絵
【挿絵第十三図 山東 涼風客易年西来 並帯花宜一処開 只有鴛鴦同臥起 鴛鴦池上醒方寸 京山】
仔細(しさい)をば予(あらかじめ)聞(きこ)え奉(たてまつ)り候はんため、さてこそ推参(すいさん)仕(つかまつり)て候なれ。仰(あふ)ぎ願(ねがはく)は御(ご)威勢(ゐせい)を以(もつ)て、かの志賀之助(しがのすけ)を搦(からめ)玉ひ、やつがれと対訣(たいけつ)を命(おほせ)つけさせられ玉はゞ、事(こと)の別(けぢめ)も明白(めいはく)に候なんと弁舌(べんぜつ)さはやかに申しけり。
為兼(ためかね)打(うち)おどろき、何(なに)といふぞ、汝(なんぢ)も幻住寺(げんぢうし)の小姓(こしやう)滝窓(たきまど)志賀之助(しがのすけ)なりけるかと宣(のたまひ)つゝ、搦捕(からめとり)たる志賀之助(しがのすけ)と見比(みくらべ)給ふに、姿態(すがた)顔容(かほばせ)はさらなり、声(こは)ざまも衣服(いふく)もつゆたがひたる所(ところ)なく、鏡(かゞみ)に影(かげ)をうつせるが如(ごと)くなれば、坐(ざ)に一連(つらなり)し人々(ひと%\)是(これ)は/\如何(いか)にといひつゝ、あきれ迷(まど)はざるはなく、縄付(なはつき)の志賀之助(しがのすけ)も共(とも)に打(うち)おどろきたるさまなり。
為兼(ためかね)曰(のたま)く、昔(むかし)唐土(もろこし)後漢(ごかん)の代(よ)に孟賢(もうけん)李寿(りじゆ)といへる人(ひと)、同里(おなじさと)に住(すみ)て、其(その)かたち相類(あいるい)し、其(その)妻(つま)常(つね)に夫(おつと)を見(み)たがひたる事(こと)、『太平広記(たいへいくわうき)』に載記(のせしる)せり。かゝる例(ためし)もあれば、世(よ)には斯(か)ばかり似(に)たる人(ひと)も有(ある)めり。さはいへ一(ひと)ッ寺(てら)に仕(つか)ふ小姓(こせう)に、同(おな)じ姓名(せいめい)を名告(なのら)すべきいはれなし。一定(いちぢやう)一人は似(に)せの志賀之助(しがのすけ)なるべしと、あからめもせず両人(りやうにん)をうち見やりておはしけり。公光(きんみつ)山吹(やまぶき)等(ら)も何(いづれ)を実(まこと)の志賀之助(しがのすけ)と其(その)別(けぢめ)をさとしがたく、言(ことば)をもいださゞりける。
扨(さて)、縄付(なはつき)の志賀之助(しがのすけ)、今(いま)来(き)し志賀之助(しがのすけ)に対(むか)ひ、我(われ)こそ実(まこと)の志賀之助(しがのすけ)なる事は、姫君(ひめぎみ)のよくしらせ給ふなれ。汝(なんぢ)はさだめて狐狸(こり)野猫(やみやう)の類(たぐひ)にて、我(わが)姿(すがた)に化(ばけ)来(きた)り、此(この)一坐(いちざ)の人々(ひと%\)を誑(たぶらか)すにうたがひなし。正体(しやうたい)を見顕(みあらは)されて一棒(いちぼう)の下(もと)にいのちをとられんより早(と)く逃皈(にげかへ)れ。我(わが)爰(こゝ)にあることをも弁(わきまへ)ず、化来(ばけきたり)しは実(げ)に畜(ちく)生かなとあざみわらひければ、后(のち)の志賀之助(しがのすけ)大に怒(いかり)、畜生(ちくしやう)とは舌長(したなが)なり、汝(なんぢ)こそ変化(へんげ)ならめ。はやく正体(しやうたい)をあらはさんやと、互(たかひ)におなじ事(こと)を云詈(いひのゝしり)て言葉(ことば)だゝかひをなし、いづれを実(まこと)とさだめがたし。山吹(やまぶき)は最前(さいぜん)より、両人(りやうにん)の志賀之助(しがのすけ)を見やりをりしが、清水寺(きよみづでら)の事(こと)を思ひいだして、為兼(ためかね)に対(むか)ひ、前日(さきのひ)姫君(ひめぎみ)の清水(きよみづ)詣(もうで)し給ひつるをりから、音羽(をとは)の滝(たき)に散(ちり)かゝる花(はな)を御(ご)らんじて、一首(いつしゆ)の歌(うた)を詠(ゑい)じ給ひ、たんざくに遊(あそば)しけるを、風(かぜ)の為(ため)に吹(ふき)とられ、志賀之助(しがのすけ)とやらんが立(たち)たる辺(ほと)りにおちちり候を、かのものやがて拾(ひろ)ひとり候。其(その)短冊(たんざく)を所持(しよぢ)の人(ひと)ぞ、実(まこと)の志賀(しが)之助(すけ)に極(きはま)りぬと申ければ、為兼(ためかね)こはよき証拠(しやうこ)なり。姫(ひめ)が短冊(たんざく)はいづれの方(かた)に
挿絵
【挿絵第十四図 滝窓(たきまど)志賀之助(しがのすけ)金鯉魚(きんりきよ)の妖精(えうせい)を斬(き)る図(づ)】
所持(しよぢ)せるやとことばの下(した)より、丙二兵衛(へいじべい)が連来(つれきた)りし志賀之助(しがのすけ)すゝみ出(いで)、量(はから)ず爰(こゝ)に所持(しよぢ)仕(つかまつ)り候は、今日(こんにち)の幸(さいはひ)也とて懐中(くわいちう)より短冊(たんざく)とりいだして、扇(あふぎ)にすゑて椽(えん)の上(うへ)に閣(さしおき)、御覚(おぼえ)や候、姫君(ひめぎみ)よく御覧(ごらん)ぜよと云(いひ)てもとの所(ところ)へしりぞきけり。為兼(ためかね)それ見よとおほせに、山吹(やまぶき)膝行(いざり)よりて、短冊(たんざく)を手(て)にとりあげ、
音(をと)にきくをと羽(は)の滝(たき)にちる花(はな)の
と上(かみ)の句(く)を吟(きん)じけるに、たんざくをいだしたる志賀之助(しがのすけ)庭上(ていしやう)より、
こゝろを誰(たれ)かくみてしるらん
かく遊(あそば)したる筆(ふで)のすさみは、姫君(ひめきみ)のおん水(みつ)ぐきに紛(まぎ)れなく候はんといふにぞ、山吹(やまぶき)いかにも姫君(ひめぎみ)の短冊(たんざく)なり。さては公光(きんみつ)がめしとりたる、志賀之助(しがのすけ)はまさしく変化(へんげ)にてありつるかと打(うち)見るより、身(み)の毛(け)もいよだつばかりうちおどろきぬ。
時(とき)しもあれ、縄付(なはつき)の志賀之助(しがのすけ)すつくと立(たち)、あら口惜(くちをし)やといふかと見えしに、いましめの縄(なは)ぱらりと切(きれ)て飛散(とびちり)、怒(いか)れる眼(まなこ)は嵒(いはほ)に満月(まんけつ)鬢髪(びんはつ)そらさまにさかのぼり、口(くち)は耳(みゝ)のもとまで裂(さけ)ちぎれ、今(いま)まで美(うつく)しかりつる顔色(かんしよく)たちまち変(へん)じて、夜刃(やしや)の如(ごと)くになり、丈(たけ)たかく身(み)大(おほ)きくなりて、此(この)志賀之助(しがのすけ)を目(め)がけて飛(とび)かゝる。為兼(ためかね)声(こえ)かけそれ逃(のが)すなと宣(のたま)へば、余多(あまた)の組子(くみこ)ぱら/\と走寄(はせより)て、左右(さゆふ)一度(いちど)に控(つき)かゝる鉄抱(つくぼう)刺扠(さすまた)かい掴(つか)んで、ほつき/\と折(をり)すて、続(つゞい)てかゝるを蹈(ふみ)つけ蹴(け)たふし、猶(なを)志賀之助(しがのすけ)にとびかゝる。こなたも手練(しゆれん)の早業(はやわざ)なれば、身(み)をかはせて抜手(ぬくて)も見せず、躍(おど)り挙(あがり)てぱつしと斬(き)る。切(き)ると一斉(ひとし)く一陣(いちぢん)の暴風(ぼうふう)颯(さつ)と吹来(ふききた)り、月色(げつしよく)にはかにかき曇(くも)り、四辺(あたり)の樹木(じゆもく)鳴動(めいどう)なし、雨(あめ)は車軸(しやぢく)をながしつゝ、庭(には)に連(つらね)し明松(たいまつ)も、書院(しよいん)にかゝやく銀燭(ぎんしよく)も、一度(いちど)にきえつ射干玉(ぬばたま)の、闇(やみ)はあやなき庭(には)の内(うち)、霹靂(はたゝがみ)ぐわら/\と鳴(なり)わたり、電(いなづま)ひか/\とひらめき、さもおそろしき形勢(ありさま)なり。
此(この)ひまに、変化(へんげ)はいづちへゆきけん、行方(ゆきがた)しれずなりぬ。山吹(やまぶき)は姫(ひめ)にあやまちあらせしと、ひとまのうちへ伴(ともな)ひぬ。為兼(ためかね)は迯(にげ)まどふ侍女(こしもと)等(ら)をつきのけはねのけ、太刀(たち)引提(ひつさげ)て椽(えん)さきに立上(たちあが)り、公光(きんみつ)をるか。変化(へんげ)はいかにしつるぞ、捕逃(とりにが)しつるか。云(いひ)甲斐(がひ)なき奴原(やつばら)哉(かな)といらだちつゝ、間(ひま)なくひらめく電(いなひかり)の光(ひか)りにて見れば、公光(きんみつ)志賀之助(しがのすけ)等(ら)氷(こほり)なす刀(かたな)を提(さげ)てこゝかしこ、走巡(はせめぐ)り変化(へんげ)をたづぬるさまなり。かゝるあいだに心利(こゝろきゝ)たる組子(くみこ)、明松(たいまつ)あまた燈(ともし)たるを、一ッにかき抱(いだき)て走来(はせきた)りければ、剛(がう)なる組子(くみこ)等(ら)争(あらそ)ひて分(わか)ちとり、刀(かたな)を抜持(ぬきもち)明松(たいまつ)をふりてらして、暇山(つきやま)のうしろ庭林(うゑごみ)のうちまでものこりなく捜(さが)しもとめけるが、その行方(ゆくへ)しれざりければ、公光(きんみつ)志賀之助(しがのすけ)をはじめ、大勢(おほぜい)一所(いつしよ)に集(あつま)り、さても不思儀(ふしぎ)や、いかにしつらんと評議(へうぎ)区々(まち/\)なるをりしも、庭前(ていぜん)に聳(そび)えたる、古松(こせう)の梢(こずゑ)に声(こゑ)ありて云(いふ)やう、嗚呼(ああ)ら残念(ざんねん)や。志賀之助(しがのすけ)が為(ため)に疵(きず)つけられ、かく正躰(せうたい)をあらはすうへは、我(わが)出所(しゆつしよ)を語(かた)りきかさん。そも/\我(われ)は人間(にんげん)にあらず、琵琶湖(びはこ)にとし歴(ふ)る金鯉魚(ひごひ)なり。そのかみ承平(せうへい)二年、俵藤太(たはらとうだ)秀郷(ひでさと)に射殺(いころ)されつる、三上山(みかみやま)の蜈蚣(むかで)湖水(こすい)に落入(おちいり)、我(われ)蜈蚣(むかで)の鮮血(せんけつ)を呑(のみ)て、渠(かれ)が術(じゆつ)をうけつぎ、飛行(ひぎやう)自在(じざい)の身(み)となりて、さて蜈蚣(むかで)の悪念(あくねん)身(み)を離(はなれ)ず、秀郷(ひでさと)に恨(うらみ)を報(むくは)んと思へども、此(この)人(ひと)一代(いちだい)は武勇(ふゆう)におそれて立(たち)よりがたく、其子(そのこ)某(なにがし)秀郷(ひでさと)が龍宮(りうぐう)より得(え)て、一代(いちだい)身(み)を放(はなさ)す佩(はき)たる、龍神丸(りうじんまる)の太刀(たち)を神体(しんたい)として、父(ちゝ)秀郷(ひでさと)を祭(まつ)れるによりて、其(その)威徳(いとく)に怖(おそれ)て禍(わざはひ)をくだしがたく、代々(だい%\)如斯(かくのごとく)なれば恨(うらみ)をいだきて、空(むな)しき星霜(せいさう)を過(すご)せしに、いつの程(ほと)にかかの祭(まつり)を廃(はい)し、為兼(ためかね)が代(よ)にいたりては、神器(じんき)としたる龍神丸(りうじんまる)を相伝(さうでん)の太刀(たち)とのみこゝろえ、一子(いつし)清若(きよわか)が守刀(まもりがたな)に持(もた)しめて、我(わが)すむ湖水(こすい)の辺(ほとり)を過(よぎ)りつるにぞ、をりよしと思ひ、我(われ)老女(ろうぢよ)に化(け)して清若(きよわか)にしたがひたる、真野(まの)の水(みづ)二郎を誑(たぶら)かし、太刀(たち)もろともに清若(きよわか)を奪(うば)ひとり、さて為兼(ためかね)を亡(ほろぼ)して、多年(たねん)の恨(うらみ)をむくはんと思ひ、四五(しご)日の有余(ゆうよ)しつると思ひしに、人間(にんげん)にありては十余(よ)年の年月(としつき)をかさね、清若(きよわか)が后(のち)出生(しゆつしやう)の女子(によし)十七歳(さい)にいたり、為兼(ためかね)夫婦(ふうふ)玉(たま)のごとく愛養(めでやしな)ふを見て、まづ愛(あい)する所(ところ)の姫(ひめ)を捕殺(とりころ)んと、形(かたち)を小(ちいさく)なして下館(しもやかた)の池(いけ)にすみしに、一日(あるひ)姫(ひめ)が顔(かほ)の池水(いけみづ)にうつれるを見て、立地(たちまち)に恋慕(れんぼ)の情(じやう)を起(おこ)し、姫(ひめ)が呑(のみ)さしたる杯(さかづき)を池(いけ)のうちへとりおとしたるを、我(われ)咥(くわへ)とりて呑(のみ)さしの酒(さけ)をのみ、姫(ひめ)と一端(いつたん)の悪縁(あくえん)を醸(かも)し、これよりのちは渠(かれ)が容色(ようしよく)に心(こゝろ)婬(とろけ)て、讎(あだ)も恨(うらみ)も氷(こほり)のごとくに消(きえ)うせ、姫(ひめ)が恋慕(こひしたふ)志賀之助(しがのすけ)がすがたに変(へん)じ、夜毎(よごと)に姫(ひめ)を慰(なぐさめ)て、情(じやう)を逸(ほしいまゝ)になし、今宵(こよひ)しも特(わざ)と捕(とらへ)られて、為兼(ためかね)に対面(たいめん)なし、我(わが)術(じゆつ)をもつて為兼(ためかね)が心(こゝろ)を惑(まど)はし、実(まこと)の志賀之助(しがのすけ)を変化(へんげ)なりといひ竦(すく)めて打殺(うちころ)させ、此(この)館(やかた)の婿(むこ)となりて永(なが)らく姫(ひめ)と夫婦(ふうふ)たらんと謀(はか)りしに、短冊(たんざく)の事(こと)を悟(さとり)しらず。今(いま)又(また)、志賀之助(しがのすけ)が為(ため)に痛手(いたで)をうけ、のぞみを果(はた)さゞる口惜(くちをし)さよ。此(この)うへは鈎(まがり)の家(いへ)を一時(いちじ)に亡(ほろぼ)し、多年(たねん)の讎(あた)を報(むくふ)べし。見よ/\今(いま)に思ひしらすべしといふこゑとひとしく、雷声(らいせい)きびしく鳴(なり)わたり、いなづまの閃々(ひらめく)ひかりにて、変化(へんげ)がすがたを見てげれば、其(その)丈(たけ)一丈(いちじやう)に余りたる金鯉魚(ひこひ)の、全身(ぜんしん)紅(くれなゐ)にして然(もゆ)るがごとく、眼(まなこ)は金色(こんじき)の光(ひか)りをなし、鰭(ひれ)を揮(ふる)ひ尾(を)を翻(ひるがへ)し、簇(むらが)る雲(くも)に御(ぎよ)する体(てい)、さながら龍(りやう)の勢(いきほひ)あり。これを見(み)て吁(あ)と叫(さけび)て、絶(たへ)入ものもあり、足(あし)を空(そら)に迯(にげ)まどふ者(もの)もありけり。
かゝるなかに、公光(きんみつ)は書院(しよいん)に駈(かけ)のぼり、床(とこ)に飾(かざ)りたる弓(ゆみ)と矢(や)とりて、矢頃(やごろ)をさだめ引絞(ひきしぼら)んとなしけるに、五躰(ごたい)縮(すく)んではたらき得(え)ず、為兼(ためかね)も太刀(たち)に手(て)はかけつれども、これも同(おな)じありさまなり。志賀(しが)の助(すけ)これを見て、太刀(たち)真向(まつこう)にさしかざし、二十二社(しや)の神々(かみ/\)、三十六天(てん)の諸(しよ)廾廾(ぼさつ)、力(ちから)をそへてたび玉へ。志部留佐裟婆訶(しべるさそはか)/\と学(まなび)おぼえし降魔(ごうま)の咒文(じゆもん)を唱(とな)えつゝ、刀(かたな)をもつて斬払(きりはら)へば、金鯉(ひごひ)これにやおそれけん、一声(いつせい)哮(たけ)りて北(きた)をさしてぞ飛去(とびさり)ける。
かくて、雲晴(くもはれ)雨歇(あめやみ)て、もとの晴天(せいてん)となりければ、頃(ころ)ははや明(あけ)がたになりて、東(ひかし)の空(そら)あかく見へ、烏(からす)なんど鳴(なき)つれて飛(とび)ありき、かの松の梢(こずえ)には、残月(ざんげつ)のみぞのこりける。
第八回 仏眼和尚説二劍ノ来由ヲ一(ぶつがんおしやうけんのらいゆをとく)
斯(かく)て夜(よ)も明(あけ)ぬれば、為兼(ためかね)公光(きんみつ)に命(めい)じて、滝窓(たきまど)志賀之助(しがのすけ)をひと間(ま)に招(まね)かせ、厚(あつ)く饗応(もてな)して后(のち)、礼義(れいぎ)をもつてあらためて対面(たいめん)なし、妖怪(えうくわい)を見(み)あらはし、追(おひ)しりぞけたる功(こう)を謝(しや)し、つら/\その人物(じんぶつ)をみるに、武事(ぶし)の逞(たくま)しきは前(さき)の挙動(はたらき)にあらはれ、文芸(ぶんげい)のちからは今の言語(ことば)にしられて、いかにも一個(いつこ)の秀才子(しゆうさいし)なれば、小櫻姫(こさくらひめ)が此(この)少年(せうねん)のために思ひをくるしめ、恋慕(れんぼ)のやみに迷(まよひ)たるもことはりなり、と思ふにつけては、其(その)素性(すじやう)をたゞし、便宜(びんぎ)によりては我家(わがいへ)の、婿(むこ)ともならばなしてんと心中(しんちう)に愛(あい)し憐(あはれ)むの情(じやう)を起(おこ)し、志賀(しが)之助にむかひ、おん身が最前(さいぜん)のはたらきを見るに、武門(ぶもん)の勇士(ゆうし)もおさ/\恥(はづ)るばかりなり。文武(ぶんぶ)に達(たつ)し玉ふ身(み)をもつて、桑扉(そうひ)に身(み)をよせんは、珠(たま)をいだきて草沢(そうたく)に臥(ふす)がごとし、最(いと)惜(おし)むべき事なり。もしくは草沢(そうたく)を去(さつ)て朱門(しゆもん)に入、錦袂(きんけつ)を高堂(こうだう)に振(ふるひ)玉ふ志(こゝろざし)はなきかとまづその心中(しんちう)をさぐり見るに、志賀之助答(こたへ)ていふやう、拙才(せつさい)黄口(おうこう)の僕(やつがれ)に、大人(たいじん)の芳誉(ほうきよ)を給ふこと、いとかしこまり候ぬ。もとより青雲(せいうん)の志(こゝろざし)なきにしもあらず候といへども、深(ふか)きいわれありて、是非(ぜひ)とも出家(しゆつけ)なすべき身(み)の上(うへ)にて、已(すで)に今日はかねて定(さだ)めおきたる、剃髪(ていはつ)の日限(にちげん)にあたり候ゆゑに、速(すみやか)にいとま申て、立(たち)さるべくぞんじ候ところ、昨夜(さくや)師(し)の坊(ぼう)へ書翰(しよかん)をおくり玉ひ、御館(おんやかた)へ来(きた)らるべきよし、公光(きんみつ)どのゝ物語(ものがたり)に聞(きゝ)はべれば、師(し)のきたるをまち候なりといひければ、為兼(ためかね)は志賀之助が今日剃髪(ていはつ)すときゝて大にのぞみをうしなひ、かさねていふやう、おん身いまだ若年(じやくねん)なれは、さだめて両親(りやうしん)も在(いま)すならんに、かゝる秀才(しゆうさい)の子(こ)をもちて、惜(おし)げもなく出家(しゆつけ)さすとはいかにぞや。よく/\の事(こと)にこそあるらめ。しいて問(とは)んも張道人(てふだうじん)が問癖(とひぐせ)に似(に)たれども、其(その)仔細(しさい)語(かた)り玉ひなんやといふ。
志賀(しが)之助が曰(いはく)、情(なさけ)ある御尋(おんたづね)に候へば、出家(しゆつけ)する所以(ゆえん)を語(かた)り侍(はへら)ん。〓(あぢきな)き我(わか)身(み)のうへをきかせ玉はれかしといひつゝ、まづ両眼(りやうがん)に涙(なみだ)をうかめ、さしうつふきてゐたりしが、顔(かほ)をあげて涙(なみた)を拭(ぬぐ)ひ、もとそれがしはと語(かた)りいだしたるをりしも、青侍(せいし)来(きた)りて次(つぎ)の間(ま)に手(て)をつき、幻住寺(げんぢうじ)の仏眼(ぶつがん)和尚(おしやう)来(きた)られ候。いかゞはからひ申さんやと云(いひ)ければ、為兼(ためかね)志賀(しが)之助に対(むか)ひ、師(し)の坊(ぼふ)の見へられしとなり。是(これ)へむかへ候はんといひて青侍(せいし)に、あなひせよと命(めい)じければ、頓(やが)て仏眼(ぶつがん)禅師(ぜんじ)衣手(ころもで)をかきあはせて、一間(ひとま)にぞ通(とほ)られける。齢(よわひ)耳順(じじゆん)をこえて、姿態(すがた)容貌(かたち)さながら道徳(だうとく)の人(ひと)と見ゆ。為兼(ためかね)初対面(しよたいめん)の挨拶(あいさつ)をはり、書翰(しよかん)をよせて招(まね)きたる仔細(しさい)をかたり、変化(へんくゑ)の志賀之助(しがのすけ)を此(この)志賀之助(しがのすけ)が追(おひ)しりぞけたる挙動(はたらき)を美賞(ほめ)ければ、仏眼(ぶつがん)禅師(ぜんし)の曰(いはく)、鯉魚(りぎよ)の神霊(しんれい)あることは、和漢(わかん)ともに其(その)ためし枚挙(まいきよ)するにいとまあらず。就中(なかんづく)張揚(てうよう)が『筆余筆(ひつよひつ)』、および宋人(そうひと)包希仁(ほふきじん)が事跡(じせき)を記(しる)したる『龍図公案(りやうとこうあん)』に載記(のせしる)したる金鯉魚(きんりぎよ)の話(はなし)、彼(かの)怪(くわい)に類(るい)せるといへども、そは皆(みな)荒唐(くわうとう)たる虚談(きよだん)にして、もとより信用(しんよう)すべきにあらず。面前(まのあたり)かゝる奇怪(きくわい)をきく事、貧道(ひんだう)も耳(みゝ)をおどろかし候。龍門(りやうもん)の鯉魚(りぎよ)に龍(りやう)変(へん)ずと聞(きけ)ば、かゝる怪(くわい)をなすこと、其(その)理(ことわり)あるに似(に)たり。再(ふたゝび)きたりて災(わざはひ)をくださんもはかりがたし。貧道(ひんだう)法(ほふ)を修(しゆ)し、降魔(ごうま)の符(ふ)を作(つくり)て呈(てい)すべしといふにぞ、為兼(ためかね)その厚意(こうい)を謝(しや)し、前年(せんねん)清若丸(きよわかまる)をも金鯉魚(きんりぎよ)の為(ため)に捕(とら)れ、かの龍神丸(りゆうじんまる)の太刀(たち)をも失(うしなひ)たる事を物(もの)がたりければ、仏眼(ぶつがん)禅師(ぜんし)大(おほい)にあやしみ、おんものがたりにつきて参(あは)せ考(かんがふ)るに、清若(きよわか)殿(どの)とやらんを失(うしな)ひ給ひたる日(ひ)と、貧道(ひんだう)が此(この)志賀之助(しがのすけ)を湖中(こちう)にて拾(ひろ)ひとりたる日(ひ)と、十五年(ねん)前(ぜん)の同月(どうげつ)同日(どうじつ)なり、さすれば志賀之助(しがのすけ)は清若(きよわか)どのに疑(うたがひ)なし。其(その)証拠(せうこ)には此(この)太刀(たち)を見給へとて、志賀之助(しがのすけ)が太刀(たち)をとり来(きた)らしめて見(み)せければ、為兼(ためかね)いそがはしく太刀(たち)をとりあげて、一目(ひとめ)見るより打(うち)驚(おどろき)、刀室(さや)をぬきはなちて熟視(しゆくし)し、ます/\おどろき、太刀(たち)の作(つく)りといひ焼刃(やきば)に八龍(はちりう)の形(かたち)をあらはしたるは、正(まさ)しく前年(せんねん)うしなひたる、龍神(りうじん)丸にうたがひなし。されども清若(きよわか)は三才(さい)にして湖中(こちう)に没(ぼつ)したれば、世にあるべき謂(いは)れなし。此(この)太刀(たち)を所持(しよぢ)し給ふこそあやしけれ。そのゆゑよしはいかにと尋(たづね)ければ、仏眼(ぶつがん)禅師(ぜんじ)其(その)因縁(いんえん)を語(かた)りきかせ申さん。今よりは十五年以前(いぜん)、幻住寺(げんぢうし)内(ない)に安置(あんち)せる観音(くはんおん)廾廾(ぼさつ)夢中(むちう)貧道(ひんだう)に告(つげ)て曰(のたまは)く、『汝(なんぢ)今宵(こよひ)丑(うし)の刻(こく)に、瀬田(せた)橋下(きやうか)に舟(ふね)をうかめ、法華経(ほけきやう)一巻(いちくわん)を水中(すいちう)に投(とう)すべし。かならず一(いち)男子(だんじ)を得(う)べし』と宣(のたまふ)と見て夢(ゆめ)さめ、奇異(きゐ)の思ひをなし、御(おん)告(つげ)のごとくはかりしに、湖水(こすい)遽然(きよぜん)として沸(わき)あがり、大きさ一丈(いちじやう)ばかりなる金鯉魚(きんりきよ)、頭上(かしら)に一人の小児(せうに)をさゝげて、舟(ふね)の〓(へさき)にうかみいで候を、従者(づさ)に命(めい)じて舟中(しやうちう)にたすけのせしに、此(この)小児(せうに)花田(はなだ)染(ぞめ)の綸子(りんず)に、宝(たから)づくしを縫箔(ぬひはく)したる小袖(こそで)を著(ちやく)し、小脇(こわき)に太刀(たち)をかゝへをり候、其(その)太刀(たち)は則(すなはち)是(これ)なり。わづかに三歳(さい)ばかりの小児(せうに)なれば、其(その)住所(ちうしよ)を尋(たづね)問(とふ)べき便(よすが)もなく、観音(くわんおん)の授(さづけ)たまへる児(ちご)なりとして歓喜(くはんき)にたえず、志賀(しが)の山里(やまざと)なるしるべにをくりて養(やしなは)せけるが、『かゝる奇談(きだん)を人口(じんこう)に膾炙(くわひしや)せば、観音(くはんおん)の利益(りやく)を諸人(しよにん)に示(しめ)し、信(しん)をとらせて利(り)を射(ゐる)はかりことなり』なんど、凡俗(ぼんぞく)に誹謗(ひほう)せられんもはらあしく、小児(せうに)の事(こと)は深(ふか)くつゝみて人に語(かた)らず。七才(さい)のとしより寺(てら)へむかへとりて養(やしなひ)おき、滝窓(たきまど)志賀之助(しがのすけ)と名告(なのら)せ候。滝窓(たきまど)は貧道(ひんだう)が俗姓(ぞくせい)、志賀之文字(もんじ)は志賀之(しがの)里にておひ立(たち)たる因(ちなみ)によれるなり。かれ成長(せいちやう)するに従(したがひ)て、才(さへ)かしこく我(わが)おしゆる程(ほど)の事(こと)、通暁(つうきやう)せざる事(こと)なく、武芸(ぶげい)をさへひそかに学(まな)び候のよし、青雲(せいうん)の志(こゝろざし)ありて、且(かつ)て出家(しゆつけ)を嫌(きらひ)候へども、観音(くはんおん)の妙智力(みやうちりき)をもつてあやうき一命(いちめい)を助(たすか)りたるものなれば、とにかく出家(しゆつけ)にさせばやと存(ぞんじ)、已(すで)に今日(こんにち)は剃髪(ていはつ)の日限(にちげん)に候と語(かた)りければ、為兼(ためかね)膝(ひざ)をすゝめて嬉(うれ)し歓(よろこ)び、禅師(ぜんし)の捨(ひろ)ひ給ひたると、それがしが失(うしな)ひたると、同月(どうげつ)同日(とうじつ)なるうへに、其(その)時(とき)の衣裳(いしやう)の摸様(もやう)までもつゆたがはざれば、清若(きよわか)に紛(まぎ)れなし。今(いま)視(み)つれば、いかにも幼(をさな)きときの俤(おもかげ)のこり候、扨(さて)は我子(わがこ)にてありけるか。変化(へんげ)の為(ため)に奪(うばゝ)れて、湖中(こちう)に沈(しづみ)し稚子(おさなご)の、生(いき)て此世(このよ)にあるべしとは、釈尊(しやくそん)なりともよもおぼしわくべきかはと志賀之助(しがのすけ)が手(て)をとりて、膝(ひざ)のもとにすゝませ、額(ひたい)を撫(なで)肩(かた)をさすり、さても/\清(きよ)らかに成長(せいちやう)なせしぞ。是(これ)全(まつた)く観音(くはんおん)の妙助(みやうぢよ)、禅師(ぜんし)の高恩(かうおん)也(なり)と詞(ことば)のかぎり恩(おん)を謝(しや)し、眼(め)にうるみたる一滴(いつてき)は、嬉(うれ)し涙(なみだ)としられけり。
志賀之助(しがのすけ)、為兼(ためかね)が膝(ひざ)のもとに手(て)をつきて顔(かほ)を見(み)あげ、幼(をさな)きときは物(もの)の別(けぢめ)も弁(わきまへ)ず、禅師(ぜんじ)一人(いちにん)を父(ちゝ)とも母(はゝ)とも思ひとり候ひしが、十(とう)より上(うへ)の歳(とし)をかさね候にしたがひ、同(おな)じ小姓(こしやう)の父母(ちゝはゝ)たち、をり/\の信音(おとづれ)に寺(てら)へ来(きた)りて物(もの)がたりする、親(した)しさを視(み)るにつけても、『我(われ)ばかり父母(ちゝはゝ)のあらざるは、いかばかりの因果(いんぐわ)ぞや。此世(このよ)にやおはすやらん、冥途(めいど)の人(ひと)にてありけるか。父(ちゝ)恋(こひ)し母(はゝ)こひし』と人(ひと)にかくせし涙(なみだ)の袖(そで)、かはく時(とき)のあらざりしに、こはそも不思儀(ふしぎ)の対面(たいめん)かなと喜(よろこ)ぶ事かきりなし。
かゝるをりしも、弥生(やよひ)の方(かた)は昨夜(さくや)のことを漏聞(もれきゝ)給ひ、姫(ひめ)が身(み)の上(うへ)気(き)づかはしく、下館(しもやかた)へ来(きた)られけるが、斯(かく)ときくよりひとまの障子(しやうじ)、あはたゞしくおしひら〔き〕、仏眼(ぶつがん)禅師(ぜんじ)へ礼義(れいぎ)にもおよばず、物(もの)に狂(くるひ)たる如(ごと)く、志賀之助(しがのすけ)にとりすがり、御身(おんみ)は清若(きよわか)にてありつるか。わらはゝおん身が母(はゝ)なるは、かく世(よ)にあらんとは思はざりしぞと小児(せうに)の如(こと)くかきいだき、うれしさもよろこばしさも打(うち)こえて、声(こゑ)を立(たて)てぞなげかるゝ。志賀之助(しがのすけ)は泰(うや/\)しく礼(れい)をなし、さては恋(こひ)しき母上(はゝうへ)にておはし候や。それがしはたゞ夢(ゆめ)現(うつゝ)ともわきまへがたく候。十五年(ねん)前(ぜん)に死(し)すべき一命(いちめい)をたすかり、かくの如く成長(せいちやう)なして、御(おん)二方(ふたかた)に見(まみ)え奉(たてまつ)るも、惣(さな)がらあれにまします、師(し)の坊(ぼふ)のおん恵(めぐみ)にて候といふ言葉(ことば)をきゝて、初(はじ)めてこゝろづき、仏眼(ぶつがん)禅師(ぜんじ)に礼(れい)をなして、大恩(だいおん)を謝(しや)されけり。浦島(うらしま)が子にあふうれしさには、よろづの事をも忘(わす)れ給ひしは、理(ことはり)になんはべりけり。
第九回 小櫻姫悲因果将死(こざくらひめいんぐわをかなしんでまさにしせんとす)
さる程(ほど)に、為兼(ためかね)夫婦(ふうふ)は、清若(きよわか)にめぐり逢(あひ)て、斜(なゝめ)ならずよろこび、小櫻姫(こざくらひめ)をはじめとし、公光(きんみつ)山吹(やまぶき)等(ら)をも一ッ席(せき)に召寄(めしよせ)、更(あらため)て志賀之助(しがのすけ)に対面(たいめん)させけるに、姫(ひめ)は志賀(しが)之助を兄(あに)なりと聞(きく)より、ふかく恥(はぢ)らひたるにやあらん、頭(かうべ)をたれて何(なに)のことのはもなく、思ひ入(いり)たるさまなりけり。
志賀(しが)之助姫(ひめ)に対(むか)ひ、おん身はわがうせしのちの妹(いもと)なるよし。今(いま)斯(かく)始(あらため)て兄弟(きやうだい)の名(な)のりをなす事、夢(ゆめ)の中(うち)に夢(ゆめ)を占(うらな)ふ思ひなり。是(これ)より后(のち)はよろづ隔(へだて)なく語(かたら)ひ給はれかし。今(いま)思ひあはすれば、前日(さきのひ)清水寺(きよみづでら)にて、おん身(み)の短冊(たんざく)風(かぜ)に吹(ふか)れて我手(わがて)に入(い)り、其(その)短冊(たんざく)につきて変化(へんげ)が正体(しやうたい)を見あらはしたる事、清水(きよみづ)の観世音(くわんぜおん)かの日に兄弟(きやうだい)をひきあはし給ひたるに疑(うたがひ)なし。かへす%\も奇偶(きぐう)かなと頻(しきり)に嘆息(たんそく)なしければ、小櫻姫(こさくらひめ)おゝせのごとく思ひかけざる事にはべりと声(こゑ)さゝやかにいらへして、さながら喜(よろこ)べる色(いろ)も見えざりけり。
さて、為兼(ためかね)は公光(きんみつ)に命(めい)じて、仏眼(ぶつがん)禅師(ぜんし)を別室(べつしつ)にうつし、清饌(せいせん)をもうけ厚(あつ)く饗応(きやうおう)なさしめ、親子(おやこ)再会(さいくわい)の賀酒(がしゆ)を酌(くん)でよろこびを尽(つく)しけり。為兼(ためかね)志賀之助(しがのすけ)に命(めい)じ杯(さかづき)を小櫻姫(こざくらひめ)に与(あた)へさせ、汝(なんぢ)今日(こんにち)より志賀(しが)之助は兄(あに)なるぞ。かならず礼(れい)をうしなふ事(こと)なかれと宣(のたま)ひければ、姫(ひめ)はこれを聞(きゝ)て、こはなさけなやといひつゝ泣臥(なきふし)ければ、山吹(やまぶき)かたはらより、かゝる目出度(めでたき)御(ご)再会(さいくわい)に、いかなれば、かばかり慷慨(なげか)せ給ふぞや。いざおん盃(さかづき)をといひつゝ長柄(ながえ)をとりて酒(さけ)をすゝむ。姫(ひめ)は猶(なほ)泣(なき)いりておはしけるが、驀地(たちまち)身(み)を起(おこ)して、為兼(ためかね)が指添(さしぞへ)をとりて抜(ぬき)はなち、南旡阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と唱(とな)えつゝ、あはやと見ゆる自害(じがい)のてい、人々これはと驚(おどろ)くにぞ、弥生(やよひ)の方は周章(あはて)鞅掌(ふためき)、はせよる隙(ひま)に倒(かたはら)なる山吹(やまぶき)が、姫(ひめ)が劍(つるぎ)の手(て)にすがり、こは姫君(ひめぎみ)何故(なにゆゑ)にとおしとゞむ。停(とゞめ)られても女(をんな)の一念(いちねん)、ほど/\喉(のんど)に突立(つきたて)んと、其(その)危(あやう)さに弥生(やよひ)の方(かた)、袿衣(うちかけ)ぬぎて劍(つるぎ)を撓(くるみ)、姫(ひめ)が玉腕(かいな)に取縋(とりすが)り、泣(なき)いだしたる秋(あき)の蝉(せみ)、なみだは袖(そで)にあまりけり。小櫻姫(こざくらひめ)は泣声(なきごゑ)にて、母人(はゝびと)こゝはなちて給はれのふと身を揮(ふる)はせて悶(もたえ)給へば、一坐(いちざ)の人々(ひと%\)つどひよりて立騒(たちさは)ぐひまに、劍(つるぎ)は山吹(やまぶき)が、過(あやまち)なく奪(うばひ)にけり。
為兼(ためかね)こゑをあららげ給ひ、小櫻姫(こざくらひめ)こゝろをたしかにせよ。汝(なんぢ)物(もの)に狂(くる)ひたるならん。虚気(うつけ)なりと叱(しか)りたまへば、小櫻姫(こさくらひめ)おつる涙(なみだ)を拭(ぬぐ)ひもやらで、うらめしげに為兼(ためかね)をうち見やり、物狂(ものぐるひ)とはおん情(なさけ)なきおゝせかな。死(し)なでかなはぬ其(その)故(ゆゑ)を、暁(さとし)給はざる事(こと)のあるべきかは。知(しら)ぬ事(こと)とはいひながら、現在(げんざい)わらはが兄君(あにぎみ)を、此(この)歳(とし)ごろ恋慕(こひした)ひ、病(やまひ)の床(とこ)の起臥(おきふし)にも、あはれ世(よ)の思ひ出(で)に一たびは恋(こひ)をかなへて給はれと、神(かみ)や仏(ほとけ)に掌(て)をあはせ、旡理(むり)な願(ねがひ)の御(おん)罰(ばつ)にや、変化(へんぐゑ)のために身(み)を穢(けが)され、体(たい)こそ替(かは)れ其(その)姿(すがた)は、まさしく兄(あに)を妹(いもと)の身(み)で、鴛鴦(おし)のふすまの初氷(はつこほり)、解(とけ)たる帯(おび)の二重(ふたえ)三重(みえ)、縁(えに)し結(むす)ぶの神(かみ)かけて末(すへ)の世(よ)までも盟(ちか)ひしは、此世(このよ)からなる畜生道(ちくしやうだう)、迷(まよ)ひの路(みち)に煩悩(ぼんのふ)の、犬(いぬ)となりたる身(み)の果(はて)を、何(なに)面目(めんぼく)にながらへて、人(ひと)に顔(かほ)のあはさるべき。今(いま)まで慕(した)ひしその人(ひと)の、兄君(あにぎみ)にておはせしと、聞(きい)て心(こゝろ)に戒(いまし)めても、迷(まよ)ひし胸(むね)は知覚(さめ)がたし。こは我身(わがみ)にうけし因果(いんぐわ)ぞや。成(なる)べきことのあるならば、同(おなじ)腹(おなか)にやどしたる、深(ふか)き縁(えに)しをふりかえて、夫婦(ふうふ)の縁(えん)にしてほしきと花(はな)のすがたの紅粉(おしろい)も、泣(なき)はがしたる雨(あめ)の蝶(てふ)、夢(ゆめ)の浮世(うきよ)をかこちけり。
弥生(やよひ)の方(かた)涙(なみだ)をぬぐはせ給ひ、おことが申こと、理(ことはり)にせまりて最(いと)不便(ふびん)なり。かゝる身(み)となりては、世(よ)のまじはりもなりがたく、かぎりなき恥辱(ちぢよく)なれば、刃(やいば)に臥(ふし)て死(しす)べしと、覚悟(かくご)せしは強気(けなげ)とは思へども、后(のち)のなげきはいか程(ほど)にあるべきと、人(ひと)のそしりはとまれかくまれ、其(その)身(み)一(ひと)ッは此(この)母(はゝ)に、まかし候べしとのたまひければ、為兼(ためかね)は眼(まなこ)を閉(とぢ)て言(ものいは)ず、志賀之助(しがのすけ)はなみだにくれてゐたりけり。
姫(ひめ)かさねていふやう、父(ちゝ)うへ母(はゝ)うへに先(さき)だちて、おんなげきをかくる事、うへなき不孝(ふこう)とはしりながら、活(いき)て此世(このよ)にながらふとも、在(あり)てかひなき身(み)にはべれば、死(しな)んと覚悟(かくご)し候ひぬ。死(し)ぬに死(しな)れぬものならば、尼(あま)となして給はれかしと思ひ入て願(ねが)ひければ、為兼(ためかね)やうやく言辞(ことば)をいだし、そは最(もつとも)なる望(のぞみ)なり。まだうら若(わか)き花(はな)のすがたを尼(あま)となさんこと、怛々(いたまし)き限(かぎり)なれども、我子(わがこ)を人(ひと)に誹謗(そしら)する、その旡念(むねん)さにはましならん。世(よ)になきものと諦(あきらめ)しは、家(いへ)に皈(かへり)て嫡子(ちやくし)となり、末(すえ)栄(さかへ)よといのりしは、家(いへ)を出(いで)て尼(あま)となる、一子(いつし)を得(うれ)ば一子(いつし)を失(うしな)ふ、総(すべ)て前世(ぜんせ)の因果(いんくわ)ぞやと親子(おやこ)四人(よにん)が一斉(いつせい)に、そゝぐ涙(なみだ)の村時雨(むらしぐれ)、余所(よそ)に見(み)る目(め)もあはれなり。
小櫻姫(こさくらひめ)両親(ふたおや)に対(むか)ひ、此上(このうへ)の願(ねがひ)には、姫(ひめ)は病(やまひ)に臥(ふし)て死(しし)たりと披露(ひろう)なし、わらはを棺(ひつき)におさめ、葬式(そうしき)の礼(れい)をもつて、いづれの尼寺(あまでら)へなりとも送(おく)り給ひ、御(おん)弟子(でし)となさしめ給はらば、死(しし)て再(ふたゝび)生(しやう)を換(かひ)たるに同(おなじ)うして、怪(あや)しのものに身(み)を触(ふれ)たる、其(その)悪業(あくごう)を果(はた)すべき、便(よすが)ともなりなんかしと、しいてのぞみければ其(その)意(い)にまかし、さらばとて再(ふたゝび)仏眼(ぶつがん)禅師(ぜんし)を此(この)席(せき)へむかへ、ことの仔細(しさい)を聞(きこ)へければ、禅師(ぜんじ)の曰(いは)く、今日(こんにち)剃髪(ていはつ)なすべき志賀之助(しがのすけ)は出家(しゆつけ)をやめ、思ひまうけざる小櫻姫(こざくらひめ)の尼(あま)となる事(こと)、是(これ)則(すなはち)一因縁(いちいんえん)あるによれり。嬋娟(せんけん)たる美婦人(びふじん)、立地(たちどころ)に仏果(ふつくわ)を醸(かも)し、旡量海(むりやうかい)の法水(ほうすい)を掬(きく)し得(え)て、煩悩(ぼんのう)炉(ろ)の熱火(ねつくわ)に灑(そゝ)ぎ、活身(くはつしん)にして死葬(しそう)たらんことを欲(ほつ)するは、悟道(ごだう)発門(はつもん)の一端(いつたん)なり。梅花(ばいくわ)を〓(かん)で春(はる)を知(し)るの期(ご)、応(まさ)に近(ちか)かるべし。当国(とうごく)松窪(まつくぼ)の尼寺(あまでら)は、此(この)館(やかた)より程(ほど)ちかし。かしこに送(おくり)て剃髪(ていはつ)なさしめ給へ。我(われ)姫(ひめ)がために死葬(しそふ)の導師(だうし)たるべしといひければ、姫(ひめ)はこれを喜(よろこ)ぶといへども、為兼(ためかね)夫婦(ふうふ)は親子(おやこ)の別(わか)れをかなしみ、日(ひ)をのばして事(こと)を行(おこな)はんと宣(のたま)へども、小櫻姫(こさくらひめ)がひたすらのねがひにて、此日(このひ)俄(にはか)に葬礼(そうれい)の用意(ようい)をなし、小櫻姫(こさくらひめ)をおさむべ、棺(ひつき)を書院(しよいん)の正面(しやうめん)にすへければ、仏眼(ぶつがん)禅師(せんじ)のさしづにまかせ、幻住寺(げんぢうじ)よりめしよせたる、あまたの僧徒(そうと)、さ右(ゆう)に坐(ざ)をつらねて経(きやう)を続(よみ)、仏眼(ぶつがん)禅師(せんじ)は椅(い)子をもうけて、中央(ちうわう)に座(ざさ)れたり。坐敷(ざしき)のうちを行(ゆき)かよひする侍女(こしもと)はしたに
挿絵
【挿絵第十五図 小櫻姫(こさくらひめ)菩提心(ぼだいしん)を起(おこ)すがために活葬(くはつそう)する図(づ)暫驚風燭難留世 便是蓮華不染身】
いたるまで皆(みな)喪服(もふく)を着(つけ)て、さながら死人(しにん)ある家(いへ)の形勢(ありさま)なり。憐(あはれむ)べし小櫻姫(こさくらひめ)は、緑(みどり)の髪(かみ)も紅粉(こうふん)も今日(けふ)を限(かぎり)と思ふから、常(つね)に十倍(ばい)の粧(よそほひ)を凝(こら)し、白(しろ)き綸子(りんづ)の振袖(ふりそで)に白綾(しらあや)の袿衣(うちかけ)を着(ちやく)し、手(て)に水晶(すいしやう)の念珠(ねんじゆ)を爪繰(つまぐり)、あまたの侍女(こしもと)をしたがへて、打(うち)しほれつゝ徐(しづ)やかに歩(あゆ)み出(いで)たるさま、梨花(りくわ)雨(あめ)を帯(おび)、白蓮(はくれん)露(つゆ)を擁(よう)するが如(ごと)し。やがて棺(ひつき)の前(まへ)に坐(ざ)し給ひ、禅師(ぜんじ)の引導(いんだう)をうけ給ふさま、正(まさに)是(これ)
眸凝緑水波微動(まなじりはりよくすいをこらしてなみすこしくうごき) 掌合白蓮花未開(たなごゝろははくれんをあはせてはないまだひらかず)
引導(いんだう)をはりければ、衆僧(しゆそう)同音(どうおん)に経(きやう)を読(よみ)、しばらくありて禅師(せんじ)の指揮(さしづ)にまかせ、公光(きんみつ)山吹(やまぶき)等(ら)立(たち)よりて姫(ひめ)をたすけ、涙(なみだ)ながらに息(いき)のもるべき棺(ひつき)におさむ。為兼(ためかね)をはじめ弥生(やよひ)の方(かた)志賀之助(しかのすけ)等(ら)、香(かう)を捻(ひね)りて礼(れい)をなすこと、すべて葬(はうふり)の礼(れい)に順(したが)へり。年比(としごろ)めしつかはれたる侍女(こしもと)等(ら)、棺(くはん)のめぐりに打臥(うちふし)て、なげきかなしむこと姫(ひめ)は実(じつ)に死(しゝ)たるがごとし。両親(りやうしん)の悲歎(ひたん)いへば更(さら)也。時(とき)ははや黄昏(たそがれ)にいたりければ、山吹(やまぶき)公光(きんみつ)等(ら)為兼(ためかね)が命(めい)によりて棺(くはん)を守(まも)り、姫(ひめ)にしたしくつかはれたる、かの撫子(なでしこ)と外(ほか)に三人の侍女(こしもと)、尼寺(あまでら)にとゞまりて、姫(ひめ)にかしづかん願(ねがひ)によりて供(とも)に立(たち)、松窪(まつくぼ)の尼寺(あまでら)さしていそがせける。
第十回 清玄山館俘小櫻姫(きよてるがさんくわんこざくらひめをとりこほす)
さる程(ほど)に、公光(きんみつ)山吹(やまぶき)等(ら)は、あまたの僕(しもべ)に明松(たいまつ)をてらさせ、棺(くわん)の左右(さゆふ)にしたがひて、松窪(まつくぼ)さして行(ゆく)程(ほど)に、館(やかた)を去(さる)こと一里(いちり)ばかりにして、竹谷(たけたに)といへる難所(なんじよ)にぞさしかゝりける。さらぬだに夜(よる)の山道(やまみち)はさみしきものなるを、谷(たに)の水音(みづおと)遠(とほ)く響(ひゞ)き、木(こ)のはにあらき風(かぜ)吹(ふき)て、すべて物(もの)すごき事いへばさらなり、此所(このところ)もすでに半(なかば)越(こえ)たるをりしも、明松(たいまつ)をてらして前(さき)にすゝみたる二人の僕(しもべ)、打(うち)驚(おどろき)たる体(てい)にて、賊(ぞく)ありとよばゝりつゝ、持(もち)たる明松(たいまつ)を打(うち)すてゝ、大勢(おほぜい)の中(なか)に迯入(にげいり)ぬ。されども賊(ぞく)の出たるようも見えざれば、皆(みな)あやしみつゝ、心(こゝろ)剛(ごう)なる者(もの)どもすゝみゆきて、明松(たいまつ)をふりてらし、賊(ぞく)は何方(いづく)にをるやらんとたづねけるが、さらに人影(ひとかげ)も見えさりけり。こは不詳(いぶかし)やとかの僕(ぼく)に問(とひ)けるに、怖(おそ)る/\指(ゆび)ざしつゝ、彼所(かしこ)にをり候といふを、よく/\見れば、新(あらた)につくりたる石(いし)の金剛神(こんがうじん)なり。眼(め)の内(うち)に金箔(きんばく)をおしたるが、明松(たいまつ)に輝(かゝやき)ておそろしく見えけるを、賊(ぞく)なりと見あやまちたるなり。人々(ひと/\)これを見て哄(どつ)とわらひ、かの僕(しもべ)が億(おく)したるを、口々(くち%\)に嘲(あざけ)りつゝなほ行程(ゆくほど)に、月(つき)はやうやく山(やま)の端(は)にさしいでゝ、霜林(そうりん)の梢(こずへ)をてらし、落葉(らくよう)路(みち)を填(うづめ)て、あゆむに音(をと)をなせり。
時(とき)しも、傍(かたはら)の松(まつ)かげより四五人の賊(ぞく)どもあらはれいで、汝等(なんぢら)此(この)道(みち)を通(とほら)んとならば、衣服(いふく)大小を置(おい)てゆけと氷(こほり)なす刀(かたな)を抜(ぬき)つれて、路(みち)の真中(まんなか)に立股張(たちはだかり)ければ、奴僕(しもべ)ども、すは実(まこと)の賊(ぞく)こそ出(いで)つれと右往(うわう)左往(ざわう)に逃迷(にげまよ)ふ。侍女(こしもと)等(ら)は賊(ぞく)が形勢(ありさま)を見て、魂(たましゐ)を奪(うば)はれ倒(たふ)れ臥(ふし)て、泣叫(なきさけ)ぶ。公光(きんみつ)山吹(やまぶき)に声(こゑ)かけ、汝(なんぢ)は姫(ひめ)ぎみを守(まも)るべし、我(われ)は彼奴(きやつ)ばらを追(おひ)ちらして、路(みち)をひらかんといひつゝ刀(かたな)を舞(まは)してはせむかへば、賊(ぞく)どもは公光(きんみつ)が猛(たけ)きいきほひにやおそれけん、一合(いちがう)にもおよばず、みなちり/\に逃(にげ)ゆきけり。
公光(きんみつ)刀(かたな)を提(さげ)て立(たち)かへり、人数(にんず)を集(あつ)め明松(たいまつ)の数(かづ)を増(まし)て、十分(ぶん)に道(みち)をてらし、衆人(しゆうじん)を一隊(ひとかたまり)となして、前後(ぜんご)に心(こゝろ)を配(くば)りつゝいそぎける程(ほど)に、渓川(たにがは)に丸木橋(まろきばし)を渡(わた)したる所(ところ)にいたりぬ。公光(きんみつ)山吹(やまぶき)に対(むか)ひ、棺(ひつき)を舁(かゝせ)て此(この)独木橋(どくぼくきやう)を渡(わた)らんには、かならず過(あやまち)あるべし。いかゞせばやと佇立(たゝずみ)たるをりしも、傍(かたはら)なる辻堂(つぢどう)の蔭(かげ)に荷(にな)ひ来(きた)りし酒桶(さかおけ)をすへおきて、憩(いこひ)ゐたる二人の商人(あきびと)、公光(きんみつ)が前(まへ)に来(きた)りて腰(こし)を屈(かゞ)め、我々(われ/\)は麓(ふもと)の村(むら)へ酒(さけ)を売(うり)に来(きた)りたる者(もの)に候が、あまりに道(みち)もさみしく、殊更(ことさら)此(この)ほどより山中(さんちう)に賊(ぞく)ありときゝはべれば、連(つれ)をもとめて皈(かへ)らばやと存(ぞんじ)、此所(このところ)に憇(いこ)ひをり候。よき道連(みちづれ)を得(え)たる御礼(おんれい)に、棺(ひつき)を舁(かき)て橋(はし)をわたし候べしといひければ、公光(きんみつ)山吹(やまぶき)等(ら)大(おほい)によろこび、しからばたのみ申すといひて棺(ひつき)をかゝせければ、商人(あきびと)の曰(いはく)、此(この)棺(ひつき)を渡(わた)しをはらば、一人づゝわたり給へ。女中(ぢよちう)衆(しゆ)は我々(われ/\)が、手(て)をとりてわたしまゐらすべし。先(まづ)此(この)棺(ひつき)をわたすべしといひつゝ徐(しづか)に橋(はし)をこえて、対岸(むかひ)の方(かた)に至(いた)りけるが、驀然(たちまち)棺(ひつき)を地上(ちしやう)に打(うち)捨(すて)、二人ひとしく力(ちから)をあはせて、丸木橋(まろきばし)を渓川(たにがは)へ突落(つきおと)し、計事(はかりこと)首尾(しゆび)よくなりぬといひて打(うち)よろこび、大勢(おほぜい)を指(ゆひ)ざして嘲(あざけ)り笑(わらひ)つゝ、再(ふたゝび)棺(ひつき)を荷(にな)ひて、村祭(むらまつり)の御輿(みこし)を舁(かく)如(ごと)くに囃子(はやし)立(たて)、何地(いづち)ともなく走去(はせさり)けり。
公光(きんみつ)山吹(やまふき)等(ら)是(これ)を見て、大(おほい)に知呆(あきれ)惘然(ぼうぜん)たる折(をり)しも、後(うしろ)の山(やま)より一(ひと)すぢの鳴鏑箭(なりかぶらや)、響(ひゞき)をたてゝ飛過(とびすぐ)ると一斉(ひとしく)、こゝかしこの物蔭(ものかげ)より、あまたの山賊(さんぞく)刀(かたな)を提(さけ)てをどりいでたり。此(この)内(うち)に先刻(せんこく)途中(とちう)にて
挿絵
【挿絵第十六図 小櫻姫(こさくらひめ)が侍女(こしもと)山吹(やまぶき)山賊(さんぞく)と血戦(けつせん)する図(づ)石斎 小雁〓侵柳眉去 媚霞横接眼波来 〓】
出逢(いであひ)たる、賊(ぞく)どももありてよばゝるやう、我々(われ/\)が大王(だいわう)、小櫻(こさくら)ひめが容色(ようしよく)を聞(きゝ)および、閨(ねや)の伽(とき)になさんため、さてこそ今(いま)のはかりごとをほどこして奪(うば)ひたるなれ。汝等(なんぢら)が衣類(いるい)は、我々(われ/\)が酒(さけ)の価(あたひ)に剥(はぎ)とるべし。わたすまじくは打(うつ)てとれと切(きつ)てかゝれば、公光(きんみつ)は是(これ)を見て、猛虎(まうこ)の奮然(あれ)る勢(いきほひ)をなし、勇(ゆう)を揮(ふるい)て切立(きりたつ)る、山吹(やまふき)兄(あに)を打(うた)せじと女(をんな)ながらも山道(やまみち)に、さすが用意(ようい)の一腰(ひとこし)を、抜(ぬき)はなし走(はしり)入たる多勢(たせい)の中(なか)、逃(にぐ)るをやらじと追行(おひゆき)しが、橋(はし)あるところにいたりつゝ、こゝにも橋(はし)のありけるよと今(いま)見(み)つけたるくちおしさ、かへし合(あは)せし奴原(やつはら)を、橋(はし)の下(もと)に待(まち)うけて、矢筈(やはつ)梨子割(なしわり)向袈裟(むかふけさ)、川(かは)の早瀬(はやせ)に斬(きり)おとし、漲(みなぎ)る水(みづ)も紅(くれなゐ)に、紅葉(もみち)を流(なか)すごとくなり。山吹(やまぶき)は前(まへ)に敵(てき)あるゆゑに、後背(うしろ)に心(こゝろ)をつけざりしが、いつのまにかはしのびけん、一人の小賊(せうぞく)木蔭(こかげ)より、熊手(くまで)をいだして山吹(やまふき)が、肩(かた)にうちかけうしろざまに引倒(ひきたふ)せば、同(おな)じ木間(このま)より、大勢(おほせい)一度(いちど)にをどり出、手(て)どり足(あし)どり働(はたら)かせず、劍術(けんじゆつ)手練(しゆれん)の山吹(やまぶき)を、高手(たかて)小手(こて)にぞいましめける。
かゝりければ、一人の賊(ぞく)、嘘笛(よぶこのふへ)を吹(ふき)たてけるに、かしこにても音(こゑ)をあはせ、人音(ひとをと)ちかく来(きた)るを見れば、こはいかに公光(きんみつ)をも、縄(なは)をかけて引来(ひききた)りぬ。兄(あに)と妹(いもと)とむかひあひ。互(たがひ)に見かはすいましめの、縄(なは)につたはる旡念(むねん)の泣(なみだ)、実(げ)に怛々(いたま)しき形勢(ありさま)なり。
此者(このもの)どもは是(これ)実(まこと)の山賊(さんぞく)にあらず、信田(しだ)左衛門(さゑもん)清玄(きよはる)が郎等(らうどう)なりけり。それはいかにとなれば、仏眼(ぶつがん)禅師(ぜんじ)の弟子(でし)に同玄(とうげん)といふ悪僧(あくそう)、今宵(こよひ)禅師(せんじ)に従(したがひ)て、為兼(ためかね)が館(やかた)にいたり、事(こと)の仔細(しさい)を見とゞけ、姫(ひめ)が事(こと)の騒(さは)ぎに紛(まぎ)れて館(やかた)を脱出(ぬけいで)、清玄(きよはる)は三上山(みかみやま)の山館(さんくわん)にありと聞(きゝ)て走行(はせゆき)、ことのよしを註進(ちうしん)なしけり。此(この)ゆゑに清玄(きよはる)、腹心(ふくしん)の郎等(らうどう)に謀(はかりこと)を示(しめし)て姫(ひめ)を奪(うば)はせ、両人(りやうにん)を生捕(いけどり)たるなり。同玄(どうげん)は日来(ひごろ)清玄(きよはる)が館(やかた)に出入(いでいり)なし、恩(おん)をうけたるゆゑに、其(その)報(むくい)として姫(ひめ)が事(こと)を告(つげ)しらせけるとなん。公光(きんみつ)山吹(やまぶき)が身(み)の果(はて)いかん、先(まづ)下(しも)の回(くだり)に説(と)き分(わくる)を聞(きく)べし。
第十回 下篇(げへん)
爰(こゝ)にまた、信田(しだ)左衛門(さゑもん)清玄(きよはる)は、三上山(みかみやま)の谷蔭(たにかげ)に、新(あらた)に山館(やまやかた)を営(いとなみ)て別業(べつぎやう)と称(せう)し、都(みやこ)よりあまたの美女(びぢよ)を召(めし)よせて、此(この)館(やかた)にかくしおき、日夜(にちや)淫酒(いんしゆ)に耽(ふけり)、加之(しかのみなら)ず悪(あし)き行(おこなひ)をなして、世(よ)に立(たち)がたき浪人(らうにん)どもを集(あつめ)て食客(しよくかく)とし、武(ぶ)を試(こゝろむる)に事(こと)よせて、科(とが)なき僕(しもべ)を放打(はなしうち)になし、あるひは民間(みんかん)の妻妾(さいせう)を奪(うば)ひ来(きた)らしめて、戯(たはふれ)れに一夜(いちや)の枕席(ちんせき)を穢(けが)す類(たぐひ)〓〓(けんがい)の行(おこなひ)をなす事(こと)惣(さなが)ら銭財(せんざい)を奪(うば)はざる賊首(ぞくしゆ)のごとし。
今日(けふ)しも此(この)山館(さんくわん)にありて、かの同玄(どうげん)が註進(ちうしん)を聞(きゝ)、横島(よこしま)大六(だいろく)湯上(ゆがみ)軍蔵(ぐんぞう)に謀(はかりこと)をしめして、小櫻姫(こさくらひめ)を奪(うば)ひ来(きた)るべしと命(めい)じ、侍女(じぢよ)郎等(らうだう)らを集(あつめ)て、銀燭(ぎんしよく)の下(もと)に酒宴(しゆえん)をひらき、そのをとづれをまちけるが、二人の者(もの)いまだ皈(かへ)りきたらざれば、まちわびつゝ、酒宴(しゆえん)半(なかば)に櫛笥(くしげ)鏡台(きやうだい)を持(もち)はこばせ、都(みやこ)にありては白拍子(しらびやうし)なりときこえたる、廾(はたち)ばかりの女(をんな)に髪(かみ)とりあげよと命(めい)じければ、此(この)女(をんな)怕気(おぢけ)ながら、背後(うしろ)の方(かた)に立(たち)むかへば、清玄(きよはる)鏡台(きやうだい)をひきよせ、手(て)を懐(ふところ)にして鏡(かゞみ)にさしむかひたるさま、立波(たつなみ)に珊瑚樹(さんごじゆ)を繍(ぬひもの)したる広袖(ひろそで)を着(ちやく)し、糀色(かばいろ)の下(した)かさね、しげく着(き)ながして、人品(ひとから)貴(あて)に見ゆ。清玄(きよはる)髪(かみ)すく女(をんな)に対(むか)ひ、今宵(こよひ)は我(わが)思ふ姫(ひめ)にあふ夜(よ)なれば、常(つね)にことかはれり。心(こゝろ)してとりあげよ。我意(わがい)に協(かなへ)ざるやうにせば、汝(なんぢ)を罪(つみ)するぞといふ、其(その)顔色(がんしよく)の鏡面(きやうめん)に、うつる眼(まなこ)のするどさに、怖々(こは/\)ながらとき櫛(ぐし)の、むねとゞろきて手(て)もふるへ、すきこむ伽羅(きやら)の水(みづ)よりも、おつる涙(なみだ)ぞ潤(うるほ)ひぬ。
かくて、一人の郎等(らうとう)はせ出(いで)、只今(たゞいま)大六(だいろく)軍蔵(ぐんぞう)等(ら)、小櫻姫(こさくらひめ)を奪(うば)ひ来(きた)りて候といへば清玄(きよはる)莞尓(につこ)と打笑(うちゑみ)、早々(とく/\)是(これ)へめしつれよかしこまり候と又(また)はせゆくをよびもどし、さぞ姫(ひめ)もおどろきつらん。かならず荒気(あらけ)なくすな。ことのどうりにふるまへと命(めい)じつゝ、猶(なほ)髪(かみ)をとりあげさせてをれり。座(ざ)を連(つらね)たる侍女(こしもと)ども、余所(よそ)のあはれも身(み)にしみて、いかなる姫(ひめ)にやおはすらんと、其(その)来(く)る方(かた)に目(め)を洒(そゝ)ぎ、うちまもりてぞひかへける。
旡慙(むざん)なるかな、小櫻姫(こざくらひめ)は花(はな)の姿(すがた)の振袖(ふりそで)も、涙(なみだ)にぬれて打(うち)しほれ、袂(たもと)を皃(かほ)におしあてつゝ、かの軍蔵(ぐんそう)にゑりもとしかと掴(つかま)れつゝ、身(み)を縮(ちゞめ)て歩(あゆみ)出(いで)、席(せき)のかたへにすへられぬ。軍蔵(ぐんぞう)大六(だいろく)高名(かうみやう)がほにすゝみ出(いで)、我(わが)君(きみ)のおゝせの如(ごと)く、酒(さけ)商人(あきびと)に打扮(いでたち)て、かの丸木橋(まろきばし)のかたはらにやすみをり、なんなく此(この)名玉(めいぎよく)を奪(うば)ひとり候。いざ御(ご)面相(めんさう)をごらんぜよと顔(かほ)におほひ給ひたる袂(たもと)を旡体(むたい)におしのくれば、清玄(きよはる)かたほにゑみをふくみ、鏡(かゞみ)にうつる姫(ひめ)がすがた、最前(さいぜん)から眺(なが)めてをる、此(この)女(をんな)めは
挿絵
【挿絵第十七図】
我(わが)心(こゝろ)をもすいせざるやつかな。髪(かみ)もよきほどにせよといひつゝ虐(せたげ)て髪(かみ)を結(ゆひ)をはらせ、鏡台(きやうだい)おしのけ脇息(けうそく)に、片臂(かたひぢ)かけて姫(ひめ)を見やり、いかに小櫻姫(こざくらひめ)、我(われ)を誰(たれ)とか思ふ。我(われ)こそ前(さき)の日(ひ)汝(なんぢ)をむかへて、妻(つま)にせんと望(のぞみ)たる、信田(しだ)左衛門(さゑもん)清玄(きよはる)なれ。為兼(ためかね)の虚気(うつけ)もの時宜(じき)をしらずして、我(われ)を婿(むこ)となさゞるゆゑに、災(わざはひ)汝(なんぢ)が身(み)におよび、今(いま)かく俘(とりこ)の身(み)となれり。人倫(じんりん)はなれし此(この)山館(さんくわん)樵(きこり)山賎(やまがつ)も、いたるべき道(みち)をしらず。殊更(ことさら)柵門(さくもん)のかまへあれば、已(すで)に篭中(こちう)の鳥(とり)にひとし。旡理(むり)な縁(えにし)も其(その)姿(すがた)ゆゑとあきらめて、我(わが)閨(ねや)の伽(とぎ)をせよ。もし又(また)心(こゝろ)にしたがはずは水(みづ)に責(せめ)火(ひ)に責(せめ)ん。憂目(うきめ)にあひて苦(くるしま)んや、閨(ねや)の伽(とぎ)して栄花(えいぐわ)をせんや。二ッに一ッ返答(へんとう)せよと、かやうに云(いひ)てはあらけなくして、花月(くわげつ)の情(じやう)にあらず。さま%\に心(こゝろ)を用(もちひ)て、和君(わきみ)をこゝへ招(まね)きしこと、なか/\の心(こゝろ)かは。久(ひさ)しぶりの花(はな)の顔(かほ)、莞尓(につこり)と笑(わら)ふて見せたまへと脇息(けうそく)前(まへ)におしまはし、つらづえつきて見とれし顔色(がんしよく)、涎(よだれ)おとさぬばかりなり。
小櫻姫(こざくらひめ)は、なみだながらに顔(かほ)をあげ、さてはおん身(み)は清玄(きよはる)どのにておはしけるか。聞(きゝ)しにまさる非義(ひぎ)非道(ひだう)、たとへ此身(このみ)を放(はな)し打(うち)にせらるゝとも、さる悪人(あくにん)にいかでか肌(はだ)を穢(けが)すべき。詞(ことば)をまじゆるもいまはしきとまた打臥(うちふし)てなき給ふ。清玄(きよはる)此(この)詞(ことば)をきゝ、頤(あぎと)をもつてをしゆれば、大六(だいろ)こゝろえて姫(ひめ)が背后(うしろ)にめぐりより、打臥(うちふし)給ひたるまゝにてかきいだきつゝ、清玄(きよはる)が前(まへ)にすゝむれば、清玄(きよはる)姫(ひめ)が手(て)をとりて、膝(ひざ)のもとへひきよせ、あまりといへば、月花(つきはな)のなさけにうときたをやめ(婦人)かな。悪人(あくにん)なるか善人(ぜんにん)なるか、ひとよの契(ちぎり)をほどこして見給へかしと雪(ゆき)の如(ごと)き懐(ふところ)へ手(て)をさし入(いれ)んとなしけるを、うるさやのふと払(はら)ひのけ、また戯(たはふる)る清玄(きよはる)を、うしろさまに突(つき)たふし、そばにありあふ鏡台(きやうだい)の、鏡(かゞみ)をとつてつゞけ打(うち)、かよわき腕(かいな)も恨(うらみ)の一念(いちねん)、りゆう/\ぱつしと打(うち)すへ給ひ、鏡(かゞみ)は則(すなはち)女(をんな)の魂(たましゐ)、これをもつて汝(なんぢ)を打(うて)は、我手(わがて)にかけて打(うち)とめたるにひとしければ、思ひ残(のこ)すべき念(ねん)もなし。いざ殺(ころ)せ、いざころせと身(み)を打捨(うちすて)ていさめるありさま、さながら武家(ぶけ)の息女(そくぢよ)なり。
清玄(きよはる)むくと起(おき)あがり足(あし)を飛(とば)せて礑(はつた)と蹴倒(けたふ)し、甘(あま)き詞(ことば)を交(まじえ)て説聞(とききか)すれば、女々(めゝ)ししとや思ひけん。誰(たれ)かある此(この)女(をんな)に憂目(うきめ)をみせ、我心(わがこゝろ)に靡(なびか)せよとよばゝりければ、最前(さいぜん)より、そはにひかへし悪僧(あくそう)同玄(どうげん)、こゝろえ候と答(いらへ)つゝ、衣(ころも)の袖(そで)をまくりあげ、姫(ひめ)が髻(もとどり)かい掴(つか)んで、情気(なさけげ)もなく引倒(ひきたふ)し、拳(こぶし)をいからして圧(おさ)えつけ、こは愚(おろか)なる女(をんな)めかな。御(おん)こゝろに従(したが)ひたてまつらば、今(いま)の旡礼(ぶれい)は御免(おんゆるし)あるべきぞ。辞(いや)といはゞ命(いのち)の瀬戸(せど)、辞(いや)か応(おう)か返答(へんとう)せよと今(いま)打捨(うちすて)し鏡(かゞみ)をもつて、打(うて)ばうたるゝ身(み)の因果(いんぐわ)、風流(ふうりう)につかねたる髪(かみ)も乱(みだれ)て、青柳(あをやき)に三日月形(なり)のさし櫛(ぐし)も、砕(くだけ)てあたりへ飛(とび)ちりぬ。嗚呼(ああ)いたましきかな小櫻姫(こさくらひめ)は、常(つね)に深窓(しんそう)にかしづかれ、あらましき風(かぜ)にだにあたらざる身(み)の、さるむくつけきあら法師(ほうし)に打(うち)たゝかれ、からき憂目(うきめ)にあひ給ふ事、いかばかりか口惜(おしく)もかなしかりけん。声(こゑ)の限(かぎり)に泣叫(なきさけ)びて、もだへ給ふといへども、誰(たれ)たすくる者(もの)もなかりければ、活(いき)てあるべき御心(おんこゝろ)はなかりけり。
かゝる折(をり)しも、公光(きんみつ)山吹(やまふき)等(ら)、高手(たかて)小手(こて)にいましめられ、郎等(らうどう)に引立(ひきたて)られていできたり。此体(このてい)を見て、こはそもいかにと打(うち)おどろき、おんいたわしやと山吹(やまぶき)が、はせよらんとなしけるを、縄取(なはとり)にひきすへられ、はふりこぼるゝ涙(なみだ)さへ、ぬぐはれもせぬ三寸(ずん)縄(なは)、くゝされし身(み)のかひなさは、泣(なく)よりほかの事ぞなき。
清玄(きよはる)、両人(りやうにん)を〓睨(ながしめ)に打(うち)見やり、讎(あた)もなく恨(うらみ)もなき、汝等(なんぢら)を此所(このところ)へ召捕(めしとり)しは、姫(ひめ)に花月(くはけつ)の情(じやう)をすゝめ、我(わ)が恋(こひ)の媒(なかだち)させんためなるぞ。山吹(やまぶき)とやらんは姫(ひめ)が姆女(もりめ)なるよし、汝(なんぢ)我(わが)ために媒(なかだち)せば、命(いのち)をたすけて、褒美(ほうび)はのぞみにまかすべしといひければ、山吹(やまぶき)眉(まゆ)をひきたてゝ〓(はがみ)をなし.やをれ山賊(さんぞく)の人非人(にんひにん)め、穢(けがら)はしき身(み)をもつて、姫(ひめ)を心(こゝろ)にしたがへんとは、およびなき願(ねがひ)なり。たとへ此身(このみ)は寸々(ずん/\)に斬(きら)るゝとも、さるあしき行(おこなひ)をなす女子(をなご)にあらず。此(この)縄目(なはめ)さへなきならば、飛(とび)かゝつて唯(たゞ)一打(ひとうち)、今(いま)の恨(うらみ)をはらすべしと怒(いかれ)る目(め)もとにながるゝ涙(なみだ)、さも口(くち)おしきありさまなり。姫(ひめ)はふたりがすがたを見て、こはなさけなや汝等(なんぢら)も、ともに俘(とりこ)となりけるかと立(たち)よらんとなし給ふを、清玄(きよはる)礑(はた)と突倒(つきたふし)、かしましき泣声(なきごゑ)かな。こいつにものを言(いはす)なと詞(ことば)のしたよりあらえびすども立(たち)かゝり、姫(ひめ)をきびしくいましめて、猿轡(さるぐつわ)をはませけり。
清玄(きよはる)、山吹(やまぶき)にむかひ、山賊(さんぞく)とは舌長(したなが)なり。我(われ)こそ当国(たうごく)に威(ゐ)をふるふ、信田(しだ)左衛門(さゑもん)清玄(きよはる)なれ。女(をんな)の身(み)としてかゝる縄目(なはめ)にあひ、怖(おそれ)たる気色(けしき)もなく、我(われ)に対(たい)して過言(くわごん)を申すは、一器量(ひときりやう)あるやつとおぼえたり。公光(きんみつ)汝(なんぢ)は姫(ひめ)を口説(くどく)まじきかといふに公光(きんみつ)は最前(さいぜん)より、姫(ひめ)を見ても詞(ことば)をまじへず、頭(かしら)をたれて居(ゐ)たりしが、頓(やが)て清玄(きよはる)にむかひ、さては山賊(さんぞく)と思ひの外(ほか)、清玄(きよはる)君(ぎみ)にておはしけるか。山吹(やまぶき)がごとく旡礼(ぶれい)を申すは、女(をんな)の浅(あさ)はかなる分別(ふんべつ)に候。さる高貴(こうき)の御方(おんかた)にしたがひたてまつらんは、姫(ひめ)が身(み)にとりては似(に)あはしき縁(えにし)にて候へば、僕(やつがれ)ともかくもはからひ申すべし。姫(ひめ)を此(この)御館(おんやかた)へ奪(うばゝ)れたるうへに、かゝる縄目(なはめ)の恥(はぢ)をうけては、とてもかくても主人(しゆじん)の家(いへ)には皈(かへ)りがたく候。あはれおん情(なさけ)とおぼしとりて、今日(こんにち)より近臣(きんしん)の末(すゑ)にも召加(めしくは)へ給はらば忠勤(ちうきん)をはげみ候べし。かく申すは、『もしや謀(はかりこと)をもうけ詞(ことば)をかざりて、いましめの縄(なは)をゆるされんてだて也』と、おんうたがひもはべらんが、御(おん)目通(めどほり)にて姫(ひめ)を折檻(せつかん)仕(つかまつり)、御(おん)心(こゝろ)にしたがへたてまつるをもつて、我(わが)二心(にしん)なきことを暁(さと)し給ふべしと低頭(ていとう)平身(へいしん)して申ければ、清玄(きよはる)かたほにゑみをふくみ.こはよき了簡(りやうけん)なり。誰(たれ)かある、彼(かれ)が誡(いましめ)を解(とき)えさせよと詞(ことば)にしたがひ、側(そば)にひかへたる湯上(ゆがみ)軍蔵(ぐんぞう)、はせ寄(よつ)て縄(なは)を解(とき)ければ、公光(きんみつ)腕(うで)を摩擦(さすり)つゝ、山吹(やまぶき)にむかひ、我(われ)今(いま)心(こゝろ)を変(へん)じて、清玄(きよはる)君(ぎみ)の御(ご)家臣(かしん)と召(めさ)るゝからは、汝(なんぢ)もともに降参(かうさん)せよといふに、山吹(やまぶき)かしらを打(うち)ふり.いな/\降参(かうさん)などゝは聞(きく)も穢(けがら)はしゝ。年来(としごろ)忠臣(ちうしん)旡二(むに)と聞(きこ)えたる兄(あに)上の、いかなる天魔(てんま)や見いれけん、かゝる心にはなり給ひつるぞ。重恩(ぢうおん)ある御(ご)主人(しゆじん)を後(うしろ)になして、さる悪人(あくにん)原(ばら)に組(くみ)し給ふ事(こと)、命(いのち)おししと思ひてか、あさましき心(こゝろ)やな。見さげ果(はて)たる挙動(ふるまひ)ぞと後手(うしろで)ながら膝行(いざり)いで、兄(あに)を恨(うらみ)る涙(なみだ)の顔(かほ)、ヱヽかしましい句釈言(くどきごと)、兄(あに)が出世(しゆつせ)の妨(さまたげ)すなと立(たち)ながら、礑(はつた)と蹴倒(けたふ)し見むきもやらず、姫(ひめ)が側(そば)に立(たち)かゝり、いかに小櫻姫(こざくらひめ)、今日(けふ)より主従(しゆう%\)の縁切(えんきつ)たれば、汝(なんぢ)は他人(たにん)も同前(どうぜん)なり。清玄(きよはる)君(きみ)へ奉公(ほうこう)の手(て)はしめ、辞(いや)でも応(おう)でも御(おん)心(こゝろ)に従(したがは)さす、覚悟(かくご)せよと、さもにくさげにいひければ、姫君(ひめぎみ)はうらめしげに、公光(きんみつ)が顔(かほ)を打(うち)まもり、篠村(しのむら)次郎(じらう)の人(ひと)でなし。汝(なんぢ)は我家(わがいへ)の長臣(ちやうしん)として、譜代(ふだい)恩顧(おんこ)のものなるに、わらはが目(め)の前(まへ)ともはゞからず、さる邪者(ねぢけもの)にくみするは、よも本心(ほんしん)とは思はれず。年来(としごろ)の忠節(ちうせつ)もかはり果(はて)たる秋(あき)の空(そら)、天(てん)の咎(とがめ)を思はずかとかこち給へば、公光(きんみつ)呵々(から/\)と打(うち)わらひ、詞(ことば)はさながら捷才気(かしこげ)なれども、さすがに女(をんな)は愚(おろか)なり。山吹(やまぶき)がごとくに頑(かたくな)におぼえて、忠臣(ちうしん)だてをなさば、其(その)身(み)ばかりか主人(しゆじん)まで、非命(ひめい)に死(し)するは今(いま)目前(もくぜん)。我(われ)はおん身をいとをしと思ふゆゑに、清玄(きよはる)君(きみ)に媒(なかだち)して、世(よ)にいたさんと謀(はか)るなり。忠(ちう)も不忠(ふちう)もうちおきて、美(うつく)しく生(うまれ)つきしが其(その)身(み)の因果(いんぐわ)、清玄(きよはる)君(ぎみ)になびき給へ。頭(かしら)を振(ふる)は辞退(いなむ)のか、辞(いや)なら憂目(うきめ)見するぞと、あたりへせわしく目(め)を配(くば)り、打(うち)に手頃(ごろ)な花桶(はなをけ)に、挿(さし)たる紅葉(もみぢ)の枝(えだ)をとり、拳(こぶし)をかためてりゆうりゆう/\、散(ちり)かゝりたるくれなゐは、姫(ひめ)がかなしき涙(なみだ)かと、目(め)もあてられぬありさまなり。
山吹(やまふき)はこゑふるはし、貴(あて)やかなる姫君(ひめきみ)に、よくも拳(こぶし)をあてけるぞ。主人(しゆしん)の御(おん)罰(ばつ)はなき物(もの)か、此(この)縄目(なはめ)さへなきものならば、兄とて用捨(ようしや)のあるへきやと、恨(うらみ)つ泣(ない)つ正体(しやうたい)なく、ふり乱(みだ)したる黒髪(くろかみ)に、つたふ涙(なみだ)は春雨(はるさめ)の、柳(やなぎ)を洗(あら)ふごとくなり。
公光(きんみつ)清玄(きよはる)にむかひ、我(わ)が心と同じからさる妹(いもと)を活(いけ)おき候ては、姫(ひめ)が事(こと)の妨(さまたげ)にも候へば、毒(どく)を喰(くは)ば其(その)器(うつは)をも舐(ねぶれ)と申常言(ことわざ)に拠(もとづ)き、妹(いもと)を手にかけ、さて后(のち)姫(ひめ)は是非(ぜひ)とも御(おん)心に、したがはせたてまつらん。御(おん)慰(なぐさみ)の為(ため)に僕(やつがれ)が、手の内の即席(そくせき)料理(りやうり)、妹(いもと)は生袈裟(いきけさ)に仕(つかまつら)んと立ちあかりつゝ袴(はかま)の裾(すそ)を高(たか)くかゝげ、腰(こし)のあたりを探(さぐり)見て、呵々(から/\)と打(うち)笑(わらひ)、奪(うば)ひとられし大小を請(こひ)うけて指(さし)こらし、山吹(やまぶき)を庭上(ていしやう)へ引居(ひきすゑ)たまへとよばゝれは、清玄(きよはる)大盃(さかづき)をひきうけ、こはよき酒の下物(さかな)なり。一斗(いつと)多とするに足(たら)ざるぞと打(うち)笑(ゑみ)つ見物(けんふつ)す。
姫(ひめ)は其(その)身(み)のかなしさよりも、山吹(やまぶき)が身(み)の果(はて)をあはれみ給ひつれども、とてもかくても活(いき)てあるべきおん心(こゝろ)ならねば、清玄(きよはる)に身(み)をけがして山吹(やまぶき)をたすけもしたまはず、やがてわらはも刃(やいば)に臥(ふし)、死出(しで)三途(さんづ)を伴(ともなは)んと心(こゝろ)にこめて、口(くち)のうちに称名(しやうみやう)をとなへつゝ、顔(かほ)に袂(たもと)をおしあてゝ、悲歎(ひたん)に迫(ままり)ておはしけり。あはれむべし山吹(やまふき)は、猿轡(さるぐつは)をはませられ、両手(りやうて)を左右(さゆう)へ引(ひか)れつゝ、かしらをたれて眼(まなこ)を閉(とぢ)しは、覚悟(かくご)のていと見えにけり。
公光(きんみつ)山吹(やまぶき)が背後(うしろ)に立(たち)、抜身(ぬきみ)を冷(ひや)すひさげの水(みづ)、さら/\と流(ながし)かけ、雫(しづく)したゝる刀尖(きつさき)を、山吹(やまぶき)が目(め)の前(まへ)にさしつけ、刃(は)むねのかたを頤(あぎと)にかけて、美(うつく)しき顔(かほ)をあげさせ、我(われ)今(いま)汝(なんぢ)を生袈裟(いきけさ)になして、清玄(きよはる)君(ぎみ)に二心(にしん)なき事(こと)をしらせ奉るなり、しか思ひて堪念(かんねん)せよ。小櫻姫(こざくらひめ)もよく見候へ、閨(ねや)の御(おん)伽(とぎ)せざるにおきては、斯(かく)非命(ひめい)の刃(やいば)にかゝりて、地獄(ぢごく)の餓鬼(がき)となるべきぞと、刀(かたな)の柄(つか)に両手(りやうて)をかため、肩腰(かたこし)すへつ水(こほり)の刃(やいば)、あびせかけたる拝打(おがみうち)、生袈裟(いきげさ)と思ひのほか、縄目(なはめ)をぱらりと切解(きりほど)き、指(さし)ぞへ取(とり)て手渡(てわた)しなし、いもとぬかるな心得(こゝろへ)しと猿轡(さるぐつわ)をかなぐりすて、兄(あに)と妹(いもと)と一斉(いつせい)に、清玄(きよはる)目(め)がけて飛(とび)かゝり、二人一度(いちど)に斬(きり)つくる。さしもの清玄(きよはる)油断(ゆだん)をうたれ、刀(かたな)をとるべきひまもなく、脇息(けうそく)をもてうけとめつゝ、又(また)切(きり)つくるを飛(とび)すさり、火桶(ひおけ)を時(とき)の目(め)つぶしに、面上(めんしやう)目(め)がけて打(うち)つけければ、こゝろえたりと身(み)をかはせ、猶(なほ)つけ入(いり)し、はげしき太刀風(たちかぜ)、敵(てき)しがたくや思ひけん、後(うしろ)の障子(しやうじ)を蹴(け)はなして、逃(にげ)入りながら下知(げぢ)すれば、湯上(ゆがみ)軍蔵(ぐんぞう)横島(よこしま)大六(たいろく)等(ら)をはじめとして、其(その)余(よ)の郎等(らうどう)刀尖(きつさき)そろへてはせむかふ、二人はこゝぞ、いのちの際(きは)と、死(しに)ものぐるひの猛烈(もうれつ)剛気(がうき)、公光(きんみつ)軍蔵(ぐんぞう)を斬倒(きりたふ)せば、山吹(やまぶき)大六(だいろく)を打留(うちとめ)つゝ、かしこにかくれこゝにあらはれ、薄手(うすで)もおはず十人ばかり、物(もの)の見(み)事に斬(きり)すてければ、のこるやつばらかしらをかゝえ、鼠(ねづみ)の如(ごと)くに逃(にげ)ちりけり。かの同玄(どうげん)はさいぜんとく迯去(にげさり)て、そのゆくへをしらずとなん。公光(きんみつ)山吹(やまぶき)等(ら)が挙動(ふるまひ)は、此(この)山館(さんくわん)へ引(ひか)れ来(く)るあひだに、語(かたら)ひ合(あは)せたる謀(はかりこと)とぞ。
かくて、両人(りやうにん)は姫(ひめ)がくゝられたる縄(なは)を解(とき).さこそおん心(こゝろ)をいため給ひけめ。かく両人(りやうにん)御側(おんそば)にある上(うへ)は、御(おん)心安(こゝろやす)かるべしといへば、姫(ひめ)はよみがへりたるこゝちして、
挿絵
【挿絵第十八図】
よろこび給ふことかぎりなし。
ときしも後(うしろ)の山(やま)に、烟(けふり)さつと立(たち)のぼりけるが号合(あいづ)とおぼしく、陣鐘(ぢんがね)太鼓(たいこ)を乱調(らんでう)に打(うち)ならし、鯨(とき)のこゑ山風(やまかぜ)にしたがひ、北(きた)に向(むかひ)て聞(きこ)えければ、こはいぶかしやと公光(きんみつ)が、かの山(やま)に駈(はせ)のぼり、向(むかふ)をきつと見てげれば、為兼(ためかね)が館(やかた)とおぼしく、猛火(みやうくわ)天(てん)を焦(こが)して燃(もえ)あがり、矢叫(やさけび)のこゑかすかにきこゆ。こは一大事(いちだいじ)こそいできつれと、たゞちに山(やま)をかけくだり、山吹(やまぶき)にかくとつげ、姫君(ひめぎみ)をたすけまゐらせ、落(おち)支度(じたく)するうしろより、腹巻(はらまき)つけたる二人の郎等(らうどう)、行(ゆく)さきへ立塞(たちふさが)り、姫(ひめ)をわたせと呼(よばゝ)れば、山吹(やまぶき)公光(きんみつ)ぬく手(て)も見せず、左右(さゆう)へ一度(いちど)に切倒(きりたふ)し、鮮血(ちしほ)を裾(すそ)にぬぐひつゝ、いざゝせ給へ姫君(ひめぎみ)と月(つき)の光(ひか)りに玉(たま)ぼこの、道(みち)をもとめておちゆきぬ。
第十一回 水次郎振勇助旧主(みづじら ゆふをふるふてきうしゆをたすく)
かくて、両人(りやうにん)は姫(ひめ)を守護(しゆご)なし、道(みち)をいそぎて麓(ふもと)にくだり、為兼(ためかね)が館(やかた)をさして、十町(てう)ばかり走(はし)りけるが、向(むかふ)の方(かた)より一人の郎等(らうどう)、小具足(こぐそく)に身(み)をかため、足(あし)を空(そら)に駈来(はせき)しが、公光(きんみつ)等(ら)を見て、たちまち地上(ちしやう)にひざまづく。公光(きんみつ)怪(あや)しみつゝ、雲透(くもすき)にすかし見れば、これ為兼(ためかね)が郎等(らうどう)なれば、公光(きんみつ)曰(いはく)、たゞ今(いま)御(おん)館(やかた)に夜討(ようち)ありとおぼえたり。汝(なんぢ)小具足(こぐそく)をつけて、此(この)ほとりへ走来(はせき)しは、必定(ひつぢやう)落武者(おちむしや)ならん。戦(たゝかひ)のやうすはいかに/\と問(とひ)かくれば、かの郎等(らうどう).つと身(み)をおこし、下(しも)ざまの葉武者(はむしや)には候へども、落足(おちあし)たつる弱者(よわもの)にては候はず。夜討(ようち)のやうすを御(ご)一門(いちもん)方(がた)へ、聞(きこ)えしらす御(おん)使(つかひ)にまゐりたる、皈足(かへりあし)にて候なり。敵(てき)は信田(しだ)の左衛門(さゑもん)が手(て)の者(もの)にて、為兼(ためかね)公(こう)を野心(やしん)と偽(いつは)り、『六波羅(ろくはら)よりの下知(げぢ)也』とて、敵勢(てきぜい)およそ五百騎(き)斗(ばかり)、寐耳(ねみゝ)へ水(みづ)の貝鐘(かいがね)太鼓(たいこ)、乱調(らんでう)に打(うち)ならし、鯨声(とき)を哄(どつ)とあげつれば、すは夜討(ようち)ぞと御(ご)家臣(かしん)原(ばら)、繋(つなぎ)し馬(うま)に鞭(むち)をあて、鎗(やり)一筋(ひとすぢ)を二人して引(ひき)あふひま、寄手(よせて)は塀(へい)に熊手(くまで)をかけ、土〓(ついぢ)のうちへをどり入(いり)、斬(きつ)てまはるを味方(みかた)の兵(つはもの)、むかひあはせて戦(たゝかひ)つゝ、一支(ひとさゝへ)はさゝへしが、敵(てき)より館(やかた)へ放火(はうくわ)して、味方(みかた)の人々(ひと/\)狼狽(らうばい)なし、打死(うちじに)するものかずしれずと、むね打(うち)たゝきて息(いき)をなす。公光(きんみつ)山(やま)ぶき噛(はがみ)をなしして、御(ご)主人(しゆじん)方(がた)はつゝがなく、わたらせ給ふにやと気(き)をいらちて、尚(なほ)問(とへ)ばさん候。為兼(ためかね)君(ぎみ)やよひの方(かた)、志賀(しが)の助(すけ)殿(どの)諸共(もろとも)に、葉武者(はむしや)もきらはず防(ふせ)ぎ戦(たゝかひ)給ひしが、御(おん)身(み)の程(ほど)もおぼつかなしと汗(あせ)もしどゝに物(もの)がたれば、三人は打(うち)おどろき、公光(きんみつ)山吹(やまぶき)に対(むかひ)、汝(なんぢ)は姫(ひめ)を守護(しゆご)なして、是(これ)よりすぐにかの尼寺(あまでら)へおちゆきて、姫(ひめ)を忍(しの)ばせ候べし。我(われ)はこれより館(やかた)へ駈(はせ)つけ、御(ご)主人(しゆしん)の御(ご)前途(せんど)を見とゞくべし。とく行(ゆ)け/\とすゝむれば、小櫻姫(こざくらひめ)は父母(ちゝはゝ)と一ッに、生死(しやうじ)をきはめんと勇(いさみ)給ふを、すかしつゝ右(みぎ)と左(ひだり)へ岐路(わかれみち)、山吹(やまぶき)は姫(ひめ)をたすけ、公光(きんみつ)はかの郎等(らうどう)をしたがへて、東(ひがし)と北(きた)へ別行(わかれゆき)ぬ。
○去程(さるほど)に、小櫻姫(こざくらひめ)は、前程(さきほど)よりの事(こと)どもに、胸(むね)をくるしめ給ひたるうへに、根笹(ねざゝ)をおしわけ落葉(おちば)を蹈(ふみ)たてつゝ、再(ふたゝび)十町(てう)あまりおち来(きた)りて、一ッの路逕(みちすぢ)にいたり給ひけるが、驀然(たちまち)〓(あつ)と叫(さけ)びて、地上(ちしやう)に礑(はた)と倒(たふ)れ給へば、山吹(やまぶき)遽(あはて)て寄添(よりそひ)つゝ、いだきかゝえて身(み)をおこし、こはいかにし給ひしぞ。物(もの)に躓(つまづ)き給ひつるか、行悩(ゆきなやみ)給ふも理(ことわり)なり。これより彼(かの)尼寺(あまでら)へは程(ほど)ちかく候、御(おん)心(こゝろ)をたしかにすへて、今(いま)しばし歩行(あゆませ)給へ。やがて夜(よ)も明(あけ)わたり候はんと、尚(なほ)手(て)をとりて行(ゆか)んとせしに、姫(ひめ)はいとはかなげなる声(こゑ)にて、しばし爰(こゝ)に憇(いこ)はせてよ。一足(ひとあし)もあゆみがたしと宣(のたま)へば、山吹(やまぶき)は気(き)をいらちたるさまして、さはいかにともせさせ給へ。姫君(ひめぎみ)をばこゝに打捨(うちすて)て、おのればかりおち行(ゆき)候はんと胸(むね)にせきくる悲(かなし)さを念(ねん)じつゝ、わざと威(おど)して云(いひ)ければ、姫(ひめ)は山吹(やまぶき)にとりすがりて、涙(なみだ)を流(なが)し憎(にくし)と思はゞゆるしてよ。いつもの痞(つかえ)にや、鳩尾(むなさか)へさしつまりて、言(もの)だにいはれぬ苦(くる)しさなりと目(め)を閉(とぢ)歯(は)を噛(くひしばり)て、いきもたゆげに見えければ、山吹(やまぶき)心(こゝろ)ならず打驚(うちおどろき)、路(みち)の側(かたはら)なる辻堂(つぢどう)にたすけいれまゐらせて、さま%\に介抱(かいほう)しつゝ、とやせまじ、かくやすべきと思ひ煩(わづらひ)てぞをりぬ。
時(とき)しも冬(ふゆ)ちかき秋(あき)のすへなれば、木(こ)の葉(は)にあらき風(かぜ)吹(ふき)て肌(はだへ)寒(さむく)、栖(ねぐら)をかゆる雁金(かりがね)の、雲井(くもゐ)はるかに啼(なき)わたる、妻(つま)こふ鹿(しか)さへ、越来(こえき)し峯(みね)に音(ね)をたてゝ、下弦(かげん)の月(つき)もかたふきつ、夜(よ)ははや丑(うし)すぐる比(ころ)なれば、悽愴(ものすごき)こといへば更(さら)なり、山吹(やまぶき)姫(ひめ)に対(むかひ)、彼所(かしこ)の林(はやし)の裏(うち)に燈火(ともしび)の見え候は、一定(いちぢやう)人家ありとおぼえ候。湯(ゆ)なりとも求(もと)め来(きた)りて、すゝめまゐらせもし、くすりもあるやらん、乞(こひ)て見候はん。しばしまたせ給へと云ひつゝ、小(こ)づまけゞしく引上(ひきあぐ)れば、姫君(ひめぎみ)これを見給ひて、はやく行(ゆき)てとく皈(かへ)れ。かならず暇(ひま)をあらせなと宣(のたま)ふかほばせも、いと苦(くる)し気(げ)なり。山吹(やまぶき)は気(き)づかはしと思ひながら、姫(ひめ)を爰(こゝ)に打(うち)おきて、かしこの燈火(ともしび)をしるべに、足(あし)はやくぞ走(はしり)ゆきぬ。姫(ひめ)はかゝる辻堂(つぢどう)に、一人(ひとり)おはしければ、おそろしくもおぼつかなくて、痞(つかえ)をおさえ、なやみをしのびて居(ゐ)給ひけり。
さて、かの同玄(どうげん)は清玄(きよはる)が館(やかた)を迯出(にげいて)、かねて此(この)辻堂(つぢどう)にかくれゐたるが、山吹(やまぶき)が姫(ひめ)をたすけて、おなじくこの辻堂(つぢどう)へ入(いら)んとするを見て、なほおくまりたる所(ところ)にしのび居(をり)、山吹(やまぶき)がかしこへゆきしをうかゞひて.つと出(いで)姫(ひめ)をうしろよりかきいだきければ、姫(ひめ)はわつと叫(さけ)びて逃(にげ)んとするを、かむり居(ゐ)たる手拭(てぬぐひ)をもて、姫(ひめ)が口(くち)わりして言(ものいは)さず、打(うち)かづきて辻堂(つぢどう)をとびくだり、間道(かんだう)とおぼしき方(かた)を、四五町(てう)あまり走行(はせゆき)て、一(ひと)ッの荒野(あれの)にぞいたりつきぬ。此所(このところ)は是(これ)人(ひと)を葬(はうふる)る墓原(はかはら)にして、数々(かづ/\)のしるしの石(いし)も、おほくは苔(こけ)に埋(うづみ)て、払(はら)ふ人(ひと)のありとも見へず、狼(おほかみ)なんどの新葬(しんそう)の人(ひと)を、堀穿(ほりうがち)て喰(くら)ひやちらしけん、生々(なま/\)しき手足(てあし)枯草(かれくさ)のうちに見ゆ。『幽魂(ゆうこん)夜月(やげつ)に飛(とび)、愚魄(ぐはく)秋風(しうふう)に嘯(うそふく)』と賦(ぶ)せしも、かゝる所(ところ)をこそ云(いひ)けめ。此(この)三昧(さんまい)のかたはらに住狭(いぶせき)庵室(あんじつ)あり。こゝは墓守(はかもり)が住(すみ)すてし明家(あきや)にして、柴(しば)の戸(と)朽(くち)て生墻(いけがき)ふつゝかに生(おひ)のび、落葉(おちば)は苔(こけ)ふかき屋根(やね)を埋(うづ)めて、半(なかば)染(そめ)たる蔦(つた)かつら、壁(かべ)のうへにはひ絆(まと)ひ。土(つち)の崩(くづ)れたるには薦(こも)をもておほひ、軒(のき)の傾(かたぶき)たるには、木(き)をさゝへて助(たすけ)おき、あれたきまゝにあれたれば、墓守(はかもり)が住(すみ)すてしも理(ことわり)なりけり。
同玄(どうげん)はかねての心がまへにやありけん、此(この)庵室(あんじつ)の内(うち)に馳入(はせいり)て、姫(ひめ)を牀簀(すのこ)の上(うへ)に居(すえ)おき、内(うち)よりきびしく戸ざしをかため、古桶(ふるおけ)に水(みづ)あるを見て、破(やぶ)れびしやくにくみとりて、がは/\と飲(のみ)ほし、やがて簀子(すのこ)にのぼりて姫(ひめ)が口(くち)わりを解(とき)ければ、姫(ひめ)は戦(わなゝ)き慄(おそ)れつゝ、此(この)法師(ほうし)をみるに、頭(かしら)は栗(くり)の毛毬(いが)の如(ごと)く、眼(まなこ)するどにして口(くち)大(おほき)く、きはめて醜面(みにくきつら)つき也。同玄(どうげん)膝(ひざ)をよせて姫(ひめ)に寄添(よりそひ)、我(われ)かね%\おん身(み)の容色(ようしよく)をきゝおよび、見(み)もせぬ恋(こひ)に心(こゝろ)を煩(なや)まし候が、はからず師(し)の坊(ぼう)にしたがひて、今日(こんにち)亀谷(かめだに)の館(やかた)にいたり、御(おん)身(み)をひと目(め)見つるより、恋風(こひかぜ)身(み)うちに冷(ひえ)とほり、悪寒(ぞつ)としつるこそ因果(いんぐわ)のはじめなれ。命(いのち)かけてと思ひしが、さすが貴(あて)なる姫君(ひめぎみ)を、賎(いや)しき身(み)にてはおよばざる事(こと)と、諦(あきらめ)をりしところ、今宵(こよひ)かの尼寺(あまでら)へいたり給ふときゝて、我(わが)内通(ないつう)をもつて清玄(きよはる)にうばゝせ、さてかの山館(さんくわん)に居(ゐ)給ふうちに、我(われ)御(おん)身(み)に実義(じつぎ)を見せ、清玄(きよはる)が山館(さんくはん)を、おとしまゐらするに事(こと)よせて、何方(いづく)へなりとも伴(ともな)ひゆき、心(こゝろ)のまゝにはからはんとかまへおきしに、思はざる今夜(こよひ)の騒動(そうどう)、必定(ひつぢやう)かの尼寺(あまでら)へ、落行(おちゆき)給はんと思ひしゆゑに、今(いま)の辻堂(つちどう)にかくれ忍(しの)び、まちわびてをりしに、我(わが)しのびをる辻堂(つちどう)へ、はからず入来(いりきたり)給ふこと、いと/\深(ふか)き縁(えにし)なりといひつゝ雨(あめ)のもるべき屋根(やね)の破(やぶ)れより、さし入(いる)る月(つき)かげに、姫(ひめ)が顔(かほ)をさしのぞき.手(て)をとりて引寄(ひきよせ)んとなしければ、姫(ひめ)はその手(て)をふりはなち、ゆるし給へ、のう/\と声(こゑ)をたてゝ逃(にげ)んとし、こなたかなたへ追(おひ)まはされ、色(いろ)よく咲(さき)し糸萩(いとはぎ)の、嵐(あらし)にもまるゝ如(ごと)くなり。
同玄(どうげん)、姫(ひめ)にむかひ、いかほどよばゝり給ふとも、人里(ひとざと)遠(とほ)き此(この)野中(のなか)、狼(おほかみ)の吼(ほゆ)こゑ松吹(まつふく)風(かぜ)のほかに、答(こたふ)べきものもなければ、覚悟(かくご)きはめてをり給へと又(また)も危(あやう)き煩悩(ぼんのう)の、打(うて)ども去(さら)ぬ犬法師(いぬほうし)、よるをよせじと突除(つきのけ)て、逡巡(あとしさり)せし後(うしろ)の壁(かべ).せまりてはたと身(み)を触(ふる)れば、荒屋(あれや)の壁(かべ)のかよわさに、障子(しやうじ)を倒(たふ)すごとくにて、姫(ひめ)もろともにうしろさま、合破(がは)と転(こけ)たる庭(には)の中(うち)、姫(ひめ)はうれしく身(み)を起(おこし)、虎口(こがう)をのがるゝ思ひにて、いち足(あし)いだして走(はせ)給ふ。同玄(どうげん)つゞいてかけり行(ゆき)、袂(たもと)をとらへて引(ひき)もどす、此(この)もの音(おと)にや怕(おそれ)けん、柳(やなぎ)の茂(しげ)みにやどりたる、山鳥(やまどり)一羽(いちは)羽(は)たゝきして、飛(とび)くだりしを同玄(どうげん)手(て)ばやくかい掴(つか)み、右(みぎ)に姫君(ひめぎみ)左(ひだり)に山鳥(やまどり)、いづれ遁(のが)さぬ阿鼻地獄(あびぢごく)、姫(ひめ)にむかひて眼(まなこ)をいからし、女(をんな)の手(て)より物取(ものとれ)ば、五百生(しやう)が其(その)あひだは、手(て)のなき物(もの)と生(うまる)るとかや。それもいとはぬ我(わが)執着(しうぢやく)、年(とし)ごろ修(しゆ)したるおこなひも、破(やぶる)るしるしは此(この)山鳥(やまどり)、これを見よや小櫻姫(こざくらひめ)と姫(ひめ)が袂(たもと)を口(くち)に咥(くは)へ、やま鳥(どり)を引裂(ひきさき)て、肉(にく)を喰(くら)ひ生血(なまち)をすゝり、口(くち)のめぐりはくれなゐに、顔色(がんしよく)かはりておそろしく、姫(ひめ)を目がけて飛(とび)かゝる、思ひかけざるうしろより、竹(たけ)の生墻(いけがき)おしわけて一人(ひとり)の男(をのこ)、をどりいでもんどりうたせて、同玄(どうげん)を地上(ちしやう)へ礑(はた)と投居(なげすえ)たり。
姫(ひめ)はうれしみ.こは山吹(やまぶき)かと見かはす顔(かほ)、それにはあらで腰簔(こしみの)着(つけ)たる漁師(りやうし)なれば、又(また)打(うち)おどろきておはしけり。此(この)男(をのこ)小櫻姫(こざくらひめ)が面前(めんぜん)に蹲踞(ひざまづき)、僕(やつがれ)は前年(さきのとし)御(おん)家(いへ)に事(つかへ)たる、真野(まの)の水(みづ)次郎と申す者(もの)に候。清若(きよわか)殿(どの)の事(こと)によりて、御(おん)暇(いとま)たまはり今(いま)は漁(すなどり)を活業(なりはひ)として、真野(まの)の里(さと)と申所(ところ)に住(すみ).わびしき年月(としつき)をすごし候。今宵(こよひ)しも夜網(よあみ)の皈(かへ)るさ、此所(このところ)を通(とほり)あはし、女(をんな)の叫(さけ)び候声(こゑ)を聞(きゝ)て、所(ところ)がらと申、あやしくぞんじ立(たち)とゞまりて、墻(かき)の外(そと)より窺(うかゞひ)をり候所(ところ)、御(おん)暇(いとま)給りたる
挿絵挿絵
【挿絵第二十図】【挿絵第十九図】
后(のち)の姫君(ひめぎみ)なれば、見(み)知(しる)べうもあらず、たゞ聞(きゝ)およびたる御(おん)名(な)と、貴(あて)なる御(おん)姿(すがた)をしるべに、たすけまゐらせ候也といふに姫(ひめ)は〓(おびえ)たる夢(ゆめ)の覚(さめ)たる如(ごと)く、わりなくうれしみ給ひつゝ、水(みづ)次郎に対(むかひ)、いかにも妾(わらは)は為兼(ためかね)が娘(むすめ)なり。聞(きゝ)およびたる真野(まの)の水(みづ)〔次〕郎にてありけるかと語(かた)らふひまに、同玄(どうげん)漸々(やう/\)身(み)をおこし、竹墻(たけがき)に結(ゆひ)こみし、塔婆(とうば)をぬきて打(うつ)てかゝれば、水(みづ)次郎かいくゞり、足(あし)を飛(とば)せてがはと掛倒(けたふ)し、汝(なんぢ)法師(ほふし)の身(み)をもちながら、行(おこなひ)を破(やぶら)んとする人非人(にんひにん)、かりにも仏(ほとけ)の姿(すがた)を、まなびたるやつなれば、命(いのち)一ッは助(たすく)るぞと姫(ひめ)を伴行(ともなひゆか)んとす。同玄(どうけん)尚(なほ)も立塞(たちふさがり)、いな/\姫(ひめ)をば得(え)こそわたすまじけれ。三世(さんせ)の諸仏(しよぶつ)に悪(にくま)れて、天魔(てんま)の見入(いれ)し此(この)所行(しよぎやう)、たとへ命(いのち)とらるゝとも、思ひこみたる我(わが)悪念(あくねん)、姫(ひめ)を引立(ひきたて)行(ゆか)んぞと怒(いかり)をなして飛(とび)かゝる。
水(みづ)二郎たまりかね、腰(こし)にさしたる一刀(いつとう)を、抜手(ぬくて)も見せず後袈裟(うしろげさ)、かたさきぱつしと切(きり)つくれば、阿(あ)と叫(さけび)て〓(よろばひ)つゝ、姫(ひめ)を見やりて身(み)をふるはし、あな苦(くるし)やたへがたや。此世(このよ)からなる修羅道(しゆらたう)の、苦(く)げんをうくるも誰(たれ)ゆゑぞ、みな姫(ひめ)ゆへ.刃(やいば)にかゝりて命(いのち)をとられ、地獄(ぢこく)に堕(だ)する此(この)恨(うらみ)、生(いき)かはり死(しに)かはり、おもひしらさでおくべきかと、猶(なほ)も姫(ひめ)に飛(とび)かゝれば、又(また)切(きり)つくる左(ひだり)の肩尖(かたさき)、ふかでに弱(よわ)りて苦痛(くつう)の体(てい)、引寄(ひきよせ)て脇腹(わきばら)へ、刀(かたな)を貫(つらぬ)き鑿(えぐ)りまはせば、あな苦(くる)しや/\とうめき叫(さけ)びしこへもかれて、命(いのち)のきはのだんまつま、刀(かたな)を抜(ぬけ)ば前(まへ)のかたへ、合破(がは)と倒(たふ)れて死(し)し果(はて)ぬ。
折(をり)から降来(ふりくる)〓雨(にはかあめ)、水(みづ)二郎いそがはしく姫(ひめ)を導(みちび)き、墻(かき)の外面(そとも)にこえ出(いで)つゝ、十歩(じつぽ)余(あまり)もはせけるが、姫(ひめ)が行方(ゆくへ)をこゝかしこ、尋迷(たづねまよ)ひし山吹(やまぶき)が、人(ひと)に請(こひ)たる傘(からかさ)かたげ息(いき)せきて走来(はせきた)り、姫(ひめ)を見つけてかぎりなくうち喜(よろこ)び、御(おん)供(とも)しつるは誰人(たれひと)にやと見らるゝ人(ひと)も見る人(ひと)も、互(かたみ)にすこしはおぼえある、面色(おもゝち)なれば、御(おん)身(み)は真野(まの)の水(みづ)次郎殿(どの)にてはおはさずや.さいふ和(わ)ぬしは公光(きんみつ)どのゝ妹(いもと)なる、山吹(やまぶき)どのにてありけるかと絶(たへ)て久(ひさ)しき朋輩(ほうばい)同士(どし)、山吹(やまぶき)水(みづ)次郎がすがたを見て、変果(かはりはて)たる其(その)打扮(いでたち)、いかなるゆへにて姫君(ひめぎみ)をと半(なかば)いはして水(みづ)二郎、不審(ふしん)はうべなり。かゝる野末(のずへ)に姫君の、流離(さまよひ)給ふも不審(いぶかし)し。其(その)仔細(しさい)はあとになし.人(ひと)をあやめて姫君(ひめぎみ)を、たすけつれば片時(へんし)もはやく此所(このところ)を立遁(たちのく)べし。住挟(いぶせく)とも我(わが)家(や)へ、姫(ひめ)を御(おん)供(とも)せん。いざ/\と案内(しるべ)して、落行(おちゆか)んとなしけるに、雨(あめ)は車軸(しやぢく)をながしつゝ、暴風(ほうふう)林(はやし)をたふすがごとく、月もかくれて射干玉(ぬばたま)の、闇(やみ)にひらめく電(いなびかり)、さもすさまじき形勢(ありさま)なり。
山吹(やまぶき)は姫君(ひめぎみ)に傘(からかさ)をさしかざし、水(みづ)二郎は用意(ようい)の竹笠(たけがさ)を戴(いたゞき)て、心(こゝろ)も足(あし)もせかれつゝ、修羅(しゆら)の鼓(つゞみ)の雷声(らいせい)に、つれてぞ引(ひか)るゝ後髪(うしろがみ)、山吹(やまぶき)がさしたる傘(からかさ)、後(うしろ)さまに翻(ひるがへ)り、三人一斉(ひとしく)たぢ/\と、逡巡(あとずさり)して思はずしらず、はじめの所(ところ)にいたりしが、暇(ひま)なくひらめく電光(いなづま)の、光(ひか)りに彼所(かしこ)をよく見れば、風(かぜ)にもまるゝ柳(やなぎ)の梢(こずゑ)に、此世(このよ)を去(さり)し同玄(どうげん)が、怨(うらみ)の幽魂(ゆうこん)すがたを現(げん)じ、手(て)をさしのべて引(ひき)もどすやうをなし、口(くち)をひらき眼(まな)をいからし、赤(あけ)にそみたる其(その)形勢(ありさま)、ひと目(め)見しより姫君(ひめぎみ)は絶入(たえいる)ばかり、山吹(やまぶき)も打(うち)驚(おどろき)しが、水(みづ)次郎は〓(きつ)と視(み)て.法師(ほうし)にも似(に)ざる執念(しふねん)かな。怨(うらみ)をはらして往生(わうじやう)せよと山吹(やまぶき)もろとも姫(ひめ)を介抱(たすけ)、再(ふたゝび)はせんとなしたりしに、夢路(ゆめぢ)をたどる如(ごと)くにて、又(また)も後方(しりへ)に引(ひき)もどさる。水(みづ)次郎気(き)を苛(いらち)、刀(かたな)を舞(まは)して切払(きりはら)へば、刀(かたな)の威(い)にや怕(おそ)れけん、かきけすやうにうせにけり。
偖(さて)、両人(りやうにん)は姫君(ひめぎみ)を護(もり)たすけて、真野(まの)の里(さと)へといそぐ程(ほど)に、風雨(ふうう)ます/\烈(はげ)しくして、雷(はたゝがみ)〓々(ぐわら/\)と鳴(なり)ひゞき、斬倒(きりたふ)されし同玄(どうげん)が胸(むな)もとより、一団(いちだん)の心火(しんくわ)ひら/\と燃(もえ)のぼり、姫(ひめ)が落行(おちゆく)あとをしたひ、炎々(えん/\)として飛行(とびゆき)けり。館(やかた)の夜討(ようち)姫(ひめ)が形勢(ありさま)も、彼(かの)金鯉魚(ひごひ)の怨念(をんねん)、悪人(あくにん)原(ばら)の手(て)を借(かり)て、災(わざはひ)をくだしけるゆゑとなん。かくてのち種々(くさ%\)の話(ものがたり)あり、猶(なほ)後帙(こうぢつ)を繙(ひもとき)て御(ご)覧(らん)ぜよかし。
小櫻姫風月奇観巻之三下冊 前帙終

跋

[漏庵]
千祥万禎
筆硯幸福
[京山][淺寒}

跋文
[〓]

京山先醒は京伝先醒の令弟也。彫虫鼓刀をもて業とし詩を篇画を嗜む。本編填詞の如きは一時游戯の筆にして
耳目玩好の書に属し、適口充腹の集には非さるへし。先醒本姓は嵒瀬名凌寒字鉄梅京山と号す。一字駅斎その堂を鉄筆と云。その居を方半と呼その家は江戸日本橋第四街東に折する北巷にあり。
詩事 天山老人識
[天山][〓]

刊記

江戸
山東京山編 京山 山東
歌川国貞画 歌川 国貞
  傭写 橋本徳瓶
  〓人
小泉平八郎
名古屋治兵衛
小櫻姫風月奇観(こさくらひめふうけつきくわん)後編  近刻
催馬楽奇談(さいばらきだん) 全六冊
小枝 繁編
蹄齋北馬画
出版
山東京山主人 編撰目次
[山中左衛門]鷲之談傳竒(わしのだんでんき) 全五冊 歌川豊広画 出版
七小町萍(うきくさ)物語
此書は小町が事にならひてうき
くさといふ遊君が伝をしるせり。例
のよみ本ぶりの文章にあらず。自ら
一家の体をなせり。
春袋煙草智惠輪(はるぶくろたはこのちゑのわ)
此書はすべてたばこにあづかりたる
事をおかしくしるせり。一たび巻を
開は腹をかゝゆる戯作の書也。
京伝みせ商物例の口上
○きれ地紙地たばこ入并に新形きせる当年は別て奇絶なる佳品種々仕入仕候相かはらす御求可被下候
読書丸[一トつゝみ一匁五分]第一きこんのくすりものおぼえをよくす老人小児常に用て妙也
京伝自画賛の扇品々并たんさく色帋もとめにまかす
京山狂詩扇
○水晶印一字十匁銅一字五匁○蝋石印
京山篆刻[白字五分朱字七分]値を定てもとめやすからしむ
○はいかい点式もとめに応して刻す

刊記
文化六年巳己歳冬十月発行
江戸
前川弥兵衛
開版所
田辺屋太兵衛
平川館忠右衛門



#『国字小説小櫻姫風月竒觀』(β版) (『山東京山伝奇小説集』、国書刊行会、2003/01)所収
# この機械可読テキストは念校段階です。また、活字版とは異なり、句点を補
# い段落に分けた以外、表記を可能な限り原本に近付けました。後日、正式版
# にする予定です。誤り等に気付かれたらご一報下さい。
# Copyright (C) 2003 TAKAGI, Gen
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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