『怪化百物語』
高 木  元

〔成立〕 高畠藍泉作、明治八年(一八七五)刊の中本もの(滑稽本)である。跋文に拠れば、明治七年の冬に執筆したものを、友人井上氏が清書して挿絵を入れて出板せよと乞うので止むなく出板を承知したとある。大袈裟な卑下は近世的な戯作の伝統に負ったものである。開化物流行の最中に作られた仮名垣魯文『安愚楽鍋』の影響作。藍泉が出した本の初作かと思われる。

〔作者〕高畠藍泉は天保九年(一八三八)生、明治十八年(一八七五)没。明治五年三月の東京日日新聞創刊時に記者となり、この頃から転々堂主人と号す。のち、明治十五年に二(三)世柳亭種彦を嗣ぐ。仮名垣魯文に嗣ぐ明治初期文壇の重鎮。

〔内容〕ある春雨降る晩、口入屋である開化屋での百物語で、次々に「殿様の化物」「絃妓の化物」「半過通の化物」「侠客の化物」「書生の化物」「麥湯女の化物」「若商の化物」が登場、明治初期の東京風俗を活写しつつ、様々な大言壮語を吐いていく。ふと目が覚めると、客が忘れた手拭や煙管、煙草入などに持主の霊がとどまって、主人に怪異を見せたという、所謂夢落ちの枠組みで語られる辛辣な当代風刺。

〔書誌〕 和装整版(木板)、中本(一八糎×一二・四糎)、上下二巻二冊(二二丁・二一丁半)。墨色絹目表紙。題簽左肩。微かな紅色地の子持枠内に「高畠藍/泉戯述・怪化百物語 一(二)」と墨摺。見返は紅梅色地に墨色で「怪化百物語/轉々堂戯述/惺々暁齋画」とあり、仁王と蝦蟇の意匠を配す。序は地に支子色摺で骸骨と蜘蛛を白抜にした上に墨摺で一丁半「怪化百物語序/明治乙亥の二月下院/轉々堂主人誌[印]」、口絵三図には肌色や水色を用いた美麗な色摺が施されており、中の見開き一図が目次の機能を持たされている。内題・尾題「怪化百物語上(下)の巻」。板心は「一ぺんの序の一(二)」「一ぺんの画の三(四)」以下「一ぺんの五(〜二十二)」「二へんの一(〜廿一)」と成っている。最終丁裏に「明治八年五月十八日官許」。うしろ表紙見返に刊記「東京書林/芝三しま町和泉屋市兵衞/通りあぶら町藤岡屋慶次郎/馬喰町二丁目森屋治兵衞/同町山口屋藤兵衞/兩國よし川町大黒屋平吉」。

 なお、翻刻と図版の底本として架蔵本(取合わせ本)を用いた。他に国立国会図書館・早稲田大学・ソウル大学校(下のみ)などに所蔵されているが、同板同体裁。また、『明治文化全集』第八巻 風俗篇(昭和三年、日本評論社)に石川嚴校訂による翻刻が備わる。

表紙 高畠藍泉戯述 怪化百物語 一

見返・序 怪化百物語 轉々堂戲述 惺々暁齋画

序

怪化百物語序(くわゐくわひやくものがたりのじよ)
(そう)覺猷(かくいう)が畫(ゑが)ける百鬼夜行(ひやくきやぎやう)も。旭章(ひのまる)の國旗(ふらく)に畏(おそ)れて退散(にげさ)り。火輪船(じようきせん)の迅速(はやき)には。船冤鬼(ふなゆうれい)の脚(あし)も追(おつ)(つく)まじく。銀行(ばんく)の家屋(はうす)の高(たか)きには。見越(みこし)入道(にふだう)の頭(あたま)も達(とゞか)ざるべし。堕胎(こおろし)の禁令(ごはつと)に。産婆(さんば)も幼童(こども)の怪(くわゐ)を見ず。北国(ほつこく)の雪娼妓(ゆきぢよらう)も。解放(かいはう)以来(このかた)(すくな)く。轄(くさび)のぬけた片輪(かたわ)(ぐるま)も。官許(ごめん)人力(じんりき)の繕所(つくろひじよ)あり。究理(きうり)の説(せつ)が行(おこな)はるれば。南瓜(かぼちや)に眼鼻(めはな)の現(つく)ことも。潛隱(ないしよ)で棲(すみ)し舊邸(ふるごしよ)は毀(こはし)て新地(しんち)へ長屋(ながや)を建築(たて)。古蘭若(ふるてら)も葬礼(とむらひ)が来(こ)ねば。一向(ゐつかう)(すご)くもなんともなく。妖怪(ばけもの)巣窟(やしき)の戸藉(こせき)調(しらべ)が嚴(やかま)しひ故(ゆゑ)宿直(とのゐ)する。武者修行(むしやしゆぎよう)の佩刀(だいせう)も。無用(むよう)に属(ぞく)する開化(かいくわ)の聖代(せいだい)。静(しづ)けき春(はる)の雨夜(あめのよ)に。品定(しなさだめ)する景物(けいぶつ)の怪事(くわゐじ)も非(なけ)れば小説者流(けさくしやりう)の。手稿(しゆかう)の種(たね)に都合(つがふ)も悪(わる)し。眞(まこと)の變化(おばけ)は無(ない)にもせよ。人間中(にんけんぢう)の化物(ばけもの)の。穴(あな)を探索(さぐる)も稗官(さくしや)の得意(とくい)と。按文几(つくえ)に肱(ひぢ)をかけ焔硝(えんせう)大どろ/\の取次(しどろ)筋斗(もどろ)と。本末(あとさき)もなき怪談(くわゐだん)に。筆(ふで)を採(とり)しも夜十二時(まよなか)(すぎ)なり。
明治乙亥の二月下院 轉々堂主人誌

口絵第一図 〈口絵第一図〉

モヽンガアと言(いつ)て出(で)る舊弊(きうへい)の化物(ばけもの)開明(かいめい)の日章(につしやう)におどろき遁去(にげさる)ところ 惺々暁齋

口絵第二図 〈口絵第二図〉

新發明(しんはつめい)冩眞畫(うつしゑ)の變化(ばけもの)
殿様(とのさま)の化物(ばけもの)
絃妓(げいしや)の化(ばけ)もの
書生(しよせい)の化(ばけ)もの
娼妓(ゆふぢよ)の化物(ばけもの)
幇閑(たいこもち)のばけ物
割烹店(れうりぢやゝ)の眞景(しんけい)
惺々暁齋

口絵第三図 〈口絵第三図〉

亀屋(かめや)都樂(とらく)が発明(はつめい)も舊(ふる)めかしきうつし画(へ)のばけもの
惺々暁齋


怪化百物語(くわいくわひやくものがたり)(かみ)の巻(まき) 轉々堂主人戲編

  ○發端(ほつたん)

皇國(すべらみくに)の大古(おほむかし)開闢(ひらけ)(そめ)たる其(その)時代(ころ)は。妖魔(ばけもの)だらけなりけるを諸神(しよじん)の爲(ため)に退治(たいぢ)られ。尚(なほ)人皇(ひとのよ)にいたりても。其(その)残餘(ゐのこり)の在(あり)けるを。日本武尊(やまとだけのみこと)といふ大立物(おほだてもの)の下(くだ)り役者(やくしや)。東夷(とうい)を征討(せいたう)せられしより。二千(にせん)餘年(よねん)の星霜(せいそう)を歴(へ)て。函(はこ)(ね)の以東(こちら)に化物(ばけもの)と。野暮(やぼ)は住(すま)ぬと云しも方今(いま)は。開明(かいめい)日々(ひに/\)(すゝ)むにつけ。西洋(せいやう)萬里(ばんり)の外(はて)までも。變化(ばけもの)といふもの非(なく)なりし。昭代(みよ)の繁昌(はんじよう)(いや)(まさ)る。中(なか)に輩下(れんか)の煉化(れんくわ)石屋(づくり)。豪(おほ)商家(あきふど)の居(ゐ)ならぶ街頭(まち)に。拾間(じつけん)間口(まぐち)の無産舗(しもたや)あり。主人(あるじ)は士族(しぞく)か。平民(へいみん)か。家號(いへな)はどうやら商賈(ちやうにん)らしく。名(な)は侍(ぶし)めきて聞(きこ)へたる開化屋(かいくわや)(すゝむ)といふ者(もの)あり。家業(かげう)は所謂(いはゆる)周旋屋(あれこれや)にて。上(かみ)は高貴(たつとい)旦那(だんな)(がた)より。農工商(のうこうしよう)はいふも更(さら)なり。下(しも)は幇閑(ほうかん)芸娼(げいしよう)(ぎ)。人力(じんりき)車夫(しやふ)(ら)に至(いた)るまで。這(この)(や)に立入(たちい)せざる者(もの)なく。午前(どんまへ)。午後(どんご)の嫌(きら)ひなく。百(どん)/\賑(にぎは)ふ店頭(みせさき)に来賓(きやく)の絶間(たへま)ぞなかりけり。一日(あるひ)春雨(はるさめ)そぼふりて。甚(いと)蕭然(しめやか)なる宵間(よいのま)より。風(かぜ)さへ暴(あら)く吹出(ふきいで)たれば。平生(つね)に五月蝿(うるさく)おもふたる。客(きやく)もなければ寂莫(さびし)さに。主(あるじ)は疾(はや)く閨房(ねや)に入(いり)ぬ。店頭(みせ)の火鉢(ひばち)を取囲(とりかこ)む。主管(ばんとう)小厮(こもの)が四表八表(よもやま)の。噺(はなし)に闌(ふけ)る鐘声(かね)(すご)し。愕(こは)がる丁稚(でつち)を驚(おど)さんと。無根(あとなき)虚説(はなし)の怪力(くわいりよく)乱神(らんしん)。世(よ)に妖魔(ばけもの)といふ者(もの)が有(ある)か無(なき)かは白絞(しらしぼり)。油(あぶら)にひたせし灯芯(とうしん)を。一個(ひとり)(/\)に掻消(かきけし)て。真黒暗(まつくらやみ)とするときは。妖怪(ばけもの)(あつま)り現(いづ)るとぞ。是(これ)を百物語(ひやくものがた)りといふ。遊戯(あそび)は古(ふる)く伝(つた)へ聞(き)けり。咄(いで)。怪物(ばけもの)の有無(ありなし)を試験(ためし)て見(み)ばやと奥(おく)まりし。庫(くら)の二階(にかい)へ行燈(あんどう)を据(すへ)て数本(すほん)の灯(ともし)をつけ。管主(ばんとう)はじめ。雇夫(こもの)ども一個(ひとり)々々(/\)に立替(たちかは)り。怖(こは)%\行(ゆき)て掻消(かきけす)にぞ。遂(つひ)には闇(やみ)となりければ。すは誂(あつらい)の妖魔(ばけもの)が。現(いで)もやすると俟(まつ)たるに。世(よ)の怪談(くわいだん)も誣(しい)がたし。庫(くら)の二階(にかい)に何(なに)やらんものゝ声(こえ)の聞(きこ)えければ。偖(さて)こそ変化(へんげ)ござんなれと。将門山(まさかどやま)のふる御所(ごしよ)ならねど。我他(がた)彼此(ぴし)と響(な)る階子(はしご)にすがり。怖(こは)いものは見(み)たいの譬(たと)ひ。如何(いか)なる怪(もの)のあらはれて。如何(いか)なる説(こと)を吐(いふ)やらんと。皆(みな)息篭(いきごみ)して聞(きゝ)ゐたり。

  ○殿様(とのさま)の化物(ばけもの)

〔年(とし)の頃(ころ)は三十五六のざん切(ぎり)あたま。おめし縮緬(ちりめん)の小袖(こそで)に黒(くろ)なゝこの三所紋(みところもん)の長羽織(ながばをり)へ。白(しろ)の太(ふと)ひもをつけ浅黄(あさぎ)はかたへ白(しろ)く独鈷(とつこ)の出(で)たる巾広帯(はゞびろおび)をぐちや/\に結(むす)び。下着(したぎ)三枚襦(じ)ばんとも。薄鼠(うすねづみ)羽二重(はぶたへ)の半(はん)えりをそろへ。仙台平(せんだいひら)の萌黄縞(もえぎじま)の襠高袴(まちだかはかま)。銀(ぎん)ごしらへの極(ごく)みじかい合口(あいくち)をきめこみ。金がはの龍(りう)つまきの時計(とけい)に。金のくさりをつけて。ぶら/\と提(さげ)しは。三百円以上のものなるべし。中のへこんだ〓鼠(ねづみ)らしやのしやつぷに。白ちりめんのえり巻(まき)。白なめしの鼻緒(はなを)のごめん下駄の五分(ごぶ)(だか)をつゝかけ。紫檀(したん)の柄(え)の付(つい)た茶(ちや)がいきの蝙蝠(かふもり)(がさ)をつき。ほろ酔ひきげんと見へて小ごえで謡(うた)ひをうたひながら出(で)て来(く)る。此人(このひと)疳症(かんしやう)にて物(もの)の嗅(にほ)ひを忌(い)むやら。鼻息(はないき)をつめてクン/\といふ癖(くせ)あり。相応(さうおう)に金(かね)もありながら。貧生(ひんせい)/\と自(みづか)らとなへ。ついには酔(えい)が廻(まは)ると。おひ/\に大きなことをいゝ出すくせある化物(ばけもの)也。〕
謡ひ「あゝらむかし恋しや引「イヤ今晩(こんや)は存(ぞんじ)よらぬ御招(おまねき)ゆへ早(はや)く来(まい)ろうと存(ぞんじ)た所(ところ)が柳橋(りうけう)を渡(わた)らうとすると例(れい)の絃妓(げんぎ)の。おしやけに面会(めんくわい)したところが。自宅(じたく)が直(すぐ)に横丁(よこてう)だから。強(しい)て立寄(たちよ)れと申(もふす)から。止事(やむこと)を得(え)ず参(まい)ッて見ましたが。中々(なか/\)(て)せまにいたしては好風(いき)に住(すまつ)て居(を)ります。幸(さいは)ひ肴(さかな)の至来物(とうらいもの)があるとか。なんとかいふことて。一酌(いつぱい)けんじたいなどゝ。殿(との)さまごかしにされる処(ところ)が。貧生(ひんせい)(じつ)に大(おゝ)辟易(へきえき)さ。しかし其手(そのて)はくわんですて。方今(はうこん)は窮(きう)しぬくわけさハヽヽヽ「実(じつ)に大酔(だいすい)。それゆゑ大(おゝ)遅刻(ちこく)恐入(おそれいつ)たハヽヽヽ。馬車(ばしや)にでも乗(のつ)て走(はし)れば早(はや)くも出(で)られたがそこが貧生(ひんせい)閉口(へいこう)/\。又(また)金満家(きんまんか)は別段(べつだん)の事(こと)

挿絵 〈挿絵〉

開化屋(かいくはや)の雇夫(ようふ)(ら)春雨(はるさめ)の徒然(つれ%\)に百物語(ひやくものがたり)を催(もよふ)す/惺々暁齋

一昨日(いつさくじつ)ナ。私宅(したく)の樓(にかい)から見て居(をる)と。旧(もと)同席(どうせき)の某(なにがし)が。美人(べつぴん)同行(どうかう)で。船中(せんちう)(だい)愉快(ゆくわい)の様子(やうす)であつたが浦山(うらやま)しいことさ。貧生(ひんせい)などは及(およ)ばぬこと。併(しか)しあんな人物(じんぶつ)があるから。新聞(しんぶん)などに悪(わる)く記(かゝ)れるも尤(もつとも)なれども。堅固(けんご)な貧生(ひんせい)などまで同一(おせうばん)はなんぢうさ。新聞(しんぶん)の口(くち)の悪(わる)ひにも困(こま)る。旧藩(きうはん)の某(なにがし)と申奴(もふすやつ)が。近日(きんじつ)(ある)新聞局(しんぶんきよく)の編輯人(へんしふにん)になつて。生利(なまぎゝ)に開化(かいくわ)々々と唱(とな)へて吾輩(わがはい)をわるく云(いひ)ますが。元来(もと)(かれ)などは先代(せんだい)の妾(せふ)の名跡(みやうせき)を立(たて)させるために取立(とりたつ)た。至(いた)ッて軽卒(かるいもの)の厄介(やつかい)で読書(どくしよ)なども出来(でき)ることではなし。至ッて愚人(ぐぶつ)でござる。彼奴(かれら)などの筆頭(ひつとう)に詈(のゝし)られるやうな所業(しよげう)は苟(いやしく)もいたさぬつもりさ。〓〓(りかう)ぶつて商法(しようほう)をして損毛(そん)をする者などもありますが。貧生(ひんせい)は商法などはいたさぬかはりに。近辺(きんぺん)の学校(がくかう)へ少々(せう/\)(づゝ)の資金(しきん)を出(だ)してやるつもりなれど。一ッの学校へ多分(たぶん)に出(だ)さずに。数軒(はう%\)へ少々(すこし)づゝ出(だ)した方(はう)が。貧民(ひんみん)の小童(こども)などの為(ため)にはならふかとそんずるて。吾輩(わがはい)が四五百(しこひやく)(きん)を費(つひや)して。三千万余の人民(じんみん)(ちう)に聊(いさゝか)でも文盲(もんもう)が寡(すくな)くなれば。学資(がくし)を出(だ)すなどは容易(ようい)なことではないかハヽヽヽ「イヤ各君(みなさん)もちと宅(たく)へお出必(かなら)ず馳走(ちさう)はいたさんよ。馳走(ちさう)はせんが川向(かはむか)ふが花盛(はなざか)りゆゑ。朝夕(てうせき)などの景色(けしき)はよふござるかならずお出なさいハヽヽヽ「いさゝかな金(きん)を出して学校(がくかう)が盛(さか)んになれば容易(ようい)な事(こと)さハヽヽヽ「モウ御暇(おいとま)を致(いた)さう。斯(かふ)酩酊(めいてい)して車(くるま)に乗(のる)と心持(こゝろもち)がよくないから。ぶら%\歩行(あるく)(はう)がよろしい。歩行(あるく)も可(よい)が。若(もし)途中(とちう)で鼻緒(はなを)が切(きれ)たらばどふ致(いた)さふかとそればつかりが大(おゝ)心配(しんぱい)さハヽヽヽ「学校(がくかう)の資金(しきん)(ぐらい)はいと易(やす)いわけさハヽヽヽ「必ず宅(たく)へ来(きた)るべしハヽヽヽイヤおやかましうござつた

  ○絃妓(げいしや)の化物(ばけもの)

〔年(とし)の頃(ころ)は三十あまり。中高(ちうだか)の嶋田(しまだ)に七ッ揃(ぞろへ)の珊瑚珠(さんごじゆ)の根(ね)がけ。金平戸(きんひらと)の銀(ぎん)かんをはすにさしこみ二くづしみぢんの南部(なんぶ)ちりめんの小紬(こそで)を重(かさ)ね。紺(こん)ちりめんの長襦袢(ながじゆばん)へ。白茶(しらちや)とぶどう鼠(ねづみ)と染(そめ)わけの半えりをかけ。黒(くろ)襦子(じゆす)と茶(ちや)はかたへ一本筋(いつぽんすぢ)の腹(はら)あはせの帯(おび)をお太鼓(たいこ)にしめ。焦茶(こけちや)の平(ひら)うち紐(ひも)の帯(おび)どめ。銀(ぎん)のいぶしの定紋(じやうもん)のかなもので。ちよきんと留(とめ)。金(きん)ぎれの袋(ふくろ)へ入た成田山(なりたさん)の御札(おふだ)をやつ口(くち)の所(ところ)へぶらさげ。奇功紙(きかうし)をちいさく切(きつ)てこめかみへ張(はつ)たるは二日酔(ふつかえい)の頭痛(づつう)と見へたり。ばらつく前髪(まへがみ)を鼈甲(べつかう)の櫛(くし)でおさへながら。左の手でかんざしをさしこみ〕 「アヽ草臥(くたびれ)ました/\。やつとの思(おも)ひでけふといふ今日(けふ)川崎(かはさき)の大師(だいし)さまお参(まゐ)りをして来(き)ましたが。真実(ほんとう)に汽車(おかじやうき)は速(はや)いねへ。午砲(どん)が響(なつ)てから余程(よつぽど)たつて。老母(おつかさん)がぐず/\してゐて昼飯(おまんま)にして夫(それ)から出(で)かけて。神籤(おみくじ)を頂(いたゞ)いたりなにかして。ゆつくり帰(かへ)ッて来(き)て。未(ま)だ日没(くれ)ないのですものを。ヲヤ誰(だれ)と往(いつ)たつてよふござゐまさァね。老母(おつかさん)と往ましたのさ。そんな御詮議(ごせんぎ)の御布告(ごふこく)は出(で)ませんよ。「誰(たれ)といつても私(わたし)なんぞのやうな。姥(ばゞあ)歌妓(げいしや)はどうでもいゝがサ。まァお聞(きゝ)なはいよ。お酌(しやく)の少女(たちあがり)がおぼこだ/\とおもつてゐるうちに。大鰡(おゝぼら)になつて肝(きも)の潰(つぶ)れた咄(はなし)ですよ。マア或(ある)(だん)那が舟(ふね)で梅荘(うめ)へおいでなすつた処(とこ)が。つい寒(さむ)いもんですからね。私(わたし)が大ぎまりに酔(きまつ)てしまつて前後忘却(へべれけ)になつたのをサ。なんぼなんでも。人(ひと)の前(まへ)もありますのにサ。ぢやらつきだして。づゝともふ膝(ひざ)に寄(より)かゝりか何かで。しやり/\してゐることゝいふものは恐入(おそれいつ)た嬢(こ)ですよ。夫(それ)から舟(ふね)のあがり際(きは)にまぜつかへして遣(やつ)た処(とこ)が。猫(ねこ)をかぶッて姉(ねへ)さんいやですよとか何(なん)とか。人(ひと)を白痴(ばか)にしたあんな達者(たつしや)なのが若(わか)いのにたんとありますから。応来(おうらい)芸者(けいしや)だ/\と。地獄(ぢご)同様(どうやう)におもはれるのは。一統(いつたい)の面穢(つらよご)しではァねハヽヽヽ。欲(よく)の世(よ)の中(なか)だからしかたがありませんねへ。戯(かまい)てもないからしかたもないが。わたし達(たち)の堅固(かたい)のも掾(えん)の下(した)の力持(ちからもち)で損(そん)ですねへ「ようございますよ。どうせ貴君(あなた)(がた)の御口(おくち)には勝(かな)ひませんよ。なんとでも仰しやいましよ。モウいゝかげんにして堪忍(かんにん)しておやんなさいよ。「誰(だれ)にそんなことをお聞(きゝ)なさいましたへ。孕而後(おみやげ)で。嫁(かたづき)ましたとへ。ヲヤどうしたらよからふ。お土産(みやげ)ならとんだ化(ばけ)の皮包(かはつゞみ)だねへハヽヽヽ

  ○半過通(なまぎゝ)人の化物(ばけもの)

〔年頃(としごろ)は廾七八真中(まんなか)から左右へわけたざん切(ぎり)(あたま)。着(き)つけは藍(あい)みぢんのだつそうちりめんの地のわるいゆゑ。一面に綿(わた)をすひだし雪(ゆき)の簑(みの)の様な上まへの膝(ひざ)のぬけかゝつた小袖(こそで)からは花色(はないろ)ちゝぶの白へりを取(とつ)たかと思ふやうに裾(すそ)の切(きれ)てゐる下へ金巾(かなきん)の白しやつを着込(きこ)み。仕立(したて)て売(う)る綿入(めんいり)の縞(しま)羅紗(らしや)の羽織(はをり)に八王子(はちわうし)(はた)のぐにや/\博多(はかた)の一の字つなぎの帯(おび)これも耳(みゝ)は一たいにすれてゐるを尻(しり)こけにしめ。金ぷらの小豆(あづき)(くさり)を時計(とけい)のあるべきところへかけ。金糸(きんし)(いり)のかます莨入(たばこいれ)の垢染(あかじみ)たるに洋白(やうはく)のなた豆烟管(ぎせる)をもち。襟(えり)にさしてある小揚(こやう)子で。ヂヤ/\音(おと)のするやうにたまつたきせるの〓(やに)をほじくりながら。〕
「どうも大(おゝ)御無沙汰(ごぶさた)をしやした。遊(あそ)ぶつもりでもないが。據(よんどころ)なく遊(あそ)ばされるに。閑(ひま)のないにはよはりやすよ。今日(けふ)も友人(いうじん)が根岸(ねぎし)の別荘(べつさう)で。煎茶(せんちや)を出(だ)すといふのが。去臘(きよねん)からの約束(やくそく)で。断(ことは)ることが出きねへから。往(いつ)て見た処(ところ)が骨董(こつとう)(るい)のみいかめしく陳列(ならべたて)て不馳(ふち)(そう)には驚(おどろい)たねへ。かんじんの主(しゆ)とすべき茗(ちや)が二三円にしか飲(のめ)ないから恐(おそ)れるのサ。私(わたし)などは勿体(もつたい)ないことだが。口(くち)が奢(おご)つて茶(ちや)(ばかり)は免道(うぢ)の山上(やまがみ)の蓮の白でなくてはのみやせん。扨(さて)(こま)るやつは菓子(くわし)さね。どうも有(あり)ふれた品(しな)ばかりで。藤村(ふじむら)や野村(のむら)といへども。凡庸(ぼんよう)の甘(あま)みでつまらねへ実(じつ)に喰物(くひもの)といふやつはむづかしいのさ。昨日(きのふ)も或(あ)る奴(やつ)に途中(とちう)で会(あつ)て。何所(どこ)でか夜喰(やしよく)といふ処(とこ)が。扨(さて)日本(にほん)橋もよりにもないねへ。中安(なかやす)。隅屋(すみや)。万林(まんりん)などが小酌(ちよつと)手軽(てがる)でいゝなどゝいふが。却(かへつ)てそんな所(とこ)は損(そん)だから八百善(やおぜん)(まで)(ゆく)こととしやうといつて。二人(にゝん)(びき)の車(くるま)に急(いそ)ぎましをはづんで浅草(あさくさ)(まで)(ゆく)と。向(むか)ふから熟(しつた)弦妓(げいしや)が三名(さんめい)(き)たのが今(いま)(あい)た処(とこ)だと言(いふ)に付(つき)(これ)をも卒引(いんぞつ)して。金竜山(ぢない)を抜(ぬけ)(ついで)に。六三郎へ預(あづけ)た盆栽(ぼんさい)の梅(うめ)が咲(さいた)かと立寄(たちよつ)たが。どうも培養方(やしないかた)は向島(むかふじま)の梅吉(うめきち)の方(はう)が上手(じやうづ)だね此(この)梅荘(ばいさう)て久(ひさし)く会(あは)なかつた。枕山(ちんざん)(おう)はじめ。柳圃(りうほ)。波山(はざん)。雪江(せつかう)などの諸(ちよ)先生(せんせい)が居合(ゐあは)して。幸(さいは)ひ此席(このせき)でちよつとした合作(がつさく)をやつてくれと乞(こは)れた処(とこ)が。文人者(ぶんじんもの)の中(なか)へ発句(ほつく)はうつらねへものだが其(そこ)を位置(いち)よくみせるには骨折(ほね)さ。どうか斯(かう)が筆(ふで)を揮(ふる)ッたが。書(かき)にくい絹(きぬ)でよはつたよ。是(これ)から。ヘヾライ子(し)〔写真師(しやしんし)(きた)(には)兎久波(つくば)〕の処(とこ)へ寄(よつ)て諸(しよ)先生(せんせい)と妓(ぎ)を硝版(おゝいた)へとらせやしたが。近日(きんじつ)(かみ)へ焦付(やきつけ)たのが出来(でき)たら献(けん)じやしよう。時(そこ)で時計(とけい)を見ると五時(ごじ)(すぎ)と来(き)てゐるから。諸(しよ)先生(せんせい)に別(わか)れて。又車夫(しやふ)に祝儀(しうぎ)を与(あた)への大急(おゝいそ)ぎで。八百善(さんや)(まで)はいつたが。もう何(なんに)もなしの御馴染(おなじみ)でないと御断(おことはり)と来(く)る景况(けしき)さ。当日(そのひ)は午(ひる)(まへ)(あ)る官員(くわんいん)五六(ごろく)(めい)と。築地(ちきぢ)の精養軒(せいやうけん)へいつて滋味(こつてりもの)で倦(うん)だところだから。淡薄(あつさり)した物(もの)でなければ食(いけ)ねへ処(ところ)さ。聊(ちつと)(き)がおけるが官員(くわんいん)(がた)とも懇意(つきあつ)て置(おか)ねへと周旋(しうせん)(すぢ)などを毎度(まいど)依頼(たのまれ)るが。そんな時(とき)に妙(みやう)な都合(つがふ)がありやす。「間話休題(それはさておき)八百善(やほぜん)の割烹(かつぽう)もあつさりした物(もの)の限(かぎ)りを何(なに)かと考(かんが)へた処(とこ)が。鯛(たい)の眼(め)(ばか)りの。潮汁(うしほ)はどうだ。大びねりだらうといふので。是(これ)から善孝(ぜんかう)と喜美(きみ)太夫(たいふ)をよびに遣(やつ)て大宴(おゝのみ)となつた処(とこ)が。眼斗(めばかり)のおかはり/\で。鯛(たい)が廿尾(にじうまい)あまりいつたそふだ。廿尾(にじうまい)以上(いじやう)の鯛(たい)が皆(みな)。真肉(しやうみ)は不用(ふよう)なうちが。愛敬(あいけう)があつたじやァねへか。時(よる)と隣席(となりざしき)に河竹(かはたけ)がゐて小便(せうべん)(じよ)で逢(あつ)て立ながらの話(はなし)に。新富座(しんとみざ)の替(かは)り目(め)に。何(なに)か新浄(しんじよう)璃理の所作(しよさ)を出(だ)したいが。何(なに)か新(あたら)しい条(すぢ)はあるめへかとの相談(さうだん)さ。直(すぐ)に考(かんがへ)た処(とこ)が或る翻訳書(ほんやくもの)の中(うち)に可笑(おかしい)(こと)があるのを。新(しん)浄璃理(じようるり)にしたらよからふと。おもふから近日(きんじつ)に又訳(やく)し直(なを)して。唄(うた)ひ物(もの)にして清元(きよもと)でやらせるつもりさ。「清(きよ)元の節付(ふしづけ)は家元(いへもと)のお葉(えふ)が妙(みよう)を得(え)たものさね。実(じつ)に才女(さいぢよ)さ晴湖(せいこ)先生(せんせい)に比較(ひかく)する女(ぢょ)丈夫(じようぶ)だ「お葉(えふ)にもいゝ唐棧(とうさん)を一重(いちまい)(おく)るつもりで久(ひさ)しい約束(やくそく)で丸忠(まるちう)などへも出(で)たら

挿絵 〈挿絵〉

(かた)り寄(よ)る春(はる)の雨夜(あまよ)の軒(のき)しづく落(おち)の来(く)るさへたまさかにして/軽々堂/惺々齋暁斎

見せろといつて置くが。いゝ縞柄(しまがら)の古(ふる)いものが。扨(さて)ないものでげす。着服(きもの)ぜいたくも凝(こり)だすと。際限(さいげん)がなくなるし。口(くち)は日増に奢(おこつ)て来(く)るので食(く)ふ物はなし。此節はなんだか世間が狭(せま)く見へて来(き)やした「然(それ)にぶら/\途(そと)を歩行(あるい)てゐると。友(いう)人や幇閑(とりまき)に会(あ)つて遊(あそば)せられるので。用(よう)が足(た)らねへから。遂(つひ)まァ世間(せけん)を狭(せま)くして隠(かくれ)て歩行(あるい)たり。馬車(ばしや)か人力車(じんりきしや)て飛(とば)せてあるくのさ。其故(せへ)か車(くるま)〓破(ずれ)で腰(こし)が痛(いたく)つてならねへから。近日(きんじつ)佐藤(さとう)先生(せんせい)か。松本(まつもと)先生にでも見て貰(もら)はにやァなるめへかと思(おも)ひやす「アヽ大(たい)そふ長話(ながばなし)をしやしたどれ帰宅(きたく)に及(およ)びやしやうか〔とあとさきもわからぬことをべちや/\しやべりながら立あがるひやうしに襟(えり)にかけてゐた鎖(くさり)がゆるんで懐(ふところ)からばつたりと落(おつ)るは時計(とけい)にはあらずして天保銭(てんぽうせん)なりなみ/\の人なればよほど赤面(せきめん)もするところをぐつと平気(へいき)なかほで〕「ヲヤ是(これ)は妙(みやう)だ。之(これ)はけしからぬ。怪有(けう)なことがあるものだ。横浜(よこはま)の商館(しようかん)から直買(すぐ)に引(ひき)とつた。金革(きんがは)龍頭巻(りうづまき)で二百円(にほん)ぢかく費(だし)た物(もの)が。天保銭(てんぽうせん)に化(ばけ)るとは妙(みやう)だ。どうも理(り)くつが解(わか)らない。ハテ奇(き)といふべしだ〔とひつくりかへしてよく見て考(かんが)へ〕「ハヽアよめた漸(やつ)と解(わか)りやした。先刻(さつき)根岸(ねぎし)の友人(いうじん)が。前(とう)から此(この)時計(とけい)を譲(ゆづ)れ/\といつて責(せめ)る処(とこ)が。是(これ)は妙(みやう)に合(あつ)てゐるから愛玩(あいくわん)して手放(てばな)さねへものだから。いつの間(ま)にか強奪(がうだつ)して百銭(ひやくせん)とすりかへの。跡(あと)から代金(あたひ)をよこす積(つもり)と見へる。わるい戯談(じやうだん)をするには困(こま)るよ。ほしければほしいとほんとうに話(はな)せばいゝに。是(これ)たから掘出(ほりだ)し物(もの)などをしても。皆(みな)(うば)はれるので恐(おそ)れるよ。到底(つまり)(ひと)の為(ため)に物(もの)を買(かふ)やうなものさ。時計(とけい)ばかりもこれで丁度(てうど)十八とられやした

  ○侠客(いさみ)の化物(ばけもの)

〔頭髪(あたま)はざんぎりがへりの。ひつゝめちよんまげ野郎(やらう)。二子織(ふたこをり)のらんたつの布子(ぬのこ)を二枚かさね。一ぺん水へはいつた薩广(さつま)の紺(こん)がすりの浴衣(ゆかた)と共(とも)に一所(いつしよ)(まへ)にあわせ。十六盤(そろばん)(ぞめ)の三尺(さんじやく)の上(うへ)へ花主(おたな)拝領(はいりよう)の大(だい)紋付(もんつき)の半天(はんてん)を三枚(さんまい)(かさ)ねてひつかけ。目くら縞(じま)の腹掛(はらがけ)股引(もゝひき)。大(おゝ)自慢(じまん)の鎖付(くさりつき)とも提(さげ)の莨入(たばこいれ)をいぢくりまはし。花会(はなぐわい)の義理(ぎり)に五十銭とられし水浅黄(みづあさぎ)の手ぬぐひを左の手に鷲(わし)つかみにして。究屈(きうくつ)そうに両股(りようもゝ)をあはせて。ほつたて尻(じり)にかしこまり〕「ヱヽ吾輩(わつちら)は如此(こんな)御座舗(おざしき)へ出(で)かけると。気(き)がつまつてネヘ困(こま)りきりまさァ。併(しかし)この節(せつ)はまァ旦那(だんな)(がた)のめへだが。殿様(とのさま)(がた)も吾輩(こちとら)も。官民(ぐいち)同権(さぶろく)といふんだそうだから。ざつくばれんな御話(おはなし)が。旦那(だんな)のめへだけれども。一月(いちげつ)出初(でぞめ)の階子(はしご)(のり)は御らん奉(たてまつ)りましたかもしらねへが。わつちらが組(くみ)が第一(でへいち)だつたねへ。旦那(だんな)(がた)のめへだが。組(くみ)でのつた跡(あと)てへもなァ見られたざまはねへんでがさァね。階子乗(はしごのり)にやァ実(じつ)に感心(かんしん)だといつて。警視官員(おやくにんがた)から戸長(とちやう)へお賞(ほめ)があつたそうだ「今日(けふ)は早天(あさつぱら)からの雨(あめ)で休(やすみ)だから。軍談(ひるせき)を聞(きゝ)やしたが。丸橋(まるばし)忠弥(ちうや)のやうな豪傑(えらい)やつでせへ。梯(はしご)ぶせにやァ勝(かな)はねへから何(なん)でも。梯(はしご)せへよくつかへりやァ。大盗賊(おゝどろほう)でもなんでも捕傅(ぶつたほ)されるから。階子(はしご)はかんじんさねへ「アノ忠弥(ちうや)なんぞもくだらねへことをしたのさねへ。兼(かね)て言合(いひあは)してある正雪(せうせつ)は。駿府(すんぷ)にゐて江戸のさはぎが今(いま)か/\と福禄寿(ほころこじん)のやうに首(くび)をながくして竢(まつ)てゐるに。かんじんの大将(てへしやう)が半狂気(はんきちげへ)となつたもんだから。当着(とうちやく)があはねへでかたでくだらねへネヘ「旦那(だんな)のめへだが。吾輩(わつちら)は元(もと)から旧弊(きうへい)根性(こんしよう)はねへから。徳川(とくがは)(さま)がひゐきだの。太閤(てへかう)(さま)が贔屓(ひゐき)だのといふ。差別(かべつ)はねへ。天下(てんか)は其(その)時々(とき%\)の廻(まは)り持(もち)さ。王政(わうせい)(ご)一新(いつしん)だつて西洋(せいやう)だつて。一連(いちれん)托性(たくしよう)だァ。所(ところ)へもつて来(き)て旧弊(きうへい)なやつらは種痘(うゑぼうさう)が嫌(きれ)へだの。牛肉(うし)は喰(くわ)ねへのといつて。西洋(せいやう)の唐人(とうじん)を忌(いや)がる奴(やつ)もあるが。おつゝかねへ話(はなし)だァ。旦那(だんな)のめへだが吾輩(わつちら)は疾(はやつ)から文明(ぶんめい)開化(かいくわ)さねへ。御嶽山(おんたけさん)の伺(うかゞ)ひに散髪(ざんぎり)は逆上(のぼせ)てよくねへといふから。又(また)野郎(やらう)になりやしたが。了簡(れうけん)はどこ迄(まで)も文明(ぶんめい)開化(かいくわ)さ「此(この)文明開化の難有(ありがてへ)(わけ)が一通(ひとゝほ)りでわかる奴(やつ)はねへやァ町内(ちやうねへ)にも軍談(こうしやく)でも聞(きい)て。為(ため)になることをする奴等(やつら)は。皆無(かいもく)ねへのさ。旦那(だんな)の前(めへ)だが。吾輩(わつちら)は定連(ぢやうれん)同様(どうやう)に往(いく)んで。伯円(はくえん)先生(せんせい)でも。燕林(えんりん)先生(せんせい)でも。心易(こゝろやす)くするからねへ。其上(それに)たまにやァ。説教(せつけう)なんぞも聞(きい)ておくから。ちつとは為(ため)にならァねへ。安寿(あんじゆ)の姫(ひめ)や対王丸(つちわうまる)が。同胞(けうでへ)を憐(あはれ)み合(や)ふ。憫然(かゑゝそう)なわけや。三荘(さんしよう)太夫(だいふ)が非道(むごい)(こと)をしやァがる所(ところ)をきくと。自然(しぜん)天然(てんねん)と為(ため)にもならあねへ「何(なん)だとへ。説教(せつけう)とは寺(てら)の僧(ぼうづ)がするんだとへ。なるほどそんなこともあるだらうよ。文明(ぶんめい)開化(かいか)でだん/\と和尚(ぼうさん)の頭(あたま)も。被廃(おはやし)になるそうだから。席(よせ)へでも出(で)ずは。喰殿(くうでん)建立(こんりう)に窮(こま)るのだらう

怪化(くわゐくわ)(ひやく)物語(ものがたり)上の巻了


高畠藍泉戯作 怪化百物語 二

怪化百物語(くわいくはひやくものがたり)(しも)の巻(まき) 轉々堂主人戲編

  ○書生(しよせい)の化物(ばけもの)

〔年(とし)の頃(ころ)は十七八。九州(きうしう)(へん)の出生(しゆつしやう)と見へて。西国(さいこく)(なま)りのふとき声(こゑ)。香水(かうすい)をつけて横(よこ)にかいたる散髪(ざんぎり)。真赤(まつか)なフランネルのチヤツへ紙(かみ)の襟(えり)を懸(かけ)(しろ)のめりやすの下ばき。藍(あい)弁慶(べんけい)の二子織(ふたこをり)の布子(ぬのこ)。白もめんのヘコ帯(おび)へ醤油(しようゆ)で煮染(にしめ)たやうな手(て)ぬぐひをはさみ。八丈もめんの書生(しよせい)羽織(ばをり)へ。銀(ぎん)ぷらの鎖(くさり)の紐(ひも)をつけ。爪先(つまさき)の摺(すれ)かゝりたるゴム靴(ぐつ)を履(はき)。揚弓場(やうきうば)のむすめから取上(とりあげ)たと見ゆる。銀(ぎん)の指輪(ゆびわ)をはめ。袂(たもと)の中(なか)で銭(ぜに)の音(おと)をがちや/\とさせながらおほまたにづか/\と出(で)て来(き)て〕「(ツデー。フアイン。ウヱザー。)〔今日はよい天気(てんき)といふことなり。生聞(なまぎゝ)につかふ英語(えいご)ゆへ大雨(おゝあめ)の夜(よ)にてもおなじやうなあいさつをする〕「唯今(たゞいま)(まで)沈黙(ちんもく)して。諸彦(しよげん)のお説(せつ)を聴(うかゞつ)たがどうも日本(につぽん)の開化(かいくわ)に進(すゝ)まざること。欧米(おうべい)諸洲(しよしう)に比(ひ)すれば及(およ)ばざること遠(とほ)がすなァ。如何(いかん)となれば皆(みな)こと%\く無用(むよう)の弁(べん)ばかりで。実地(じつち)有益(いうえき)な議論(ぎろん)などはちつともないなァ。左様(さやう)にむだな遊(あそ)び事(ごと)や。何(なに)やかや。考(かんがへ)る間(ひま)には善(よい)ことがいくらも考(かんがへ)られるわィ。譬(たとひ)ば此(この)土瓶(どひん)や。茶碗(ちやわん)やが其(その)(もと)は土(つち)をどうすれば。こんなに堅(かた)うなつて。画(ゑ)の模様(もやう)やなんどが焼付(やきつく)といふことに注目(ちうもく)すれば。皆(みな)人智(じんち)を増(まし)て。事物(じぶつ)を発明(はつめい)するの理(り)じやわイ。実(じつ)に日本人(につぽんじん)の愚鈍(おろか)なるには絶(たへ)んなァ。日本魂(やまとだましゐ)なんどといふことを殉(とな)ふるが。その日本(やまと)(だましゐ)といふことが。僕(ぼく)などには気(き)に入(いり)ませんがなァ。士(し)は己(おのれ)を知(しる)ものゝ為(ため)に死(し)すなどゝいふ。毛唐人(けとうじん)の悪弊(あくへい)を墨守(ぼくしゆ)してゐるが。文明(ぶんめい)の妨(さまた)げじや。動(やゝ)もすると君(きみ)の為(ため)に死(し)を軽(かろ)んずるなどといふて。貴重(きぢう)の生命(せいめい)を麁略(そりやく)に捨(すつ)るといふは楠氏(なんし)が湊川(みなとがは)の一戦(いつせん)に利(り)なきを以(もつ)て討死(うちじに)しおつたも。下男(げなん)の権助(ごんすけ)が。僅(わづか)に一円金(いちえんきん)を失(うしな)ふて。弁金(べんきん)するの目途(もくと)がなふて。首(くび)を縊(くゝ)りおるも同一(どういつ)の論(ろん)じや。瑣々(さゝ)たることの成(なら)ざるを憤(いきどほ)ッて死(し)ぬとは。至(いた)つて狭(せま)ひ愚(おろ)かな所存(しよぞん)じやなァ彼(か)の拿陂崙(なぼれおん)が数度(すうど)の苦戦(くせん)に及(およ)んだなんどは大(おゝ)い成(なる)ことじやあらう「イヤ僕(ぼく)も昨日(きのふ)は(ツンデー)〔日(にち)やう日を云〕ゆへ。早朝(さうてう)から同熟(どうぢゆく)の者(もの)と遊(あそ)び歩行(あるい)て午後(ごゞ)から洗湯(せんたう)にいつて楼上(にかい)で膝八拳(とうはちけん)をうつて大(おゝ)いに戦(たゝ)かふた所(ところ)は恰(あたか)も(セバストボール)〔魯西亜(おろしや)の属国(ぞくこく)の地名(ちめい)也〕を陥(おとしい)れたる勢(いきほひ)で大(だい)勝利(しようり)を得(え)て。時刻(じこく)のうつるを知(し)らんでゐたもんじやから。殆(ほと)んど八(はち)(じ)(ごろ)になつて大(おゝい)に空腹(くうふく)に及(およ)んで来(き)たによつて。湯屋(ゆや)の二階(にかい)の(ドートル)〔むすめをいふ〕を二名(にめい)同行(どうかう)して近所(きんじよ)の牛店(ぎうてん)に出(で)かけて。酒肴(しゆかう)を命(めい)じた処(ところ)が。其(その)(むすめ)(ども)が不開化(ふかいくは)な奴(やつ)で(ミート)〔牛肉(ぎうにく)を云〕を喰(くは)んといゝおるによつて。止(や)むを得(え)ずまた楼(ろう)を下(くだ)つて天麸羅屋(てんぷらや)に入(いつ)て。大(だい)愉快(ゆくわい)に及(およ)んだもんぢやから。今朝(こんてう)は忽(たちま)ち空嚢(くうのう)となつて。最(も)ふはや落城(らくじやう)に及(およ)ばんとする勢(いきほ)ひじやハヽヽヽ「昼飯(ひるめし)を反毛鶏(しやも)で喰(く)ふた会計(くわいけい)が。両人(りようにん)で一分(はうさん)三朱(せうへん)〔と云(いゝ)ながら。火鉢(ひばち)の灰(はい)へ横文字(よこもじ)の数字(かずじ)をかいて勘定(かんぜう)をしながら〕浴湯(にかい)の茶代(ちやだい)が弐(へん)朱と。それから牛店(ぎうてん)が方片(はうへん)ト。跡(あと)の酒食(しゆしよく)が四人(よにん)で。一円(ゑん)二分(にはう)未満(たらず)と。彼店(あそこ)は不廉(ふれん)じやなァ。彼是(かれこれ)で一円(いちえん)一分(はう)(よ)の割前(わりまへ)を費(つゐや)した。金談(きんだん)の策略(さくはやく)も尽(つき)はてたなァ「イヤヨイ/\。小本(こほん)の元明史略(げんみんしりやく)と。英和(えいわ)辞書(じしよ)を買(か)ふ者(もの)が有(あつ)たら。周旋(しうせん)してくれ給(たま)へ。実(じつ)に究(きう)したよ。漢籍(かんせき)の歴史(れきし)はなくもよいが。字引(じびき)は借(かり)てつかふては。実(じつ)に不自由(ふじゆう)ぢやが。勢(いきほ)ひ止(やむ)を得(え)ん。売(うら)ざることを不得(えざる)のじや。しかし又(また)。浩然(こうぜん)の気(き)をも折々(をり/\)(やしな)はんと愚(ぐ)になつて困(こま)る人智(じんち)は磨(みが)かねばならんさ。「ナニサ浴楼(よくろう)の婦(ふ)などに恋着(れんちやく)するわけではない。之(これ)も所謂(いはゆる)つき合(あひ)じや。僕(ぼく)が生涯(しようがい)の宿願(しゆくぐわん)は。海外(かいぐわい)留学(りうがく)の帰後(きご)は。君(きみ)も知(し)りたまふ。隣町(りんてう)の女学校(によがくかう)の助教(じよけう)になつた。お固(かた)なるものナ。如何(いか)なる造化(ざうくは)の神(かみ)の賜(たま)ものにしてあんな美人(びじん)が出来(でき)たなァ途中(とちう)などでアノ先生(せんせい)にゆき逢(あ)ふと。実(じつ)に春心(しゆんしん)発動(はつどう)して自(みづ)から制(せい)すること不能(あたはず)(スプリンアツプ)さハヽヽヽ「笑(わら)ひ給(たま)ふな。彼(か)の先生(せんせい)の美(び)なるを賞(しよう)すのは。独(ひと)り僕(ぼく)のみならず。十目(しうもく)の視(みる)ところさ。先生(せんせい)の美貌(びぼう)を。昨夜(さくや)同行(どうかう)した賎婦(せんぷ)などに比(ひ)すれば。豈(あに)(たゞ)霄壌(しようぢやう)のみならんや。「イヤ大(おゝ)いにむだ話(ばな)しをして。寸陰(すんいん)を惜(おし)むの時間(じかん)を費(つゐや)した。勉強(べんきやう)せぬと放遂(はうちく)じや。勉強(べんきやう)せねば。独(ひとり)(ぼく)一身(いつしん)の損耗(そんもう)のみならず。吾(わが)(はう)三千(さんせん)(まん)有余(いうよ)の人民(じんみん)(ちう)に於(おゐ)て。一人(いちにん)の尸位(しい)素粲(そざん)なるは。則(すなは)ち一国(いつこく)(ちう)の損耗(そんもう)じや。ドレ/\読書(どくしよ)の勉強(べんきやう)にかゝらうアヽ引〔と欠(あくひ)(のび)をしながら立て調子(てうし)のはづれた大きなこゑを出(だ)して〕「他年(たねん)風雨(ふうう)苔石面(たいせきのめん)。誰(たれか)(たいす)日本(につぽん)古狂生(こきやうせい)

挿絵 〈挿絵〉

表を動じて香路に満つ 歩を移して襪塵を生ず 惺々暁齋 別品女塾

  ○麥湯(むぎゆ)(をんな)の化物(ばけもの)

〔年頃(とし)は十九なれども。小(こ)つくりゆゑ十五年何ヶ月といふ程(ほど)に見へ。奇麗(きれい)といふ程(ほど)にはあらねども。ちよつと愛敬(あいけう)があつて片靨(かたえくぼ)の入(い)る。ぽつちやりした面(かほ)へ目鼻(めはな)のわからないほど。こて/\と白粉(おしろい)をぬりつけ。いてうがえしへ緋(ひ)のなまこしぼりの裁(きれ)をかけ。縁日(えんにち)で売(う)る珊瑚珠(さんごじゆ)の五分玉のかんさしへ。煎餅(せんべい)から出(で)た辻占(つじうら)を結(ゆ)ひつけ。役者(やくしや)の紋(もん)の花(はな)かんざしを前(まへ)へさし。金巾(かなきん)の地染(ぢぞめ)の鳴海(なるみ)の大形(おほがた)のしぼりの浴衣(ゆかた)。ちりめん呉郎(ごらう)の鼡地(ねづみぢ)へ友褝(いうぜん)の中形(ちうがた)の。色(いろ)のさめた帯(おび)をやの字(じ)にむすび。吹〓(ふきがら)の穴(あな)だらけな紺(こん)がすりの麻(あさ)の前垂(まへだれ)へ。緋(ひ)ぢりめんの午後(ごゞ)五時(ごじ)(ぐらゐ)な紐(ひも)をつけ。茜(あかね)木綿(もめん)の二布(ゆもじ)を長(なが)くひらつかせ。自分(じぶん)の名(な)を彫(ほつ)た銀(ぎん)の指輪(ゆびわ)と。書生(しよせい)の客(きやく)からもらふた。舶来(はくらい)の石(いし)の付(つい)たる指輪(ゆびわ)とを。左(ひだり)の指(ゆび)にならべてはめ。形(なり)不相応(ふそうおう)によいものは。藤畳(とだゝみ)(べう)なしの五分高へ焦茶(こげちや)天鵞(びらうど)の鼻緒(はなを)の駒下駄(こまげた)(たしか)に七十五銭以上と見へ。是(これ)はお客(きやく)に買(かふ)て貰(もら)ふたる也。近所(きんじよ)の茶屋(ちやや)の店(みせ)びらきの景物(けいぶつ)に出(だ)したる。うちわを手(て)にさげ。小楊枝(こやうじ)を口から出したり又入れたりして噛(かみ)つぶしながら。ベチヤ/\クチヤ/\引切(ひつきり)なしにしやべる。其(その)(ことば)の野鄙(やひ)にして世間(せけん)をしらぬさま実(じつ)に賎(いや)しむべくまた憐(あはれ)むべきなり。この麥湯(むぎゆ)連中(れんぢう)のむすめをさして。麥連(ばくれん)といふも尤(もつとも)ならん〕「今(こん)ばんはチヨイとさ一ぷくお上(あが)んなはいよ。御(お)(よん)なはいつたら。おかけなはいよう引「暑(あつ)いじやァありませんかねへ此二三日は甚(ひど)いんですねへ〔といゝながら朱(しゆ)らうの長(なが)ぎせるへ悪臭(わるくさ)い番(ばん)烟草(たばこ)を吸付(すひつけ)て出(だ)し〕「私(わちき)のやうに肥(ふと)つてゐるのは。猶(なほ)のこと暑(あつ)いんですよ何(どう)ヶ様(か)して疲(やせ)たいもんですねへ。「ナニ素(しろ)いことがあり升(ます)もんか毎夜(まいばん)(つき)に焦(やけ)て真黒(まつくろ)ですよ。過刻(さつき)も左団次(さだんじ)さんと家橘(かきつ)さんが通(とほ)りましたが。徘優(やくしや)(し)は素面(すがほ)でも奇麗(きれい)ですねへ。よく見てゐると恥(はづ)かしくなりますは。アノチヨイト芝居(しばや)へ御出(おいで)なはいましたか。彦三郎(ひこだんな)が大(たい)そふ能(よう)ございますとさ。私(わちき)なんぞは見物(けんぶつ)どこぢやァありません。モウ内(うち)の芝居(しばや)でたくさんですよ。仰願(どうぞ)(ご)一所(いつしよ)に往(いき)たいもんですよ。ぜひねへ。きつと連(つれ)て往(いつ)て下(くだ)はいよ。アノ安上(やすあが)りで喜昇座(きしようざ)か中島座(なかじまざ)がいゝぢやァありませんか「手掛(てのごひ)をお絞(しぼ)んなはるなら。お出(だ)しなはいよ。汲立(くみたて)の冷(つめ)たい水(みづ)がありますからさ。ヲヤ此(この)手掛(てのごひ)の好風(いき)でいゝこと。〔有(あり)ふれたるめづらしくもなんともなき形(かた)を見てぎよう/\しくほめる〕「チヨットサ枝豆(えたまめ)を少(すこ)しお買(かい)なはいよ。アノ茹(うで)鶏卵(たまご)もお買(かい)なはいな。焼酎(しようちう)を上(あが)るんですかへ直(なほ)しの方(はう)が甘(あま)くつていゝぢやァありませんか。モツ卜何(なん)か上(あが)るんですか。そんならお鮨(すし)にしましようか。お鮨(すし)なら此所(こゝいら)のはおよしなはいよ。ぢきに向(むか)ふの入舟町(いりふねちやう)においしいのがありますはそして安(やす)いんですは。此所(こゝ)のは一(ひと)ッ六厘(ろくじう)ヅヽで。入船町(いりふねちやう)のは五厘(ごじう)ヅヽでゐて。大きいんですは。お鮨(すし)では朧(おぼろ)と鋸鯣(かんなずるめ)が第一(いつち)うまいと思(おも)ひますは。イツソお鮨(すし)はよして冷麦(ひやむぎ)でもいつてお上(あが)んなはいな。天麸羅(てんぷら)も旨(うま)いねへ。ソシテ帰路(かへり)に席(よせ)へ行(いき)たいねへ。横町(よこちやう)へ円朝(えんてう)が出(で)ますは。仲(なか)の町へは此頃(こないだ)(まで)和国(わこく)太夫(だいふ)が出(で)ましたが。換(かは)つてから何(なに)が出(で)ますかしりません「なんですとへ帯(おび)が汚(よご)れて穢(きたな)くつてもしかたがありません。人(ひと)を馬鹿(ばか)にした。きたなくッてわるきやァ買(かつ)ておくんなはい。私(わちき)は何(なに)がいゝは。アノウ引小倉(こくら)と紺呉郎(こんぐらう)の縫合(はちあは)せがほしいは。夜(よる)はとんと博多(はかた)のやうに見へますは「なんですへ。ソリヤアどふせ左様(さう)ですのさ。芸妓(げいしや)だつてひとつは形(なり)でおどすんてすよ。ヘヱ芸妓(げいしや)だつて此辺(こゝら)には不醜(ろくな)のはゐませんは〔といゝながら小声(こごゑ)にて角力(すまふ)ぢんくをうたふ〕「安(やす)い芸者(げいしや)と素人(しらうと)角力(すまふ)。はやく転(ころ)ぶに落(おち)が来(くウ)るカネ「ヲヤおづるさん何処(どこ)へ。昨日(きのふ)は恵手吉(ゑてきち)さんといつしよに。鯲屋(どぜうや)にお出(いで)だね。御(ご)愉快(ゆくわゐ)だねへ。チヨツトお聞(きゝ)よ。昨宵(ゆふべ)の私(わちき)のお客(きやく)といふものは無類(なかつた)よ。づぶろく酔(よつ)て来(き)て。しつゝこくッて/\て。人(ひと)が鳥渡(ちよつと)睡眠(いねむり)でもすると。鼻(はな)をつまんだり耳(みゝ)をひつぱつたりして。ホンニ気障(きざ)だつちやァなかつたよ。そのくせ皃(かほ)だちも小(こ)ぎれいで。小好風(こいき)な形(なり)をしてゐやァがるくせに。生聞(なまぎゝ)だつちやァならねへよ。一寸(ちよつと)見た処(とこ)は。アノ浜(はま)へゐつてる姉(ねへ)さんの。先(せん)の夫(てつし)にどこか似(に)てゐるやうさ。姉(ねへ)さんも此(この)(くれ)あたりには帰京(けへり)ますは。いつがいつ迄(まで)も洋客妾(らしやめん)をしてゐたつて。此頃(このごろ)の洋人(とうじん)は人(ひと)がわるくなつてゐるから。貨幣(おかね)をたんとくれるといふわけでもなし。もふいゝかげんに切上(きりあげ)て帰(かへ)るといつてゐますは。アノ姉(ねへ)さんも苦労(くらう)して大そふ疲(やせ)ましたは。嗟(あゝ)(それ)も是(これ)も情郎(いゝひと)の為(ため)にでもするんだといゝけれども。おつかはんが継母(べつ)だもんだから。私(わちき)でも姉(ねへ)さんでも。皆(みんな)(おや)のために。こんな容体(ざま)ァしてゐるんではァねしみ%\いやになるねへ。〔と溜息(ためいき)をついて又ぎやう/\しく〕「オヤ左(ひだり)の耳(みゝ)が痒(かい)いは吉事(いゝこと)でもきくと見へる。今夜(こんや)らは彼(いつ)(けん)が。来(く)るかも知れないよ。「オヤいやですよ。情夫(いゝひと)なんぞがあるくらいなら。如此(こんな)苦労(くらう)はしませんよう引。〔と膝(ひざ)こぞうを出(だ)して立ながら足(あし)をぼり/\掻(かい)ておほごゑに〕「なんですとへヲヤそんなことは知(し)りませんよう引

  ○若商(わかだんな)の化物(ばけもの)

〔年頃(としごろ)は二十六七まつ青(さを)な野郎(やらう)あたま。色白(いろじろ)でひんなりしたいゝ男なれども。俗(ぞく)にわるくいへばお平(ひら)の長芋(ながいも)などゝいふ。うまみのなきかほだちにて古渡(こわた)りの唐桟(とうざん)の麥藁(むきわら)(で)の小袖(こそで)に。対(つひ)の羽織(はをり)の胴裏(どううら)へ時代(じだい)の萌黄(もへぎ)どんすをつけ。是(これ)は能(のう)衣裳(いしよう)の古裂(ふるきれ)と見へたり。下着(したぎ)も古渡(こわた)りの更羅紗(さらさ)へ。中形(ちうがた)ちりめんの胴抜(どうぬき)二枚(にまい)を重(かさ)ね。いづれも長(なが)めに仕立(したて)て。立(たて)ばかゝとを隠(かく)し茶(ちや)の献上(けんじやう)はかたの巾(はゞ)のせまい帯(おび)。ぴか/\光(ひか)るきれの薄(うす)つぺらな紙入(かみいれ)を。四色染(よいろぞめ)の麻岡(まをか)の手ぬぐいで巻(まい)て懐中(くわいちう)し金(きん)無垢(むく)の目貫(めぬき)のかな物(もの)の付た。印伝(いんでん)の莨入(たばこいれ)へ五分玉の珊瑚(さんご)の緒(を)じめ。極(ごく)(こま)かい一楽(いちらく)の下を半分(はんぶん)(ぬつ)て。泰真(たいしん)の蒔画(まきゑ)をした腰(ごし)ざしの筒(つゝ)へ付(つけ)。銀(ぎん)と鉄(てつ)と張分(はりわけ)へ象眼(ぞうがん)で古代(こだい)(がた)のあるきせるで薄舞(うすまい)のたばこを

挿絵 〈挿絵〉

夏の月蚊を疵にして五百両 其角 惺々暁齋

(のみ)ながら。色身(いろみ)で首(くび)をふりながら咄(はな)す是(これ)をきどりやと唱(とな)へて売婦(くろうと)にはとんと好(すか)れぬ風(ふう)也〕「マアお聞(きゝ)なさい。商法(しやうほう)といふもの斗(ばか)りは眼先(めさき)が見へねへぢやァいけませんねへ。マア御(お)心易(こゝろやす)い貴君(あなた)(がた)だから御(お)(はな)し申ますが。マア私(わたくし)がこうして遊(あそ)んで斗(ばかり)歩行(あるい)てゐるやうですが。此間(このうち)に贏(まふか)る金(きん)が方今(けふび)じやァ一日に三十円(さんじう)(ぐらゐ)は輸入(はいり)ますのさ。人さまはよく商法(しやうほう)で損(そん)をした/\とおつしやるが。到底(つまり)眼先(めさき)の見へないのでござります。譬(たと)へ士族(しぞく)方がどんなに不馴(ふなれ)で商法(あきなひ)が下手(へた)だといつたつて。なんだつて元直(もとね)壱銭(ひやく)で受(うけ)て来(き)たしろ物(もの)を八厘(はちじう)や九厘(くじう)で売(う)る筈(はづ)はございませんは。夫(それ)だからどうしても贏(まふ)かるに違(ちが)ひないのだけれども。失礼(しつれい)ながら資本(しほん)の不足(ふそく)のかたなんどが。見込(みこみ)の悪(わる)い売口(はけくち)の遠(とほ)いものを仕入(しいれ)たり何かなさるもんだから。売物(しろもの)は動(うご)かず屓債(しやくきん)には逼(おは)れると来(き)てゐるから。そこで贏(まふけ)も資金(もとで)もみんな喰込(くひこん)でおしまいなさるから。終(つひ)には大(おゝ)瓦解(がかい)となつたり。甚(ひど)いのは身代(しんだい)(かぎ)りなんどとなるといふものが。商法(しようほう)に無理(むり)があるからさ。其無理(むり)といふのが。何だといふと資金(もとで)のつゞかないのと眼先(めさき)の見へないのばかりさ。商(あきなひ)といふやつは。盛(さかん)に売(うれ)る時も。また無皆(がつくり)(ひま)なこともありますが。該時(そこ)を自若(じつと)して落着(おちつい)てさへゐれば。又(また)景况(けいき)が立直(たてなほ)るもんでございますのさ。なんでも気(き)を揉(もん)じやァいけませんよ又(また)(きん)があつた処(ところ)が強欲(わるよく)をかはいて。高利(かうり)なぞに廻(まは)して流行(りうかう)の俄(にわか)豪富(かねもち)にならうとした所(ところ)が。やつぱり目的(めあて)が悪(わる)いと損(そん)(ばか)りしますのさ。私(わたくし)なんども金(かね)といふ程(ほど)もありませんが。用達(ようだつ)てやる時(とき)にやァ。きつとした抵当(ひきあて)(もの)を取(とつ)て置(おき)ます。不動産(ふどうさん)なら猶(なほ)(たしか)さ。夫だからマア損耗(はづし)つこはありませんのさ。北廓(なか)や。柳橋(やなぎばし)。金春(こんぱる)あたりでチツト評判(ひやうばん)をされる程(ほど)の游(こと)なんぞをしても。元(もと)が贏余金(あぶく)だから。商業(みせ)へさはるやうなことはマアありませんのさ。夫に他客(ひとさま)の如(やう)に是非(ぜひ)。アノ妓(こ)を。どうかしなければならない。なんのといつて無理(むり)な御(ご)散財(さんざい)なんぞを被成(なすつ)たり何(なに)かする旦那(だんな)(あそ)びをしませんから慥(たしか)さねへ。私(わたくし)なんぞに応来(おうらい)をいふのは。妓方(あつち)でもチツト道楽(だうらく)の方だから。いつでも散財(さんざい)はいたつて軽少(けいせう)でございますのさ。雖然(それだ)といつて。果敢(はか)ない家業(かげう)の婦(もの)に。身上(みあが)りをさせて情夫(いろをとこ)がつた所が。はきともしない伎(げい)だから。それ相応(さうおう)の散財(さんざい)はしてやりますが。さていつでも出来(でき)るものとなつてゐて見ると。気(き)ももめないかはりに。面白(おもしろ)みもありませんのさ「御(ご)戯談(じようだん)を仰(おつ)しやいますな何(なに)もおごるどこではござりません。ナニ奇麗(きれい)なことがありますものか〔などといゝながら男(おとこ)自慢(じまん)ゆへ実(じつ)は極(こく)うれしいの也〕此節(このせつ)は毎日(まいにち)商用(しようよう)で。走(かけ)あるいて斗(ばか)り居(おり)ますから。大そう日(ひ)に焦(やけ)ました。男(おとこ)で色(いろ)が出来(でき)るやうに美麗(きれい)だとよふございますが。今時(いまどき)の色情(いろ)は九分(くぶ)九厘(くりん)。金(きん)の力(ちから)でございますのさ。「ダカラなんでも商業(かげう)を身(み)に入て。金(きん)をこしらへなくてはいけません。今暁(けさ)も横港(はま)から帰(かへ)つて来(き)た斗(ばかり)で。又(また)(ばん)に八時(はちじ)の発車(くるま)で出(で)かけなければなりません。実(じつ)に家業(かげう)は苦(くる)しまなければなりませんよ「ヲヤ/\。是(これ)は意外(とんだ)(とこ)て御目(おめ)にかゝりました。ヱヽ何(なに)は何(なん)でございました。疾(とう)に何(なん)しなければならないのでしたが遂(つい)(なん)だつたもんでございますから。どうぞまァ。イヱ/\どう致(いた)して。御(ご)無沙汰(ぶさた)をするわけではごさいませんが実(じつ)は店(みせ)の者(もの)がちと一口(ひとくち)に大(おゝ)きな買入物(ひきとりもの)をいたしましたゆへ。大手(おゝで)を広(ひろ)げ過(すぎ)たとこからツイ延引(ゑんにん)になりましたのさ。明日(あした)は是非(ぜひ)お宅(たく)へ上(あが)ります。何(なに)サ差支(さしつかへ)はございませんが。些(ちと)手都合(てぐり)がありましたもんだから。兎(と)も角(かく)も明日(あした)は急度(きつと)イヱ/\お出(いで)がなくとも此方(こちら)から私(わたくし)が出(で)ます。ナニサ別段(べつだん)(みせ)の者(もの)へお咄(はな)しがなくつてもようございます。何(なに)サ/\わたくしがどうこうといふ訳(わけ)ではない。全(まつた)く店(みせ)の者(もの)が不行届(ふゆきとゞき)でございます。数回(たび/\)(ご)ぶ約束(やくそく)をするといふわけではございません必(かならず)ともあしからず「ヲヤ/\/\是(これ)は又(また)。とんだ所(とこ)で姥(ばゞあ)絃妓(げいしや)につかまつた。ナンダへ。此間(このあひだ)八百松(やほまつ)へ泊(とま)つた時(とき)。夜中(よなか)にお助(すけ)ぼうに声(こへ)を立(たて)られたとへ。イヱ/\そんな外聞(かいぶん)の悪(わる)いことがあるものか。夫(それ)は必(かならず)。人(ひと)(まちが)ひ/\大(おゝ)間違(まちがへ)な話(はなし)だ「尊君(あなた)の方(はう)へは間違(まちがへ)は致(いた)しません。明日(あした)こそは無相違(さういなく)(あが)ります「憚(はゞかり)ながら強淫(がういん)どうやうなことなんぞを。仕損(しそこ)なふものか。私(わたし)じやァなからう嘘(うそ)/\「イヱ此度(こんと)は決(けつし)て虚言(うそ)は申上(もふしあげ)ません「向島(むかふじま)へいつたといふのが嘘(うそ)だ間違(まちがへ)だともふしたのさ「イヱ出(で)ますといつたら必(かならず)(あが)りますのさ。そんなにしつゝこく。念(ねん)を押(おさ)ないでもいゝじやァありませんか〔と面(かほ)は真赤(まつか)になりちつとむつとして〕「モウいゝ加減(かげん)になさいましな。お返金(かへし)(もふし)さへしたら。ようございませう。何虚(なにうそ)をつきますもんか。高(たか)が拾五(じうこ)(りやう)ばかりだァ。

挿絵 〈挿絵〉

いさよふて見てたのしむか猫の恋 藍泉/惺々暁齋

(ひと)を白痴(ばか)にした「この婆(ばゞ)ァも無言(だま)りやァがれ。外聞(げへぶん)が悪(わる)い。今(いま)(それ)どこじやァねへやァ。屎(くそ)を喰(くら)へ面白(おもしろ)くもねへッ「返(けへ)(し)せへすりやァ言分(いゝぶん)はなからう〔と右左(みぎひだり)より敵(てき)をうけ。今(いま)までしやべつた。大言(おゝたば)の顕(あらは)るゝに腹(はら)をたち。筋(すぢ)だらけになり。大(おゝ)きな声(こへ)をして〕「ヱヽ不解(わから)ねへ畜生(ちくしよう)めらだ〔と堪忍(かんにん)ぶくろの緒(を)を切(きつ)て。握(にぎ)りつめたる襷(こぶし)をふり上れば此(この)(ざ)に居合(ゐあは)す。化物(ばけもの)たち。みな一同(いちどう)におしへだてて〕「コレハしたりマア/\静(しづか)に「あぶない/\「マア下(した)にお出(いで)なさいましと。立(たち)騒動(さは)ぐ時(とき)。座中(ざちう)に釣(つゝ)たる。ランプに八打撞(ばつたりつき)あたれば。硝子(がらす)は砕(くだけ)て散乱(さんらん)し。灯(あかり)は消(きへ)て又(また)(もと)の。黒暗(まつくら)がりとなるかと思(おも)へば。是(これ)宵寝(よひね)せし此家(このや)の主人(あるじ)。開化(かいくわ)(や)(すゝむ)が夢(ゆめ)にして身(み)は冷汗(ひやあせ)に浸(ひた)されツヽ臥房(ふしど)の内(うち)に在(あり)ながら。四壁(あたり)を顧(みれ)ば床(とこ)の間(ま)の小架襖(ぢぶくろ)の棚(だな)の上(うへ)に。午前(ひる)(き)し客(きやく)の遺失(わすれ)たる。手掛(てぬくひ)。烟管(きせる)。莨入(たばこいれ)。其(その)(ほか)種々(しゆ%\)の品々(しな%\)を載(のせ)(おき)たりし其(その)(もの)に。該(その)持主(もちぬし)の霊(みたま)を停(とゞめ)て。斯(かゝ)る奇怪(きくわゐ)を顕(げん)ぜしか。将(は)た商業(なりわひ)に精神(しんき)を労(らう)す。妄想(もうぞう)より見(み)し虚夢(きよむ)なる歟(か)。眼(め)は覚(さめ)たれど猶(なほ)(さめ)ず。正(まざ)%\見たる夢裡(ゆめのうち)の。妖魔(おばけ)は枕辺(そこ)に在(ある)が如(ごと)く。審(いぶか)しきこと限(かぎ)りもあらねば。忙然(ぼうぜん)として起出(おきいづ)るに。鐘声(しようせい)(ひゞ)き。鶏(けい)(あ)(な)き天(よ)は朗晴(ほがらか)に明(あけ)にけり。

総評(さうひやう)

開化(かいくは)(や)の主人(あるじ)(すゝむ)。熟々(つら/\)顧慮(おもへ)らく。言行(げんこう)一致(いつち)ならざるは。俗間(ぞくかん)の通情(つうじやう)なるべし。譬(たとひ)ば。殿様(とのさま)の化物(ばけもの)が学校(がくかう)に資金(しきん)を納(いれ)て。幼童(えうどう)婦女子(ふぢよし)を教(おし)へ導(みちび)き。人智(じんち)を開(ひら)かしむることを殉(となへ)ながら。単身(ひとりみ)にして絃妓(けいしや)の自宅(うち)に到(いた)るは。需(もとめ)て狐窟(こくつ)に陥(をちいる)が如(ごと)く芸妓(げいしや)の化物(ばけもの)が。品行(ひんこう)の賢貞(けんてい)なるに誇(ほこ)るも。土産(おみやげ)の化(ばけ)の皮(かは)に猫尾(しつぽ)を露(だ)し。半過(はんくは)先生(せんせい)の化物(ばけもの)が万能(まんのう)に達(たつ)して。百般(ひやくぱん)の事(こと)に流通(るつう)せしも。辰器(とけい)の天保銭(ひやくせん)に。語(ご)(ふさ)がらんとす市虎(いさみ)の職人(しよくにん)の化物(ばけもの)が急進(きうしん)も。神慮(しんりよ)に托(たく)す験者(げんじや)の虚言(きよげん)を信(しん)じて結髪(けつぱつ)したるに興(きよう)(さめ)たり。書生(しよせい)の化物(ばけもの)が。西洋(せいやう)各国(かくこく)の文明(ぶんめい)に比(ひ)して吾那(わがくに)の俗客(ぞくかく)の未開(みかい)なるを嘲笑(あさけ)り。専(もつぱ)ら学事(がくじ)に勉励(べんれい)する旨(むね)を主張(しゆちよう)しツヽ。裸躰(はだか)で拇(けん)の輸贏(まけかち)を競(あら)そひ賎婦(せんぷ)を誘引(いざなふ)て酒食(しゆしよく)に耽(ふけ)り。女黌(によかう)の教師(けうし)に懸恋(けんれん)する等(とう)の。行(おこな)ひ正(たゞ)しからざれば。学業(がくげう)も亦(また)(すゝ)み難(かた)かるべし。麥湯(むぎゆ)(みせ)の少女(むすめ)の化物(ばけもの)は。孝(かう)の為(ため)に媚(こび)を呈(てい)す苦身(くしん)を歎(たん)じて。却(かへつ)て浮薄(ふはく)多情(たじやう)。恥(はぢ)を知(し)らざるを悟(さと)らず。商賈(あきんど)の若息(むすこ)の化物の豪富(かねもち)と美貌(いろおとこ)も。忽地(たちまち)に説破(ときやぶ)られて覆(おゝ)ひ隠(かく)すこと能(あた)はず。如斯(かくのごと)き大言(たいげん)を吐(はく)ものを東京(とうけい)の通語(つうご)に過(くわ)を云(いふ)とす。蓋(けだ)し其(その)分限(ぶんげん)に過(すぎ)たる謂(いゝ)(か)。出過(ですぎ)の過(すぎ)の字(じ)は則(すなはち)。過(あやまつ)と読(よ)む。之(これ)(こと)を誤(あやま)ち。身(み)を錯(あやまつ)の基(もと)ひ。聖人(せいじん)も過(すぎ)たるは猶(なほ)不及(およばざる)がごとしと云(いへ)り。之(これ)を慎(つゝし)めや。行(こう)と。言(こと)とは。同(おな)じからずんばあるべからざるなり。

怪化百物語(くわゐくはひやくものがたり)(しも)の巻(まき)

刊記

明治八年五月十八日官許
     〔第一大区十五小区木挽町二丁目五番地  編集者 高畠藍泉
      第六大区八小区南本所石原町七拾五番地 出版人 井上定保〕【国会本のみに存】

恠化(くわゐくわ)百物語(ひやくものがたり) 全二冊

此書(このしよ)は去年(こぞ)の冬(ふゆ)(ね)られぬまゝに反古(ほご)の端(はし)に記(かき)つけ置(おき)たるを友人(いうじん)井上(ゐのうへ)ぬしが奪(うば)ひ去(さり)て浄書(しやうしよ)し挿絵(さしゑ)をさへものして携(たづさ)へ来(き)つ梓(あつさ)に上(のぼ)さんと只顧(ひたすら)に請(こ)へとも斯(かゝ)る拙(つた)なき戯謔(わざくれ)を世(よ)に著(あらは)すへうもあらねば再三(さいさん)(じ)すれども尚(なほ)(せち)に需(もと)むるに任(まか)せて承諾(うけかひ)しが此頃(このごろ)准許(みゆるし)を得(え)て刻成(こくなり)て閲(けみ)すればいよ/\額(ひたひ)に汗(あせ)する事(わざ)になん 藍泉識

   芝三しま町  和泉屋市兵衞
東京 通りあぶら町 藤岡屋慶次郎
   馬喰町二丁目 森 屋治兵衞
書林 同    町 山口屋藤兵衞
   両國よし川町 大黒屋平 吉

# 『怪化百物語』
# 新日本古典文学大系《明治編》1『開化風俗誌集』(岩波書店、2004/02/26)所収。
# ただし機械可読テキストでは、通行字体に直した活字本に対して、可能な限
# り原本の表記に近付けています。また図版も表紙を含めてカラーで掲載して
# あります。
# 一部訂正 2004-02-28 (鈴木健一氏に感謝)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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