『八犬義士誉勇猛』−解題と翻刻−
高 木  元

【解題】
 ここに紹介する『八犬義士誉勇猛(はつけんぎしほまれのいさほし』は、焉馬が『八犬伝』の発端部を浄瑠璃化したものである。曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』には様々の影響作や抄録本が備わっているが、テキストのみならず歌舞伎をはじめとする様々の芸能にもその跡をたどることができ、本作もその中の一つといえよう。
 さて、作者の立川焉馬は二代目の焉馬。江戸南町奉行与力を遊蕩のため退き、文政十一年に焉馬を襲名、五側の狂歌作者であり、天保年間に多くの劇書を書いている。猿猴坊月成と称して多くの春本を書いたり、相撲の行司をつとめたりと多芸であった。
 画工の豊国は三代目の歌川豊国。版元の文亀堂・伊賀屋勘右衛門は古くから活躍していた地本問屋で、天保改革の後も営業を続け、豊後節浄瑠璃の板元、常磐津方であった。転宅を繰り返していたが神田鍛冶町へ移ったのは嘉永頃か。
 折しも嘉永五年、江戸市村座の春狂言で「里見八犬伝」が上演されたが、本書の刊行年について向井信夫氏は「四世文字太夫の豊後大掾受領が嘉永四年暮であり、改印が名主の二印のみであるところから、刊年のないこの本の刊行は嘉永四年中と推定して誤りない」(「嘉永五年里見八犬伝上演の周辺」『江戸文藝叢話』所収、八木書店、一九九五)とされ、さらに役者似顔について「豊後大掾の父は初代市川男女蔵だが、口絵の犬田小文吾が既に天保四年に歿したこの男女蔵の似顔になっているのは豊後大掾の注文であろうか。その他の似顔は信乃はここでも八代目団十郎、里見義実は長十郎、伏姫はしうかとなっている。」と記されている。
 なお、『常磐津全集』(日本音曲全集刊行会、一九二七)所収の本書は、かなり恣意的に表記を変更しているのみならず、口絵挿絵が省かれた再刻本を底本として用いているようだ。さらに解説で「嘉永五年一月市村座で『咲梅の八房』と題して富本豊前掾が語つたものを、明治二十二年三月中村座で上演の際常磐津に付直したものである。中村福助(今の歌右衛門)の伏姫、故中村芝翫の里見義実といふ配役で、小文字太夫が林中と改名した時の記念浄瑠璃あつた。」と記されているが、記述の根拠は未詳である。

【書誌】
表紙 半紙本(二十二・七糎×十五・九糎)一冊、題簽中央「八犬義士誉勇猛」(十五・五糎×三糎)
見返 「常磐津豊後大掾直傳/香蝶樓豊國畫」「著述は曲亭馬琴/八犬義士譽勇猛(はつけんぎしほまれのいさほし)/浄瑠璃は立川焉馬」「文亀堂 [文亀堂之記]」
丁付 ノド「八犬義士壱〜四」「八犬義士壱〜十九了」+ 半丁、計二十三丁半。
序文 年記なし、「立川焉馬」
口絵 見開き三図(板彩色)
目録 「著讀本は曲亭馬琴/浄瑠璃は立川焉馬」「八犬義士譽勇猛」「大序 富山の段/二段目 大塚の段/三段目 行徳の段」「應需 豊國画」
内題 「著讀本(よみほん)は曲亭馬琴/浄瑠璃(じやうるり)は立川焉馬 八犬義士誉勇猛(はつけんぎしほまれのいさほし)」「常磐津豊後大掾直傳」
改印 「馬込」「濱」(壱丁表)
挿絵 見開き二図(板彩色)
刊記 「正本版元江戸 地本/問屋 神田鍛冶町弐丁目 いがや勘右衛門 [伊]」
諸板 口絵と挿絵の板彩色を略した後印本が広く流布している。一方、同題の再刻本(被彫にあらず)がある。やや小さい半紙本(二十一・四糎×十四・一糎)上下二冊、浅縹色無地表紙、外題「八犬義士誉勇猛(はつけんぎしほまれのいさほし) 上(下) 常磐津女字太夫直傳/正本所 坂川平四郎」、刊記「正本版元東京 地本/問屋 上野廣小路元黒門町壱番地 さか川平四郎板 [坂]」。見返・序・口絵・目録・挿絵を省き新刻したもので、上冊九丁、下冊八丁半。

【凡例】
一、可能な限り原本の表記に忠実に翻刻するようつとめた。
一、ただし読みやすさを考慮して、原文には用いられていない句読点を施した。
一、明らかにカタカナの意識で用いられていると思われる箇所以外は平仮名で表記した。
一、丁移りは」で示し、各丁裏に」15ウのように丁付を示した。
一、表紙、見返、口絵、挿絵等はすべて図版を掲載した。
一、参考のために再刻本(架蔵本)の表紙、冒頭部、刊記の図版を掲載した。
一、底本には名古屋市蓬左文庫蔵の初板本を用い、架蔵の再刻本を対校本として使用した。
一、なお、サイト掲載に際して図版の底本には個人蔵本を使用した。

【翻刻】

〈表紙〉

表紙  表紙
八犬義士誉勇猛           【再刻本表紙】


〈見返〉

 常磐津豊後大掾直傳
     香蝶樓豊國畫
著述は曲亭馬琴
 八犬義士誉勇猛(はつけんぎしほまれのいさほし)
浄瑠璃は立川焉馬
                 文亀堂 [文亀堂之記]

見返・序

〈序〉

春たつ日、常磐津のあるじ、我か庵に来りて云ひ出けるは 今よりみとそぢあまり六つ七つも先つとし、曲亭うしの あらはせし里見八犬傳は、みぞうの作りざまなれば、はやくも 人の世にもてはやしつゝ、年毎にまきをつぎて、 もゝ巻の上を越え、よりてふこのふしものにせんには、 永くこの道に遊べる人々のさちにこそあれ。しかは あれど、ふしものにはけぢめあり。語り出んやうにあや なしてよ、とあるに、いなみがたく馬琴うしの意を そがまゝすゑおきて、いさゝかふしものになるべき さまにあやなしつゝ、やがてぞ三巻のふしものとはなしぬ。 さるからに、板元いがやのあるじ梓せり。香蝶樓の 筆さへ添て、浄瑠璃の正本とはなしぬ。

立川焉馬 [焉馬]


〈口絵〉

口絵第一図
大序(だいじよ)富山(とやま)の段(だん)

口絵第二図
二段目(にだんめ)大塚(おほつか)の段(だん)

口絵第三図
三段目(さんだんめ)行徳(ぎやうとく)の段(だん)

目録・本文冒頭  表紙
【上巻冒頭】                       【再刻本冒頭】

 著讀本は曲亭馬琴
 浄瑠璃は立川焉馬
八犬義士譽勇猛

 大 序 富山の段
 二段目 大塚の段
 三段目 行徳の段
      応需/豊國画

〈本文〉

著讀本(よみほん)は曲亭馬琴/浄瑠璃(じやうるり)は立川焉馬  八犬義士誉勇猛(はつけんぎしほまれのいさほし)

〔馬込〕〔濱〕
 大序 富山(とやま)の段(だん)
常磐津豊後大掾直傳

√獅子は谷(たに)へ子を落(おと)して其勇(ゆう)知り虎(とら)の川を渡すは 智なり。犬の夜を守るは義なり勇なり。主を敬(うやま)ひぬし を知るは是礼なり。其職(しよく)を守りて私なきも又斯のごとし とかや。御世(みよ)(おさま)りて曇(くも)りなき天津日嗣(ひつき)(もゝ)つき餘(あま)り 後花園(ごはなぞの)(ゐん)の御宇とかや、頃は嘉吉二年の春結城(ゆふき)の軍 やぶれて後、里見又太郎義実(よしざね)公ふたゝび家を起さんと」 南総(なんさう)へおし渡り瀧田(たきた)の城主(じやうしゆ)と時めきしが安西がかんけいにて すでにあやうき其折から、八(ぶさ)が功(こう)により景連(かげつら)を打(ほろほ)し武威(ぶゐ) 遠近に隠(かくれ)なし。草木(くさき)もなびく斗也。いたはしや伏姫は父の詞を 無(む)にせじと八房にともなはれ冨山(とやま)の奥の山住ひ麓(ふもと)に立し 高札(たかふだ)の前(まへ)にやすらふ木こりども仇(あだ)くち/\に高咄し。何と 杢(もく)助此ふだが立てから二年ごし山へ入らぬがさぞかれ 木が出来たであらふ。モウよいかげんに山をひらいてくだ さればよいにな。わしはゆふ筆(ひつ)じやによつて高札は讀」1ウ ず、じたいどふいふ事じや。わら助の何いふぞへ。そんなら わこわにはまだしらぬか。瀧田(たきた)の御城主様の御姫様が 八ぶさと云犬と一所に此山にお住なされてござるげな。 ソレ又どふしてお姫さまとその犬がおらも委敷(くはしい)わけは しらぬが、夫ゆへに木こり山がつは云に及ばず、狩人又は草 かりまで山へのぼるをお止(と)めなされたといふ事と咄すそば から、狩人の鉄八はすゝみより、コレ/\その委敷(くはしい)はなしはかな らずするなと庄屋どのゝ云なれど外に聞者もない」 此ふもと。おらがはなして聞そうはへ。こうと、おとゝしのなん じふ年(どし)御上にもひよふろうのつきたおりから、安西が 八方より戦寄る。今や落(らく)城と云に殿様が八房に安 西が首(くび)をとらば姫をやらふと云たげな。夫を聞より八房の 犬は大手をはしり出て安西が首(くび)くわへて殿様のまへに 置、大将(たいしやう)なければたちまちに安西方は亡びたり。八房 は姫君のふり袖(そで)を引くわへて引立る。殿さまははらを立 つき殺(ころ)さんとしたまふを、おひめさまはたてとなり」2ウ 君のおほせは鱗云(りんげん)同然(どうぜん)出てかへらぬ此身の因果(いんぐわ)、 安西が首(くび)とりしは八房が手柄(てがら)也。國の為家の為身 を捨(すて)るはおしからず。と八房にともなはれ此冨山の奥 住居。夫ゆへにこの山へ登ることお止めなされた。何と皆 衆いたはしいことじやないかのふと云に杢助鼻(はな)すゝり 鉄八が講釈(かうしやく)でさらりと分た犬の咄し。大将の首とつて お姫様を貰ふとはうら山しい事じやないか。これから おらも軍があつたら雑兵(ざふひやう)の首などひろふてお」


挿絵第一図
【挿絵第一図 神童伏姫に未前をしめす】3ウ4オ

末のひとりも貰(もら)ふわいのふ√あとはわらひに木 こりども、いのふ/\と夕まぐれ我家/\へ戻り行 三重 √濁世(じよくせ)煩悩(ぼんのう)色欲界(しきよくかい)(たれ)か五塵(ごぢん)の火宅(くわたく)を脱(のが)れん。祇園(ぎおん) 精舎(せいしや)の鐘(かね)の聲諸行(しよげう)旡常(むじやう)の響(ひゞ)きなれ。さらぬだに 秋は淋しき者なるに人跡たへし富山の奥、麓(ふもと)も埋(うづ) む落葉には盛者(せいしや)必衰(ひつすい)の理(り)をしめし、こだまにひゞく瀧 つ瀬と山又山の松風を寝覚(ねさめ)の友と身ひとつに さとりすまして里見伏姫√苔(こけ)の莚(むしろ)に坐をしめて」 唱(とな)ふる經(きやう)も鶯(うぐひす)の、春(はる)(さ)り來れば八重霞(やゑがすみ)、花は遠目(とほめ)に 見ゆれども、雲(くも)には近き山桜(やまざくら)、弥生(やよひ)は里の雛遊び、 女夫双居(ならびゐ)て今朝(けさ)ぞつむ、名もなつかしき母子草(はゝこぐさ)、誰が 搗(つき)初し三ケの日の、餅(もちい)に有ぬ菱形(ひしかた)の、腰懸(こしかけ)石も肌 ふれて、やゝ暖(あたゝか)き苔(こけ)衣、脱(ぬぎ)かへねども夏(なつ)の夜の、袂(たもと)涼しき 谷風に、梳(くしけ)づらして夕立の、雨に洗(あら)ふて干(ほす)髪の、蓬(おどろ)が下 に鳴(なく)虫の、秋としなれば色々に、岩間の紅葉織り映(はへ)し、 錦(にしき)の床の假(か)りそめの、宿(やど)としらでや鹿(しか)ぞなく、」 水沢のしぐれ晴間(はれま)なき、果(はて)はそこともしら雪の、 はだにやれたる振(ふり)袖を、かゝげて室をたち出たまひ。 √棄恩(きおん)(にふ)無爲(むゐ)報恩者(ほうおんしや)と、御仏はとかせ給ふ。恩(おん)あい 別離(べつり)のかなしみも、皆(みな)父上の御為(ため)なるに、なつかしと思ひ 奉るは、罪(つみ)深き事ぞかし。三世の諸(しよ)仏ゆるさせたまへ。 いざや花を奉らん。おゝそうじや。√手もとやさしく阿(あ)(か)手桶(ておけ)、御法(みのり)も菊の露(つゆ)しづく、流の音も山彦の、 夫かあらぬか風ならで、はるかに聞ゆる笛(ふへ)の音に、」5ウ 伏姫耳(みゝ)をかたむけ給ひ。√思ひ寄(よら)ざるあの笛の音、 わらはが山へ入りしより、昨日(きのふ)までもけふまでも、狩(かり) する男、薪(たきゞ)こる賤(しづ)も通はぬこの深山(みやま)、珎(めづ)らしいアノ 音色(ねいろ)、草(くさ)かり童(わらべ)の迷(まよ)ひ入りしか、たゞしは狐狸(こり)か山 鬼(すみ)が障礙(しやうけ)をなして、自(みつから)が道心をくぢかん為か。なに にもせよ、心ならざるすさみじやな。√と見やり給へば 向ふより、まだ振分(ふりわけ)のおどろ髪(がみ)、年はやう/\六、七巡(めぐ)りして坂道を、牛にゆられて來りけり。」 姫君しばしとよびとゞめ、√ノウ/\(わらは)、人(ひと)もかよはぬ此深(み) 山へ、登りしはこゝろ得(え)ず。そなたは何れの里(さと)の子ぞ。 聞まほしやとの給へば、√ヲヽわしは牛馬のために草(くさ)かる ものではない。お師匠(しせう)さまにつかはるゝもの。今日比 山へくすりを取に登りました。√ムヽ薬をとりにといやる からは、そなたの師匠(しせう)はお医者(いしや)。してその住居は。 √ヲヽこの山の麓(ふもと)に住、又あるときは洲先(すさき)にあり、常に は人の病ひを治(ぢ)し、またあるときは蓍(めとぎ)をとり、人の吉凶」6ウ 禍福(くわふく)を占ひ、或(ある)ひは雨乞(あまごひ)、日和(ひより)の加持(かぢ)、天地(あめつち)の間に有る、 ありとあらゆること、しらざることはましまさず。いと賢(そう)しげ に語(かた)りける。√ムヽそんならそなたも病(やま)ひの道は聞つらん。 自(みづか)らはさいつころより、夜(よ)に日にまして胸(むね)くるしく、次第(しだい)/\ に身の重(おも)きはいかなる病ひぞ。√治する薬(くすり)も有ならば、 教(をし)へてたもとの給へば、√ヲヽこそは、つはりのしるし、√又目の下 に青潤(せいじゆん)とて、あをき色(いろ)の見へたるは、胎(たい)内に子を孕(はら)み、 産(うみ)月も近づきしと云に、伏姫打わらひ、√ヲヽアノ子と」 したことが、さすがは年(とし)のゆかざるしるし、わけを咄し聞す べし。此方(こなた)へ來よと、√まねき給へばうれしげに牛の脊(せ) より飛(とび)下りて、おそばちかく歩(あゆ)み寄(よ)る。伏姫君は阿迦(あか)桶 の、菊(きく)を一(えだ)手に取り給へ、√コレこの花ほしうはないかや。 √ヲヽくだされやと、√もつれかゝるも愛(あい)らしく、右よ左 よとたはむれて、あたへ給へば手に持て、√これ御(ご)(らん)ぜよ 比花の誰育(そだ)てねど秋毎に己(おの)れと咲(さく)も雨露の、惠(めぐみ)を 受し千代見草、√齢(よわい)草とも様々に異(ゐ)(めう)も多き黄(こ)7ウ(がね)草、姿(すがた)やさしき乙女(をとめ)草、いざ白菊(しらぎく)のおん身にも、子を宿(やど) さぬとは云がたし、といへば姫君ほゝゑみて、いやとよそれは ひがことよ。√夫(つま)とてもなき獨(ひと)り身に、やゝを産(うむ)べき様は なし。√夫なしとは云がたし。おやのゆるせし八房の犬は、すな はち夫(おつと)なり。といふに姫君すがたを改(あらた)め、√そなたはその 初めをしりて其後をしらぬなり。御經(みきやう)の功力(くりき)にて幸(さいわ)ひ に身はけがされず。なんぞ非類(ひるい)の八房に、我身は清(きよ)し いさぎよし。神(かみ)こそしらせ給ひなん。と云へば童子(どうじ)はうち」


挿絵第二図
【挿絵第二図 伏姫自殺 大助入道す】8ウ9オ

わらひ、姫君こそ一をしつて二をしらぬといふものなり。 交(まじ)わらぬとて産(はら)まんや。鶴(つる)は千歳(ちとせ)にして尾(まじは)らず、相 見て孕(はら)み子を産(うめ)り。昔(むかし)唐土(もろこし)(そ)(わう)の妃、常に鉄(くろがね)の 柱(はしら)をいだく。終(つい)に鉄(くろ)がねの丸かせを産(うめ)り。則ち干将(かんしやう)(ばく)(や)の劔(つるぎ)これなり。慥(たしか)なことを語(かた)るべし。おまへは當國(たうごく)里 見の息女、悪霊(あくれう)し八房に見入られしも定る因果(いんぐは)、 身はけがさねど恋(こひ)したふ、一こつて胎内(たいない)に、しぜんと 宿る子は八子。されど身に添ふ水晶(せう)の珠数(じゆず)の」9ウ(とく)と法花經(ほけきやう)の功力(くりき)によつて、末終に里見の家(け)の忠(ちう)(しん)とうまれかはるも方便(ほうべん)力、かまへて疑(うたが)ひ給ふなよ。 さらばやさらばと牛の脊(せ)に乗(の)るよと見へしが霧霞(きりかすみ)コレ のう待てと伏姫が、すがるとすればもふろふと、姿(すがた)は失(うせ)て 忽(たちま)ちに、かき消(け)すごとくなりにけり。はつと斗に伏姫は、 泣くつおれて居たりしが、やう/\に顔(かほ)をあげ、√さては年 ごろ信心(しん%\)なす洲(す)の行者のかりそめに童子(どうじ)と 現(あら)はれ伏姫に因果(いんぐわ)をさとし告(つげ)給ふか。さはさりながら」 なさけなや√我身をしたふ八房が、其執心(しうしん)の身に宿(やど)り、 懐胎(くわいたい)せしかあさましや。取も直(なを)さず畜生(ちくしやう)(だう)。√ノウいまは しやコハとせんどうせふと、わつと斗にどふとふし、りう ていこがれ泣(なき)給ふ。やう/\に涙(なみだ)をぬぐひ、アヽ(なげ)くまい 恨(うら)むまい。迚(とて)も畜生(ちくしやう)さんがいの種(たね)をやどせしこの身の 業(ごう)、もしも月満(みち)犬の子を産(うま)は此身の恥(はぢ)の恥、女ながらも 義実(よしざね)が娘(むすめ)(にく)しと思ふ八房を、守り刀にさし殺(ころ)し、自(みづから)(とて)も 谷川の水の泡(あわ)とも消(きえ)はてん。今日(けふ)をかぎりの露(つゆ)の」10ウ 身も、せめて未來(みらい)は仏果(ぶつぐわ)の種(たね)ヲヽそうじや。√法(のり)の手(た)(むけ)のあかの水、汲(くま)んときしにしづ/\と、立より給ふに水の面、 見ればふしぎや我が面影(かげ)、うつるは正しく犬の顔(かほ)、もし八房 が來りしかと、見れども影(かげ)も浪(なみ)の音(おと)、念珠(ねんじゆ)いたゞき さしうつす、顔は替(かは)らぬわが俤(おもかげ)ハテふしぎや、はじめの姿(すがた) は犬の形、今また珠数(じゆず)をこのごとく、かざしてうつせば わが俤、こゝろの迷(まよ)ひか√空目かと、がてんゆかねば珠数 おしかくし、うつせば又も恐(おそろ)しき、犬のすがたにぞつとして、」 珠数(じゆず)をかざせば我俤、かくせば犬の顔形(かほかたち)、わつとばかりに 聲立て、狂(きやう)氣のごとく立(たち)つ居(ゐツ)、√あなたへうろ/\こなたへた をれ、前後(ぜんご)正たい泣くつおれ、あやめもわかず歎(なげ)きしが、 果(はて)しなければ泣(なく)/\も、登(のぼ)る山路は劔(つるき)にて、削(けづ)る思ひにやう/\と、 岩屋の内の苔筵(こけむしろ)、木の葉の上に坐(ざ)を〆(しめ)て、涙(なみだ)にいとゞ露 深(ふか)き、今は此世の秋の霜(しも)、消る間近き玉の緒(を)と、心細くも 念誦(ねんじゆ)有。いとゞあわれを添(そへ)んとや、妻(つま)(こふ)鹿(しか)の こゑすみて、こだまに響(ひゞ)く山彦(やまひこ)の、三重(かせ)(もの)すごく」11ウ


下巻扉  表紙
【上巻末・下巻扉】                    【下巻扉】

富山 下の巻」

√更(ふけ)(わたり)、さへ行(ゆく)(つき)もいとゞなを、最早(もはや)此世(このよ)の名残(なごり)の勤(つとめ)、いそがん物(もの)と御(おん) 經の、紐(ひも)をとく/\繰返し、第五の巻の提婆品、仏の誓ひ 違(たが)はずは、女人成仏(ぜうぶつ)なさしめ給へと、おしいたゞきて高らか に、御聲(こゑ)(きよ)く讀誦(どくじゆ)ある、經の功力(くりき)と妙音(めうおん)の、聲に感(かん)じて 八ッ房が、聞居る所を、かしこより、太腹(ふとはら)どうと打ぬく筒音(つゝおと)、 餘(あま)れる玉に姫君も、肩(かた)れふし給ふ。向ふの森の茂(しげ)み より、顕(あら)はれ出たる金鞠(かなまり)大助、折しも雲間(くもま)に入月の、火なわ 打ふりさぐりよる。此方(こなた)のやぶより義実(よしさね)公、狩(かり)しやうぞく」12ウ 弓杖(ゆんづえ)つき、さぐり/\て手に当(あた)る、鉄炮(てつほう)をむつととり、互(たがい)に 引あふはづみとはづみ、はるかかなたへ投(なげ)のけたり。また 立よつて弓に手を懸(かけ)て引あふその折から、雲間(くもま)を出る 月影(かげ)に、互(たがい)に顔を見合せて、√御主君(しゆくん)にて渡らせ給ふか。 √左云ふは金鞠(かなまり)大助か。これはいかに。コリヤどふじやと、√あきれ てことばもなかりけり。大助ははるかにすさり、√御使を仕(し) そんじたる私なれば、一のこうを立たる上、おわびとぞんぜし 所、噂(うはさ)に聞たる富山のありさま、かの畜生(ちくしやう)を打(ころ)し、姫君」 の御供(とも)して、再(ふたゝ)び帰参(きさん)と此山へ、忍(しの)びて夜(よ)ごとに登りし かど、八房に出合ず、扨(さて)は畜生(ちくしやう)山を替(かへ)しか、姫君を取 かへさずは、何を手柄(てがら)に金鞠(かなまり)が、頼(たの)みのくさりも切はてゝ、 腹(はら)切らんといく度(たび)か、柄(つか)に手は懸たれども、功(こう)もなさであい はてなば、弥々(いよ/\)不忠(ちう)の名はのがれずと、洲(す)の行者へきせい をかけ、則ち山へ登りし所、ふしぎなる童子(どうじ)に行合、おしへを うけて此所へ來りみれば、姫君には御經(みきやう)を高(たか)らかに讀(よみ) 給ふ。御そばにはかの畜生(ちくしやう)、にくさもにくしとねらひを定(さだ)め、」13ウ玉にて打(とめ)たり。姫君はいづくにおはす。伏姫様姫君 さまと、よべどこたへは山彦(ひこ)の、こだまにひゞく水の音。是はふしぎ と両人が、さがす岩屋のかたへには、八房がたをれし死(し)がい。 内をすかせばこはいかに打伏給ふ伏姫の、すがたにおど ろく大助が胸(むね)は早鐘(はやがね)氣は半乱(はんらん)チヱヽ口惜(をし)やな畜生(ちくしやう)め をうちはなしたる鉄炮(てつほう)に手づよく仕(し)こみし玉藥(たまくすり)、餘(あま)り 強(つよく)して姫君に手を負(おは)せしか、殘念(ざんねん)やと、あまりのことに ぼうぜんと、あきれ果(はて)たる計なり。義実(よしざね)公は立より」 給ひ、急所(きふしよ)はよけてかすりきず、ソレと用意(ようい)のいんろうを、 さし出し給へば、大助は伏姫をだき起(おこ)し氣付をふくませ 耳(みゝ)にくち、伏姫様姫君様いのふと聲(こゑ)をかぎりに呼(よび)生 れば、息(いき)ふきかへし目をひらき、ムヽヲヽ氣が付たるか。御氣が 付ましたか。アヽヽヽ父上様か。そなたは大助。姫君様御手は 淺(あさ)い。御心たしかにお待あそばせ。大せつの御身の上、憎(につく)き 畜生(ちくしやう)、二には功を立んと二玉にて打たれど、玉が餘 りて勿体なや、姫君までもあやまちし、此身の罪(つみ)の」14ウ いかにせん。とがにとがを重(かさ)ねしそれがし、せめてめいどで申 わけと、かたなのつかに手をかくれば、ヤレまて大助はや まるな。それがしがいふ事ありとおし止(とゞ)め、如何(いか)に両人 慥(たしか)に聞。たはむれの一にてかゝるへんじを引出せしも 身があやまり、くやんでかへらぬ因果(いんくわ)のことはり、思ひ 出せば一むかし、大助が父金鞠(かなまり)八郎、大功(たいこう)を立ながら 恩(おん)をしやして忠死(ちうし)のおりから、身なしごの大助をもり 立て、伏姫に娶合(めあは)せんと心の約束(やくそく)、年月は立たれ」 ども、戦國(せんこく)のならひにてこんゐんのいとまなく、そのまゝに うち据たり。誰(たれ)しらねども我こゝろに、ゆるせし聟(むこ)は 大助なり。八房を打たる玉の餘つて姫が手きずも ことはり、女がたきうちしも同事と、いふより伏姫は用意(ようい)の 懐剱(くはいけん)ぬく手も見せず我腹へ柄(つか)も通れとつき立る。 是はと斗義実(よしざね)公、大助もはしりより、姫が脇腹(わきばら)しつ かと押へ、コリヤ何ゆへの御しやうがい、狂氣(きやうき)ばしめされしか。 たゞしはせつしやへつらあてか。チヱヽ(なさけ)なき御自(じ)がいと」15ウ(いだ)きいたはる介抱(かいほう)に、姫はくるしき息(いき)をつき、√父上の お咄しにて、初(はじ)めて聞たる我身の上、死(しな)ねばならぬ因 果(ぐわ)の道理(だうり)、父上さま大助どの、一通りお聞なされて くださりませ。父の一(ごん)反古にせじと、八房にとも なはれ、この山へ入りし日より、法花(ほけ)(きやう)讀誦(どくじゆ)に他念(たねん) なく、今日まで肌(はだ)身は汚さねども、いつしかたゞならぬ 身となつて、いかなる病ひといぶかるうち、最前(さいぜん)あや しき草かり童(わらんべ)、未前(みせん)をしめすふしぎのことば、胎(だい)」 内(ない)に犬の精氣(せいき)、自然(しぜん)とやどるも定(さだ)まる業(ごう)と、説(とき) 示してかき消(け)すごとく姿(すがた)のうせしは、疑(うたが)ひなき洲先(すさき) の行者の御告(つげ)と思へば、おめ/\生(いき)て居て犬の子を産(うむ) ならば、我(み)ばかりか父上まで、末代(まつだい)迄の御恥辱(ちぢよく)、二 には大助どの、父の心にわが夫と定めし人へ申(わけ)、夫 ゆへかくごの此自(じ)がいと、語る内にもわき出る、血汐(ちしほ)の 瀧の四苦(しく)八苦、涙は袖に淵(ふち)なして見るめもいとゞ 哀れ也。義実(よしさね)公は涙(なみだ)を払(はら)ひ√ハヽ孝貞(かうてい)義女(ぎぢよ)どもいつゝ」16ウ べし。國(くに)の為(ため)(いへ)の為、おやの為に其身を捨(すて)深山(みやま)に入 ながら畜生(ちくしやう)に汚(けが)されず、一(ねん)(はら)に宿(やど)りしを恥(はぢ)、大助 への云わけ切腹とは出かされたり。是みな玉梓(たまつさ)が 悪霊(あくれう)なりと、夢(ゆめ)の告(つげ)にて委(くは)しくしる。その證拠(しやうこ)には 水晶(すいしやう)の珠数(しゆず)、最期(さいご)のきはに元の文字(もじ)に替(かは)るべしと、 仏の告の其念珠(ねんじゆ)、大助是へとの給へば、ハツトこたへて伏姫 が、首(くび)に懸たる水晶(すいしやう)の念珠(ねんしゆ)を取て奉る。義実(よしさね)公は つく%\と月にかざしてとつくとながめ、√さてこそ/\、如(によ)」 是(ぜ)畜生(ちくしやう)の文字は消(きへ)て、元のごとく仁義(じんぎ)礼智(れいち)孝貞(かうてい) 忠信(ちうしん)の、八の文字となりたるは、√是ぞ悪霊(あくれう)解脱(げだつ) のしるし。と聞に伏姫顔(かほ)をあげ、√かゝるふしぎの御告を、 見る上からは迷(まよ)ひの雲(くも)(はれ)(わた)りたる心の涼(すゞ)しさ、この世に 思ひ置ことなし。仏(ほとけ)の告のものがたり、胎内(たいない)に宿(やど)りし精(せい)(き)、水晶(すいしやう)の珠数(じゆず)の功力(くりき)と、法華經(ほけきやう)の功(くどく)によつて、 八の子も里見(さとみ)の家の忠臣(ちうしん)と、生(うま)れかはるときく からは、自(みづか)らが一(ねん)の神(かみ)と成て、八の玉八人の忠臣(ちうしん)の子」17ウ(たね)となさん。是見給へと痛手(いたで)も屈(くつ)せずきせふの有 様、珠数(じゆず)おしもみて聲高く、√南無(なむ)神変(しんへん)大ぼさつ、奇(き)特を 爰(こゝ)に見せ給へと、一(こつ)たる祈念(きねん)の信力(しんりき)、念珠(ねんじゆ)そへ九寸 五分、きり/\/\と引廻す。時にふしぎやしんどうなし、さつ と吹來る風もろとも、念珠は切て八玉、虚空(こくう)をまき 上霊々と光をはなつて飛ちつたり。又引廻すきず口 より、走る血(ち)しほはから紅(くれな)ゐ、見へず見へずみもふろうと 影(かげ)は八の犬の形、同く空へ飛さりける。奇代(きたい)のふしぎに」 義実(よしざね)大助、空(そら)うち守る斗也。√大助は涙(なみだ)を払(はら)ひ、それがし は武道(ぶどう)をすて功(こう)も立ざる犬侍、犬と云(いふ)(じ)を二に分け、ヽ大(じゆだい)ト(すぐに)名のるべしと、√髻(もとゞり)ふつと切払ひ、両腰取て投出し、√是 よりすぐに仏の道、諸國(しよこく)修行(しゆぎやう)も姫君の後世の追(つい)善、 二には、ちりたる玉を持たる勇士(ゆうし)、尋(たづ)ねさがして二代の忠 臣(しん)、見付出すはこのヽ大と云に、義実目をしばたゝき、√あつ はれ忠臣かんじいる。さは去ながらふびんの最期(さいご)、娘伏姫、 浄仏(じやうぶつ)せよと、父がいまはの一言に、伏姫は目をひらき、√アヽ18ウ うれしや本望や、念願(ねんぐはん)成就(じやうじゆ)のうへからは、一時も早く西方(さいはう) 浄土(じやうど)、父上様おさらば、大助さらばも舌(した)こはばり、今ぞこの 身の知死期(ちしご)時、南無仏たぶつとヽ大坊どのふる聲も 諸(もろ)ともに、剱をぬけばがつくりと、ちつてはかなくなりに けり。義実公もおんあいの、血すじのなみだはら/\/\、 ヽ大も為にため涙、一度に瀧とみなぎりて、みづも増る 谷川に、巌(いはほ)もながすばかりなり。√義実公はやう/\と、 はてし涙をおしぬぐひ、√是よりヽ大(じゆだい)は當國(とうごく)より、東八」 ヶ國をはいくわひなし、尋(たづ)ねて勇士を求めよと、仰に ヽ大は勇(いさみ)立、仰にや及ぶべき、犬の精氣(せいき)を受たるは、取も 直さず八犬士、尋(たづね)出すは案の内、氣遣ひ給ふな我君 と、矢猛(やたけ)心の梓弓(あづさゆみ)、引ば引るゝ後髪(うしろかみ)、見れば見にうく水(すい)(しやう)の玉をあざむく白露(つゆ)に、草の袂(たもと)もぬるでの紅葉(もみぢ)、 産(うま)れぬ先の古郷へ、錺(かざ)る錦(にしき)の色々や、仮(かり)の浮世の仮も かり、枕(まくら)に残る法花經(ほけきやう)の功(くどく)は深き八の玉、八犬傳と 讀(よみ)に、千代もつたへて常磐津のふしに殘るぞ勇まゝし。」19了ウ


後ろ表紙
【下巻末・刊記】

表紙
【再刻本 下巻巻末・刊記】

右常磐津一流太夫直傳之正本者私方ヨリ外ニ決而無御座
仍而太夫自筆ヲ取而節章句ヲ正シ [印] 如此印形ヲ顕シ
令開版者也御求御覧被遊可被下候以上

            三味線
[紋] 常磐津豊後大掾 [印] 岸澤武佐

            神田鍛冶町弐丁目
正本版元江戸 地本/問屋  [ゑ]  いがや勘右衛門 [伊]


後ろ表紙
【後ろ表紙】

# 『八犬義士誉勇猛』(「千葉大学人文研究」第32号 2003/03/31) 掲載
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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