『烟花清談』 −解題と翻刻−

高 木  元 

 はじめに

江戸(時代)を代表する遊里であった吉原に関わる奇談や伝承を集大成した『烟花清談』(安永5年刊、蔦屋重三郎板)を紹介する。本書は江戸出来の読本よみほんとしては、やや特異なものであり、それゆえ研究史上でも等閑に付されてきた感がある。しかし、吉原を舞台とした洒落本や黄表紙とは一線を劃する存在であり、蔦屋重三郎がその出板活動の早い時期に出した書物であることを考えても、その研究価値は少なくない。

以下、解題は及川季江に拠り、翻刻の校訂は高木の責に帰す。

 翻 刻

【書誌】

内題「烟花清談」
外題〈青樓|奇事〉烟花清談 一(〜五)(楷書から次第に崩し4、5巻は「煙華」)
書型 半紙本(22.5×15.8cm)
巻冊 5巻5冊
見返 なし
序 「烟花清談之序\安永五年申孟春\葦原駿守中識」
匡郭 18×13.7cm
構成 巻之一 序(1〜2)・目録(目)・本文(1〜9オ)計12丁、巻之二 目録(目)・本文(1〜13オ)計14丁、巻之三 本文(1〜15ウ 三丁が2枚で五丁欠)計15丁、巻之四 目録(目)・本文(1〜11ウ)計12丁、巻之五 目録(目)・本文(1〜13ウ)計14丁。
作者 葦原守中
画工 鄰松戯画(巻3の10オ)
刊記「安永五年申春\耕書堂蔵板」(巻5の13ウ)
広告美人合姿鑑びじんあわせすがたかゞみ 箱入 全三冊\此書は當時よし原の名君の姿を北尾勝川の両氏筆を揮れにしき繪に〓たて居なから紛黛のおもかけを見るか如くに出板仕候御求御覧可下候\東都書林 日本橋萬町 上總屋利兵衛・新吉原大門口 蔦屋重三郎 梓」(後表紙見返)
諸本 京大(國文學Pf-8)・岩瀬(72-118)・都中央加賀(913-WA-1〜5 / E5059)・国会(188-233)
備考 京大本の尾題「艶花清談之終」、他本は「艶花」を削る。

【凡例】

一 可能な限り原本に忠実に翻刻した。
一 助詞の「は」については平仮名の意識で使われたことを承知の上で、読みやすさを鑑みて「ハ」と片仮名の字体のままにした。
一 明らかな衍字や誤脱を私意に拠って補正した場合は〔 〕で括って示した。
一 底本は都立中央図書館加賀文庫本に拠った。
一 本文テキストは、高木吏佳(文学部卒業生)が礎稿を作成し入力したものを、高木元が補訂し、さらに及川季江(大学院博士後期一年)の校閲を経て成ったが、最終的な判断の責任は高木元に帰する。

【表紙】

表紙

烟花清談之序

よのなかやまおくこそすみけれ。草樹くさきひとのとかをいはねハと。ひとり 燈華ともしひもとに。ふゆこもるもいと物寂ものさひしく。問人とふひともなきゆき下菴したいほに。かき ちらしたる。旧章ほうくとりいたし。青楼中せいろうちうの。奇事きじ雑談さつたんところ/\。 くひのこしたるを。綴合つゝりあわせれハ。むかしひと面影おもかけをも。いまるかことし。さハいへとも。そのこゝろかはりゆくことたとへハ。浄瑠璃しやうるり小唄こうたもむかしにかはり義太夫きたゆふふしにハ。豊後ふんご松傳しやうでんふしくわ宮古路みやこち富本とみもとは」1オ 浄瑠璃しやうるりに。竹本たけもと豊竹とよたけか。ふしはかせをつけたり。れハ。義太夫きたゆふか。豊後ぶんこか。うたか。半太夫はんたゆふか。ませこせになりぬ。かたり上手しやうずありいへともきゝ下手へたおゝく。いま遊里ゆふり遊人あそふひとも。あそ上手しやうすありきゝ上手あり。うつりゆく人心ひとこゝろさま/\なるなかに。こゝろかはれしなかたちまず近比ちかころ七細なゝほそとて。髷先はけさきほそくまゆほそく。羽織はおりひもおひ脇差わきさし細拵ほそこしらへ艸履そうり雪踏せつた鼻緒はなほまてもほそく成行なりゆきぬ。また真先まつさき。二けん茶屋ちやや田楽てんかくも。ものたるよろこんて。佳肴かかう珍味ちんみへんして1ウ めし〓園きおん豆腐とうふ古風こふううしなひ。いにしの太夫たゆふ格子かうしハ。いまちうさんかはり散茶さんちやうめちや古風こふうも。付〓つけまは惣貮そうにかはりて。伊達たて風流ふうりうをつくすこと。むかしのおよふところにあらす。あかきくにあかす。されとこしかたひとこゝろのなつかしきまゝ。かきつらねて見れハ。まきいつッになんなりぬ。穴賢あなかしこ竹取たけとり空穂うつほたくひあらて金竜山きんりうさん下の茶店ちやてんに。往來ゆきゝ里語りご雑談さつたんきひて。書集かきあつめたる旧章ほうくより。見出みいつるまゝかきちらしぬ。宇治うぢもの2オ かたりふるめかしきにして。今昔こんしやくの。二字にじ其事そのことはしめかうむらしむ而已のみ
  安永五年孟春

葦原駿守中識       

[守中][魚[足習]之印]2オ

【序】
挿絵
序文

【序末・目録】
目録 序文

烟華清談一之目録

山本やまもと勝山かつやま 身放白頭翁みをかんしてしまひよとりをはなす

三浦みうら薄雲うすくも猫〓奇難ねこをあいしてあやしきなんをのかるゝ付タリ

宝井たからゐ其角きかく猫発句ねこをよみしほつく

山桐屋やまきりや音羽おとは 野狐欲きつねにばかされんとする付タリ

きつね女良かい狂言きやうけん之事

かと近江おふみ千代里ちよさと 幽霊ゆふれいにせてやりてをあざむく事」目オ〔白〕」目ウ

烟花清談之一

  山本やかつ山 身放みをかんじとりをはなす

今はむかし。京町二丁目山本やかもとに。かつ山と云つる。遊女ゆふしよ有けり。嬋娟せんけんたる。ふたつひんハ。あきせみつはさをしほめ。宛轉ゑんてんたるまゆすみいろハ。遠山とをやまの。かすみおひたるにたり。姿すかたかたちの。うつくしき而已のみあらす心たて又たくひなし。みつからかみふうゆひいたして。一郭いつくわくこれかためにかたちうははるる。今いふところの。かつ山ふうこれなり。ひととせ。このかつ山かもとに公子かうしの。かよひ給ひしか。遅々ちゝたる春の日もなかしとせす皓々かう/\たるあきなかも是かためみしかしとすある。かつ山か方へ長崎なかさきより来しとて。白頭翁しまひよとりおくられけるその鳥篭とりかこ結構けつかう云斗いふはかりなし螺佃らてん沈金ちんきんの」1オ 細工さいくつくし。金銀きんぎんのかきりいと目覚めさまし。真紅しんく打緒うちをかこをむすひ。ついしゆたいせたり。そのころハ。白頭翁しまひよとりの日本へわたるる事めつらしき時節しせつなれハ。家内かないの人はさておき聞及きゝおよひし人ハ。めつらしき見物みものとて打寄うちよりなかめける。鳥類てうるひさへ。かゝるうつくしきかこうちゐる事。冥加めうかかなひとりなりと。あるひかこほめとりうらやむも。おほし。かつ山。つく/\ととりたりしが。公界くかいするかたちを。かさりておゝくの人にもてはやさるゝも。このとりことなる事なし。そのかく。うつくしきかこうちありといへとも。さそや。もとはやしあそはん事を思ふらんとて。みつからかこひらきおしけなくこれはなしぬ。戸放白〓こをひらきはつかんをはなすせし。もろこし人の心にもていととふとく侍る」1ウ

  三浦や薄雲うすくもあいしねこわさはひのかれし事 付タリ 其角きかく発句ほつく

今はむかし元禄の始。京町一丁目三浦やに薄雲うすくもといへる遊女あり。沈魚ちんきよ落厂らくかん姿すかたうつくしく。楊梅やうはい桃李とうりおもかけたをやかにしてもゝこひいはんかたなし。いにしえの衣通姫そとをりひめ小町こまちとも云つへき面影をもかけにして。糸竹いとたけわささらなり。和哥わか俳偕はいかいみちたくみにしてなさけのみち又いはんかたなししかるにこの薄雲うすくもねこあいしける事。いにしへの女三宮によさんみやにもこえたり。つねなみうつくしきねこにから紅の首綱くひつなつけて。禿かふろにいたかせ。揚屋あけやいたれり薄雲うすくもようたしにゆくときハかならすこのねこあとしたのちには人々不思義ふしきをたて。このねこうすくもを見いれしとたれいふとしもなく私語さゝやきあひけり。のちハ三浦の亭主ていしゆも」2オ これを聞。公界くかいするに。かゝるうきたちてハ。からぬ事とかのねこをいましめおきけり。おりふし薄雲うすくもかはやへおもむきける。後影うしろかけを見るよりこのねこたてをむき出してけしきをかへ。たちまちつなをかみきり料理場りやうりば一走ひとはしりに。とひおりて行所ゆくところを。料理人りやうりにん〓丁ほうてうもちけるまゝ一打ひとうちきりけるか。あやまたす。ねこくひみつもたまらす打落うちおとして。むくろハ爼板まないたのもとにのこれとも。かしらハ。いつちゆきけん見えすなりぬ。しかるるに。薄雲うすくもたりしかはやものさはかしきおとしけれハ。薄雲うすくもハ。このおとおとろきはしりいてしか/\といひけるまゝをとことも立寄たちよりて。かはや踏板ふみいた引放ひきはなし見れハ大成おほきなるくちなはのかしらに。かのねこかしら〓付くひつきて有ける。いつの比よりか。このへひ雪隱せつゐんしたにかくれ。」2ウ 薄雲を見いれしを。ねこのみしりて。かはやへともにゆき。薄雲か身を守護しゆこなしけるともしらすして。ねこころしけるハいと不便ふひんなりとて。猫の。亡骸なきからハ。菩提所ぼたいしよほうむりつかはしける。そのころ揚屋あけやいた太夫たゆう格子かうし。みな/\猫を禿かふろいたかせて道中なしけるとなん。
  京町きやうまちねこかよひけり揚屋あけやまち  宝晋斎其角
いへも。このこゝろなるへし。

  きり音羽おとは野狐きつね魅 はかされんとする付リ きつね女郎かい狂言きやうけん權輿はしめ

今ハむかし享保の比。江戸町二丁目に山桐やまきりやに。音羽おとはと」3オ
挿絵【挿絵第一図】3ウ4オ

いへる遊女有ける。比しも五月雨さみたれふりすさみて。杜鵑ほとゝきすこへおほつかなく。ことかはつかしましき折から。みせより。音羽おとはを見立て揚る客あり。若い者ハ迷。たはこほん吸物すひものなと出しとりはやすうち。つれきたし茶やのおとこ。あなたにハ。とかく物云事の御嫌をきらひなる故。はんし。其心/\にて取あつかひ給はれと云に。客〓しの若い者もさし心へ。女郎へもしか/\とはなしさかつきかつかさなりける折に。客茶やの男にはやかへれといへとも。初ての客ゆへ。彼是かれこれ座敷さしきにきはしに。咄しなと一ッ二ッするうち。客ハ。とかく帰れとたつて云ゆへ。あとをたのみてかへりける。ほとなくせんなと出。女郎ハ次へたち。若い者禿かふろハ。御膳を上候へといへハ。よふあらバ手をたゝくへしたくの内ハ。座敷に無用と云ける」4ウ まゝ。若い者も合点かてんゆかすたぢ/\とするうち。たつ今の内用事ようしへんすへしと云つけ。此方用事あらハ手をたゝくへきまゝ。支度したくの内ハ。捨置すておきくれよとのたのみゆへ。若い者もたつ振してつき座敷さしきより。ひそかのそき見るに。客ハあたりを見まはし。せんの上にある物みなおろし。膳の上へめしをあけ。其上に刺身さしみしるなますとううちあけて。はしにて掻〓かきまはし。あたりを見る躰。いよ/\あやしと見るうちに。客ハかほを善の中へ入。いぬねこなとの物くふことく。一口くひてハあたりを。見〓し/\するてい気あしく。かくする内不残のこらすつくしてのち鼻帋はなかみを取いたし膳をふきわかかほのよこれをぬくひたる有さま。おそろしともいはん方なし。さてしはらくすきて。手をたゝけハ。たれゆかんと云者もなし。今は」5オ 是非せひなく親方おやかたへ咄し。今まてつれきたりし茶やへ。人を走らせ。音羽をとはへもしか/\と様子ようすはなし。かくするうち。茶やのをとこきたりけれハ。音羽をとはかたへ。よん所なき客來れりとて。もらはんと云。茶やも〓方せんかたなく。客へ右のたんことはりいへハ。しからハ名代めうたいにて今宵こよひあそはんと云。茶やハなんわけしらぬ故。名代を出せと若い者に言に。とかくみきの客。かへしくれ候様にと。たつてたのみゆへ。茶やの男もはらたち。いかゝの訳とへハ。若い者ハこは/\。右のあらまし語聞かたりきかせけるに。茶やもきもをけし。よふ/\と云葉ことはつくして客ハかへしけり。是よりしてそのころ。音羽か方へ。きつねの女郎かいに来りしと。もつはら評判ひやうはんありしゆへ外々ほか/\の客もおのつときみはるく。誰々たれ/\も」5ウ かよハさりける是ハ音羽にふられし客の意しゆかへしなるへし其比。十八公今ようそかと云。狂言に取組。さは訥子とつし。狐女郎買の仕うち。古こん名誉めいよを今に残せり。

  角近江や千代里ちよさと幽霊ゆふれいに似せて鴇母やりてあさむきし事

今ハむかし京町二丁目。角近江やと云るに。千代里ちよさとと云娼婦ゆふくん有。みめかたちよくゆく々ハ。家の太夫ともなるへきものなるか薄命ふしやはせにて客もなく来る年のくれたままつる文月。二うつり〔り〕かはりも。え〔い〕つとても心にまかせすくらせしか。風の音にそおとろかれぬる。」6オ 初秋はつあきの比。鴇母やりてに入ようことありて。金子きんす少々かりけるか。約束やくそくの日も過て。かへす事も出來かね。一日とたち二日過。けふそなきたまるといへる夜まて打過うちすきけるに。鴇母やりてハはらを立。常々つね/\心つよく。鉄心漢つれなきひとなれハ。大勢おゝせいの人の中にて。千代里ちよさとをはししめ。金子をかへさす延々のひ/\にせし事をいきとをり云つのりけれハ。とも傍輩ほうはいの女郎も。きのとく身にあまり。とやかくと鴇母をなため。其座を退のけけるか。千代里ハあるにもあられす。おのかやへかへり。心やすき傍輩女郎に差むかひなみたにくれ。我身の薄命ふしやはせを語。金子をかへさす。延々になりしハ此身のあやまりいへとも。あまりといへハ公界くかひするみ。なさけなき仕方しかたあすよりハたれおもてむけられん。今ハ此」6ウ も思ひきり侍ると。なみたとも剃刀かみそり取出とりいたし。覚悟かくこの躰に。傍輩ほうはい女郎も。〔も〕かれ是と〓見ゐけんして。これをなため。よふ/\と取しつめけるか。所〓しよせん金子きんすさへかへせハ済事なりと。友女郎のなさけにて。金子調とゝのへ遣しけれハ。千代里ちよさとうれしさ身にあまり。よろこふにも又泪なり。鴇母やりて早速さつそくかへすへしとハ思へとも。あまりとや人中ひとなかにて。はちをかゝせくれし事の口おしけれハ。かへすにこそ仕方しかたあらんと。工夫をなし。引け四ッもすき彼是と。うし三つちかくなる比。千代里ハ。かもし取かしらいたゝき。白粉おしろひといてまばらにけはひ。白帷しろかたひらを身にちやくし。鴇母のやへこゝろかけ。明障子あかりしゃうししつかあけて。鴇母かまくらもとにかやこしすはり。こへをほそめてもし/\とおこす声に。鴇母」7オ 目をさまし。見れハ。たけなる髪をふりみたし。顔色かんしよくあをさめたる女の姿有。はつと斗に夜着引かふり。念仏となへて震ひ居を。千代里ハなを哀れなるこへふるはし。さき比ハこなさんに。よん所なく無心を云金子をかりまいらせしに。不仕合なるわか身の上。返す工面くめんもまちかひしゆへ。一日二日とすくるうち。こなさんに耻しめられしハ。無理とハさら/\。そんせねとも。人中と云公界くかいのみ。よしなくうらみし面ほくなさ。かんにんしてくんなんせと。二聲三聲しり聲なく。金子をそつと枕もとにさし置つゝ。あとしさりして障子しやうしたて傍輩ほうはい女郎の寐たる。かやの内へ。いきをつめて來りつゝ。帷子かたひらかもしも取かくし。しらぬていにて寐たりけり。鴇母ハ一心不乱いつしんふらんに夜の内にて。念仏となへ。」7ウ 明行あけゆくをまてとも。あきいまた。なかからぬころなから。夜を一夜ひとよ心地こゝちして。よふ/\とりこへもきこへけるまゝ。夜うちより差覗さしのそき。見てあれハ。朝日あさひまはゆき比。よふ/\人心地になり。おきいてて見れハ枕本まくらもとに金子ありさてゆめにてハなかりけりと。いよ/\きみわるく。千代里ちよさとふしたるかたへぬきあししていたり見れハ。千代里ハ夜に見し姿すかたつゆもなく。かみとりあけみたれもせす。姿わるくふしたる有様に。いよ/\鴇母やりてハおそろしく。彼是するうち千代里も。起出てこしらへする所へ。鴇母ハ常に事かはり。笑顔ゑかほつくりしとやかに。時ならぬ今朝けさすゝしさ。烟艸たはこすい付出しなから千代里か顔つく/\見て。おまへの器量きりやうおしたてなら。太夫様」8オ にもなるへきもの。かく不仕合しやはせにて居給ふゆへ。何卒人なみ意地いぢいたさせ。太夫様にも仕立んと。わさ/\人中てはぢしめしハ。おまへのみのためをおもひしゆへ。かならす/\わつかの金ゆへかく申せしと思召もはつかしし。此上とてもある事なり。いつとても不自由しゆふなら。必遠慮ゑんりよし給ふなと。夜せんの金子取出し。是ハ時分からおまへのかたにも入用ならん。私かたにハ不自由にもなきまゝ。心おきなく遣ひ給へ。わか身かたへかへし給ふハ。いつにでもくるしからず。たれしも工面くめんのあしき時は。しゆつなきものと此上このうへとても遠慮なく。すこしの事ハの給へと。千代里ハおかしさこらへなみたくみ。堪忍かんにんしてくんなんせ。出來てきさへすれハ何かさてしきにかへし申ます。またかへさぬとてそのようにの給へハ。此上ハぬるかせめてのいゝ8ウ はけと。なみたとともにかきくとけハ鴇母やりてハ金子をかへさぬと云一云にそつとしておそろしくなりしか心を取直し。其樣に気の弱事よはいことあるものか公界くかいするみハ猶更なり。此上とてもかならす/\遠慮ゑんりよなく。不自由じゆふな時ハの給へと。以前の金子さし置つゝいにしへ今のつとめの身の。しゆいなきはなしに座をくろめ。おのれか部やへかえりける夫よりして此鴇母鉄心所つれなきこゝろもいつとなく。慈悲〓一の人となり新造禿にいたるまて。情をかけて恵みける。勿論もちろん千代里を我娘のことくいたはり遣しける。
烟華清談之一

烟華清談二之目録

松屋まつやまつ〓気きやうき之事 付タリ 總角あけまき助六すけろく

〓客けうかく介六すけろく實事しつじ

中万なかまん玉菊たまきく全盛せんせい 燈篭とうろう權輿はしまり 付タリ  河東かとう追善ついせん〓向ゑかう之事

紀伊国きのくにふん左衛門 〓奢挫友 きやうしやともをとりひしく英一蝶はなふさいつてう浅妻舟あさつまふね

三浦みうら小紫こむらさき貞操ていそう之事 付タリ 平井ひらゐ權八こんはち比翼塚ひよくつか

   八重梅やへむめ之詞」目オ〔白〕」目ウ

烟花清談之二

  大松おゝまつや松かえ勇壮ゆふそう之事 付リ 総角介六之實説しつせつ

今はむかし。江戸町二丁目大松やか内に。松か枝といゝし遊女有けり。その艶色ゑんしよくハ云も更也さらなり繪書ゑかきはなむすひ。琴三弦にいたるまて。何くらからす。ことなさけの道はもとより。川竹のおきふししけき中に。介七と云客に。ふかく馴染なしみ。春の夜の梦はかりなるちきりには。遠寺ゑんしかねうらみ。冬の夜の長きころは。比翼ひよく夜着よきもゝとせの契をこむ爰に又。湯嶋のほ」1オ とりに田中三右衛門と云者有。此松かえに。心をかけしかとも介七かわりなき中にさゑられて。一夜のまくらたにならへさるをいきとをり。おとこ伊達たてをかたらい。介七を闇打やみうちにせんとたくみけるある日。介七を。二丁目にて見かけ。かの男伊達とも。喧嘩けんくわをしかけ今はたかいにこらへかね。脇差わきさしぬきはなし。爰を最期さいこと打合しか。介七は。力量りきりやう人にすくれ。其上そのうえ劒術けんしゆつの妙を得しかハ大勢おゝせいをさん/\に切ちらし相手ハ手おいかぎりなし所よりハかわち行事きやうじ又は番人ばんにん手に手にぼうをたづさへて取まきけるに介七はすでにとりことならんとせしおり松かえハ中の」1ウ まちにてかくきくよりはしりつき群集くんしゆおしわかうちかけのもすそ介七すけひちをかくしさりけなきていにて大松やの二階にかいへともないあやうき場所はしよのかれしけるそのころみな松か枝か勇氣ゆふきかんしける正徳しやうとくみのとし山村やまむら長太夫てうたゆふ芝居しはいにてこのこととりくみ大平記たいへいき愛護若あいこのわかいふ狂言きやうけんせり市川いちかは栢莚はくゑん介六となりて古今ここん名誉めいよあらはいまもつて介六之狂言きやうけんハ市川一家いつけけいなり介七は御蔵前おんくらまへにて福貴の人なれハその名を遠慮ゑんりよして介六と狂言に取組とりくみぬ此介七男をたてゝ人の知りしものなりつねたいせし脇差わきさしをう」2オきぬいふ委細いさゐこと文耕ふんこう暁翁きやうおうてんにゆずりてもらしぬいま芝居しはいにて総角あけまきもすそへ介六をかくすハ松かえか事を総角になそらへり

  三浦みうら山路やまぢきやく月見つきみの事

今はむかし揚屋町ゑひやかもとへ田舎いなかのほきやくきたて三浦やの山路やましといへる女郎にあいけるふく廉相そさふなるをちやく人品しんひんハよろしき人からなりころしも八月のはしめつかたなりけるかうらやくそくは十五日に來るへしと約束やくそくせしかハ揚や夫婦ふうふも」2ウ 十五日は。月見にて。このさとの大紋日にてことに。かれこれ。物入もおほく侍るたん。くわしくはなしけれハ。それすこしもくるしからすとて入用いりようの品聞合きゝあはせ金子を揚やへわたかへりける。ほとなく十五日にもなりしかハいせんの田舎い〔な〕かきやく木綿もめんのふるき風呂敷ふろしきに。重箱ちうはこていものを包。自身ししんさけきたりつゝ。ゑひや夫婦ふうふハ。出迎いてむかひ笑顔へかほをつくりて愛想あいそうよくもてなしける。山路やまちはとくより来りてまちより座敷ざしきハ何か花/\敷かさり。藝者けいしや〓頭たいこ出迎いてむかひ。とり/\にもてなしさかつきのかすもかさなりし田舎いな〔か〕 きやくつゝみ風呂敷ふろしきをとり出し。包ほとけハ内ハ。會津あいつぬり大重箱おほちうばこを取出し。ふたひらけハ。見るもいふせき団子たんこを。うづ高く入たりける」3オ を二つゝ新造しんそう禿かふろ。遣りて揚や夫婦をはしめ。内外うちとの者へ遣はしける名にしほふ今宵こよひハ。みな/\佳肴かかう珎味ちんみあきみちて。たれとり上る者もなく。あるひハ。小庭こにはゑんかわへ打捨ける。揚やのてつちも。二まてもらひけるか。たい所へ持出もちいて。しよせんなく一口ひとくちくひけるに。かり/\と。へさはる物有けるまゝはき出して見れハ。小粒こつぶ三分有けるまゝ。残る一かみ破見れハ。是にも金子弐分ありけるまゝみな/\へ見せけれハ。家内ハきうにさはき出し。こゝやかしこと。〓前さいせんすてし。團子をさかしける。あるい帋燭しそくをともす者も有。蝋燭らうそくをともして縁側ゑんかは。小庭臺所たいところすみ/\まてくまなくさかしもとめける。よくにハかはると人心。かしこにてハ一見つくれハ。たかひにあらそひ取けるまゝたちまち3ウ 家内群集くんしゆをなしあらそふ有様。田舎客ハ露しらぬ顔にて。其夜を明し帰ける

   中万字なかまんし玉菊たまきく全盛せんせいの事 燈篭とうろう權輿はしまり 河東かとう追善ついせん〓向ゑかう之事

今ハむかし正徳享保の比。角町中まんしやに。玉菊といへる遊女有ける。もゝこび自然しせんそなはり。粉黛ふんたいの色をからす。さなからよう深窓しんそうを出し。貴妃きひかむかしもかくや有けん。人ことに其愛敬あいきやうの餘りあるをや。常/\出る茶やハ勿論もちろん。其外の茶や。藝者けいしやに至るまて過分の心付をつねになしけれハ。誰あつて玉菊あ」4オ しかれと思ふ者もなく。かけなから。その全盛せんせいをいのらぬ者もなかりけり。あるい〓頭たいこ末社まつしやいた〔る〕るまて。その仁愛しんあいかんししたひけるは。桃李とうりものいはすしもおのつからみちをなす心地こゝちにて。五丁たい一。全盛の名ハとりける。然るに水無月みなつきのはしめ。風の心地にてふと打ふしけるか。文月のはしめ。つひ黄泉かうせんたひにおもむきける。百やく。もちゆるかしるしなく。〓鵲へんしやく荊〓けいきよくはやしに遊はす。まこと馬塊ばくわい一夜のゆめの心地して。おしなめかなしみなみたはらわたたちけり。あるへきにあらねハ。つひにハ。化野あたしのゆふへの煙ほそく。むすふもうれし。はすれかたみにと。つるのはやしのしもおけるさまとて。人々のかなしみ。いふもさらにして。」4ウ おや。はらからにあらねとも。をうしなひし思ひをハなしける。玉菊たまきくか。亡跡なきあと追福ついふくに。心易こゝろやすき茶や。のきこと挑灯ちやうちんをともして。冥闇めいあんてらしける。有様ありさま小松こまつ大臣おとゝ。四十九院をひやうし。ともさしめ給ひし。燈籠とうろうおもかけにかよひ。また初秋はつあき物淋ものさみしき。夕暮ゆふくれの。景色けしきましけれハ。見物けんふつの。貴賎きせんおひたゝしかりける。よつて。よく享保きやうほうぐわん初秋はつあきハ。中之町いへことに。しまの挑灯ちやうちんをともしけるに。去年きよねんにまさりて。見物けんふつもましける。破笠はりついへる者。はしめてからくりの。燈篭とうろう工出たくみたしてより。としことに。たかい燈花とうくわ精妙せいめうつくして。今にいたりぬ。さて5オ 玉菊。三回忌さんくわいきには。水調子みつてうしいふ河東節かとうふしあみて。一郭いつくわくこれかためにかなしみをそへける。

   紀伊国きのくにや文左衛門強奢きやうしやともとりひしく付リ 英一蝶はなふさいつてう浅妻舟あさつまふね之事

今はむかし。紀伊国きのくにや文左衛門といへものあり。もとハいやしなりしか山事やまこと受負うけおいにかゝり百万両ひやくまんりやう。金銀をもふけのち所々しよ/\普請ふしんに又数万両すまんりやうもふけて。榮花ゑいくわとなり。遊里ゆふりあそんて金銀を蒔事まくこと土瓦つちかわらことし。まことに。たまつふてとし。こかねつちくれとなせし秦人しんひとの。むかしも」5ウ おもひいてられぬ。其比そのころこく町に。貸座鋪かしさしきしてきやう大坂おふさかだいしん。江戸見物けんふつきたりかねて。紀文きふんとハ。かわせのとりやりにてられたる中なれハ。紀文きふんか。深川ふかかはたくへ三人をまねきける。そのもてなしハ。珍膳ちんせん美食ひしよくつくし。一蝶いつてう式部しきふ梁雲りやううん貮朱にしゆばんなと云ものいてて。酒宴しゆえんせききやうもよをしける。そのうちきやう大盡たいじん。文左衛門にむかひ。遊ひのはなしになりそうして。女郎と云者いふものこい出来てきあいかねひかりにつくハ。江戸も上方も。同し事なりとのはなし。紀文ハむねさはりしか。さわりぬていにてめつらしく明日は。吉原へ同道申さんとて。そのハ紀文かかたに。と共に遊ひ」6オ あかしける。紀文ハ。みやこ大盡たいしん一言いちこんにくしと思ひ。四人の末社まつしやよひ。この事をかたり。かよふ/\と教遣おしえつかはし。しきによし原へつかはしける。四人の者はしきさま。よし原へいたり。大津や重郎かたへ行て。吉原惣仕舞そうしまいにし。茶やあけや。遊女屋まてほかきやく馴染なしみとてもことはり可申。そのほか菓子くわしさかなや。八百やまて。かいきりけり。三人の客ハ。かゝる事ハゆめにもしらす。いつ方へ行ても。金銀さへ遣へハ。ようのたる事と思ひ。屋かたふねにて面白おもしろく酒宴しゆえんに乗しつゝ。深川ふかかはよりさほさし。今戸橋いまとはしへほとなくふねも着けれハむかいとして舟宿ハ云に不及。茶や。藝者けいしや〓頭たいこ。紀文か定紋の羽織はおり6ウ 小袖を一ように着しつゝ。出むかへハ紀文ハ舟よりあかり。三人の客をいさなひ。中の町へ至りける。其日ハ常の物日より。めさましき吉原の惣揚とて五丁の遊女のこりなく。中の町の両側りやうかはの。茶やにすたれまかせて並居なみゐつゝ。新造禿に至〓ひとり/\に。紀文へあいさつなせハ。茶やの夫婦は両かはより。出迎いてむかい。おはやい御出とのあいさつに。京大坂のたいしんハ。目をおとろかし紀文か茶や。大津やへ上り。夫よりして揚屋尾張やへいたりけれハ。揚屋夫婦も立むかいかれ是とするうち。五丁の女郎皆々揚やへ來り。酒宴しゆゑんもよをし三人の客をもてなしける」7オ
挿絵 【挿絵第二図】7ウ8オ

三人の客ハ。相應そうおうなる女郎あぐへしと。おの/\か茶やへ申けれとも。今日は紀文様の惣揚そうあけゆへ。此五丁町に女郎とてハ一人も無て。其外御さかな。御菓子くわし等にても。差上たくハ候へとも。みな不残のこらす紀文様に買上られ。何一。さし上へきよう無之これなしと。氣毒きのとくなから茶やの亭主ハ断いへハ。三人の大盡たいじんハおゝきにせきのほせ。いかに紀文かそうあけなれハとて。金子さへ出しなハ。其はたらきの出來ぬと云事。有べからすと以の外にはら立ける。茶やハとかく金銀ハ山につみても。今日ハ紀文様へ御断おゝせられされハ。わたくしともとても御客にハ仕かたし。御金ハほしく候へとも。紀文様のかいきり」8ウ なれハ。是非せひもなし。たからの山に入てむなしくかえるとハ。かゝる事をや申らんと。氣毒きのとくあまりて申けれハ。三人の客ハ。是非なく。そのむなしく貸座敷かしさしきかへらんとたちいてしか。竹輿かごを申付へしと。茶やへ言付いゝつけ候へども。これまた紀文様の買上かいあけゆへ。田町。山谷さんや聖天しやうてん町。みのわ。金〓かなすき小塚原こつかはら。すべて浅草あさくさ十八丁に。かこと申ハ一丁も無之これなくといへハ。三人ハいよ/\きもをつぶし。いま是非せひなくほりゆきふねいたせと言付いゝつけれとも。今日は紀文様の買上かいあけゆへ。一そういたしがたしと言により。三人の客ハ〓方せんかたつき。かほを見合。紀文にしつけられ。思ぬあいくちおしさ。いかゝせんといゝつゝ。我家わかやかへりける。」9オ るにてもこのかやしに。なにかせんと。工夫くふうをなしけれと。いかほと金銀まくとも。是につゝくへきよふなけれハ。三人の大盡たいしんは。いそぎきやう大坂おゝさかのぼりける。一蝶いつてうハ。多賀たが長湖てうこといへるものにて百人ひやくにんおとこいふことゑかきけり。のちしまよりかへりはなふさ一蝶いつちやうと。改名かいめいし。浅妻舟あさつまふねいふをかきける。そのことはに。
  浅妻あさつまふねのあさましやアヽ又のはたれにちきりをかわして
  ほんにまくらはづかしわかとこの山よしそれとてもなか
もてあそふ道中とうちう双六すころくこれも一蝶のさくなり

   三浦みうら小紫こむらさき貞操ていそう之事 付リ 平井ひらゐ悪逆あくきやく 比翼塚ひよくつかおよひ八重梅やえむめ之事

今ハむかし延宝ゑんほうころ。京町一丁目三浦やか内に。小紫こむらさきと云し松位たゆふありしに。そのころまた平井ひらゐ氏といふゑせ者ありかれハもとちうごくすじ家中かちうにて。歴々れき/\子息しそくなりしか。いさゝかのことにて人をうちくに立退たちのきその。十七のとし江戸ゑと北下にけくだり。もとよりも知音ちいん近付ちかつきもなけれハ。幡随院はんづゐん長兵衛てうべいへる男伊達おとこたてちなみ。もとより。美少年ひしやうねんことなれハかれおとゝぶんとなりて。あまたの男伊達おとこだてともとしてくらしけり。或日あるひ唐犬とうけんごん兵衛。むし次兵衛しへい放駒はなれこま四郎兵衛と。連立つれたちはしめてよし原見物けんぶつきたけるに。」10オ おゝかる遊君ゆふくんなかに。いかなる悪縁あくゑんにや。この小紫こむらさきそめてより。おもひのほむら。むねこがし。煩脳ぼんのういぬうてともさらこゝろいやまし。はしめまくらをかわしまの。なかれによどむうたかたのかつきえ。かつむすふ。ちきりのむつことかずつもり平井ハ浪人ろうにん立交たちまじる人だにも遊所ゆふしよの金にハつまるならひ。よんところなくいまハはや。土手どて八丁はつちやういふ不及およばす本郷ほんがう丸山まるやま御茶おちやみず小日向こびなた牛込うしこみ法眼坂ほうげんさか金〓かなすぎへんにて往来ゆきゝの人を切殺きりころし。奪取うばひとつたる無間むけんの金。としたちしたかひ馴染なしみかさなる小紫こむらさきひかげんよばれつゝ。日夜にちやかよふあげや町。切取きりとりしたる金銀きんぎんも。心にまかせぬおごり熊谷くまがへつゝみにて絹賣きぬうり切殺きりころし。奪取うばひとつたる」10ウ 三百両さんひやくりやうあとをくらましうせにける。されともてんあみ退のかれかたくついその網代あしろうを鈴ヶすゝかもりあしたつゆきへにけるを幡随意ばんずい院長兵衛ハむかしのよしみをおもひつゝとびからすのはみのこしたるしゝむらをひろあつめて目くろなる何寺といへる風呂ふろやへほうむりつかはしけるしかるに平井がしよ七日にいとやさしき女性によしやう一人ともひとり召連めしつれきたりみつからハ小紫こむらさきと申者也平井とのとハわけある去年こぞ秋中あきぢう年季ねんきあけ箕輪みのはおやもとにさむらいしがうけ給れハ平井殿のなきからハ御寺おんてらにおさめられおんとむらい被下候よし難有ありかたき御事おんことなりはかもふてのためさんけい申候とていはつゝしといふ名香めいかう一包ひとつゝみ香奠かうでんとして金十両」 11オ 差出さしいた〓向ゑかうねかへハ彼寺かのてら住職しうしよく隨川すいせん和尚おしやうハおとろかれまこと奇特きどく千萬せんばんなりいさ/\〓向ゑかうなさるへしと墓所はかしよ同道とう/\し給ひけるいかなれハかくれき々の人の子のたれ〓向ゑかうする人もなくかわりはてたる一掬のつかまだ石塔せきとうたてざりけるに香炉かうろをかり敷物しきものしかせしばらくこゝにて御きやう讀誦どくじゆつかまつり御〓向申むけたく候へハ師のぼう様にハ御退窟たいくつも候はんとことはり言ハ隨川ずいせんしやうみの輪とやらんまではるかみち何なしとも出來てきあいときしんずべしとててらへ入れける扨召連めしつれたるともの男にハ我身わかみきやうどくしゆの内ハ寺へ行てやす〔む〕むへしといとまとらせその身ハ伽の」11ウ みつ手向たむけ普門品ふもんほんたか/\とよみけるそののちはおともなしほとなく隨川ずいせん和尚おしやうたちいてこなたへきたり給へと墓所はかしよかたを見てあれハ小むらさきハうつむせにふしけるまゝ立寄たちより見れハいつのにか懐釼くわいけんのんとにつきたてあけにそみてぞふしにけるにぞきもをけしいそぎともおとこよびこれを見せ早速さつそく箕輪みのわおやもと幡隨意はんすい院長兵衛がもとへ人をはしらせいゝりけるにふたおやならひに長兵衛もはせきたり和尚おしやう様子よふすをきゝかえらぬことをくりかいし先立さきたてかなしみよきにとむらい給れとのねかひに長兵衛ハすゝみ出小むらさきかしんてい末代まつたいはなしたね12オ 貞女ていちよのみさほありかたし権八と一所いつしよほをむりつかはさはたかい成仏てうふつうたかひなしとてしるし連理れんりたちはなうへあをめのいしさゝりんどうまるの二ッもん二人か俗名そくめうかきしるし末世まつせのこ比翼ひよくつかとて目黒めくろ行人坂きやうにんさか西にしかた冷光寺れいかうしといへる虚無僧 もそうてらしるしを今にのこしけるさてそのころ世上せしやうはやりし八重梅やえむめと云はやりうたハ二人がうたい出しけるなり因にこゝに記おき侍る

  八重梅やえむめ
  われさくつゝしのはなおらハとくおれちらぬ間に
  われハ野にすむほたるむし手の松明たいまつ火をともす」12ウ
  あいた見たさハとひたつばかりかこの鳥かやうらめしやさんさ
  よしなの思ひ

是を八重梅となつけそのころ人々唄し也」13オ

烟花清談之三
  山本や秋篠敵打の始末之事

今はむかし。京町貮丁目山本やかもとに。秋篠あきしのといへる遊女有その人となり端正たんせいにしてかんはせうつくしき事。蓮蕋はちすあさやかなるかごとまなこ秋水しうすいのうるほへるか如く。常娥じやうか月宮けつきうはなれ飛燕ひゑん新粧しんそうよる面影おもかげもかくや有けん。おゝかるきやくなか四國しこく大守たいしゆうちに。宮津みやづ何某なにがしとかや云し人ありけるか。代々たい/\ろくをかさねていとたくさかへときめきけるに。ころしもそらさへあつきとゑいせし水無月みなつきのはしめ家内かないの人々はいさゝかこゝろさしのとて。ちかほとりの山てらへ」1オ 仏参ぶつさんせり。何某なにかしハ壱人の若黨わかとう要介ようすけといへるを相手あいてとして。今日けふさいわい家内かない畄守るすにてしつかなれハ。いへてう虫干むしほしせんとて具足くそくひつ取出とりいだしてかさり。みづから珍箪ちんたんの上にいつはい冷酒ひやさけ三伏さんふくあつさわすれ。おもわす一すいをもよをしけるうち。くもあかりかぜおこつとくかみなりおとしきりになりける。何某なにかしハもとよりかみなりをおそれ平日へいじつなる時ハおそれおのゝき小児こどものおそるゝか如し。いわん家内かない畄守るすなれバ一しほ心細こゝろほそく要助にかやつらせ。夜着よきひきかぶり。枕本まくらもとにハ要介に宿直とのゐさせ。日比ひころねんする観音くわんおんめう智力ちりきをそいのりける。この要助といへる若黨わかとう年比としころ正直しやうじき実躰じつていなる生質むまれつきゆへ。何某なにかしも一しほ目をかけ召仕めしつかい1ウ けれハ。かみなりはれねんけるなをふりしきるいふたちいかつちいよ/\つよく。でんかうまなこをさへきり。そらおそろしおりから。いかなる天魔てんま所為しよいにや。また下郎けろうかなしさハ。とこにかさりし具足くそくひつにたしなみ入置いれおきし。軍用くんようきん〓前さいせんちらと見しに欲心よくしんきざしはけし〔き〕らいひゝきさいわい抜足ぬきあしして。具足くそくひつへかゝりけるおりから何某なにかし一心いつしん観音經くわんおんきやう夜着よきうちにて。讀誦とくしゆなしそと様子ようす夜着よきうちよりうかゞふとハ。要介ようすけ心付こゝろつかすて金子きんすうはいとらんとせしとき夜着よきうちよりこゑをかけけれハ心得こゝろへたりと云まゝ。枕夲まくらもと主人しゆじんかたなぬくよりはやくかや釣手つりて切放きりはなし。かへかたな何某なにかしをたゝみかけて切倒きりたをしけるか。何某も」2オ 枕本まくらもと脇差わきさしぬきはなし。かやうちよりつきけるか。みゝわき三四寸斗きつさきはづれにつきけるか。要介ようすけことともせす。なをふんこんうつ太刀たちついにはかなく也にける。要介ハとゝめもさゝす。軍用くんようきん盗取ぬすみとり。あとをくらましうせにけるしかるにゆふたちのならいなれハあめもおやみ。かみなりはれ家内かないの人々ハゆめにもしらす。てらよりかへ座敷さしきにいたり見れハ。主人しゆしんハあけにそみうちたをれ。ぬきしかたなそのまゝありけれハ。これハ/\と斗にて。たれ様子よふすをとふべきやうもなかりけり。内室ないしつ狂氣きやうきのことく早速さつそく死骸しがい抱付いたきつき。こハそもたれ仕業しわさそや。かたきハいつくの人なるそや。要介ハいつくにぞと。たつねても見へされハ。〓方せんかたなくとやせんかくやと。」2ウ 家内かないの。男女なんによハあとや先空しき。からにいたきつきなくよりほかのことそなきかくてあるへきにあらされハ。死骸しかいかたつけんとせし折から。かすかかよ呼吸こきう様子よふすに。皆々みな/\よろこひ氣付きつけをあたへよびいけけれハ。まなこをひらきくるしきいきをほつとつき。妻子さいしかほ打守うちまもりさて々むねん口おしや。われ幼少ようしやうよりかみなりをおそれ。生得しやうとく未練みれんこゝろゆへかくやみ/\と要介ようすけめにうたことの。心外しんくわいさうとあり次〓したいを。つく/\にかたりきかせ。無念むねんなみたにしつみけるか。鳥のまさになんとするとき。その鳴声なくこゑかなしみ。人のし んとするときそのいふことよし。おさなけれとも世伜せかれかん次郎よくきくべし。われおもわすもうんつき下郎けろうにかゝり。むなしくなりなハ。なんじさそ力なかるへし。さりなからはゝたのみに。成長せいてう3オ なし。要介ようすけめを尋出たつねたし。うつ我忘執わかもうしうはらすべし。おまきも今より随分すいふんかん次郎を大切たいせつにそたて。かたきうたせ給らハ。わかなきあとのとひとむらいに。百倍ひやくはいまさる追善ついせんそと。いゝおくことあとや先今はたのみも切果たり。是非せひもなく/\無骸なきからハ。ゆふへけむりとなしにける。しかるに太守たいしゆ此よしきこしめし。ふかいなき何某なにかし有様ありさまとて。家内かない闕所けつしよになり。おまきハおさなき勘次郎を引連ひきつれ奈良ならほとりにしるへの有しまゝ。立越たちこへてならわぬ賃苧ちんそ御車おくるまめく月日つきひを暮すうち。勘次郎十六さいはる。おまき持病ちひやうしやくつよくおこり。いろ/\と養生やうしやうするうち。年比としころ日頃のつかれにや。段々とさしをこ。今ハの際に成にける。時。勘次郎を枕本まくらもと3ウ へよひ。なみたとともに云けるハ。何某なにかし殿どのにわかれまいらせてより。そなたを人となしぬるを。神やほとけいのりつゝはやくかたきうたせんと。あけくれいのはんへしに。ことしハもはや十六のまへ髪とらせ。かたきゆくたつねんと思ひのほか我身わかみの命もかけろふの。あしたをまたぬこのやまいなかわかれとなりぬへし。これさたまる約束やくそくくやみてかへらぬ事なから。わかなきあととむらひより。はやくこのを立去て前髪まへかみとりて人となり。とをあつまはてまても。かたき有家ありかたつねし。本もうとけて亡父なきちゝの。しゆらの忘執もうしうはらし給へ。これ孝行かう/\の〓一そや。必々かならす/\はゝわかれかなしみて。未練みれんの心をおこしつゝ。しよ人にうとまれ給ふまし。伝聞つたへきくもろこし何某なにかしハ。父をあつにとられつゝ。何卒とそ敵をうつへしと。」4オ
挿絵 【挿絵第三図】4ウ5オ

ある夕暮ゆふくれの事なりしに弓矢ゆみやたつさへ遠近おちこちのたつきもしらぬ山中を父をくらいしあつたつねこゝやかしこと見まわせしに。木陰こかけふしたるとらのかたち。まちもふけたる梓弓あつさゆみ。しはしかためて放矢はなすやの。ぶくらせめてたちけるまゝ。立寄見れハ大石たいせきなり。これ孝行かう/\一心いつしんそや。其心をハよみうたに石にたつ矢もあるものを。なと念力ねんりきのとゝかさるへきと。よみしも人のおしえなり。思へハ/\わか身ほと。果報くはほうつたなき者ハなし七ッの年に父にわかれ人のなさけはゝもろとも。くにはなれ奈良ならさかやこのてかしわのふたおもて。とにもかくにも父母に。うすきゑんこのゆくすゑを随分すいふんと仏や神にいのりつゝ本望ほんもうとけてすたれし宮津のい〔へ〕おこし」5ウ このかなしみを。むかしかたりとなし給へ。かならす/\はゝわかれかなしみて。くに病煩やみわつらい給ふなよ。さわさりなからあすよりハ。たれちからくらすらんとおもきまくらをもたけつゝ。なみたともかたるうち。痰火たんくわ咳入せきいりむねくるしみ。次〓しだい/\にたのみなく。さしこむしやくにあへなくもねむ〔る〕ことひきとるいき。勘次郎ハたゝほうぜんと。なくもなかれすかなしみに。はゝ死骸しかいにすがりつき。ともに死んと思ひしか。又思ひ直し母の教訓おしへ亡父なきちゝの。遺言ゆいごんかた/\ならぬうへと。したしき人々たのみつゝ。母の亡骸なきからけむりとなし。七日/\のとむらいも。心斗こゝろはかり供〓くようをとげ。さてしも母のおしへにまかせ。みつから前髪まへかみ〓落そりおとし今〓いままてちなみ劔術けんしゆつ荻原おきはら一角いつかくもとたちへ。いままてかれこれいとけなきより」6オ 御世話おせはになり。おんはさら/\わすれおかさりなから。はゝいまはのおしへにまかせ。吾妻あつまかたたちこへすこしのしるへ候えは。これたのみ奉公ほうこうかせき申たく候へハ御暇乞おいとまこいまいりしと。いへ一角いつかく年月としつき馴染なしみ不便ふびんさに。いまたとしはもゆかぬの。うみ山越やまこへてのながたひ其上そのうへあてなき奉公ほうこうかせき。きとくにも候へハ。我家わがいへつたふ陰陽ゐんよう二ッの太刀たち有。當年とうねんるすへしと。かねてハ思ひたるうち母御はゝごいみにて延引ゑんにんせり。今日こんにちさいわい免許ゆるすへしとてきよめめ。二ッの太刀たちすじおしえつゝ。なんち門出かとで餞別はなむけせんとて。卜筮ぼくぜいとりもふけ横手よこでうつて申よう。今筮いまぜいたるところハ。雷地豫らいちよ雷ハ百里ひやくりとゝろかし」6ウ ぐんやるありこれしよく諸〓しよかつ孔明かうめい南蠻なんばんせいせしときせいたる卦なり。出度てたき旅行りよこう門出かといてそや。とく/\用意よういあるへしとて。盃出し寿ことぶきをなし。かとおくして別けり。夫よりしてかん次郎。我家わがやに帰り見くるしきものとり片付かたつけこゝろやすきひと々にいとまこひつゝとりなくあつまの方へいそきける。日数ひかすつもりて名にしおふ。花のお江戸や日本橋。浅草寺あさくさてらのこなたなる。猿屋さるや町といふところに。すこしのしるへをたのみつゝあやしきはにふをいとなみて釼術指南講釈かうしやくそのの煙をたてにける。夫よりしてかたき様子よふすこゝやかしことうかゝうち門〓もんていもおゝくつきしたかつ繁昌はんじやうせり。しかりとハいへとも敵の様子もしれされ。」7オ ハとやせんかくと。あん〔し〕わつらひいつとなく。煩出しまくらにハふさねとも。つね/\煩かち也けり。とりわけやすき門〓もんていあつめて。先生せんせいかく煩かちなるハ。いまた壮年そうねんにもなり給わて。武術ふじゆつに心をゆだね給ふゆえなるへし。心なくさめ申さんと。一両いちりやうはいもよをしつゝ。ちかあさくさ観世音れいけんあらたにさむらへハ。いさまいらせ給へやと。よきなくさそふに〓方せんかたなく。ともに連立つれたちもふてつゝ。南無帰命なむきめう大悲だいひそんねかわくハ敵要介に。めぐり合せたひ給へと。丹誠たんせい無二むにいのりつゝ。猶爰かしこ巡礼しゆんれい裏門うらもんとをへいたりつゝ。明王院のうばいけこれ一ッ家の旧跡と。人のおしえに立寄たちよりて夫よりいそく花川戸。」7ウ たれか待乳の山ちかく。ゆふ越て行ハたちまちに。あふさきるさのかしあみかさ。あるひハ頭巾つきんまゆふかくく。つゝみ八丁ゆくとなく。あゆむとなしに。衣紋さか。大門口に入相の。かねてハかゝるへしそともおもわすしらす。さそはれて中の町まち合のつぢいたりて見てめ〔あ〕れハ。おゝくの女郎の揚屋あけや入。空もはなよふ心地にて。勘次郎ハたゞぼうぜんと。桃原とうげんに入しむかしかたり。てう文生ふんせいか仙女にあいしことく。はしめて見たる花街くるはのよふす。門〓もんていぢうハそれ/\に馴染なじみの遊君ありけれハ。いさこなたへとすゝむれと。一きは目たつ八文はちもん。此山本の秋篠あきしのか。はでならぬおもかけに。心をうつしたゝすむを無理むりにいさなひ。とある茶やへ同道し。こよひのやとりハ」8オ 先生せんせいのおこゝろまかせとすゝむれとも。さすか心にはち紅葉もみちいろに出にける秋篠や。外山の里にあらねとも。かの山本かもとへならハ。一夜の契をハかはしてほしき風情をつゝむとすれと。糸薄いとすゝきほにあらわるゝ面影を。むりに進て初恋の。渕とやならんみなの川。けふの〓瀬あふせをみなかはに。はやくみかはすさかづきの。かすかさなりてとこの山雲となり。あめとなるわうの梦をそむすひける。秋篠あきしのも勘次郎か面さしに。心をうこかし明行かねうらみつゝ。心ならすも勘次郎ハ。皆々みな/\にもよをされてさるや町へかへりしか。猶秋篠あきしの面影おもかけの。わすれやられす。其夜ハひとりひそかにおもむき。それよりしてハ門〓の。人目のせきもつゝましく。くる8ウ 夜も忍ふあみ笠に姿をかくしかよひける。今ハ中/\秋しのがまことの心に引されて。有にし父のかたきのことも露おもはて。一とせほとハかよひしに。ある夜のゆめに過去し。母の姿をまほろしの打うらみたる顔はせにて。やよ勘次郎故郷こきやうにて誓ひし事ハわすれしと。さもあり/\と見しゆめにおとろかされておき上り。見れハまさしきおもかけの幻のとくおもはれて。燈火ともしひかすかに三かうかねの。ひゝきかすかに聞ゆ。勘次郎ハ忽に手水うかいにみを清め。燈明照し両親りやうしんの位はいに香をてんしつゝ。いますかことくかうへをたれて放蕩ほうとうを侘奉不孝ふかうつみをさんけせりあくれハさつそく山本かかたへ行。秋篠あきしの9オ
挿絵 【挿絵第四図】9ウ10オ

にあい今まてハふしきのゑんにてかく馴染なしみをかさぬるも宿世しゆくせのゑにし有ゆへなりさハさりなからわかみハねかいのある者ゆへこれよりおくのかたへたちこゑんまゝ亦のあふよもはかりかねこよひはかりの名こりなりいつをかきりのなきみのねかひみらいハかならす一ッはちすのちきりをハかならすたかはせ給ふなとしほ/\とかたりけれハ秋篠ハきもをけしなくもなかれぬおもひのたね勘次郎か顔つく/\とうち守りかりそめにまみへしより互につもるまくらのかす未来みらいをかけて契らんとおもひの外なる御おしへとてもそなた様にわかれてハ何たのしみになからへんさるにても御みのねかひとおゝせられんは」10ウ いかなることにて侍らふそや。年月としつきなじみしわか身に今まてつゝみおわせしハうらめしく侍らふとかきくとけハ。今さら何をかかくし侍はん。我か父ハ宮津みやつ何某なにかしとて。四國しこく太守たいしゆにみやつかひして有しか。我身わかみ七ッのとしあへなくうたれしむかしかたり。かたるも今さら口おしく。そのかたきめんていハおさな心におほへ侍はねと。むこふかけてひたい黒子ほくろ。右のこびんにかたなつききず有と。母のおしえとし月たづねさむらへとも。おもかげの人にもあはす。無念むねんの月日をくらす内。いかなるゑんかそなたにあいそめかゝる別に及こと。過去くわこ宿執しゆくしう因縁いんゑんなるへし。必/\我うんつよくかたきにめくりあひ首尾しゆびよく敵を」11オ うちおゝせハ又の契をむすふへし。もし又かへりうちにもなりしときかハ。一へんの〓向ゑかうもたのむと斗になみたくみての物語ものかたり秋篠もなきいりしが。おとろきいりし御身の上こゝに一ッのはなしあり。此一二年この方聖天町しやううてんてうより來醫師いしや徳嶋とくしま泰庵たいあんといふ者あり。つね/\内證へ來り給ふか今御はなしの向歯むこふばかけてひたい黒子ほくろみぎみゝわき二三寸きずの見へ侍ふか。今ハ四方しほうかみにてあるい十種じしゆかうはいかいにおり/\内へ見へ給ふ。もし是にても侍ふやとはなせバ。勘次ハとびたつことく。浮木うききあへもうのおもひしからハそなた手引して其かつかうを見せ給へとたのめハさいわい11ウ 明日は口切にて。大勢おゝせいきやくしゆも侍へは泰庵たいあんとのもまいるへし。必/\明晩とちきりそのハかへりけり。扨勘次郎ハ我家へ帰り其夜のあくるをまち居たるに。千夜ちよ一夜ひとよ心地こゝちにて明れハはやく支度したくし山本へおもむき。秋篠にあいかたきのよふすをうかゝゐけるに。山本かかたにハけふハ自門しもん門の両三りやうさんはいまねき。初座の鱠炙くわいせきより。中立なかたち座の點茶てんちやまてこと/\くおわころ。秋篠は勘次郎をつれたち内證ないしようかはやへともなふていにて。障子しやうしに穴をあけ敵のよふすをうかゝはせけり。勘次郎ハ一目見るよりとびたつことく思ひしか。無念むねんのむねをおさへつゝ秋篠諸とも二階にかいへ上。いよ/\かたきに相違そうゐなしと。」12オ 明朝のかえるさをつけゆき名乗なのりあい勝負せうふをせんと。其夜おあかしたいあんかへるさをあとより付て行けるに。所ハ待乳山まつちやまふもとにて。聖天せうてんてうの。おもて格子かうしつくなる内へ〓入はいるを。押續おしつゝいて入。いかにたいあんわすれしか。我こそ宮津みやづ勘次郎なんし父をうちしより。無念のとし月尋たつねくらしよふ/\夜分見出ゆへ。是まてしたひ來たり。いざ尋常しんしやう勝負せうふあれと。身こしらへしてつめかくれハ。泰庵たいあんハさしたる脇差わきさし投出なけいたし。勘次郎か顔を。見あげみおろし。つく/\見て。かうなるかなゆふなるかなおもひ出せハ。ふたむかしみつから若気わかけの不了簡よくまなこもくらやみて。御主おしうかいし奉り。うはひし金ハ水のあは12ウ なすことする事左まへ〓方つきてあつまへ下かたちをかへて鍼醫はりいとなりよふ/\月日を送るうち我ハ忍ふとおもへとも天命のかれす今君に奉〓あいたてまつるすなはち主人の御はつ御心せかすと御手にかゝりせめてハ罪障さいしう消滅しやうめつせん扨々わすかの年月にいとけなけなる御成長せいてうこゝ市中しちうの事なれハ是より近きあたり浅茅あさじか原と申所の侍へハこよひそれへ御供なし御手にかゝり侍はんといとおとなしやかにこたへけるまゝ勘二郎ハさるや町へ人をやり門弟りやう呼寄よひよせ泰庵たいあん守護しゆこさせ其身ハさるや町へかへり支度したくをなしてよし原へ立寄秋篠にあい敵要介に名乗なのりあいこよひ浅茅か原にて敵をうつにつけて」13オ いとまこひに來たり何かとそなたの真實しんしつゆへ思ふ敵にめくり合本望とくるハあんのうちさりなからもしうんつきて返討にもなりしときかハ無跡なきあと〓向ゑかうたのむと言けれハ秋篠ハもつての外にはらをたて〔けしきをかへ〕扨々ふかいなき御心かなおやの敵を見出しなからみつからへいとま乞とハみれんなる思召かなとても其心にてハ敵も大かたうち給ふまし是非せひもなき御事と泪にくれて恥しむれハ勘次郎は今更いまさらにかへすことはもなみたなから立かへり浅茅か原へいたりて見れと敵の影もなしとしやおそしと待うちに日も西山せいさんにうすつく比敵泰庵ハ二人の〓子てしにいさなはれつゝ出來いてくれハ勘次郎ハ声」13ウ をかけ支度したくも能ハとく/\と言ハ泰庵ももゝ引たすきに身をかためたかいに別て西東にしひかしまいりそふと声かけ合互に手練しゆれんの太刀先に勝負せうふもいまたつかさりしにいかゝハしけん勘二郎請太刀になりてたしろけハ思ひもかけぬ松かけより黒装束くろしやうそくにあみ笠たる若侍うしろの方へ〓ると見へしかぬくよりはやく泰庵たいあんか右のかいなを打おとしけれハ勘次郎ハ踏込ふんこんて大袈裟けさに切たをしとゝめをさし父生〓しやうれう頓生とんしやう菩提ほたいかたき要介かくひ請取給へと〓向ゑかうをなして手向たむけけりかくて人々ハ悦いさみすけ太刀たち打し人に向いかなる方なれハ思ひもかけぬ御介太刀に預忝し去るにても御名ゆかしく候と」14オ いんきんにてをつけハいせんの侍近々とあみ笠とるを見てあれハ山本やの秋篠なり是ハ/\と皆々おとろきふしんをなせは先ほと勘次郎様いとまこいに見へ給ひしをはちしめまいらせしも心をはけまし申さんため心の外のあいそつかしを申せしなり夫よりしてみつからハ親かたへ寺まいりとていとまをもらい心安き茶やを頼中宿をこしらへ身こしらへしてこれ〓参侍しに心とゝき首尾しひよく年月の本望をとけさせ候何よりめてたふ侍ふと悦いさむ其中に勘二郎ハ秋篠にむかい只今の心さしと云はたらきと云武士も及はぬけなけのふるまいなかれしつみ川竹かはたけのうきふししけき其中にたくひ」14ウ まれなる志さるにても御身の上からばしくわしくかたり給へと云へハ秋篠ハ顔うち赤め恥しなからみつからか父上ハさるやんことなき御方に世々禄をかさねて侍りしに傍輩ほうはいのさんにより思はすいとま給りて二君じくんに仕へぬ市中の閑居かんきよ年月をくる其中に母の大病たいひやうせんかたなくみつからか十二のとしこの荊〓くるは林に賣れしにはしめハ父母の事のみ思ひ出し明暮恋しかりしかおさなき心のおろかさハ日毎にこひなれ花やかなる人の出入たち振舞ふるまいうらやま敷いつしか芝蘭しらんしつならぬ荊〓けいきよくの林にすんそのそまぬるそ浅ましき一夜をかきりに去てふたゝひ來らさるもおゝき中にいかな」15オ宿しゆく世の奇縁にやそもし様にふとなれそめまいらせ御身の上を聞に付いとゝいやます思ひのたね扨こそ斯ハはからいしそやそれハともあれ年月の御苦労くろうありしかひ有て御本望をとけ給ひいか斗か悦し此上わへんしもはやく御國元へいそかせ給へと進られ勘次郎ハ日比の情此場の時宜しきさら何と云へき言葉もなく只何事も國元へ立帰たちかへりむかひの人をさしこすへしといとま乞もそこ/\にして立わかれなれ故郷こきやうへ立帰かたきうち始終はしめおはり太守たいしゆへ申上しかハやかて本地に立かへりふたゝひひ宮津の家めいおこし秋篠事も身請をなし玉椿の八千代をかけてさかへけり

烟華清談四目録

化物はけものきり奇怪きくわい之事

まん禿かふろ 怪童遊 あやしきこともになれあそぶ

茗荷めうか大岸おゝきし 智防〓 ちをもつてそしりをふせぐ

三浦みうら花鳥かてうひし通路かよひぢ全盛 せんせいをあらそふ

大上総おゝかづさとこなつ迷魂ゆふれい之事

奈良なら左衛門 友 ともをたまかす

まつや八兵衛 以戯奪金 たはむれをもつてかねをうばふ事」目オ〔白〕」目ウ

  烟華清談 化物桐屋怪異之事

今ハむかし。揚や町の河岸かしきりや何某とかや云し娼家ゆふしよやありけるこのあるじかゝへの娼婦とひそかつうしけるか。はしめほとハかりそめことなりしか。いつのほとより筑波つくば山のかけしけく。人目のせきにもかゝるほとなれハ。女房もほとこのことをしりて。しんゐのほむらむねこかし。何かにつけて此遊女ゆふしよにくみ。難波なにはうらならぬよしあしにのゝしりはつかしめけるが。なをたらすや有けん。ほか娼家ゆふしよやうりやらんと云しを。あるしハこれゆる〔ゞ〕れハいよ/\しんゐいやまして。のちこの遊女ゆふしよを見る目もいふせき心地こゝちにてあかくらしけるか。いつのほどよりか思ひのむねこかし。人しらぬやまいとこ打臥うちふしけるか。日」1オ 増思ひいやまし。あるしハ是をさいわゐにいよ/\なれむすひけれハ今ハ中/\たすかるへくもなく。ついに無しやうみちにおもむきける。扨しもあるへきにあらされ野辺のへおくりに人々そてをしほりけるあるしハ今更いまさら打驚うちおとろき。仏前ふつせんにはみあかしをてらし閼伽あかみつつま位〓いはいにそなへ香花をくうし。ねんふついとまめやかにとなへつゝ手向たむけし水をとりかえんとて。見れハ茶わんに水少しもなし。こハそも不思義ふしきと水を手向かへそのそのまゝやすみぬ。夜明よあけて又かうを手向水むけんとするに又水なし。人々いよ/\不思義ふしきをなす事しよ七日まて毎夜まいよかはる事なし。あるしも何とやみん氣味きみわるくおほへけれハ初七日の法事ほうじもいと念比ねんころとむらひけりしかりしよりのちは」1ウ 夜更るにしたかひ。いつくともなく女のさめ/\と泣聲しきりにしてこへものかなしく。姿ハ更に見ゆる事なし。あるい敷へ出せる盃硯蓋なとてうとりなんとの如く中をまいありく。ある時は銚子てうしかんなへのいつくともなく畳の上を走。いろ/\あやしき事を見なからも煩惱ほんのうの犬立さらす。終にかの遊女ゆふしよを後妻になん定めける。しかりしより猶さま/\の怪おゝきうち。月のころ先妻せんさいの衣しやう虫干むしほしせんと。箪笥たんすの引しをぬかんとなしける折から。箪笥たんすの内よりも物かなしげなる聲にて我か衣裳いしやうほすおよはすと云へるこへに。後妻こうさいたまきへうちたおれしを。家内打寄うちより介抱かいほうしてさま/\いたわるといへとも。」2オ ついやまいとなりてほとなく果ぬ。夫より無程ほとなく身上しんしやうおとろへぬ。是を揚屋町のばけきりやと其比人々云ぬ

  萬字や禿怪になるゝ

今はむかし。なんならぬ京町に万字やと云娼家〔ゆ〕ふしよやありける。かれかもとにかん竹と云禿あり。いつしか長月廾か比よの中物静しつかなる比。小雨こさめしきりふり。長きのいとさみしく。きやく壱人もなく。時雨しくれをいそく風の音信おとつれのみにて。夜も初更しよかうころ。かん竹ハ用ありて二かいへ行けるに。見馴みなれさる十あまりなる禿かふろ。かん竹か袖を引て。奥座鋪さしきへともない行ぬ。かんちくも何心なく行しに。」2ウ かの禿かふろたもとよりちいさいしをとり出し。手玉てたまはしきなとするまゝかんちくもとも/\遊戲あそひたはむるゝうち。ほとなく見せよりかんちくよひけるまゝ見せへ行てあね女郎の用事をへんし。又候二階にかいへ上けれハ。階子はしこくちにかの禿かふろまちうけて。又々かん竹か袖をひかへておく座敷さしきへともない行ぬ。只ものハいはすして。石なとをとりあそたはむるゝ事毎夜まいよなり。のちハかん竹も見せの出るをまちて。かの禿かふろと遊ん事をたのしみ。見せ出ぬれハかの禿はし子のくち待受まちうけいることつねなり。あるし夫婦ふうふかん竹か見せ出ぬると。ほかの禿とかはり二かいへ上る事をいとふしんにおもひ。あるかん竹にとひけれハ。二階へたまとりに行とことふ。外の子ともは」3オ みな/\下にるに。だれを相手あいてにするやといへハ。過しころよりのあらましをかたりぬ。夫婦ふうふあやしみて鴇母やりてわかい者に付させ見するに。かの禿出る事なし。又々かん竹ひとりいたれハすなはち出ぬ。きやくいたれハ出る事なし。かくする事一とせ斗にしてのちあるかん竹かの禿か手をとらへ二かいよりひきおろさんとせしに。かの禿かん竹かゑり〓付くひつきけるに。かん竹あつとさけびたをれけるに。くだんの禿いつちへ行けんかしらす。そのこへにおとろき人々立寄たちより見れハ。かん竹ハきをうしなひけるを介抱かいほうなして。よふ/\と人心地なりぬ。すこしのきずなれハほとなくこゝろよくなり。成長せいてうしてなをまたつとめれり。」3ウ

  茗荷めうか大岸おほきし 智防〓 ちをもつてそしりをふせぐ

今ハむかし。享保の比京町二丁目茗荷めうかやに。大岸おゝきしといへる遊女あり。つねに風流ふうりうこのみ酒宴しゆゑんめて。つね/\きやくかへりおくりてハ中の町のちややに〓頭たいこ藝者けいしやを。あつめ相手あいてとし。もすから酒宴さかもりふけゆくかねうらみつき雪花ゆきはなあしたさら也。その座敷さしきとても昼夜ちうやのわかちなく。茶や舟宿やと。又ハ。〓頭たいこをまねき。とともの酒宴さかもりに。おのつからうはきのたてられ。五丁の口のにかゝり。大岸おゝきし色好いろこのみにててれん女郎とハよびける。しかありしより。大岸に心易こゝろやすきちやや。このことつげてとり/\に」4オ 〓見いけんましりに云きかせける。おりからとしくれなりけるか。としの正月ハ跡着あときも一しほさはやかに。下着したき不残のこらす白無垢しろむくちやくし。上着うはきハ。白襦子しろしゆす金糸きんしを以て卒土そととしやれかふへさらしのかたちぬはせてちやくし。また挑灯てうちんにハ大文字おゝもしにて。てれんいつはりなしとかゝせけり。茗荷めうかやのあるし鴇母やりてらハそもいかにと云けれハ。大岸言けるハ。我身わかみをてれんのうはきものとのうわさあるよし。このハてれんうはきにてハなく。たゝたのしみにつとめのうさを忘るゝまてなり。訳しらぬ者の口の葉にかゝりしゆへ。かくハはからい侍ふとかたりりつゝ。やはり挑灯てうちん4ウもん。てれんいつはりなしの文字もしハ。そのまゝにてともさせけるに。物めづらしき評判ひやうばんいやまして。日にまし全盛ぜんせいならぶかたなく。つい浮氣うはきのあだも云人なく今以その膽量たんりやうを人々かんじぬ。

  三浦や花鳥くわてうひしやかよひ路あらそふ全盛せんせい

今ハむかし京町壱丁目。三浦や内に。花鳥といへる遊君いふくんあり。同し二丁目大菱やかもとに。かよひ路といへる娼君ゆふくん有。たかいに全盛のなりしか。いかゝしけん花鳥かかたそのとしくれ。客よりおくるまいかね。いつかうに來らされハ。正月の跡着あとき趣向しゆこうも心にうかます。かのかよひ路かよふ姿を聞合するに。下着ハ。なをりのかう羽二重はふたえのむくに」5オ 上着ハ。縮緬ちりめんにして。にしきあるひはからおりとう花布さらさ蝦夷ゑそにしきなとの。多葉古たはこいれ烟管袋きせるふくろを。いとにて〓合つなきあわせ〔せ〕とりをかさねたるよふになし。これ模様もよふにつけ中の町へ出て。あけ屋へ赴んとする道中とうちうにて。そてつまを引ハ。烟袋たはこいれきせるつゝの。手にしたかつてとれるを趣向しゆかうとなしぬるよしを。ひそかに人のつげけるを聞とも。こなたには。せん方なく。下着は白むくにて。上に黒襦子くろしゆすの火打入たる紙衣かみこをこしらへ。春を迎んとしけるに。大〓日明方。客のかたより金二百両を送りけれとももはや跡着の間にもあわす。せんなき事と思ふうちにほとなく年礼に中の町へ出ける。しかるにかよひ路ハ。新町より」5ウ 爰をはれと出けれハ。茶やの下女若い者。或ハむすめ。むすこまて。御めてたふ御座りますと。袖つまを引て。たはこ入烟管袋きせるふくろを。引とりけれハ揚屋町の角にてハ。帯つけ打かけの。たはこ入きせるつゝ一もなく。無地むち縮緬ちりめんとなりけれハ。其まゝ帯つけのしこきをときて。下着したき斗となりて揚やへ入ぬ帯付打かけハ揚屋町の角に打捨置ぬ。人々其活達くわつたつかんしけるに。花鳥ハ紙衣姿にて揚やを出。大門の茶やに至り。松やか見せにて五丁の藝者けいしやたい頭をあつめて酒宴をなし禿をよひて何か秘語さゝやきけれハ。ほとなく禿ハ何かむらさき服紗ふくさに包し物を持來けるを花鳥ハてにゝもふれす。あるしによろしく頼とて渡しける」6オ
挿絵 【挿絵第五図】6ウ7オ

ハ彼の百両のこかねにてそ有けるを。藝者〓頭下女若い者まてにとらせ終夜松やかもとに遊ひて帰ぬ

  奈良なら左衛門 友 ともをあさむく

今ハむかし。奈良や茂左衛門と云し者ありもつはら柳〓くるわに遊ひ任〓たてひきを好。一時に千金をなけうちてこゝろよしとす。其比紀文きふん一雙いつそう大盡たいしんにして三浦やの。しか崎か方へかよひけり。或日尾張やの揚やに遊ひ居けるに。和泉やの揚やに念比なる友。五人遊ひ居けるか。奈良茂か事を何かあしさまに云けるよし。人の咄にほの聞けるか。奈良茂ハさはらぬていにてけんとん蕎麦そはきり五人前おくり遣しけるにそ。かの五人ハ。花やか」7ウあそける所なれハ。奈良ならかいたつらにくさも憎しとて。こなたよりもけんとん。澤山たくさんおくりてこまらすへしとて。中の町の蕎麦そはやへ人を遣りて。出來てき次〓したいひやくまへ尾張おはりやの揚やへおくるへしと云へハ。こよひハ蕎麦そはうり切たりと云。しからハとて。五丁の蕎麦そはやへあつらゆれとも。みな賣切うりきりたりとこたふ。五人のきやくこれハけしからぬ事なり。まち山谷さんや蕎麦そはやへ人はしをかけけるに。是も賣切うりきりたりと云ゆへ。やま宿しゆく聖天せうてんてうはな川戸かはと材木さいもく丁へあつらへしに。是も今宵こよひは賣切たりといへハ。今ハ是非せひなく。箕輪みのわ金〓かなすきたつねけるに。これ賣切うりきたりとこたゆ。今宵こよひかぎり。けしからぬ事なりと使つかいものハ。小塚原こつかはら千住せんじゆへむけ」8オ て行あつらゆれとも。是も賣切うりきりたりと云に。扨/\あやしき事と。是非せひなく立返たちかへつて。茶やの亭主ていしゆかくと云けれハ。茶やの亭主ていしゆもいつみやへいたりて。五人のきやくにしか/\のおもむきをはなし今宵こよひ一向いつかういつ方にも蕎麦そはきりきれるよし云へハ。しからなんほかにかへしの工夫くふうもあらんと云おりから。おもての方騒々敷そうぞうしく尾張おはりやよりのおくりものなりとて。けんとんはこをつむ事山のことし。千住せんしゆ小塚原こつかはら箕輪みのわ金〓かなすき。或ハ田町たまちさん山の宿しゆく花川戸はなかはと材木ざいもく丁をはしめとして。五丁のけんとんはこのあるかきりもちはこひけるハ。目さましき有様ありさまなり。これハかねて奈良茂ならもより蕎麦そはやへ人をまはし。賣切けるとかやしかさき假筆かりふてにて。ゆる/\と御遊ひ候へかしと申こしけるよし。さていつみやにてハ。もらい」8ウ蕎麦そはになんぎしけり。今芝居しはゐにて。曽我そかの狂言きやうけんに。緞子どんす三本さんほん紅五疋もみこひきと云。又ハ大盡舞たいしんまいことどん三本さんぼん紅五疋もみこひき綿わたたいまてそへられて。貮枚にまいりやう小脇差こわきざしうたふハ。奈良茂ならもか。しかさき身請みうけのしらきに。尾張おはりやへ遣しける。おくりものゝ事なり

  大上總屋おほかつさや常夏とこなつ執念しうねん其巻そのまき勇気ゆふき之事

今ハむかし正徳しやうとくの比かとよ。江戸町壱丁目。上總かつさ屋に。とこなつ其巻と云娼婦ゆふくんあり。たかいその全盛せんせいを争ひて。そのなかむつましからす。たとへハ両雄りやうゆふならびたゝさるかことし。然るに。いつの比よりかとこなつ。心地こゝちわつらはしく。やまひとこふしけるか。ひをおつて顔色かんしよくおとろへ。醫療ゐりやうしるしなく。ついあしたつゆ9オ ときへける。野邊のへおくりいと念頃ねんころにとりまかない。くやみかへらことを云あへりて。いもと女郎しよろうは。おやはらからにわかれし思ひをハなしけり。さて其巻そのまきハ。ありしにまさる全盛せんせい。日にまして。家内かないのもちひもいちるく。とこなつか。すみ敷を普請ふしんきよらかにして。其巻そのまきハかしこへうつりぬ。しかるに。其巻かかたへ客來きやくきたさかつきはしまらんとするとき天井てんしやうよりはら/\とおつるものあり。禿かふろ若い者ハたちより見るにさしと云むしなり。是ハ。天井てんしやうねすみ。又ハねこなとの死骸しかいあるへしとて。あけの日人をのほせて。天井てんしやうを見さしめるに。かつて何の子細しさいもなし。又候。その客來きやくきたりけるに。銀燭きんしよくひかりいとてりわたる中へ。天井てんしようより又。はら/\とおちぬ。彼是かれこれよりて取捨とりすてぬれハ。又しはら」9ウあつおちぬるまゝ。翌日よくしつハ。天井てんしやう取放とりはなし見れとも子細しさゐなし。又のもけしからすおちけるまゝ。今ハ〓方せんかたなく〓〓きとうふた鳴弦めいけんまもり張置はりおきけれハ。其後そののち子細しさゐもなかりける。しかあるのち無月なつきも過。ふみ月もはやなかはすくる比。あめいとしつかふりける夜。其巻そのまきかもとへ客來きやくきたりて。かうころかへりけれハ。座敷さしきもいと寂寞せきばくとして。物淋ものさみしく。ひとりともし火のもとに文したゝめて。夜のふくるをもしらす。四面しめんむしこゑのみにして。まとうつ雨の音のみきこゆ。其巻そのまきハふとかたはらを見れハ。過去すきさりしとこなつかおもかけ。忽然こつせんとあらはれ。其巻かかほを。つく/\とうちまもり居ける。其巻心におもふにハ。日比むつまじからざるとこなつか。忘執もふしうに引され來」10オ りしものならん。人のはなしつたふるハ。かよふなる物にまけるときハ。わか命をうしなふときゝしやと文書ふみかきさしてこなたよりも。常夏とこなつかほをつく/\と見詰みつめけれハ。その勇氣ゆふきにや氣を奪れけん次〓にとこなつハ。あとへしさりけるまゝ。其巻ハ段々と顔を見詰て。じり/\とつけて見けるまゝ。つい姿すがた陽炎かげろふの。まぼろしのことくきへける。それよりして後は怪事あやしきことなかりける。

  松屋まつや八兵衛 客之奪金 きやくをあざむきかねをうはふ

今はむかし。松や八兵衛と云〓頭たいこもち有。或日。揚や海老やにて。なにかしとかや云し客。末社まつしや〓頭たいこもち大勢おゝせいあつめて遊ひけるか。さけたけなはなる比。大成」10ウ 水鉢いてけるを。きやくハこの鉢の水をこほさせ。水油を八ふん目入させ。さて金子百りやうを。かのはちいれかつ手より。まなはしを取よせ。茶や舟宿ふなやといふ不及およはす〓頭たいこもちわかい者にいたるまて呼集よひあつめ。まなはしにて。くたんの小判をはさみ取へし。取さるものハ。はつしゆのましめ。取得とりゑし者ハとくふんと云わたし。皆々みな/\えつまゆをひらき。われとらん。人らんとて。挾とも。はさめとも。水きわちかくなるまゝに。小判ハすへりおち皆々みな/\つほに入にける。きやくこれさかなに一しほきやうしやうしける。松八は。何卒なにとそこれを挾取はさみとらんとたくめとも。手ふるひこふしも定す。其内壱両。よふ/\取し者あり。小判を紙につゝみ。なをも取らんと挾ける。松八は。いまたりやう取得とりゑされハ。いとゝおもひをこかしつゝ。とやせんかく」11オ かくやと。心をくるしめるを。きやくハいよ/\ゑつぼに入て。さけたけなはおよひける。松八ハ無念むねんさあまり。はらたちかほに座をたつしを。座中ハとつときやうしつゝ。猶々なを/\きやうもよをおりから。ふすま障子せうしにわかにひゝき震動しんどうすることおひたゝし。人々ハきもけし。こハけしからぬ事とおもふうち。家なりしきりにして。怪しき姿そあらはれける。そうハ。真黒まつくろにして。まなこほしのことく。ゑんしたより〓出はいいてつゝ。座中ちう白眼にら〔め〕ハ。人々わつとたまきるうち。われこれ松八まつはちか忘執の金ゆへまよ一念いちねんそと。くたんはちへ。両手りやうていれ。金子を不残のこさす奪取うはいとりゑんしたへそ入にける。有合あるあふものいふ不及およはす。たれ壱人おきる者もなく。皆々みな/\はらをかゝへつほのくわいに入にける。」11ウ

烟花清談之五目録

女衒ぜげん又七幽魂ゆふこんとちきる

雁金屋かりかねや采女うねめ貞操ていそう之事

角山口かとやまくち香久山かくやま盃 さかつきをおくる付リ 月見つきみ盃之権輿さかつきのはしまり之事

橋本はしもとくれない横死わうし之事 付リ 雲中うんちう因果いんくわをさとる

総角あげまき新造しんそう教訓きやうくん之事

巴屋ともへやかほる金魚弄きんきよをもてあそふ事」目オ〔白〕目ウ

  女衒せけん亦七またひちゆふこんちきる

今ハむかし。揚や町に又七と云る女衒せけんありける。もと京町二丁目にすみころ年季ねんきあけける遊女ゆふしよ有けるか。かの女子遠國ゑんこくの者にやありけん。おや兄弟はらからも無かりけるや。たれ世話せはする人もなく。又七か方に居ける。いつくへも相應ならん方へ嫁し遣はさんと思ふうち。又七も独身ひとりみねやさみしく。いつとなく人しらぬ中に。うんしやうをこめしのひ/\にかたらひける。しかるに此女ふと煩出わすらひいたせしか。ついにはかなくなりにける。又七も今更いまさら不便ふびんにおもひて。無骸なきからみつからてらおくり。一掬いつきくつかのぬしとハなしぬ。たれとむらふ人もなけれハ。あと念比ねんころとむらひ。初七日の法事ほうしもまめやかに勤遣しける。去る者ハ」1オ 日にうときならひにて今ハおもひもいたさす。日数ひかすへけるにある夕暮ゆふくれことなるに。亦七ハ轉寐うたゝねゆめをむすひ少しまとろみしか。しきりに悪寒おかん氣味きみつよく。ふとさまして見けるに。枕元まくらもと忽然こつぜんくたんの女。にありし姿すかたにてすはり。又七かかほつく/\打守うちまもりなみたくみてぞけり。又七ハもとよりもかう生質むまれつきにて。きつねたぬき所為しよいならん。よきなくさみと思ひ。煙艸たはこくゆらせて詠居なかめゐけるに。少しもかま〔は〕はす終夜よもすからたかい向居むかいゐけるか。あかつきちかくなるころ勝手かつてかたいてしか。いつちゆきけん見へすなりぬ。又七も終夜よもすからもやらされば。其日は労れ終日しうじつやすみて。暮比くれころおき出てこゝろさす用事よふしとりまかなひつゝ。初更しよかうころわか宿やとかへり。ほそおしあけ見てあれハ。いつの比きたけん。又くたんの」1ウきたけるまゝ今宵こよひ是非せひきつねたぬき正躰しやうたい見顕みあらはしみんと思ひ。なにこゝろなきていにてうち〓入はいりハ。女ハさしうつむきてけるまゝ。こなたへきた候へとて。とりけるに。そのひやゝかなることけんとうこほりにきるかことし。さしもの又七も心おくれて。持所もつところはなし。色々いろ/\ためし見るに。ほか可怪あやしむへき事も見へす。食〓しよくしすゝめるといへとも。にもふれす。ものいゝ挨拶あいさつするも平日へいしつのことく。かはるる事なし。そのあかつきちかくいつちへか出けん。姿すかた見失みうしなひけるまゝ。よひよりまちけるか。又かうころきたれり。今宵こよい魚物きよるい油揚あふらけの類をおゝくやきて。はちいれさけなとあたゝめてもてなすといへとも。一向いつかう口もとへもよせす。せん方なきまゝ。とらへんとする」2オ に。けふりをつかむかことく。その姿すかたきへもやらす。端然たんせんとしてありいまハます/\〓方せんかたなく。社家しやけ山伏やまふしまねひて。盤若はんにや理趣分りしゆふんのくり。あるひ鳴絃めいけんふた陀羅尼たらにしんしゆとなふれと。つゆしるしもなし。のちとなりの人々もこれりて。あるひかへうかちて。覗見のそきみれとも。かつかたちを見る事なく。亦七のみひとり燈火ともしひもとにて。人にむかいてはなせるかたちはかりにて。さらに一物いちもつまなこにさへきるものなし。かく毎夜まいよきたこと一月ほとにて。祈念きねん〓〓きとうさらにしる〔し〕なし。しかるにある老女ろうしよのおしえけるハ。幽魂ゆふこん罪障さいしやうふかきには。智識ちしき十念しうねん又ハ。血脉けちみやくなとこそしるしハあるものなり。我方わかかた祐天ゆふてん和尚おしやう名号めいかう一幅いつふくあり。これをかしまいらせんまゝ。よひこゝろみ給へとてあたへけるまゝ。又七ハ是をさつかり。くれるをまちけるに。又」2ウ れいの女来りけるまゝ。又七ハくたんの名かうを紙よりにてひもを付。くひへかける様にこしらへ置けるを。かの女かゑりへかけけれハ。姿は煙のさんせる如彷彿として忽きへぬ。あけの夜ハ来るかと思へハ来らす。あまりの不思義さに。翌朝よくてう旦那寺にいたり和尚おしやうに右之あらまし物語をなし。塚を見れハ。石塔せきとうくたんの名号をかけて有けるまゝ。そのまゝほうむりあと念比ねんころとむらひ遣しける夫よりして何のあやしき事も無かりけり。人々又七をよんで。幽霊ゆふれい又七と異名いめうなしけり

  かりかねうね貞操ていそう之事

今ハむかし厂かねや云へる娼家ゆふしよやに。采女うねめと云遊女あり。或そうなれそめかよひけるか。のふ中おのつからむなしく厂かねやの家内あや」3オ
挿絵 【挿絵第六図】3ウ4オ

しみて。心えなく覚へけれハ。云紛かしてあはせさりしかハ此そう思ひにたへかね厂かねや格子かうしの中にて。或夜自害しかいしてはてぬ。采女ハこの有様を聞てかなしみなみた腸断はらはたをたつ思ひ。ほむらむねをこかしあるにもあられす。いかゝしてまきれ出けん或夜ひそかに。花街くるはを忍出。近きほとり。浅茅あさちか原なる。梅若の母公妙亀尼の身を投し。鏡池かゝみかいけへ身をなけむなしく成ぬかたはらの松にうつなる衣を懸置かけおきうらに一首いつしゆ和哥わか有   名をそれとらすともしれ猿沢さるさはあとをかゝみか池にしつめバ 治〓ちしやうのいにしへ妙音院めうおんゐん大政たいしやう大臣たいしん師長もろなかかう尾州ひしう左遷さすらひ給ひ。謫居てききよつれつれに。たへ給わす。ある女をめされ愛し給ひしか。帰洛きらくの時琵琶ひは一面いちめんあたへ。」4ウ 給ふ。かの女別離へつりかなしみ。ふちなけほつす。そのとき和哥わか一首いつしゆえいす
  四ッののしらへにかけて三瀬川みつせかはしつはてしときみにつたへよ
これより此所このところを。琵琶ひはしまかうするよしこれ采女うねめ同日とうしつたん

  かと山口やまくち香久山かくやま瓜生野うりうのさかつきおくる付リ 月見盃つきみさかつきはし輿まり

今ハむかし。宝永ほうゑいころかと山口やまくち香久山かくやまと云へる遊君ゆふくんあり。みやこ嶋原しまはら遊君ゆふくん瓜生野うりうのといへる者かたより。きやくゑんによりてきん煙管きせるを文しておくりけるか。火皿ひさらあななかにてつめ。きせるのとをらさるようたくみなして。贈ける。香具山かくやま返事へんしに。大盃おゝさかつきのいとそこ」5オまとかにして。したにおくときハころ/\ところれるようにこしらへ。その白菊しらきく書付かきつけ嶋原しまはらおくりける。これハおきまとはせる〔と〕いへる。和哥わか言葉ことはたくして名付なつけ侍る。比しも八月半比なかはころなりける。是よりして月きやくへ。さかつき贈事おくることとハなりぬ

  橋本はしもとくれない横死わうし之事 雲中子うんちうし因果ゐんくわさとる

今ハむかし。享保比角町橋本やに。紅と云し娼婦ゆふくんあり。かれか方へ何某なにかしとかや云しものゝふの。ふかく馴染なしみ陌頭はくとうようりうも。日毎ひことおりつくはかりにかよひ。たかい膠漆かうしつの契ふかく。すへ松山まつやま5ウ 波こさしと。つき雪花ゆきはなゆふへにも。比目ひもく鴛鴦ゑんおううらやみとしかさねて通ふほとに。ちゝきやうりをもむなしくするにいたり。つひに二人の進退しんたい〓方せんかたなく。いま黄金おうこんもちひ盡て。のちましはりうとき世の習ひ。やりてわかものいたるまて。疎々敷うと/\しき挨拶あいさつに。二人はいよ/\。ますはなちりてのこそかうはしと。よしなき若氣わかけ不了簡ふりやうけんに。未来みらいちきりちかひつゝ。利剱りけんそく弥陀号みたかうと。くれなひむねのあたりを刺通さしとをし。南無なむと斗をこの名残なこりつひにはかなくなりにけり。何某なにかしくれない死顔しにかほつくり。まくらふさせ。我身わかみとも一蓮いちれん侘生たくしやう南無阿弥陀仏なむあみたふつやいは逆手さかて取直とりなをし。ふへのあたりを掻切かきゝりしか。愛着あいちやくねんにや。こゝろおくれけん。うちくるひてつきそんしける。おりからすのはん行燈あんとうの油つきさんと来るゆへ手早てはや懐釼くわいけんとりかくし。」6オ 酒一ッたへんまゝ。かんして給へとのそみけるに不寐ねすの若い者ハ銚子てうしたつさへ座敷を立ハ。又々死んと思ひしか。紅か死顔を見れハ見るほときみわるく。其上〓前さいせんつきそんせし。のんといたみつよく。今ハ中々死氣もうせしかきほとひてのんとをつゝみこの何卒なにとそ立退たちのかんと。心遣る其折から。門の戸けわしく打敲うちたゝき奥座敷おくさしきへ舟宿よりのむかいきたりけるに。大せい一座の客一群ひとむれかへる様子なれハ。これさいわひ身拵みこしらへして。其中へまきれ入。早々立出たちいて我家わかやかへりける。橋本やにてハ夜明て是を見付。夕部の客ハ何某なにかし様。茶やへ人をはしらせ茶やよりはきやくかたへ人を遣しとゝけるに。屋敷やしきにてハ何某なにかし夜前やせん出奔しゆつほんのよしをこたへけれハ。〓方せんかたなく。請人人置方へ紅か死骸ハ渡しけり。しかるに何某ハ」6ウ 人をあやめし身なれハ。しのふ身のたつきなく。旦那寺へいたてかしらをそり煩惱ほんのふそく菩提ほたいかたちかへ。世に墨染すみそめ姿すかたにて。雲中子うんちうし改名かいめいして近郷きんかう近在きんさい修行しゆきやうしける月日にせきもあらされハ。けふとくれ昨日きのふすきて。ほとなくくたんの女郎の一周忌いつしうきになりにける。其日ハ千住せんしゆ在辺さいへん修行しゆきやういたりけるに。いやしき家居いへゐより。老女ろうしよたち出。心さしの日なれハ手の内しんせまいらせんとこなたへはいらせ給へといへハ。かたしけなしと内へ入其とき老女ろうしよ茶をくみさし出し。今日はこゝろさしの候へハ。日暮ひくれちかくなりまいらせしまゝ。御宿おんやとの御心あてもなく候は御宿申さふらはんと。いと念比ねんころにもてなしける。雲中子うんちうしハかたしけなしと。いと念比にしやし。艸鞋わらんつときて休息きうそくなす内。老女ハ仏間へ燈明とうめうともし。御〓向ゑかうあれと」7オ 云にまかせ。雲中うんちう子ハ仏間ふつまに向見てあれハ。刃誉妙釼はよめうけん信女しんによ戒名かいめうありうんちう心に思ふハ。いかなれハ去年の今月今日ハ。女のやいはしする日そ。橋本やのくれないも今日ハ一周忌いつしうきいへほとけも一周忌このやの仏もいかなる因果ゐんくはけんなんにて死したりけん。いふかしさよといとゝあはれもよほして。しやしこをならし念仏ねんふつとなえ〓向ゑかうをなせは。いつくともなく女のこへにて念仏ねんふつす聲きこへけるまゝ。不思義しきにおもひ振返ふりかへて見れハ。去年こそしせくれないにおもかけたる女。雲中うんちううしろすはりともに称名せうめうとなへけるにそ。雲中うんちうきもきへたましいとふ心地にて。能々よく/\見れハ姿すかた田舎いなかの女なから顔ハすきつる紅なり。いとうらめしけに雲中か顔打詠うちなかめ。扨うらめしきぬし様や。御見忘なされしか。みつからハ紅か妹にて。幼ときハにしきとて橋本や」7ウ〔や〕とひ禿かふろをつとめ侍りしか。のち故郷ふるさと帰居かへりゐしに去年のけふ姉様ハきやくに殺され給ひしと。つけしにかなしみなみたはらはたたち。何の意趣いしゆにて何者に殺れ給ひしと。様子〔よ〕ふすを聞ハ何某なにかしとかや云し客ときくとひとしく無念むねんなみた我身わかみおとこの身にしあらハかたきをうたておくへきかと思ふに甲斐かいなき女の身母様にちからをつけよふ/\月日をおくるうち。こよひ不思義ふしきおん宿やと申といふ事もめく因果ゐんくわくるま。むかしの姿すかたにましまさハ。我身女のみなりともいたし方も有へきに。御姿おんすかたもかへ給ひほとけみちに入給へハ今ハうらみもつきゆみの。矢たけ心も墨染すみそめに。御身おんみをかへさせ給ふうへハ。よきに御〓向くたさるへしさるにても母人には。其事もしらせ給はぬ事なれハ。御心おきなく終夜よもすからなきあね様の」8オ〓向ゑかうを御つとめくたさるへしとてあやしの調度てうととゝのへて其夜をあかし。又々修行しゆきやうに出にける

  三浦や総角あけまき新造しんそう教訓きやうくんの事

今ハむかし。三浦やの総角ハ。海内かいだい名娼めいしやうにして。五代目の高尾たかおを出せしせんせいの君なり。ある時新造へかたつていわく。ゆふくんのせんせいにならんとおもわハ。よく人の心にかなふ事を心にかくる事なり。〓一たいいちる事なく。其上客のいね給ふをこよりなとして耳鼻しはなをこそくりおこし。其人の好給ふ咄なそし。又ハ香道かうとうちやのゆあるひうたはいか」8ウ い。琴三絃さんけんなそよく心かけて。知りたるていにあまり顔に出さす。初會しよくわいに來給ふ客なそハつきなきものにていね給ふ時にも。女郎の來るを待遠まちとをくおもひ。あるいたのき寐入をし給ふ者まゝあり。まことにいね給ふとおもひ。外々の座敷へ遊ひあるき。上るり小唄こうたおとりなとに我を忘おそく座敷さしきへ來し上を。長/\とたはこをのみたるていに御きやくは狸寐も今はあたとなり。まし/\としておきもやらす。又ハかへりかけにも。はしこの口まてよふ/\おくなからわきをむいててのあいさつ其上若い者の門口を」9オ 出給ふ客を出すやいなや。から/\とくゝりをしめびんとおろしたる夜更よふけしやうおとも又すけなく義理きりにも二度とこられぬしかたこれなとの心を能おもひやり。とりあつかうへき事なり。客のかへり給ふ時ハ其行方をおもてまて出てじつとうしろをみつめいるおりハ。おもてまで送られしに心よく。ふりかへり見れハ女郎の立姿たちすかたに心うかれて。帰給ひても目につく思ひにて。ほとなくうらに來給ふものなり人のつたなき事を云ても。ていよくとりあつこふ事也。或人のはなし給ふにハ。太夫部屋持へやもち新造しんそうこま9ウ 下駄のおとに。見すしてそれ/\に聞わけ給ふ。太夫女郎のこま下駄けたの音は。おのつからひやうしありて。からり/\からり/\と。ほとよくあゆむ音おなしうしてやまず。しせんと其かたち見ることく。部屋持へやもち女郎ハからり/\と行てハとまり。からり/\と行てハ音おなしからす。新造しんそうハたゝから/\と色も拍子ひやうしもなく行なり。かやハかくるゝとゑいせしことく。やみ梅花はいくわのさかりをしるかことく。おなしなかれにすみなから。はすかしきものにそありける。又女郎にわれとおもはぬつたなきかたちあり心得たし」10オ 御客をおくりて。はしこの下へおりなから。暇乞いとまこひして御客のふれんをいて給ふをまたすして。ばた/\/\とうはそうりのおとつよく。二階にかいへ上りたる。つたなきしかたには。又る人のみちをうしなひしもまゝあり。しかはあれとも。おさへところなきものゆへに其身もしらすして。わかまゝに心を持ても。同しつとめの身とのみ心得てくらし。ねんあけるにて。まはり女郎にておいつかはれ。ほうはい女郎にあけらるゝも。はすかしきをしらす年明て片付かたつきてもしこきおひをつねとして。夫婦ふうふさしむかいのくらしに。くるしき」10ウ 事を見るめさへいやましくおもふなり。是に引かへ。座敷持女郎の心遣ひハおゝかたならす。いやとおもふ事。かほへ出さす。あるひはすいつけたはこまてに心をつけ。つれの御きやく外の女郎。中宿。茶や舩宿。藝者げいしや下女けぢよ下男げなんまての心をつけ。紋日もんひ物日もの前はのたへまなく。借金しやくきんのふちふかくて。かくまてにやるせなき身も。太夫女郎座敷持。部屋持も。それ/\に上と中とへかたゆくそかし。まことに公界の身の本意なるへけれ。我もなを御客の心をよく知らんと。たへす心かくるに。あるあさ中の町の茶やに遊ひ居しおりから。あめしきりにふり11オ いたし。おりから二丁目のかたより。のきつたへにきた給ふ。御客のともとてもなく。ちやふな宿やともなくたゞひとり。雨具あまくのよふゐもなけれハ。手拭てぬくひにてかしらをつゝみ。すそまくりてあめもやまねハ。ひしよ/\とあちらをつたへこちらをつたい來給ふありさま。いときのとくにもいわんかたもなく。かゝる姿にてハかへられましと心ならすみるうち。ほとなく大門へ出給ひてハ。甲斐かひ/\しく羽織はをりをたゝみてくわいちうし。もすそをからけはきものぬきてこしにはさみ。はしりゆき給ふてい。はしめの姿にことかはり。いとおかし。くるのうちにてハ色をふくみ。其所そのところをはなれてはじぬけしき」11ウ ハ。人の心そかし又朝かへり給ふ御客の道すから遊ひの〓し給ふをきかまほしくおもひて心得こゝろへし人にとひけるに我も此事心つきたりと咄しけるハ。あさかえり給ふ御客の。三人みたり四人よたりつゝ。上中下の人の遊ひの咄も又。定木てうきをかけたることくかわりあるなり。上の人ハ。さけをすこし給ふ事。たいこ藝者けいしやのおかしき事のみをはなして。其の女郎のうわさをいはす。中の人ハ。しま目黒めくろ土産みやけものを買寄かいよせて。いつつけに居たる事のみを咄つゝ行ハ。むすこていなり。又中の内にも中の下あり。茶や女郎の意氣いき地しうち悪敷」12オ 事。あるハ座敷夜具やくなとこしらへしはなし。又ハ。ねころしにしてかえりたる事。二所ふたところ三所みところ遊ひあるきしを手からはなすてい。下の人の咄しにハ。其の女郎にふられたると云。もてたると云て。たか/\と下かゝりの咄してゆくも。六七町にハすきす。はずかはしきものハ人の心。たとへバ傾城けいせいにかきらす。よきかたによりたきものぞかし。色もる人ぞしるよみし哥の心も実その心一ッにあるべけれと。終夜よもすからその新造しんそうへつね/\におしへける

  ともへかほる弄金魚きんきよもてあそふ事」12ウ

今わむかし。江戸町巴屋に。かほると云る遊君あり。一たひゑめハ。人の國をもかたむ〔く〕ると云けん。おもかけにもかよひて。見ぬ唐毛〓もうしやう西施せいしはいさしらす。時めきける。有様又たくひなし。或日馴染なしみの客來て。其比流行はやりしらんちうと云。金魚を四ッ五ッおかもちていの物に入。水舟をしつらはせ。水石をもてあそへ炎暑ゑんしよはすれるに能けんとて。持せ來けるを。かほるをはしめ。新造禿茶やの娘をにいたるまて。金魚にかゝりて。客の方を後になし。たはこの火或ハ酒の燗にもかまふ者なく。金魚の舩を取まはし。なかめ居けるゆへ。客もあまり座敷のてれるゆへ。新造の後より我かもたせ來し金魚をのそき見るに。我かあい」13オ かたの女郎ハ。新造に云つけて。金魚をこと/\く蓋の上へとり出させおきけるに。客もふしんにおもひ。おちもせぬ金魚をなせ外へとりいたせしととへハ。女郎こたへて云。あまり皆/\かいじりしゆへ少し草臥くたひれて見へ候まゝ。休せはべるとのあいさつに。客もおもわす吹出しける。さすかよし原の遊君の。利口にあらすして。あとけなき心入こそよけれとて。いよ/\馴染をかさねける

 安永五年

耕書堂藏板 

〔艶花〕清談之終12ウ
【巻末】
巻末

美人合びじんあわせ姿すがたかゞみ    箱入 全三冊

此書は當時よし原の名君の姿を 北尾勝川の両氏筆を揮れにしき 繪に〓たて居なから粉黛のおもかけ を見るか如くに出板仕候御求御覧 可被下候

       日本橋萬町  上總屋利兵衞
東都書林                  梓
       新吉原大門口 蔦 屋 重三良 」後表紙見返

(たかぎ げん・文学部教授) 


#「人文社会科学研究」第18号(千葉大学大学院人文社会科学研究科、2009年3月)所収
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