『英名八犬士』(三) −解題と翻刻−
高 木   元 

【解題】

 前号に引き続き、魯文による『南総里見八犬伝』の抄録切附本『英名八犬士』の五編と六編を紹介する。

 四編の書誌にも記したが、本書は同じ『英名八犬士』という外題を持っていても袋入本が最初に出されたようで、摺付表紙の切附本(四編)では一部改刻されている。斯様な小冊子の常で、現存本が少なく諸本研究は難しいのであるが、最初は公羽堂・伊勢屋久助版として袋入本『英名八犬士』が出され、次に同板元から摺付表紙本『英名八犬士』が出された際に一部の改刻が行われたと考えるのが良いようである。この改刻は被せ彫りの如く見えるが、細かく見ると異板のようである。改刻された理由を詳らかに出来ないでいるが、祝融の災いにでも遭ったのであろう。

 その後、板元が品川屋久助に移り、同様の切附本体裁ながら刊記が削られたり奥目録などが付された。さらに後になって、口絵序文等を削り新たな口絵半丁を付して内題下に「曲亭馬琴識」と入木した改題改竄本『里見八犬伝』(袋入本)となった。

 さて、五編六編は巻首題に「英名八犬士五(六)上帙」とあり、巻半ばの二十五丁表に「英名八犬士五(六)下帙」とあるように、本文も区切られており二分冊可能な体裁になっている。しかし現時点で二分冊された本は管見に入っていない。一冊二十五丁で上下二冊という構成の切附本も現存しているが、二枚続きの摺付表紙を新たに作成して付し、本文の中途で強引に分冊された後印本が多い気がする。これらに対して、本書は最初の段階から分冊を意識して作成されたものと思しい。それも初編から四編や七八編ではこれらの分冊を意識した構成を持って居らず四五編だけに見られる点に注意が惹かれる。改印[辰三]から見て四五編は安政三年三月までに順次作成されたものであるが、この時点での一時的な思い付きだったのであろうか。

 一方、本文であるが以前の編のように『南総里見八犬伝』原文の切り貼りに拠る部分が大幅に減り、リライトによって抄出している部分が増えている。原作の筋や内容、話柄の順番などが書き換えられている部分は一切ないが、熟語の表記や文辞には大幅に平易になる方向で手が加えられている。特に漢語の一部が仮名書きされていることが多い。また杜撰な書きぶりは相変わらずで、熟語の振仮名の一部が欠けていたり、所謂〈魯魚章草の誤り〉や脱字などが頻出する。なお、第五編は原本『南総里見八犬伝』の第四輯三十七回半ばから第五輯四十七回半ばまで、第六編は四十七回半ばから第六輯五十六回の中途までに相当する。

【書誌】

英名八犬士 五編

書型 錦絵風摺付表紙、中本一冊 四十八丁
外題 「英名八犬(えいめいはつけん)士\五編」
見返 「英名八犬士五篇\[魯文][録]
序  「英名八犬士第五篇\安政二卯初秋稿脱\鈍亭魯文鈔録 [文]
改印 [改][辰三](安政三年三月)
内題 「英名八犬士(ゑいめいはつけんし)五編(ごへん)(下)帙/江戸 鈍亭主人鈔録」
板心 「八犬士五編」
画工 記載なし
丁数 四十八丁
尾題 「英名八犬士(ゑいめいはつけんし)五編(ごへん)
板元神田松下町\伊勢屋久助板」
底本  国文学研究資料館本(奥目録に品川屋久助梓の広告存)
備考  上下二帙の分冊を意識して二十五丁表に下帙の内題存。ただし、分冊された本は未見。

英名八犬士 六編

書型 錦絵風摺付表紙、中本一冊 四十八丁
外題 「英名八犬士(えいめいはつけんし)\六編」
見返 「英名八犬士\第六集」
序  「英名八犬士(ゑいめいはつけんし)第六輯(たいろくしう)序詞(ぢよし) [魯魚]筆硯萬壽\安政二卯秋稿晩 鈍亭魯文記[呂文子]
改印 [辰三][改](安政三年三月)
内題 「英名八犬士(えいめいはつけんし)六編/鈍亭主人鈔録」
板心 「八犬士六編」
画工 「一容齋直政画」外・挿絵
丁数 四十八丁
尾題 「英名八犬士六編
板元公羽堂\伊勢屋久助版」
底本  架蔵本。底本が汚損破損している部分は国文学研究資料館本に拠った。
備考  上下二帙の分冊を意識して二十五丁表に下帙の内題存。ただし、分冊された本は未見。
諸本 【初板袋入本】二松学舎・服部仁(六七欠)
【改修錦絵表紙本】国文学研究資料館(ナ四/六八〇)・館山市立博物館・江差町教育委員会(四八欠)・林・高木(初二三六存)
【改題改修袋入本】国学院・向井・高木(三〜八、七八、四)。外題『里見八犬伝』、序と口絵を削り、新に口絵一図(半丁)を加え、内題に「里見八犬伝/曲亭馬琴識」と入木。架蔵本一本八編の後表紙見返に「日本橋區/馬喰町二丁目/壹番地/文江堂/木村文三郎」とある。

【凡例】
一、基本的に底本の表記を忠実に翻刻した。濁点や振仮名、仮名遣いをはじめとして、異体字等も可能な限り原本通りとした。これは、原作との表記を比較する時の便宜のためである。
一、本文中の「ハ」に片仮名としての意識は無かったものと思われるが、助詞に限り「ハ」と記されたものは、そのまま「ハ」とした。
一、序文を除いて句読点は一切用いられていないが、句点に限り私意により「。」を付した。
一、大きな段落の区切りとして用いられている「○」の前で改行した。
一、丁移りは 」で示し、裏にのみ 」15 のごとく数字で丁付を示した。
一、明らかな衍字には〔 〕を付し、また脱字などを補正した時は〔 〕で示した。
一、底本には架蔵本を用いたが、四編の表紙見返挿絵等と、五編架蔵本が破損している部分の図版に限り、国文学研究資料館蔵本に拠って補った。
一、なお、図版の二次利用に関しては国文学研究資料館に利用申請を必要とする。

『英名八犬士』五編

【五編表紙】
表紙

英名八犬士第五篇

唐土(もろこし)訓蒙(きんもう)圖彙(づい)に云(いわく)槃瓠(はんくは )ハ高辛(かうしん)の時(とき)の犬(いぬ)なり。その時(とき)犬戎(けんじゆ)より責(せめ)けり。其(その)(せう)の首(くび)を得(ゑ)ん者(もの)を婿(むこ)とせんと有(あり)けるに犬(いぬ)(こ)将軍(せうぐん)の首(くび)を銜(くはへ)て来(きたり)けれバ帝(みかど)(ひめ)を与(あた)へらる犬(いぬ)女を負(おふ)て南山(なんざん)に入(い)り六人の子を生(うむ)。その子孫(しそん)滋蔓(はひこり)たるなり云々(しか%\)

  安政二卯初秋稿脱

鈍亭魯文鈔録 [文] 

[改][辰三]

【見返・序】
見返・序

【口絵第一図】1
口絵第一図

うつものも うたるゝものも かはらげよ

くだけて見(のち)れバ もとのつちくれ 三浦道廿詠

道節(どうせつが)乳母(めのと)音音(おとね)

巨田(おほた)薪六郎(しんろくらう)助友(すけとも)

神宮(かにわの)漁夫(りやうし)〓平(やすへい)(もと)ハ犬山(いぬやまの)家隷(いへのこ)姥雪世四郎

【口絵第二図】2
口絵第二図

(かん)きんの後(うしろ)に修羅(しゆら)の蚊遣(かやり)

十條(ぢうでう)尺八郎(しやくはちらう)

十條(ぢうでう)力二郎(りきじらう)

力二郎(りきじらう)が妻(つま)曳手(ひくて)

尺八郎(しやくはちらう)が妻(つま)單節(ひとよ)

【本文】

英名八犬士(ゑいめいはつけんし)五編(ごへん)上帙

江戸 鈍亭主人鈔録 

當下(そのとき)丶大(ちゆたい)ハ席上(せきせう)をつら/\とうち見(み)(めぐ)らし人々(ひと%\)ふかくな訝(いぶか)りぞ。われハ年来(としころ)(ゆへ)ありて仁義(じんぎ)礼智(れいち)忠信(ちうしん)孝悌(こうてい)の八顆(やつ)の玉(たま)を索(もとめ)ん為(ため)に諸国(しよこ )を行脚(あんぎや)する程(ほど)に今茲(ことし)鎌倉(かまくら)にて竹馬(ちくば)の友(とも)蜑嵜(あまさき)照文(てるぶん)が君命(くんめい)を禀(うけ)(たてまつ)り賢良(けんりやう)武勇(ぶゆう)の浪人(らうにん)をしのび/\に募(もとむ)るに環會(めぐりあひ)ぬ。折(をり)から此(この)行徳(ぎやうとく)に云云(しか%\)の力士(りきし)ありと風聞(ふうぶん)(ほのか)に聞(きこ)〔え〕たれハ十一郎と示(しめ)し合(あは)し諸共(もろとも)に修驗者(すけんじや)と身(み)を變(へん)じ先達(せんだつ)職得(しよくとく)の争訟(あらそひ)に假托(かこつけ)て犬田(いぬた)を山林(やまはやし)が相撲(すまひ)の勝負(せうぶ)を試(こゝろ)みしに但(たゞ)房八(ふさはち)ハ小文吾(こぶんご)に藝術(げいじゆつ)(いさゝか)(つぎ)なるのみ。しかれとも二個(ふたり)なからその行状(ぎやうでう)を見究(みきはめ)て後(のち)にこそと遊山(ゆさん)に假托(かこつけ)共侶(もろとも)に逗畄(とうりう)して今宵(こよひ)に及(およ)べり。いくその憂(ゆう)苦を見(み)(きく)につけ」3(こけ)の衣(ころも)をぬらしたりとその概略(がいりやく)を説示(ときしめ)せハ蜑嵜(あまざき)ハ小膝(こひざ)をすゝめわれも丶大(ちゆたい)に立(たち)かはり縡(こと)おちもなく窺(うかゞ)ひ聞(きく)孝順(こうしゆん)義死(きし)に袖(そて)を濡(ぬら)せり。犬塚(いぬづか)犬飼(がい)犬田(た)(ら)ハ既(すで)にわが主家(しゆか)に宿縁(しゆくゑん)その所以(ゆゑ)ハ如此(しか)々々(/\)とかの八房(やつぶさ)の犬(いぬ)の事伏姫(ふせひめ)始終(ししう)の事凡(おほよそ)(こと)の顛末(てんまつ)を辞(ことば)(みち)かく解しめしつ。四犬(よたり)士ハ倶(とも)に身中(みうち)なる痣(あさ)と感應(かんおう)の玉(たま)の由来(ゆらい)あればおの/\父(ちゝ)あり母あれどもその前身(ぜんしん)ハ伏姫(ふせひめ)のおん子(こ)にして義実(よしさね)朝臣(あそん)の外孫(ぐわいそん)たりと説諭(ときさと)せバヽ大法師(ほうし)ハ伏姫君(ぎみ)の像見(かたみ)の数珠(ずゝ)を取出(とりいで)て示(しめ)すになん信乃(の)小文吾(こぶんご)ハ豁然(くわくぜん)と玉(たま)の来由(らいゆ)を感悟(かんご)して過世(すくせ)(あや)しむばかりなり。丶大(ちゆだい)法師(はうし)ハかたはらなる大八(だいはち)が亡骸(なきがら)を見(み)て嘆息(たんそく)し抱(いだ)きあげて膝(ひざ)にのせ脉(みやく)を見んと左(ひだり)の手(て)の寸口(すんこう)を楚(しか)と拿れバ大八(だいはち)ハ忽地(たちまち)甦生(いきふきか)へし握(にぎ)り詰(つめ)たる左(ひだり)の拳(こぶし)を初(はじめ)て撥(ひらき)たりけるに掌(たなそこ)の」 中に玉(たま)ありて二犬士(にけんし)が玉(たま)と異(こと)ならず。是(これ)にハ仁(じん)の字(じ)あらはれたり。しかのみならす腋肚(わきはら)に痣(あざ)いできて形(かたち)牡丹(ぼたん)の花(はな)に似(に)たり。かゝる奇特(きどく)に人々(ひと%\)は歎(なげ)きを復す歡(よろこ)びにまた驚(おどろ)きもひとかたならず。そが中(なか)に妙真(めうしん)ハヽ大(ちゆたい)(ら)にうち對(むか)ひわが孫(まご)犬士(けんし)の数(かづ)に入(い)りせバ氏(うぢ)の犬江(いぬえ)に實(まこと)の名(な)も真平(しんへい)と呼(よば)し給ひて犬士(けんし)の後(しり)に居らし給はゞ今(いま)(め)を閉(とぢ)る親(をや)への孝養(こうやう)これにますこと侍(はべ)らじと涙(なみだ)ながらにかき口説(くどけ)バ丶大(ちゆたい)ハ聞(きゝ)て莞尓(につこ)とうち笑(ゑみ)この孩児(おさなこ)の得(え)し玉(たま)の仁(しん)ハ五常(ごじやう)の最(さい)たるもの今(いま)真平(しんへい)ハ親(をや)に代(かは)りて犬士(けんし)の隊(むれ)に入(い)るものなれバその真(しん)の字をおやと讀(よむ)親の字に写更(かきあらため)て犬江親兵衛(しんべゑ)(まさし)と名告(なの)らバその子(こ)にして親(おや)なるべく房八(ふさはち)ハ再生(さいせい)して犬士(けんし)の隊(むれ)に入(い)るに等(ひと)し。さハ思(おも)はずやと觧示(ときしめ)せバ僉々(みな/\)(あつ)と感(かん)じける。 そのとき蜑崎(あまざき)照文(てるぶん)ハ小四方(こしほう)なる里見(さとみ)(こう)の徴(めし)4(ふみ)を房八(ふさはち)が額(ひたい)に翳(かさ)させ房八郎ハけふよりして里見殿(さとみどの)の家臣(かしん)なれどもその身(み)必死(ひつし)の深痍(ふかで)を負(おひ)ぬ。かゝれバ忠勤(ちうきん)に餘日(よじつ)なし。只(たゞ)その僚友(りやうゆう)犬塚(いぬつか)が厄(やく)に代りて死(し)を救(すく)はゞ主君(しゆくん)の為(ため)にするに等(ひと)し。是(これ)莫大(はくたい)の忠(ちう)義なり。救(すく)ひがたき深痍(ふかで)と知(し)りつゝいつまてか苦痛(くつう)させ〔せ〕ん。介錯(かいしやく)もまた惻隠(なさけ)ぞと奨(はけま)す言葉(ことば)に小文吾(こぶんご)ハ思(おも)ひかへして身(み)を起(をこ)せバヽ大(ちゆたい)法師(ほうし)ハ對(むか)ひたちしづかに授(さつく)る念仏の数ハ十声と八声の鶏(とり)の音鶏塒(とくら)ながらの羽搏(はたゝ)きと共(とも)に閃(ひら)めく大刀音ハ無常(むしやう)迅速(しんそく)(ゆめ)(か)とばかり覚(さめ)なバ死天(しで)の山林(やまはやし)(をし)や杪(こすへ)の獨花(ひとはな)のちり際きよき最期(さいご)なり。妙真(めうしん)ハかねてよりかゝるべしとハ思(おも)へどもおもひ得(え)(たへ)て伏沈(ふししづ)めハ憂(うき)にハ洩(もれ)ぬ袖(そで)の露(つゆ)(みな)(て)を叉(こまぬ)き頭(かうべ)を低(たれ)てなぐさめかねつゝ愀然(しうぜん)たり。 浩所(かゝるところ)に外面(とのかた)俄頃(にわか)に騒(さはが)しけれバ衆皆(みな/\)ひとしく驚立(おどろきたち)たる中(なか)
挿絵第一図
【挿絵】〈侠者(けうしや)(み)を殺(ころ)して仁(じん)を得(ゑ)たり[呂文]〉」5

に小文吾樞(くゞり)戸を開(ひら)く間もなく外面(かた)より〓(どつ)と投(なげ)込人礫(つぶて)その人框(かまち)に頭(かうへ)を撲(うた)して脳黄(のうみそ)(たれ)て死(しん)でけり。これハと訝(いぶか)る程(ほど)もなく敵(てき)を左右に挾(わきはさ)みて内(うち)に入るハ別(へつ)人ならず先(さき)に志婆浦(しはうら)へ赴(おもむ)きし犬飼(かひ)(けん)八信(のふ)道なり。彼(かの)破傷(はせう)風の薬店(てん)ハ今ハ彼処(かしこ)になしといへバたちまち望(のそみ)を失(うしな)ふて丑三の頃( ろ)(かど)までかへり一部(ぶ)始終(しじう)をみな聞けり。此をり三個の癖者(くせもの)等庇間(ひあはひ)壁を穿(うがち)て簀子(すのこ)の下(した)に身を潜(ひそま)し縡みな聞ぬとおぼしくて檐下(のきば)近く立聚(たちつど)ひ荘官(せうくわん)(かり)(うつた)へんとうち密語(さゝやき)て去(さら)んとせしかハ某(それがし)一賊(とり)を裡面(うち)へ投入(なけこ)み両賊(ふたり)を左右に挾(わきばさ)みて一人も漏(もら)さすかくの如(こと)しと辞せわしく告(つく)るにそ小文吾聞(きゝ)てふかく歓(よろこ)び和殿彼処(かしこ)に微(なか)りせバ遂(つ )に大事( いじ)を誤(あやま)りてん。密議(みつき)を聞たる奴原(はら)なれバ疾(とく)(わざはひ)の根を断(たち)給へといふに現(げん)八両敵(りやうてき)を一しめ〆れハ 目鼻(めはな)より血を」6(なが)しつゝ死(しん)でけり。かくて現八(けんはち)ハ信(し)乃が本復(ふく)の歓(よろこ)びを述(のべ)て小文吾(こぶんご)か苦心(くしん)を労(ねきら)ひ丶大(ちゆだい)照文(てるぶん)(ら)に對面(たいめん)し且(かつ)妙真(めうしん)を慰(なぐさ)めて山林夫婦(ふうふ)が義死(ぎし)を嘆賞(たんせう)しその子大八の親(しん)兵衛が犬士(けんし)たる事を祝(しゆく)しける。當下(そのとき)照文(てるぶみ)は三犬士(さんけんし)に里見(さとみ)殿(どの)の徴書(めしぶみ)を逓与(わたし)にけれバ謹(つゝしみ)て拝受(はいしゆ)し信乃(しの)ハ額藏(かくそう)の荘助と倶(とも)ならで官途(くわんと)に進(すゝ)まバ是(これ)不義(ふぎ)なり。犬川に巡(めぐ)り會(あふ)(まで)ハ参(まい)りがたしと徴書(めしぶみ)を照文(てるふみ)におし返(かへ)せば小文吾(こぶんご)現八(げんはち)も齊一(ひとしく)いふやう某(それがし)(ら)も犬塚(いぬづか)と倶(とも)に大塚(おほつか)の里(さと)に赴(おもむ)き彼(かの)荘助(せうすけ)に對面(たいめん)せでハ同列(とうれつ)の本意(ほんゐ)にたがへり。されバ又(また)この五人の外(ほか)に三犬士(さんけんし)あるならバ値(あは)ずして輟(やむ)べきやハ。八士全(まつた)く聚(あつま)りて安房(あは)へ参(まい)るとも遅(おそ)きにあらじ。この徴書(めしふみ)ハその日迄(まて)和殿(わどの)(あつか)り給はねと志(こゝろざし)を述(のべ)しかバ照文(てるふみ)(きゝ)て嘆賞(たんそく)し三士(し)の寔(まこと)に賢(けん)なり。彼(かの)犬川荘助ハ衛二(ゑじ)が子ならバ某(それがし)と再従兄弟(またいとこどち)なるもの也。」 某(それがし)も倶(とも)に赴(おもむ)き荘助(さうすけ)に對面(たいめん)して徴書(めしぶみ)を授(さづ)くへき歟(か)。貴僧(きそう)の意見(いけん)(きか)まほしといふに丶大(ちゆたい)ハ沈吟(うちあん)じ大塚(おほつか)ハ大石(いし)兵衛(ひやうへ)が城〓(ぜうくわく)あり。彼処(かしこ)へ洩(もれ)なば荘助(さうすけ)を取籠(とりこめ)て决(けつ)してこなたへ逓与(わたす)べからず。貧道(おのれ)ハ行脚(あんきや)の事(こと)なれバ彼所(かしこ)へゆきて命(めい)を傳(つたふ)るとも人のうたがひなかるべし。和殿(わどの)ハ親兵衛(しんべい)と妙真(めうしん)を倶(ぐ)し給へ。貧道(おのれ)ハ時の至(いた)らん日(ひ)に七犬士(しちけんし)を伴(ともな)ふて君(きみ)に見参(げんざん)すべくおもへり。今(いま)ハはや時(とき)(うつ)りぬ。小文吾(こぶんご)ハ謀(はか)りし儘(まゝ)にとく荘官(せうくわん)(がり)ゆかずやと促(うなが)せバ阿(あ)と應(いらへ)つゝ信乃(しの)が血著(ちつき)の麻衣(あさぎぬ)の袖(そで)(さき)とりて房八(ふさはち)が首(くび)を引(ひき)よせおし包(つゝ)み右手(めて)に掻込(かいこみ)わかれを告(つ)げ荘官(せうくわん)さして出(いで)てゆく。
○扨(さて)も小文吾(こぶんご)が荘官(せうくはん)(かり)ゆきたる跡(あと)にて信乃(しの)現八(けんはち)ハ房八(ふさはち)(ふう)(ふ)が死骸(しがい)をかたづけをりから朝霧(あさぎり)(ふか)けれバいざ此(この)ひ間にといふ程(ほど)に妙真(めうしん)ハ親兵衛(しんべい)をかき抱(いた)き二犬士(にけんし)ともに小舩(こふね)に打(うち)のり」7 照文(てるふみ)が〓(かい)おつとり市川へとこき出せばヽ大(ちゆたい)ハ一人リ止(とゝ)まりて小文吾か帰(かへ )迄しはし畄守(るす)して居(ゐ)たりける。さる程(ほど)に人々(ひと%\)の舩はやくも市川に至(いた)りし時わらはが家(いへ)ハあそこぞと妙真(めうしん)(ゆび)さすまゝ舩(ふね)を門辺(かとべ)につなぎつゝ犬江屋に入り妙真(めうしん)ハ三人を奥(おく)へしのばせおくにその日の夕暮(ゆふぐれ)にヽ大(ちゆたい)小文吾(こふんご)打連(うちつれ)て犬江屋に入來(いりきた)り。小文吾ハ二犬士照文(てるふみ)(ら)にうち對(むか)ひかの偐首(にせくび)を携(たづさ)へゆき斗(はか)りし如(ごと)く謀(たばか)りて親(おや)の縄目(なはめ)を救(すく)ひ出し一部(ぶ)始終(しじ )を親文五兵衛(ふんごへい)につげ知(し)らせしに或(あるひ)ハ驚(おどろ)き又ハ悦(よろこ)びその悲(かなしみ)もおほかたならず。親(おや)の差圖(さしづ)に随(したが)ひて聖徳(ひじり)と共(とも)に來(きた)れるなりと告(つぐ)るにみな/\文五兵衛(ふんこべへ)が恙(つゝが)なく返(かへ)されたるを悦(よろこ)びその夜(よ)房八(ふさはち)ふうふが死骸(なきがら)を人知(し)〔れ〕ず葬(ほうむ)りけり。其後(そのゝち)小文吾(こぶんご)ハ犬塚(いぬづか)犬飼(がい)の二犬士(けんし)を舩(ふね)にて大塚(おほつか)まて送(おく)らん事を兼(かね)てしもいゝつけなれバ今の小舩(ふね)に打のせてその身ハ〓(かい)を」
口絵第一図
【挿絵】〈戸外(くわい)を戊(まもり)て一(いつ)犬士(けんし)間者(かんじや)を拉(とりひし)ぐ〉」8

おつとりつゝ別(わかれ)を告(つげ)てこき去(さ)りぬ。かくてその日の昼後(ひるすぎ)ころ文五兵衛(ごへい)も來(きた)りつ兎角(とかく)に泪(なみた)さきだちけり。是よりヽ大(ちゆたい)と照文(てるぶみ)ハ行徳(きやうとく)と市川(いちかは)にかはる%\宿りつゝ四五日を送(おく)る程(ほど)に房(ふさ)八夫婦(ふうふ)か初七日(しよなのか)になりしかと小文吾(こふんこ)ハ大塚(つか)より帰(かへ)り來(こ)ず。いかゞせしにや彼処(かしこ)へゆきて様子(やうす)を聞バ安心(あんしん)ならんとヽ大も武蔵へ赴きしかこれもいかなる訳ありて歟三日立(たて)とも返(かへ)り來(こ)ず。兎角(とかく)する間に日数(かつ)立て二(ふた)七日にそ及ひける。爰(こゝ)に暴風(あらしま)の梶(かち)九郎といへる悪漢(わるもの)あり。常々(つね/\)犬江(いぬえ)屋の妙真(めうしん)に心(こゝろ)をかけて居たりし程に此ごろ房八(ふさはち)夫婦(ふうふ)が居(お)らずなりしより法師(ほうし)と武士(さむらひ)の異(かわ)る/\に宿れるさまを竊(ひそか)にかいまみてこれを餌(ゑば)とし妙真(めうしん)をかき口説(くとき)けるにそ悪さも憎(にく)しとおもへとも若(もし)あらだてなバ事(こと)の破(やふ)れと思ひかへしてよき程にあしらひけれバ猶(なを)つけあがる無籟(ふらい)の情欲(しやうよく)9(すで)に手詰(てづめ)のその折(おり)から照文(てるぶみ)ハ行(きやう)徳より文五兵衛諸倶(もろとも)に返(かへ)りきつ。梶九郎をうち懲(こら)すにぞ梶九郎(かちくろう)大ひに怒(いか)りおぼへて居(ゐ)よと減(へら)す口胸にもくろむ一思案(しあん)跡をも見(み)すして迯亡(にげうせ)けり。跡(あと)(み)おくりて照文(てるぶみ)ハ文五兵衛(ふんこべい)と共侶(もろとも)ことの次弟(しだい)をたづぬるにぞ妙真(めうしん)ハ梶(かぢ)九郎にいはれし事(こと)とも物語(ものかた)れバ照文聞てうちおどろき夫(それ)ぞと疾(はや)く知(しる)ならバ禍(わさはひ)の根を断(たつ)へきを取迯(とりにか)せしハ残(ざん)念なり。若(もし)村長(むらおさ)へ訴(うつ)たへられてハ難義(なんぎ)の上(うへ)の難義(なんぎ)なれバ我ハ親兵衛(しんべい)を伴(ともな)ふて一先安房(わ)へ帰(かへ)るべし。妙真(めうしん)も孫(まご)に附添(つきそひ)(しはら)くこの地(ち)を遠さくへしと手(て)に%\用意(ようい)調(とゝの)へつゝ依助といふ小個(こもの)を引つれ裏扉(せど)(くち)より忍(しの)びやかに立出つゝ足(あし)にまかせて市川(いちかは)の町(まち)を放(はな)れ並(なみ)松原(まつはら)にさしかゝれバ日ハ山(やま)の端(は)に入相(いりあい)の鐘(かね)の音遠(とを)く聞(きこ)へつゝあたり小闇(こぐらく)なりたる折(おり)しも松(まつ)の林(はやし)」 の影(かけ)よりも顕(あらは)れ出(いで)し以前(いぜん)の悪(わる)者彼暴風(あらしま)の梶九郎ハ強刀(おちたう)ほつこみ〓(かい)つき立(たて)曲者(くせもの)(ら)何処(どこ)へ行(ゆく)そ女(をんな)を渡(わた)して覚悟(かくご)せよといふを照文(てるぶみ)(きゝ)あへずのがれぬ所(ところ)とひき抜(ぬく)(やいは)に者とも出(で)あへと梶(かぢ)九郎か呼(よは)わる声(こゑ)と共侶(もろとも)に夏草(なつくさ)の影(かげ)小松(こまつ)のひまよりおどり出(いで)たる多勢(あまた)の悪徒(わるもの)得物(えもの)をひつ提(さげ)照文(てるふみ)おつ取込(とりこみ)つゝ競(きそ)ひかゝれハ照文(てるふみ)ちつとも億(おく)する色(いろ)なく當(あた)るに任(まか)せて切伏(きりふせ)(なぎ)ふせ面(をもて)もふらす戦ふたり。 夫(それ)と見(み)るより文五兵衛(ふんごへい)ハ妙真(めうしん)にうちむかひこゝかまはすと疾(とく)迯給へと親兵衛(しんべい)をわたす間(ま)もなく又一群(むれ)のわるものどものがしハせじととりかこめバ文五兵衛(ぶんごべい)ハきつと見(み)て用意(ようい)の一腰抜合せしばらくふせぎ戦(たゝか)ふ。妙真(めうしん)遥遠(はるかとふ)ざかれば透(すき)を窺(うかゞ)ふ梶(かぢ)九郎小暗(こぐら)き方(かた)よりはり(〔し〕)り來(き)て声をもかけず妙真(めうしん)をしつかと抱(いだ)けハ泣(なき)出す親(しん)兵衛(い)共に驚(おとろ)く」10 妙真(めうしん)かふりほどきつゝ迯出(にげいだ)すを迯(にが)しもやらす飛(とひ)かゝり泣入(なきい)る幼児(なご)柄杓もなくもき放しつゝ小脇(こわき)に抱(かゝ)へ止(とゝむ)る妙真(めうしん)(け)(〔倒〕)して人なき方へ走(はし)るにぞ妙真(めうしん)ハ狂氣(けうき)の如(ごと)く返(かへ)せ戻(もど)せとさけびつ泣(なき)つ跡(あと)をしたふて追(をい)行ける。梶(かぢ)九郎ハ妙真(めうしん)がしたひ來(く)るを見るよりもあたりの木の根に腰(こし)うちかけて親兵衛(しんへい)をむんずと〓(つか)み己(おれ)が心(こゝろ)に隨(したか)はずハこの孩児ハ今寂滅(しやくめつ)と手(て)ごろの石(いし)を拾(ひろ)ひとり胸さき打(うた)んとふり上(あぐ)れバあなやと斗(ばか)り妙真(しん)ハ見(み)る目もくれ心(こゝろ)も消(きえ)なくより外のことそなき。かゝる処へ照文(てるふん)ハ悪徒(あくもの)共を切散(きりちら)し文五兵衛(ぶんごべい)と共倶(もろとも)に此処(このところ)(まて)(き)かゝりつゝ雲間(くもま)を洩(もれ)(で)る月影(つきかげ)に此(この)ていたらくを見(み)るよりも二人(ふた)リハ共(とも)に打驚(うちおどろ)き走(はし)り寄(よれ)ども人質(ひとじち)をとられし上(うへ)ハ手出(てだ)しもならず刀(かたな)の柄(つか)を握(にぎ)りつめ歯(は)を喰(くひ)しばるを梶(かぢ)九郎ハ冷笑(あさわら)ひつゝ」
口絵第一図
【挿絵】〈雲(うん)霧を起(おこ)して神(しん)霊小兒(せうに)を奪(うば)ふ〉」11

幼児(おさなご)を再(ふたゝ)びうたんとする程に拳(こふし)(たちまち)なへしびれ我(われ)にもあらて取落(とりおと)す。折(をり)しも俄(にはか)に鳴動(めいとう)して一朶(いちだ)の黒雲(くろくも)舞下(さが)り親兵衛(しんべい)をひき包(つゝ)みてはや中空(そら)へ巻(まき)あぐれバ梶(かぢ)九郎ハ驚(おどろ)きながら猶おさな子(ご)をやらじとて踊(おど)り狂(くる)ふを逆(さかさま)に虚空(こくう)はるかにひき上(あげ)られ雲(くも)の中(うち)に物有て梶(かぢ)九郎ハ股(もゝ)より腹(はら)へ二にさつとひき裂(さか)れ骸(からだ)ハ例(だふ)と落(おつ)るにそ是(これ)ハと斗(ばか)り照文(てるふみ)(ら)ハ再(ふたゝ)び驚き草野辺(くさのへ)に臥沈(ふししづみ)たる妙真(めうしん)をさま%\に介抱(いたはる)にそやう/\に目を開き新兵衛が事かにかくと云(いゝ)てハなげくをなくさめて照文(てるぶみ)ハ依助(よ すけ)(とも)に妙真(めうしん)を将(い)て文(ぶん)五兵衛に袂(たもと)を分(わか)ち安房(あわ)をさしてそ急(いそ)きけり。尓程(さるほど)に文五兵衛(ふんごべゑ)ハその宵(よ)初更(しよこう)の頃及(ころおひ)に市川(いちかは)まで走(はし)りかへり犬江(いぬえ)(や)の門傍(かどべ)より裏(うち)のやうすをさし覗(のぞ)くにこれ彼(かれ)すべて無事(ぶじ)なれバ僅(わづか)に心(こゝろ)を安(やす)くして一艘(いつそう)の快舩(はやふね)を借(かり)とりつゝ大塚へ」12(おもむ)かんと武蔵(むさし)を投(さし)て漕(こが)しけり。されバ又照文(てるふみ)ハ妙真(めうしん)等を将て日毎に路を急(いそ)ぎつゝ異(こと)なく安房(あわ)にかへり著(つき)ぬ。
○案下某生再説(それハさてをき)犬塚(いぬづか)犬飼(かひ)等ハ犬田小文吾に送(おく)られて舩路(ふなぢ)を行(ゆく)こと六里許(はかり)宮戸河(みやとかは)より北(きた)のかた千住河(せんじ かわ)を訴(さかのぼ)りてその日未の頃及に武蔵國(むさしのくに)神宮(かにわ)河原(かはら)に著(つき)にけり。斯(かく)てこの岸(きし)に舩(ふね)を繋(つな)ぎて旅宿(りよしゆく)の事を相譚(かたら)ふに信乃(しの)ハ伯母(おば)(むこ)(がり)を忍(しの)ぶ身なれバ瀧(たき)の川の金剛寺(こんがうじ)をこしらへて彼(かの)僧坊(そうばう)を旅宿(りよしゆく)にせバ世(よ)を潜(しの)ぶに究竟(くつきやう)ならん且(かつ)大塚(おほつか)へ遠(とほ)からねバ額蔵(がくざう)の荘助(せうすけ)と往來(わうらい)に便(たよ)りよしといふに両人諾(うへな)ひて齊一(ひとしく)(きし)に上るおりから六十(むそじ)に近(ちか)き一個(ひとり)の賎夫(しづのを)大塚の荘官(せうくわん)が令甥(をいご)にハおはさずやと問(とは)れて信乃(しの)ハ驚(おとろ)きながらその人をつら/\見るにこれいぬるころ網舩(あみふね)を借(かり)たるこの土地(とち)の漁師(りやうし)〓平(やすへい)といへる者(もの)なり。斯(かく)て」〓平ハ信乃に對(むか)ひ扨(さて)も大塚の凶変(けうへん)を外(よそ)にしておんみ何地(いづち)にか行給ひしと真実(まめ)だちて聶(さゝや)けバ信乃(しの)ハふたゝび驚(おどろ)きて吾儕(わなみ)ハ先頃(さきころ)下総(しもふさ)に赴(おもむ)きつ彼処(かしこ)の友(とも)に送(おく)られて只今(たゝいま)かへり來(き)にけれバ何(なに)ごとも聞(きゝ)しらず。その凶変(けうへん)とハ何(いか)なる所以(ゆへ)そ聞まほしと問(と)へバ〓平(やすへい)(うなづ)きて扨(さて)ハ知(し)らでやおはする歟(か)。こなたへ來(き)ませと先(さき)にたちて己(おの)が宿所(しゆくしよ)に誘引(いざなひ)つゝ彼(かの)大塚なる蟇六(ひきろく)(がり)の騒動(さうどう)始終(しじう)如此(しか)々々(/\)と言(ことば)(みじ)かく物語(ものがた)れバ信乃ハさらなり現八(げんはち)も小文吾(こぶんご)も驚呆(おとろきあき)れ斉一(ひとしく)嘆息(たんそく)したりける。當下(そのとき)信乃(しの)ハ愀然(しうぜん)と犬飼(いぬかひ)犬田(いぬた)を見かへりてわか伯父(おぢ)夫婦(ふうふ)の心ざまよからねども総角(あげまき)より養(やしなは)れたる恩(めぐみ)をおもへバ哀戚(あいせき)の涙(なみだ)(とゞ)め難(がた)かり。さるにても額蔵(がくざう)ハその処(ば)を去(さ)らず主(しう)の仇(あだ)を撃(うち)し事世(よ)に羨(うらやま)しき大義(たいぎ)なり。しかるにいたく誣(しひ)られて命危(いのちあやう)きをいかにせんと」13(ゑん)じて瞼(まぶた)をしばたゝけバ〓平(やすへい)ハ再(また)いふやう彼(かの)(しや)平五倍二(ごばいじ)ぬしハ腹心(ふくしん)の者に流言(りうげん)しさして圓塚(まるつか)山の人殺(ごろ)しハ信乃(しの)額蔵(がくざう)か所為(わざ)也といわせしかハ犬塚(いぬづか)ぬしにも疑(うたが)ひかゝりて行方(ゆきかた)を索(たづね)らるゝとぞいと危(あやう)しと密話(さゝやけ)バ三犬士ハ忿激(いきどふり)に堪(たへ)かねしを思ひかへしてうち頷(うなづ)きよくこそ知(しら)し給ふたれと粒銀(つぶきん)四五顆(よついつゝ)とり出しこハいと些(さ)少の物なれども好意(こゝろざし)を謝(しや)する。某(それがし)ら今さらに大塚に還(かへ)りがたし。信濃(しなの)ハ母(はゝ)の生國(せうこく)なれバ彼(かの)地へや赴(おもむ)くべきといふに〓平(やすへい)(きゝ)あへず大塚(おほつか)の陣番(ぢんばん)よりこゝらも夥兵(くみこ)のうち巡(めぐ)れバ名殘(なごり)ハ最(いと)も惜(をし)けれどはやく他郷(たけう)へ避(さけ)給へ。この〓(たまもの)ハ要なしと推辞(いなむ)を信乃(しの)ハ再(ふたゝ)びすゝめてその善直(せんちよく)を嘆賞(たんしやう)しぬ。〓平(やすへい)ハ又いふやう小人(やつがれ)に両個(ふたり)の猶(をい)子あり。力二郎(りきじらう)尺八と呼(よば)れ近(ちか)き比(ころ)こゝに來(き)て網引(あびき)にその日ハ送(おく)れども任侠剛毅(しんきやうがうき)の壮佼(わかもの)なり。こゝより戸田(とだ)へ捷徑(ちかみち)あれバ彼等(かれら)に」
口絵第一図
【挿絵】〈三犬士(さんけんし)神宮(かには)の渡(わた)りにて斗(はか)らす〓平(やすへい)に遇(あ)ふ〉」14

(おく)らせ候ばやといひつゝ呼(よば)んとする程に現(げん)八小文吾是を禁(とゞ)め主人か節(せつ)なる誠心(まこゝろ)を謝(しや)し人多くてハ目に立て悪(あし)かるへしといふにぞ信乃(しの)ハうち頷(うなづ)きさるにても主人が應荅(おうたう)とその氣質(きしつ)を察(さつ)するに昔ゆかしく候といへハ〓(やす)平額(ひたい)を拊(なで)(いな)さるものにハ候はず。若かりし時いさゝげなる武士の禄(ろく)を食たるのみ。本姓(ほんせい)ハ姨(をば)雪也。舊名(もとのな)を世四郎といへり。形のごとき下司なりしを愆(あやまて)る事ありて舊里(ふるさと)なれバこの処へ追退(をひしりぞ)けられ候ひきに小人か相識(あいし)る老女(おうな)去年(こぞ)より上野(かうつけ)なる荒芽(あらめ)山の麓(ふもと)に在と近属(ちかころ)(ほのか)に聞えたり。〓(もし)信濃路(しなのぢ)へ赴(おもむ)き給はゞ訪(と)ふて宿を投(もと)め給へ。便もあらハと豫(かね)てより一通を写(したゝ)めおきつ。なほおん身三はしらの事をし書加(かきそへ)まゐらせんと真実(まめ)だちて身を起(おこ)しつゝ棚(たな)の隅(すみ)よりとり卸(おろ)す硯(すゝり)に禿筆(きれふで)(ぬき)出し白帋(しらかみ)に走書(はしりかき)して一通の状もろ共に巻篭(まきこめ)て標識(うはかき)を書しるし」15 犬塚(いぬづか)ぬし是(これ)ハいと無礼(なめ)なるわざなれとも心隈(こゝろくま)なきことぐさに此一通を委(ゆだね)まつらん。荒芽(あらめ)山の麓(ふもと)そと風の便聞たるのみ迭(かたみ)に年來(としころ)疎遠(そゑ )なり。必諮(たづね)給へかし。老媼(うば)の名を音音(おとね)といへり。憑(たのみ)奉るといひかけて件(くだん)の状を渡すになん信乃(しの)ハやをら受とりて遅速(ちそく)ハ定かならねども信濃路(しなのぢ)へ赴(おもむ)かば由縁(ゆかり)を訪(とふ)て届(とゞ)くへしと懐(ふところ)に納(をさめ)つゝ現八小文吾共侶(もろとも)に謝(よろこび)を述(のべ)(わかれ)を告(つげ)ておの/\笠(かさ)をふかくしつ南を投(さし)て出てゆけバ〓平(やすへい)ハほゐなげに門べに立てぞ目送(みおく)りける。
○斯(かく)て信乃現(げん)八小文吾等(ら)ハ瀧(たき)の川なる金剛寺(がうじ)に赴きて岩窟堂(いはやだう)に詣つゝ食堂(くり)にいゆきて呼門(おとな)へば寺僧(じそう)出迎(いてむか)へて來意(ゐ)を問(とひ)けり。當下(そのとき)信乃ハ進(すゝ)みよりて某(それがし)等ハ弁才(へんさい)天に宿願(しゆくくわん)ありて七日三籠(ろう)すべく思ふて遠方(ゑんはう)より來れり。休息所を貸(かし)給へといひ入るにいと易(やす)き事なりとて子舎(こざしき)に安措(やすら)はせぬ。其夜(そのよ)三犬士ハ」 岩屈堂(いはやだう)に通夜(つや)するといふて小文吾を残(のこ)し止め犬塚(いぬづか)犬飼(かひ)共侶(もろとも)に疾(はや)くも大塚(おほつか)の里に至り信乃ハ親(おや)の墓所(むしよ)に詣(もう)で蟇六(ひきろく)亀篠(かめざゝ)等が亡骸(なきがら)を〓(うづ)めたりとおぼしき墳土(おきつち)にも水を沃(そゝ)き回向(ゑこう)に夏の夜(よ)更初(ふけそめ)たり。斯て又現八に〓(しるべ)して糠助(ぬかすけ)か墓所(むしよ)に赴(おもむ)くに犬飼(いぬかひ)ハ追慕(ついぼ)の哀(かなし)みやるかたなく時の移(うつ)るを知ざりけり。信乃(しの)ハ額蔵(がくそう)が母の塋域(はかところ)行婦塚(たびめつか)に赴きて現八と共に祭(まつ)りその暁(あけ)がたに岩窟堂(いはやだう)にぞかへりける。扨も三犬士ハ次てをもとめて大塚の城中(せうちう)へ赴きつちとの物を商(あきな)ふを本としてしる人もいで來しかバなほそのすぢに陽交(たちい)りて獄舎(しとや)の中なる額蔵(かくざう)の荘助(さうすけ)をぬすみ出す便(たより)もがなとをさ/\肺肝(はいかん)を摧(くだ)けども未その足代(あししろ)なし。日(ひ)(くる)れバ三犬士岩窟(いはや)におもむきて衆議(しゆき)なしつ斉一(ひとしく)瀑布(たき)にみを搏(うた)しつゝ同盟(どうめい)犬川が為(ため)に」16 窮阨(きうやく)解除(かいぢよ)の冥福(めうふく)を岩窟の弁天瀧の不動王子(わうし)權現の三社(さんしや)へ丹精(たんせい)を凝(こ)らしてぞ祈(いの)りける。
○追前齣再説(ここにまた)宮六(きうろく)が弟(おとゝ)簸上(ひかみ)社平ハ属役(しよくやく)(いさ)川菴八と共に搦捕(からめとり)たる額蔵(がくさう)(せ)介を獄舎(ひとや)に繋(つなが)し訴状(そてう)を以て鎌倉へ告(つげ)しかハ大塚(おほつか)の城主(せうしゆ)大石(おほいし)兵衛尉(ひやうゑのせう)(ろう)黨を聚(つど)へて僉議(せんき)あり。これ彼(かれ)と擇(えらま)れて出頭(とう)人丁田(よほろた)町の進を陣代として大塚(おほつか)へ遣(つかは)しぬ。斯(かく)て丁田(よほろだ)ハ社(しや)平菴(いほ)八等に對面しつゝ主〔命〕を述傳(のべつた)へて五倍二(ごばいじ)か刀瘡(たちきず)を黙檢(ちんけん)し事(こと)の趣(おもむき)を咨(たつぬ)るに額蔵を誣てその身(み)をかざり実事(まこと)しやかに陳じけれバ既(すで)にかくのごとくならバ忽(ゆるがせ)にしかたしとて額蔵(がくぞう)背助(せすけ)を獄舎(ひとや)より牽(ひき)出して事の顛(てん)末鞫問するに杖(しもと)を揚(あげ)て責(せめ)たりける。額蔵(がくぞう)ハ騒(さわ)ぎたる氣色(けしき)もなく主の仇人(かたき)見遁(のが)しがたくて當座(たうざ)に撃(うち)畄し趣ハ曩(さき)の日聞(きこ)え上たる如(ごと)し。」
口絵第一図
【挿絵】〈義士を誣(しひ)て酷吏(こくり)(ら)残毒(ざんとく)を恣(ほしひまゝ)にす〉」17

(へつ)に仔細も候はすと詞短(ことばみちか)く演(えん)すれバ町の進(しん)ハ大ひにいかり額蔵(がくざう)を推伏(おしふせ)て一百(いつひやく)あまりぞ撲(うち)たりにける。忽(たちまち)氣絶(きぜつ)してければ獄卒(ひとやひと)ハ杖を駐(とゞ)め引起して水を吹被(かく)るにしばらくして息(いき)出けり。とかくする程(ほど)に二更(にかう)の漏刻(ろうこく)音すれハ町の進(しん)ハ背助(せすけ)額蔵(がくさう)を獄舎(ひとや)にかへし遣(つかは)せしに背助(せすけ)ハ杖(しもと)の苦痛(くつう)に絶(たへ)すやその暁かたにむなしく成(なり)ぬ。しかれども額蔵(かくぞう)ハ弱(よは)りたる氣色(けしき)もなく罪(つみ)に伏(ふく)すへきにもあらねバ社(しや)平五倍二(ばいじ)ハ氣を悶(もみ)て町の進(しん)に物夥(ものあまた)賄賂(まいなふ)て媚諛(こひへつらは)すといふ事なくその断獄(ごく)を急(いそが)するに町の進(しん)も利(り)の為(ため)にハ傾(かたむ)きやすき小人(せうしん)なれハひそかに社(しや)平五倍二(ばいじ)を慰(なぐさ)めて又額蔵(かくそう)を獄舎(ひとや)より引出し聊思ふよしあり。左母二郎(さもしらう)濱路(はまち)天罸(てんはつ)(よつて)(くだん)の如(こと)しと書べしと右手(めで)の縛(いましめ)を緩(ゆる)しにけれバ額蔵(かくさう)推辞(いなむ)べくもあらねバいはるゝ隨に書てけり。そのとき町の進ハ圓(まる)18(つか)にて伐(きり)とらせし幹(みき)の文字(もじ)と合(あは)し見つゝ額蔵(がくぞう)が罪(つみ)分明(ふんめう)なりと敦圉(いきまき)(たけ)く詰(なじ)れども額蔵ハ些(ちつと)も擬議(ぎゞ)せずその宵(よ)のことハ云云(しか/\)といひ觧(とか)んとする程(ほど)に町(まち)の進(しん)ハいよ/\哮(たけつ)て〓木(れんき)の上に仰向(あほのけ)させ括著(くゝりつけ)て目口もわかず水を沃(そゝ)ぎて間(ひま)なけれバ忽(たちまち)に息絶(いきたへ)(はて)けり。獄卒(ひとやびと)等ハ苛責(かしやく)を駐(とゞめ)て倒(さかしま)に推(をし)立つゝ水を吐(はか)しなどするに且(しはらく)して甦生(そせい)せり。これよりして町の進(しん)ハます/\苛責(かしやく)を重(をも)くすれども額蔵ハ初(はしめ)の如(ごと)く苦痛(くつう)を忍(しの)びて遂(つい)に屈(くつ)せず。しば/\氣絶(きぜつ)したれども獄舎(ひとや)にかへれバ恙(つゝが)なし。故(ゆへ)あるかな額蔵(がくぞう)ハいぬるよ犬山道節(どうせつ)が肩(かた)の瘤(こぶ)を劈(つんさき)ててに入りし忠(ちう)の玉ハこの時までも身を放(はな)さず。口の中に含(ふくみ)てをり。さる程(ほど)に杖(しもと)にうたれ種々(しゆ%\)の苛責(かしやく)に筋骨(きんこつ)(いたみ)て心地(こゝち)(しぬ)べう覚(おぼゆ)るとき件(くたん)の玉を口に含(ふく)み又これをもてみを拊(なづ)れバ苦痛(くつう)立地(たちどころ)に除去(のぞきさ)り杖瘡(しもときず)ハ一夕(いちや)に〓(いゑ)て」 その跡(あと)もなくなりにけり。町(まち)の進(しん)ハ玉の奇特(きどく)を露(つゆ)ばかりも知(し)らざれハ竊(ひそか)に怪(あやし)み彼(かれ)ハ法術(ほうじつ)あるやらん。若(もし)(のが)れさらバ後悔(こうくわい)せん。はやく殺(ころす)にますことなしと肚(はら)の裏(うち)に尋思(しあん)しつ。鎌倉(かまくら)に使者(ししや)を走(はせ)額蔵(がくざう)を誅戮(ちうりく)せんことを報(つげ)たりける。かくて七月朔日にその使者(ししや)鎌倉(かまくら)より帰來(かへりきた)れり。町の進ハ菴(いほ)八と共(とも)に主(しゆ)の下知状(くだしぶみ)を披見(ひけん)するに額蔵(がくぞう)ハ既(すで)に五逆(ぎやく)の罪(つみ)人なり。當(まさ)に竹鎗(たけやり)の刑罸(けいばつ)に行(おこの)ふべしと下知(けぢ)せられたりければ町の進ハ社平(しやへい)五倍二(ごばいじ)に主命を傳(つた)へつゝ明日(めうにち)(ひつじ)の頃及に庚申塚(こうしんづか)のほとりにて刑戮(けいりく)を行(おこな)はん。宜(よろし)く准備(ようゐ)あるべしと懇(ねんごろ)にときしめす。この時五倍(ばい)二が眉間(みけん)の痍(きず)過半(くわはん)(いえ)しかバ両人雀躍(じやくてき)して主恩(しうおん)を拝謝(はいしや)し意(い)き揚々(やう/\)と退出(まかりで)ける。尓程(さるほど)に七月二日の未(ひつじ)のころ及に額蔵を獄舎(ひとや)より牽出(ひきいだ)し三十餘名(よにん)の夥兵(くみこ)等に囲(かこま)れて庚申塚(かうしんづか)へをもむけバ」19 檢監(けんかん)卒川(いさかは)菴八(いほはち)は先(さき)を追(おは)していかめしくねりゆく程(ほど)に社平(しやへい)五倍二(こへいじ)ハ其(その)(のち)に陸続(りくそく)として城(しろ)を出(いで)庚申塚(かうしんづか)に來(き)にけれバふりたる楝(あぶち)の下(もと)に額蔵(がくそう)を牽居(ひきすへ)させ三十餘名(よにん)の夥兵(くみこ)(ら)ハ手(て)に/\捍棒(よりぼう)を突合(つきあは)して徂徠(ゆきゝ)の人を禁(とゞ)めたり。當下(そのとき)卒川( そかは)菴八(いほはち)ハ床几(せうぎ)に尻(しり)をうちかけ一通(いつゝう)の刑書(けいしよ)を取出(とりいだ)し讀聞(よみきか)せ終(をは)れバ獄卒等(ひとやひとら)ハ額蔵(かくざう)が索(なは)の端(はし)を楝(あぶち)の枝(ゑだ)に投(なげ)かけて釣揚(つりあぐ)れバ社平五倍二持(もつ)たる竹鎗(たけやり)(ひらめか)して左右(さゆう)齊一(ひとしく)額蔵(がくざう)が脇肚(わきばら)(め)がけて刺貫(さしつらぬか)んと呀(やつ)と被(かけ)たる聲(こへ)より先(さき)に五十歩(ほ)ばかり東西(とうさい)なる稲塚(いなづか)の蔭(かげ)よりして両方(りやうほう)一度に射(い)出す響箭(かぶらや)五倍二(こばいじ)社平(しやへい)が肩尖(かたさき)へ揺一(ひとゆり)ゆつて〓(ひやう)と立(たつ)。痛(いた)手なれバ霎時(しばし)も得(え)(たへ)ず鎗(やり)を捐(すて)てぞ例(たふ)れける。菴(いほ)八等(ら)おどろきながら立よりてとみれバその箭(や)に五六寸なる紙牌(かみふだ)を結提(むすびさげ)て奉納(ほうのう)王子権現(ごんげん)所願(しよくわん)
口絵第一図
【挿絵】〈法場(はうじやう)を〓(おびやか)して三犬士(さんけんし)(どう)(いん)をすくふ〉」20

成就(ぜうしゆ)と書(かき)たりける。原來(さて)ハ真(まこと)の征箭(そや)ならず疾(とく)このぬしを蒐出(かりいだ)せと声ふり絞(しぼ)りて下知(げぢ)すれバうけ給はると夥兵(くみこ)(ども)東西(とうさい)に立わかれて稲塚(いなづか)(め)がけて簇々(むら/\)と進(すゝま)んとする程(ほど)になほも射(い)(いだ)す神箭(かぶらや)に皆(みな)紛々(ふん/\)と射(い)(たふ)され右往(うわう)左往(さわう)に辟易(へきゑき)す。當下(そのとき)稲塚(いなづか)推倒(おしたふ)して顕(あらは)れ出(いで)たる両個(ふたり)の武士(ぶし)東西(とうざい)斉一(ひとしく)(ゆみ)投捨(なげすて)て准備(ようゐ)の竹鎗(たけやり)掻取(かいとり)て声(こゑ)(たか)らかに呼(よば)はるやう同盟(どうめい)の義(ぎ)に仗(より)て天(てん)に代(かはり)て虎狼(こよう)を猟(かり)作麼(そも)俺們(われ/\)を何人とかする。犬塚(いぬつか)信乃(しの)戍孝(もりたか)犬飼(いぬかひ)現八(けんはち)信道(のぶみち)(ら)こゝにあり。觀念(くわんねん)せよと罵責(のゝ  せめ)て鎗(やり)を捻(ひねつ)て走蒐りひしめく夥兵(くみこ)を五六人鳩尾中〓刺伏たり。菴八(いほはち)(はるか)に是(これ)を見て若(もし)額蔵(かくざう)を奪去(うばひさる)(こと)もやあらん。結果(をしかたづけ)て後(うしろ)やすくせんものと遺(おち)たる竹鎗(たけやり)とり揚(あげ)て棟(あふち)のほとりに近(ちか)づかんとするおりから忽(たちまち)後方(あとべ)に人ありて酷吏(こくり)菴八(いほはち)(しばら)く等(まて)犬塚(いぬつか)犬飼(いぬかい)同盟(だうめい)の」21(いつ)死友(しゆう)犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)悌順(やすより)こゝにあり。首(かうべ)をわたせと呼畄(よびとめ)たる聲(こえ)におどろき菴八(いほはち)ハ運歩(あしもと)取次(しどろ)に見(み)かへれバ骨逞(ほねたくま)しき大男(おほおとこ)奉納(ほうのふ)(ふだ)をむすびさげたる王子(わうじ)の竹鎗(たけやり)(ひらめ)かして透間(すきま)もなく突立(つきたて)れバ菴八(いほはち)ハ受(うけ)(はら)ひ且(しばら)く防戦ふ程(ほど)に若黨(わかとう)獄卒(ごくそつ)五六人おの/\得物(ゑもの)をうち振(ふつ)て撃倒さんと蒐るを小文吾ハ物ともせず薙立(なぎたて)駈立(かりたて)(すゝ)みけり。その間(ひま)に信乃(しの)現八(げんはち)ハ〓(さゝゆ)る敵(てき)を八方(はつほう)へ撃散(うちちら)しなほ菴八(いほはち)を撃(うた)んとて走来る前向(むかひ)に身(み)を起(おこ)すハ是(これ)五倍二(こはいし)と社平なり。この時(とき)(われ)にかへりけれバ肩(かた)に立たる箭(や)を抜捨(ぬきすて)(かたな)抜連(ぬきつれ)(たつ)たるを信乃(しの)現八(けんはち)ハ東西(とうざい)より五倍二(ごばいし)社平(しやへい)を刺貫(さしつらぬ)きなほ迯迷(にけまよ)ふ夥兵(くみこ)等を追はらひ信乃ハはやくも額蔵を樹上(きのうへ)より扶下(たすけおろ)して縛(いましめ)の索(なは)釋捨(ときすて)れバ現八も又引かへし社平(しやへい)か両刀(りやうとう)を分捕(ぶんどり)して額蔵(がくぞう)にそ渡(わたし)ける。さる程(ほど)に小文吾(こぶんご)ハ菴八(いほはち)を難(なん)なくも」 仕畄(しとめ)しより手にあふ敵(てき)のなくなりしかバ鎗(やり)を捨て樹(この)〔の〕(もと)に聚合(つど)ふ程(ほど)に信乃(しの)ハ額蔵(がくざう)をいたはりて現八(げんはち)小文吾(こぶんご)を引合(ひきあは)せ異姓(いせい)の兄弟(きやうだい)なる事を語(かたり)けるにぞ額蔵ハ萬死(ばんし)を出て一生(いつせう)を保(たも)つの歓(よろこ)びを述(のべ)(ぎ)を美(よみ)して感涙(かんるい)(そゞろ)にぬぐひあへず。現八(げんはち)小文吾(こぶんご)(なぐさ)めて今(いま)ハしも此(この)(ち)に要(えう)なし。はやく戸田(とた)(かは)をうち渡して隣郡(りんくん)まで退(しりぞ)くべし。誘(いざ)給へと急(いそ)かしつ四個(よたり)斉一(ひとしく)西北(いぬい)の方(かた)へ足(あし)はやに走去(はしりさ)る事十町(とまち)にハ過(すぎ)ざりけり。浩処(かゝるところ)に大塚(おほつか)より新隊(あらて)の雑兵二三十人僉(みな)鳥銃(てつほう)を携(たづさへ)てはや四犬士(しけんし)に近(ちか)づきつ。筒頭(つゝさき)を揃(そろ)へ連掛(つるべかけ)て火蓋(ひぶた)を切(き)らんとする折(おり)から俄然(がぜん)として降(ふり)そゝく夕立(ゆうだち)の雨(あめ)(しの)を紊(みだ)して忽(たちまち)火縄(ひなわ)を滅(けし)たりける。城兵等(じやうへいら)ハ暴雨(にわかあめ)に度(ど)を失(うしな)ふてしばらく捫擇(もんちやく)する程(ほと)に雷(らい)(めい)一声(いつせい)電光(いなひかり)して雨(あめ)なほ烈(はげ)しかりけれバ雨(あめ)を避(さけ)んと城兵等(しやうへいら)ハ僉(みな)(き)の下(もと)に立寄(たちより)たる頂(いたゞ〔き〕)の上(うへ)に霹靂(かみとけ)て雷火(らいくわ)22 に震(うた)れて死(し)したりける。四犬士(しけんし)ハ危急(きゝう)を遂(のが)れ凡事(たゞごと)にあらずとて瀧(たき)の川(かわ)と王子(わうじ)の神(かみ)を遥(はるか)におがみ奉り斉一(ひとしく)間道(みち)を走(はし)りつゝ戸田(とた)川まで來(き)にけれバ雷(かみ)ハ收(おさま)り雨(あめ)も細(ほそ)りてはや黄昏(たそかれ)に近(ちか)かりける。とく/\前面(むかひ)へ渡(わた)さんとて彼処(あちこち)と見わたすに渡(わた)し舩(ふね)(たへ)てなし。いかにすべきと氣(き)を悶(もみ)ておなじ河原(かはら)を幾度(いくたび)となく往返(ゆきゝ)に果(はて)しなかりけり。かゝりし程(ほど)に町(まち)の進(しん)ハ隊兵(てぜい)百五六十人を将て馬(うま)を飛(とば)して追蒐(おつかけ)きつ鬨(とき)を咄(どつ)と揚(あけ)たりける。四犬士(しけんし)ハこれを見(み)て河(かは)にハ舩(ふね)なく陸(くが)にハ敵(てき)あり。進退(しんたい)こゝに谷(きはま)りぬ。思(おも)ひの随(まゝ)に戦(たゝか)ふて陣歿(うちじに)するより外(ほか)にすべなし。目(め)ざす讐敵(かたき)ハ丁田(よぼろだ)のみ。人馬(にんば)の足(あし)を立(たて)させなと迭(かたみ)に諫奨(いさめはげま)して必死(ひつし)の覚期(かくご)(いさま)しく近(ちか)づく敵(てき)をまつ折(をり)から誰(た)とハしらず水際(みつぎわ)なる繁(しげ)き高芦(たかあし)をおしわきてこなたへ舩(ふね)をよする者(もの)あり。四犬士(しけんし)これを見かへりて」
口絵第一図
【挿絵】〈一葉(いちやう)を浮(うか)べて蓑笠(さりつ)の叟(おきな)犬士(けんし)(ら)をすくふ〉」23

彼も敵(てき)かと訝(いふか)れバ蓑笠(みのかさ)(き)たる一個(ひとり)の舟人(ふなひと)(いそか)はしくさし招(まね)きてとく/\召(めせ)と勸(すゝむ)る声(こゑ)ハ神宮(かには)なる〓平なり。天(てん)の祐(たすけ)と四犬士(しけんし)ハ舩に閃(ひら)りと打(うち)乗れバ〓平(やすへい)ハ船底(ふなぞこ)より蓑笠(みのかさ)を取出(とりいだ)して四犬士(しけんし)に与(あた)へ敵(てき)の矢(や)を禦(ふせが)す程に既(すで)にして舩(ふね)ハ北(きた)の岸(きし)に著(つき)にけれバ四犬士ハ曲々(つばら/\)に歓(よろこ)びを演(のぶ)るに暇(いとま)なく〓平(やすへい)を見(み)かへりて皆(みな)再會(さいくわい)を契つゝ軈(やが)て水際(きは)に下(おり)立けり。尓程(さるほど)に町の進(しん)ハ士卒(しそつ)と共(とも)に声(こゑ)を揚(あげ)て頻(しきり)に舩(ふね)を呼禁(よびとむ)れども舟人(ふなひと)ハ聞ぬ態(ふり)して漕(こぎ)かへすべくもあらねハ彼射(い)て捕(と)れと下知すれバおの/\岸(きし)に立並(たちならび)て箭継早(やつぎばや)に射かくれどもその間遠(とほ)けれハ箭ハ徒に水(すい)中に落るとやがて流(なが)れけり。町(まち)の進(しん)ハます/\怒りこの虐賊等(ぎやくぞくら)を撃漏(うちもら)してハわれも罪(つみ)を脱(まぬか)れがたし。河幅(かははゞ)ハいと廣(ひろ)けれど此わたりにハ淺瀬(あさせ)あり。われに續(つゞ)けといひ被(かけ)て馬を颯(さつ)と乗入(のりい)るれバ士卒(しそつ)等ハ僉(みな)後れじと渡(わた)しけり。」24

英名八犬士(ゑいめいはつけんし)五編(ごへん) 下帙

鈍亭主人鈔録 

却説(かくて)丁田(よぼろた)(まち)の進(しん)ハ馬を河の中央(たゞなか)まで進(すゝむ)るを〓平(やすへい)ハ遥(はるか)に見て遽しく舩底(ふなぞこ)より弓箭(ゆみや)を取出て矢声(やこゑ)をかけて丁と發(はな)せバ町の進(しん)が乳(ち)の下へぐさと立しが裏缺(うらかく)までに至(いた)らねバ投捨(なげすて)てぞ進(すゝ)みける。〓(やす)平ハ心〓(こゝろあはて)て二の箭(や)を刺(つか)んとする程(ほど)に忽然(こつぜん)として一個の壮夫(ますらを)水中より浮出て町の進が衿上(えりがみ)へ抓子棒を楚(しか)とうち被(かけ)て仰さまに引落しつゝ腰(こし)なる刀(かたな)を抜出し押(おさ)へて首(くび)を取てけり。かくて件(くだん)の壮夫(ますらを)ハ町の進の馬を奪(うば)ふてうち跨(のり)つゝ後れて渡る雑兵(ぞうひやう)を抓子棒(くまで)を以(もつて)引倒(ひきたふ)し突流(つきなが)し推沈(をししづむ)れバ敵(てき)ハ忽(たちまち)辟易(へきえき)して舊(もと)の岸へ逃登(にげのぼ)るを追(をい)つゝ馬を乗上(のりあげ)たり。雑兵(ぞうひやう)(ら)ハ岸に畄(とゞま)り推捕籠(おつとりこめ)て攻(せめ)たつれバ當下(そのとき)(あし)原のほとりより又一個の暴夫(あらおとこ)突然(こつぜん)と顕(あらは)れ出(いで)長柄(なかえ)の鎗(やり)の刄頭(ほさき)(するど)く」
口絵第一図
【挿絵】〈侠客(けうかく)両個(りやうこ)四犬士(しけんし)の窮厄(きうやく)を免(まぬ)からしむ [呂文]〉」25

敲伏(たゝきふ)せ刺殺(つきころ)す纔(はづか)に両個の勇士の働(はたら)き四犬士ハ北の岸に瞬(またゝき)もせず眺(なかめ)てをり。斉一(ひとしく)(かん)じて舩を歇(とゞ)め彼(かの)両個(ふたり)の壮夫ハいかなる人ぞ名をだに知(し)らぬ俺們(われ/\)を拯(すくは)んとてかあの動(はたら)きいと訝(いふか)しく候といへバ〓平(やすへい)微笑(ほゝゑみ)て彼等ハ先に告(つげ)たりし力二郎(りきじらう)尺八なり。豊嶋(としま)煉馬(ねりま)両家(りやうけ)の為に怨(うらみ)を復(かへ)さんと思ふこゝろあれバ町の進を撃(うち)たるなりといふに信乃(しの)(ら)ハ驚(おとろ)きてしからバ両個(ふたり)の壮夫ハ我等が為に恩人(おんじん)なり。もし陣歿(うちじに)せバ悔(くふ)とも甲斐(かひ)なし。その舩を疾(とく)よせ給へ。安危(あんき)を彼(かの)人々(ひと%\)と共(とも)にせん。今さら躊躇事かハと言葉(ことば)(ひと)しく急(いそか)せバ〓平頭(かしら)をうちふりて義を見て勇むハ刀祢(との)(ばら)の志(こゝろざし)なるへけれども彼等か敵(てき)と戦(たゝ)かふハ刀祢(との)(ばら)を落さん為(ため)なり。然るを再(ふたゝび)彼処(かのところ)へ渡(わた)して倶(とも)に陣歿(うちじに)し給はゞ此彼(かれこれ)ともにみな益(ゑき)なし。やようち捨(すて)て落たまへ。小人(やつがれ)ハ今さらに神宮(かには)へハ還りがたし。けふを限(かき)りの浮世(うきよ)ぞと豫(かね)て覚(かく)26(ご)(きは)めたれハ舩(ふね)もろ共(とも)に身(み)を淪(しつめ)て赤心(あかきこゝろ)を顕(あらは)すべし。さらば/\といひかけてはや川中(かはなか)へ漕出(こぎいだ)せバ四犬士(しけんし)ハ且(かつ)(かん)じ且驚(おどろ)き水際(みつきわ)に足(あし)を翹(つまだて)て異口(いく)同音(とうおん)に呼(よび)禁れども〓平(やすへい)ハ川中(かはなか)へ漕退(こきしりぞ)け舩底(ふなぞこ)の栓(せん)を引抜(ひきぬき)(すて)れば忽(たちまち)(ふね)に水(みつ)(い)りて波(なみ)の下(した)にぞ沈(しづ)みける。四犬士(しけんし)ハ眩然(げんぜん)と見る目(め)(とゞ)かぬ薄暮(ゆふくれ)に前面(むかひ)ハ修羅(しゆら)の大刀音(たちおと)矢叫(やさけ)びよせてハかへす河風(かはかぜ)に澳(おき)より黎(くろ)む宵闇(よひやみ)の其処(そこ)ともわかずなりにけり。さる程(ほど)に四犬士(しけんし)〓平(やすへい)両勇士(りやうゆうし)の存亡(そんぼう)も心にかゝれど終夜(よもすから)河原(かはら)に立(たち)(あか)すともあるべきにあらねバ上野(かうつけ)信濃(しなの)を心當(こゝろあて)に間道(こみち)より只管(ひたすら)に走(はし)れども黒白(あやめ)も別(わか)ぬ烏夜(やみ)にしあれバ行事(ゆくこと)五里(ごり)ばかりにして忽(たちまち)山路(やまぢ)に迷(まよ)ひ入つゝとかくする程(ほど)に天(よ)ハ明(あけ)たりと見れハ未(いまだ)(な)をたにしらぬ高(たか)き山の半腹(なから)に來にけり。軈(やが)て巓(いたゞき)に登(のぼ)りつゝ彼此(あちこち)と徘徊(はいくわい)するに山(やま)に荒(あれ)たる神社(やしろ)ありて雷電(らいでん)の神社と」
口絵第一図
【挿絵】〈戸田(とだ)(かは)に漁夫(ぎよふ)入水(しゆすい)して犬士(けんし)を走(はし)らす〉」27

〔と〕いふ四大字(しだいじ)の遍額(へんがく)あり。これ桶川(おけかは)の東(たつ)南なる雷電山(らいでんさん)と悟(さと)るものから三士(たり)ハ斉一(ひとしく)(ぬか)つきて倶(とも)祈念(きねん)をこらしけり。且(しはら)くして四犬士(しけんし)ハ樹(き)の下(もと)に迭(かたみ)に相譚(かたらひ)(なぐさ)むるに當下(そのとき)額蔵(がくぞう)ハ恭(うや/\)しく貌(かたち)を改(あらた)めきのふ再生(さいせい)の歓(よろこ)び演(のべ)三犬士(さんけんし)相共(あひとも)に必死(ひつし)の厄(やく)を救(すく)ひ給ひし為体(ていたらく)不思議(ふしぎ)といふも余(あま)りありと問れて信(し)乃ハ含咲(ほゝゑみ)て某(それかし)も亦(また)滸我(こが)にして免(まぬか)れがたき大厄(たいやく)あり。この故(ゆへ)に下総(しもふさ)なる行徳(きやうとく)に流浪(さすらひ)つ再(ふたゝ)び危(あやう)かりけるを幸(さいはひ)にして窮阨(きうやく)を釋(とか)れたり。その故(ゆへ)ハ箇様々々(かやう/\)とすべて安房(あわ)の里見(さとみ)に宿因(しゆくいん)あるその概略(がいりやく)をとき示(しめ)せバ額蔵(がくざう)ハ聞(き)く毎(こと)に駭然(がいぜん)としてうちおどろき潜然(さんぜん)としてうち歎(なげ)き現八(げんはち)小文吾(こぶんご)か孝順(こうじゆん)義勇(ぎゆう)を眷愛(けんあい)していよゝ骨肉(こつにく)の如く思(おも)へり。就(つき)ていへるやうハ我等と過世(すくせ)(に)たるもの八人(はちにん)あるべきことになん。犬江氏(うじ)の子(こ)とゝもに五人(ごにん)なり。就て又一(いつ)竒談(きだん)あり。先(さき)に某(それかし)はからずも圓塚(まるつか)28(やま)のほとりにて一個(ひとり)の犬士(けんし)に撞見(いであふ)たり。その故(ゆへ)ハ如此々々(しか/\)と犬山(いぬやま)道節(とうせつ)が事おちもなく譚(ものかた)れバ三犬士(けんし)ハ嗟嘆(さたん)にたへず。されバ額蔵(かくぞう)ハ是より 改(あらた)め犬(いぬ)川荘助(せうすけ)義任(よしとふ)と名号(なのり)つゝその夜(よ)ハ桶(おけ)川の郷(さと)へ宿(とま)りぬ。却説(かくて)四犬士(けんし)ハ次(つぎ)の日旅宿(りよしゆく)を夙(つと)に起(たち)て笠深くしてゆく程におなじ月の初(はじ)めの六日上野國(かうつけのくに)甘樂郡(かむらこふり)白雲山(はくうんざん)明巍(みやうき)の神社に参詣(さんけい)す。斯有(かゝりし)(ほど)に四犬士(しけんし)ハこの霊場(れいじやう)を遊觀(ゆうくわん)するにその日も未下刻(さがり)になりつ。よりて茶店(ちやてん)に足(あし)を休るに荘助(そうすけ)ハ戯(たはむ)れに臺(だい)に据(すへ)たる遠眼鏡(とほめかね)を引よ〔し〕て山間遥(はるか)に見下(おろ)せバ藺織笠(ゐをりがさ)を戴(いたゞき)たる一個(ひとり)の武士(ふし)総門(さうもん)のこなたなる渓(たに)川の橋をわたりつゝ邁(ゆく)ものありけり。心(こゝろ)ともなくよく見るに笠(かさ)の隙(ひま)ながら犬山道(どう)節に似(に)たりけり。こハいかにとばかりに瞬(またゝき)もせず目送(おく)るにはや総門(さうもん)の外に出て往方(ゆくへ)もしらずなりにけり。遺憾(のこりをし)きこと限りもなけれバ只顧(ひたすら)に」 嘆息(たんそく)しつゝ信(し)乃現(けん)八小文吾に云云(しか%\)と密語(さゝやけ)バ三士(みたり)も倶(とも)に嘆息(たんそく)してもし返るやとかはる%\に眼鏡(めかね)を採(とり)て直下(みおろ)せども遂(つい)にその甲斐(かひ)なかりけり。當下(そのとき)(し)乃ハ沈吟(うちあん)じて遠眼鏡(とほめかね)もて見し人に追つかんと欲(ほつ)するともこの処より総門(そうもん)まで一里四丁ありと歟いへバ飛(とぶ)鳥なりとも及ぶべからす。きのふ巷(ちまた)の風声(ふうぶん)を聞たりしに管領(くわんれい)扇谷定正(さだまさ)ぬしハ近ごろ當國に退居(たいきよ)して白井に在城し給ふといへり。彼(かの)道節ハ両管領(くわんれい)を狙撃(ねらひうた)んと欲(ほつ)するならずや。しからんにハ渠(かれ)も又こゝらわたりを徘徊(はいくわい)して隙(ひま)を窺(うかゞ)ひ時を得(え)バ君父の怨(うら )を復さんと謀(はか)ることなからずやハ。白井の邊(ほとり)に趣(をもむ)かバ彼(かの)人にあふこともあるべし。とく/\と急(いそか)せバ荘(そう)助現(げん)八小文吾ハ一議に及(およ)ばす同意(とうい)して打(うち)連立(つれたつ)て下向(けかう)せり。
○不題(こゝにまた)管領(くわんれい)扇谷(あふきかやつ)修理(しゆりの)太夫定(さだ)正ハ近頃山内顕定(あきさだ)と不和(ふわ)なるにより猛(にわか)に鎌倉(かまくら)を退(しりそ)きて」上野(かうつけ)白井(しらゐ)に在城(ざいじやう)す。これにより定正(さだまさ)ハきのふ五日の早旦(まだき)より砥沢(とさは)の山に狩競(かりくら)して白井の城(しろ)に回旋(くわひせん)す。相(あい)したがふ近臣(きんしん)ハ竈門(かまど)三宝(さぼ)平五行(かづゆき)妻有(つまりの)六郎之通(ゆきみち)松枝(まつえだ)十郎眞弘(さねひろ)(ら)従類(しゆうるい)凡三十五(ご)(にん)外様(とさま)の若(わか)黨五十餘名(よにん)弓箭(ゆみや)鳥銃(てつほう)を肩(かた)にせし雑色(ざうしき)奴隷(しもべ)に至(いたり)てハ毛挙(かぞへあぐ)るに遑(いとま)あらず。夥(あまた)の列卒(せこ)にくさ%\の獲物(えもの)を扛擔(かきになは)したる前駈(せんく)後従(こしゆう)の目(め)さましくはや白井(しらゐ)の城(しろ)までハ二十町(はたまち)に足(た)らぬ道(みち)の程並松原を過(すぎ)る折(をり)と見れバ一個の武士(ぶし)の浪人(ろうにん)道のゆくての松の下(もと)の葛石(かつらいし)に尻(しり)をかけ右(め)手に拿(とり)たる一(ひとふり)の大刀(たち)をやをら膝(ひざ)に推立(おしたて)つゝ忽地(たちまち)(こゑ)をふり立て世(よ)に〓邪(ばくや)の劔(つるぎ)なきにあらず只(たゞ)これを知(し)る良将(りやうせう)なきのみ。嗚呼(あゝ)(おし)むべし恨(うら)むべしとしきりにひとりごちたりける。前走(さきはしり)の雑色(ざふしき)両三人うち見やりてこハ竒怪(きくわひ)なり何人(なにもの)ぞ。管領(くわんれい)の狩倉(かりくら)より目(たゞ)今還(かへ)
口絵第一図
【挿絵】〈雷電(らいでん)の社頭(やしろ)に四犬士(しけんし)會談(つもるものがた)りす[呂文]〉」30

らせ給ふなるおん馬前(うまさき)に程近(ほどちか)きに礼儀(れいき)に疎(うと)き白徒(しれもの)なり。とく/\笠(かさ)を脱捨(ぬぎすて)てついゐて拝(おが)み奉(たてまつ)らずやと齊一(ひとしく)叱懲(しかりこら)せども浮浪人(ふらうにん)見かへりもせて冷笑(あさはら)ひわれハ浮浪人(ふらうにん)の武士(ぶし)なれハ主(しゆ)もなく家隷(けらい)もなし。管領(くわんれい)われに恩徳(おんとく)あらバ貴(たつとく)も思(おも)ふべし。管領(くわんれい)われに徳(とく)なくバわれハわが世(よ)を渡(わた)らんのみ。街道(かいとう)(せま)きにあらず。路(みち)の障(さはり)になるものかハ。僻事(ひがこと)すなと叱(しか)り囘(かへ)してひとりごつこと初(はじめ)の如(ごと)くいよ/\高く呼(よば)ばれバ雑色(ざうしき)(ら)ハます/\怒(いか)りて大膽(だいたん)不敵(ふてき)の癖者(くせもの)かな。いふよし聞(きか)ずバ縛(いましめ)ん。打(うて)よ仆(たふ)せと敦圉(いきまき)て立(たち)かゝりたる三方よりなほ懲(こら)さんと競(きそ)ふ程(ほど)に定正(さたまさ)間近(まちか)く馬を進(すゝ)めて騒(さはが)しや何事ぞ。彼(あれ)(しつめ)よと制(せい)させて鐙際(あぶみぎわ)に従(したが)ふたる松枝(まつえだ)十郎を見かへりて云云(しか/\)と仰(おふ)すれバ十郎ハ心得(こゝろえ)(はて)て其(その)樹下(きのもと)に赴(おもむ)きつゝ浮浪人(ふらうにん)にうちむかひ其許(そこ)ハ元來(ぐわんらい)何処(いづこ)の人ぞや。かしこうも管領家(くわんれいけ)31 のみづから問(とは)せ給はんとておん使(つかひ)を立(たて)られたり。かくいふハ御内(みうち)の近臣(きんしん)松枝(えだ)十郎眞弘(さねひろ)也。誘々(いざ/\)お ん前に参(まゐ)り候へ。とく/\と急(いそか)せバ浮浪人(ふらうにん)ハ阿(あつ)と應(いらへ)て拿(もち)たる刀(かたな)を腰刀(こしかたな)に差添(さしそへ)て深編笠(ふかあみがさ)の緒(を)を觧(とき)すて背(うしろ)のかたへ投退(なげしりぞ)けて初(はじめ)て面(をもて)を顕(あらは)したる容儀(ようぎ)堂々(どう/\)神表(しんひやう)凛々(りん/\)庸人(たゝひと)ならずそ見えたりける。却説(かくて)(かの)浮浪人(ふろうにん)ハ松枝(えた)十郎眞弘(さねひろ)にうち對(むか)ひ某(それがし)は下總(しもふさ)千葉(ちば)の浮浪人(ふらうにん)大出(おほで)太郎といふ者(もの)なり。父(ちゝ)ハはやく世(よ)を去(さり)(はゝ)ハ明失(めしい)て年來(ころ)になれり。寒家(まづしきいへ)ハ薬(くすり)の料足(しろ)さへ竭(つき)てせんすべなし。依(よつ)て祖父(おほぢ)より三世の重宝(ちやうほう)(ひとふり)の太刀(たち)管領家(くわんれいけ)に售(う)らばやとて漫(そゞろ)に虎威(こゐ)を犯(おか)したる不敬(ふけい)の罪(つみ)を宥(なだめ)られて是等(ら)の事を聞(きこ)えあげ給はらバこよなきおのが幸(さいは)ひならんと憚(はゞか)る所なく答(こたへ)たる弁舌(べんぜつ)(みづ)の流(なが)るゝ如(ごと)し。松枝(まつえだ)真弘(さねひろ)ハそのいふよしを聞果(はて)て則(すなわち)(こと)の趣(おもむき)を云云(しか%\)と報(つげ)まうせば定正(さだまさ)
口絵第一図
【挿絵】〈妙義(めうき)の茶店(さてん)に荘助(そうすけ)遠目鏡(とふめかね)の中に道節(どうせつ)を看(み)る〉」32

しば/\頷(うなづ)きて馬(うま)より下(おり)て牀(せう)きを立(たて)させそのもの召(よべ)といそがし給へバ眞弘(さねひろ)再び走り向ふて彼(かの)浪人(らうにん)を将て來にけり。定正(さだまさ)ハ彼(かの)浪人をと見かう見て售(うら)んと欲(ほつ)する大刀(たち)往由(らいゆ)を問(とは)れて臆せず小膝(ひざ)を進(すゝ)めその來歴(らいれき)をつばらに演(のべ)太刀の眞偽(しんぎ)を見そなはせと誇皃(ほこりが)に荅も果(はて)す拿たる村雨の宝刀を取直し抜放(ぬきはな)ちて晃(きらめ)かしつゝうち振(ふ)れバ不思議なるかな刀尖より潜然(さんぜん)として濆(ほどばし)る水氣に定正うたがひ水觧(とけ)その太刀これへとく/\もてといはれて太郎ハ欣然(きんせん)と刃(やいば)を引提て身(み)を起しつゝしからバ御免(めん)を蒙(かふむ)るべし。よく臠(みそなは)せと定正の牀几のほとりに衝と寄りて跪(ひさまづ)きつゝ件(くだん)の太刀を進(まゐ)らするやうにして胸前(むなさき)(とつ)て推伏つ刀尖( つさき)(きら)りとさし著(つく)れバ吐嗟(あなや)と騒(さは)ぐ。近臣(きんしん)諸士(しよし)さてハ癖者(くせもの)ごさんなれと散動(どよめけ)ども主君(しゆくん)をとられて捫擇(もんちやく)す。當下(そのとき)件の癖者ハ」33 天地(てんち)に響(ひゞ)けと声(こゑ)ふり立(たて)て管領(くわんれい)定正(さだまさ)(たしか)に聞(き)け。下總(しもふさ)千葉(ちは)の浪人(らうにん)大出(おほいで)太郎とハ假(かり)の名(な)也。去歳(こぞ)の四月(うづき)十三日江郷田(えごた)池袋(いけふくろ)の戦(たゝかひ)に一族(いちぞく)従類(じゆうるい)(かづ)を盡(つく)して汝(なんじ)が為(ため)に亡(ほろ)ひ給ひし煉馬(ねりま)平左衞門尉(へいさへもんのぜう)倍盛(ますもり)朝臣(あそん)の老黨(ろうとう)にさる者(もの)ありしと知(し)られたる犬山(いぬやま)監物(けんもつ)貞知(さだとも)入道(にうだう)道策(どうさく)か獨児(ひとりこ)に乳名(おさなゝ)道松(みちまつ)と呼(よば)れたる犬山(いぬやま)道節(とうせつ)忠與(たゞとも)とハわが事也。君父(くんふ)の仇(あだ)を復(かへ)さんとて薪(たきゞ)に臥(ふ)し膽(きも)を甞(なめ)千辛(せんしん)萬苦(ばんく)の宿望(しゆくもう)を今(いま)こそ果(はた)す怨(うらみ)の刃(やいば)(うけ)よやッと罵(のゝし)れバ定正(さだまさ)いよ/\驚(おどろき)いかりて反復(はねかへ)さんとするところを起(おこ)しも立(たて)ず髻(もとゝり)つかんで細頸(ほそくび)(ちやう)と掻切(かききつ)たり。管領(くわんれい)の従類(じゆうるい)(ら)ハ吐嗟(あなや)と騒(さは)ぐ大叫喚(たいけうくわん)。われ撃畄(うちとめ)んと刀尖(きつさき)そろへて八方より競(きそ)ひかゝれバ道節ハ首級(しゆきう)投捨(なげすて)殺靡(きりなび)けたる必死(ひつし)の大刀風(たちかぜ)(うた)るゝ者(もの)ぞ多(おほ)かりける。この勢(いきほ)ひに辟易(へきゑき)して溌(はつ)と乱(みだ)れて逃迷(にげまよ)ふ雑兵(ざふひやう)に誘引(さそは)れたる」松枝(まつえだ)竈門(かまど)妻有(つまあり)の諸士(しよし)(みな)共侶(もろとも)に逃走(にげはし)るを蓬(きたな)し返(か )せと呼被(よびかけ)て一(ひと)(まち)あまり追(お)ふ程(ほど)に一(ひと)(むら)(しげ)き薮蔭(やぶかげ)より鬨(とき)を咄(どつ)と作(つくら)して顕(あらは)れ出たる一個の若(わか)武者(むしや)狩装束(かりせうそく)に身甲(はらまき)して金作(こかねづくり)の太刀(たち)に短刀(たんとう)を横佩(よこたへ)(ゆん)手に重籐(しげとう)の弓(ゆみ)を挾(わきはさ)みて征箭(そや)両條(ふたすじ)を把(とり)そえたるその隊(て)の兵(つはもの)三十餘人(よにん)おの/\短鎗(てやり)の刃頭(ほさき)を揃(そろ)へて道節(どうせつ)が前後(ぜんご)左右(さゆう)を犇々(ひし/\)と捕(とり)まきつゝ件(くだん)の若武者(わかむしや)ハ弓杖(ゆんづゑ)(つき)て声(こゑ)(たか)やかに愚(おろか)なり犬山(いぬやま)道節(どうせつ)。管領(くわんれい)いかでか汝等(なんじら)に撃(うた)れ給はんや。けふ謬(あやまち)て汝(なんし)が為(ため)に命(いのち)を隕(おと)せし假(にせ)管領(くわんれい)ハ當家(たうけ)の勇臣(ゆうしん)越杉(こすぎ)(だ)一郎遠安(とふやす)と呼(よば)れしもの。去年(きよねん)池袋(いけふくろ)の捷軍(かちいくさ)に汝(なんじ)か主君(しゆくん)倍盛(ますもり)の頸捕(くびとつ)て名誉(めいよ)の感状(かんでう)を賜(たまはり)たる剛(かう)の者(もの)なり。かくいふわれを誰(たれ)とかする。管領(くわんれい)補佐(ほさ)の一老職(ろうしよく)巨田(おほた)左ヱ門大夫(さへもんたいふ)持資(もちすけ)入道(にうどう)道寛(どうくわん)の長男(ちやうなん)なる薪六郎(しんろくらう)助友(すけとも)が竒計(きけい)を受行(うけおこな)ふて汝(なんじ)を謀(はか)りしと知(し)らざ」34 るや。今(いま)討捕(うちとる)ハ易(やす)けれども可惜(あたら)しき勇士(ゆうし)と思(おも)へバわが箭(や)に被(かけ)ず。降参(かうさん)せよとそ呼(よばゝ)りける。道節(とうせつ)ハ怒(いか)れる面色(めんしよく)必死(ひつし)の覚期(かくご)に大刀(たち)取直(とりなほ)して走向(はせむか)へば齊一(ひとしく)衝出(つきだ)す鎗(やり)の穂(ほ)さきを左右(さゆう)に受(うけ)る手〓煉(てだれ)の刀尖(きつさき)矢庭(やには)に命(いのち)を隕(おと)すものはや十人にあまりつゝ忽(たちま)ち溌(はつ)と開(ひら)き靡(なび)けハ道節(どうせつ)ハ助友(すけとも)(め)がけて近(ちか)づかんとする程(ほと)に助友弓(ゆみ)に箭(や)(つが)ふて射(い)る矢(や)を道節(どうせつ)(さけ)たりける。程(ほど)もあらせず射出(いゝだ)す二の矢(や)を太刀(たち)もて拂(はら)ふ程に助友(すけとも)ハ弓(ゆみ)を投捨(なげすて)太刀(たち)を抜(ぬか)んとする程(ほど)に松枝(まつえだ)妻有(つまり)の近臣(きんしん)(ら)時分(しふん)を揣(はか)りて返(かへ)し来(き)つ力(ちから)を合(あは)して揉(もふ)だりけ〔る〕。當下(そのとき)道節(どうせつ)(おも)ふやうわか大宿望(だいしゆくもう)を遂(とげ)ん事(こと)けふに限(かぎ)りて翌(あす)なからんや。只(たゞ)一方(いつほう)を殺開(きりひら)きて身(み)を全(まつた )して時(とき)を俟(また)んとはや一條(ひとすぢ)の血路(みち)を開(ひら)きて且(かつ)(たゝか)ひ且(かつ)(はし)れば助友(すけとも)ハ士卒(しそつ)を奨(はげま)し眞弘(さねひろ)之通(ゆきみち)共侶(もろとも)に何処(いづこ)までもと追(おふ)たりける。浩処(かゝるところ)に」
口絵第一図
【挿絵】〈道節(どうせつ)定正(さだまさ)が帰城(きじやう)を斗(はかり)て名刀(めいたう)を賣(う)らんとす〉」35

信乃荘助(そうすけ)現八(げんはち)小文吾等の四犬士ハさきに遠眼鏡(とうめがね)もて見たる武士に〓(もし)あふことのあらんかとて山を下りて尋(たづね)つゝその〓昏(ぐれ)に白井の城へ遠(とふ)からぬ一村里を過る程に道節(とうせつ)が噂(うはさ)とり%\にて騒劇(そうげき)大かたならされば四犬士もうち驚(おどろ)きて暮(くれ)ぬ間に疾(とく)その処へ赴きて虚(きよ)実を知らんと急(いそ)ぐ程(ほど)に年尚(なほ)わかき一個の武士(ぶし)手に白刄(じん)をうち振(ふり)て追(おひ)(く)る敵(てき)を殺靡(きりなび)け道のゆくての四犬士の間に忽地(たちまち)(つ)と入りて背(うしろ)に立かと見かへれバ往(ゆく)方もしらずなりにけり。そのとき巨田(おほた)助友等ハ透間(すきま)もなく追蒐(おひかけ)來つ前面(むかひ)に立在(す)む四犬士を同類なりと思ひけん。鎗(やり)を揃(そろへ)て衝(つき)かくれバこはそもいかにと驚(おどろ)き避(さけ)ても一言の問荅(もんだう)に暇(いとま)なけれバ已ことを得ず戦(たゝか)ひけり。浩処(かゝるところ)に城中(ぜうちう)より援(たすけ)の兵(つはもの)百騎(ひやくき)許近づく程(ほど)にこの時既(すで)に日ハ暮(くれ)けれバ薮(やぶ)を篭盾(こだて)に四犬士ハ力を勠(あは)して苦戦(くせん)しつ頻(しきり)に捷(かつ)に乗(の)るから」36 不知(ふち)案内(あんない)の夜戦(よいくさ)なり。縡(こと)にハ素(もと)より不意(い)に起(おこ)りてわれに援(たすけ)の兵(つはもの)なけれバ思(おも)はずも蒐隔(かけへだて)られて迭(かたみ)に拯(すく)ふ事を得ず。信(し)乃荘助(そうすけ)ハ城兵(じやうへい)の新隊(あらて)に圍(かこま)れ又現(げん)八小文吾ハ助友が隊兵(てのもの)と戦(たゝか)ひおの/\暇(いとま)なく脱(のがれ)(はつ)べくハ見(み)えさりけり。有斯(かゝり)し程(ほど)に道節(とうせつ)ハ辛(から)く大敵(たいてき)を殺脱(ぬけ)て走(はし)る事三(さん)(よ)(てう)日暮(くれ)て敵(てき)のなかりしかバ且(しばら)く息(いき)を吻(つく)をりから忽地(たちまち)後方(あとべ)に鬨(とき)の声して撃太刀音(おと)さへ聞へけれハ原來(さて)ハわが走(はし)りし時(とき)前面(むかひ)より來つる旅客等が間(あはひ)に入りしをわが助太刀のものぞと思ふて捕籠(とりこめ)て撃(うつ)にやあらん。われハ輒(たやす)く追手(おつて)を脱(のが)れし故(ゆへ)に旅客(たびゝと)等ハ敵(てき)に撃るゝ事(こと)あらバ便(すなはち)(これ)人を殺(ころ)してわが命を保(たもて)るハ勇士(ゆうし)のせざる所なり。いでや彼所(かしこ)へ走り還(かへ)りて旅客(たびゝと)等を拯(すく)ひてんと思ひ决(さだ)めて裳(もすそ)を〓(かゝ)げ舊直(まつしくら)に返りて見(み)れハ果(はた)して四箇(よたり)の旅客(たびゝと)(ら)ハ城兵(じようへい)に捕圍(とりかこま)れてその危(あやう)きこといふべからず。道節(どうせつ)(しば)
口絵第一図
【挿絵】〈四犬士(しけんし)(みち)に助友(すけとも)が兵(へい)を戦(たゝか)ふ\道節(どうせつ)君父(くんふ)の敵(あだ)を撃(うつ)て走(はし)る〉」37

(し)尋思(しあん)をしつゝ敵(てき)の捨たる弓箭(ゆみや)列卒(せこ)(なわ)(これ)究竟(くつきやう)と〓(と)り揚て左側(で)の大竹藪( ぶ)に潜入(くゞりい)りつゝ件(くだん)の索(なわ)を彼此(あちこち)の竹(たけ)にからまし引動(うごか)しつゝ忽地に鬨(とき)の声を揚(あげ)しかバ城兵(じやうへい)これに驚(おどろ)く処を竹薮(たけやぶ)の中よりして射出(いいだ)す強音(つるおと)空箭(あだや)ハなく矢庭(やには)に命(いのち)を隕(おと)すもの五七人に及びにければ城兵(ぜうひやう)等ハいよ/\周章(あはて)人〓(ひとびやく)(うつ)て崩(くづ)れにけれバ前(まへ)に戦(たゝか)ふ四犬士ハ忽地(たちまち)これに力を得(え)(てき)をよき程(ほど)に追捨(をいすて)て荒芽山(あらめやま)の方へはしりけり。助友ハ後度(ごど)の不覚(ふかく)に安(やす)からず思(おも)へども窮寇(きうこう)ハ追(おふ)べからず。一(まど)白井(しらゐ)へ退(しり)ぞきて便点(てだて)をもつて遺(のこり)なく搦捕(からめとる)こそよかめれと思ひかへして強(しひ)ても追(おは)せず竊(ひそか)に家隷(いへのこ)両三人に謀事(はかりこと)を授(さづ)け畄めおきて白井の城(しろ)にそ返(かへ)りける。犬山(いぬやま)道節(どうせつ)忠與(たゞとも)ハ近(ちか)きわたりに身(み)を潜(ひそま)して時(じ)分を揣(はか)り顕(あらは)れ出曩(さき)にわが投捨(なげすて)たる越杉(すぎ)駄一郎遠(とほ)安が首(くひ)をとり揚(あげ)死骸(しがひ)の袖(そで)を裂(きり)とりて」38(くたん)の首級を推包(おしつゝ)みその端(はし)を帯に結ひたち去らんとする後方(あとべ)より癖(くせ)者等(まて)と呼畄(よびとめ)て衝(つき)出す鎗にこゝろへたりと身を跳(おとら)し一個(いつこ)の鼡輩(そはい)虎の髯(ひげ)を拈(ひね)らんとする殊勝(しゆしやう)さよ。名告(の)れ聞んといはせも果(はて)すわか名ハ音(おと)にも聞つらん去歳(こぞ)の四月(うづき)の戦(たゝか)ひに汝(なんじ)が父(ちゝ)の首(かうべ)を得たる竈門(かまど)三宝平五(かず)行なり。首(かうべ)をわたせと罵(のゝしつ)たり。道節ハ願ふ敵そと疾視(にらまへ)(つい)て父の仇其処(そこ)な退(の)きそと敦圉(いきまけ)て刀を晃(きら)りと抜放せバ三宝平(さほへい)も声を合して衝(つき)出す鎗撃(うつ)太刀(たち)音霎時(しはし)ハいとみ戦へとも忠孝無二の道節が頻りに進む陽(やう)の太刀鎗をからりと巻落(まきおと)され太刀(たち)を抜んとする処(ところ)を大喝(たいかつ)一声(いつせい)道節(どうせつ)がうち閃(ひらめ)かす刄(やいば)の下(した)に三宝(さぼ)平が首ハ落てけり。さる程(ほと)に道節ハ父(ちゝ)の讐(あだ)さへ思ひの随(まゝ)に撃果(うちはた)したりけれバ歓(よろこ)び比(たへ)んに物もなく仇人(かたき)の首(かうべ)を引提(さげ)(き)つ。又その死骸(しがい)の袖(そで)を断離(ちぎり)ておし包(つゝ)み腰(こし)につけ刄(やいば)を鞘(さや)に歛むる折(をり)しも」先に助友が畄置(おき)たる三人(みたり)の家隷(のこ)ハおの/\鳥銃(てつほう)(たつさ)へて東西の樹下(きのもと)より〓(ねらひ)うたんとする処を道節目ばやく透(すか)し見て小石(こいし)を両手にさそくの飛礫(つぶて)左右(さゆう)(ひと)しく倒(たふ)るゝを足を飛(とば)して一度(いちと)に〓(け)ころし又立(たち)いつる一人を遺(おち)たる鳥銃(てつほう)(とる)よりはやく火蓋(ひふた)を切(きつ)て〓と放(はな)せば響(ひゝき)と侶(とも)に倒(たふ)れけり。今ハしも敵(てき)ハあらじと道節(どうせつ)ハ鳥銃(てつほう)投捨(なけすて)(そて)を拂(はら)ふて悠々(ゆう/\)と高峯(たかね)のかたへ返りゆく。
○爰に犬川荘助(そうすけ)ハ三犬士(さんけんし)に死を拯(すく )〔は〕れし恩義(おんぎ)を報(むく)はんと思ひにけれバけふの途中(とちう)の苦戦(たゝかい)に三士に先たちて防戦かひ殊(こと)さらに後(おく)れしかバ終(つひ)に信乃(の)(ら)か往方をしらす。何所(いづこ)を投(さし)て追著んよすがハあらぬを〓平か信乃(しの)に頼(たのみ)し書状の事を思ひ出ておぼつかなくも陰(くらき)夜を荒芽(あらめ)山へと心さし足に信(まか)して走(はし)る程に田文(たふみ)の地蔵堂(ちざうだう)まで來にけり。折から忽(たちま)ち人音(ひとおと)して前面(むかひ)より來(く)る」39(もの)あり荘助(そうすけ)はやく透し見てこハ必(かならす)盗賊(たうそく)の臥簟(ふしど)(つく)るにあらんすらん。躱(かく)れて楚(しか)と見定めばやと思へバやをら身を起し竊歩(ぬきあし)しつゝ左邊(ゆんで)なる石塔(せきとう)の背(うら)に身を潜(ひそま)しその近(ちか)つくを窺(うかゝ)ひけり。さる程(ほど)に道節(とうせつ)ハ此(この)(とう)の辺(ほとり)なる舊塚(ふるづか)の間(あはひ)にハ君父(くんふ)の追善(ついぜん)に由縁(ゆかり)の建(たて)し塔婆(とうば)あれハ二ッの首級(きう)を嚮礼(たむけ)んとて茂林(もり)の中(なか)にそ進み入(い)る。浩処(かゝるところ)に後方より年老(としをひ)たる賤夫(のを)の旅粧(たびよそ)ひに竹(たけ)の子(こ)笠肩にハ二袱の小包(こつゝみ)を結(むすび)合しうち掛(かけ)て道節が跡をつけて來(き)つ樹(き)の蔭(かげ)に立躱(たちかく)れて近(ちか)くもよらず戍(も)りてをり。道節(どうせつ)ハかくともしらず塔婆(たうば)の下に進向(すゝみむか)ひつ二ッの首級(しゆきう)を觧おろし賻贈(たむけ)て祈念(きねん)を凝(こ)らすになん荘(そう)助ハ透(すか)し見て扨こそ癖者(くせもの)にさうひあらじ先(〔いでや〕)うち驚して試(ためし)て見ばやと手をさし伸(のば)して二包(つゝ )なる首級(しゆきう)を無手(づ)と掻獲(かいつかめ)バ道(どう)節ハ驚きなから荘助(そうすけ)が腕(うで)をしかと攬詰(〔とり〕つめ)て引(ひく)をこなたハ」
口絵第一図
【挿絵】〈石火(せきくは)の光(ひか)りに道節(どうせつ)暗夜(あんや)の敵(てき)をさくる〉」

40」引(ひか)れしと互(たが)ひに争(あらそ)ふ金剛(こんがう)力士(りきし)。ちから余りて間(あはひ)なる石塔(せきとう)瓦落離(ぐわらり)と推倒(をしたふ)し籠盾(こだて)のとれしを道節か得たりと寄(よる)をよせつけず双方おとらぬ手練(しゆれん)のはたらき。烏夜(やみ)にもそれと透(すか)し見て樹下(こかげ)を出る以前(いせん)の老人(らうしん)両人(ふたり)か間へ杖を入れ推分(おしわけ)んとしてけれハ二人りハ驚き組(くみ)たる手を放(はな)せハ落たる首級の包両人(りやうにん)とらんと立よる処を又(また)老人ハ杖(つゑ)(とり)なほし推隔(おしへだて)たる。早速(さそく)の働(はたら)き思はず己(おの)が肩(かた)にかけたる両袱(ふたふろしき)をうち落(おと)し遽(いそかは)しくとらんとするを左右(さいう)(ひと)しく老人を突退(つきのく)れバ踉〓(たぢろき)ながらさぐり當たる道節(どうせつ)か仇の首級を我包(つゝみ)と心(こゝろ)得手(て)ばやく引(ひき)よして身を起(おこ)す。とハしらぬ道節(とうせつ)(さぐ)り當たる老人(らうじん)の両箇(ふたつ)の包(つゝみ)をわが讐(あだ)の首級(しゆきう)と思(おも)へば諸手(もろて)に提(さげ)て直躬(すつく)と立しを荘助(そうすけ)か抜(ぬく)手尖(するど)く〓付(きりつけ)る〓(ねらひ)ハ翦(それ)て傍(かたへ)なる石塔(とう)の稜(かと)(はた)と撃(う)つに溌と出たる石火(せきくわ)の光(ひかり)面を認(みとむ)るほどもなく姿(すがた)を隠(かく)せし道節(どうせつ)ハ火(ひ)を獲(え)て脱(のが)るゝ」41 火遁(くわとん)の術に往方(ゆくへ)もしらずなりたるを老人(らうしん)ハなほ跡(あと)をしとふてもと來し路(みち)へ走(はし)るになん荘(そう)助ハ又その足音(あしおと)をはじめの癖(くせ)者なるべしと思ひにけれバ些(ちつと)も猶豫(ゆうよ)せす何処(いづこ)までもと投(さす)かたの荒芽(め)山路へ追蒐(かけ)たり。不題(こゝにまた)上野國(かうつけのくに)甘樂郡(かむらこふり)荒芽山(あらめやま)の麓(ふもと)村に音音(おとね)といふ微賎(しづ)の老女(おうな)ありけり。原(もと)ハ武蔵(むさし)のものなりしを故(ゆへ)ありて去歳(こぞ)の夏(なつ)この山里に移(うつ)りにけり。老の杖(つゑ)とも頼(たの)みてし両箇(ふたり)の子共ハいぬるころ主(しゆ)の供して戦場(せんじやう)に赴(おもむ)きしより生死(せうし)を知(し)らず。家(いへ)に遺(のこ)るハ両箇(ふたり)の〓婦(よめ)のみ。兄(あに)が妻を曳手と名つけ又弟(おとゝ)婦を單節(ひとよ)と呼(よ)べり。されハ管領家(くわんれいけ)の戸沢(とざは)山の狩倉(かりくら)に斯辺(こゝら)まで夫役(ぶやく)を指(さゝ)れ兄婦(あによめ)の曳手(ひくて)ハ未明(まだき)より馬(うま)を追(おひ)つゝ夫(ふ)に出(いで)て未(いまた)(かへら)す。音音(おとね)ハ單節(ひとよ)と共に夜延(よるべ)の績草(うみを)(いとま)なき女子(おなこ)世帯(せたい)の水入(みづい)らす。折(おり)から外面(そとも)の人響(ひとおと)を音音(おとね)ハはやく聞(きゝ)つけて彼(あれ)ハ曳手(ひくて)か返(かへ)りしならん。疾(とく)燈燭(ともしひ)をと云(いふ)
口絵第一図
【挿絵】〈孀婦(さうふ)孤屋(こをく)に住(すん)て貞操(ていさう)を全(まつ )ふす〉」

42」間(はし)に單節(よ)ハ軈(やが)て振照(ふりてら)す指燭(しそく)に面を對(あは)すれハそれにハあらて見(み)も知(し)らぬ老(おい)たる一個(ひとり)の行客(たびゝと)なり。袱(ふろしき)包を肩にして竹子笠(かさ)を引提(ひさけ)つゝ戸(と)口に立て水(みづ)を乞(こへ)バ音音(おとね)も跡より立(たち)出て單節(ひとよ)が秉(と)れる指燭(しそく)の光(かげ)に思はすも又(また)行客(たびゝと)と面(おもて)を對(あは)し鈍(おぞ)ましや錯(ちがふ)たりと迭(かたみ)に再(ふたゝ)ひと見(み)かう見れハ行客早く呼(よび)かけてそなたハ音音(おとね)にあらざるや。われハ世四郎(よしらう)なりと名告るに扠(さて)ハとうち騒(さは)ぐ胸(むね)合がたき諸折戸(もろおりど)裏面(うち)よりはたと引闔(ひきたて)たり。單節(ひとよ)ハ件(くだん)の老人(らうしん)の名告(なの)るを聞て姑(しうとめ)の袂(たもと)を竊(ひそか)に掖駐(ひきとめ)て彼(あれ)ハ正(まさ)しく良人(おつと)の〓(てゝ)御歟(か)。おん心(こゝろ)にしまずとも歇(とめ)まゐらせて武蔵(むさし)の事語慰(かたりなぐさ)め給はずやといはせも果(はて)ず声(こゑ)(いら)やかに廿年(はたとせ)あまり縁(えん)(たへ)たる舊(もと)の夫(おつと)ハ両箇(ふたり)の子共が親(おや)にして親(おや)ならず。世四郎(よしらう)とのハ縁断(ゑんきつ)たり。譬(たとへ)バ認(みし)らぬ行客(たひゝと)なりとも故主(こしう)の鴻恩(こうおん)(わす)るゝことなく忠義(ちうぎ)に厚(あつ)き誠(まこと)あらバ畄るよしのあるへきに廿年(はたとせ)余り」43 一日も帰(き)参の勧解(わび)をまうしも出す仇人(あだひと)の民(たみ)となる迄(まで)に義理(きり)に背(そむ)きし人と知(し)りつゝ何(なに)(たの)しくて相譚(かたら)ふべき。只(たゞ)うち捨(すて)て措(おき)ねかし。といきまき卓(たか)き老女(らうちよ)の一轍(いつてつ)(やす)平これを洩(もれ)聞て音音(おとね)が恨(うらみ)さぞあらん。忘(わすれ)もやらぬ故主(こしう)の恩(おん)。一日も仇(あだ)に思はねとも漁夫(すなどり)となり果(はて)てハ又一介の功(こう)もなし。何(なに)面目(めんほく)に帰参(きさん)の勸觧(わび)して子等(ら)の身幅(はゞ)を陜(せま)くすへき。猶(なほ)(こゝろ)もとなきハ令郎君(わかだんな)のうへになん。且(かつ)(また)子供(こども)の事をしも竊(ひそか)に報(つげ)んと思(おも)ひつゝ耻(はぢ)かゞやかしく詣來(まうき)たり。且(しばら)くこゝを開(あけ)てよと敲(たゝ)く折戸(をりと)の内(うち)に立(たつ)音音(おとね)ハ胸(むね)ハ騒(さは)けども思(おも)ひかへして回荅(いらへ)もせず障子(せうじ)を〓(はた)と闔隔(たてきり)て母屋(おもや)へ退(しりぞ)き入にけり。單節(ひとよ)ハそなたを目送(おく)りつゝ指燭(しそく)を振滅(ふりけ)し折戸(おりと)を引開(あけ)〓平(やすへい)を透(すか)し見(み)て痛(いた)ましや暗夜(くらきよ)に何時(いつまで)立せ給ふべき。且(しばら)く彼処(かしこ)の柴(しば)置小屋(ごや)に途(みち)のつかれを休(やすら)ひ給へ。わらはゝ單節(ひとよ)と呼(よば)れたる〓(よめ)で侍(はべ)りと名告(なのり)あへず〓平(やすへい)ふかく歓(よろこ)ひて」 原來(さて)ハそなたハ豫(かね)て聞く尺八か妻(つま)單節(ひとよ)なりしか。われ籍に令郎君(わかだんな)に見参(げんざん)して稟試(まうしこゝろみ)ばやと思ふ議(ぎ)あり。さらでも又(また)子どもがうへを母にも〓(よめ)にも告(つげ)んとてはる%\と來(き)しなれバ臥房(ふしど)ハよしや何処(いつこ)まれ一宿(やど)(あか)〔さ〕し給ひねといふに單節(ひとよ)ハまめやかにその行裹(たびつゝみ)の重けに見ゆるにわらはに預(あつけ)給ひねとよに隔(へだて)なき愛々しさに〓平ます/\心(こゝろ)おちゐて田文(たぶみ)の茂林(もり)にて二箇(ふたり)の包(つゝみ)を取違へしとハ思ひもかけずしからバ是をと肩(かた)よりおろすと單節(ひとよ)ハ左右(さゆう)に受携(たづさ)へて先に立(たち)つゝ柴小屋(しばこや)へ案内(しるべ)をしてぞ休はせぬ。當下(そのとき)音音ハ障〔子〕(せうじ)をひらきて單節ハ何処(いつく)ぞ。寐よとの鐘(かね)の報(つく)るに曳手(ひくて)ハまだかへらずやと問(とは)れて單節(ひとよ)ハ柴小屋(しはこや)より両三束の續松(たいまつ)をとり添(そへ)て走(はし)り出さのみハ御心(みこゝろ)(くる)しめ給ふな。わらはも月來(ごろ)(なれ)たる路(みち)なり。そこらまで邁(い)て見(み)て來てんと回荅(いらへ)て母屋(をもや)へ衝(つ)と入りて〓平(やすへい)が両箇(つ)の包(つゝみ)をそかまゝ戸棚(とだな)へ隠(かく)しつゝ草鞋(わらんじ)はきしめ裙壺(すそつぼ)折て松の火照(てら)44 して出(いで)ゆきぬ。
○犬川荘助(そうすけ)義任(よしたゞ)ハ心當(こゝろあて)なる麓(ふもと)の白屋(くさもや)是首(ここ)かとばかりに尋來(たつねき)つ。諸(もろ)折戸を呼門(おとなひ)て卒尓(そつし)なから物問(とひ)てん。此辺(こゝら)に音音(おとね)といふ老女(おうな)の宿所を知(し)らハ誨(おしへ)てたべと問(とは)れて騒(さは)ぐ胸(むね)を鎮(しつ)め音音ハ吾儕(わなみ)に侍(はへ)るなり。何処(いつこ)より來(き)ませしといふに歓(よろこ)ひ某(それかし)ハ武蔵より同行(とうきう)四人の旅人なり。しかるに同道(みちつれ)なる個(もの)(あるひと)に憑(たのま)れてそなたへ届(とゞ)け進(まいら)する書翰(しよかん)一封もたせしを先に白井のこなたにて不慮(ふりよ)のけんくわに側杖(そはつへ)打れて友たちに後(おく)れたり。はや甲夜(よひ)(すき)て天いとくらし。山路(ち)に索迷(たづねまよは)んよりこゝにて俟(また)ハ必(かならす)あふべし。霎時(しはし)(いこは)し給ひねと請(こは)れて強皃(つれなく)いなみもえせずさらバ草鞋(わらじ)を脱措(ときおき)て母屋(をもや)に入(い)りて休ひ給へと回荅(いらへ)て軈(やが)て案内(へ)をするに荘助ハやうやくおちゐて後(しり)につきつゝ引るゝ隨(まゝ)に縁頬(えんかは)よりうちのほりて地〓(ゐろり)の邊(ほとり)に坐(さ)を占(しむ)れハ音音ハ何(なに)と歟(か)(おも)ひけん。しばし畄(る)
口絵第一図
【挿絵】〈荒芽(あらめ)山の麓(ふもと)〓平(やすへい)(ふる)き情(おもひ)人をとふ圖(づ)〉」45

(す)して賜(たび)てんや。物調(とゝの)へに一走(はし)りと外面(とのかた)へ出去(いでさ)りけり。荘助(そうすけ)これを目送(みおく)りて頻(しきり)に寄來(よりく)る蚊(か)をはらひ且(まづ)(ひ)といぶしと縁〓(えんかは)なる刈草(かりくさ)(かご)引よする折から荒芽(あらめ)の山下風(やまおろし)(まと)より颯(さつ)と吹入れて燈火(ともしび)(ふつ)とうち消(け)したり。荘助これに迷惑(めいわく)して地〓(ゐろり)の縁(ふち)を拊廻(なてまは)しつゝ火筋(ひはし)を取(とり)て掻起(かきおこ)す蛍(ほたる)はかりの埋火(うつみび)に刈草あまたうち被(き)せて焼著(たきつけ)んとしたれども未枯(なまかれ)の草多(おほ)かれハ早(とみ)にハ燃(も)えず呆(あき)れてをり。さる程(ほど)に犬山道節(とうせつ)忠與(たゞとも)ハ乳母(うば)か宿所へかへり來(き)つこハいとくらし。音音(おとね)ハ在(を)らずや。などて燈火をうち消(け)したる。曳(ひく)手單節(ひとよ)と呼立(よひたつ)れども絶(たへ)て回荅(いらへ)をするものなけれバ呟(つぶや)きながら進(すゝ)み入るに先(さき)に荘助がうち被(き)せたりし刈草におのづから火の移(うつ)りにけん再(ふたゝ)ひ吹入る夜風にさそはれ忽(たちまち)はつと燃(もへ)揚る火光(ほかげ)にはじめて面を對(あは)して驚(おとろ)く。訝(いふか)る荘助齋(ひと)しく刀(かたな)を掻(かい)取て疾視(にらまへ)あふたる互(たがひ)の身かまへ地〓を中に足場(ば)を揣(はか)りて」46 道節(とうせつ)苛急(いらつ)て撃(うた)んと進(すゝ)む太刀(たち)を抜せす〓禁めたる。荘助はやく声(こゑ)をかけ早り給ふな犬山(いぬやま)(うし)。われこそ和殿(わとの)と過世ある犬川荘助(そうすけ)義任(よしとう)なれ。告(つぐ)べき事の夛(さは)なるに且(まづ)その刃を退かすやといはれて道節訝(いぶ)かしげにと見(み)かう見つゝうち頷(うなつ)き刄を鞘に納めてもいまだ些(ちつと)も由断(ゆだん)せず。名告(なのり)を聞てわれも亦聊おほえなきにあらす。いぬる六月(みなつき)十九日圓塚山の辺(ほとり)にて 《荘》「節婦(せつふ)濱路を火葬(さう)の愁歎(しうたん)。彼(かの)村雨の太刀(たち)をもて君父の讐を謀らんとて立去(たちさ)らんとする程(ほど)に刀(かたな)の鐺(こしり)握畄(にきりとめ)て名告(なのり)被つゝその太刀(たち)を 《道》「取(と)らんとするを振拂(ふりはら)ひ丁(ちやう)と撃(うつ)たる刄(やいば)の光(ひか)りに 《荘》「こなたも透(すか)さす抜合(ぬきあは)したる 《道》「互(たかひ)の修煉(しゆれん)虚々(きよ/\)実々(じつ/\) 《荘》「一上(いちじやう)一下(いちげ)と〓結(きりむす)ふ刀尖(きつさき)餘りて腕へ 《道》「受しハ淺痍(あさで)か 《荘》「〓込(きりこ)む肩尖(かたさき) 《道》「思はず瘤(こぶ)を劈(つんさか)れ 《荘》「その瘡口(きつぐち)より飛散(とひち)る小玉不思議にわが手(て)に入(い)りしかと護身嚢(まもりふくろ)の紐延(ひものび)てあやにからまる刀(かたな)の鞆(つか)に 《道》「心(こゝろ)もつかす」
口絵第一図
【挿絵】〈枯草(こさう)おのづから燃(もへ)て山川(さんせん)愕然(かくぜん)たり〉」47

そか儘(まゝ)に紐(ひも)引断(ひきちぎつ)て後に知(し)る袋(ふくろ)の中(うち)に一顆(ひとつ)の玉顕(あらは)れたるハ忠義(ちうぎ)の義(ぎ)の字(じ) 《荘》「その身の中(うち)より出たる玉にも自然(しぜん)と見(み)ゆる忠(ちう)義の忠の字(し) 《道》「とハしらずして火遁(くわとん)の術(しゆつ)に 《荘》「跡を埋(うづ)めて往方(ゆくへ)をしらず本意(い)なかりしに今宵(こよひ)の再會(さいくわい) 《道》「田文(たふみ)の茂林(もり)にてわが祈念(きねん)の妨(さまたけ)せしも汝(なんぢ)にあらすや 《荘》「彼(かの)(ふる)塚を祭(まつ)りしハ原來(さて)ハ道節(とうせつ)和主(わぬし)なりしか 《道》「その折(をり)(あはひ)に分(わけ)入て推隔(おしへたて)しハ何(なに)ものそ 《荘》「われハ得しらす後(のち)にしらん 《道》「そハ何人(なにびと)にもあらバあれ心憎(こゝろにく)きハ汝が骨法(こつほう)(われ)に過(すく)世のありといふ妖言(えうげん)をもてこの期(ご)を延(のは)して油断を撃(うた)んと謀(はか)るならすや。何でふその手(て)に乗るへきと詰る辭(ことは)も果ぬ間に刈草(かりくさ)ハはやなこりなく燃盡(もえつく)しけり。又さらに黒白(あやめ)もわかすなりにける。

神田松下町       
英名八犬士(ゑいめいはつけんし)五編(ごへん)
伊勢屋久助板48



『英名八犬士』六編

【六編表紙】
六編表紙
英名八犬士(えいめいはつけんし) 直政画

【見返・序】
 英名八犬士\第六集
見返・序

英名(ゑいめい)八犬士(はつけんし)第六輯(たいろくしう)序詞(ぢよし) [魯魚][辰三]
筆硯萬壽 

(これ)(この)稗史(そうし)(や)飯台(はんたい)の。彼(かの)稀翁(まれもの)が膏骨(かうこつ)にして。奴隷(やつがれ)なんどが禿(ちび)たる毫(ふで)もて。妙(いみ)じく竒(く)しき言(こと)の葉(は)を。漫(みだ)りに鈔録(ひろひかき)せるハ。謂所(いはゆる)蚊虻(ぶんぼう)の大鵬(おほとり)あるを知(しら)ぬに等(ひと)し。冨(とみ)に栄(とみ)たる者(もの)ハ貧(まつし)きの乏(まつしき)を知(し)らず。卑(いやし)きの賤(いやし)き者(もの)ハ尊(たつと)きの貴(たつと)きを知(し)らす。孔子(こうし)ハ跖(せき)が憶(おもひ)を知(し)らず。喬(たか)きに上(のぼ)る〓猴(みこう)すら。白波(しらなみ)よする石川(いしかは)の心(こゝろ)を知(し)らず。然(さ)るからに天地(あめつち)の間(あはひ)に生(な)る者(もの)。一箇(ひとつ)として益(ゑき)ならざる者(もの)ハなし。世尊(せそん)厩戸(うまやど)いへバ更(さら)なり。提(だい)(ば)守屋(もりや)も造化(ぞうくわ)の要具(やうぐ)。偐(ことはざ)に曰(いはく)癡漢(ばか)ハ賢良(りこう)の定規(てほん)。拙業(へた)は高手(しやうす)の鑑定(をりかみ)と。癖(ふ)理屈(りくつ)つける自己(てまへ)豆蒸(みそ)。囲(なれ)もせぬくせ脚色(すじ)文事理(もじり)平仄(ひやうそく)隱微(いんび)も合(あへ)バこそ。一字(いちじ)の違(たが)ひに全巻(ぜんくわん)の義理(ぎり)(うしな)ふも知らずして。成刻(まにさへ)發兌(あへ)」 バ利(よき)事と。綴(つゞ)り寄(よせ)たる荒芽(あらめ)(やま)。破裂(ぼろ)ハつゝめど耻(はづ)かしの面伏(おもてふせ)縫隱(ぬいかく)し針(ばり)。素針(しらいと)(だ)して顔(かほ)赤岩(あかいは)の。猫(ねこ)の針目(はりめ)(ど)(い)(あて)たる。犬(いぬ)の待針(まちばり)ねらひよく〓(あた)るといふを幸先(さいさき)に。第(だい)六編(ろくへん)の序(ぢよ)とハなしぬ。
  安政二卯秋稿晩

鈍亭魯文記 [呂文子] 
[改]

【口絵第一図】1
口絵第一図

爲父兄鏖讐爲舊主 鋤奸自今而後知君 之爲君勿使繻葛復 倒羂
粟飯原首胤度遺子\犬坂毛野胤智 
   文明十一年

(をんな)田樂(でんがく)旦開野(あさけの)(じつ)ハ千葉家(ちばけ)の旧臣(きうしん)粟飯原(あひはら)胤度(たねのり)落胤(らくいん)
犬坂(いぬさか)毛野(けの)胤智(たねとも)
再出\犬田小文吾

【口絵第二図】2
口絵第二図

〓而節操命薄情篤\劈身仆讐返璧〓玉
露を玉とあた〔ざ〕むくとても はちす咲水沼におとしいれられハせし [印]
・再出(さいしゆつ)犬飼(いぬかひ)現八(げんはち)
・節婦(せつふ)雛衣(ひなきぬ)
・偽(にせ)一角(いつかく)(じつ)ハ庚申山(かうしんざん)猫股(ねこまた)(くわい)
・犬村(いぬむら)角太郎(かくたらう)(のちに)大角(だいかく)禮儀(まさのり)
・赤岩(あかいわ)(が)〔二郎〕(〔しらう〕)

英名(ゑいめい)八犬士(はつけんし)六編上帙

鈍亭主人鈔録 

       ○

當下(そのとき)荘助(そうすけ)ハ声(こゑ)ふり立(たて)縁故(ことのもと)をとき尽(つく)さねバ疑(うたがは)るゝハさる事(こと)なれども迭(かたみ)に正(まさ)しき證据(せうこ)あり。そハ此彼(これかれ)の玉(たま)のみならず。和殿(わどの)の身(み)に痣(あざ)ありて形(かたち)牡丹花(ぼたんくわ)の似(ごと)くなれバ是(これ)(すなはち)和殿(わどの)とわれと當(まさ)に異姓(ゐせい)の兄弟(きやうだい)たるべき第一(たいゝち)の証(あかし)也。先(まづ)燈燭(ともしび)をといそがせバ道節(どうせつ)ハ身(み)の中(うち)なる痣(あざ)さへ知(し)られて半信(はんしん)半疑(はんぎ)〓児(つけぎ)を探(さぐ)りて遽(いそがは)しく行燈(あんどん)に火(ひ)を移(うつ)しけり。されバ又(また)あるじ音音(おとね)ハ竊(ひそか)に思(おも)ふよしあれバ荘助(そうすけ)に畄守(るす)を任(まか)して外面(とのかた)へ立出(たちいで)つ。諸折戸(もろをりど)の辺(ほとり)より裡(うち)のやうを窺(うかゞ)ふに道節(どうせつ)と荘助(そうすけ)が問荅(もんだう)(ほのか)に聞(きこ)えしかバ驚(おとろき)ながら左右(さう)なく入(い)らず柴垣(しばがき)に手(て)をかけてなほその言(こと)を聞(きゝ)てをり。裡面(うち)にハさりとも知(し)らずして荘助(そうすけ)やをら膝(ひざ)を進(すゝ)めて道節(どうせつ)が痣(あざ)の事(こと)(ふたゝ)び問(と)へバ頭(かしら)を傾(かたむ)け怪(あやし)きかなわが痣(あざ)までいかにして知(し)られけん。われハ生(うま)れながらにし」3 て左(ひだり)の肩(かた)に瘤(しひね)あり。その上(うへ)に痣(あざ)いで來(き)て形(かたち)牡丹(ぼたん)の花(はな)に似(に)たり。かくて夥(あまた)の年(とし)を歴(へ)ていぬる月(つき)の十九日圓塚山(まるづかやま)のほとりにて和主(わぬし)に瘤(しひね)を〓(き)られし時(とき)(いさゝか)もその痛(いたみ)を覚(おぼ)へず次(つぎ)の日肩(かた)を拊(なで)て見(み)しに瘤(しひね)ハ愈(いゑ)て刀瘡(たちきず)の迹(あと)だに絶(たへ)てなかりけり。原來(さて)ハ其(その)ときわが瘡口(きづぐち)より出(いで)たる玉(たま)の有(ある)にこそ不思議(ふしぎ)といふも餘(あま)りあり。されバ何等(なにら)の由をもて過世(すぐせ)ありといはるゝやらん。因縁(いんえん)甚麼(いかに)と疑問(うらと)へバ荘助(そうすけ)莞爾(につこ)とうち笑(ゑみ)て疑(うたがは)しくバまづ是(これ)を見(み)給へかしといひかけて諸肩(もろかた)(ぬぎ)つゝ背(そびら)の痣(あざ)を示(しめ)せバ道節(どうせつ)つら/\うち見(み)てわが痣(あざ)にしも異(こと)ならねバ竒(き)なり/\と嘆息(たんそく)す。當下(そのとき)荘助(そうすけ)ハ衣領(えり)の縫合(ぬいめ)に蔵(おさ)めたる忠(ちう)の字(じ)の玉(たま)を取出(とうで)て道節(どうせつ)に返(かへ)しわたせバわが玉(たま)を印籠(いんらう)の中(うち)に納(おさ)めて項(ゑり)に掛(かけ)たる荘助(そうすけ)が護身袋(まもりふくろ)を返(かへ)しにけれバ荘助(そうすけ)ハ膝(ひざ)をすゝめ伏姫(ふせひめ)が事。感得(かんとく)の珠數(じゆず)の事犬(いぬ)の事さへ箇様(かやう/\)とその概略(がいりやく)をとき示(しめ)し因縁(いんゑん)かくのごとくなれバ異姓(ゐせい)の兄弟(けうだい)八名(はちにん)あるべし。和殿(わどの)を加(くわ)えて六名(ろくにん)ハ既(すで)に相(あい)あふ事を得(ゑ)たり。遺(のこ)る二名(にゝん)も遠(とふ)からずその員(かず)に充(みて)んこと」 類(たぐひ)を推(をし)て知(し)るべきのみと。又(また)信乃(しの)現八(けんはち)小文吾(こぶんご)親兵衛(しんべゑ)が痣(あざ)あり玉(たま)ある事を語(かた)りその身(み)死刑(しけい)に臨(のぞみ)しをり三雄(さんゆう)法場(ほうじやう)を劫(おびやか)し奸黨(かんとう)を撃(うつ)て拯(すく)ひとられ共侶(もろとも)に走(はし)る程(ほど)に戸田河(とだかは)の辺(ほとり)にて追手(をつて)の城兵(ぜうひやう)に追詰(をひつめ)られしを神宮(かには)の〓平(やすへい)といへる漁夫(すなどり)の扶助(たすけ)によりて舩(ふね)を獲(え)て敵(てき)を避(さけ)たるにそが親族(しんぞく)なる力(りき)二郎尺八(しやくはち)といへる両個(ふたり)の侠客(きやうかく)大将(たいせう)丁田(よほた)町進(まちのしん)を撃(うち)とりつ。 頻(しき)りに挑戦(いどみたゝか)ふたり。其折(そのをり)〓平(やすへい)ハ舩(ふね)を淪(しづ)めて入水(じゆすい)して亡(うせ)にけり。某等(それがしら)ハいとほいなく其処(そこ)を立去(たちさ)る折(をり)からハ黄昏(たそがれ)になりけれハ彼(かの)(りやう)侠者(けうしや)が存亡(そんぼう)を定(さだ)かに見果(みはた)るよしもなし。心(こゝろ)ならずも走(はしり)たりと告(つぐ)るを音音(おとね)ハ竊聞(たちきゝ)て且(かつ)(おどろ)き且(かつ)(あやし)み舊夫(もとのおつと)の〓平(やすへい)ぬし甲夜(よひ)にわが門(かど)に立(たち)給ひしハ冤魂(ゆうこん)ならんと知(し)らずしてつれなく霎時(しばし)も容(いれ)ざりし神(かみ)ならぬ身(み)ぞ悔(くや)しけれ。それのみならで子共(こども)の存亡(そんぼう)(こゝろ)もとなし悲(かな)しやとこゝろ隔(へだて)の柴垣(しばがき)に携(すが)りてひとり伏沈(ふししづ)む。道節(どうせつ)ハうち聞(きゝ)て貌(かたち)を改(あらた)め彼(かの)〓平(やすへい)ハわが父(ちゝ)に舊(ふる)く仕(つか)へしものにして當時(そのとき)ハ姓名(せいめい)を姥雪(おばゆき)世四郎(よしらう)と」4 いひしとぞ。渠(かれ)ハ如此(しか)々々( %\ )の事(こと)により追退(おひしりぞ)けられし也。又(また)此家(このいへ)のあるじ音音(おとね)ハ昔(むかし)(よ)四郎と情由(わけ)ありて力二(りきじ)尺八(しやくはち)を産(うみ)たりしに彼(かれ)ハ乳房(ちぶさ)の張(は)れバとて科(とが)を免(ゆる)してそが儘(まゝ)(とゞ)めわが乳(めの)母にハなりにたり。よりて子共(こども)ハ母(はゝ)に隷(つき)て某(それがし)に仕(つか)へし也。かゝれバ〓平(やすへい)ハ竊(ひそか)に耻(はぢ)て父子(おやこ)也とハいはざりけん。世(よ)をはかなみて入水(しゆすい)せしは寔(まこと)に不便(ふびん)の最期(さいご)也。又(また)力二(りきじ)尺八(しやくはち)(ら)が四犬士(しけんし)を延(おと)せしハ謂(いわれ)ある事になん。某(それがし)かねて君父(くんふ)の仇(あだ)を狙撃(ねらひうた)んと欲(ほつ)せしに腹心(ふくしん)の郎黨(らうどう)の殘(のこ)るハ僅(はづか)に渠(かれら)のみ。倶(とも)に忠義(ちうぎ)の壮佼(わかもの)なれバ彼等(かれら)両個(ふたり)を武蔵(むさし)に殘(のこ)しつ汝等(なんじら)兄弟(けうだい)(こゝろ)を合(あは)し世(よ)の豪傑(がうけつ)と見(み)るならハ実情(じつじやう)をもて厚(あつ)く交(まじは)り躬方(みかた)に入(い)れよと命(めい)ぜし事あり。これにより四犬士(しけんし)の為(ため)に志(こゝろざし)を盡(つく)せしならん。さるにても餘(よ)の三犬士(さんけんし)ハいかにせしと問(と)へバ荘助(そうすけ)(うなづ)きてけふしも明巍(みやうぎ)の山中にて遠目鏡(とふめがね)の中(うち)に和殿(わどの)を見(み)しより遽(いそがは)しく下山(げさん)しつ彼此(あちこち)をたづね巡(めぐ)り如此(しか)々々( %\ )の里(さと)を過(よぎ)りしとき箇様(かやう)/\の事ありて城兵(ぜうへい)
挿絵
【挿絵】〈貞操(ていさう)の双婦(さうふ)(よる)二個(ふたり)の行客(たびゝと)を我家(わがや)に伴(ともな)ふ[印][印]〉」5

の追手(をつて)に側杖(そはづゑ)(うた)れて已(やむ)(こと)を得(え)ず戦(たゝか)ふ程(ほど)に薮(やぶ)の中(なか)より敵(てき)を射(ゐ)て援(たすけ)るものゝありけれバ終(つい)に重圍(かこみ)を殺脱(きりぬけ)て異途同志(おもひ/\)に走(はし)りつゝ日(ひ)ハ暮(くれ)(みち)のわかたねハ某(それがし)ひとり後(をくれ)たり。かくて田文(たふみ)の地蔵堂(ぢぞうどう)にて和殿(わとの)か塚(つか)を祭(まつ)りしを盗賊(とうぞく)ならんと思(おも)ひしかバ〓(さゝえ)て終(つい)に撃走(うちはし)らして其所(そこ)よりこゝへ來(き)つるよしハ彼(かの)〓平(やすへい)が犬塚(いぬつか)に誂(あつらへ)たる書状(しよじやう)あり。そハこの山の麓(ふもと)なる老女(らうじよ)音音(おとね)へ與(おく)れるなりと豫(かね)て聞(きゝ)しをよすがにて其処(そこ)に宿投(やどかる)事もやとてたづねてこゝへ來(き)つる也と心(こゝろ)の限(かぎ)りとき尽(つく)せバ道節(どうせつ)これをうち聞(きゝ)てきのふ扇谷(あふぎかやつ)定正(さたまさ)戸沢山(とざはやま)に狩倉(かりくら)すと聞(きゝ)てこの村雨(むらさめ)の大刀(たち)をもて定正(さだまさ)を謀(はか)り矢庭(やには)に頸(かうべ)を掻落(かきおと)せしに敵(てき)にも豫(かね)て准備(ようゐ)ありてわが打(うち)とりしハ主君(しゆくん)倍盛(ますもり)朝臣(あそん)に鎗(やり)を付(つけ)たる越杉(こすぎ)(だ)一郎遠安(とふやす)といふ者(もの)也。是(これ)(より)(てき)を撃散(うちはら)せしに巨田(おほた)助友(すけとも)薮蔭(やぶかげ)より士卒(しそつ)を進(すゝ)めて撃(うた)んとす。さりとて陣歿(うちじに)すべきにあらねバ走(はし)り退(しりぞ)く黄昏(たそがれ)の折(をり)よく來(き)かゝる旅人(たびびと)の間(あはひ)に入(い)りて立紛(たちまき)れ頻(しきり)に」6(はし)りて見(み)かへるに彼(かの)(やぶ)の辺(ほとり)にて烈(はげし)き戦(たゝか)ひあるがごとし。縡(こと)の危窮(きゝう)彼等(かれら)にうりて脱(のか)れ去(さ)らんハ夲意(ほゐ)ならずと思(おも)ひにけれバ走(はし)りかへりつ敵(てき)を謀(はか)りて驚(おとろ)かしつゝ和殿(わどの)(ら)を拯(すく)ひ得(え)たりと田文(たぶみ)の茂林(もり)のことさへにおちもなく譚(ものかた)れバ荘助(そうすけ)も又意中(ゐちう)を尽(つく)し犬塚(いぬづか)犬飼(いぬかい)犬田(いぬた)(ら)の安否(あんひ)(こゝろ)もとなし共侶(もろとも)に隈(くま)なく尋(たづね)て三犬士(さんけんし)に逢(あは)んとてうち連(つれ)(いで)んとする程(ほと)に音音(おとね)ハ慌(あは)て柴垣(しばがき)の蔭(かげ)より出(いで)て呼畄(よひとゞ)め君父(くんふ)の仇(あだ)を撃(うち)たるを祝(しゆく)し道節(どうせつ)が犬士(けんし)たる事(こと)を喜(よろこ)びつゝ先(さき)だつものハ泪(なみた)にてこの暁(あかつき)にかへらせ給へといへバ道節うなづきて疾(とく)かへり來(こ)バ緩(ゆる)やかに語(かた)りも聞(きゝ)もせんものとことば殘(のこ)して荘助(そうすけ)(とも)にうちつれ立(だち)て出(いで)てゆくを音音ハしはし目送(みおく)りて心(こゝろ)ひとつに疑(うたが)ひを觧(とく)よしもなき物思(ものおも)ひ〓(よめ)の皈(もど)りの遅(おそ)かるハ平事(たゞこと)にハあらじかし心(こゝろ)にかゝるハ是(これ)のみならで両個(ふたり)の子共(ことも)の安危(あんき)存亡(そんぼう)。思(おも)ひにつきて悔(くや)しきハ世(よ)になき人(ひと)と知(し)らずして強顔(つれなく)(いな)せし〓平(やすへい)ぬし健氣(けなげ)なりける最期(さいご)にこそ家〓(ぢぶつ)に御燈(みあかし)(まい)らせん南無阿弥陀仏(なむあみたぶつ)と念(ねん)じつゝ身を起(おこ)さんとする折から姥御(おばご)/\と」
挿絵
【挿絵】〈荘役(せうやく)樵夫(きこり)(ら)を將(ゐ)て道節(どうせつ)か姿繪(すがたゑ)をふれしらす〉」7

(よび)かけて荘役(せうやく)根五平(ねこへい)(さき)に立(たち)樵夫(きこり)丁六(てうろく)〓介(ぐすけ)を将(い)て縁〓(えんかは)まで進(すゝ)み近(ちか)づき白井(しらゐ)よりの下知状(くだしふみ)をとり出(いだ)し根五(ねこ)平恭(うや/\)しく打被(うちひら)きて犬山(いぬやま)道節(とうせつ)が人相(にんそう)(かき)を讀(よみ)をはり懐(ふところ)へ巻納(まきおさ)めさる癖者(くせもの)ハ女子ばかりて搦捕(からめと)ること得(え)ならすとも彼(かの)隠宅(かくれか)を知(し)ることあらハひそかに吾儕(わなみ)に報(つげ)給へ。賞禄(ほうび)ハ勿論(もちろん)等分(やまわけ)ぞや苦(くる)しきものハ荘役(せうやく)也といひつゝ腰(こし)をうち敲(たゝ)き両個(ふたり)の樵夫(きこり)をいそがしてそが儘(まゝ)(はし)り去(さ)りにけり。音音(おとね)ハ障子(せうじ)引立(ひきたて)て思(おも)はず吻(ほつ)とつく息(いき)のいとゞ苦(くる)しき胸(むね)の中(うち)(うし)とも丑(うし)の時(とき)の鐘(かね)はや鎬々(こう/\)と報(つげ)わたる折(をり)から曳手(ひくて)ハ病疲(やみつか)れし行客(たびゝと)二人(ふた)りを合鞍(あいくら)に乗(のし)たる馬(うま)を牽(ひき)よすれバ單節(ひとよ)ハ行〓〓(たびこり)両箇(ふたつ)を背負(せおふ)て右手(めで)に蕉火(たいまつ)ふり輝(てら)し先(さき)に進(すゝ)みて遽(いそかは)しく阿姑御(はゝご)よ目今(たゞいま)(あね)さまを伴(ともな)ふて還(かへ)り侍(はべ)り。いまだ睡(ねぶ)らでをはする歟(か)と呼(よび)かけなから〓妹(あねいもと)が〓〓(こり)とき卸(おろ)して馬(うま)牽居(ひきすゆ)れバ音音ハ恙(つゝが)なきを歓(よろこ)びまづその足(あし)を濯(そゝが)せて件(くだん)の行客(たびゝと)(ら)が縁〓(えんかは)に尻(しり)うち掛(かけ)し背姿(うしろすがた)をと見(み)かう見(み)つゝ彼(あれ)ハ何処(いづこ)の人(ひと)たちやらん。戻馬(もどりうま)を」8(かし)たるか。行客(たびゝと)ならバ白井(ひらゐ)より嚴(おごそか)なるおん下知(げぢ)あり。左右(さう)なく畄(とゞ)めがたかるにといふハ今(いま)にも道節(どうせつ)が四犬士(しけんし)を将(い)て帰(かへ)り來バ縡(こと)の妨(さまたげ)なるべしと思(おも)ふ心(こゝろ)を得(え)ぞしらぬ曳手(ひくて)ハ後方(あとべ)を見(み)かへり真夜中(まよなか)(すぎ)て行客(たびゝと)に馬(うま)さへ貸(かし)て伴(ともな)ひ侍(はべ)れバ訝(いぶか)しくおもひ給はん。そハヶ様(かやう)々々(/\)の事(こと)にこそ。定正(さだまさ)の帰城(きじやう)の路(みち)にて軍兵(ぐんびやう)(ら)騒動(さうどう)してせんすべなき折(をり)から彼(あ)の行客(たびゝと)のたのもしく扶掖(たすけ)を受(うけ)田文(たふみ)の曠野(あらの)まで來(き)つゝ時(とき)行客(たびゝと)(たち)ハ等(ひと)しく旧病(きうびやう)(おこ)りしとて共侶(もろとも)に其所(そこ)へ其(その)(まゝ)伏轉(ふしまろ)べハうち驚(おどろ)くのみ術(すべ)もなし。資(たすけ)られたる恩(おん)さへあるに病(やみ)(ふし)給ふを捐(すて)てハ去(いな)れず。うち守(もる)のみにて薬(くすり)ハなし。人煙(ひとさと)離野(とふきの)に立(たち)て思(おも)はずも夜(よ)を深(ふか)すほどに家路(いへぢ)の方(かた)より蕉火(たいまつ)(み)へて稍(やゝ)(ちか)づけハ妹(いもと)にてわらはを迎(むか)ひに來(き)つる也。迭(かたみ)に呼(よび)つ呼(よび)かけられて其所(そこ)に集合(つどへ)ハ忽(たちまち)に力(ちから)つくまで慰(なぐさめ)て事(こと)の趣(おもむき)つげしらし共侶(とも)に勦(いたは)り侍(はんべ)るに両客(ふたかた)の仰(おほ)するにハ願(ねが)ふハ馬にうち乗(の)してそなたの宿所(しゆくしよ)に倶(ぐ)し給はゞ今宵(こよひ)をやすく明(あか)すべし。只顧(ひたすら)この義(ぎ)を頼(たのむ)のみ」といわれて妹(いもと)と商量(だんかふ)しつ合鞍(あいくら)にして乗(の)せ返(かへ)りし事(こと)の趣(おもむき)(つけ)しかバ音音(おとね)ハいとゞ胸苦(むねくる)しさの頭(かうべ)を傾(かたむ)け嗟嘆(さたん)してせんすべなけれバこなたへ入(い)りて休(やすら)ひ給へと誘引(いざな)へば件(くだん)の両人見(み)かへりて許(ゆる)し給へと共侶(もろとも)に身(み)を起(おこ)しつゝ母屋(おもや)なる窓(まど)の下(ほとり)に並(なら)びてをり。當下(そのとき)音音(おとね)ハ行燈(あんどん)の火光(ほかげ)に就(つき)て行客(たびゞと)(ら)とはじめて面(かほ)を對(あは)して驚(おどろ)きそハ力二郎(りきじらう)か尺八(しやくはち)ならずやおもひがけずと呼(よび)かけられて両人(ふたり)も驚(おとろ)きうち向上(みあけ)てこはわが母刀自(はゝとじ)でおはしましたり。親(おや)なるべきを知(し)るよしなく外々(よそ/\)しく候ひしを許(ゆるさ)せ給へと母子(はゝこ)ハ齊一(ひとしく)うち寄(よ)りて歓(よろこば)しさに胸(むね)(みち)て涙(なみだ)ぞやるせなかりける。側聞(かたへきゝ)する曳手(ひくて)と單節(ひとよ)ハわが所夫(つま)ぞともしらざりしを羞(はぢ)て有繋(さすが)に名乗(なのり)もあへずおもはす顔(かほ)をうち掩(おほ)ふ。且(しばら)くして母(はゝ)の音音(おとね)ハ兄弟(はらから)に打(うち)むかひ往事(こしかた)を譚(ものがた)り二個(ふたり)の〓(よめ)が貞操(ていそう)孝順(かうじゆん)(ほめ)て慰(なぐさ)め給へよとひとり款待(もてなす)(おや)ごゝろ五個(いつたり)よりし哀歓(あいくわん)(こも%\)(はゝ)さへ〓(よめ)さへ二人(ふた)りが手疵(てきず)なほいつ迄(まで)も逗畄(とうりう)して気長(きなが)く保養(ほやう)し給へといふに兄弟(はらから)かぶりをして母(はゝ)の」9 慈愛(じあい)(つま)(たち)の節義(せつぎ)等閑(なほさり)にハ思(おも)はねども俺們(われ/\)兄弟(けうだい)ハこの暁(あかつき)にうち立(たち)て潜(しの)びやかに鎌倉(かくまら)に赴(おもむき)て敵(てき)の虚実(きよじつ)を窺(うかゞ)ひ便宜(びんぎ)を獲(え)バ郎公(わかだんな)〈道節|を云〉へ報(つけ)(まい)らせん為(ため)なれバ〓(もし)(さち)なくてその事(こと)(あらは)れ讐(あた)の手(て)に死(し)するものならバ是(これ)今生(こんじやう)の訣(わか)れ也。また唯(たゞ)(たの)むハ母御(はゝご)の事(こと)のみ。わが兄弟(けうだい)になり代(かわ)りて奉養(ほうやう)を盡(つく)してたべ。いひ置(おく)(こと)ハ是(これ)のみそと辭(ことば)齊一(ひとしく)とき示(しめ)せバ曳手(ひくて)單節(ひとよ)ハ聞(きゝ)あへず侶音(ともね)によゝとうち泣(なき)て口説(くどき)(たて)つゝ一對(いつゝい)の情義(じやうき)に逼(せま)る両(りやう)貞女(ていぢよ)(こゝろ)の誠(まこと)ぞ哀(あは)れなる。力(りき)二郎尺八(しやくはち)ハ嘆息(たんそく)しつゝ母(はゝ)に對(むか)ひ母と妻(つま)との慈情(ぢじやう)の諌言(かんげん)兄弟(はらから)が身(み)に入(いり)わたりて名殘(なごり)ハいとゞ惜(をし)けれどとてもかくても某等(それがしら)ハ永(なが)くこの地(ち)に畄(とゞま)りがたし。就(つき)て又(また)情願(ねぎこと)あり。そハわが父(ちゝ)のことになん。故主(こしゆう)の恩(おん)を報(むく)はん為(ため)に身(み)を捨(すて)て四犬士(しけんし)を輒(たやす)く引著(ひきつけ)戸田河(とだがは)に投(しづ)み給ひき。いと哀(かな)しくも痛(いた)ましき。かゝれバ此度(こたび)の功(かう)をもて主君(しゆくん)の勘當(かんどう)宥免(ゆうめん)あらバ世間(よのなか)(ひろ)く父子(ふし)と呼(よば)れ母御(はゝご)も正(まさ)しき夫婦(ふうふ)たるべし。是等(これら)のよしを郎公(わかだんな)に聞(きこ)えあげ執成(とりなし)て給はらバ一家(いつけ)の洪福(さいはひ)(この)(うへ)なし。心(こゝろ)の憂(うれひ)
挿絵
【挿絵】〈忠魂(ちうこん)義膽(ぎたん)不斗(ふと)老母(らうぽ)と妻(つま)の家(いへ)に宿(しゆく)す〉」 10

ハ此( の)(こと)のみ。賢察(けんさつ)(あほ)き奉(たてまつ)ると膝(ひさ)を進(すゝ)めて左右(さゆう)より母(はゝ)の気色(けしき)を伺(うかゝ)ふ程に音音(おとね)ハ涙(なみた)を袖(そて)に隠(かく)し愁訴(しうそ)の赴理(おもむきこと〔わ〕)りなから今更(いまさら)和子(わこ)に云々(しか/\)と禀(まう)すハ面(おも)なきわさならすや。しかハあれとも其方(そち)(たち)か此度(たび)の功(こう)をもて勸觧(わひ)まうさんと願(ねか)ふハ孝行(かう/\)(かなは)ぬ迄(まて)も折(おり)を得(え)ハ又せんすへもあらんかし。彼(かの)世四郎の〓平(やすへい)殿(との)の此世(よ)を去(さ)りしといさ知らねハ甲夜(よ )に宿(やと)りを投(もと)めしをり罵拒(のゝしりこは)みて去(いな)したり。今(いま)さらおもへハ亡魂(なきたま)の幻(まほろし)に見(み)え給ひしならんと報(つく)るに驚(おとろ)く兄弟(はらから)ハ嘆息(たんそく)の外(ほか)なかりけり。音音(おとね)も今さら後悔(こうくわい)の額(ひたひ)を撫(なて)て密音(しのひね)にくりかへしつゝうち歎(なけ)けハ曳手(ひくて)單節(ひとよ)ハ胸潰(むねつふ)れ心(こゝろ)の悼(いた)みをやうやくに思ひかへして單節(ひとよ)かいふやう甲夜(よひ)に〓平(やすへい)さまの門(かと)に〓(たゝ)すみておはせしを痛(いた)ましく思(おも)ひしかハ柴置(しはおき)小屋へ扶容(たすけい)れ潜(しのは)しつ〓(いろね)を迎(むかへ)に立出(たちいて)ぬ。その折(をり)(かた)にうち被(かけ)給ひし袱包(ふろしきつゝみ)ふたつまてその儘(まゝ)わらはか受(うけ)とりてあの小戸棚(ことたな)へ蔵(いれ)(おき)たり。そも又夢(ゆめ)の跡(あと)もなく大人(うし)共侶(もろとも)に滅失(きへうせ)しか今(いま)なほあらんか。いと怪(あや)しとハおもへともいゆきて」11(こと)の蹟(あと)を見(み)んといひつゝ軈(やが)て身(み)を起(おこ)すを尺八(しやく )きうに推禁(おしとゝ)めてこハ何事(なにこと)そ益(えき)なしと打呟(うちつぶや)けハ曳手(ひくて)ハ頷(うなつ)きまつ臂近(ひちちか)なる戸棚(とたな)を撈(さく)らハその二包(ふたつゝみ)の袱(ふろしき)の有(あり)や無(なし)やを知(し)り易(やす)かりひらきて見(み)はやと遽(いそがは)しく立(たゝ)んとするを力二郎(りきしらう)ハ呼禁(よひとゝ)めて頭(かしら)をうちふりこゝろありけに叱(しか)られて釋(とけ)ともとけぬ疑(うたか)ひに尋思(しあん)の頭(かうへ)を傾(かたむく)れハ音音(おとね)も眉根(まゆね)を顰(ひそま)してそハいと怪(あや)しき事(こと)になん。えうなきわさてあなれとも吾儕(わなみ)か許(ゆる)す〓(よめ)御達(たち)やよ共侶(もろとも)に開(あけ)て見(み)ん誘(いさ)とて軈(やか)て身を起(おこ)せハ曳手(ひくて)單節(ひとよ)も後方(あとへ)に附(つき)て戸棚(とたな)の下に立よりたるに胸(むね)を貫(つらぬ)く五更(なゝつ)の鐘(かね)はや暁(あけ)かたになりにたり。時(とき)こそ來つれと周章(しうしやう)の兄(あに)ハ弟(おとゝ)に目(め)を指(あは)す心(こゝろ)の中(うち)に別(わかれ)を告(つげ)て竊(ひそか)に急(いそ)く行(たび)准備(ようゐ)嘆息(たんそく)するをみな知らねバ音音(おとね)ハ戸棚(とだな)を開(あけ)て撈(さぐ)れバ手(て)に當(あた)りたる二包(ふたつゝみ)。單節(ひとよ)(これ)(か)とさし示(しめ)すをこれで侍(はべ)るとおそる/\姑(しうと)がさしづに包(つゝみ)の端(はし)の堅(かた)きをやうやく」
挿絵
【挿絵】〈陰鬼(いんき)啾々(しう/\)として冥府(めいふ)に皈(かへ)る〉」12

觧分(ときわけ)つゝ披(ひら)きて見(み)れバこハいかに顕(あらは)れ出(いで)し男子(おとこ)の斬首(きりくび)(かは)りし色(いろ)も一双(いつさう)の死相(しさう)に駭(おどろ)く〓姑(よめしうと)おもはず齋一(ひとしく)(こゑ)(たつ)て退避(しりぞきさけ)たる背(うしろ)のかたに忽地(たちまち)(きこ)ゆる苦悩(くのう)の両声(もろこゑ)(はつ)と燃(もえ)たる鬼燐(おにび)の光(ひかり)に再(ふたゝび)(おとろ)く婦女輩(おんなばら)。こハ何事(なにこと)ぞと見(み)かへれバ今(いま)まで在(あり)つる力(りき)二郎尺八(しやくはち)さへに忽然(こつせん)と形(かたち)ハ消(きへ)てなかりけり。かさね/\し竒異(きゐ)怪傀(くわい/\)に誰(たれ)かハ〓(あはて)(まよは)ざるべき。やよ力二郎(りきしらう)尺八(しやくはち)よ喃(なう)わが夫(つま)よと三人(みたり)齊一(ひとしく)(よび)かへせとも荅(こたへ)ハあらねバ夢(ゆめ)(か)とばかり忙然(ぼうぜん)たり。音音(おとね)ハ佶(きつ)と心(こゝろ)づき二級(ふたつ)の首(くび)をつらつら見(み)つゝこハ俺們(われ/\)が憂(うれひ)を知(し)れる狐狸(きつねたぬき)の所為(しよい)なるべし。かゝれハ目今(たゝいま)姿(すがた)を隠(かく)せし子共(こども)ハ真(まこと)のわか子(こ)にあらず。〓平(やすへい)どのと見(み)えたるも皆(みな)(これ)(こゝろ)の迷(まよ)ひのみ。柴小屋(しばこや)まて邁(ゆき)て見(み)ハ獣(けもの)の足跡(あしあと)ありもやせん。誘(いざ)給へとていそがせハ曳手(ひくて)單節(ひとよ)ハ忽地(たちまち)(さと)りていざとて軈(やが)て共侶(もろとも)に立出(たちいで)んとする程(ほど)に外面(とのかた)に人(ひと)ありてやよ等(まて)霎時(しばし)(たゝ)ずもあれいで/\惑(まよ)ひを釋(とか)んずと呼被(よひかけ)障子(せうじ)を」13(おし)ひらくをと見(み)れバ是(これ)別人(べつじん)ならず神宮(かには)河原(かはら)の〓平(やすへい)なり。彼(あれ)ハいかにと駭(おどろ)く〓婦(よめ)に音音(おとね)ハはやく目(め)を注(くは)して冷笑(あさわら)ひつゝ些(ちつと)も騒(さは)がず噫(あな)〓許(をこ)かまし野狐(のきつね)が幾遍(いくたひ)(ひと)を魅(たふら)かすや速(すみやか)に立(たち)も去(さ)らずハ生皮(いきかは)(はき)て腹(はら)を冷(い)ん。後悔(こうくわい)すなと罵(のゝし)りて准備(ようい)の懐劔(くわいけん)(ぬき)かけたり。〓平手(て)を抗(あげ)(はや)るべからず。われ豈(あに)妖怪(ようくわい)変化(へんげ)ならんや。然(さ)るをなほ疑(うたか)ふて刃(やいば)をもつて權(おど)すハ拙(つたな)し。われも身(み)を護(まも)る一刀(いつとう)あり。これ見給へと諭(さと)しつゝ朴刀(しこみつゑ)を抜放(ぬきはな)ちて側(かたへ)の柱(はしら)に撃込(うちこむ)修煉(しゆれん)(さや)に納(おさ)めて莞尓(につこ)とうち笑(ゑ)み大刀(たち)ハ武徳(ぶとく)の名器(めいき)にして妖怪(えうくわい)変化(へんけ)もこれに遇(あ)へバ本形(もとのかたち)を顕(あらは)さずといふ事なし。素(もと)より冤鬼(ゆうれい)(きつね)(たぬき)の弄(もてあそ)ぶべき物(もの)ならねバその疑(うたが)ひを釋(とく)に足(た)らん。いで/\といひかけてそが儘(まゝ)裡面(うち)に進(すゝ)み入る姿(すかた)ハいたく窶(やつ)れても心(こゝろ)雄々(をゝ)しき老人(らうじん)の絶(たへ)て臆(おく)する気色(けしき)なく早(はや)上坐(かみくら)に著(つき)しかバ曳手(ひくて)單節(ひとよ)ハ呆(あき)れてをり。さばれ音音(おとね)ハ半信(はんしん)半疑(はんぎ)うたかはしきを詰問(なじりと)へバ〓平件(くたん)の首級(しゆきう)を見(み)つゝ縁故(ことのもと)を詳(つばら)にせねバ然(さ)る疑ひハ理(ことわ)りなれども」
挿絵
【挿絵】〈隔亮(ふすま)(ごし)の銑〓(しゆりけん)一間者(いつけんしや)をとりひしぐ〉」14

甲夜(よひ)に単節(ひとよ)に渡(わた)したる二包(ふたつゝみ)ハこれならず。なほこの外(ほか)に物(もの)あらん。納(おさ)めし所(ところ)を索(たづね)て見(み)よといふに単節(ひとよ)ハ訝(いぶか)しげに舊(もと)の戸棚(とだな)を推(をし)ひらきて彼此(あちこち)(くま)なく畋猟(あざれ)ともそれ歟(か)とおもふ物(もの)もなし。〓(もし)置処(おきどころ)の違(たが)へるかとて夜具(よるのもの)(お)く破戸棚(やれとだな)をひら〔き〕て見(み)れバ果(はた)して物(もの)あり。袱(ふろしき)の色(いろ)(こと)なれどもその二包(ふたつゝみ)を結合(むすびあは)せしこれ彼(かれ)(とも)によく似(に)たり。単節(ひとよ)ハはやく両手(もろて)をかけ棚(たな)よりやをら取(とり)おろしつ扠(さて)も不思議(ふしぎ)の事(こと)にぞ侍(はべ)る。わらはが甲夜(よひ)に受(うけ)とりし包(つゝみ)が正(まさ)しくこれならバ小戸棚(ことだな)にあるべきものをいつの間(ま)に処(ところ)をかえし事(こと)やらん。加旃(しかのみならず)よく似(に)たる是彼(これかれ)四箇(よつ)の裹(つゝみ)物初(はじめ)の度(たび)にとり出したるその二包(ふたつゝみ)ハ何人(なにひと)かもて來(き)しやらんといひつゝ傍(かたへ)を見(み)かへれバ音音(おとね)曳手(ひくて)も呆果(あきれはて)て人か鬼(おに)かと〓平(やすへい)に疑(うたが)ひハなほ釋(とけ)ざりけり。且(しはらく)して〓平(やすへい)ハ思(おも)ひ得たりし膝(ひさ)うち鼓(なら)して田文(たぶみ)の茂林(もり)にて二個(ふたり)の武士(ぶし)が二箇(ふたつ)の包(つゝみ)を挑争(いどみあらそ)ふその折(をり)に推分(おしわけ)んとせしかハ肩(かた)に掛(かけ)たるわか包(つゝみ)を思(おも)はず落(おと)し拾取(ひろひとり)こゝに來(きた)りて柴小屋(しはごや)にて道節(とうせつ)ぬしと犬川(いぬかは)(うし)の譚(ものかたり)をみな」15 立聞(たちぎゝ)とく見参(げんざん)に入(い)らばやと思(おも)へど此(この)(み)を見(み)かへれバ耻(はづ)かはしくて黙止(もたし)たり。今(いま)さら思(おも)へバ彼(かの)茂林(もり)にて道節(どうせつ)ぬしの二包(ふたつゝみ)とわか二包(ふたつゝみ)と違(たが) ひしともしらでそが儘(まゝ)(かた)にかけつゝ甲夜(よひ)に単節(ひとよ)に渡(わた)せしかも。是(これ)によりて猜(すい)するにその二級(ふたつ)の首(かうべ)こそ道節(どうせつ)ぬしの撃捕(うちとり)給ひし両敵(りやうてき)にうたがひなし。かくてもなほ疑(うたが)はゞわが二包(ふたつゝみ)を觧(とき)ねかし。然(さ)らバわかうへ子共(こども)のうへも立地(たちどころ)にしるよしあらん。とく/\見(み)よと急(いそが)したる言葉(ことば)の本末(もとすへ)(いま)さらに疑(うたか)ひハ稍(やゝ)(とく)れども觧(とけ)ぬ包(つゝみ)の気(き)にかゝる曳手(ひくて)單節(ひとよ)ハ両袱(ふたふろしき)を披(ひら)きつ見(み)れバ是(これ)も又(また)両個(ふたり)の人(ひと)の首(かうべ)也。これハいかにと呆(あき)れたる三人(みたり)齊一(ひとしく)(まなこ)を定見(さだめみ)れバ無慙(むざん)や力二郎(りきじらう)と尺八(しやくはち)が首級(しゆきう)にて色(いろ)こそ変(かは)れ今(いま)まで在(ありし)に紛(まが)ふべくもあらねバ又(また)胸潰(むねつぶ)れ心焦(こゝろこが)れて歎(なげ)き弥倍(いやま)す愛情(あいじやく)〔惜〕の涙(なみだ)の雨(あめ)に六ッの袖(そで)(しぼり)もあへず泣淪(なきしづ)む。憂(うき)にハ漏(も)れぬ〓平(やすへい)も涙(なみだ)に哽(むせび)て〓然(げんぜん)たりしがやうやく目皮(まぶた)しばたゝきわか寸功(すんこう)を子(こ)に譲(ゆづ)らんと思(おも)ひ决(さだ)めて戸田川(とだがは)に投(しつみ)にけれど死(しに)も得(え)(はて)ず浅瀬(あさせ)の」かたへ流(なが)されて東(ひがし)の岸(きし)に著(つき)しかバまだ業報(ごうほう)の滅(ほろ)びずと知(し)りながらいでや此度(こたび)ハ城兵(せうひやう)(ら)と刺(さし)ちがへて死(しな)んずと子共(ことも)の先途(せんと)を見(み)まほしさに舊(もと)の岸辺(きしべ)に赴(おもむ)けバ戦(たゝか)ひ果(はて)て人影(ひとかげ)なし。この故(ゆへ)に霎時(しばし)存在(ながらへ)いかでか子共(こども)の存亡(そんぼう)を聞定(き さだ)めて死(し)なばやと姿(すがた)を変(かへ)て大塚(おほつか)へ赴(おもむ)きて街(ちまた)の談(はなし)を撈問(さぐりとひ)しに力(りき)二郎尺八(しやくはち)(ら)(まち)の進(しん)を始(はじ)め敵(てき)あまた撃(うち)とりしが丁田(よぼた)が属役(しよくやく)の仁田山(にたやま)晋吾(しんご)が援兵(ゑんへい)の連放(つるべかけ)たる鳥銃(てつぽう)に二個(ふたり)ハ竟(つい)に撃死(うちじに)せり。かくて晋吾(しんご)ハ胞兄弟(はらから)の首(くび)(とり)て皈陣(きしん)しつ。力(りき)二郎尺八(しやくはち)が首級(しゆきう)もて信乃(しの)額蔵(がくざう)と偽(いつは)り唱(とな)へけふしも庚申塚(かうしんづか)の辺(ほとり)なる楝樹(あふち)の下(した)に梟(かけ)らるゝと人口(じんこう)に隠(かく)れなけれバその夜(よ)更闌(こうたけ)て彼(かの)(ところ)に赴(おもむ)き子共(こども)の首(かうべ)を取(とり)おろし豫(かね)て准備(ようゐ)の袱(ふろしき)におし包(つゝみ)(よ)を日に續(つぎ)てこの地(ち)に來(き)つ。こゝに一宵(ひとよ)をふし柴(しは)の小屋(こや)に憩(いこ)ふて外(よそ)ながら故主(こしう)のうへと子共(こども)が亡魂(なきたま)(しばら)くこゝに顕(あらは)れて母(はゝ)と妻(つま)とを慰(なぐさ)めしハ嗚呼(あゝ)(かう)なるかな義(ぎ)なるかも。今(いま)までしらぬお身(み)(たち)よりそが頸(くび)もてるわか胸(むね)の苦(くる)しかりきと口説(くどき)(たて)16 つぐれバ音音(おとね)も〓婦(よめ)同胞(はらから)もなくより外(ほか)にすべもなき。音音(おとね)ハやうやく首(かうべ)をもたげ心(こゝろ)づきし歟(か)反故(ほご)ばりの窓(まと)の下(もと)にありあふハ亡(なき)胞兄弟(はらから)の行裹(たびつゝみ)。ます/\不思議(ふしき)といぶかれば泪(なみだ)なからに同胞(はらから)がひらく包(つゝみ)ハ一双(いつさう)の黒革(くろかわ)おどしの身甲(はらまき)ハ鮮血(ちしほ)にまみれて韓紅(からくれない)に痛手(いたで)をのこす鳥銃(てつほう)の裏〓(うらかき)しあと六(む)ッ七(なゝ)ッ八(や)ッ花菱(はなひし)に小〓(こぐさり)の腕鎧(こて)に脚盾(すねあて)とり添(そへ)たる。これを見(み)(かれ)をおもひ像(や)る良人々々(おつと/\)か陣歿(うちじに)のはげしかりける戦(たゝか)ひのかうありけんと哀傷(あいしやう)になみだます/\果(はて)しなき。〓平(やすへい)は嗟嘆(さたん)しつこの身甲(はらまき)も腕鎧(こて)脚盾(すねあて)も力(りき)二郎尺八(しやくはち)(ら)が池(いけ)ぶくろより落(おち)て來(き)つるときわが家(いへ)に脱(ぬき)おさめしを戸田(とた)河原(かはら)のたゝかひにとり出(いだ)し膚(はだ)につけて終(つい)に陣歿(うちじに)したりけり。然(さ)るを彼等(かれら)ハ世(よ)になき後(のち)にこれを妻子(やから)に遺(のこ)せしハ今(いま)より良人(おつと)に立(たち)かわり忠孝(ちうこう)ふたつに」 命(いのち)を保(たも)てといはん料(りやう)にぞあらんずらん。かゝれバ浮世(うきよ)にながらへて良人(おつと)の首(かうべ)を葬(ほうむ)る日にわが亡骸(なきがら)をも〓(うづ)めてたべ。是(これ)まてなりと朴刀(しこみづゑ)を晃(きら)りと抜(ぬき)てとり直(なほ)しつ腹(はら)を切(き)らんとするほどに三人(みた)は等(ひと)しく携(すがり)つき喘々(あへぎ/\)(いさめ)ればやうやくに死(し)をとゞまり音音(おとね)にむかひていへるやうわれとおん身(み)ハ私(わたくし)に再會(さいくわひ)すべきものにしあらぬをこゝにて死(し)なバ瓜田(くわでん)の履(くつ)和子(わこ)にハ見參(けんさん)(はゞか)りあり。いざゝらバ犬塚(いぬつか)(ら)が往方(ゆくゑ)をたづねて云々(しか%\)と子共(こども)のうへもわが宿志(しゆくし)をも報(つげ)てまたともかくもなりなん。嗚(あ)呼しかなりと頷(うなづ)きて刄(やいば)を〓(さや)に納(おさ)めつゝ告別(いとまごひ)して外面(とのかた)へ出(いで)んとしたる縁〓(ゑんがは)の障子(せうじ)をはたと〓(け)ひらきて並(なら)び立(たつ)たる三個(みたり)の癖(くせ)もの真額(むかう)鉢巻(はちまき)(なは)たすきおの/\身軽(みかる)の打扮(いでたち)ハこれ則(すなはち)別人(べつじん)ならず昨夕(よんべ)(き)たりし荘役(せうやく)根五平(ねこへい)丁六(ちやうろく)〓介(ぐすけ)を」17 左右(さゆう)に将(い)て濁(たみ)たる声(こは)音高(たか)やかに汝等(なんしら)(むね)がつぶるゝ歟(か)。かくあるべしと猜(すい)したれば簀(すのこ)の下(した)に夜(よ)もすから一五一十(いちぶしゞう)をみな聞(きゝ)たり。煉馬(ねりま)の残黨(ざんとう)道節(どうせつ)が餘類(よるい)(みな)(いま)しめて白井(ひらゐ)へ引(ひか)ん。腕(かいな)をまはせと呼(よばゝ)りて腰(こし)に付(つけ)たる黒縄(はやなわ)を手(て)ばやく取(とり)てなげるがごとく根駄(ねだ)もぬけよと縁(ゑん)がはを突(つき)ならしつゝ鬩(ひら)めきけり。音音(おとね)ハ間者(かんじや)に裏(うら)を被(かゝ)れて曳手(ひくて)単節(ひとよ)を後方(あとべ)にそはして寄(よ)らバ斫(きら)んと懐劔(くわひけん)の鞆(つか)をにきりて立んとするを〓平(やすへい)(み)かへり推(おし)へだて右手(めで)に携(すか)りし朴刀(しこみつゑ)を左手(ゆんで)に取(とり)てわきはさみたる必死(ひつし)の勢(いきほ)ひ。老(おひ)をあなどる根五平(ねごへい)ハあれ薙仆(なきたふ)せと敦圉(いきまけ)ハ丁六(ちやうろく)〓介(くすけ)ハ左右(さゆう)より拿(もつ)たる斧(おの)をふりあげて討(うち)ひしがんと走(はし)りかゝるを〓平(やすへい)ひらりと遣違(やりちが) はし抜合(ぬきあは)したる刄(やいば)のいなづま先(さき)に進(すゝ)みし丁六(ちやうろく)を忽地(たちまち)ふたつになし果(はて)ぬ。〓介(くすけ)ハこれを見(み)かへりて」
挿絵
【挿絵】〈わかやぐや雪(ゆき)のしら髪(が)もうちとけてもとの色(いろ)なる相生(あひをひ)の松(まつ)[多][言]〉」18

おどろき避(さけ)んとする程(ほど)に音音(おとね)ハ透(すか)さすむかへ撃(うつ)(やいば)に額(ひたい)をつんざかれて叫苦(あつ)とばかりに外面(とのかた)へまた引返(ひきかへ)す肩(かた)さきをふたゝび〓(き)られて痛手(いたで)に得(え)(たへ)ず庭(には)にたふれて死(し)んてけり。根五平(ねごへい)ハこの光景(ありさま)にあわてふて(〔た〕)めき逃(にけ)はしるを奥(おく)の方(かた)に人(ひと)ありて曳(ゑい)と被(かけ)たる聲(こゑ)と齊一(ひとしく)(うち)いたす銑〓(しゆりけん)のねらひ違(たが)はず根五平(ねごへい)ハ背(そびら)を胸(むね)まてうたれたる苦痛(くつう)の一(ひ)(こゑ)(そら)をつかみて仰反(のけそり)たふれて息(いき)たへけり。思(おも)ひかけなき助大刀(すけたち)に曳手(ひくて)單節(ひとよ)ハ立(たち)よりて諸手(もろて)をかくる破(やれ)ぶすま裏面(うち)より颯(さつ)とをし開(あけ)て顕(あらは)れ出(いで)たる犬山(いぬやま)道節(とうせつ)はや上坐(かみくら)に著(つき)しかバこれハ/\とばかりに音音(おとね)ハまづ血刀(ちがたな)をぬぐひ納(おさ)めていそがはしく主(しゆう)のほとりへまゐるになん。〓平(やすへい)も刄(やいは)をおさめて三個(みたり)の死骸(しかい)を引起(ひきおこ)して古井(ふるゐ)の底(そこ)へをし落(おと)しつ。この時(とき)(すて)に明(あけ)たり。音音ハ曳手(ひくて)19 單節(ひとよ)と共(とも)に主(しゆう)のかたへに額(ぬか)づきて恙(つゝが)なきをぞ祝(しゆく)しける。道節(どうせつ)(きゝ)てさればとよわれハ昨宵(よんべ)更闌(こうたけ)て如此々々(しか %\ )の處(ところ)にて犬塚(いぬづか)(ら)にたづね遭(あひ)にき。よりて三犬士(さんけんし)を相侶(ともなふ)て暁(あけ)かたにかへり來(き)つ背門(せど)より入(い)らんとせし折(おり)に曳手(ひくて)單節(ひとよ)がなく声(こゑ)の堪(たへ)ぬばかりにきこえしかバ異(こと)あるべしとおもふになん。呼門(おとなひ)もせで彼(かの)人々(ひと%\)とそがまゝ奥(おく)に立(たち)つどひ居(ゐ)つ縡(こと)おちもなく竊聞(たちきゝ)てわれはさらなり四犬士(しけんし)も感(かん)るいそゞろに禁(とゞ)めかねたり。皆(み )これ過世(すくせ)の業報(ごうぼう)なれど死(し)せんと欲(ほつ)せし〓平(やすへい)が得(ゑ)(しな)ざりしハ子共(こども)の忠孝(ちうこう)(てん)の命(めい)ずる陽報(やうほう)なり。曳手(ひくて)單節(ひとよ)もおもひ絶(たへ)てかなしみにな傷(やぶ)られぞ。ながく菩提(ぼだい)を〓(とは)んこそなき人のためなるべけれ。われと彼等(かれら)ハ二世(にせ)の主従(しゆう%\)(ち)兄弟(けうだい)をうしなひしこゝろの愁(うれ)ひ」いかばかりぞ。然(さ)りとて歎(なげ)くも甲斐(かひ)なき所行(わざ)なり。世(よ)に百歳(もゝとせ)の上寿(じやうじゆ)をたもつも命(いのち)(おは)れる枕方(まくらべ)にのこる妻子(やから)のかなしみハ何時(いつ)とてもみなかくご(〔ぞ〕)あるべき。さはおもはずやとねんごろに諭(さと)す言葉(ことば)に主恩(しゆうおん)を阿(あ)と感(かん)じたる音音(おとね)ハさらなり曳手(ひくて)單節(ひとよ)ハかたじけなさに只(たゞ)さめ%\と泣(なき)にけり。そが中(なか)に〓平(やすへい)ハひとりはるかに退(しりそ)きて頭(かうべ)を低(たれ)て黙然(もくねん)たりしを道節(とうせつ)うち見(み)てやをれ世(よ)四郎などて圓坐(まどゐ)に入(い)らざりける。とく/\といそがし立(た)つれば〓平(やすへい)ハやゝ近(ちか)ずきて意外(いぐ ゐ)に誠(まこと)を顕(あらは)せバ道節もまた感歎(かんたん)して〓平が勘當(かんどう)を亡父(ほうふ)に替(かは)りて赦免(しやめん)しつゝけふより音音(おとね)を妻(つま)として子共(こども)が亡魂(なきたま)をなぐさめよといはれて〓平(やすへい)音音もともに耻(はぢ)ていなむを道理(どうり)にさとされ有無(うむ)の回荅(いらへ)に口隠(くとも)りしを道(どう)20(せつ)ハ曳手(ひくて)單節(ひとよ)(ら)にそれと差圖(さしづ)にこゝろへて同胞(はらから)(さけ)をあたゝめて折敷(をしき)に載(の)する盃(さかづき)の縁(ふち)ハ缺(かけ)ても相生(あいをい)の松(まつ)ハみさほのたか蒔繪(まきゑ)むかし堅地(かたぢ)の老(おひ)夫婦(ふうふ)をしゆくして移(うつ)す銚子(さしなべ)に酒(さけ)のみありて肴(さかな)なけれバ道節(どうせつ)(み)やりて幸(さい)究竟(くつきやう)田文(たぶみ)の茂林(もり)より〓平(やすへい)が持参(ぢさん)の首級(しゆきう)ハ當坐(とうざ)の納聘(ゆいのう)駄一(だいち)三宝(さほ)(へい)(ら)をさかなにせバ髑髏盃(どくろはい)にもいやまして誰(たれ)か珍重(ちんちやう)せさるべき。とく/\席(せき)をあらためよとわりなく音音(おとね)〓平(やすへい)(ら)をむかひ座(をら)してと見(み)かう見(み)つゝかくてハいまだ物足(ものた)らす妻(め)を娶(めど)るにはなかだちをもてす。その人(ひと)もがなと見(み)かへりたる隔穴(ふすま)のあなたに声(こゑ)たてて年(とし)ふりてけふあひ生(おい)の松(まつ)こそめでたかりけれと謡(うたひ)つれつゝたち出(いで)て齊一(ひとしく)(せき)につくものハ是(これ)すなはち別人(べつじん)ならず一(いち)の著座(ちやくざ)は犬塚(いぬづか)
挿絵
【挿絵】〈道節(とうせつ)火遁(くわとん)の秘書(ひしよ)を焼(やい)て永(なが)く左道(さどう)の異法(いほう)を断(たつ)〉」21

信乃(しの)(つき)に荘助(そうすけ)現八(けんはち)小文吾(こぶんご)みな〓平(やすへい)にうちむかひ恩人(おんじん)(いのち)つゝがなくはからざり〔け〕る再會(さいくわい)ハいとよろこばしく候なれ。孝順(こうじゆん)義膽(きたん)(よ)に有(あり)かたき両賢息(りやうけんそく)の惠(めぐみ)もて只(たゞ)われ/\を落(おと)さんと其處(そこ)に命(いのち)を隕(おと)されしハ打(うち)なげくにもあまりあり。況離別(りべつ)の二親(ふたおや)をひとつにせんとて亡魂(なきたま)の一(ひと)(よさ)こゝにあらわれしハ儔稀(たぐひまれ)なる純孝(じゆんこう)なり。今(いま)その遺志(ゐし)をはたさん為(ため)にわれ/\四名(よたり)の孝義(かうぎ)にむくふ寸志(すんし)ばかりに候かし。許(ゆる)さるべしやと正首(まめやか)に言葉(ことば)齊一(ひとしく)來意(らいゐ)をつげてその婚席(こんせき)を提撕(とりもち)つゝ千秋樂(せんしうらく)とぞしゆくしける。そが中(なか)に道節(どうせつ)ハ四犬士(しけんし)につぐるやう最(さい)ぜん間者(けんじや)の根五平(ごへい)(ら)をもらさず討畄(うちとめ)たれバとてこゝにおらんハ究(きは)めて危(あや)うし。さハあらずやとさゝやけバそハ退(しり)ぞくこそ肝要(かんやう)なれ。疾(とく)その准備(ようゐ)をしたまへかしと四人(よた)齊一(ひとしく)22すゝむれバ道節(とうせつ)やがて安平夫婦に縡(こと)のこゝろを得(ゑ)さしつゝまづ女流(あしよは)を行徳(げうとく)なる文(ぶん)五兵衛と妙真(めうしん)にたのませ給へと小文吾(こぶんご)がいふにぞ音音(おとね)ハ〓達(よめたち)に馬(うま)ひかせて柱(はしら)につなかせ昼餉(ひるげ)の料(りやう)の握飯(にきりめし)を人ごとに包(つゝ)む程(ほど)に曳手(ひくて)單節(ひとよ)ハよういの刄(は)ものを手(て)に/\取(とり)て發願(ほつくわん)得度(とくど)の頭髻(たぶさ)をふつと剪(きり)はなち力(りき)二郎尺八(しやくはち)が首(かうべ)に添(そへ)て二(ふた)ふろしきに推包(おしつゝ)み鞍(くら)の前輪(まへわ)につくるになん〓平(やすへい)音音(おとね)五犬士(ごけんし)も真操(ていそう)節義(せつぎ)を嘆賞(たんしやう)していとゞ不便(ふびん)におもひける。既(すで)にして起行(たびだち)の准備(ようゐ)はやくもとゝのひしかハ道節(とうせつ)ハ四犬士(しけんし)を見(み)かへりて某(それがし)(いま)一條(いちぜう)の懺悔(さんげ)あり。家傳(かでん)の秘書(ひしよ)なる火遁(くわとん)の術(じゆつ)ハ勇士(ゆうし)のおこなふべきものならず。その要領(えうりやう)ハ難(なん)に臨(のぞ)みてわが一身(いつしん)を免(のが)るゝのみ。尤(もつとも)(はづ)へきわざになん。よりて」
挿絵
【挿絵】〈白井(ひらゐ)の城兵(じやうへい)荒芽山(あらめやま)の孤舎(ひとつや)を囲(かこむ)〉」23

目今(たゝいま)異法(ゐほう)を断(たゝ)ん。皆(みな)(み)給へと懐(ふところ)より火遁(くわとん)の秘書(ひしよ)をとり出(いだ)しつゝなほ燃殘(もへのこ)る地燃(ゐろり)の火中(くわちう)へ忽地(たちまち)(はた)と投捨(なけすて)れバ〓々(ゑん/\)として立(たち)のほる火炎(ほむら)と共(とも)に捕手(とりて)の兵(つはもの)いつの程(ほど)に歟(か)(しのひ)よりけん一(ひと)(むれ)(およそ)十人ばかり簇々(むら/\)と走(はし)り出(いで)て御諚(ごじやう)ざふと呼(よび)かけ/\搦捕(からめと)らんと競(きそ)ひかゝるを心得(こゝろえ)たりと五犬士(こけんし)ハ修煉(しゆれん)の大刀(たち)(かぜ)瞬間(またゝくひま)に一人(ひと)も漏(もら)さず撃(うた)れけり。さもこそあれと血刀(ちかたな)を拭(ぬぐ)ひ納(おさめ)る程(ほど)しもあらず迥(はるか)に聞(きこ)ゆる陣鉦(ちんかね)大鼓(たいこ)に衆皆(みな/\)(みゝ)をそばだてゝ原來(さて)ハこの隠宅(かくれが)をはやくも知(し)りて後詰(ごつめ)の大軍(たいぐん)白井(ひらゐ)より推寄(おしよせ)て來つるにこそ〔と〕いふそが中(なか)に現八(けんはち)ハ檐旁(のきば)の松(まつ)によち登(のぼ)り見(み)わたして莞尓(につこ)とうち笑(ゑ)み思(おも)ふにハ似(に)ぬ敵(てき)の軍配(ぐんばい)其勢(そのせい)(およそ)三百餘騎(よき)(すで)に間(ま)ぢかくおし寄來(よせき)たれり。しかりとも吾黨(わかともから)(ちから)をあはして撃(うち)やふらんに敗(やふ)れすといふことやハある。おもしろし/\と勇(いさめ)る腕(かひな)を扼(とり)しばりて騒(さは)ぐ氣色(けしき)ハなかりけり。」24

英名八犬士(ゑいめいはつけんし)六編(ろくへん)下帙(けちつ)

鈍亭魯文筆記 

かゝる騒(さは)ぎのその間(ひま)に〓平(やすへい)音音(おとね)ハ傍(かたへ)なる力二郎(りきしらう)尺八(しやくはち)が像見(かたみ)の身甲(はらまき)投被(なげかけ)て腕鎧(こて)に鉢巻(はちまき)精悍(かひ%\)しく音音(おとね)ハ納戸(なんと)に秘置(ひめおき)たる薙刀(なきなた)(とり)て挾(わきはさ)み〓平(やすへい)ハ朴刀(しこみつゑ)を腰(こし)に帯(お)び跪(ひさまづ)きて頻(しきり)にはやる道節(どうせつ)と四犬士(しけんし)を諫(いさめ)つゝ某(それがし)夫婦(ふうふ)ハこゝに籠(こも)りて命(いのち)かぎりて寄手(よせて)を防(ふせが)ん。近(ちか)づかぬ間(ま)に敵(てき)を避(さけ)てとく背路(うらみち)より落(おち)させ給へ。曳手(ひくて)單節(ひとよ)がうへをのみ憑(たの)みまつると只顧(ひたすら)に思(おも)ひ入たる必死(ひつし)の覚期(かくご)を四犬士(しけんし)ハ聞(きゝ)入れず争論(あらそひ)(はて)しなかりしかバ道節(どうせつ)(むね)に思案(しあん)を決定(さだめ)世四郎音音(おとね)が死(し)を究(きは)めし志(こゝろさし)ハさることながらさしも犬山(いぬやま)道節(どうせつ)(ら)ハ命惜(いのちおし)さに汝等(なんぢら)を殘(のこ)して遁(のが)れ去(さり)しなどいはれんも口惜(くちおし)。とハいへ此(この)(いへ)に建籠(たてこも)り犬死(いぬじに)なすも夲意(ほゐ)にあらず。依(より)て一(ひと)ッの謀計(てたて)あり。世四郎音音(おとね)ハ此所(こゝ)に籠(こも)りて暫(しばら)く敵(てき)を防(ふせ)ぐべし。われ/\ハ背面(せと)より」 まはりあの山陰(やまかげ)に身(み)をひそみ横合(よこあひ)より撃(うつ)てかゝらバ敵(てき)ハかならず度(ど)を失(うし)なはん。敵(てき)迯走(にげはし)らバ程(ほど)よく追捨(をいすて)(みな)共侶(もろとも)に他郷(たけう)にいたらん。この議(ぎ)は如何(いか)にと見かへれバ四犬士(しけんし)も皆(みな)よしといふにぞさらバまづ此(この)女流(あしよは)二個(ふたり)を犬田(いぬた)(うじ)にまかせなんといふに小文吾(こぶんご)こゝろ得(ゑ)て以前(いぜん)の馬(うま)に姉妹(きやうだい)を合鞍(あいくら)にうちのせつゝおちぬ為(ため)にて端綱(はづな)にからげ四犬士(しけんし)と共侶(もろとも)に一町ばかり繋行(ひきゆき)て木(この)下につなぎ畄(と)め敵(てき)のやうすを窺(うかゝ)ふにぞ世四郎夫婦(ふうふ)も争(あらそ)ひ兼(かね)て家(いへ)の内外(うちと)へ焼草(やきくさ)を山(やま)の如(こと)くに積重(つみかさ)ねいでといはゞ火(ひ)をかけんと推備(こゝろがまへ)をなしつゝも俄(にはか)やうゐの丸(まる)竹弓(だけゆみ)篠竹(しのだけ)の矢(や)をとり揃(そろ)へ障子(せうじ)隔亮(ふすま)を楯(たて)にして寄來(よせく)る敵(てき)を待(まち)かけたり。折(をり)しも寄来(よせく)る討手(うつて)の多勢(たぜい)この孤家(ひとつや)をとり巻(まき)て討(うつ)て入(い)らんとする程(ほど)に庭(には)の折戸(をりど)のしのびかへしに〓梟(きり)(かけ)られたる駄一郎(たいちらう)と三宝平(さぼへい)が首級(しゆきう)を忽地(たちまち)おそれを抱(いだ)きけん。進(すゝみ)かね」25 たる形勢(ありさま)に當下(そのとき)大将(たいせう)巨田(おほた)助友(すけとも)戸口(とぐち)へ馬(うま)を乗居(のりすへ)つゝ者(もの)(ども)かゝれと烈(はげ)しき下知(げぢ)にはやり雄(を)の兵(つはもの)ども簇立(むらだち)(きそ)ふて〓(きり)入るを矢ごろもよしと世(よ)四郎夫婦(ふうふ)障子(せうじ)隔亮(ふすま)の陰(かげ)よりして指詰(さしつめ)曳詰(ひきつめ)射出(ゐいた)す矢面(やさき)に胸(むね)を射(ゐ)られ五六人おなし枕(まくら)に倒(たふ)るゝにぞ。此(この)弓勢(ゆんぜい)に驚(おとろ)く雑兵(そうへう)人をこたてに騒動(もんちやく)す。尚(なほ)も間(ひま)なき弦音(つるおと)に進(すゝ)みかねたる寄手(よせて)の人数(にんじゆ)助友(すけとも)(み)るより眼(まなこ)を怒(いか)らせいひ甲斐(がひ)なき者(もの)(とも)かな。退(ひく)なすゝめとざいうちふりはげまされて雑卒(ぞうそつ)(とも)(ふたゝび)(すゝ)む折(おり)しもあれ世四郎夫婦(ふうふ)ハ既(すで)にはや矢種(やだね)も絶(つき)し事なれバ手(て)にハ薙刀(なきかた)朴刀(しこみつゑ)(わきはさ)みつゝ必死(ひつし)の覚悟(かくご)(あなと)りかたく見(み)ゆるにぞ助友(すけとも)いらだち後陣(こじん)の人数(にんしゆ)をくりいれ/\攻戦(せめたゝか)へバ心(こゝろ)ばかりハはやれども敵(てき)ハ大勢(たいぜい)こなたハ両個(ふたり)。既(すで)に手疵(てきす)も負(おふ)たれハ是(これ)(まで)と思(おも)ふにぞ家(いへ)に火(ひ)をかけ死(しな)んと思(おも)へど心(こゝろ)にかゝる主のうへ」
挿絵
【挿絵】〈助友(すけとも)多勢(たぜい)をもて荒芽(あらめ)山の茅舎(ほうしや)を囲(かこむ)〉」26

曳手(ひくて)單節(ひとよ)も四犬士(けんし)も落(おち)給ひし歟(か)いかにやと案(あん)しなからも間(ひま)なき戦(たゝか)ひ最(いと)(はけ)しくそ見(み)へにける。
○夫(それ)より前(さき)に五犬士(こけんし)ハ曳手(ひくて)單節(ひとよ)を乗(のせ)たる馬(うま)を木の下(もと)につなき畄(とめ)(てき)ハ如何(いか)にと待(まつ)(ほと)に既(すて)に聞(きこ)ゆる矢(や)さけひ太刀(たち)(おと)自分(しふん)ハよしと五犬士(こけんし)ハ右左(みきひた)り立(たち)わかれ木(こ)の間(ま)かくれに進(すゝ)みより不異(ふゐ)を撃(うた)んとせし折(おり)しもおもひかけなき後(うしろ)よりあらはれ出(いて)たる一隊(ひとて)の軍兵(くんひやう)(ちか)つく儘(まゝ)にこゑふりたて愚(おろか)なり犬(いぬ)山道節(とうせつ)かゝる手たてもあらんかと察(さつ)せし故(ゆゑ)に巨田(おほた)助友(すけとも)こゝに汝(なんち)を待事(まつこと)(ひさ)し敵(てき)なからもあたら武士(ふし)降参(かうさん)なさは首(かうへ)をつかんとよははるにそ道節(とうせつ)(いか)りに絶(たへ)かねて太刀(たち)(ふり)かさし撃(きつ)てかゝれハ四犬士(しけんし)(とも)に力(ちから)を合(あは)せ互(たか)ひにはけみはけまされて秘術(ひしゆつ)を盡(つく)せしはたらきに崩(くつ)れたつたる寄手(よせて)に大勢(おほせい)(にく)るをすかさす五犬士(こけんし)か追(おは)んとしたる」27(うしろ)より又(また)もや起(おこ)る一隊の軍兵(くんひやう)(なか)にも一(いち)(こゑ)(たか)くおのれ道節(とうせつ)(しはら)くまて巨田(おほた)助友(すけとも)こゝにありと呼(よは)はる聲(こゑ)に五犬士(こけんし)ハ驚(おとろ)きなから見(み)かへれハおなしてたちの寄(よせ)手の大将(せう)(かれ)も助友(すけとも)(これ)も助友(すけとも)面影(おもかけ)さへもよく似(に)たるをそれかこれかと疑(うたか)ひなから迯(にけ)る敵(てき)をハ追捨(おひすて)〔て〕(ちか)つく敵(てき)にかけ向(むか)へハ又ひき返(かへ)す以前(いせん)の助友(すけとも)五犬士(こけんし)を取囲(とりかこ)み前後(せんこ)よりして攻戦(せめあ)ふ折(おり)しも音音(おとね)か家(いへ)の方(かた)よりして俄(にはか)に猛火(もうくわ)もへ上(あか)り木草(きくさ)にもへつゝ形勢(いきほひ)に敵(てき)も味方(みかた)も絶(たへ)(かね)て別(わか)れ/\になる程(ほと)に五犬士(けんし)も又五所(いつところ)に隔(へたて)られつゝ頭(かしら)の上(うへ)におく(〔つ〕)る炎(ほのを)を防(ふせ)くのみ。死(し)なハ五個(いつたり)共侶(もろとも)にと覚悟(かくこ)きはめてちつとも動(う )かす。その時(とき)信乃(しの)ハ道節(とうせつ)より返(かへ)し送(おく)りし村雨(さめ)の宝刀(みたち)を再(ふたゝ)ひ抜放(ぬきはな)ち力(ちから)に任(まか)せてうちふれハ刄(やいは)の奇特(きとく)あやまたすその刄頭(きつさき)よりほと走(はし)る水氣(すいき)四方(しほう)に散(さん)らんし」
挿絵
【挿絵】〈小文吾(こぶんご)敵兵(てきへい)と戰(たゝか)ふて曳手(ひくて)單夜(ひとよ)を失(うし )ふ〉」28

て遥(はるか)あなたに別(わか)れし道節(どうせつ)現八(けんはち)荘助(そうすけ)(ら)が辺(ほと)りにひらめく炎(ほのほ)さへ是(これ)が為(ため)にうち消(け)すにぞ信乃(しの)ハたちまち声(こゑ)ふり立(たて)この刄(やいば)にて路(みち)を開(ひら)かん續(つゝき)給へと呼(よひ)かけて猶(なほ)も刄(やいば)をうちふり/\山路(やまち)をさして分入(わけい)れバかゝる竒特(きどく)に道節(どうせつ)(ら)ハ蘇生(よみがへり)しと勇(いさみ)たち送(をく)れて見(み)えぬ小文吾(こふんこ)を呼(よび)かけ見(み)かへり行程(ゆくほど)に又(また)もや追來(をひく)る三人(みた)の助友(すけとも)(かへ)せもどせと呼(よは)はるにぞ四犬士(しけんし)ハ馳(はせ)(むか)ひ追(をひ)つをはれつ戦(たゝか)ふほどに案内(あんない)しらぬ山路(やまみち)にて多勢(たせい)といどむ事なれバ四犬士(しけんし)四処(よとこ)に立別(たちわか)れ敵(てき)を追捨(をひすて)(をひ)まくりておもひ/\に落行(おちゆく)にぞ行衛(ゆくえ)も知らずなりにけり。爰(こゝ)に又小文吾(こふんこ)ハ猛火(もうか)の爲(ため)に思(おも)はずも敵(てき)の囲(かこひ)を遁(のか)れし時(とき)(こゝろ)の中(うち)に思(おも)ふやう。我(わが)(あづ)かりし曳手(ひくて)單節(ひとよ)を馬(うま)共侶(もろとも)に木の下(もと)へつなぎ置(おき)しが今にもあれ彼(か)の木に猛火(めうくわ)もへうつらバ馬(うま)ハ元(もと)より姉妹(はらから)のやみ/\命(いのち)を落(おと)すべし囲(かこみ)の」29(とけ)しを幸(さいは)ひに先(まづ)姉妹(けうだい)をすくはんともゆる木草(きぐさ)を踏分(ふみわけ)/\彼(かの)(き)の夲(もと)へと走(はし)り行(ゆく)。當下(そのとき)曳手(ひくて)單節(ひとよ)(ら)ハ敵(てき)の物音(ものおと)母屋(おもや)の猛火(めうくわ)(かく)てハ舅姑(しうとしうとめ)も主人(しゆじん)を始(はじ)め五犬士(こけんし)も遁(のが)れがたくやおはすらん。死(し)なバ共(とも)にと思(おも)へとも幾重(いくへ)かからみ付(つけ)られしその麻索(あさなは)の詮方(せんかた)なく馬(うま)ハ猛火(めうくわ)に駭(おどろ)きて踊(をど)り狂(くる)へバ姉妹(けうだい)ハこハさかなしさうち交(まぜ)て死(し)ぬも死(し)なれず鞍壺(くらつほ)に伏重(ふしかさ)なりつゝ居(ゐ)る折(をり)しも夫(それ)と見付(みつけ)て敵(てき)の雑兵(ざうひやう)よきもの得(ゑ)たりと二三人馬(うま)の端綱(はづな)に手(て)を懸(かけ)て奪(うば)ひ行(ゆか)んとする処(ところ)へ小文吾(こぶんご)すかさず走付(はせつき)てあはやと斗(ばか)り抜撃(ぬきうち)に前(さき)に進(すゝ)みし雑兵(ざうひやう)の肩先(かたさき)はつしと〓)(きり)さけバ殘(のこ)る二人ハ驚(おとろ)きながら刄(やいば)を抜連(ぬきつれ)(きつ)てかゝるを右(みぎ)と左(ひだ)りへひき請(うけ)て戦(たゝか)ふはづみに木(き)の下(もと)なる馬(うま)の端綱(はつな)をはたと〓(き)る。切(き)られて馬(うま)ハ姉妹(けうだい)を乗(のせ)〔せ〕たるまゝにぬけ出(いで)て東(ひかし)をさして走(はせ)(ゆく)にそ止(とゞ)む」 る雑兵(さうひやう)ひらめかす刄(やいば)に左右(さゆう)へ〓(きり)(たふ)し見(み)かへりもせず放(はな)し馬(うま)の跡(あと)をしたふて追行(おひゆき)ける。斯(かゝ)る騒(さは)ぎを幸(さいは)ひに此処(こゝら)の野武士(のぶし)六七人落人(おちうど)を刎取(はきと)らんと東(ひかし)の路(みち)にあつまりしが彼(かの)放馬(はなれうま)を見(み)るよりも各々(をの/\)(みち)に立(たち)ふさがりとり止(とゞ)めんとしたりしに馬(うま)ハしきりに猛(たけ)り狂(くる)ふて近(ちか)よる者(もの)を噛伏(かみふせ)蹴倒(けたふ)し勢(いきほ)ひ猛(たけ)く走行(はせゆく)にぞ忽(たちまち)四五人馳倒(かけたふ)されのこるは僅(わづか)二人なりしが腰(こし)に付(つけ)たる鳥銃(てつぽう)の火盆(ひぶた)をきれバあやまたず馬(うま)の後(しりへ)を撃抜(うちぬか)れ四足(しそく)を折(をり)て臥(ふし)けれバ仕濟(しすま)したりと鳥銃(てつほう)(なげ)すて槍(やり)おつとり走(はし)り行(ゆか)んとする折(をり)しも怪(あやし)むべし二ッの陰火(おにび)何處(いつこ)とハなくひらめき来(き)たり。臥(ふし)たる馬(うま)の頭(かしら)のあたりへ落止(おちとゞま)るよと見る程(ほど)に馬(うま)ハむつくと起上(おきあが)り又(また)走出(はせいだ)す勢(いきほ)ひハ始(はじめ)に増(まし)てはやけれバあれよ/\といふ間(ひま)に行衛(ゆくゑ)ハ見(み)へすなりにける。當下(そのとき)犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)ハその辺(ほと)り迄(まで)(おひ)かけ來(きた)り」30(はるか)に馬(うま)の撃(うた)れしさま陰火(いんくは)の竒特(きどく)に駭(おどろ)きつゝ尚(なほ)(かの)馬の行先(ゆくさき)まで追止(をひとゞめ)んと走來(はせきた)るを夫と見るより以前(いぜん)の野武士(のぶし)(やり)を捻(ひね)つて突懸(つきかく)るを右(みぎ)と左(ひだり)へ受流(うけなが)し破竹割(からたけわり)に〓(きり)すてゝ馬(うま)の行衛(ゆくゑ)をたづね行(ゆく)。斯(かく)てその日も墓(はか)なく暮(くれ)(そら)すみわたる夕月の影(かげ)ハ晴(はれ)てもはれやらぬ胸(むね)の曇(くも)りに小文吾ハ曳(ひく)手單節(ひとよ)が存亡(なりゆき)の如何(いかゞ)なりしとうちあんじ何処(どこ)(まで)も跡(あと)(お)ふて其(その)行先(ゆくさき)を見定(みさだめ)んとその夜ハ家に旅宿(やどり)をもとめ次(つぎ)の日東雲(まだき)に其処(そこ)を出て頻(しき)りに路(みち)を急(いそ)ぐにも往來(ゆきゝ)の行客(ひと)に馬の行ゑを余所(よそ)めかしく尋問(たづねと)へども便(たよ)りを得(ゑ)ざれバ心ならずも日を重(かさね)(く)るとハなしに武蔵(むさし)なる浅草寺(あさくさでら)に程近(ほどちか)き高屋(たかや)縄手(なはて)に來(きた)りし頃(ころ)(ひ)ハ疾(はや)西(にし)に傾(かたむ)きけり。斯(かゝ)る折(をり)しも前面(むかひ)のかたの一(むら)(しげ)りし稲邑(いなむら)かげよりいと大きなる手負(ておひ)野猪(じし)(たけ)り狂(くる)ふてをどり出(いで)此方(こなた)をさして走(はし)り來(く)る」
挿絵
【挿絵】〈小文吾(こぶんご)一挙(いつけん)〔拳〕に古猪(ふるゐ)をしとむ〉」31

にぞ小文吾(こぶんご)あなやと思へども右(みぎ)も左(ひだ)りも泥田(ふかだ)にて避隠(さけかくる)るにたよりなけれバ立(たち)ふさがりたる程(ほど)しもあらせず猪(しし)ハたけりて牙歯(きば)をいからし矢庭(やにわ)にかけんとする処(ところ)を小文吾ひらりと身(み)をおどらせ猪の背(そひら)へうち跨(またが)り左(ひだ)りに耳根(みゝね)をしかと〓(つか)み右(みぎ)の拳(こぶし)を握(にぎ)りかためて十(と)(こぶし)ばかり撃(うつ)(ほど)にさすがに猛(たけ)き古猪(ふるじし)なれど血(ち)を吐(はき)て死(しん)でけり。小文吾は塵(ちり)(うち)(はら)ひ笠(かさ)とり上(あげ)今宵(よひ)の宿(やど)りを求(もとめ)んと足(あし)をはやめて行程(ゆくほど)に見れバ途(みち)の真中(たゞなか)に手鎗(てやり)を〓(にぎ)りて倒(たふ)れし者(もの)あり。扨ハこの辺(へん)の獵師(かりうと)が先刻(せんこく)の猪(しし)を突畄(つきとめ)んとして牙(きば)にかけられたるものならん。幸(さいわ)ひにして手(て)を負(おは)ねバ蘇生(よみがへる)(こと)もあらんと懐中(くわいちう)より薬(くすり)とり出(いだ)し口(くち)に含(ふく)ませ辺(ほとり)の田水(たみづ)を紙にしたし是をも口へしぼり入れつゝ耳に口よせ呼生(よびいく)れバ暫(しばら)く有て眼(まなこ)を開(ひら)きうち駭(おどろ)きつゝ迯(にげ)んとするを小文吾(こぶんご)(きう)に抱(いだ)き止(と)め」32 ありし次弟(したい)を物語(ものかた)れバ彼(かの)(おとこ)ハ小文吾(こぶんご)に再生(さいせい)の恩(おん)を謝(しや)し打連(うちつれ)(だち)て倒(たふ)れし猪(しし)の辺(ほと)りへ赴(をもむ)きこれを見(み)つゝ彼(かの)獵師(かりうど)のいへるやうわれ等(ら)ハ阿佐谷(あさや)に住(すま)ふ鴎尻(かもめじり)の並(なみ)四郎とよべる者(もの)なり。けふしも村長(むらおさ)より此(この)古猪(ふるゐ)を仕畄(しとめ)なバ三貫文(くわんもん)の賞銭(ほうび)をくれんと觸(ふれ)られたれバ我(われ)仕畄(しとめ)んとてかくのふかく命(いのち)も既(すで)に危(あやう)きを斗(はか)らずおん身(み)の助(たすけ)に依(よ)りて命(いのち)を拾(ひろ)ひしのみならずかゝる得物(ゑもの)のありし事も皆(みな)(これ)おん身(み)の賜物(たまもの)也。せめてもの御(ご)(おん)(ほう)じにこよひの旅宿(おやど)(つかまつ)らん。某(それがし)ハおん跡(あと)より猪(しし)を引(ひき)ずり村長(むらおさ)(かり)(おもむ)くなれバ彼処(あしこ)に見(み)ゆる鳥越山(とりこへさん)を左(ひた)りにとり尚(なほ)三四丁ゆき給はゞ箇様々々(かやう/\)の孤舎(はなれや)あり。畄守(るす)にハ舩虫(ふなむし)といへる妻(つま)一個(ひとり)(ゆき)て子細(しさい)を告(つげ)給はゞ拒(こば)むべくハあらねども若(もし)(うたが)はゞ不弁(ふべん)なるべし。是(これ)を證処(あかし)に持行(もちゆき)て我等(われら)がかへりを待(まち)給へと腰(こし)に付(つけ)たる火打袋(ひうちふくろ)をわたすを小文吾(こぶんご)請取(うけとり)て悦(よろこ)びを述(のべ)立別(たちわか)れ阿佐谷(あさや)をさして赴(おもむく)〔く〕にぞ」
挿絵
【挿絵】〈悪漢(わるもの)旅人(りよじん)を害(がい)さんとして却(かへつ)て首(かうべ)を失(うしな)ふ〉」33

(きゝ)しに違(たが)はぬ放(はな)れ屋(や)あり。爰(こゝ)なるべしと呼門(おとな)へバ中(うち)より妻(つま)の舩虫(ふなむし)が紙燭(しそく)を照(て)らし立出(たちいづ)るにそ小文吾(こぶんご)ハまづ我名(わがな)をなのり事(こと)の子細(しさい)を告知(つけし)らせて火打袋(ひうちぶくろ)を見(み)するにそ舩虫(ふなむし)ハ笑(ゑま)し氣(げ)に恩(おん)をしやし足(あし)を浴(そゝ)がせ一(ひとま)へ伴(ともな)ひ湯(ゆ)をつかはせ夕飯(ゆうげ)をすゝめさま%\管待(もてなす)ほとにはや亥(ゐ)の刻(こく)に及(をよ)びけれバ舩虫(ふなむし)ハ臥床(ふしど)をもふけ小文(こふん)吾を休息(やすま)せつゝ次(つぎ)の間(ま)へとぞ出行(いでゆき)ける。小文吾(こぶんご)ハ辞(いなみ)がたさに臥床(ふしと)にハ入(い)りしかど蚤(のみ)に攻(せめ)られ蚊(か)にわめかれ寐(ね)られぬ儘(まゝ)につく%\と此(この)(や)の様子(やうす)を考(かんが)へ見(み)るに心得(こゝろへ)がたきさまなれバ一人(ひと)思案(しあん)のその中(うち)に昼(ひる)のつかれを覚(おぼ)へけん寐(ね)るとハなしにまどろみしが胸(むね)うち騒(さは)ぐに駭(おどろ)き覚(さむ)れバ行燈(あんどう)の火(ひ)ハいつしか消(きへ)て定(さだ)かにハ見(み)へねども傍(かたへ)の壁(かべ)の崩(くづ)れより誰(たれ)やら人の入(いり)來た様子(やうす)。扨(さて)ハ主(あるじ)の畄守(るす)を考(かんが)へ一個(ひとり)(たび)ぞと侮(あなど)りて殺(ころ)して物(もの)をとらんとする盗賊(とうぞく)に」34(うたが)ひなしと刀(かたな)をとつて腰(こし)に横(よこ)たへ夜具(よぎ)の中(なか)へハ旅包(たびづゝみ)を自己(わが)(ね)し如(ごと)くいれ置(おき)て〓(かや)のすみより這出(はひいだ)し息(いき)をも継(つか)ず片(かた)すみにやうす如(い )何にと待(まつ)とも知(し)らず件(くだん)の壁(かべ)の破崩(やぶれ)より忍(しの)び入來(いりく)る曲者(くせもの)が暫(しば)し寐息(ねいき)を考(かんがへ)て〓(かや)の上より踏股(ふみまたが)り彼(かの)行包(たひづゝみ)を指(さし)とふす刄(やいば)の光(ひか)りを目當(めあて)として小文吾(こぶんご)(すか)さず飛(とび)かゝり抜手(ぬくて)(するど)き太刀風(たちかぜ)に水(みづ)もたまらず曲(くせ)ものが首(くび)ハ前(まへ)にぞ落(おち)たりける。當下(そのとき)小文吾(こぶんご)(こゑ)ふり立(たて)内室(うちかた)(はや)く起出(おきいで)給へ。盗人(ぬすびと)を撃畄(うちとめ)しぞ燈(あかし)/\と呼立(よびたて)られうろたへたる歟(か)(で)て来ねば小文吾(こぶんご)しきりに呼立(よびたつ)(ほど)に暫(しばら)く有(あり)て稍(やうやく)に行燈(あんどん)引提(ひきさげ)(はし)り出(いで)たる燈(あかり)にはじめて撃(うち)(おと)せし彼(かの)曲者(くせもの)の首(くび)を見(み)るに並(なみ)四郎にて有(あり)しかバこハ/\如何(いか)にと小文吾(こぶんご)ハ呆(あき)れて更(さら)にことばなし。このありさまを見(み)るよりも舩虫(ふなむし)ハ只(たゞ)(さめ)%\と涙(なみた)に暮(くれ)て居(ゐ)たりしが喃(のう)行客(おきやく)さま聞(きい)てたべ。妾(わらは)が為(ため)にハ夫(おつと)なれ」 ども欲(よく)に迷(まよ)ふて命(いのち)の親(おや)なるあなたの寐首(ねくび)をかゝんとせしその天罪(てんばつ)が身(み)に報(むく)ひ却(かへつ)てあなたに撃(うた)れしハせめてもの罪亡(つみほろぼ)し。恨(うら)めしなどゝハ一点(つゆほど)も思(おも)ふ心(こゝろ)ハ侍(はべ)らぬかし。面目(めんぼく)なやといひかけてまた泣(なき)しづめバ小文吾(こぶんご)も嘆息(たんそく)し此(この)(うへ)ハ村長(むらおさ)へ訴(うつた)へて所(ところ)の法(ほう)に任(まか)せ給へといはれて舩虫(ふなむし)なみだをとゞめそハもちろんの事(こと)ながら妾(わらは)が先祖(せんぞ)ハ名(な)ある武士(ふし)百姓(ひやくせう)までになりさがれど村長(むらおさ)までも勤(つとめ)し家(いへ)を血統(ちすじ)でも入夫(いりうど)の並(なみ)四郎ゆへ名(な)を汚(けが)されては先祖(せんぞ)へ立(たゝ)ず近所(あたり)へ外聞(くわいぶん)あなたの御心(みこゝろ)一ッにて今宵(こよ )の事(こと)ハ人(ひと)に知(し)らせず夜明(よあけ)を待(まつ)て立去(たちさり)給はゞ菩提所(ぼだいしよ)をいゝこしらへ村内(むらうち)へハ頓死(とんし)と告(つげ)て死骸(なきがら)を葬(ほふむ)らバ悪人(あくにん)ながらも夫(おつと)の悪名(あくめう)亡後(なきのち)までも世(よ)に知(し)られず。この儀(ぎ)を許(ゆる)し給はんやとかき口説(くどか)れて小文吾(こぶんご)ハうちうなつき兎(と)も角(かく)もし給へといふに舩虫(ふなむし)うち拝(おが)みてかゝる恩(おん)を受(うけ)ながらお別(わか)れ」35 もふさバいつか又(また)(ほう)ずる事のなるべきそ。わらはが家(いへ)に先祖(せんぞ)よりゆつり傳(つた)へし尺八(しやくはち)あり。せめてハ是(これ)をまゐらせんと納戸(なんど)のうちよりとり出(いだ)しわたすを小文吾(こぶんご)つく%\見(み)るに丈(なが)さ一尺八分ばかり黒漆(くろぬり)に樺巻(かばまき)したるに一首(いつしゆ)の歌(うた)を高蒔繪(たかまきゑ)にせし尤(もつとも)古代(こだい)の物(もの)と見(み)ゆれバその儘(まゝ)にさし戻(もど)すを舩虫(ふなむし)ひたすらに勸(すゝ)めてやまねバ然(しか)らんにハ再會(またあふ)日まで暫(しばら)く預(あづか)りもうさんといふに舩虫(ふなむし)うち祝(よろこ)び菩提所(ほだいしよ)へとて出(いで)て行(いく)。跡(あと)に小文吾(こぶんご)つく%\と一個(ひとり)思案(しあん)を巡(めぐ)らすに昨日(きのふ)高屋(たかや)の縄手(なはて)にて薬(くすり)をとり出(いた)すその折(おり)に沙金(さきん)の包(つゝみ)をとり落(おと)せしを此(この)(いへ)の主(あるじ)が目(め)に見(み)しゆへ報恩(ほうおん)をいゝ立(たて)に己(おのれ)が家(いへ)に伴(ともな)ひて殺(ころ)して金(かね)を奪(うば)はん為(ため)也。是(これ)にて思(おも)ひ合(あは)すれバ彼奴(かやつ)ハ年来(としころ)旅客(たびゝと)を殺(ころ)して路用(ろよう)を奪(うは)ひとる強盗(がうどう)なる事(こと)疑ひなし。さすればその妻(つま)舩虫(ふなむし)が口(くち)(さか)しげにいへバとて心(こゝろ)の中(うち)ハ斗(はか)りがたし。よしや悪心(あくしん)なきにも」
挿絵
【挿絵】〈舩虫(ふなむし)毒計(どくけい)をもて小文吾(こぶんご)( ち)〔道〕に畑上(はたがみ)が組子(くみこ)に生捕(いけどら)る〉」36

せよ出処不明(よろめう)の此尺八をいかでかハ受(うけ)置べきヲヽそれ/\と行包(たびづゝみ)より彼(かの)尺八を取出しつゝ傍(かたへ)なる袋戸棚(ふくろとだな)の中(うち)へいれ置身拵(みごしら)へしてまつ程に舩虫(ふなむし)ハ急(いそ)がはしく立戻(もど)れバ暇(いとま)を告(つげ)て小文吾ハわらじはきしめ立出つゝ牛嶋(うししま)のかたへ渡らんと河原(かはら)をさして赴(おもむ)きしがわらじの紐(ひも)のゆるみしをなほさんとして小腰(こゞし)を屈(かゞめ)たゝずむ後(うしろ)に窺(うかゞ)ふ捕手(とりて)左右前後(せんご)一同に捕(とつ)たと声をかけ組(くみ)つくを或(ある)ひハ蹴返(けかへ)し投退(なげのけ)れと他(た)人数(にんず)なれバ折重(かさな)りおさへて縄(なは)をかけたりける。小文吾ハ思ひがけなく斯(かゝ)る手込のいましめに怒(いか)れる声を振(ふり)立てこハいかなる狼藉(らうぜき)ぞや何ゆへの索目(なはめ)ぞといはせもあへず捕手の頭人(かしら)ヤア何ゆへとハ大膽(だいたん)なり。汝(なんじ)ハ昔(むかし)當家(とうけ)にて紛失(ふんじつ)なしたる嵐(あらし)山の尺八を隠(かく)し持(もつ)よし。それのみならず阿佐谷(あさや)の里人並(なみ)四郎が首(くび)打落し迯去(にけさ)らんとしたりしを主(あるじ)の女房(にようぼう)舩虫が汝をすかして家に畄(とめ)置村長(むらおさ)かたへ走(はし)り」37 來て縡(こと)の子細(しさい)を訴(うつた)へしに幸(さいは)ひ某(それがし)居合(ゐあは)せしゆへ忽地(たゞち)に組子を従(したが)へ來て爰(こゝ)に汝(なんじ)を待久(まつことひさ)し。かくいふハ千葉家(ちばけ)の眼代(がんだい)畑上(はたかみ)語路(ごろ)五郎高成(たかなり)が今ぞ洩(もら)さぬ天の網(あみ)(のが)れぬ場(ところ)ぞ白状(はくじやう)せよと圓(つぶ)ら眼(まなこ)にはたとにらめと小文吾はちつとも騒(さは)かずいはるゝ赴(おもむき)こゝろ得がたし。某ハ犬田小文吾と呼(よは)るゝ者。昨日云云(しか%\)の事にてはからず並(なみ)四郎が家に宿(やど)りしより箇様(かやう)/\と次弟(しだい)を乱(みだ)さずありし事ども譚(ものがた)るを後(うし)ろに立聞舩虫が喃(のう)殿達(とのたち)此盗人(ぬすびと)が口怜(さか)しくいへバとて證拠(せうこ)ハ包(つゝみ)をうちひらきて尺八を見そなはさバわらはが實(まこと)ハ明(あきら)かならんといふに頷(うなづ)く語路五郎包をひらけど笛ハなし。是ハいかにと語路五郎舩虫ハ猶更(なほさら)に呆(あき)れて言(ことば)も出ざりける。小文吾ハ左右を見まはしおの/\何と見給ふぞ。最前(さいぜん)舩虫しか%\といゝこしらへ笛を某に送(おく)りしかど心にそまねバ跡にて傍(かたへ)の戸棚(とだな)へ入置たり。思ふ件(くたん)の尺八ハ」
挿絵
【挿絵】〈常武(つねたけ)姦計(かんけい)小文吾(こぶんこ)を讒言(ざんけん)す〉」38

(なみ)四郎か盗(ぬすみ)とりしに領主(りやうしゆ)の詮義(せんぎ)(きび)しけれバ年來(としごろ)(ふか)く隠(かく)し置(おき)しを我(われ)に与(あた)へて此(この)(ふへ)の盗人(ぬすひと)なりと訴(うつた)へ出(いで)(おつと)の敵(あだ)を報(むく)はんとする女(をんな)がたくみとおほへたりといはれて畑上(はたかみ)はじめて悟(さと)りまづ四五人の組子(くみこ)(ら)に舩虫(ふなむし)をうち守(まも)らせ残(のこ)る組(くみ)子を村長(むらおさ)に案内をさせて舩虫(ふなむし)が家(いへ)のすみ/\見て來(こ)よといはれて忽地(たちまち)走行(はせゆき)しか暫(しはら)く有(あつ)て立帰(たちかへ)り件(くたん)の笛(ふゑ)を持來(もちきた)れハ語路(ごろ)五郎得(とく)と改(あらた)め寔(まこと)にたがはぬ當家(とうけ)の重宝(ちやうほう)。扨(さて)ハ件(くたん)の並(なみ)四郎か盗賊(ぬすみとり)しに紛(まき)れなしとことばの下(した)より舩虫(ふなむし)ハもふこれ迄(まで)とおとり出(いで)(かく)し持(もつ)たる出刄(でば)庖丁(ほうちやう)をひらめかしつゝ小文吾(こぶんご)に〓(きつ)てかゝるを索目(なはめ)ながら足(あし)を飛(とば)してはたと蹴(け)る當身(あてみ)にこらへず舩虫(ふなむし)が倒(たふ)るゝところを踏居(ふみすゆ)れハ組子(くみこ)とも面(をも)なけに八重(やえ)(なは)かけてぞひきすへける。語路(ごろ)五郎ハ小文吾(こぶんご)かいましめを手(て)づから觧(とい)てうや/\しく自己(みつから)のそこつを詫(わび)その勇力(ゆうりき)を賞(しやう)じつゝ舩虫(ふなむし)を呵嘖(かしやく)なし」37 て悪事(あくじ)の顛末(てんまつ)白状(はくじやう)させんと組子(くみこ)にさし圖(づ)の折(をり)しもあれ石濱(いしばま)の城主(じやうしゆ)と聞(きこ)へし千葉助(ちはのすけ)自胤(よりたね)ぬしハ狩装束(かりせうぞく)に弓矢(ゆみや)を携(たづさ)へあまたの勢子(せこ)を従(したが)へてこの場(ところ)まで來(き)かゝりしが畑上(はたかみ)が体(てい)を見(み)て子細(しさい)ぞあると問(とは)せ給へハ語路(ごろ)五郎ハ主君(しゆくん)に目見(まみ)へ並(なみ)四郎舩虫(ふなむし)(ら)が事(こと)小文吾(こぶんご)が智勇(ちゆう)の動(はたら)きはからず出(いで)たる笛(ふゑ)の事(こと)まで箇様(かやう)々々(/\)と告(つけ)まいらせ件(くたん)の笛(ふゑ)をさしあくれバ自胤(よりたね)(ふか)く悦(よろこ)び給ひ行客(たびゝと)犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)とやら多(おほ)くえがたき智勇(ちゆう)の武士(ものゝふ)その者(もの)浪人(らうにん)ならんにハ勸(すゝ)めて我(われ)に仕(つか)へさせよ。わが帰舘(きくわん)(まで)(あつ)く管待(もてなし)(とも)に舘(やかた)へ連行(つれゆき)て馬加(まくはり)大記(たいき)に子細(しさい)を告(つげ)(かれ)より我(われ)に言(いゝ)入るやう心得(こゝろえ)たるかとの給ひつゝ従者(ともひと)引倶(ひきぐ)し行過(ゆきすぎ)給へバ語路(ごろ)五郎ハ舩虫(ふなむし)を村長(むらおさ)にあづけ置(おき)組子(くみこ)二人(ふた)を石濱(いしばま)の城(しろ)へ遣(つかは)し當家(とうけ)の老臣(らうしん)馬加(まくはり)大記常武(つねたけ)やうす殘(のこ)らす告知(つげし)らせその使者(つかひ)の帰(かへ)る迄(まで)小文吾(こぶんご)を管待(もてなす)(ほど)にやかて使(つかひ)ハ立(たち)」 かへり馬加(まくはり)殿(どの)の仰(おほせ)にハ行客(たびゝと)犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)ハ語路(ごろ)五郎伴(ともな)ふて城中(じやうちう)へ帰(かへ)るべし。舩虫(ふなむし)ハその儘(まゝ)に預(あづ)け置(をき)明日(めうにち)獄舎(ひとや)へおくるべしとの下知(げぢ)なりといふに頷(うな)づく語路(ごろ)五郎ハまづ村長(むらおさ)に心(こゝろ)を得(ゑ)させ舩虫(ふなむし)を嚴(きひ)しくまもらせ小文吾を伴(とも)なひて石濱(いしはま)へとぞ赴(おもむ)きける。
○斯(かく)て語路(ごろ)五郎ハ小文吾(こぶんご)を将(ゐ)て石濱(いしばま)へ戻(もど)りし跡(あと)にハ指圖(さしづ)にまかせ村長(むらおさ)ハ百姓(ひやくせう)(ども)にうち交(まじ)りて彼(かの)舩虫(ふなむし)をまもる程(ほど)にその日も暮(くれ)て宵(よひ)の程(ほと)畑上(はたがみ)の下知状(げちじやう)とて下部使(しもべつかひ)の持來(もちく)るを村長(むらおさ)請取(うけとり)披閲(ひらきみる)に捕置(とらへおき)し舩虫(ふなむし)を連來(つれきた)れよとの事なれバ心得(こゝろへ)がたくおもへどもまづ使(つかひ)をハ先(さき)へ戻(もど)し百姓(ひやくせう)ばらに委細(いさい)を告(つけ)て燈松(たいまつ)より棒(ほう)(たづさ)へて舩虫(ふなむし)を中(なか)に取囲(とりかこみ)村長(むらおさ)(とも)十人あまり石濱(いしばま)さしていそぎつゝはや城(しろ)(ちか)くなりたる折(をり)しもかたへの茂林(もり)のかげよりもうち出(いだ)したる鳥銃(てつぽう)の音(おと)に駭(おどろ)く百姓(ひやくせう)ばらハあはてふためき迯(にげ)んとする時(とき)に面(おもて)を隠(かく)せし曲者(くせもの)40 四五人刄(やいば)をうち振(ふり)て撃(きつ)てかゝれバ村長(むらおさ)はじめ舩虫(ふなむし)を捨(すて)てから%\迯(にげ)(はし)りしか大切(たいせつ)の罪人(つみうと)ゆへさきに迯(にけ)たる百姓(ひやくせう)ばらハ大勢(たいぜい)をかり催(もよふ)し元(もと)の所(ところ)へ來(き)て見(み)れバ人影(ひとかげ)さへもあらずして草(くさ)の上(うへ)に切捨(きりすて)たれし捕索(とりなは)ばかり殘(のこ)りしかバ人々(ひと%\)(おもて)を見合(みあは)すのみ。また詮(せん)かたもあらさりける。夫(それ)より前(まへ)に語路(ごろ)五郎ハ小文吾(こぶんご)を伴(ともな)ふて石濱(いしばま)へかへりき。馬加(まくはり)大記(たいき)が宿所(しゆくしよ)に赴(おもむ)きこのよし取次(とりつき)を以(もつ)ていゝ入(い)るれハ大記(だいき)が指圖(さしづ)として小文吾(こふんご)ハ客(きやく)の間(ま)にて休息(きうそく)させよ。畑上(はたがみ)にハ對面(たいめん)すべしとありしかハ語路(ごろ)五郎ハ一(ひとま)に通(とふ)り主(あるじ)の出(いづ)るを待(まつ)(ほど)に日(ひ)(すで)に暮果(くれはて)しころ大記(だいき)(ひとま)に出來(いでき)たれバ語路(ごろ)五郎おそる/\一五一十(いちぶしゝう)を告(つぐ)るになん。大記(だいき)ハ聞(きゝ)て語路(ごろ)五郎が我(われ)にも告(つげ)ず中途(ちうと)において主君(しゆくん)に聞(きこ)へ上(あげ)たるのみならす笛(ふへ)をもその場(ば)てさし上(あげ)しハ我(われ)を侮(あなと)る仕方(しかた)なれば後日(こにち)に急度(きつと)沙汰(さた)すべし。して舩虫(ふなむし)ハと問(とひ)かへされて最前(さいぜん)村長(むらおさ)(かた)より伺(うかゞは)
挿絵
【挿絵】〈小文吾(こぶんこ)抑畄(よくりう)せられて常武(つねたけ)に謁(ゑつ)す〉」41

せしに犬田(いぬた)ハ疾(はやく)(つれ)(まい)れ。舩虫(ふなむし)ハ預(あつけ)おけとの御(お)指圖(さしづ)にしたがひきびしくいましめ彼処(かのところ)に畄(とゝ)めおきたりといふを大記(だいき)ハ聞(きゝ)あへすそハ如何(いか)なる間違(まちがひ)ぞや。わがいゝ付(つけ)しハ左(さ)にあらず。舩虫(ふなむし)をバ連(つ)れ來(きた)れ。犬田(いぬた)ハその儘(まゝ)村長(むらおさ)(かた)へ畄(とゞ)め置(おく)こそよからめといゝ送(をく)りしを何(なに)と歟(か)(きか)れし大切(たいせつ)なる科人(とがにん)を百姓(ひやくせう)どもに預(あづ)け置(おき)(もし)あやまちて取迯(とりにが)さハ笛(ふえ)共侶(もろとも)に紛失(ふんじつ)なしたる小篠(をさゝ)落葉(をちば)の御(おん)(ふたこし)(ふたゝ)び尋(たづぬ)る便(たよ)りハあるまじ。使(つかひ)に立(たつ)たる組子(くみこ)(ら)が聞違(きゝたか)へせしにもあれ三ッ児(みつご)も知(し)つたる理(り)の當全(とうぜん)そこに心(こゝろ)の付(つか)さるや。今(いま)より彼処(かしこ)へ赴(おもむき)て舩虫(ふなむし)を連帰(つれかへ)りはやく獄舎(ひとや)につなかずす(〔ハ〕)おこたりの罪(つみ)(のが)れがたし。あやまちあらバ其(その)(み)の上(うへ)ぞと叱(しか)りつけられ語路(ごろ)五郎ハ権威(けんい)におそれて言(こと)ばも出(いで)す。僅(わづか)にその身(み)の詫言(わひこと)しつゝやかて宿所(しゆくしよ)に立帰(たちかへ)り俄(にわか)に組子(くみこ)を取(とり)(あつ)め石濱(いしばま)の城(しろ)を出(いづ)るころハ彼是(かれこれ)と」42(ひま)どりて夜ハ疾(はや)四ッになりしかハ心しきりにいら立つゝ組子をいそがせ五六町も行(ゆき)しときあまたの人声聞へしかバ何者なるやととがむれバ阿佐(あさ)屋村の村長(むらおさ)が百姓(せう)どもと共侶(もろとも)に彼(かの)舩虫を取迯(とりにが)し詮方(せんかた)なさに彳(たゝずみ)て事の爰(こゝ)に及(およ)びしよしを恐(おそ)る/\物がたれハそれハとおどろく語路(ごろ)五郎ハ忽地(たちまち)聲をふり立てヤアうろんなる一言(ごん)かな。われハ決(けつ)して舩虫を連(つれ)來れとて下知状(ぶみ)をつかはしたる覚なし。その状(ぜう)あらバ疾(とく)見せよとせき立られて村長ハ懐中(ふところ)(たもと)をかきさがせど鼻(はな)紙さへもあらされば辺(あた)りうろ/\尋(たづ)ぬるにぞ語路五郎ハいら立つゝ噛(かみ)つく声をふり起(おこ)し大切(たいせつ)な科人(とがにん)を取迯したハ同類(どうるい)にかたらはれしや。さま%\の虚言(そらこと)もていひまぎらしこの場(ば)を迯んとするとてもいかでかハ遁(のが)すべき者共渠らを一人も殘(のこ)さず縛(しば)りあげよと烈(はげ)しき下知に村長はじめ十人余り珠(しゆ)43
挿絵
【挿絵】〈千葉(ちば)自胤(よりたね)の老黨(らうとう)粟飯原(あひばら)(おほど)胤度(たねのり)忠義(ちうぎ)(む)二の武士(ものゝふ)なりけるが逆臣(ぎやくしん)馬加(まくわり)大記(き)常武(つねたけ)が爲(ため)に毒計に落いり同藩(どうばん)(こみ)山逸東太(いつたうだ)縁連(よりつら)がために杉門の松原にて横死(わうし)なせしぞむざんなれ。此折千葉家(け)の重器(ちやうき)小篠(をざゝ)落葉の太刀と嵐(あらし)山の尺八ハ餘(よ)の盗賊(ぬすびと)に横(よこ)どりせられ縁連(よりつら)その場(ば)より逐轉(ちくてん)して後(のち)に扇ヶ谷定正(さだまさ)に仕(つか)へて竜山(たつやま)免太夫(めんだゆふ)と云(いふ)〉」

(ず)(つな)ぎにいましめつゝ石濱(いしばま)に追立ゆきその夜獄舎(ひとや)につながせけり。次の日畑上語路五郎ハ馬加(まくはり)大記が口上に問注所(もんちうしよ)へ呼れつゝ舩虫がこと問(とは)るゝにぞつゝむによしなく云々(しか%\)と縡(こと)の様子を物語れバ馬加ハ聞あへずされ バこそそこ許(もと)のなをざりの罪(つみ)いよ/\重(おも)し誰(たれ)かある語路五郎に索(なは)かけよと下知のしたより青侍(わかさむらひ)が語路五郎を高手にいましめやがて獄舎につなぎけり。されバ阿佐屋の村長と百姓共の妻子等ハ夫と聞よりおどろきかなしみ或は田を賣畑をうりひそかに馬加主従(しゆじう)に贈(をく)り物してさま%\に歎(なげ)き訴(うつた)へける程に凡一月ばかりをすぎて村長と百姓等ハ辛(から)くして免(ゆる)されしが語路五郎のみ赦免(しやめん)もなく獄舎の中にて果(はて)けるハ年來民(たみ)の油をしぼり身をうるほせし報(むく)ひと人皆噂したりとぞ。
○扨も千葉助自胤ハ失(うせ)て年經し嵐山」44 の尺八(しやくはち)(て)に入(い)りしかバその日ハ城(しろ)に帰(かへ)り給ひ彼(かの)犬田(いぬた)と歟(か)いふ浪人(らうにん)を何卒(なにとぞ)當家(とうけ)にとゞめんものと思(おも)ひつゞけ居(ゐ)給ふにぞその次(つぎ)の日(ひ)馬加(まくわり)大記(だいき)は一個(ひとり)奥殿(おくてん)にいたりつゝ自胤(よりたね)の前(まへ)に出(いで)犬田(いぬた)をさま/\とそしりなし彼(かの)小文吾(こぶんご)ハ敵國(てきこく)の間者(かんじや)にて候はんも斗(はか)りがたし。某(それがし)ぞんするにハまつ小文吾(こぶんご)を獄舎(ひとや)につなぎしもとを以(もつ)て嘖(せめ)こらしいよ/\敵(てき)の間者(かんじや)ならば首(くび)を河原(かはら)に〓梟(きりかけ)て當家(とうけ)の武威(ぶゐ)を示(しめ)さん事(こと)(これ)にましたることハあらじと言(ことば)(たくみ)に説破(ときやぶ)れば自胤(よりたね)(しば)しうちあんじ敵(てき)の間者(かんしや)か間者(かんじや)ならぬハ斗(はか)りがたき事ながら假初(かりそめ)にも功(こう)ある者(もの)に賞(しやう)ハあたへず獄舎(ごくや)につなぎて攻(せめ)(こ)らさんハよろしからず。縡(こと)の実否(じつふ)の知(し)るゝまでいつまでも畄(とゞ)め置(お)きなほざりならす管待(もてなさ)ハよしや敵(てき)の間者(かんしや)なりとも志(こゝろざし)〔を〕(ひるがへ)して我(われ)に従(したが)ふ事(こと)もあるべしと仰(おほせ)に大記(だいき)も拒(こば)みがたくしからバ今(いま)より小文吾(こぷんご)ハ」
挿絵
【挿絵】〈旦開野(あさけの)大記(たいき)か舘(やかた)に來(きた)りて田樂(でんがく)を舞(ま)ふ〉」45

(それがし)に預(あづ)け給へしかと実否(じつふ)(たゞ)さんといふに自胤(よりたね)(よろこ)びてそこつの斗(はから)ひなきやうにとくれ%\誡(いまし)め給ふにそ大記(たいき)ハしぶ/\退(しりぞ)きける。
○犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)ハ彼(かの)日より大記(たいき)が家(いへ)に畄止(とゞめ)られ既(すで)に三日に及(をよ)べとも主(あるじ)ハ出て會(あい)もせす心(こゝろ)に深(ふか)く怪(あや)しみて胸(むね)(やす)からす思(おも)ふをりしも此家(このや)の老僕(おとな)柚角(ゆづの)九念二(くねんじ)と呼(よば)るゝ者(もの)(きやく)坐敷(さしき)に出來(いできた)り主人(しゆじん)大記(たいき)昵勤(ぢつきん)に間(いとま)なく宿所(しゆくしよ)に居(を)る日(ひ)の稀(まれ)なれハ御管待(もてなし)もおろそかならん。けふハすこしの間(ひま)を得(ゑ)たれハ對面(たいめん)いたさんとの事なり。いさ給へとてさきにたち小文吾(こぶんご)を伴(ともな)ひつゝ幾間(いくま)(か)(へだて)し奥坐敷(おくさしき)へ廊下(らうか)を傳(つた)ひて行程(ゆくほど)に大記(たいき)ハ美々(びゝ)しく装束(よそほひ)て床(とこ)を後(うしろ)に座(ざ)をしめたる右左(みぎひだり)にハ此(この)(や)の若黨(わかとう)渡辺(わたなべ)綱平(つなへい)坂田(さかた)金平太(きんへいだ)臼井(うすゐ)貞九(さだく)郎卜部(うらべの)季六(すへろく)など呼(よば)れたるか二行(ふたかは)に居並(ゐなら)ひてこなたを白眼(にらん)でひかへたり。斯(かく)て大記(だいき)と小文吾(こぶんご)ハ初(しよ)對面(たいめん)の口儀(こうき)(をは)り大記(たいき)ハ主命(しゆうめい)といゝ」46(たて)小文吾(こぶんご)にうちむかひさま%\に狐疑(こぎ)をいゝかけ此上ハ今すみやかにおん身(み)を放(はな)ちやらん事ハ我力(わがちから)にて及(およ)びがたく氣永(きなが)く時を待(まち)たまへ。さすれバいつを限(かぎ)りともさだめがたき逗畄(とうりう)なるにけふより奥庭(おくには)の放(はな)れ坐敷(ざしき)をおん身の栖住(すまゐ)となさん程(ほど)に衣食(いしよく)ハ元(もと)よりなになりとも心付(こゝろづき)なき事あらバ必(かなら)ず遠慮(ゑんりよう)し給ふな。又(また)こそ對面(たいめん)すべけれといひ果(はて)て身を起(おこ)し静(しづか)に奥へ入(い)る程に小文吾(こぶんご)も大かたハ大記(たいき)が所存(しよぞん)を悟(さと)りし故(ゆへ)(ろん)ハ無益(むゑき)と争(あらそ)はず。彼(かの)九念二(くねんじ)に誘引(いざなは)れ放(はな)れ坐(ざ)しきに赴(おもむ)きてより三度(ど)の食(しよく)を男(を)の童(わらは)が贈(おく)り來(き)たるより外(ほか)ハ月の中(うち)に一二度(ど)の庭(にわ)のそうじに下部(しもべ)(ら)か入(い)り來(く)るのみにして談(はなし)相手(あいて)になる者(もの)なく身(み)ハ捕(とら)はれに異(こと)ならず。心(こゝろ)ともなく過(すぎ)ゆく月(つき)を止(とゞ)めかねたる小文吾ハ空(そら)うち詠(なが)め嘆息(たんそく)しさいつ頃(ごろ)荒芽山(あらめやま)の厄難(やくなん)にて別(わか)れし友(とも)の」
挿絵
【挿絵】〈毛野(けの)(をんな)田樂(でんがく)と変(へん)じて年来(ねんらい)の宿望(しゆくもう)を達(たつ)す〉」47

生死(いきしに)も曳手(ひくて)單節(ひとよ)がなりゆきも夢(ゆめ)にだも知(し)るよしなく夫(それ)のみならで旧里(ふるさと)の父(ちゝ)の事(こと)(をひ)親兵衛(しんべゑ)か事さへも思ひ絶(たへ)ねバ樂(たのし)まず。是(これ)(みな)大記(だいき)が我(われ)を妬(ねたみ)(しゆう)のことばにかこつけてかゝる憂目(うきめ)を見するなるべし。此(この)(や)の造(つく)りざま三方(さんぼう)ハ高塀(たかべい)にてあなたにちいさき中門(ちうもん)あれども外(そと)より(より)(かた)く戸(と)ざしたれバ有(あれ)とも無(なき)に異(こと)ならず。あの門一ッ押(おし)(やぶ)りて出んことかたくもあらぬ業(わざ)なれども此処(このところ)さへ鎖(とざし)をゆるめず城門(じやうもん)へハなほ嚴(きび)しからんをなまじゐなる事仕出(しいだ)して捕(とら)へられなバ耻(はぢ)のはぢ如何(いか)にやせんと身(み)一ッ(ひとつ)におもひかねてハ飛鳥(とぶとり)のつばさなき身を恨(うら)むのみまた詮方(せんかた)もなかりけり。

公羽堂      

 伊勢屋久助版

英名八犬士六編48

刊記



#「人文研究」第37号(千葉大学文学部、2008年3月31日)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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