『英名八犬士』(二) −解題と翻刻−
高 木  元 

【解題】

 一年空いてしまったが、今回は(二)として魯文の切附本『英名八犬士』三編と四編を紹介する。

 本作は、前回(一)の解題で触れた通り曲亭馬琴『南総里見八犬伝』の抄録(ダイジエスト)なのであるが、その方法については一考の余地があろう。基本的には原本の本文を切り貼りしているのであるが、魯文が原本一〇六冊を所蔵していたとは考えにくい。読本は貸本屋で借りて読むのが普通であった高価な本だからである。貸本屋もしくは板元(伊勢屋忠兵衛)から借りて作業をしていたものと想像されるが、とすれば実際的には〈書き抜き〉という方法に拠って本文を作成していたに違いない。出来るだけ本文を短くするために、繰り返して述べられることや考証などを削除するのは当然として、なくしても意味の通じる助詞などを極力省き、さらに会話文の中途で別の話者の話している部分に繋げてしまうなど、それなりに工夫して、内容的には連続性をもって読めるような本文を作成しているのである。散見される誤字脱字や衍字なども、その作業の過程で生じたものであろうか。また、振仮名についても原本が総ルビなのに対してパラルビとなっているが、何度も出てくる犬士の名前に振仮名を付しながらも、難読だと思われる漢語に振仮名がなかったりする。これは馬琴が原本を執筆する時のように、本文を書いてから後で振仮名を付していくという過程を経たからであろうか。

 稿本が残されていないので実際的なことは不明であるが、近世後期の仕来りから考えて挿絵の画稿も魯文が描いていたものと思われる。原本に存する場面は、ほぼ準拠した絵柄を踏襲しているが、新たに書き加えられた絵柄も少なくない。また、口絵挿絵に入れられる詩句や顛詞などにも「埜狐」などと魯文の別号が書かれていることが多く、画稿が魯文の手になることを証していると思われる。

 なお、三編は原作の第三輯二十七回から第四輯三十三回半ばまで、四編は原作第四輯三十三回の続きから三十七回の半ばまでに相当する。

【書誌】
 英名八犬士 三編

書型 錦絵風摺付表紙、中本一冊(四十八丁)
外題 「英名八犬士/三編/直政」
見返 「えいめいはつけんし/三へむ」
序  「安政二乙卯夏/戀岱 愚山人筆記」[ロ文事]
改印 [辰二][改](安政三年二月)
内題 「英名八犬士三編/江戸 鈍亭魯文鈔録」
板心 「八犬士三編」
画工 「直政」(外)
丁数  四十八丁
尾題 「英名八犬士(ゑいめいはつけんし)三編」「鈍亭主人録」[呂文]
板元 「東都神田松下町 書房 公羽堂壽梓」[伊勢忠](四十八丁裏)
底本  架蔵本。

 英名八犬士 四編
書型 錦絵風摺付表紙、中本一冊(四十六丁)
外題 「英名八犬士(えいめいはつけんし)/四編」
見返 「英名八犬士 四篇」
序  「走馬燈(まはりとうらう)/筆記せる者ハ戀岱の愚山人なりけり」
改印 [辰四][改](安政三年四月)
内題 「英名八犬士(えいめいはつけんし)四編/鈍亭魯文鈔録」
板心 「八犬士四編」
画工 「一容齋直政画」(外・挿絵)
丁数  四十六丁
尾題 「英名八犬士四編
板元 「神田松下町 伊勢屋忠兵衛版」(四十六丁裏)
底本  架蔵本
備考  架蔵本に欠けている表紙と見返の図版は国文学研究資料館本に拠る。なお、錦絵表紙本四編の大部分の丁は初板袋入本の被せ彫りだと思われ、本文や挿絵に若干の異同がある。
諸本【初板袋入本】二松学舎・服部(初〜五、八)【改修錦絵表紙本】国文学研究資料館(ナ四/六八〇)・館山市立博物館・江差町教育委員会(初二三五六七)・林・松井(三四、一〜二丁欠品川屋久助板)・山田(八)・高木(初二三六)【改題改修袋入本】国学院・向井・高木(三〜八、七八、四)。外題『里見八犬伝』、序と口絵を削り、新に口絵一図(半丁)を加え、内題に「里見八犬伝/曲亭馬琴識」と入木。架蔵本一本八編の後表紙見返に「日本橋區/馬喰町二丁目/壹番地/文江堂/木村文三郎」とある。

【凡例】
一、基本的に底本の表記を忠実に翻刻した。濁点や振仮名、仮名遣いをはじめとして、異体字等も可能な限
  り原本通りとした。これは、原作との表記を比較する時の便宜のためである。
一、本文中の「ハ」に片仮名としての意識は無かったものと思われるが、助詞に限り「ハ」と記されたもの
  は、そのまま「ハ」とした。
一、序文を除いて句読点は一切用いられていないが、句点に限り私意により「。」を付した。
一、大きな段落の区切りとして用いられている「○」の前で改行した。
一、丁移りは 」で示し、裏にのみ 」15 のごとく数字で丁付を示した。
一、明らかな衍字には〔 〕を付し、また脱字などを補正した時は〔 〕で示した。
一、底本には架蔵本を用い、架蔵本に欠けている四編の表紙と見返の図版に限り、国文学研究資料館蔵本に
  拠って補った。また、四編では多くの丁で被せ彫りによる改刻が行われているが、挿絵の背景に相違が
  ある一図(十二ウ十三オ)のみ服部氏蔵本に拠った。


【三編表紙】
 英名八犬士 三編 直政

【表紙】
表紙

【見返・序】
見返
 えいめいはつけんし/三へむ

 一犬當戸鼠賊不能進矣犬乎犬乎勝於猫兒似乕
   ぬは玉の夜をもる犬ハ猫ならて
     あたまのくろきねすみはゝかる

嗚呼(あゝ)(めう)なるかも本傳(ほんでん)九集(くしう)局結(けつきよく)(まさ)に百六巻(もゝむまき)新竒(しんき) 極至(こくし)の意味(いみ)深長(しんちやう)善惡(ぜんあく)應報(おうほう)勸懲(くわんてう)のいたるところ およそ江湖中(かうこちう)許多(きよた)の稗史(はいし)八犬傳(はつけんでん)の右(みぎ)に出(いつ)るハあらしと思ふ。
  安政二乙卯夏
[改][辰二]

戀岱 愚山人筆記[ロ文事]

【口絵第一図】1
口絵第一図
犬塚(いぬつか)信乃(しの)戌孝(もりたか)
両虎(りやうこ)深山(しんさん)に挑(いと)むとき錚然(しやうせん)として 風(かせ)(おこ)り二龍(りう)青〓(せいたん)に戰ふとき 沛然(はいせん)として雲(くも)(おこ)る二犬士(けんし)芳流(ほうりう)(か )上に死(し)を争(あらそ)ひし未曾有(みそう)の晴(はれ)(わさ)武藝(けい)勇悍(ゆうかん)(おと)らす勝(まさ)す 實(げ)に一双(さう)の名(めい)玉すら嗚呼(あゝ)(おしむ)へし 未(いまた)(これ)を知る卞和(へんくわ)なき事を 賛詞[文]

【口絵第二図】2
口絵第二図
犬飼(いぬかい)見八信道(のぶみち)」1」2
(ろ)に替(かわ)るまてハ舩にも扇(あふき)かな 愚山人[呂][文]

【本文】

英名八犬士三編

江戸 鈍亭魯文鈔録 

網干(あぼし)左母二郎(さもじらう)ハ蟇六(ひきろく)が老僕(おとな)背介(せすけ)に行合(ゆきあひ)今宵(こよひ)荘官(せうくわん)(がり)壻入(むこいり)のあるよしをうち聞て驚(おどろき)あきれて憤激(ふんげき)ししばらく奸智(かんち)をめぐらしつゝ心に思ふよしや有けん。俄(にはか)に要用(やうよう)の事ありとて些(ちと)の家具(かぐ)衣裳(いしやう)を沽却(うりしろ)なしてこれを路費(ろよう)としつ行装(たびよそほ)ひを整(とゝのへ)て心(こゝろ)かまへをしたりける。さる程に濱路ハ既に必死の覚期(かくご)を氣色(けしき)にハ顕(あらは)さずこの形勢(ありさま)に二親(ふたをや)ハ心放(こゝろゆる)しつ。黄昏時ハいとゝしくいそがはしさに紛れてその日(ひ)(くれ)(はて)つ。初更(しよかう)(ちか)づく甲夜暗に濱路ハ臥房を脱出(ぬけいで)てこゝは納戸(なんど)の背庭にて頽たる假山あり。夏樹(なつき)の繁枝(しげりえ)(かり)も拂(はら)はず人のかよはぬ処(ところ)なれバ用意(ようゐ)の繊帶(くみおび)引伸(のば)し松ヶ枝に投かけてはや經(くひ)れんとする程に彼左母二郎はこの」3 折に蟇六(ひきろく)が家の築垣(ついがき)の朽(くち)たるところよりしのびいり假(つき)やまのほとりに到(いた)れバ前面(むかひ)に女子(をなご)の泣音(なきこゑ)す。うち驚(おとろ)きて透(すか)し見れハ別人ならぬ濱路(はまぢ)なり。天の與(あたへ)と歡(よろこ)びて矢庭(やにわ)に襟上(ゑりがみ)掻〓(かきつかみ)手拭(てぬぐひ)(はま)する猿〓(さるくつわ)小腋(わき)に楚(しか)と掻込(かいこん)で松ヶ枝(まつがえ)傳ふて将て去(さり)ぬ。かゝりし程に庖厨(くりや)にハ式(しき)の用意(ようゐ)(とゝのひ)しかバ蟇六(ひきろく)夫婦は濱路(はまぢ)を呼(よぶ)に他地(いづち)へゆきけん影(かげ)もなし。こハ一大事に及(およ)びたりとて忙然(ほうぜん)として有けるが蟇六(ひきろく)(にはか)に心づき左母二郎(さぼじらう)か宿所(しゆくしよ)にありや疾(とく)見て来(こ)よと小厮(こもの)を走(はし)らすに却(やが)て走(はせ)かへり左母二郎が逐電(ちくてん)せしさまを告るに夫婦(ふうふ)ハ遺恨(いこん)に堪(たへ)すして俄(にわか)に僕僮(をとこ)(ども)を召聚(よひつどひ)両三人を一隊(ひとくみ)に四方へ追(おつ)手を出(いた)しやりつ。まづさし當(あた)る今宵の婚姻(こんいん)はや壻入(むこいり)に程もなし。その折濱路を将(い)て来(こ)すハ何とかいはんと屈託(くつたく)の頭(かうべ)を倶(とも)に病しけり。浩所(かゝるところ)に土太郎は神(か)」 宮川(にはかは)の辛苦銭(ほねおりちん)を不足(ふそく)とし彼(かの)荘官(せうかん)を豪求(いたぶり)て酒價(さかて)を得ばやと入来れバ蟇六(ひきろく)ハ心に歓(よろこ)び今宵(こよひ)の訳(わけ)を箇様(かやう)/\と辞(ことば)せわしく説(とき)示しかれら二人りを追禁(おひとめ)て引搨(ひきずり)きたらバ辛労銭(ほねおりちん)多少を論(ろん)ぜす。たのむ/\と相譚(かたらへ)バ土太郎聞てうち点頭(うなづき)いで追禁(おひとめ)んと出んとすれバ蟇六ハ挿替(さしがへ)の一刀をとう出てわたすを拿(とつ)て腰(こし)に跨(おび)(とぶ)がごとくに走去けり。

○話分両頭(こゝにまた)寂寞(しやくまく)道人(どうじん)肩柳(けんりう)といふ行者ありけり。嘗(かつ)て薪(たきゞ)を積(つみ)て烈火(れつくわ)を踏(ふむ)に自若(じじやく)として焼爛(やけたゝる)ることなし。諸國(しよこく)の靈山(れいざん)名勝(めいせう)をいく遍(たび)となく登陟(とうしよく)し神人(しん%\)異物(いぶつ)に邂逅(かいこう)して不老の術(じゆつ)を得(え)たりとなん。現(げに)その為体(ていたらく)烏髪(くろきかみ)長髯(なかきひげ)なほ壯年の人の如し。しかれども百年(ひやくねん)前の事迹(じせき)を問ふに應答(おふたう)眼前(まのあたり)に見たるごとく説示(ときしめ)さゞる事のなけれバ人僉(みな)敬信(きやうしん)感服(かんふく)せり。又左の肩尖(かたさき)に一塊(いつくわい)の瘤(しびね)あり」4 けり。これによりてその形體(かたち)(なゝめ)なり。かくてこの夏肩柳(けんりう)は豊嶌郡(としまこほり)に鳴錫(めいしやく)して愚民(くみん)等に示(しめ)すやう來ぬる六月十九日申の下剋日没(ほつ)の時に丁りて將(まさ)に火定(くわしやう)に入らんとす。その地ハ豊嶋(としま)本郷(ほんこう)のほとり圓塚(まるつか)山の麓(ふもと)なるへし。深信(しん/\)有縁(うゑん)の道俗(とうそく)ハおの/\一束(そく)の柴を布施(ふせ)して來會(くわい)せよと徇(ふれ)たりける。かくて尊信(そんしん)の里人等ハ肩柳(けんりう)が指揮(さしつ)に隨(したが)ひ圓(まる)塚山の麓なる茅萱(ちかや)を芟拂(かりはら)ひ一坐の土壇(とたん)を築(つき)立つ廣(ひろ)く穴を穿柴(しは)(あまた)(なけ)入たり。さる程にその日にもなりしかハ寂寞(じやくまく)道人肩柳はその打扮(たち)異様(いやう)にして觀念(くわんねん)の眼(まなこ)を閉(とち)たる讀經(とくきやう)の音声濁(にこ)らず涸(か)れす。をり/\人を視(み)る眼光(まなこさし)いと凄(すさま)し。壇下(たんか)にハ被(をち)〔彼〕此の老弱(ろうにやく)男女群参(くんさん)して人ならぬ処もなし。かくてはや黄昏(たそかれ)ちかくなりしかハ豫(かね)てこゝろを得たる者件の柴(しば)に火を放(はな)てハ煽(せん)々として燃揚(もへあか)る暑中(しよちう)の猛火(みやうくわ)におそれ」
挿絵
〈網乾(あほし)荘官(せうくわん)か假山(つきやま)に忍(しの)んて蜜(ひそか)に節婦(せつふ)を畧奪(りやくたつ)す〉」5 」
(まと)ひて壇(たん)のほとりにある者ハ散動(とよめき)(たつ)て退(しりそ)きけり。當下肩柳(けんりう)ハ霎時(しはし)(ねん)して壇(たん)下を直下(みをろ)し財宝(さいほう)棄捐(きゑん)を説(とき)(すゝむ)る声(こゑ)の中より群集(くんしゆ)の老弱(らうにやく)火坑(くわかう)を望(のぞき)て擲(なけう)つ錢ハ幾(いく)十百といふをしらす。その銭既(すて)に投(なけ)をはれは肩柳自葬(しそう)の引導(いんとう)して声高やかに偈(け)を説(とき)つゝ煽(せん)々たる猛火(めうくわ)の中へ身を跳(おと)らせて投(とひ)入れハ火〓(ゑん)(はつ)と立冲(のほ)り膏(あふら)(わ)き宍(しゝむら)(こか)れ骨もとゝめす倏忽(たちまち)に灰燼(くわいしん)となりて失にけり。

○さる程に初夜(しよや)過て人散跡(ちりあと)へ小挑灯(てうちん)行轎(たひかこ)の窓(まと)に提(さけ)つゝ引添(そふ)て歩をいそかし來るものハ則網乾(あほし)左母(さも)二郎なり。嚮(さき)に濱路(はまち)を豪奪(わりなくかすめ)て途に行轎(かご)を傭(やと)ひつゝそかまゝ間(こ)道を乱走(らんそう)して岐蘇路(きそち)を京へ入らんとて圓塚(まるつか)を過(よき)るになん。そをかく二人の轎夫(かこかき)ハなほ滅残(きえのこ)る火定(くわしやう)の火光(ほかけ)をよるへに間近く扛(かき)すえて左母二郎に酒價(て)をねたりかけるにそ」6 これもてゆきねと懐中より両〓(ふたさし)の銭とり出(いだ)しわたすを受ず両人齋(ひとしく)一足(ひとあし)(ふみ)ならして息杖つきたて女ハさらなり腰(こし)なる盤纏(ろよう)も衣ぐるみ脱(ぬい)で亡(なく)なれと訛声(たみこゑ)高く左右より哮(たけ)りかゝれハ抜打に晃(きら)りと被(あび)せる刄の雷光(いなつま)打込(うちこむ)息杖(いきつえ)(うけ)ながし二三合戦(たゝか)ふ程(ほど)に轎夫(かこかき)二人ハ駈悩(かけなやま)されて手疵(てきず)に〓〓(よろめく)めつた打(うち)網干(あほし)が刄ハ名(な)にしあふ村雨(むらさめ)の宝刀(みたち)なれバ打振(うちふる)(ごと)に水氣(すいき)たちて八方(はつほう)に散(さん)乱し茅萱(ちかや)にうつりし火(ひ)ハきえつ。足下暗くなるものから左母二郎(さほしらう)ハかろうして轎夫(かごかき)二人をたゝみかけ血刀(ちかたな)引提(ひきさげ)て吻(いきつ)く折(をり)土太郎ハ稍(やゝ)追蒐(おつかけ)きつ。滅残(きえのこ)る火に透(すか)し見て声(こゑ)をもかけず背(うしろ)より打込(うちこむ)刄に身を反(ひね)り草(くさ)を蹴(け)ひらく奮撃(ふんけき)突戦(とつせん)。終(つい)に土太(どた)郎をも切倒(きりたふ)し刄を鮮血(ちしほ)を推拭(おしぬく)ふに生血(のり)をハ引(ひ)かで白露(つゆ)に濡(ぬれ)たり。左二郎(さしらう)ハ宝刀の竒特(きどく)に感嘆(かんたん)いよ/\浅からず」
挿絵
〈圓塚山(まるつかやま)の火坑(こう)に肩柳(けんりう)(しやく)を示(しめ)して終(つひ)に自焼(じせう)す〉」7 」
かくて轎の内に伏沈(ふししづ)む濱路(はまち)をやをら扶(たすけ)出してその縛(いましめ)を釋捨(ときすて)つ潜然(さめ%\)と泣沈(なきしつ)むを傍(かたへ)の株(くひせ)に尻(しり)をかけさま/\とかきくときいぬる夜(よ)神宮河(かにはかは)の漁猟(すなとり)のをり信乃(しの)を水中(すいちう)にて殺(ころ)さんとせし蟇六(ひきろく)夫婦(ふうふ)が蜜議(みつぎ)より村雨(むらさめ)の宝刀(みたち)を摺替(すりかへ)てたびねかしとたのまれしかど其(その)(おり)に信乃が刀(かたな)をわが刀室(さや)に納替(おさめ)つ。又わが刀ハ荘官の刀室(さや)に納(おさ)めつ。三方(みところ)(がへ)にかえて今(いま)まで持(もち)しことなど説示(ときしめ)し且(かつ)この宝刀(みたち)を室町殿(むろまちとの)に献(たてまつ)らバ数百貫の主(ぬし)となる立身(りつしん)(うたが)ひなきものなり。歎(なげ)きをとゞめてこの山(やま)をとくうち踰(こえ)給はすや負(おは)れ給ふか手を掖(ひか)んかいかにぞやと身をよせて背(そびら)を拊(なで)つ手(て)をとりつ辞巧(ことはたくみ)に慰(なぐさ)めけり。濱路(はまぢ)ハ涙(なみだ)(せき)あへずよに養親(おや)の奸曲(よこしま)と網乾(あぼし)が邪智(じやち)を聞(き)く間(から)にはじめの恨(うらみ)いやまして胸(むね)潰れたる有為(うゐ)轉変(てんへん)。いかで宝刀をとり復(かへ)して夢(ゆめ)になり」8 とも丈夫(おつと)にわたさんと思(おも)へバこゝろを奨(はけま)してやうやくに涙(なみだ)をおさめ網干(あぼし)が心にしたがふべき体(てい)にもてなし村雨(むらさめ)の宝刀(みたち)(ぬき)はなし丈夫の仇人(かたき)と呼(よひ)かけて撃んとすれバ網干ハ〓(あはて)(おどろ)き怒(いかり)小太刀引抜受(うけ)ながしつけ入りて濱路(はまぢ)が乳下(ちのした)(はた)と〓(き)る。〓られて苦(あつ)と魂消(たまぎ)る一声怯(ひる)む刄(やいば)を踏落(ふみおと)し跳蒐(をどりかゝ)つて突(つき)まろがし村雨の大刀(たち)掻取(かいとり)て〓(さや)におさめ小太刀を大地(だいち)に衝立(つきたて)てほとりの株(くひぜ)に尻(しり)うち掛(かけ)鑷子(けぬき)とう出て頤(おとがひ)掻拊(かきなで)(ちと)の鬚(したひげ)抜てをり。さる程(ほど)に濱路ハ既(すで)に灸所(きうしよ)の深痍(ふかで)に起直(おきなほ)れども乱髪(みだれがみ)(かほ)にかゝるを振拂(ふりはら)ひ左母二郎(さぼじらう)をのゝしりつ心もとなき良人(つま)のゆくへ今一たびのあふよしも亡(なか)らん後(のち)に誰(たれ)かハ告(つげ)ん実(まこと)の親(おや)も胞兄弟(はらから)も練馬(ねりま)殿(どの)の御(み)(うち)にありと仄(ほのか)に聞(きく)のみ名を知(し)らす。去歳(こぞ)は練馬家亡(ほろび)うせてその老黨(ろうだう)も若黨(わかとう)も皆(みな)(うた)れきと世上の」風聞(ふうぶん)。よにおしからぬ命(いのち)すら惜(をしむ)ハ丈夫(おつと)にあふ日まて実の親が存亡(いきしに)をしるよしあらんその日まで有繋(さすが)に惜き命ぞかし。助(たす)くる神もなき世歟(か)と恨(うら)みつ泣(なき)つかき口説(くど)くを左母二郎(さもじらう)ハ欠伸(あくびのび)して長物語(ながものがたり)ハいよ/\いまはしこの世(よ)の暇(いとま)を取(と)らせんず。いで/\と村雨の刀を引提(ひさげ)て晃(きらめ)かす刄の光(ひかり)に先(さき)だちて火定(くわじやう)の坑(あな)のほとりより誰(たれ)とハしらず打出(うちいだ)す手練(しゆれん)の銑〓(しゆりけん)(あやま)たず左母二郎が左の乳下(ちのした)(うら)かくまでに打込だり。灸所(きうしよ)の痛手(いたで)に霎(しはし)も得(え)(たへ)ず大刀ふり落(おと)して仰反(のけそつ)たり。時(とき)に又怪(あやし)むべし坑のほとりに忽然(こつぜん)と立(たち)(あらは)るゝものありけり。是(これ)(すなはち)別人(べつじん)ならず火定に終(をはり)を示(しめ)したる寂寞(じやくまく)道人(どうじん)肩柳(けんりう)なり。初(はじめ)に異(こと)なるそが形容(ありさま)(よはひ)ハ二十(はたち)ばかりとおぼしく一(くせ)あるべき面魂(つらたましひ)凡庸(たゞうと)ならじと見えてけり。當下(そのとき)寂寞」9 肩柳(けんりう)ハ呼吸(いき)環會して起(おき)あがる左母二郎を〓(きり)(たふ)し村雨(むらさめ)の太刀(たち)(きつ)と見てさらに餘念(よねん)ハなかりけり。

○案下(それハ)某生再説額蔵ハこの朝信乃に別(わか)れてわか身に假傷造(つく)らんにも迂路(まはりみち)してなか/\に月の出るをまつこそよけれと肚裏(はらのうち)に尋(し)思しつ。初更過(すぎ)たる比及(ころおひ)に圓(まる)塚山を越(こゆ)るになん。火定(くわしやう)ありとか途(みち)にて聞し茶毘(だび)ハいまた滅(きへ)すしてその邊明かけけるにと見れバ鮮血(ちしほ)に塗(まみ)れつゝ仆(たふ)れたる男女(なんによ)あり。また白刄(しらは)を手に拿る一個の癖者(くせもの)立在( たゝす〔み〕)たり。やうこそあらめと端なく進ます松の樹蔭に躱(かくら)ひてその為体(ていたら〔く〕)を窺ひけり。さる程に肩柳ハ〓(さや)とり揚(あげ)て刄(やいば)を納(おさ)め臥(ふし)たる濱路(はまぢ)を引越(ひきをこ)し藥(くすり)とう出て口に銜(くゝま)し女子/\と呼活(よびいけ)られ見れバ怪しき介抱(かいほう)に驚(おどろ)き悶掻バ肩柳ハ手(て)を放(ゆる)めす深痍(ふかて)あれども灸所にあらず。心を鎮(しづ)めてきゝねかし。」
挿絵
〈仇(あだ)を罵(のゝしり)て濱路(はまぢ)(せつ)に死(し)す/むざんやな かふとの下の きり/\す〉」10 」
われハ則(すなはち)そなたの為(ため)に異母(はらかはり)の兄犬山道松(みちまつ)と呼(よば)れしもの故ありて去歳の秋より姿を変名を更め寂寞院(いん)肩柳と世に唱(うたは)する假修驗。ゆく所にて火定を示し愚民の銭を促(うなが)す事軍用(くんよう)の為(ため)にして君父の讐を報(むく)ふにあり。抑わか主君練馬(ねりま)倍盛(ますもり)朝臣豊嶋(としま)平塚の一族(いちそく)共侶池袋(ぶくろ)にて撃(うた)れ給ひわが父犬山貞與(さだとも)入道道策大人自餘の老黨(らうたう)(かす)を竭して打死せり。われ亦命を惜(をし)むにあらねと不思議(ふしぎ)に戦場を殺奔(きりぬけ)て遂に復讐(しう)の大義(たいき)を企家に傳(つたふ)る間諜(しのひ)の秘術(ひじゆつ)(いん)形五遁の第(だい)(に)(ほう)火遁の術を行ひて修驗者(しゆけんしや)に容(さま)を変(かえ)あるときハ烈火(れつくは)を踏(ふみ)て愚民(ぐみん)等に信を起させ火定(くわしやう)に終を示(しめ)しつゝ銭を召ひ財を聚めて軍用に充んとするに火に入ると見せて火の外に姿(すがた)を隱す。これを名つけて火遁といふ。今や君父の讐敵(あたかたき)管領(くわんれひ)(あふ )谷定」11 政等を撃(うた)んとおもふに一人の資(たすけ)なし。人の心を結はんにハ金銭にますものなしと尋思(しあん)に墓(はか)なき火遁(とん)の術もて愚民を欺(あざむ)き詐欺(たはかり)て纔(はつか)に銭を召たれとも人を欺き物を掠(かすめ)ハ汚名(おめい)を遺さん事の悔(くや)しく慚愧(ざんぎ)に堪(たへ)す退きて身ひとつ也とも定正を狙撃(ねらひうた)んと思ひ决(さた)めて再ひ踰(こゆ)る圓塚(まるつか)山はからす行(ゆき)あふ旅人の闘諍(とうしやう)こゝにはしめて此彼(かれこれ)の怒罵(どは)哀傷(あいじやう)を竊聞(たちき)くに女子ハ大塚の村長(むらおさ)蟇六(ひきろく)か養女也。われに異母(はらかはり)の女弟(いもと)あり。乳名(をさなゝ)を正月(むつき)といへり。云云(しか%\)の故ありて大塚なる村長蟇六とかいふものに生涯(せうがい)不通(つう)の約束(やくそく)してそか養女に遣(つかは)したりと父の告させ給ひしハこれなるへしと思ひしかハその危窮(ききう)を見るに忍(しの)びず銑〓(しゆりけん)を打かけて女弟が仇(あだ)を撃(うち)とめたり。聞くにそなたハ幼稚(をさなき)より結髪(いひなつけ)の夫あり。そが為に苦節を戌(まも)りて事(こと)のこゝに及(およ)へるなめり。しかれとも幸福(さいわい)に豪奪(ごうだつ)せられて身を」
挿絵
〈忠義(ちうき)節操(せつそう)(くわん)會して名(めい)刀美(び)女の由来(ゆらい)を知(し)る圓塚(まるつか)山のまとひ〉」12 」
(けが)さず死に至るまで操(みさほ)をかえず今般(は)にも親を思ふ。その貞その孝むなしからず。不憶(ゆくりなく)兄に環會(めぐりあひ)即坐(そくざ)に仇を殺すに及びてその撃(うつ)ところ此彼(かれこれ)(ひと)しく痍(きず)ハ左の乳(ち)の下なり。今生の薄命(はくめい)ハ前生の因(いん)歟果(くわ)歟。来世はその身の功徳(くどく)によりて佛果(ぶつか)を得んこと疑(うたが)ひなし。われ復讐(ふくしう)の志願成らすハ亦復(また/\)(あだ)の手に死なん。苟且(かりそめ)ながら修行者(すぎやうじや)に姿(すがた)をかえし因(ちなみ)あれば又世をしのぶ烏髪(うはつ)の入道父か法名を象(かたど)りて犬山道節(どうせつ)忠與(たゞとも)と名告(のる)へし。かゝれハ撃ともうたるゝとも存命(なからふ)へくもあらぬ身の後れ先だつ冥土(よみぢ)の伴侶(みちづれ)身後(しご)にハ親子の對面させん。それを今般(は)の思ひでにせよ。女弟(いもと)々々( /\ )と叮嚀(ねんころ)に説(とき)示し又勦(いたは)りつ手負(おひ)に熟(なれ)たる勇士の介抱( かいほ〔う〕)(たけ)く見えても骨肉(こつにく)の誠(まこと)ハこゝに顕れたり。濱路(はまぢ)ハ苦しき頭(かうべ)を擡(もたげ)原来(さてハ)おん身ハわらはか家兄(いろね)歟。仇さへ撃(うち)て給はりし思ひかけなき介抱ハあふを別れの」13 今般(いまハ)の對面(たいめん)わらはが丈夫(おつと)ハ故(もとの)管領(くわんれい)持氏(もちうじ)朝臣(あそん)譜代(ふだい)の大塚(おほつか)匠作(せうさく)ぬしには孫(まご)犬塚(いぬづか)番作(ばんさく)一戌(かずもり)大人(うし)の一子犬塚信乃(しの)戌孝(もりたか)となん呼(よば)れたる弱冠(わかうど)に侍(はべ)るかし。その身(み)はやく孤(みなしこ)となりしかバ伯母(をば)(むこ)(がり)身を寓(よ)せて所領(しよれう)の田園(でんはた)を横領(わうれう)せられ親(おや)の遺訓(いくん)に村雨(むらさめ)の宝刀(みたち)を携(たつさへ)て許我(こが)殿(との)へ参(まゐ)らんとせし前(さき)の夜に左母二郎(さもしらう)が為(ため)に宝刀を横取(よこどり)せられしとぞ。さりともしらでわか良人(つま)ハ許我へ参らバなか/\に麁忽(そこつ)をいひときがたかるへし。願(ねが)ふハおん身の資(たすけ)のみ。こゝより直(たゞ)に許我(こが)へ赴き良人の安否(あんぴ)を問(と)ひ定めて宝刀を逓与(わたし)給はらバこよなき恩義(おんぎ)に侍(はべ)るめり。聴(きゝ)(いれ)てたへ家兄(いろね)の君(きみ)と頼(たの)む言葉(ことば)に声(こゑ)(かれ)てものいふ毎(こと)に濆(ほとはし)る血汐(ちしほ)にすべハなかりけり。道節(どうせつ)(きゝ)て嘆息(たんそく)し夫を思ふ今般の願言(ねぎこと)推〔辞〕(いなむ)べきにあらねどもそハ家事(かじ)にして私なり。われハ月ごろ君父(くんふ)の仇(あだ)扇谷(あふきかやつ)定正(さだまさ)に忻(たばかり)よつてうらみを」 復(かへ)さんと思(おも)ふ物(もの)からその便(たよ)りを得(え)ざりしに不思議(ふしぎ)に手に入るこの名刀(めいたう)。これをもて讐(あだ)に近(ちか)づき宿望(しゆくまう)(とげ)て餘命(よめい)あらハその時(とき)にこそそなたの夫(をつと)信乃(しの)とやらんが安否(あんぴ)を問ひ村雨丸(むらさめまる)を返(かへ)すべけれ。君父(くんふ)の為(ため)にハこの身を忘(わす)る豈(あに)妹夫(いもとむこ)の事をおもはんやと喩(さと)すに濱路(はまぢ)ハ望(のそみ)を失(うしな)ひ忽地(たちまち)に胸(むね)(ふたか)りて一(こゑ)(あつ)と叫(さけ)びつゝそがまゝ息(いき)ハ絶(たへ)てけり。道節(どうせつ)(まぶた)をしばたゝき儔稀(たくひまれ)なる女弟(いもと)が節操(せつそう)今般に遺(のこ)せし一(くだり)を肯(うけ)さるも武士(ぶし)の意地(いち)。せめてハこゝに亡骸(なきがら)を斂(おさ)めて冥府(よみち)の苦惱(くのふ)を救(すく)はん。さハとてやをら抱(いた)き揚(あげ)て火定の坑(あな)へ推(おし)おろし残(のこ)れる柴(しば)を投(なげ)入るれバ夜風のまに/\埋火(うづみひ)の再(ふたゝ)び燃(もへ)て煽々(せん/\)たる茶毘(だひ)の煙(けむり)ハ鳥部野(とりべの)の夕もかくやと想像(おもひや)る歎(なげ)きハはじめにいやまして霎時(しばし)(まも)りて廻向(ゑかう)しつ。とくこの山を踰(こえ)んとて彼(かの)名刀(めいたう)を腰(こし)に跨(よこた)へ」14 立去らんとする程に後方(あとべ)に窺(うかゞ)ふ額藏ハ村雨の太刀とり復(かへさ)んとこかけを閃(ひら)りと走り出癖(くせ)者等(まて)と呼とめつゝ刀の〓(こしり)を丁ととり両三歩引戻(もど)せバ驚きながら振(ふり)かへりて〓(こじり)かへしに拂(はら)ひ除大刀抜んとする処を横(よこ)さまに引組(くん)たる技も力も劣(おと)らす優(まさ)ず勇者と勇者の相撲にハ両虎(こ)の山に戦(たゝか)ふ如くいつ果(はつ)へくもあらざりしかいかにしけん額藏(がくざう)ハ年來はたを放さゝる護身嚢(まもりふくろ)の長紐紊(みだ)れて道節か大刀の緒(を)にいくへともなく〓縁(まつはり)つゝ挑(いど)むまに/\引ちぎられて嚢(ふくろ)ハ彼が腰(こし)に著(つき)たり。そを取らんとする程に思はずも手や緩みけん道節忽地(たちまち)(ふり)ほどきて大刀を引抜きうたんとすれバこゝろへたりと抜(ぬき)合せて丁々發矢(はつし)と戦(たゝか)ふ大刀音一上一下手煉(しゆれん)の刀尖道節(とうせつ)(いらつ)て撃(うつ)大刀を額蔵(かくさう)左に受流(うけなが)せば刀尖あまりて腕」
挿絵
〈雙(さう)玉を相換(あいかえ)て額蔵(かくさう)(るい)をしる〉[京谷]」15 」
より流(なが)るゝち血(しほ)を物ともせず丁とかへせし大刀風尖(するど)く刀尖(きつさき)ふかく道節(どうせつ)が肩(かた)なる癇(しひね)を〓傷(きりやぶ)れバ黒血(くろち)さつと濆(ほとばし)り瘤(こぶ)の中に物ありけん螽(いなご)の如く飛(とび)散て額藏(がくざう)が胸(むな)前へ〓(はた)と當るを落(おと)しもやらず左手に楚(しか)と握(にぎり)畄て右手に刄を閃かしまた透(すき)間もなく切結ぶ。大刀すち侮(あなど)りかたけれバ道節ハ受(うけ)とゞめ声をふりたてやよ等(まて)一等(しばし)いふことあり。汝(なんじ)が武藝甚佳(よし)。われ復(ふく)しうの大望(もう)あり。豈(あに)小敵(てき)と死(し)を决(けつ)せんやといはせもあへす眼(まなこ)を〓(いから)しさハわが本事(てなみ)をしりたるな。命惜くバ村雨の宝刀(みたち)をわたしてとく去れ。かくいふわれを誰(たれ)とかする。犬塚(つか)信乃(しの)が無二の死友犬川荘助義任(よしたふ)なり。と名のれハ道節(とうせつ)(あざ)笑ひわが大望(もう)を遂(とぐ)るまでハ女弟(いもと)にすらうけ引ざる大刀を汝に与(あた)へんや否(いな)とらでやハと附(つけ)廻して跳(おどり)かゝるを左邊(ゆんて)に拂(はら)ひ透(すき)を」16 揣(はか)りて火坑(くわこう)の中(なか)に飛入(とびいり)道節(どうせつ)(けむり)と共(とも)に往方(ゆきかた)ハしらずなりにけり。額蔵(がくざう)吐嗟(あなや)と追(をひ)かねて原來(さてハ)火遁(くわとん)の術(じゆつ)をもて逃(のがれ)去し歟残念(ざんねん)なり。さるにても道節(どうせつ)が瘡口(きずくち)より飛出(とびいて)てわが手に入しハ何(なに)なるらん。いと不審(いふかし)と燃残(もえのこ)る火光によせて熟視(つら/\み)るに吁(あな)不思議(ふしぎ)や犬塚(いぬづか)信乃(しの)とわか秘蔵(ひさう)せし孝(かう)(ぎ)一双の玉(たま)に等(ひと)しく忠(ちう)の一字顕(あらは)れたり。こハ怎生(そも)(あや)しと沈吟(うちあんじ)忽地(たちまち)(さとつ)て莞尓(につこ)と笑(ゑ)み此彼(かれこれ)思ひあはすれバ彼(かの)犬山道節(どうせつ)も終(つい)にハわが同盟(どうめい)人となるべき因縁(いんえん)あらん。さるにてもわが玉(たま)を秘(しめ)おきたりし護身嚢(まもりぶくろ)ハ彼(かれ)が腰刀(こしかたな)にからみ取られつそが肉身(にくしん)より出たる玉ハ思はずわか手に入し事怪(あや)しといふもあまりあり。これによりて推(おす)ときハわか玉(たま)も彼(かの)宝刀(みたち)も後にハ復る時あらん。そハとまれかくもあれ犬塚生か許我の首尾心もとなき限りなれども今束の」
挿絵
〈入る月に ひわをふくろへ おさめけん/晋其角〉」17 」
(ま)に告るによしなし。はやく大塚へ立かへりて復(また)せんすべもあらんかし。豫(かね)てハ假傷(にせきづ)を造らんと思ふ折から幽搨傷(かすりて)(おふ)たり。これも物怪(もつけ)の幸(さいわ)ひなる歟」と自(みつから)(とひ)おのづから答(こたへ)て手拭(てぬぐひ)をもて痍(きず)を包(つゝ)み又愀然(しうぜん)と火坑(くわこう)を見かへり濱路(はまぢ)が為(ため)に回向(ゑこう)しつ退(しりぞ)かんとする程(ほど)に左母二郎(さもじらう)か亡骸(なきから)に撲地(はたと)(つまつ)きひとり心(こゝろ)にうち点頭(うなづき)(くひ)掻落( きおと)し榎(えのき)に伐掛(きりかけ)その幹(みき)を推削(おしけつ)り墨斗(やたて)の亳(ふで)に墨(すみ)を染(そめ)これハ悪黨(あくとう)網干(あほし)左母二郎なり。或人(あるひと)秘藏(ひさう)の太刀を掠(かす)めて又處女(しよぢよ)濱路(はまぢ)を拐挈(かどはか)しその従(したかは)ざるを怒てこゝに烈女を残賊(さんぞく)せる天罰(てんばつ)(よつて)(くだん)のごとし。年月日時と書つけてそがまゝ墨斗(やたて)を腰(こし)に納(おさ)め斯(かう)書遺(のこ)せバ錯(あやまり)(つた)へて此彼(これかれ)情死(ぜうし)とするものなからん。是(これ)も節婦(せつふ)へ追薦(ついせん)のみとひとりこちつゝ歩を早めて大塚村(おほつかむら)へいそぎける。

○案下某生再説(それハさておき)蟇六(ひきろく)亀篠(かめざゝ)は濱路(はまぢ)左母二(さもじ)」18 郎等を追畄(おひとめ)させたる土太(どた)郎等家内(やうち)のものゝ今將て來るかと俟(まち)とも/\音さへせねバ胸(むね)うち騒ぎ心をあせるに十九日の月高(たか)く昇(のぼり)て今はや亥中(ゐなか)になりしかバ陣代(ぢんだい)簸上(ひか〔み〕)宮六ハ媒妁(なかだち)軍木五倍二と連拉(つれたち)て詣來(まうき)にけり。夫婦ハ今さら周章(あはてふためき)てせんすへをしらず。蟇六ハ小気味(きみ)わるげに出迎(いてむか)ハ宮六五倍二ハ會釈(ゑしやく)して賓主(ひんしゆ)の席(むしろ)(さだま)りつ。檢拶(あいさつ)(すて)に訖(をは)れども墨付(すみつき)わるき今宵の仕義(しき)一坐(さ)忽地(たちまち)しらけたり。かくて又盃を薦(すゝめ)たる。賓主(ひんしゆ)の辞讓(ぢしやう)果しなけれバ五倍二頻(しきり)に焦燥(いらたち)て婚姻(こんれい)を催促(さいそく)しけれバ夫婦ハます/\困(こう)し果當座(とうざ)(のがれ)も術(すべ)(つき)て今宵濱路(ぢ)が逐電(てん)せし事明々地(あからさま)に告(つぐ)るを聞て両人驚(おどろ)き怒(いかり)つゝ膝(ひさ)突進(つきすゝん)て逼(せき)立けれハ蟇六夫婦は顔色(かんしよく)(あを)ざめその 疑(うたか)ひを釋(とか)せんために摺替(すりかへ)取たる村雨の一刀」 取出し當座(たうざ)の質(しち)とてさし出せバ宮(きう)六些(すこし)氣色(けしき)を和(やわ)らげこの刄(やいば)をもて村雨丸とするにハ正(たゞ)しき證据(せうこ)ありやと問(と)ふに蟇(ひき)六微笑(ほゝえみ)て奇特(きどく)ハ抜ハ忽地(たちまち)に刀尖(きつさき)より水氣霤(したゝ)り殺(さつ)氣を含(ふくみ)てうち振れバその水四方へ散乱(さんらん)せり。某既(すで)に試(こゝろ)みたれバ何の疑(うたが)ひ候べきといふに宮(きう)六うち頷(うなつ)き刄を抜きて火光(ほかけ)にさしよせ檢(み)れとも水氣ハ顕れず。と見かう見ても雫(しづく)ハなし。果(はて)ハ腹(はら)立只管(ひたすら)に振れバ後方(あとべ)の柱(はしら)に打當(うちあて)刀尖(きつさき)些曲りにけり。五倍(ごばい)二これを見てあざみ笑(わら)へバ宮(きう)六面色(しよく)朱を沃(そゝ)ぎ一度ならず二度ならすわれを侮(あなど)る老耄(おいぼれ)め覚期(ご)せよと五倍二共侶(もろとも)(さし)ひけらかす腰(こし)刀の反(そり)うちかけて詰(つめ)よすれバ吐嗟(あなや)と騒(さは)ぐ亀篠(さゝ)ハ腰うち抜してせんすべしらず。蟇(ひき)六ハ只呆れ果(はて)(さて)來ハ伎倆(たくみ)の裏をかきてこの贋物を」19 〓(つかま)されしとおもふ物(もの)から且(かつ)おそれ且(かつ)(はぢ)て忙(あはたゞ)しく身(み)を起(おこ)し逃(にげ)んとすれバ宮六(きうろく)ハます/\怒(いか)る血氣(けつき)の勇(ゆう)抜閃(ぬきひらめか)す刄(やいば)の稲妻(いなつま)あびせ被(かけ)られ蟇六(ひきろく)ハ背(そびら)を〓(き)られて倒(たを)るゝを再(ふたゝ)びうち込(こむ)(やいば)の下(した)に亀篠(かめざゝ)ハ宮六(きうろく)を抱(いだ)きとめれバ五倍二(ごばいじ)うち見(み)て飛(とび)かゝり妨(さまた)けすなと刀(かたな)を引抜(ひきぬき)肩尖(かたさき)ふかく劈(つんざい)たり。いたでを負(おふ)たる夫婦(ふうふ)の者(もの)ハなほ脱(のが)れんと悶掻(もがく)(おり)濱路(はまぢ)左母二郎(さもしらう)(ら)を追(おい)かねて一人(いちにん)とつてかへしたる背介(せすけ)ハ主人(しゆじん)によしを告(つげ)んと縁頬(えんがは)より進(すゝ)み近(ちか)づき書院(しよいん)の障子(せうじ)引開(ひきあく)れバ目前(めさき)の刄(やいば)に小(こ)びんを〓(き)られて一(ひ)(こゑ)(あつ)と叫(さけ)ひもあへず後(うしろ)ざまにまろび落(おち)そがまゝ簀子(すのこ)の下(した)にかくれて苦(く)つうを忍(しの)ひて音(おと)もせず。さる程(ほど)に宮六(きうろく)ハ怒(いかり)に乗(まか)して蟇六(ひきろく)に痛手(いたで)を負(おは)せ五倍二(ごばいじ)もまた亀篠(かめざゝ)を〓殪(きりたふ)しおの/\絶命(とゞめ)をさしたりける。浩処(かゝるところ)に額藏(がくざう)は」
挿絵
〈隱(いん)どくの悪報(あくほう)蟇六(ひきろく)亀篠(かめざゝ)(ら)横死(わうし)す〉」20 」
(みち)をはやめてかへり來(き)つ。書院(しよいん)のかたに進(すゝ)みて見(み)れバあるし夫婦(ふうふ)は〓仆(きりたを)され仇人(かたき)ハ日ごろ認(みし)りたる陣代(ぢんだい)簸上(ひがみ)宮六(ろく)と属役(しよくやく)軍木(ぬるで)五倍二(ごばいじ)也。おの/\刄(やいば)をおし拭(ぬぐ)ひ走(はし)り去(さ)らんとする程(ほど)に主(しゆう)の讐(かたき)と呼(よび)かけて二人を敵手(あいて)に自得(じとく)の武(ぶ)げい秘術(ひじゆつ)を盡(つく)す奮撃(ふんけき)突戦(とつせん)いまだ十合(とたち)に及(をよ)ばずして迯(にげ)んとしたる宮六(きうろく)を幹竹割(からたけわり)に〓(きり)たふし眉間(みけん)を〓(き)られて逃(にげ)ゆく軍木(ぬるで)をなほ迯(にが)さじと追(お)ふ程(ほど)に宮六(きうろく)五倍二(ごばいじ)が従(とも)人等(ら)ハ後(のち)の太刀(たち)(おと)に走(はし)り來(き)つ刀(かたな)を抜連(ぬきつれ)額藏(がくざう)を駈隔(かけへだて)たるそが間(ひま)に両三人の下(しも)べ等(ら)ハ五倍二(ごばいじ)を肩(かた)に引(ひき)かけ宿所(しゆくしよ)を投(さし)て迯去(にげさ)るにぞ額藏(がくざう)ハ若黨(わかたう)(ら)を左右(さゆう)へ〓(きり)(ふ)せ再(ふたゝ)ひ追(おは)んと走出(はせいづ)る衡門(かぶきもん)の邊(ほとり)にて濱路(はまぢ)左母二郎(さもじらう)(ら)を追(おひ)かねて立かへる僮(をとこ)ともに交合(ゆきあひ)ければまづ血刀(ちがたな)を拭(ぬぐ)ひ納(おさ)め且(かつ)衆人(もろびと)にうち對(むか)ひあるじ夫婦(ふうふ)が横死(わうし)の事(こと)(あだ)を撃畄(うちとめ)たるよしを告(つげ)て」21 天(よ)も明ハ城中より検察(けんさつ)の夥兵(くみこ)來つべし。遅(おそ)くハ問注(もんちう)所へ出訴して復讐(ふくしう)の趣を詳(つまひらか)に述(のべ)んのみ。好(よく)も歹(わろく)も額蔵か一己(いちこ)のうへにあるべけれバかならずしも狼狽(うろたへ)給ふな。逃亡(にげうせ)たる婢女(をんな)(ばら)を索(たづね)て聚會(つどへ)給へかしといとねんごろに諭(さと)しけり。却説(かくて)その夜明はなれて六月廿日も巳の頃(ころ)及になりける。爰に簸上(ひがみ)宮六が弟同苗(どうめう)社平軍木(ぬるで)五倍二(ごばいじ)が同僚(あいやく)卒川(いさかは)菴八(いほはち)(ら)許夛(あまた)の火兵(くみこ)を將(い)て荘客(ひやくせう)(ばら)に案内させ荘官か書院の上坐に床几(せうぎ)を立させ且(まづ)此彼(かれこれ)の死骸(しがい)を展檢(てんけん)し了(をはり)て額藏等闔宅(やうち)の奴婢(ぬひ)をこと%\く召よせて事の顛末(てんまつ)をたづね問ふに額藏明白を訴(うつたふ)る。社平ハ兄の宮六が當坐の羞(はぢ)を暗(くろ)めんと信乃(しの)額蔵に罪を負(おわ)せ卒(さい〔いさ〕)(かは)共侶(もろとも)(り)を非(ひ)にまげて鷺(さぎ)を烏(からす)とくろむる権勢(けんせい)。兄宮六が亡骸(なきから)を轎子(のりもの)に扛乗(かきのせ)させ宿所に遣し」
挿絵
〈両敵(りやうてき)に相遇(あいあふ)て義奴(ぎぬ)(うらみ)を報(むく)ふ〉」22 」
又額藏にハ〓(てがね)をかけ夥兵(くみこ)(ら)に牽(ひき)立てさせ簀子(すのこ)の下にしのび居たる老僕(ぼく)(せ)助を引出し〓(はんだ)にうち乗(の)せ額蔵共侶(もろとも)城の問注所(もんちうしよ)へつれゆきぬ。

○話分両頭(ものがたりふたつにわかる)さる程に犬塚信乃戌孝(もりたか)ハ幾日もあらで許我(こが)に赴き執權(しつけん)横堀史(ふひと)在村か第(やしき)にいゆきて由緒(ゆいしよ)を述(のべ)村雨の宝刀を將(い)て推参(すいさん)せしことの趣執次(とりつぎ)によりて愁訴(しうそ)してけり。かくて俟(まつ)こと稍(やゝ)久しうして在村出て對面(たいめん)しなほその父祖の由緒(ゆいしよ)と軍功(くんこう)を糺(たゞし)明め持参の宝刀相違(さうい)なくバ老臣等と相譚(かたらふ)て御所様〈成氏をいふ〉に聞へあけん。旅舘(りよくはん)に退(まか)りて俟(まち)さむらへといふに安堵(おちゐ)て領承(れうぜう)し客店に立かへりぬ。かくてその詰旦(あけのあさ)信乃ハ宝刀の塵(ちり)(ほこり)をぬくわんとて引抜て刄(やいば)を見るに村雨にハあらさりけり。是は」23 いかにと驚(おどろ)きつゝこハ何とせんとばかりに刄(やいば)を撲地(はたと)(なげうち)て腸(はらわた)を断(たつ)遺恨(いこん)後悔(こうくはい)よにせんすべハなかりけり。かくて有べきにあらざれバ刄(やいば)を〓(さや)に納(おさ)めつゝ宝刀(みたち)ハ贋物(にせもの)なる事を御所(こしよ)へ訴(うつた)へまうさんとて立出(たちいで)んとする程(ほど)に城中(じやうちう)より在村(ありむら)が使(つかひ)來りて柳筥(やないはこ)より一領(ひとかさね)の衣裳(いしやう)をとう出て在村の指揮(さしづ)によりおん迎(むかひ)に來(きた)れり。とく/\出(いで)給へといふに信乃(しの)ハ使(つかひ)とともに在村(ありむら)か第(やしき)に赴き對面(たいめん)を請(こひ)にけれどはや登営(とゑい)して宿所(しゆくしよ)にあらず。せんすべなさに導(みちびき)せられて営(ゑい)中へ参(まゐ)る程(ほど)に在村が在(をる)ところをしらず。このゆへに宝刀(みたち)紛失(ふんじつ)の趣きを訴(うつたふ)るによしなくいよゝ心を苦(くるし)めけり。且(しばらく)して件(くだん)の謁者(まうしつぎ)(ら)信乃を〓(しるべ)して滝(たき)見の間に赴(おもむ)けバ上壇(ぜうだん)に翠簾(みす)をたれて成氏(なりうぢ)朝臣(あそん)の〓(しとね)を儲(まうけ)そが下に横堀(よこぼり)在村(ありむら)その他(た)の老臣(ろうしん)侍坐(ぢざ)したる左右」 にハ夥(あまた)の近臣(きんしん)(ゐ)ながれたり。又廊下(ほそどの)の邊(ほとり)にハ身甲(はらまき)したる武士(ぶし)數人(すにん)齊々(せい/\)として非常(ひしやう)を警(いまし)めいと晴(はれ)かましく見えたりける。既(すで)に成氏(なりうじ)著座(ちやくざ)し給ひいまだ翠簾(みす)をバ揚(あけ)られず。當下(そのとき)在村(ありむら)は遥(はるか)に信乃(しの)にうち對(むか)ひ宝刀(みたち)を進(まゐ)らせ候へといはれて信乃ハ一期(いちご)の浮沈(ふちん)と思へど騒(さは)かず頭(かうへ)を擡(もた)げ件(くたん)の宝刀ハ何ものに歟(か)搨替(すりか)へられて失(うせ)たれバ穿鑿(せんさく)まて數(す)日の宥免(ゆうめん)(ねか)ふよしいはせも果(はて)ず在村(ありむら)ハ忽地(たちまち)(いか)れる声(こゑ)ふりたて貴(き)人をあざむく表裏(ひやうり)乱言(らんごん)(おも)ふに這奴(しやつ)ハ敵(てき)がたの間諜者(まはしもの)に疑(うたが)ひなしとく生拘(いけど)れと焦燥(いらだて)は夥(あまた)の力士(りきし)群立(むらだつ)たり。信乃ハ力士を右左に投退(なげのけ)飛鳥(ひちやう)の如く身を働(はたらか)してほとりへもよせ附(つけ)ず。翠簾(みす)の内にハ成氏(なりうじ)朝臣(あそん)(あれ)撃畄(うちとめ)よと下知し給へバ承(うけ給は)ると夥(あまた)の近臣(きんしん)おの/\刄(やいば)を抜(ぬき)かさし撃てかゝれバ」24 かい潜(くゞ)り信乃ハ畳(たゝみ)を蹴揚(けあげ)つゝ隙(ひま)を揣(はか)りて飛(とび)かゝり先に進(すゝ)みし一人か刄を奪(うは)ふて〓殪(たを)し十餘人に痍を負(おは)せ八九人を〓伏て廣庭(ひろにわ)に跳(おとり)出軒端(のきは)の松より屋上に飛登鮮血(ちしほ)を啜(すゝり)て咽喉(のんと)を潤(うるほ)し遠見の為に建(たて)られたる芳流閣(ほうりうかく)と名つけたる三層(そう)の樓(ろう)閣に辛(からう)して攀(よち)登り更(さら)に後方を見かへれハ数(す)百の士卒廣庭に屯(たむろ)して射(い)て落(おと)さんと弓杖(ゆんつゑ)たてたり。進退(しんたい)ほと/\究(きはま)りつよき敵あらハ登り來よ組(くみ)て戦歿(うちしに)せんものと思ふ外他事なかりけり。さる程に前管領(くわんれい)成氏(なりうし)ハ夥(あまた)の士卒を撃(うた)せつゝます/\怒(いか)りて力士を聚會(つとへ)信乃を搦捕(からめと)るものにハ加恩(かおん)千貫文を賜(たまは)るへしとおちもなく徇(ふれ)させたれとも彼(かの)武藝(ふけい)に看懲(みこり)して承らんといふ者なし。當下在村(ありむら)ハ成氏に稟(やから)すやう獄吏(ひとやつかさ)犬飼見八信道ハおん」
挿絵
〈信乃(しの)所存(しよそん)齟齬(そこ)して在村(ありむら)か爲(ため)に虜(とりこ)とせられんとする〉」25 」
抜萃(とりて)の職役(しよくやく)を固辞(いなみ)まうし〓(あまつさへ)(しひ)て身の暇(いとま)を乞奉りし咎(とか)により月ころ禁獄(きんこく)せられたり。渠(かれ)ハ古人二階松(かいまつ)山城介か武藝(ふけい)允可(いんか)の高弟(こうてい)にて拳法(やはら)ハ無双(ふさう)の力士なり。且その罪(つみ)を寛(なた)めて信乃を搦捕(からめとら)せ給へ。この議いかゝと薦(すゝめ)もふせハとく/\と仰(おほす)るにそ在村(ありむら)ハ時を移さす件(くたん)の犬飼(いぬかひ)(けん)八を獄舎(ひとや)より牽(ひき)出させその縛(いまし)めを釋(とき)ゆるし君命を述傳(のへつた)へて大刀身甲(はらまき)肱盾臑盾(すねあて)に十手をそへて取(とら)せにけれハ謹(つゝしん)て領承(れうせう)し在村(ありむら)に辞別(しへつ)して三間(けん)階子(はしこ)を走(はせ)のほり孫廂(まこひさし)のあなたより芳流閣(ほうりうかく)の筥棟(はこむね)に血刀提(さけ)て立たる信乃を遥(はるか)にうち見甍(いらか)を踏(ふみ)て進む程にうち仰き瞻(み)つ。主従(しゆう/\)ハ〓(あやふま)さるものなかりけり。その時信乃ハ見八か今只(たゝ)ひとり登(のぼ)り來ぬを見るより心におもふよふきやつおほえある力士ならん遮莫(さもあらバあれ)一個(ひとり)の敵(てき)なり引」26 組(くみ)で刺迭(さしちか)へ死するに難(かた)きことやハよき敵(てき)こそこさんなれ。目に物(もの)(み)せんと血刀(ちがたな)を袴(はかま)の稜(そば)もて推拭(おしぬぐ)ひ高瀬(たかせ)の如(ごと)き方桴(はこむね)に立(たつ)たる儘(まゝ)に寄(よ)するを俟(まて)ハ見八(けんはち)も犬塚が武藝(ぶげい)勇悍(ゆうかん)あなどりがたく搦捕(からめと)るとも撃(うた)るゝとも勝負(せうぶ)を一時(いちじ)に决(けつ)せんと拿(もつ)たる十手(じつて)を閃(ひらめ)かし飛(とぶ)かごとくに進登(すゝみのぼ)り組(くま)んとすれども寄(よせ)つけず双方劣(おと)らぬ手煉(しゆれん)の働(はたら)き一上一下虚々實々(きよ/\じつ/\)見八ハ被籠(きこみ)の〓(くさり)肱當(こて)の端(はづれ)を裏缺(うらかく)までに切裂(きりさか)れしかど大刀(たち)を抜(ぬ)かず信乃ハ刀の刄(は)も續(つゞ)かて初めに淺痍(あさで)を負(お)ひしより漸々(しだい)に疼(いたみ)を覚(おぼゆ)れども足場(あしば)を揣(はかり)て撓(たゆ)ます去らす畳(たゝみ)かけて撃(うつ)大刀を見八右手(めで)に受(うけ)なかしてかへす拳(こぶし)につけ入りつゝ眉間(みけん)を望(のぞみ)て〓(はた)と打(うつ)十手を丁と受畄(うけとむ)る信乃が刄(やいば)ハ鍔除(つばきは)より折れて遥(はるか)に飛失(とびうせ)つ。見八(けんはち)(え)たりと無手(むづ)と組むをそが隨(まゝ)左手(ゆんで)に引著(ひきつけ)て」
挿絵
〈水閣(すいかく)の扁舟(へんしう)に両雄(りやうゆう)はか〔ら〕ず活路(くわつろ)を得(ゑ)たり〉」27 」
(もみ)つ〓るゝちから足(あし)此彼(かれこれ)齋一(ひとしく)踏辷(ふみすべ)らして河邊のかたへ滾(ころ)々と身を輾(まろば)せし覆車(ふくしや)の米苞(たわら)高低(かうべり)(けは)しき桟閣(がけつくり)に削成(けづりなし)たる甍(いらか)の勢(いきほ)ひ止(とゞま)るべくもあらざめれと迭(かたみ)に拿(とつ)たる拳(こぶし)を緩(ゆる)めず幾十尋(いくとひろ)なる屋(や)の上より末(すゑ)(はるか)なる河水(かはみづ)の水際(みきは)に繁(つなげ)る小舟(こぶね)の中へう〔ち〕(かさ)なりつゝ〓(とう)と落(おつ)れハ傾(かたふ)く舷(へり)と立浪(たつなみ)に纜(ともつな)(ちやう)と張断(はりきり)て射る矢(や)の如(ごと)き早河(はやかは)の真中(たゞなか)へ吐出(はきいだ)されつゝ尓(しか)も追風(おひて)と虚潮(ひくしほ)に誘(さそ)ふ水なる下舟(くだりふね)行方(ゆくへ)もしらずなりにけり。思ひかけなき為体(ていたらく)に士卒(しそつ)(ひと)しく騒(さは)ぎたちて〓(やが)て云々(しか%\)と報(つぐ)るになん。成氏(なりうじ)聞て且(かつ)(いか)り且疑(うたが)ふて俄(にはか)に塹門(すいもん)を推開(おしひらか)し准備(ようい)の快舩(はやふね)四五艘(そう)に分配(てくばり)して士卒(しそつ)を乗せ艪(ろ)を連(つら)ね楫(かぢ)を操(とら)して飛(とぶ)が似(ごと)くに追蒐(おつかけ)たれども二三里か間にハ影も得みえす。其処より舩を返しつゝ在村(ありむら)ハ成氏(なりうじ)にまうしつゝ」28 本藩(ほんばん)の武者頭(むしやかしら)新織(にひおり)(ほ)太夫敦光(あつみつ)を追捕(おつて)の大将(たいしやう)に擇(えら)み定めて君命(くんめい)を述(のべ)(つた)へ嚴(おごそか)に掟(おき)てしかバ帆(ほ)太夫うけ給はり異儀(いぎ)に及ばず俄頃(にはか)に行装(たひのよそほひ)を整(とゝの)へつゝ夥兵(くみこ)三十餘人(よにん)を将て滸我(こが)の城下(せうか)をあちこちと坂東(ばんどう)河原(かはら)の下流(ながれ)に添(そ)ふて葛飾(かつしか)のかたに赴(おもむ)きけり。

○不題(こゝにまた)下總國(しもふさのくに)葛飾郡(かつしかのこほり)行徳(きやうとく)なる入江橋(いりえばし)の梁麓(はしつめ)に古那屋(こなや)文五兵衞(ぶんごべゑ)といふものありけり。渠(かれ)ハこの土地(とち)にふりたる居停(はたこや)の主人(あるし)なり。妻(つま)ハ一昨歳(おとゝし)(み)まかりつ子(こ)ども只(たゞ)二人あり。冢子(うひこ)の名(な)を小文吾(こぶんご)といふ。今茲(ことし)ハ既(すで)に廾歳(はたち)なり。そが身長(たけ)ハ五尺九寸膂力(ちから)ハ百人にも敵(てき)すべく市(いち)人に似(に)ず性(さが)として武藝(ぶげい)を好(この)み劔術(けんじゆつ)拳法(やはら)相撲(すまひ)の手まで習得(ならひえ)ずといふ事なし。その次(つぎ)ハ女子にて十九歳になりぬ。その名(な)を沼藺(ぬい)とよばれたり。こは年(とし)二八の春(はる)隣郷(りんごう)なる市川(いちかは)の舟長(ふなおさ)山林(やまはやし)房八(ふさはち)といふ」 壮佼(わかうど)に帰(とつ)ぎつ。その年の尾(をはり)にやはやく男児(おのこ)を産(うめ)りけり。そハ大八と名づけたる。今茲(ことし)ハはや四才なるべし。さても文五兵衞(ふんこへい)ハ暇(いとま)あるをり/\ハ入江(いりえ)に立(たち)て釣(つり)するを樂(たのしみ)とせり。時に文明十年六月廾一日この濱辺(はまべ)にも牛頭天王(ごづてんわう)を祭(まつ)るよしありて戸毎(いへごと)に酒(さけ)を置(もり)て遊樂(あそび)に暇(いとま)なき日なれども文五兵衛(ぶんごべい)ハさるすぢにも耽(ふけ)らず霎時(しばし)なりとも樂(たのしま)んとて釣竿(つりざほ)を携(たつさへ)てひとり入江に立出(たちいで)つゝ餌(ゑ)を串(さし)(はり)をおろせしかども時(とき)ハ下〓(なゝつ)に近(ちか)づきて虚潮(ひきしほ)の最中(もなか)なれば小沙魚(こはぜ)ひとつの獲(えもの)もなけれど好(すけ)る事(わざ)とて立(たち)も得(え)(さ)らずたのしみいまだ央(なかば)ならず。と見れハあやしき放舟(はなれふね)(しほ)に引(ひか)れ波(なみ)に揺(ゆら)れて河深(かはふか)より流(なが)れ來(き)つ。こなたの岸(きし)に著(つく)を見れハ舩中(せんちう)に両個(ふたり)の武士(ぶし)あり。此彼(かれこれ)(たふ)れて死(し)せるがごとし。かゝるものをこゝらに置(をか)ば土地(とち)の煩労(わづらひ)」29 なるべしと思へバ竿(さほ)をとり直(なほ)して衝流(つきなか)さんとして熟(つら/\)見るに一人の武士ハ頬尖(ほうさき)に痣(あさ)ありて形(かたち)牡丹(ぼたん)の花(はな)に似(に)たり。是なん豫(かね)て認(みしり)たるその人にハあらずやと思へバうちも措(おき)がたく〓(やが)てその舩(ふね)に乗移(のりうつ)りて頬(ほゝ)に痣(あざ)ある彼(かの)人を抱(いだ)き起(おこ)して声(こゑ)(たか)やかに呼(よび)つかへしつ勦(いたは)れどもとばかりにして呼吸(いきふき)(かへ)らず。困(こう)じ果(はて)て宿所(しゆくしよ)に走(はせ)くすりを取(とり)てこばやとて立(たつ)ときおもはず素肌(すはだ)にて倒(たふ)れし武士(ぶし)の腋腹(わきはら)をしたゝかに〓てけれバ死活(しくわつ)の法(はう)にや稱(かな)ひけん忽地(たちまち)(うん)と身を起(おこ)し四下(あたり)を見かへり驚(おどろ)く体(さま)に文五兵衛ハ小膝(こひざ)を突(つき)てこゝハ下総葛飾(かつしか)なる行徳の入(いり)江なり。某(それかし)ハ里の旅店(はたこや)(ふん)五兵衛と呼るゝものこゝの蘆(あし)原に釣(つり)する折(をり)この舩(ふね)ハ流(なが)れ寄(よつ)たり。あの頬さきに痣ある人ハ滸我(こが)の御所(ごしよ)なる走卒犬飼(いぬかひ)見兵衛ぬしの一子」
挿絵
〈江村の釣翁(かひと)ゆくりなく雙狗(さうく)を認(みし)る/野狐〉」30 」
見八信道(のぶみち)とのなりと豫(かね)て認(みし)れるよしあれバさま%\に勦(いたは)る程に思はすおん身が生(いき)給へり。その顛末(てんまつ)ハいかにぞやと問へバしば/\嘆息(たんそく)しいでや事の實(まこと)を告(つげ)ん。われハ武蔵(むさし)の大塚村に由緒(ゆいしよ)ある郷士(がうし)犬塚信乃戍孝(もりたか)といふものなり。此度(こたび)(をや)の遺言(ゆいげん)なれバ村雨(むらさめ)といふ名刀をはる/\滸我(こが)へ齎(もたら)せしに豈(あに)はからんや件(くだん)の宝刀ハ人の為(ため)に抜(ぬき)かへられ贋(にせ)物でありしを知らで見参(けんざん)の日にはしめて知りそを訴(うつたふ)るにいとまなく間諜(まはし)者かとうたがはれ狐疑(こぎ)ふかき在村(ありむら)が下しにしたがふ力士等が為(ため)に生拘(いけとら)れんハ口惜(くちおし)と已ことを得ず血戦(けつせん)していと高き屋の棟(むね)に傳(つたひ)(のぼ)り且(しばら)く息(いき)をつくほとにこの犬飼見八とやらんか只(たゞ)ひとり追登(おひのほ)り來つ。時(とき)(うつ)るまて挑戦(いとみたゝか)ひわが大刀(たち)(つひ)に折れしかハ引組(ひきくん)て〓(もみ)あふ程に齋一(ひとしく)(あし)踏辷(ふみすべ)らして組(くみ)たる儘(まゝ)に大河(たいか)なる舩(ふね)中」31 落(おち)にきと思(おも)ひしがその後(ご)をしらず且(かつ)(はじ)め戦(たゝか)ふたる時ハさしも心つかざりし見八(けんはち)が面部(めんぶ)の痣(あざ)の牡丹(ぼたん)の花に似たるを見(み)れバそれかと思ひ合(あは)する事あり。わか故郷(こけう)なる大塚(おほつか)に糠助(ぬかすけ)といふ百姓(ひやくせう)ありけり。その臨終(りんしう)にいへることあり。その言(こと)ハ如此(しか%\)なり箇様々々(かやう/\  )と行徳の入江橋(いりえはし)にて嬰児(みとりこ)共侶(もろとも)身を投(しづめ)んとしたる折(をり)武家(ぶけ)の飛脚(ひきやく)の諭(さとし)により纔(はづか)に二歳(にさい)の一子を賜(おく)りたる趣(おもむき)を説示(ときしめ)し當時(そのとき)(くだん)の武家(ぶけ)の飛脚(ひきやく)は成氏朝臣(あそん)の御内人(みうちびと)と聞(きゝ)たるのみにて別(わか)れしとぞ。かゝれバ親子(をやこ)再會(さいくわひ)のよすがなきに似たれども糠助(ぬかすけ)が子(こ)の乳名(をさなゝ)を玄吉(けんきち)とぞ名(な)づけたる。そハ生れながらにして右の頬尖(ほうさき)に痣(あざ)ありて牡丹(ぼたん)の花に似たりといへり。今犬飼(いぬかひ)が面部(めんぶ)の痣(あざ)もこれ彼(かれ)符節(ふせつ)を合することし。是のみならず件(くたん)の飛脚(ひきやく)ハ主用(しゆうよふ)のかへるさなれバ私に稚児(おさなご)を携(たづさ)へがたし。」
挿絵
〈文五(ふんこ)兵衞(へい)が往古(むかし)(ものかたり)見兵衞(けんへい)旅舎(やどや)に養子(やうし)(あつく)る〉」32 」
このあたりの定宿(ちやうやど)に預置(あづけお)き再(かさね)て迎(むか)へとるべしといはれし事のありと聞り。もしや索(たづぬ)る人ならずやといふに文五兵衛小膝(こひざ)を柏(うち)自今(たゞいま)おん身が物語(ものがたり)はわれも吻合(ふんがう)することあり。滸我(こが)の御所(ごしよ)なる走卒(はしりつかひ)見兵衛ぬしハおん使に往返(ゆきかひ)(ごと)にわが家(いへ)を定宿(ぢやうやど)にせられたり。僂(かゞなふ)れバ十九年の昔(むかし)にやなりぬらん。その子をわが家へ預(あづけ)し事あり。かくて夥(あまた)の年(とし)を經(へ)て一昨歳(おつゝし)の秋(あき)の頃(ころ)里見殿(さとみどの)へおん使(つかひ)のかへるさにその子共侶(もろとも)わが家に止宿(ししゆく)していひけるやうわれ既(すで)に老たれバなかく役義(やくき)をつとめがたし。よりて拙郎(せかれ)見八(けんはち)に見習(みならは)せばやと思ひつゝ従者(ずさ)にして将(い)て來(きた)れり。渠(かれ)総角(あげまき)の比よりして二階松(にかいまつ)山城(やましろ)ぬしを教(をしへ)を受(うけ)て弱輩(じやくはい)ながら高弟(かうてい)と稱(せう)ぜられる。この子を養(やしな)ひとりし時内室(うちかた)の乳(ち)をわけて字育(はぐくま)れし恩義(おんぎ)あり。かゝれバ子息(しそく)小文吾とハ乳兄弟にして其」33 年も同しかるべし。且(かつ)小文吾も武藝(げい)を好(この)めり。これによりて小文吾と見八と兄弟の義を結(むすば)せなバ久後(ゆくすへ)までも憑(たのも)しからん。といふに某一議に及はず〓(やが)てその意(ゐ)に任(まか)しつゝ勸盃(けんはい)の義をとり行(おこな)ふにかくてその詰朝(あけのあさ)犬飼親子ハ滸我(こが)へ還(かへ)りわが妻ハいく程なく持病(ぢびやう)の痞(つかへ)さし積(つめ)ていとも果敢(はか)なく世を逝(さ)りつ。見兵衛ぬしは去歳の夏これも黄泉(よみち)の客(ひと)となりぬと風の便(たより)に聞えたり。しらねハこそあれ戦(たゝか)ふて縡(こと)のこゝに及へるハ只是過(すく)世の業報(こうほう)(か)。初わが呼活(よびいけ)し見八とのハ生(いき)もせておん身ひとり甦生(そせい)せし。そも命運によるものなれバ今さらに誰をか恨(うらま)ん。この亡骸(なきから)ハわが子と計(はかり)てともかくも葬るべし。おん身ハ走(はし)りて影(かけ)を隱(かく)し後日の祟(たゝり)を脱(まぬか)れ給へとて去(さり)給へといそがせバ信乃ハ聞て頭(かう〔べ〕)をうち掉(ふ)り人の人たるべきよしハ仁(じん)に本づき義に仗(より)て只(たゞ)よく耻をしれバなり。」 又且(かつ)和殿(わどの)が物がたりにてこの犬飼見八ハ糠助(ぬかすけ)か子ならん事定(さだ)かに知れり。知りつゝわれのみ存命(ながら〔へ〕)てハ一旦諾(うけが)ひし糠助が遺托(いたく)にそむくこれ不義なり。われ志(こゝろさし)を得(ゑ)(とげ)すして死せんこと遺憾なれども薄命の致(いた)す所いかにせんすべなし。吾〓(わなみ)ハ憑(たのもし)き親族(しんぞく)なけれど只大塚なる荘官(せうくわん)の小廝(こもの)額蔵(がくぞう)と呼るゝ男と年頃竊(ひそか)に義を結びつ。たゝ是異姓(ゐせい)の兄弟なり。その本名ハ犬川荘助義任(よしたう)といふものぞとよ。〓(もし)このうへの情(なさけ)あらバわがうへを渠(かれ)に告(つげ)てたへと見八か腰刀を晃(きら)りと引抜わか腹に突(つき)たてんとする程(ほど)に死(し)せりと思ひし見八ハ〔ハ〕忽地岸破(がば)と身を起(おこ)して信乃が利腕(きゝうで)引禁(とめ)たり。是ハと見かへる信乃よりも文五兵衛ハ驚(おどろ)き呆れて思はづ發(ほつ)と息吻(いきつき)けり。當下(そのとき)見八膝(ひざ)おしすゝめ嗚呼(ああ)賢なるかな犬塚ぬし一言にして義を貫(つらぬ)くその肺肝(はいかん)」34 を知れハこそ卒尓(あからさま)に禁(とゞ)めたれ。まづこの刄(やいは)を措(おき)給へといひつゝ取て〓(さや)に納め喃(なう)犬塚主古那屋(こなや)の翁今猛(にはか)に身を起(おこ)せしわが為体(ていたらく)の慌(あはたゞ)しきを訝(いぶか)しく思(おも)はれけん。嚮(さき)に某(それかし)芳流閣(ほうりうかく)の棟(むね)を踏外(ふみはづ)して落ぬるとき水際(みぎは)の舟に受(うけ)られしと思ひし後(のち)ハわれにもあらす死してこの江に流(なが)れ寄(より)しを告(つぐ)るが如き人ありてわが枕邊(まくらべ)に立とおもへバなき親(おや)の名とわか名さへ呼(よば)るゝに打おどろきて稍(やゝ)人こゝちはつきしかど覚(さめ)も得(え)果ず夢(ゆめ)に似(に)たり。かくて心を鎮(しづ)めつゝそのいふよしを詳(つばら)に聞けバ彼(かの)幾條(いくくだり)の問答(もんだう)なりき。かゝりし程に犬塚ぬしは道を立義に仗(より)て自殺(じさつ)と見えし為体(ていたらく)に驚(おどろ)きあはて身を起し馴々(なれ/\)しくも禁(とゞ)めたり。しかハあれども犬塚ぬし和殿(わどの)によりて某(それかし)か実父のうへを知る故(ゆゑ)に今君命を外(よそ)にしてわが私を厚(あつう)する烏滸(をこ)のもの」
挿絵
〈信乃(しの)(ぎ)に勇(いさ)んで自(みづから)(やいば)に伏(ふ)さんとす〉[呂文]」35 」
とな思ひ給ひそ。まづわがうへを詳(つばら)に告ん。某が親(おや)見兵衞(けんべい)ハ微禄(びろく)卑職(ひしよく)のものなれども生平(つね)に陰徳(いんとく)を旨として偽飾(いつはりかざ)ることを好ます。ある時二親吾〓(わなみ)を召よせ養(やしな)ひとりしおもむきを説示(ときしめ)し實父(じつふ)の像見(かたみ)の護符嚢(まもりふくろ)を見せられたれバ稚(おさな)こゝろにいと悲(かな)しくやるかたもなき歎(なげ)きせり。これよりしていとゞなほ志(こゝろざし)を奨しつゝ斯行ひ年を經て去歳(こぞ)二親を喪(うしな)ひぬ。後忌(いみ)(はて)て召出され父の職(しよく)を嗣(つぎ)たりしにまた此春ハ役を轉(てん)じて獄舎長(ひとやかしら)になされたり。その時某おもふやうわか亡養父(なきちゝ)ハ慈悲(じひ)ふかく無益(むゑき)の殺生(せつせう)せし事なかりき。われその子として獄舎長をうけ給はらんハ物憂(ものうき)事なり。且(かつ)執権(しつけん)横堀(よこほり)在村ハ権威(けんい)を逞(たくま)しうして人を虐(しへたぐ)ること大かたならすバ罪(つみ)なうして獄舎(ひとや)に繋(つなか)れはかなく命を隕すもの夛かり。縦(たとひ)職役(しよくやく)なれハとて罪(つみ)なき人を呵責(かしやく)」36 せんこと忍かたきわさになん。今われ轉役(てんやく)の義を辞しまうさんに聴(ゆる)されずバ身退くとも甚(はなはだ)しき不忠にあらず。養父母既(すで)に世を逝(さり)給ふに実(しつ)の親(おや)の存亡生死をこゝろにかけずハ不孝ならん。退糧(らうにん)せバなか/\に幸なるべしと尋思(しあん)しつ〓て一通の願状(ねかひふみ)をたてまつり獄舎長(ひとやかしら)を辞(し)しまうせしかバ横堀(よこほり)史怒拒(いかりこば)みて忽地獄屋に繋(つなが)れしに猛(にはか)に罪(つみ)を免されて癖者(くせもの)信乃を搦(からめ)よと異(こと)なる嚴命心得かたし。これ在村が奸智(かんち)もて信乃が手を借(か)り殺(ころ)さんと謀(はかり)けめと猜(すい)すれと逃(のが)るゝ道なし。只(たゞ)(すみやか)に勝負(せうぶ)を决(けつ)して不測(ふしき)の功を立るに至(いた)らバ恩賞(おんせう)にハ身の暇(いとま)を乞受退(しりぞ)き去らんと思ひしのみ。わが為にハ実(じつ)の親(おや)の恩人なるを知らされバ頻(しきり)に挑戦(いどみたゝか)ひにき。嗚呼(あゝ)(あやう)きかも危かりし。親と親との精霊(みたま)の擁護(おうご)(かたみ)に命恙(つゝが)なくこゝに素懐(そくわい)を遂る」
挿絵
〈小文吾(こふんご)が喰(くひ)初の祝(ことほ)きに碗中(わんちう)より玉(たま)を得(え)る〉」37 」
こと寔(まこと)にこよなき幸(さいはひ)なり。嚮(さき)にハ只(たゞ)その大かたを側(そは)聞しつる親(をや)の事なほ精細(つまびらか)に聞まほし犬塚ぬしとかき説(くと)くに信乃ハ只管(ひたすら)感嘆(かんたん)してそが實(じつ)父糠助か終焉(しうゑん)のをり託(たく)せし言(こと)を物語りて往時(むかし)安房(あは)の洲嵜(すさき)にて和殿が生れし七夜(しちや)の日に魚の腹(はら)に信(しん)の字をしるせし玉あり。そを證にし給はゞ紛(まぎ)れあらじといはれたり。その玉今もありやと問へハ見八ハ膚(はた)に著(つけ)たる嚢(ふくろ)の紐(ひも)を解(とき)出して掌(たなそこ)に乗(の )さし示し懐舊(くわいきう)の目皮しばたゝき物数(ものかす)にしていふにハあらねど某が養(やう)父の名乗(なのり)を隆道(たかみち)と唱(とな)へたり。よりてまた某が名を信道(のぶみち)と命けられたり。道ハすなはち養父(やうふ)の隻字(せきし)(のぶ)ハ玉の文字を表(ひやう)せり。実(まこと)の親(おや)の像(かたみ)と聞て玉の出処(しゆつしよ)ハます/\奇(き)なり。こハ犬塚ぬしの賜(たま)ものなりといはれて信乃ハ額(ひたひ)を拊そハ某も本意に稱(かな)へり。」38 某(それかし)もこの玉に毫釐(つゆ)(たかは)ぬを藏(もて)るなり。その玉にハ孝(かう)の字(じ)あり。原(もと)是云云(しか%\)の故(ゆゑ)ありて家狗(かいいぬ)の痍口(きづくち)より件(くだん)の玉ハあらはれ出て某(それかし)が手に入(い)りぬ。只この竒異(きゐ)あるのみならず某が左の腕(かひな)に忽然(こつぜん)として痣(あざ)出きて形(かたち)牡丹(ぼたん)の花に似たり。わが友犬川荘助(そうすけ)も感得(かんとく)の玉これにおなじ。その玉にハ義(ぎ)の字あり。よりて義任(よしたう)と名告(なの)れども假(かり)に字(あざな)を額蔵(がくざう)といふ。渠(かれ)ハ身柱(ちりけ)のほとりより右の胛(かひな)の下まで痣(あざ)あり。その形(かたち)相同じ。かゝれバ糠助(ぬかすけ)老人(をぢ)か子もわれと異姓(ゐせい)の兄弟ならんといとなつかしき心地(こゝち)しつ。いよゝ過世(すくせ)あるを知れり。わが玉を見給はゞ疑(うたが)ひ立地(たちどころ)に氷解(ひやうかい)せんといひつゝ嚢(まもり)の紐(ひも)解披(ときひら)きて玉と痣(あざ)とを見(み)せしかバ見八(けんはち)ハ唱歎(せうたん)して天地を拝(はい)し義を結(むす)びぬ。文五兵衛ハ驚嘆(きやうたん)して両人にうち對(むか)ひかくいへバ〓滸(をこ)」に似たれどわが子(こ)小文吾(こふんご)も過世(すくせ)ある歟。渠(かれ)も一顆(ひとつ)の玉をもてり。彼(かれ)が玉ハ孝悌(こうてい)の悌(てい)の字あり。されバ名告(なのり)もみつから撰(ゑら)みて悌順(やすより)と名つきたり。件の玉の出処(しゆつしよ)を諦(あか)さバ小文吾が尚(なほ)襁褓(むつき)なるとき食初(くひそめ)の碗(わん)の中へ衝立(つきたて)し箸(はし)にかゝりて滾々(ころ/\)とまろぶ物あり。取(とり)て見れハ件(くだん)の玉なり。原(もと)(わん)中にあるべきにあらで出(いで)しハ尤(もつとも)不思議(ふしぎ)の事(こと)歟。求(もとめ)て獲(え)がたき宝(たから)なれバ〓(やが)て小文吾が護符嚢(まもりふくろ)に納(いれ)たるを渠(かれ)ハ今なほ秘蔵(ひそう)せり。加旃(しかのみならず)小文吾ハ市人の子に似(に)げなく総角(あげまき)の頃よりして武藝(ぶげい)を好(この)み年八ばかりの頃なりけん十五歳(さい)なる童(わらべ)と相撲(すまひ)をとりて敵手(あいて)をいたく投(なげ)たれども果(はて)ハ己も尻居(しりゐ)に辷(すへ)りてあたりの石に臀(いさらゐ)を撲(うた)せしかバ大きなる痣(あざ)いで来にけり。年を經(ふ)る随(まゝ)消失(きへうせ)ハせで痣(あざ)ハ生憎(あやにく)(こく)なりつ。形(かたち)牡丹(ほたん)の花(はな)に似たり。」39 しかれどもこれらの事(こと)ハ奇異(きい)に渉(わた)るをもて人に告(つげ)ず。元来(もとより)(かれ)が武藝(ぶげい)を嗜(たし)むも聊(いさゝか)又因縁(いんゑん)あり。いと恥(はつか)しき事ながら某(それがし)が素姓(すせう)をいへバ安房(あは)半國(はんこく)の主(ぬし)なりける神餘(しんよ)光弘(みつしろ)朝臣(あそん)の近臣(きんしん)那古(なこ)七郎が弟(おとゝ)也。そのかみ山下(さんけ)定包(さだかね)が逆謀(ぎやくほう)により光弘(みつしろ)横死(わうし)し給ひしとき兄(あに)にて候七郎ハ金碗(かなまり)孝吉(たかよし)が舊僕(もとのしもべ)杣木(そまき)朴平(ほくへい)洲嵜(すさき)無垢三(むくざう)と戦(たゝか)ふて無垢三(むくさう)を〓倒(きりたふ)せしかどその身も遂(つい)に深痍(ふかで)を負(お)ふて朴平(ほくへい)に撃(うた)れたり。その時(とき)(それがし)十八歳弱冠(じやくくわん)多病(たびやう)なりければ定包(さだかげ〔ね〕)を撃(うつ)べき志願(しくわん)もかなはず母(はゝ)の舊里なるをもてこの行徳(ぎやうとく)に落畄(おちとゞま)り客店(はたごや)となるに及びて家號(いへな)を古那屋(なや)と唱初(となへそめ)市人になりしかど父祖ハ武弁(ぶべん)の家臣(かしん)なり。よりて拙郎(せがれ)小文吾(こぶんご)ハ自然(しぜん)と武藝(ぶげい)を嗜(たし)むものか。渠(かれ)身長(みたけ)ハ五尺九寸膂力(ちから)の限(かぎ)りハいかばかりなるべき。曩(さき)にこの」
挿絵
〈小文吾(こふんご)任侠(にんきやう)(わる)もの犬太(いぬた)を拉(とりひし)ぎて里人のうれひを除(のそく)〉」40 」
里に〓〓(もかり)の犬太(いぬた)といふ悪棍(わるもの)あり。膂力(ちから)(あく)まて剛(つよ)く心(こゝろ)(たけ)くして曲(ゆが)めり。酒と賭博(とばく)を好めるまゝに年來(としころ)浦里(うらさと)を横行(わうきやう)してさる癖者(くせもの)なりけれども領主(りやうしゆ)の弓箭(ゆみや)(おとろ)へて訴糺(うつたへたゞ)すべくもあらず。人皆(みな)毒蛇(とくじや)の如(ごと)く怕(おそ)れて避(よけ)て通(とふ)す程(ほど)に犬太ハ酔狂(すいきやう)のあまり里(さと)の眞中(たゞなか)に一條の索(なわ)を引渡(ひきわた)し紙牌(かみふだ)を結(むすひ)さげてこの所を過(よき)らんとするものハ銭(ぜに)百文を出(だ)すべし。〓(もし)(せん)なくて過(よき)るものあらバ犬太が首(くび)を得さすべし。と書付(かきつけ)てそのほとりなる石(いし)に尻(しり)をかけてをり。是により人(ひと)(みな)(みち)を去(さり)あへず殆(ほと/\)難義(なんき)に及(およひ)にけり。この年(とし)小文吾(こぶんご)十六歳竊(ひそか)に犬太が悪行(あくきやう)を憤(いきとふ)り件(くだん)の索(なわ)を引断(ひきちぎつ)て人を通(とう)さんとする程(ほど)に犬太ハ大(いた)く怒哮(いかりたけ)つて拳(こぶし)を固(かた)めて撲(うた)んと進むを引外(はづし)て足(あし)を飛(とば)して〓(はた)と蹴られて〓(だう)と倒(たふ)るゝを起(おこ)しもたてず乗(のぼ)しかゝつて中〓(むねのあたり)を蹂(ふみ)にじれば」41 胸骨(むねほね)折けて死(しゝ)てけり。さても彼犬太ハ當初(そのかみ)鎌倉(かまくら)を追放(ついはう)せられてわが里(さと)へ來つるものなり。同類(たうるい)もなく妻子(さいし)もなけれバ殺(ころ)したりとて祟(たゝり)ハあらず。是(これ)により世の人ハ遂(つい)に拙郎に綽號(あだな)して犬田小文吾と喚做(よびなし)たり。某ハ件(くだん)の事を次の日人に聞しかバ驚(おとろ)きて拙郎(せかれ)を呼(よひ)つけ血気(けつき)の勇を箴(いまし)めて教訓(きやうくん)の辞を盡(つく)せしかバ小文吾ほと/\後悔(こうくわい)して刄を帯るとも抜(ぬき)候はし。人と争(あらそ)ふとも撃(うち)候はしとぞ誓(ちか)ひける。かくて又近きころ鎌倉(かまくら)に大先達(だつ)念玉修驗(しゆげん)道觀得(くわんとく)といふ両個(ふたり)の山伏あり。并に我慢(がまん)の悪僧(あくそう)なれバ武藝(げい)を嗜相撲(すまひ)を好めり。先祖(せんそ)ハ兄弟に今なほちかき族(やから)なれども年頃(としころ)先達職(しよく)の所得を争(あらそ)ふて果(はた)さず双方證(あかし)の文書あれバ両管領(くわんれい)も黒白を决(さだ)めかねて和談(わたん)を勧(すゝ)め給ひしとぞ。よりて念(ねん)玉觀(くわん)得ハ且くその諍(あらそ)ひ」
挿絵
〈八幡(やわた)の社頭(しやとう)に両(りやう)修驗(しゆけん)角觝(すまひ)をこゝろみる〉」42 」
を輟(とゝめ)て昔惟高惟仁同胞の親王宝位(みくらゐ)を争ひ給ひし譬(たとへ)をひき相撲の勝負(まけ)をもて師弟(してい)とならんと迭(かたみ)に誓紙(せいし)を取かはし遂(つゐ)におの/\彼此に名たゝる相撲(すまひ)を募(もとめ)けり。さる程に念(ねん)玉ハ小文吾がことを傳(つた)へ聞けん。この行徳に詣(まう)來て渠(かれ)にかたらひつ。觀得(くわんとく)ハ小文吾か妹夫市川の里人なる山林房(ふさ)八郎が膂(ちから)(あく)まで人に捷(すぐ)れて拳法相撲を善(よく)すと聞て彼処(かしこ)にいゆきて相譚(かたらひ)けり。かくて本月十八日の未明より八幡の社頭(しやとう)にて東西に桟敷(さじき)を掛(かけ)わたして念(ねん)玉觀得(くわんとく)の両修驗(げん)(ず)者と共(とも)にこれを觀(み)き彼此の里(さと)人にも見せけり。初ハ小文吾と房(ふさ)八が弟(で)子ともの小せり合あり。その小相撲九番(ばん)(はて)て第十番(ばん)ハ山林と犬田が結(むす)びの相撲(すまひ)なれハ見るもの唾(つ)をのみ勝負(せうふ)を俟バ行司ハ左右の気息(きそく)に合してヤッと引たる團扇(うちわ)と共双方」43 齋一(ひとしく)立あかり半〓(はんとき)はかり〓(もみ)あふ程に小文吾ハ左を差たる山林か腕(かひな)を閃(ひら)りと振(ふり)ほとけハ足操(から)(かけ)んとする処を背(そひら)を〓(はた)と撲(うち)しかバ房八ハ両三歩(ふたあしみあし)(はし)るが如く跌飛(けしとん)て俯(うつふ)しになん倒(たふ)れたる。娼(ねた)しと思ふものまても勝負に咄(とつ)と被(かけ)たる声霎時(しばし)ハ鳴(なり)も止さりけり。是よりして小文吾と房八と睦(むつま)しからず。某ハ豫(かねて)よりしは/\禁(とゞ)めたりけれとも彼等は好む事にして人の懇(もとめ)の推辞(いなみ)がたく且(かつ)(おく)したりなンどゝいはれやすらんと外聞を厭(いと)ふのみにて竟(つひ)に用ひす。憖(なましい)なることしてけりと手まねに喩(さと)す果(はて)相撲(すまふ)打出すが如うらべのかたに笛(ふへ)大鼓(たいこ)の音聞えけり。文五兵衛見かへりてあな笑止(せうし)無益(むやく)の話説(はなし)にみが入りて両所の疲(つかれ)をも顧(かへりみ)す日のくるゝをも忘れたり。彼(あの)俚樂(うちはやし)ハ牛頭(ごつ)天王の神輿(みこし)洗の供奉舩(ふね)也。とやらかうやら黄昏(たそがれ)て」近きわたりも路の程潜(しの)ふに便(たより)よくなりぬ。誘(いざ)給へといひかけて先に進みて陸(くが)に登らんとする程に水際(みきは)の蘆(あし)を掻(かき)わけて〓て〓(へさき)に進み近つき袱包(ふろしきつゝみ)を左手にもち舷(ふなべり)に手を掛(かく)るをと見れハ是別人ならす犬田小文吾なりけれハ三人今さら心安堵(おちゐ)てさて見八ハ遽(いそかは)しく信乃を見かへり小文吾と引あはすれハ口議(こうぎ)をはり小文吾ハ父にむかひ某家尊(かぞ)の大人(うし)のむかひに出てさいぜんこゝに索(たづ)ね来つ。彼処(かしこ)まて近つきて竊(たち)聞をつ〔す〕る程に彼(かの)玉の事痣(あざ)の事孝心義膽(ぎたん)異聞(ゐもん)珎説(ちんせつ)(こと)の顛末(てんまつ)をうち聞くに幸にわれもまた過世あるよしを知る。歓(よろこ)び譬(たとふ)るにものもなし。とく出て對面(たいめん)せはやと思ひつゝ又おもふやう今彼人々を伴(ともな)はゞ家にハ人あり影護(うしろめたし)。宿所に還(かへ)りて物よく整(とゝの)へ復(また)こゝに来て迎(むかふ)るとき對面する共遅からじと胸(むね)に揣りて宿所に退き婢児們(をなごども)を出し遣し暮かゝる日」44 の便(たより)よけれバ再(ふたゝ)びこゝに來て見れハなほ言(こと)(はて)ぬ大人(うし)の長譚(ちやうだん)(それかし)かうへ物(もの)々しげに説(とき)(ほこら)かし給ふこと傍痛(かたはらいた)く候ひきと意(ゐ)中を告(つく)れバ文五兵衛笑(えみ)つゝ冗(はげ)たる頭(かうべ)を撫(なで)(いざ)賓客(まろうど)を伴ん先に走りて案内(しるべ)をせよといひあへず立んとつ(〔す〕)るを小文吾霎時(しばし)と推禁(おしとゞ)め犬飼(いぬかい)ぬしの打扮(いてたち)を見ハ里人に怪(あやし)まれん。加之(それのみならず)犬塚(いぬづか)ぬしの衣(きぬ)も袴(はかま)も血(ち)に染たり。短長(ゆきたけ)不便(ふべん)の物なるべけれど単衣(ひとへ)をもて來れり。これを脱かえさせ給へといひつゝ件(くだん)の袱包(ふろしきつゝみ)を解(とけ)バ中(うち)より両口(ふたふり)の刀さへ見(あらは)れ出たり。小文吾信乃に又いふやう就中(なかんづく)犬塚ぬしハ腰(こし)の間(めぐり)(かろ)けん。この両刀(ふたふり)ハいぬるころある人より購(あがな)ひ得たり。當座ばかりに帯(おび)給はゞ幸ならんと贈(おく)るになん。信乃見八ハ小文吾が縡(こと)倉卒(そうそつ)の間(あはひ)にして飽(あく)まで心を盡(つく)したる恵(めぐみ)を謝して衣を脱更(ぬきかえ)(かたみ)に扶(たすけ)てその浅痍(で)を布(ぬの)もて巻(まき)つゝ結(むす)ぶ程に。文五兵衛ハ信乃見八が脱(ぬき)
挿絵
〈両雄(りやうゆう)を家(いへ)に送(おく)りて小文吾(ご)扁舟(こふね)を押流(おしなか)〔す〕〉[愚山人]」45 」
(すて)たる衣(きぬ)も袴(はかま)も肱盾(こて)臑盾(すねあて)もひとつに団(まとめ)て袱(ふろしき)に推包(おしつゝみ)て端(はし)引結(むす)へハ小文吾あたりを見かへりてわか大人(うし)ハ賓客(まろうど)(たち)を誘(いざな)ふてとく還(かへ)り給へ。某(それがし)ハこの舩を推流(〔お〕しなが)して後より退(まか)らん。物とり忘(わす)れ給ふなとこゝろをつくれバ点頭(うちうなつき)つ信乃見八を見かへりて許(ゆる)させ給へと水際(きは)に立バ信乃見八ハ後よりをり立しからバ大哥(あにき)いはるゝまに/\翁(をぢ)共侶(もろとも)に宿所て俟んと小文吾に辞(ち)しわかれ文五兵衛が後(あと)に跟(つき)て古那屋をさして誘引(いさなは)る。小文吾ハ後目送(おく)り端折(はしを)る裳(もすそ)精悍(かひ/\)しく長き刀を背(そびら)へ繞(めぐ)らし舩(ふね)に措(おき)たる袱包(ふろしきつゝみ)をそがまゝ取て楚(しつか)と背負(せおひ)舩の港板(みよし)に肩(かた)さし入れて力に乗(まか)して突放(つきはな)せバ舩(ふね)ハ後ざまに揺(ゆら)めき走りて大洋(うみ)のかたへぞ出にける。小文吾今ハ心安しと舊(もと)の水際(みきは)に還(かへ)りのぼるに日ハはや暮(くれ)て夜闇(やみ)なるに蘆(あし)の葉(は)」46 左右にかき分(わけ)て家路(いへぢ)をさして悠々(ゆう/\)と立(たち)かへらんとつ(〔す〕)る程(ほど)に一反(いつたん)ばかり遣(やり)(すぐ)して蘆原(あしはら)の邊(ほとり)より一刀(ひとふり)(よこた)へ手拭(てぬくひ)もて頬被(ほうかむ)りせし一個(ひとり)の癖者(くせもの)忽然(こつぜん)とあらはれ出て竊歩(ぬきあし)しつゝ小文吾か〓(こしり)を丁と握(にぎ)り畄(とめ)て両三歩(ふたあしみあし)引戻(ひきもど)せバ些(ちつと)も騒(さは)がず身(み)を反(ひね)り揺一揺(ひとゆりゆり)つゝ振拂(ふりはら)ふて見かへらんとする肩尖(かたさき)を押(おさへ)て〓(はた)と衝背(つきそむ)けその手をかけて小文吾が袱包(ふろしきづゝみ)の真中(たゞなか)(つか)んで引倒(ひきたふ)さんと争(あらそ)ふほどに包を一布引綻(ひきふくろ)ばしつ内より落(おつ)る麻衣(あさきぬ)のあやなき烏夜(やみ)にともしらす身(み)をふり回(かへ)し跳蒐(おどりかゝつ)て癖者(くせもの)が右の腕(たゞむき)(とり)ひしがんと拿(と)るを怯(ひる)ます振放(ふりはな)ち迭(かたみ)に劣(おと)らぬ拳法(やわら)の奥妙(おうめう)〓定(ねらひさだ)めつ癖(くせ)ものはなほも打(うた)んと進(すゝ)む処(ところ)を衝(つ)と突(つき)出す小文吾が拳(こぶし)と進(すゝ)む郤含(はづみ)にて癖者(くせもの)ハ腋肚(わきはら)を大く撲(うた)して霎時(しばし)も得(え)(たへ)ず一声苦(あつ)と叫(さけ)びつゝ」
挿絵
〈暗夜(あんや)の癖者(くせもの)蘆原(あしはら)に小文吾(こぶんご)を抑留(よくりう)す〉[呂文]」47 」
一間あまり逡巡(あとすさり)して尻居(しりゐ)に〓(だう)と倒(たふ)れたる音(おと)を聞(きけ)ども目(め)には見(み)ぬ小文吾ハ袱包(ふろしきつゝみ)の寛(ゆるび)を固(かた)く引よせて結(むす)び直(なほ)して歩早(あしはや)に脱(のが)れて宿所(しゆくしよ)に還(かへ)りけり。少選(しばらく)して癖者(くせもの)ハわれに復(かへ)りて身(み)を起(おこ)し再(ふたゝ)び追(お)はん踏出(ふみだ)す足に〓掛(けかく)る麻衣(あさきぬ)を手はやく取(とり)て拊(なで)て見つ烏夜(やみ)に翳(かざ)して透(すか)し見つひとり頷(うなづ)き莞尓(につこ)とうち笑(ゑ)み衣(きぬ)推團(おしまろ)めて懐(ふところ)へ夾(おさ)めて手を組(くみ)(かうべ)を傾(かたむ)け思按(しあん)も路次(みち)も引かえて塩濱(しほはま)のかたへ走去(はせさり)ぬ。

鈍亭主人録[呂文]

英名(ゑいめい)八犬士(はつけんし)三編

【三編巻末】
三編巻末

 東都神田松下町    書房  公羽堂壽梓[〈伊世〉忠]」48




『英名八犬士』四編

【四編表紙】
四編表紙

 英名八犬士(えいめいはつけんし) 直政画

【見返・序】
見返・序
走馬燈(まはりとうらう) 〈又走犬燈〉     英名八犬士四篇
〓輪擁騎駕炎精  飛繞人間不夜城
風鬣追星来有影  霜蹄逐雷去無声
秦軍夜潰咸陽火  〓炬宵馳赤壁兵
更憶雕鞍年少日  章臺踏碎月華明
[改][辰四]

(いん)をおし果(くわ)を説(とく)こと走馬燈(まはりとうろ)の如(ごと)く人間(にんけん)万事(ばんじ)塞翁(さいをう)が馬(うま)に似(に)たり。先(さき)に馬琴(ばきん)老翁(ろうをう)八犬士傳(はつけんしでん)の妙案(めうあん)ありそをそがまゝに抜翠(ぬきがき)して犬馬(けんば)の労(ろう)にも及(およ)ばねども梓主(ふみや)が為(ため)に筆記せる者は戀岱の愚山人なりけり。

【口絵第一図】1
見返・序

【口絵第二図】2
見返・序
 負ふた子に髪なふらるゝ暑哉
 ひら/\とかさす扇や雲の峯


【本文】
英名(えいめい)八犬士(はつけんし)四編

江戸  鈍亭魯文鈔録 
       ○

かゝりし程(ほど)に文五兵衛(ぶんごべゑ)ハ信乃(しの)(けん)八を伴(ともな)ふて宿所(しゆくしよ)に還(かへ)り奥(をく)まりたる子舎(こざしき)に安措(やすらは)して手づから酒食(しゆしよく)を安排(あんばい)しいと叮嚀(ねんころ)に勧(すゝめ)つゝ饗膳(けうぜん)も稍(やゝ)(はつ)る比(ころ)小文吾ハかへり來(き)つ。思ひがけなく癖者(くせもの)に抑畄(よくりう)せられて挑(いとみ)し時袱包(ふろしきつゝみ)(ふくろ)びて信乃が麻衣(あさきぬ)を遺(おと)せしかど烏夜(やみ)なりけれハ心もつかす。安ずるに彼奴(かやつ)ハ蘆原(あしはら)に躱(かくろ)ひて舩(ふね)の中なる密談(みつだん)を竊聞(たちきゝ)せしものなる歟。何にまれ彼(かの)(くだり)(よそ)に洩(もれ)てハ仇にやならん。こゝろかゝりの一ッなりとハいわねども父に對(むか)ひて某(それがし)(いさゝか)おもふ旨(むね)あり。某在宿(ざいしゆく)せざる日ハわきて心を用ひ給へ。昨今(さくこん)止宿(ししゆく)の旅(たび)人はなけれどもさきころより溜流(とうりう)せる修驗者(すげんじや)の念玉坊(ねんぎよくばう)(あす)ハ他所(たしよ)よりかへり來つべし。」3 只彼(かの)人のみならす。いぬる日八幡(やはた)の相撲(すまひ)より妹夫(いもとむこ)の房八はいたく恨(うらめ)り。某世上(せじやう)の人氣を考(かんがへ)こゝろ憎(にく)きことあらバこの二彦(ふたかた)を他所へ移(うつ)さんいかにそやといふに然(さ)なりと應(いらへ)けり。見八是をうち聞て現(げに)この処を領(りやう)したる千葉(ちば)ハ滸我(こが)殿(との)の躬方(みかた)なり。且横堀(よこほり)在村ハその猜忌(ものねたみ)尤逞(たくま)し。渠(かれ)見八か恙(つゝが)なく犬塚生(うし)と義を結(むす)ひて逐電(ちくてん)せしと傳へも聞かハなほ憎(にく)むこと甚(はなはだ)しからん。人の視聽(しちやう)を避(さく)るにハ名を更(かへ)るにますものなし。かゝれハ見(けん)の字に玉を加(くわへ)てけふより現(げん)八と唱(となへ)んと思ふハいかにと相譚(かたらへ)ハしかるへしと應(いらへ)けり。はや夜ハ深(ふけ)て子の半更(なかは)とおほしき頃(ころ)(かど)うち敲(たゝ)き声ふり立己(おのれ)ハ塩濱(しほはま)の鹹(から)四郎なり。神輿洗(みこしあらひ)のかへるさに濱辺(はまべ)て壮(わかき)者共か大(いた)く闘諍(いさかひ)をしたるにより怪我(けが)せしものも亦多かり。そが中にハこゝの弟子(でし)又市川なる山林が弟子もあり。關取(せきとり)いゆき」 てともかくも扱(あつか)ふて給ひねかし。とく/\來(き)ませと期(ご)を推(おし)て足音(おと)高く走(はせ)去けり。小文吾ハ二犬士にも父にも告(つげ)て立出ゆかんとするを押止(おしとゞ)め小文吾が腋刀(わきざし)取て紙索を糾(ひねり)て鍔(つば)の透(すかし)と〓(しとゝめ)に引融(とほ)して楚(しか)と結ひ又小文吾が右の手を胸前(むなもと)近く引よせて紙索(こより)をもて右の巨指(おほゆび)季指(こゆび)の本さへ〓結(わむすび)して餘(あま)れる端(はし)を引断(ちぎ)れハ小文吾ハ呆果(あきれはて)て何し給ふと問せも果ず文五兵衛ハ膝(ひさ)すりよせ親の心を子ハ知らすや。紙索(こより)ハ脆(もろ)きものなれとも結(むす)ひて刄(やいば)を畄(とゞむ)るに引断(ひきゝきら)されハ抜(ぬく)(こと)得ならす。國の法度(はつと)もまた親の教訓(きやうくん)も此紙索におなし。破(やぶ)らんと思ふとき破るハいとも易(やす)けれと破れハ非法(ひほう)不孝なり。大刀ハ則(すなはち)男子の精神(たましゐ)身を守る徳こそあれ人を〓(き)るべき為にハ佩(おび)ず。両手ハ則使役(しえき)の至宝(たから)萬事を弁(へん)する徳あるのみ。」4 人(ひと)を打(うつ)べき物にハあらず。縦(たとひ)いか程(ほど)腹立(はらたゞ)しく忍(しのび)がたき事にあふともこの紙索(こより)の絶(きれ)(やす)く絶(きれ)バ再(ふたゝ)び結(むす)びがたしと思ひかへして堪(たへ)忍び親(おや)に歎(なげ)きを被(かく)るなと生平(つね)にハまして義理(ぎり)(ふか)き庭訓(にはのおしえ)に小文吾は忝(かたじけ)なさの頭(かうべ)を擡(もたげ)(それがし)一旦(いつたん)の怒(いかり)に乗(まか)して親(おや)を忘(わす)れ友(とも)に負(そむ)くの愆(あやまち)をしいだすべき。〓(もし)この紙索を断(きる)ことあらバ侠者(おとこ)といはるゝ要(えう)はなし。そを忘(わす)れざる為(ため)にとて被(かけ)し紙索の指環(ゆびのわ)も圓(まる)く治(おさま)る喧嘩(けんくは)の和談(わだん)。夜ハはや深(ふけ)て候得(え)バ某ハ罷(まか)るなり。寝(ね)まり給へといひかけて一刀(ひとこし)(とつ)て跨(わきばさ)み信乃現八に辞(ぢ)し別(わか)れはや外面(とのかた)に立出(いづ)れハ両人(りやうにん)も戸口(とくち)に目送(みおく)り文五兵衛ハ子舎(こざしき)に〓(かや)をたれて両人を休(やすら)はせ其(その)(み)も納戸(なんど)に退(しりぞ)きけり。却説(かくて)その詰旦(あけのあさ)文五兵衛ハとく起(おき)て早膳(はやいひ)を調理(とゝのへ)て両人が起出(いつ)るを俟(まつ)(ほど)に現八ハ遽(いそがは)しく〓(かや)より出(いで)て某ハ暁方(あけがた)
挿絵
〈文五兵衛(ふんこひやうへ)我子(わがこ)を庭訓(ていきん)して両士(りやうし)をかくまふ〉」5 」
よりとく覚(さめ)て候へどもいかにせん犬塚生(うじ)ハ未明(まだき)より金瘡(てきづ)(はなはだ)しく腫疼(はれいたみ)て其(その)苦腦(くのう)も亦(また)甚し。痍(きず)ハ幸(さいわひ)に灸所(きうしよ)を外(はづ)れて淺(あさ)けれどきのふ終日(ひねもす)河風(かはかぜ)に吹暴(ふきあら)されたるにより破傷風(はせうふう)になれるなり。某(それがし)さま%\に心(こゝろ)を盡(つく)して看病(みとら)んと欲(ほつ)すれども腰著(こしづけ)の藥籠(やくらう)もなし。翁(をぢ)を呼(よば)んもこゝろにず。且(しばら)くおきねと犬塚ぬしのいはるゝに黙止(もだし)たりといふに文五兵衛うち駭(おどろ)きそハおもひかけなき事なり。昨夕(よんべ)までハ健(すく)やかにうち晤譚(かたらふ)たる人の料(はかり)がたきハ病難(びやうなん)のみ。まづ容體を見てこそとそがまゝ裡面(うち)に進入(すゝみ )りそが血色(けつしよく)の衰(おとろへ)を見つゝ文五兵衛ハ嘆息(たんそく)し現八に目を注(くわ)せ共侶(もろとも)に次(つぎ)の間(ま)(おもむ)きて声を潜(ひそ)めさて苦々(にが/\)しき容體(ようだい)なり。療治(りやうぢ)(かん)病忽(ゆるか)せならば本復(ぶく)ハ心(こゝろ)もとなし。されバとて浮世(うきよ)を潜(しの)ぶ身(み)を土(と)地の醫師(くすし)にハ」6 診(み)せがたし。某(それがし)が兄なりける那古七郎が相傳(さうでん)せし破傷(はせう)風の奇方あり。その傳法に云破傷(はせう)風腫疼(はれいたみ)て将(まさ)に死なんとしたるとき年(とし)少き男女の鮮血(ちしほ)各五合をとりて合しその瘡(きつ)にそゝぎ洗(あら)へハその瘡(きづ)ハ立所に愈(いえ)日にして本復(ふく)するといへり。しかれどもち血(しほ)五合を採(とり)たらバと〔ら〕るゝ人ハ必死なん。よしやその人死なずといふとも銭(ぜに)あり威勢(いきほひ)あるものならでハ求(もとめ)がたき薬剤也。おん身か處(ふん)分いかにぞやととへバ現(げん)八沈吟(うちあん)じ醫療(いれう)ハ故(ことさ)ら仁術なるに人を害(そこな)ふハ不仁の術にて忍(しの)びかたき所行(わざ)ならずや。但(たゞ)武蔵なる志婆浦(うら)に破傷(はせう)風の賣藥(ばいやく)あり。こハ効驗(こうげん)の良剤なり。某たゞに彼処へおもむきその藥(くすり)もとめて来へしといふに文五兵衛ハ現(けん)八が義に勇志を感(かん)じて禁(とゞ)めず。早飯(あさいひ)をすゝめなどして路費(ろよう)薬料を贈(おく)り」
挿絵
〈現(けん)八金瘡(さう)の藥(くすり)をもとめんとて志婆浦(しばうら)にいたる〉」7 」
笠に脚絆(きやはん)に草鞋(わらんじ)まで遺(をち)もなく逓与を現八受とりて某思ふよしあれバ信乃に辞別(いとまこひ)をせざるなり。 後(のち)に犬塚(つか)(たつ)ねなバ翁云云と告(つけ)てたべと刀を取て腰(こし)に跨(よこた)へ文五兵衛にぢし別れて笠(かさ)深/\とうち載(いたゞき)背とより潜(しの)ひ出にけり。

○却(かく)て文五兵衛ハ現(けん)八を出し遣れどその人の事心もとなくなほ當然(さしあたる)信乃か病著(いたつき)とやせまじかくやせまじと思ひかねつゝ小文吾が帰宅(かへり)を待(まち)わび獨(ひと)り言して門傍へ立出て見んとする折から走奴(あるき)とか唱(とな)へらるゝ荘官(せうくわん)の使入來り店前(みせさき)より訛音(たみこへ)かけて古那屋の旦(だん)那をはするか。荘官殿より火急の要用とく/\来ませと呼(よび)立けり。文五兵衛ハいとゞしく安からぬ胸裏(むねのうち)に荘官より召るゝハ彼(かの)事ならんかこのことかと思ひかねて沈吟(うちあんじ)(し)乃が臥(ふし)たる子舎(こさしき)に赴きつ扨云云と密語つ」8 又外面(とのかた)に立出つ。走奴(あるき)と共に荘官(せうくわん)の宿所を投(さし)ていそきけり。さる程(ほと)に犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)ハその夜さり塩濱(しほはま)におもむきて闘諍(いさかひ)の為体(ていたらく)を問(とひ)(きは)め軈(やが)て市川(いちかは)なる山林許(がり)人を遣(つかは)して和睦(わほく)の義(よし)を相譚(かたらは)するに房(ふさ)八ハ宿所に在らす。ゆきたるかたもしれずといふ。これにより次(つぎ)の日また市川へ人を遣(つか)はしたりけれども房八(ふさはち)(つひ)に来(こ)ざりしかバ和睦(わぼく)ハ後日(こにち)の事にして傷(きず)つけられし市川人を駕籠(かこ)に乗せ送(おく)り遣(つか)はしなどする程(ほど)に下〓(なゝつさがり)になりにけり。小文吾(こぶんご)ハ宿所(しゆくしよ)のこと且(しばら)くも胸(むね)に絶(たへ)ねバかう扱(あつか)ひ果(はつ)るとやがて里人(さとびと)に辞(ぢ)し別(わか)れて家路(いへぢ)をさしてかへりきつ。栞嵜(しはざき)の並松原(なみまつはら)を過(よぎ)る折(をり)忽地後に人ありて犬田(いぬた)(まて)と呼(よび)かけたり。是則(すなはち)別人(べつじん)ならず房八(ふさはち)なり。その性(さが)(ぜん)か悪(あく)か知らねと色白にして骨法(ひとがら)よく犬塚(いぬづか)信乃に似たりけり。小文」 吾ハうち微笑(ほゝゑみ)(たれ)なるらんと思ひしに市川の〓(せな)なりけり。神輿洗(みこしあらひ)の捫擇(もんちやく)にて昨夕(よんべ)もけふも召(よば)したれど一向(いつかう)に面出しせす。さりとて他人の事でハなし和主(わぬし)が分まで骨折(ほねをり)てやうやく半(なかば)(おさ)めたりといはせも果(はて)ず冷笑(あざわら)ひやよ小文吾(こぶんご)(あの)截判(さいばん)の片手打今途(みち)にして聞及(きゝをよ)へり。房八ハ女房(にようはう)の兄(あに)に怕(おそ)れて知(し)りつゝも知らぬ皃(かほ)して居(ゐ)たりしと世間の人にいはれてハ死(しゝ)ての名折(なをれ)(いき)ての耻辱(ちゞよく)今蒔(まき)なほす確執(でいり)の種(たね)(はな)を持(もた)ねハ身(み)が立(たゝ)ぬ。思按(しあん)(さだ)めて挨拶(あいさつ)せよと哮(たけ)れ立(たて)れと些(ちつと)も騒(さは)がず房八それハそなたの僻案(ひかみ)。甲乙(かうおつ)つけてわけたらバ片手打(かたてうち)ともいはれやせん。一夜(ひとよ)さ一日(ひとひ)まてども來(こ)ざりしそなたを達(たて)てこなたから送(おく)らしたるハ花(はな)ならずやといふを聴(き)かで袖(そで)巻揚(まきあげ)そハいひ釈(わき)になること歟(か)。侠骨(おとこ)の捐(すた)りし己(おれ)なれバいかばかりでもよからずやハと侮(あなど)られたる故事(こじ)来歴(らいれき)。いぬる日」9 八幡(やはた)の晴(はれ)相撲(すまひ)美事和主に負たれハ生涯(せうかい)土俵(とひやう)に足踏かけしと思ひ絶(たへ)てこの如くけふまで惜し額髪(ひたひかみ)(そり)落したる青(あを)冶郎。〓(もし)武士ならバ弓箭(ゆみや)を棄て發心(ほつしん)入道せしこゝろ。よはみに祟る此度の確執(でいり)相撲の日より怖気(おちけ)かつきて生れし里(さと)に肩(かた)入れす。われから潰(つぶ)すといはれなバ釈迦(しやか)でも還俗(けんぞく)せざらんや。女房(によぼう)(さ)れバ阿舅(あに)とハいはさぬ。黒白(しろくろ)(わく)る覚期(かくご)せよと競(きそ)ひ蒐(かゝ)れと爭(あらそ)はず。そなたハいたく逆上(のほせ)し歟。相撲(すまひ)の遺恨(ゐこん)を拳法(やわら)もて返(かへ)すとならバ大人気(おとなけ)なし。けふハ吾〓(わなみ)に事(こと)(おほ)かり。いふことあらバ翌(あす)(また)(き)かん。今宵(こよひ)一宿(ひとよさ)(あつけ)よと和解(なだめ)て別(わか)れ去んとすれバ袂(たもと)を楚(しか)と引(ひき)とゞめ物体(もつたい)つけて滑(ぬめら)かし迯(にげ)ても脱(にが)さぬ今こゝで挨拶(あいさつ)せずやと敦圉(いきまき)つゝ裳(もすそ)を高(たか)く褄取(つまとつ)たり。小文吾今さらもてあまししからんにハいかにせバ十分(じうぶん)そなたハ面(おもて)をおこすと問(と)へバ取(とり)たる袂(たもと)を放(はな)ち斯(かう)して」
挿絵
〈栞嵜に房八宿恨を霽す〉」10 」
(おこ)すと身を反り刄を晃(きら)りと抜(ぬき)かくる。臂(ひぢ)推畄(おしとめ)て顔(かほ)うち目戍りそなたハ酒(さけ)に迷(まよは)されて物にや狂(くる)ふ。聞わきなし。人を殺(ころ)さバ身を殺(ころ)す。親の歎(なけ)きも子の事も思ひかけずやと窘(たしなめ)て取(とつ)たる臂を衝放(つきはな)せバいよ/\逼(せき)て下駄(けた)脱捨(ぬきすて)小文吾刄に怯(おく)れし歟。生酔(なまへひ)(あつか)ひ胸悪(むねわろ)し。とく/\勝負(せうぶ)(けつ)せよと又抜(ぬき)かけて詰(つめ)よすれバ小文吾も今ハ堪(たへ)かねて共(とも)に抜んと手を掛(かけ)る鍔際(つばきは)見れハ親の慈悲(じひ)(かけ)し紙索(こより)に禁(とめ)られて怒(いかり)とゝもに手を斂(おさ)め相手にならねバ呆(あき)れ果(はて)さばかり刄(やいば)がおそろしくバ倶に拳(こぶし)の碎(くたく)るまて打あふて運(うん)を試(ため)さん。とく来(こ)よ進(すゝ)めと立對(たちむか)へど小文吾ハ被(かけ)られし指(ゆび)の紙索(こより)のいと惜(をし)さに頭(かうべ)を低(たれ)て見かへらす。房八呵々(かか)と打笑(わら)ひかばかりの臆病(おくひやう)者を人かましく打なハなか/\にわか拳(こぶし)を穢(けが)さん。是を啖(くら)へと足(あし)を飛(とは)し蹴居(けすへ)て肩(かた)(ふみ)被たり。」11 小文吾ハその足受(うけ)とめ向上る面色朱を沃(そゝ)ぎ堪(たへ)ぬ怒(いかり)を忍べとの親の教訓(おしへ)にもとりなばさきだつ不孝(かう)友にハ不信(しん)思ひかへして恨の涙見せしと汗に紛らして顔(かほ)を背けてついゐたり。當下(そのとき)こかけに躱(かくろ)ひてやうすを見つゝ笑(ゑみ)ながら見れ出し修驗(しゆげん)觀得(くわんとく)扇を颯と推(おし)ひらきて房八をあふぎたて遖(あはれ)(めで)たし心地よし。かくてこそいぬる日の相撲(すまひ)の耻を雪ぎたれ。竒妙/\と小鼻(ばな)を張(いか)らしもはや十分してのけたれバ窮寇(きうこう)ハ追ふへからす。尾を引犬田ハ打栄なし。こハこの儘に打措(おき)て例の酒肆(さかや)で一献(こん)酌ん。とくいかずやと誘引(いざなへ)バ房八ハ脱(ぬぎ)捨し下駄(げた)穿(はき)そろへ又小文吾がほとりに立より佶(き)と疾視(にらまへ)てやよ犬田いふべき事のなほあれどもそハわれ今宵いゆきていはん。もししかへしをせんと思はゞ寐刄(ねたば)あはして俟(まつ)てゐよ。その折畄守を使ふなといと憎(にく)さげに期(ご)を推(おし)て觀得(くはんとく)を先に立酒やへとてぞ伴はる。」
挿絵  挿絵
〈藁塚(わらづか)に犬田(いぬた)急難(きうなん)を緩(ゆるく)す〉」12 」             【改刻本挿絵】
且くして小文吾ハ頭(かうべ)を擡(もた)げ手をこまぬきさるにても房八が日ごろににげなき無法の挙動(ふるまひ)敵手(あいて)にならぬハ親のいましめ相撲(すまひ)に負(まけ)ぬわれにしもたゞ勝(かち)がたきハ馬鹿(はか)者の無法なりきと嗟嘆(さたん)して乱れし鬢(びん)をかき拊(なで)つ再び歩をいそかして邁(ゆく)こと僅(はづか)に三町ばかり。藁塚(わらづか)のほとりより捕手(とりて)の兵八九人簇々(むら/\)と走(はし)り出て逃(のが)さじ遣らじと捕籠(とりこめ)たり。思ひかけなき小文吾ハ驚(おどろ)きながらたゆたへバ野装束(せうそく)せし一個(ひとり)の武士この地の荘官(せうくわん)を先に立し文五兵衛を搦捕(からめとり)物蔭(かげ)より顕(あらは)れ出るを小文吾ハ佶(きつ)と見て親の縲絏(なはめ)に再び駭(おとろ)き思はず其処(そこ)についをれバ件(くだん)の武士ハ立對(むか)ひやをれ小文吾われハ是(これ)滸我(こが)殿の御内にて武者長を奉る新織(にひおり)帆太夫敦光なり。癖者(くせもの)犬塚信乃といふものきのふ云云の事によりて御所を騒(さはが)し奉り捕手(とりて)の兵犬飼(かひ)見八と組撃して芳流閣の屋の棟(むね)より」13 河原面(おもて)に繋(つなが)れし舩の中に滾落(おち)て迹(あと)を暗(くら)まし落亡(うせ)たり。これにより某追捕(ついほ)の嚴命(げんめい)を受(うけ)奉り昨夕(よんべ)通宵(よすから)路次(みち)を急きてこの浦に來たりつゝ澳(おき)に漂(たゝよ)ふ舩を獲(え)たり。おもふに信乃ハ見八を水中に推投(おししづめ)て陸(くが)より逃(のが)れ去りたるもの歟。しからバなほこの浦に潜(しのび)居ることもやあらんと竊(ひそか)に穿鑿(せんさく)してけるに汝(なんぢ)が親の宿所にのみ昨夕両個(ふたり)の旅客(たひゝと)泊れり。その一個(ひとり)ハ今朝立去ぬ。又一個ハ滞畄(とうりう)せり。此彼共に武士なりと縡(こと)(つまびらか)に聞えたり。よりて文五兵衛を召(よび)のぼし嚴(おこそか)に質(たゝし)問しに返荅(へんとふ)甚た胡論(うろん)なり。彼滞畄の旅客こそ正しく犬つか信乃ならめ。そを偽(いつは)らハ文五兵衛も亦是同罪(どうざい)たるにより犇々(ひし/\)と縛(いまし)めつ。われみづから古那屋(こなや)に赴(おもむ)き家捜(やさがし)せんと来つる。荘官(せうくわん)か告るによりて汝と見識(みしり)さへきり畄め縡(こと)のこゝに及るなり。親の」 縲絏(なはめ)を救(すく)はんと思はゞ汝先に進みて件(くだん)の旅客を搦捕(からめとら)せよ。異議(いぎ)に及はゝ親もろともに身を縛(いましめ)の索(なは)に被(かけ)んす。有か隨(まゝ)にとくまうせと威(おど)しつ賺(すか)しつ説示(ときしめ)せハ小文吾ハ親のうへ義を結(むす)ひたる友の事浮沈(う〔ふ〕ちん)存亡(そんぼう)この時なりと思へと色にハちつとも出さす。ぬかつきたる頭(かうべ)を擡(もたげ)仰の趣うけ給はり候ひぬ。しかれとも某ハきのふより宿所にあらす。目(たゞ)今皈宅(きたく)の中途(ちうと)にて親の縲絏(なはめ)に驚(おどろ)くのみ。されハこそその癖(くせ)者我家に滞畄したりとも武勇鋭(するど)き太刀風ならハたとひ夛勢(たせい)をもてすとも捕逃(とりにか)さしとハいひかたし。三十六計(けい)欺詐(だます)を善(よし)とす。おん隊勢(てせい)を遠離(とほさけ)て某に任(まか)し給はゞ何事も親の為なり。ひとり宿所へ立帰りその旅客(たひゝと)なほ在らハ詐計(たばかり)て搦捕(からめとら)ん。こ〔の〕義ハいかゝとこしらへて當坐を脱(のが)るゝ才子弁舌(べんぜつ)説賺(ときすか)されて帆大夫(ほたゆう)ハ然也(さなり)/\と」14 打頷(うちうなづ)き汝(なんじ)が意見(いけん)説得(ときえ)て理(り)あり。信乃ハ万夫(ばんふ)無當(ふたう)の勇(ゆう)。わが隊兵(てのもの)(ら)〓立(きりたて)られ此度(こたび)も亦(また)(え)(とら)ずば過失(あやまち)はわれにあらん。しからば且(しばら)く汝に任(まか)せん。ようせよかしと骨法圖(すがたえ)とり出し小文吾これハ彼(かの)癖者(くせもの)犬塚(いぬづか)信乃(しの)が骨法圖なり。すべてこの圖(づ)に引合(ひきあわ)し一毫(つゆはかり)も似(に)たらんにハ詐計(たばかり)(より)て搦捕(からめと)れ。必(かならず)遅々(ちゝ)すへからず。明(あけ)なバ有無(うむ)をまうし出(で)よ。こゝろへたるかと逓与(わたす)になん小文吾これを受(うけ)おさめ既(すで)にかう命(いのち)がけなる奉公(ほうこう)を仕れハ願(ねか)ふハ親の縲絏(なはめ)をゆるして某(それかし)に預(あづけ)させ給へかしといわせも果(はて)ず帆大夫(ほたゆう)ハ頭(かうへ)と共(とも)に声(こえ)ふり立否(いな)そハ絶(たへ)て稱(かなは)ぬ事なり。汝(なんじ)なりとて一ッ穴(あな)なる貉(むじな)ならん歟。功(こう)あるまでハ文五兵衛は人保(ひとじち)なり。親(おや)を救(すく)ふも罪(つみ)なふもすべて汝か心にあらん。そを今願ふ事かハと叱懲(しかりこら)せバ小文吾ハ忽地(たちまち)(のぞみ)を失(うしな)ふて又いふよしもなかりけり。當下(そのとき)
挿絵
〈かきがらの水のむ鳥や蝉の聲〉魯文」15 」
帆大夫(ほたゆう)ハ小文吾(こぶんご)を且(しばら)く放(ゆる)しいそがして文五兵衛(ぶんごへい)を牽(ひか)せつゝ荘官(せうくわん)さしてゆく跡(あと)を目送(みおく)る子より親(おや)ハなほものいひたげに見かへりつゝ後(あと)へ牽るゝ縛索(しばりなは)(なはて)の藪(やふ)に隔(へだて)られ看々(みる/\)見えずなりにけり。小文吾ハ愀然(しうせん)とうち歎(なげ)きて有けるがきつと心(こゝろ)をはげまして家路(いへぢ)をさしてかへりきつ。そが儘(まゝ)子舎(こざしき)に赴(おもむ)くに現(けん)八ハ在(を)らずして信乃(しの)(たゞ)ひとり病臥(やみふし)たり。こハいかにと驚(おどろ)きてまづそのやうを訊(たづね)るに信乃ハやうやく起(おき)なほりつその金瘡(てきづ)の暁(あけ)がたより猛(にはか)に腫(はれ)(いたみ)たる苦惱(くなう)(たへ)かたき事また現八は薬(くすり)を求(もとめ)んとて武蔵(むさし)なる志婆浦(しばうら)に赴きしを信乃ハ後(のち)に知れること又文五兵衛ハ曩(さき)に荘官より召(よば)るゝとて出てゆきし事を告(つぐ)るに呼吸(こきう)せわしく声(こゑ)(ほそ)れり。小文吾憂(うれひ)の中にまた一層(いつそう)のうれひをまして心苦(くる)しさ限(かぎ)りなけれどさりげなく慰(なぐさ)めて遽(いそかは)しく粥(かゆ)を烹復(にかへ)て」16 勧(すゝむ)るに信乃ハその疼痛(いたみ)の些(すこ)しおこたれはにや纔(わつか)に箸(はし)をとり折(おり)から高やかに呼門(おとなひ)つゝ裡(うち)面に入るものありけれは小文吾店前(みせさき)に走(はし)り出(いて)と見れハ是別人ならす鎌倉(かまくら)の修驗者(すけんさ)念玉(ねんきよく)なり。ついてわろしとおもへとも小文吾〓(やか)て行燈(あんとん)引提(さげ)て別室(はなれさしき)に案(あん)内して舊(もと)の処(ところ)にかへり來つ。思はすも嘆息(たんそく)し腹裏(はらのうち)に思ふやう彼(かの)修驗者(すけんさ)に今宵しも宿かすことハ影護(うしろめた)し。されハとて今更に他処へ移(うつ)さハ疑(うたかは)れん。させる悪(あく)心あらすとも密(みつ)事を知らハ身の仇(あた)なり。刺(さし)殺して口を塞(ふさか)ん。そハともかくもすへけれとせんすへなきハ病臥(やみふ)せし奥(おく)なる人のうへなりけり。けふ帆(ほ)大夫に諾(うけ)ひし事いひ延(のは)されぬ手逼(つめ)の難題(なんたい)。その折(をり)に逓与(わた)されし骨相圖(すかたゑ)こそ心憎(にく)けれ。復(また)よく見はやと懐(ふところ)を掻探(かいさく)れともなかりけり。原来(さては)(みち)にて遺(おと)せしならん。〓(もし)(みち)にして人に拾(ひらは)れ訴(うつた〔へ〕)られなハ」
挿絵
〈妙眞(めうしん)(かなしみ)て〓(よめ)を返(かへ)す〉[呂文]」17 」
その疑(うたか)ひいよ/\吾〓(わなみ)に係(かゝ)るへし。そこら隈(くま)なく索(たつ)ねんとて立遶(たちめく)れともあらされハ果(はて)ぬ尋思(しあん)のかた胡座(あくら)いかにすへきと胸(むね)に問ひ胸にこたへて憂(うき)かす/\のいひあはさねと子坐しきなる信乃もゆく末へ來しかたをおもふに就(つき)て自害(しかい)せんとしかそ覚期(かくこ)を究(きは)めたるいとも切(せち)なる壮夫(ますらを)の清きこゝろそ哀(あは)れなり。

○夜ハはや五ッ半輪(はんりん)の月に代(かえ)たる〓(つと)挑燈(ちやうちん)を轎子(かこ)に照(て)らさし來るものハ山林房(ふさ)八か母俗(そく)の名ハ戸山とて尚(また)黒髪(くろかみ)を惜(おし)けなく断(きつ)たる儘(まゝ)の短髷(をとこわけ)妙眞(めうしん)と呼(よふ)(わか)孀婦(こけ)なり。小文吾ハ頭(かうへ)を擡(わたけ)鬱悒(いふせく)おもへとさりけなく誘(いさ)こなたへと上坐に勧(すゝ)めて巨戸(おほと)を推開(おしひら)けハ轎子(かこ)を横(よこ)さまに舁居(かきすえ)て簾(すたれ)を揚(あけ)て我子を抱(た)きその儘(まゝ)に小文吾か妹(いもと)の沼藺(ぬい)なり。且(しはら)くして妙眞ハ小文吾にうちむかひいといひかたき事なれとも」18 夫婦(めをと)口舌(くぜつ)の縺(もつ)れより憎(にく)からぬ〓婦(よめ)を離別(りべつ)の断(ことわ)りにくまれに來(き)つる心(こゝろ)の苦(くる)しさはじめをいへバいぬる日の八幡(やわた)の相撲(すまひ)に房八がおん身に負(まけ)てかへりしより額髪(ひたいかみ)を剃落(そりおと)せし昨夕(よんべ)俄頃(にはか)に濱辺(はまべ)の捫擇(もんちやく)(やわ)らげ給ひしおん身の截判(さいばん)如才(ぢよさい)あるにハあらざめれど箭(や)さきわろさに房(ふさ)八ハ憤恨(いきとほり)(はなはだ)しく女房去りてこの確執(でいり)の黒白(こくひやく)を判(わく)るとて母の諫(いさめ)も用ひぬ短慮(たんりよ)。媒〓(なかうど)ハ古人(こじん)になりつ。今さら誰(たれ)とて相譚(かたら)ふものなし。よりてわなみが倶(くみ)して來(き)つ。お沼藺(ぬい)が誠心(まこと)ハ知りながら果(はて)しなけれバ慰(なぐさ)めて扶(たす)けて轎子(かご)に乗(の)する折(をり)大八(だいはち)が跡追(あとお)ふて泣(な)くハ理(ことは)り母と子の別(わか)れを〓(むし)が知らせて歟(か)(すか)るを拂(はら)ふて出られもせず已(やむ)ことを得ず合轎(あひこし)に乗(の)して連(つれ)きし離別(りへつ)の情由(わざ)。〓々(てゝご)にもこれらの赴(おもむき)(とり)なし申給ひねと酸鼻(なみだぐみ)たる姑(しうと)の言葉に沼(ぬ)」藺(い)ハよゝとぞ泣沈(なきしづ)む。當下(そのとき)小文吾ハこまぬきたる手を釋(とき)て妙眞(めうしん)を佶(きつ)と見て大家(はゝご)離縁(りゑん)の趣(おもむ)きハ大かた心を得たれとも沼藺(ぬい)ハ親(おや)の娘(むすめ)なり。又この家(いへ)ハ親(おや)の家(いへ)なり。親(おや)の他行(たきやう)に離縁(りえん)の断(ことわ)り承引(うけひ)かば道理(どうり)に背(そむ)かん。老父(をやぢ)ハ今宵(こよひ)(かへ)らん歟(か)逗畄(とうりう)せん歟(か)。定(さだ)かならぬ畄守(るす)にハよしや女弟(いもと)でも一宿(ひとよさ)も畄(とゞ)めがたし。親(おや)の在宿(ざいしゆく)したらん日に又出なほして來(き)給ひね。某(それがし)が知ることかハと立んとすれハ袂(たもと)を引とめ阿舅(あにご)そハ辞(ことば)かたがはん。氣をとり鎮(しつめ)て聞(きゝ)給へ。縦(たとひ)(てゝご)ハ在(ゐま)さずともこゝは〓(てゝご)の家ならずや。〓(てゝご)の宿所(しゆくしよ)へ〓(てゝご)の女児(むすめ)を将(い)て来て返(かへ)せバ畄守の役(やく)(うけ)とり給ふが道なるべし。また大八ハ坐艸(わら)のうへより左の拳(こぶし)の人なみならで物を拿(とる)ことかなはねバ〓弱者(かたわもの)とて持あまし母に添(そは)して来せし歟(か)と思はるゝにや知(し)らず侍(はべ)れど」19 〓弱(かたは)の孫(まご)の可愛(かあい)さの八(や)しほにまして侍(はべ)るものを去(さ)らるゝ母に隷(つけ)て来(こ)せしハ子(こ)に羈(ほだ)されて房八(ふさはち)が武(たけ)きこゝろも折(をれ)よかし孫(まご)もろ侶(とも)に婦(よめ)をしも召(よび)かへさんと思(おも)ふなり。そをうたがふて大八(だいはち)を畄(とめ)じとならバ渠(かれ)ハ旅客(たびゝと)房銭(はたご)を出さバ渡世(とせい)に負(まけ)て宿(やど)(かし)給へ犬田(いぬた)どの。獨行(ひとりたび)にハあらざりき。しかも母と子と同行二人かくても推辞(いなみ)給ふかといと雄々(をゝ)しげにいゝ解(とけ)バ小文吾(こぶんご)ハ信(し)乃が事(こと)今宵(こよひ)に限(かぎ)る手逼(てづめ)の難義(なんぎ)女弟(いもと)なりとて畄(とゞ)めおきていかでか密議(みつき)を知(し)らすへき。いひこしらへて返(かへ)さんものをと説(とけ)ども屈(くつ)せず冷笑(あざわら)ひ客店(はたごや)の事なれバ旅客(たびゝと)にして宿借(やどか)るともはや甲夜(よひ)(すぎ)て座席(ざせき)もなしとばかりいはゞ大八ハ祖母(おば)に倶(ぐ)して還(かへ)しもせん。沼藺(ぬい)を畄(とゞ)めよといはれんか。渠(かれ)(いま)(をや)の家(いへ)なりとて返(かへ)さるゝとも離別(りべつ)の状(でう)なし。」
挿絵
〈賢母(けんぼ)(り)を諭(さと)して小文吾(こふんご)を心服(しんふく)さす〉」20 」
(まげ)て今宵(こよひ)ハ将(い)て還(かへ)り去状(さりでう)(もた)して復(また)(き)ませといはせも果(はて)ず妙真(めうしん)ハおん身(み)ハ離別(りべつ)の状(でう)(のぞま)しさに云云(かにかく)と固辞(いなみ)給ふ歟(か)。こゝろ得(え)がたし。一文一通(いつゝう)の夫(おつと)なりとも妻(つま)を去(さ)るに離別(りべつ)の状(でう)を取(とら)せざるものあるべしや。其(そ)を出(だ)さぬハ吾〓(わなみ)が情誼(なさけ)。逓与(わたせ)バ再(ふたゝ)び結(むす)ばれぬ離縁(りべつ)の状(でう)ハこゝにありといひつゝ帯(おび)の間(あいだ)より一通の状(でう)を取出てほとり近(ちか)くさしよするを小文吾(こぶんご)ハ受取(うけとり)て見(み)んとて披(ひら)けハ去状(さりでう)ならで曩(さき)に途(みち)にて遺(おと)しつる犬塚(いぬづか)信乃(しの)が骨相圖(すがたゑ)なり。愕(はつ)と駭(おど)ろく當惑(たうわく)の難義(なんぎ)ハいよゝます鏡(かゝみ)。妙真(めうしん)ハ顔(かほ)うち目戍(まも)り滸我(こが)の御所(ごしよ)より火急(くわきう)の穿鑿(せんさく)。信乃(しの)とやらんを舎蔵(かくまふ)ものハ親族(しんぞく)縁者(ゑんしや)も罪(つみ)せられんと嚴(おごそか)に徇(ふれ)られしハわが市川(いちかは)の郷(さと)のみならすこゝもなべての事なるべし。これらのよしをおもふにより女房(によばう)を去(さ)る」21 房(ふさ)八を理(わり)なしとのみいひがたし。其去状を受(うけ)納めてお沼(ぬ)いはさらなり大八をも畄め給はゞ吾(わか)みも本意(い)(うけ)じとならバ荘官(くわん)(がり)もて参りて訟(うつたへ)の庭(には)によしあしわけんのみ。おん身ハ事を好み給ふか。否(いな)いかでかハ事を好ん。しからバお沼(ぬ)いを受(うけ)とり給ふか。そハ又縡(こと)の難(なん)義あり。さらバその去状(さりてう)もて訴(うつた)ふへきか。いかにぞやと問(とひ)譴られて小文吾ハ困(こう)じ果つゝうち点頭(うなつき)大家さのみな急(はや)り給ひそ。去状楚(しか)と納たり。親(おや)子ハ某預(あづか)るへし。有無の荅(こたへ)ハわが父のかへりて後と房八にしか傳(つた)へ給ひねかし。夜ハはや更(ふけ)たり。いそがせ給へと稍(やゝ)うち觧(とけ)る辞の花柯(から)妙真なみたおしぬぐひ小文吾に告別(いとまごひ)してかこにハのらて引添(そへ)つゝ東の町をさして行。

○さる程(ほど)に山林房(ふさ)八ハ女房沼(ぬ)ひを去りしかど心に」
挿絵
〈小文吾(ぶんご)(いもと)を遠退(とうさけ)んとして房(ふさ)八を引入る〉」22 」
おもふよしあれバ更闌(こうたけ)て只ひとりしつかに戸口に近づきてうちの様子を窺(うかゞ)ふに小文吾沼いとゝもにうち歎(なげ)く声(こへ)喩す声いとしめやかに聞えけり。沼(ぬ)いハやうやく涙(なみた)を禁(とゞ)め不慮(りよ)のことよりこの身の厄難(やくなん)。やよ家兄よき商量(だんかふ)を聞してたべ。果(は)かなくものを思はんより大八を納戸に臥(ふさ)して〓々(とゝ)さまを俟(まち)(はへ)らん。嗚呼胸痛(いた)やと身を起せバやをれお沼藺(ぬい)ハ何処(とこ)へゆくぞ縦(たとひ)親の家なりとも畄守すれバ兄が随(まゝ)にせん。われハ祈願(きくわん)の事ありて齋戒(ものいみ)すれバ親類(しんるい)でも他家(たけ)より来つるものを畄めず。况奥(おく)へ一歩(あし)も入ことを許(ゆる)さんやと敦圉(いきまき)あらき心ハうらうへ。只子舎に病臥(やみふし)せし信乃を見せじと慢にいひ黒むれバ涙連(なみたぐみ)そハそら言で侍(はべ)るべし。今宵(よひ)ハしのぶ花妻(つま)あるか。人にハ隠(かく)し給ふとも妹に隔(へだて)のあるべきやハと怨(ゑん)じて進」23 めバ眼(まなこ)を〓(いから)し尾陋(ひろう)の推量(すいりやう)竒怪(きつくわい)なり。強(しひ)て納戸(なんど)へゆかんとならハわが齊戒(ものいみ)を障碍(さまたげ)すなる。さらバこゝにも置(おく)ことかなはず。不便(ふひん)なれとも心からぞと掻〓(かいつかみ)わりなく戸口(とぐち)に推(おし)おろせバあなやと叫(さけ)ぶ母の声(こゑ)に驚覚(おどろきさむ)る稚児(をさなこ)も共音(ね)(たて)てぞ泣叫(なきさけ)ぶ。小文吾さこそと共侶(もろとも)に弱(よは)る心を鬼(おに)にしつ泣声(なきこゑ)(おく)へ聞(きか)せじと樞戸(くゞりど)(はた)と〓開(けひら)きて推(おし)出さんとする程(ほど)に外面(とのかた)より手をかけて沼藺(ぬい)が肩尖(かたさき)推戻(おしもと)し閃(ひら)りと内に入るものあり。小文吾これを佶(きつ)と見て房八(ふさはち)なる歟(か)。小文吾か。何(なん)とおもふて真夜中(まよなか)に。問(とは)ずも知(し)れたる確執(でいり)の後段(ごだん)別にいふべきこともあり。他人(たにん)になりて潔白(いさぎよ)く果(はた)さん為(ため)に夜をこめて。それで来つるか。しかりと迭(かたみ)の問荅(もんだう)由断(ゆだん)せず。當下(そのとき)小文吾一刀(ひとこし)引著(ひきつけ)(まつ)(ま)あらせず房八(ふさはち)ハ腕(かひな)を扼(かゝげ)て声(こゑ)をふり立(たて)小文吾和郎(わろ)も」 男ならバ栞嵜(しほりざき)にて踏(ふま)れたる耻(はぢ)をしはぢと思へかし。いふかひなき臆病(おくびやう)者を敵(あひ)手に取らんハ大人氣(おとなげ)なけれど些(ちと)見も聞(きゝ)もせし事あり。さて女房を去りたれども渠(かれ)が所蔵(しよざう)の衣裳(いせう)調度(ちやうど)をまだ返さねバ後日(ごにち)の異論(ゐろん)奥歯(おくば)に物を挾(はさま)してハ慾(よく)に轉(ころ)ぶと人もやいはん。そを返さんとて齎(もたら)し來(き)つ。物檢(あらた)めて受納(うけおさ)めよといふを小文吾聞あへず取出したる血つきの麻衣(あさきぬ)。これハいかにとさしよするを小文吾ハ見て驚(おどろ)き正(まさ)しくそれハと掛(かけ)る手(て)を拂(はら)ふて左(ひだり)へ取なほし√房 昨夕(よんべ)入江の芦原(あしはら)にて√小 しかも甲夜闇(よひやみ)黒白(あやめ)を別(わけ)ず√房 背負(せお)ふてかへる一包袱(ふろしき)√小 誰(たれ)とハしらず後(うしろ)より√房 引(ひき)とゞむるを√小 振拂(ふりはら)ふ√房 迭(かたみ)の手煉(しゆれん)如法夜(によほうや)に√小 引綻(ひきふくろ)ばせし袱(ふろしき)の√房 裂口(さけめ)を漏(もり)て遺(おち)たるこの衣(きぬ)√小 とハ知らずして突退(つきしりぞ)け皈宅(きたく)の後(のち)も事多(おほ)く心もつかで今こゝに√房 うち見て胸(むね)が潰(つぶ)るゝ歟」24 √小 原來(さて)ハその折(をり)癖者(くせもの)ハ房(ふさ)八汝(なんじ)が所為(わさ)なりきと今(いま)ぞ讀(よめ)たる離別(りべつ)の状(でう)√房 三行(みくだり)(なかば)も夜照(よめ)遠見(とほめ)黄昏時(たそがれとき)にゆくりなく途(みち)て拾(ひろ)ふて又途(みち)で母(はゝ)に逓与(わた)せし信(し)乃が骨法圖(ゑすがた)√小 しからバ機密(きみつ)を皆(みな)(しり)て√房 女房(にようぼう)(さ)りしハ祟(たゝり)の注連(しめなは)連係(まきぞへ)せられぬ身(み)の用心。そこらに隱(かく)せし喪家(そうか)の犬塚(いぬつか)(そと)より洩(もれ)てハ物(もの)もなし。荘官(せうくわん)屋敷(やしき)に繋(つなが)れし親(おや)の縲絏(なはめ)を觧(とか)んとならバ信乃(しの)を搦(からめ)て吾〓(わなみ)に逓与(わた)せ√小 否(いな)小ざかしき汝(なんぢ)が贅託(せいたく)罪人(つみんど)舎蔵(かくま)ふわれにハあらずといはせも果(はて)ず〓(こしり)を突立(つきたて)この期(ご)に及(およ)びてなほ陳(ちん)ずるや。拒(こばま)ハ奥(おく)へ踏入(ふみこみ)て索(なは)を被(かけ)んずいかにぞやと迭(かたみ)に怯(ひるま)ぬ争(あらそ)ひに沼藺(ぬい)ハ悲(かなし)さやるかたなく兄と夫(おつと)の間に入(いり)て彼方(かなた)此方(こなた)を和諭(なだめ)つゝ声(こゑ)うちくもり泣涸(なきか)らす。小文吾事(こと)を好(この)むにあらねど既(すで)に大事(だいじ)を知られしかバ立(たゝ)バ撃(きら)んと身(み)がまへ」
挿絵
〈白刄(はくしん)(まじは)るとき小兒(せうに)(あやまつ)て〓殺(けころ)さる〉」25 」
たり。當下(そのとき)房八(ふさはち)ます/\焦燥(いらち)てあな見(み)くるしき女子(をんな)の截判(さいばん)。喧嘩(けんくわ)の側杖(そばつえ)打れんより其処(そこ)退(のか)ずやと敦圉(いきまき)て衝(つ)と立(たち)さまに〓(はた)と〓(け)る爪頭(つまさき)(くる)ふて大八(だいはち)が腋肚(わきはら)を蹴(け)てければ苦(あつ)と一声(ひとこゑ)(さけ)ひもあへずそがまゝ息(いき)ハ絶(たへ)にけり。沼藺(ぬい)もその子(こ)を抱(いたけ)るまゝに横轉輾(よこまろびふし)てよゝと泣(なく)。房(ふさ)八これを物ともせず進(すゝ)む前面(むかひ)に小文吾(こぶんご)が立塞(たちふさが)るを抜打(ぬきうち)に拳(こぶし)(するど)く丁(ちやう)と撃(うつ)(やいば)を鍔(つば)もて受畄(うけとめ)れば紙索(こより)ハ断(き)れつ。小文吾(こぶんご)ハ今(いま)そ仇(あた)なる堪忍(かんにん)の二字(じ)も反故(ほこ)と恨(うらみ)の刀尖(きつさき)(ぬき)あはしつゝ丁々(ちやう/\)と〓(しのぎ)を削(けづ)る迭(かたみ)の大刀風(たちかぜ)四下(あたり)を蹴立(けたて)て戦(たゝか)ふたり。沼藺(ぬい)ハやうやく身(み)を起(おこ)して見(み)れバわが子(こ)は息絶(いきたへ)たり。こハかなしやと見(み)かへれバ兄と良人(おつと)の生死(せうし)の際(さかひ)夫子(つま)にハ去(さ)られ子(こ)ハ殺(ころ)されてわが身(み)ひとつぞ〓(なまじ)ひに生(いけ)る甲斐(かい)なき火宅(くわたく)の苦(くるし)み」26 刄の下(した)に玉(たま)の緒(を)の絶(たえ)なハ絶(たへ)よと忽地に志(こゝろざし)を勵(はけま)してかき抱(いた)きたる大八を撲地(はた)と投(なげ)捨身を起す哀(かな)しみあまりて些も擬議(ぎゞ)せず打(うち)あはしたる白刄の中へ〓〓(まつはり)(とゞむ)る女の念力身を投(なけ)かけて良人の袂(たもと)に携(すが)るを透(すか)さずふり落(おと)す房八怒(いか)れる眼(まなこ)を反(かへ)して碍(さまたげ)すなと蹴倒(けたふ)せバ踏かへされて起(おき)んとしたる頂(いたゝき)の上にきらめく良人(をつと)の刄踏入(ふみこみ)て小文吾を撃(うた)んとうち振(ふ)る拳(こぶし)(くる)ふて沼(ぬ)藺が乳(ち)の下〓(はた)と〓(き)る。灸所(きうしよ)の深痍(ふかで)に霎時(しばし)も得(え)(たへ)ず苦(あつ)と叫(さけ)びて倒(たふ)れけり。是ハと駭(おどろ)く敵(てき)の透間(すきま)を得たり。進(すゝ)む小文吾が閃(ひらめか)したる白刄(しらは)の電火(いなづま)房八ハ右の肩尖(かたさき)ばらりずんと〓割(きりさか)れ拿(もつ)たる刀(かたな)を戛(から)りと捨(すて)て尻居(しりゐ)に〓(たう)と平伏(へたはり)(ふ)すを再(ふたゝ)び撃(うた)んと振揚(ふりあぐ)る刄の下に房八ハやよ等(まて)犬田いふことありとせわしく禁(とゞ)め」
挿絵
〈忍(にん)を破(やぶつ)て犬田山林と戦(たゝか)ふ〉[呂文]」27 」
息吻(いきつき)あへぬ深痍(ふかで)の苦痛(くつう)。小文吾ハ訝(いふか)しと思(おも)へバ些(ちと)も由断(ゆだん)せず卑怯(ひけう)なり山林いふ事あらバ疾(とく)いはでこの期(ご)におよひて何をか聞かんと窘(たしなむ)れバ眼(まなこ)を〓(みは)りそのうたがひハ理(ことは)りなれどもわが本心(ほんしん)を初より諦(あか)さバ特(こと)に義を守(まも)る和殿(わどの)いかでかわれを〓(き)るべき。且(かつ)この痍(きず)をと手を抗(あぐ)れバ小文吾ハなほこゝろ得(え)ずと思ひながら單衣(ひとへ)の袖(そで)を断離(ちぎり)つゝ手拭と結(むす)び合(あは)して瘡口(きすぐち)を楚(しか)と巻て端(はし)(ひき)結びやをれ房八痍(て)ハ淺(あさ)かり。いふ事あらバいへ聞かんと呼(よび)かけられて息(いき)を吻(つ)き喃(なう)阿舅(あにき)犬田どの。栞(しほり)嵜にて理不盡(りふじん)なるわが為体(ていたらく)ハ豫より和(わ)殿にいかりを發さして撃(うた)れて難義(なんぎ)を救(すくは)んと思ひにけれど事成(な)らず。さりとて已(やむ)べきことならず。わが母(はゝ)にハ豫(かね)てより示(しめ)しあはせしよしあれば」28 沼藺(ぬい)を離(り)別に假托(かこつけ)て甲夜(よひ)より和殿(わどの)の氣(け)色をこゝろみ今宵再(ふたゝ)び推て來てやうやく本意(ほゐ)を遂(とげ)にきと告れハ小文吾眉根(まゆね)をうちよせなほ故(ゆゑ)ありやと問(とひ)(なじ)れハ房八(ふさはち)聞て声をはげましされバこそ其事なれ。言(こと)ながくとも聞給へ。果(それがし)(はか)なき今般(いまわ)の懺(さんげ)一昨年(おとゝし)の秋世を逝(さ)りしわが父の病(やまひ)(あやう)かりし時(とき)(ひそか)に母と某(それがし)を枕邊(まくらべ)に呼(よび)近つけて告るやう抑(そも/\)わが父ハ杣木(そまき)(ぼく)平と呼(よば)れたる安房(あは)の青海巷(あをみこむら)の百姓なりき。故(もとの)領主(りやうしゆ)神餘(じんよ)光弘(みつひろ)朝臣(あそん)の忠臣金碗(かなまり)八郎孝吉(たかよし)ぬしの武藝(ふげい)を景慕(けいぼ)しその劔法(たちすぢ)(うけ)んとて彼(かの)家に任へし事あり。かくてまた年を経(へ)て佞臣(ねいじん)山下定包(さたかね)が逆謀(ぎやくぼう)によりてその家竟(つひ)に乱(みだ)れたり。わが父ハ是義(ぎ)氣ある人ゆへいかでか定包を撃(うた)んとて洲嵜(すさき)の無垢三(むくざう)といふ壮夫(ますらを)を相譚(かたらひ)」 つ彼(かの)定包(さだかね)が遊山(ゆさん)を窺(うかゞ)ひ落羽畷(おちばなはて)に埋伏(まちぶせ)して乗(のり)たる馬をこゝろ當(あて)に射(い)て落(おと)せしハ讐(あだ)ならで領主(りやうしゆ)光弘(みつひろ)にぞをはしける。無垢三(むくざう)ハ當坐(とうざ)に撃(うた)れわが父ハ那古(なご)七郎と血戦(けつせん)して七郎を〓臥(きりふせ)〔せ〕たれどもその身(み)(つひ)に生拘(いけど)られて〓(やが)て刑戮(けいりく)せられけり。この條(くだり)の錯〓(まちがひ)ハみな定包(さだかね)が奸計(たばかり)なるをわが父漫(そゞろ)におもひ迷(まよ)ふてかくハ領主(りやうしゆ)を犯(おか)せしかバ金碗氏(かなまりうじ)ハ里見を佐(たすけ)て功(こう)(な)り名を遂(とげ)し後(のち)(ろく)を辞(ぢ)して自殺(じさつ)せり。當時(そのとき)吾〓(わなみ)ハ十四歳母ハ曩(さき)に身まかりぬ。獨(ひとり)安房國(あはのくに)を亡命(かけおち)してこの地に漂泊(ひやうはく)するほどにこゝの小廝(こもの)になりにけり。是よりして年あまた心を切(せめ)て仕へしかバ先主人愛歓(めでよろこ)びて家督(かとく)の男児(おのこ)なきゆゑに吾〓(わなみ)を女壻(むこ)にし給ひぬ。しかるに去歳(こぞ)より通家(えんじや)になりし房八が舅(しうと)(ふん)五兵衛は」29 那古(なこ)七郎が弟(おとゝ)なり。渠その壻(むこ)ハ兄(あに)の讐(あだ)なる杣木(そまき)朴平(ぼくへい)が孫(まご)なるよしを傳(つた)へも聞(き)かバその女児(むすめ)をもて阿容々々(おめ/\)と斉眉(そは)すべき。しられねバこそ口舌(くぜつ)もなけれど怨(うらみ)を慝(かく)して好(よし)を結(むす)ばゝ終(つひ)に子孫(しそん)の患(うれひ)を遺(のこ)さん。人の怨(うらみ)を觧(とか)んとならバ陰徳(いんとく)にますものなし。房八ハ親(おや)に代(かは)りて祖父(ぢぢ)の為(ため)に汚名(おめい)を雪(きよ)め彼(かの)舊怨(きうゑん)を釈(とく)ことあらバ寔(まこと)にこよなき孝行(こう/\)ならん。戸山もこゝろを雄々(をゝ)しうしてわが子を諫奨(いさめはけま)し給へと竊(ひそか)に遺言(ゆいげん)せられたり。父ハ義理(ぎり)に惺〓(さかし)き事既(すで)にかくの如(ごと)し。われハ親に及(およ)ばずともその子として志(こゝろさし)を司さるべきやと思ひ起(おこ)しつ。祖父(おほぢ)の汚名を雪(きよめ)ん為(ため)に杣木(そまき)の杣の木篇(きへん)を除(とり)て下なる木の字に相(あひ)合し山林と名(な)のれるハ其頃よりの事(こと)なりき。さるによりわが舅殿(しうとご)親子の為(ため)に人に事なる志を」
挿絵
〈病客(びやうきやく)(くすり)ヲ辭(ぢし)(くすり)延齡(よはひをのぶ)[埜狐]」 30 」
(つく)して後に親(おや)の遺言明地(あからさま)に告ばやと思へども折(をり)もなし。されバいぬる日八幡(やはた)の相撲(すまひ)ハ技(わさ)も力も和殿(わどの)にハ及ぶべくもあらざれとも怪我(けが)にも勝(かた)じと念(ねん)じつゝ果(はた)して負(まけ)しハ歓(よろこ)びなれ。何でふねたく思ふへき。かくてきのふハ祇園會(ぎおんゑ)の神輿洗(みこしあらひ)を觀(み)ばやとてこの濱に來(き)て遊(あそ)びつ。入江橋を渡(わた)る程に嶽(お)父ハ遥(はるか)に水際(みぎわ)なる芦分舩(あしわけふね)の中にして怪(あや)しき両個(ふたり)の壮佼(わかもの)とうち相譚(かたらひ)給ふになん。われそかほとりに近(ちか)づきて思はず竊聞(たちきゝ)してけるに犬塚犬飼値遇(ちぐ)の竒譚(きたん)和殿(わどの)も亦その相似(あひに)たる玉(たま)さへ痣(あざ)さへあるよしを聞くにます/\感激(かんげき)して獨(ひとり)(つら/\)おもふやう當所(たうしよ)は千葉(ちば)の釆地(りやうち)にして滸我(こが)の御所(ごしよ)の御方(みかた)なり。犬塚(つか)犬飼(かひ)穿鑿(せんさく)せられて難義(なんぎ)に及ぶことあらバ竊(ひそか)に舅(しうと)に力を戮(あは)してわが性命(せいめい)を隕(おと)すとも」31 その危窮(ききう)を救(すく)はざらんや。しからんにハわが父(ちゝ)遺言(ゆいけん)(はた)さん事只(たゞ)この時にあるべしと竊(ひそか)に思ひ决(さだ)めたり。かくてその日ハはや暮(くれ)て彼人びとハ古那屋(こなや)へとて伴(ともなは)れつ。和殿(わどの)ハひとり畄(とゞま)りて件(くだん)の舩を推流し血(ち)つきの衣(きぬ)ども背負(せおひ)つゝ立(たち)かへらんとせらるゝにぞ卒(そ)とものいはんと芦原(あしはら)より立(たち)あらわれて引畄(ひきとめ)しを和殿(わどの)ハ癖者(くせもの)なりとして振拂(ふりはら)ふたる勢(いきほ)ひにいよ/\呼(よび)もかけられず且(しばら)く挑争(いどみあらそ)ふ程(ほど)に吾〓(わなみ)は〓(あはら)をいたく打(うた)れて倒(たふ)るゝ間(はし)にいちはやく和殿(わどの)ハ走去(はしりさり)たりき。跡(あと)にハ遺(おと)せし麻衣(あさころも)あり。〓(もし)他人(たにん)に拾(ひら)はれなバ殃危(わざはひ)其處(そこ)に起(おこ)〔ら〕んと思(おも)へバ〓(やが)てとりあげて更闌(こうたけ)て宿所(しゆくしよ)に還(かへ)りつ。母(はゝ)にすらまだ告(つげ)ざりしに犬塚生(いぬづかうし)追捕(ついほ)の事はや荘官(せうかん)より徇(ふれ)られたり。當下(そのとき)われ又おもふやうわが舅(しうと)ハ客店(はたごや)なり。彼(かの)人々(ひと%\)を舎蔵(かくま)ふとも」
挿絵
〈侠客(けうきやく)(み)を殺(ころ)して仁(じん)を得(え)たり〉」32 」
人の出入(でいり)(おほ)けれバいく程(ほど)もなく顕(あらは)れてみな一統(いつどう)に罪(つみ)せられん。さらバとて今更(いまさら)(ぎ)を結(むす)びたる人々(ひと%\)を出(いだ)し遣(や)るべくもあらず。所詮(しよせん)今わが命(いのち)を隕(おと)して其処(そこ)に危窮(ききう)を救(すく)はずは竟(つひ)に脱(まぬか)れがたかるべし。きのふ入江の芦原(あしはら)にてつく%\と闕窺(かいまみ)しに彼(かの)犬塚(いぬづか)か面影(をもかげ)ハわが面影に似たるやうなり。されバわがこの頸(くび)をもて犬塚生(うぢ)の首級(しゆきう)と偽(いつわ)り滸我(こが)のおん使(つかひ)に逓与(わた)しなバ嶽丈(しうと)父子(おやこ)に祟(たゝり)もなく犬塚生(いぬづかうぢ)を落(おと)しやる便宜(びんぎ)ハこれにますものあらじ。然(され)ども似ざる所(ところ)あり。吾(われ)ハ相撲(すまひ)を好めるゆゑに額(ひたひ)髪を剃(そら)ざれバその面影ハ似たりともこの儘(まゝ)にてハ欺きがたしと心づきてハ霎時(しばし)もあらず八幡(やはた)の相撲(すまひ)に負(まけ)たれバ生涯(せうがい)土俵(どひやう)に足(あし)(ふみ)かけじと今朝(けさ)俄頃(にわか)に額髪(ひたひがみ)を剃(そり)落させ鏡を把て照し」33 見(み)れハ年紀(としのほど)さへ面影(おもかげ)さへ犬塚生(いぬづかうじ)によく似(に)たり。よりていよ/\深念(しあん)を决(けつ)し竊(ひそか)に母に云云(しか%\)と思ふよしを告しかハ母ハ涙(なみだ)さしくみて許(ゆる)すべくもあらざれバわれも有繋(さすが)に請(こひ)かねて自殺(じさつ)の遺書(かきおき)する程(ほど)に母ハはやくも闕窺(かいまみ)て禁(とゞ)めかたしと思はれけん泣(なき)つゝやうやく許(ゆる)されけり。わが母(はゝ)も又男魂(たましひ)あるにより今生(こんじやう)の告別(いとまごひ)思ふ事皆いひ盡(つく)しつ縡(こと)のやうを知(し)らん為(ため)に俄頃(にわか)に沼藺(ぬい)を離別(りべつ)して親家(さと)へかへすといひこしらへ離別(りべつ)の事ハ母に任(まか)してわれはやこの濱(はま)に來(き)つるとき栞嵜(しほりざき)にてゆくりなく和殿(わどの)が宿所(しゆくしよ)へ還(かへ)るにあひぬ。折(をり)ふし往返(ゆきゝ)の人もなし。わか撃(うた)れんにハ便宜(びんぎ)の場(ば)なり。和殿(わどの)は身かはりに意(こゝろ)なくとも犬塚生(いぬつかうじ)とわが面影(おもかげ)の似(に)たりと視(み)る目(め)ハ誰(たれ)にもかわらじ。わが死(し)するの後(のち)わが頸(くび)もて彼(かの)(み)かはりに立(たて)」 ばやと心(こゝろ)つかざることハあらじと思へバ些(ちつと)も躊躇(たゆたは)ず濱里(はまで)の確執(ていり)に假托(くみつけ)て理不盡(りふじん)に譴罵(せめのゝし)り蹴倒(けたふ)してもなほあらそはで親(おや)を思ふて堪忍(たへしの)ふその孝心(かうしん)にハすへもなく本意(ほゐ)を得(え)(とげ)す別(わか)れたる途(みち)より酒を酌(くま)んとて只管(ひたすら)誘引(いざな)ふ觀得(くわんとく)を先(さき)に立(たて)つゝ出(だ)し抜(ぬ)きて取て返(かへ)して稲塚(いなつか)の邊(ほとり)まて來(き)つるとき和殿(わとの)は既(すて)に難義(なんぎ)あり。滸我(こが)より犬塚(いぬづか)追捕(ついほ)の大將(たいせう)新織(しんおり)帆大夫(ほたゆふ)とやらんが夥兵(くみこ)(ら)にとり囲(かこま)れ剰(あまつさへ)嶽丈(しうと)文五兵衛殿(どの)ハいましめられて牽(ひか)れたり。吐嗟(あなや)と胸(むね)は騒(さわ)げとも救(すく)ふべくもあらされバ藪蔭(やぶかげ)に躱(かくろ)ひて一五一十(いちぶしゞう)を見聞たり。かくて和殿(わどの)ハ去りし跡に一通あり。取上て見れバ彼(かの)骨相圖(すがたゑ)なり。麻衣(あさきぬ)といひ繪圖(ゑづ)といひ不思議(ふしぎ)に他人(たにん)に拾(ひらは)れずわが手に入るハ縡(こと)の幸(さいは)ひ今宵(こよひ)ハ决(けつ)し」34 て本意(ほゐ)を遂(とけ)んとおもへば心(こゝろ)に勇(いさみ)あり。かねて示(しめ)しあはしたる中(なか)宿に赴(おもむ)きて竊(ひそか)に母(はゝ)に來(き)ぬる俟(まち)つゝ云云(しか%\)と密報(さゝやき)て彼(かの)骨相圖(すがたゑ)を逓与(わた)せしハ和殿(わどの)が心を騒(さわ)がして今宵撃(うた)れん為(ため)なりき。さるにより甲夜(よひ)の間は背門(せど)の辺(ほとり)に潜來(しのびき)て犬塚生の大病も和殿(わどの)が苦心(くしん)もよく知たり。願ふハ阿舅(あにき)犬田殿わが頸(くび)取て役にたて嶽父(をぢ)の縲絏(なはめ)と犬塚生の危窮(きゝう)を救(すく)ふ手段(てたて)をめぐらせふるき怨(うらみ)を釋(とく)としならバこれを一期(いちご)の功にして昔杣木(そまき)朴平(ぼくへい)ハ定包(さたかね)を撃(うた)んとて領主(りやうしゆ)を犯(おか)して剰(あまつさへ)那古七郎を撃(うち)とりつ且故主(こしゆう)なる金碗氏(かなまりうじ)にもこの故(ゆへ)に腹(はら)を切らせしものなれども今(いま)その孫房八が云云(しか%\)の義烈(ぎれつ)によりて孝子(こうし)義男(ぎだん)の冤枉(むじつのつみ)と嶽丈(しうと)の縲絏(なはめ)を釋(とき)にきと口碑(こうひ)に遺(のこ)し給はらバ祖父(おぢ)の汚名(おめい)を雪(きよ)むべく父(ちゝ)の遺訓(いくん)も空(むな)し」
挿絵
〈房八(ふさはち)か父(ちゝ)のさんげもの語(がたり)〉」35 」
せず死(し)して栄(はえ)あるわが歓(よろこ)び百歳(もゝとせ)の壽(じゆ)を保(たもち)て富貴(ふつき)の人とならんよりこれにます事(こと)あるべしやは。身(み)の歡(よろこ)びに就(つき)てなほ不便(ふびん)なるハ沼藺(ぬい)大八(だいはち)。親子(おやこ)三人(みた)りがおなじ日におなじ所(ところ)に命(いのち)を隕(おと)すもまた是(これ)祖父(おほぢ)の悪報(あくほう)(か)。妻子(やから)にハ一毫(つゆばかり)も意中(ゐちう)の機密(きみつ)を告(つげ)ざれば怒(いかり)を移(うつ)して去(さる)とのみおもふてさぞな恨(うら)みけん。われこそ必死(ひつし)を究(きは)めたれ沼藺(ぬい)ハ年(とし)なほ二十(はたち)に足(た)らず。わがなからん後(のち)(なましい)に後家(こけ)(たて)させんハ便(びん)なきわざなり。事(こと)に假託(なつけ)離別(りべつ)せバかへりて渠(かれ)が為(ため)ならんと思(おも)ひし故(ゆゑ)につれもなくもてなせしこそ悔(くや)しけれ。こうなるべしと豫(かね)てより悟(さと)らバいかでか返(かへ)すべき。大八(たいはち)さへも隷(つけ)て遣(やり)しハ渠(かれ)が成長(ひとゝ)なる後(のち)まで外猶父(をぢご)に教育(もり)を頼(たのま)ん為(ため)なり。しか思(おも)ひしハ仇事(あだこと)にて過失(あやまち)とハいひながら妻(つま)をも子をも手(て)にかけて殺(ころ)して」36 竟(つひ)に身を殺す輪囘(りんえ)応報(おうほう)かくまでにありけるもの歟犬田どの。この悪縁(あくゑん)を結(むす)びし故(ゆへ)に沼藺(ぬい)が枉死(わうし)ハ夫の餘殃(よわう)嶽父(おぢ)の歎(なげ)きも和殿(わどの)の憾(うら)みも想像(おもひやり)つゝ面目なし。許(ゆる)し給へと血に染(そみ)し左手を抗(あげ)ておろかむまでに心の誠(まこと)うち諦(あかす)(たぐひ)(まれ)なる孝順(こうじゆん)節義(せつぎ)深痛(ふかで)に屈(くつ)せぬ長物語(なかものがたり)に小文吾耳(みゝ)を側(そはだて)つゝ膺(むね)を拊(うち)て感嘆(かんたん)の目をしばたゝきて涙(なみだ)を拂(はら)ひ思ひかけなし山林(やまはやし)和殿(わどの)ハ親(おや)の遺訓(いくん)を守(まも)りて舊怨(きうゑん)をとかん為(ため)身を殺(ころ)して仁(じん)をなす心操(こゝろばへ)こそ微妙(いみじ)けれ。和殿の祖父(おゝぢ)が謬(あやまち)て犯(をか)せし罪(つみ)ハ重くとも子孫(しそん)三世の今にしてその汚名を雪(すゝ)ぐ孝順和漢(わかん)に多(おほ)くあるべしやハ。犬塚生(いぬつかうし)の面影(おもかけ)は和殿とよく相似(あいに)たるものから累世(るいせ)の主君(しゆくん)の為にも身を殺してその死(し)に代(かは)る忠臣(ちうしん)ハいと稀(まれ)なるに和殿(わどの)とわれハ通家(えんじや)にして犬塚生は」
挿絵
〈三兇(さんけう)一侠(いつきやう)外裏(ぐわひり)を窺(うかゞ)ふ〉」37 」
相識(しるひと)ならず。且(かつ)八幡(やわた)の相撲(すまひ)より快(こゝろ)よからず見えしかバ究難(きうなん)今宵(こよひ)に逼(せま)れども外にたも憂苦(ゆうく)を告(つげ)てその智恵(ちえ)を借(から)んと欲(ほつ)せず。况(まいて)身がはりの事なとハ企及(くわだておよ)ぶべきにあらねバ一切思ひかけさりしに今ゆくりなき資(たすけ)を得て父の縲絏(なはめ)を觧(とく)よすかにもわが同盟(どうめい)の士を救(すく)ふ便点(てたて)にもならるゝこと意外(ゐぐわひ)に出て歡(よろこ)はしく又哀(かな)しさも一しほなり。人を殺(ころ)して人を救ふハ素(もと)よりわが願(ねかひ)にあらず。犬塚(いぬづか)(うぢ)も如此(しか)ならん。しかりとて今更に推辞(いなみ)てその意に従(したか)はずば水に懲(こり)て湯を辞(ぢ)す如(こと)く和殿をこゝに狗死(いぬしに)さしてことに益(ゑき)なきをいかゞハせん。又沼藺(ぬい)と大八が枉死(わうし)ハいよ/\意外の殃(わざはひ)哀傷(あいじやう)の涙(なみた)(むね)に盈(みち)遺憾(いかん)(はらわた)を断(たつ)といへどもみな薄命(はくめい)のいたす處(ところ)うち歎(なけ)くのみせんすべなし。さばれ妹(いもと)が身を殺(ころ)せしも狗死ならず。わが」38 家に相傳(つたふ)る破傷風(はせうふう)の竒(き)方あり。男女年なほ少壮(わかき)ものゝち血(しほ)おの/\五合(ごんがう)を合してその瘡(かさ)に沃(そゝ)き洗(あら)へハよく死(し)を起(をこ)して生(せひ)に囘(かへ)し瘡(きず)たちまちに愈(いゆ)るゝこと箒(はゝき)の塵(ちり)を拂(はら)ふか如し。便(すなはち)是わか伯父(をぢ)なりし那古(なこ)七郎の傳方(でんほう)なりとそ。父に口授(くじゆ)されしかと求めて得へき藥剤(くすり)ならねハ施(ほどこ)しかたしと思ひしのみ。犬塚生ハその暁(あかつき)より破傷風によりて命(いのち)(あやう)し。この故(ゆへ)に犬飼(かひ)(うじ)ハ志婆浦(しばうら)の藥を求めんとて今朝しも彼(かの)処へ赴(おもむ)きたれとも道(みち)(とふ)けれバいまた還(かへ)らす。縦(たとひ)和殿(わどの)の便点(てたて)に任(まか)して今宵(こよひ)の危窮(きゝう)を脱(のが)るゝとも彼人の命終(をは)らバ亦(また)何の益(えき)あらん。されハ沼藺(ぬい)か枉死(わうし)によりて圖(はか)らす男女のち血(しほ)をえたり。不幸(ふこう)の中の幸(さいはひ)(か)。是ハこれ犬塚生の孝心義胆(ぎたん)世に捷(すぐ)れしを憐(あはれ)み給ふ神明(しんめい)佛陀(ふつだ)の冥助(めうぢよ)ならん。心安かれ山林」 和殿(わどの)と前(さきつ)世ハ相殺(ころ)したる讐敵(あだかたき)今ハ舊怨(きうゑん)氷觧(ひやうかい)して恩義は千曳(ちひき)の石より重かり。功徳(くどく)をなかく口碑(こうひ)に傳へて義烈(きれつ)の亀鑑(きかん)にせさらんやハ。とハいへ親子三人共こゝに命を隕(おと)す事恨(うらみ)のうへのうらみなれ。賢(けん)にして且雄々(をゝ)しき大家なりとも斯(かう)とし聞かハ歎(なけ)き給はん。嗚呼(あゝ)何とせんとばかりに哀(あい)苦そやるせなかりけり。房(ふさ)八聞て莞〓(につこ)とうち笑(ゑ)みされハこそあれわか妻(つま)の不慮(ふりよ)に命を隕したるち血(しほ)は自然(しぜん)と彼人の藥になるも天の冥福(めうふく)。わか過失(あやまち)もかくてこそ聊(いさゝか)面を起すに似たれ。夫婦の恩愛今更いはぬ心のかなしみ千萬言もなほ足らし。不覚に時を移さんよりとく/\ち血を取給へ。一(たち)にして死したりとも全體(みのうち)ハまだ冷(ひへ)へからす。温熱(ぬくまり)失なばいかにして絞(しぼ)るとも血をえんや。とく/\といそかせバ小文吾この議に従ふてやうやくに立」39 あがれども四下(あたり)にさせる器(うつは)なし。何をがなと見かへれバ念(ねん)玉坊(ぼう)が遺(わす)れたる彼(かの)梭尾貝(ほらがひ)(よこ)たはりて行燈(あんどん)のほとりにあり。こハ究竟(くつきやう)の物にこそとひとりごちつゝ左手に取て臥(ふし)たる女弟を引起(おこ)せバ苦(あつ)と叫(さけ)びし声(こゑ)と共に鮮血(ちしほ)ハ颯(さつ)と濆(ほとばし)る瘡口(きづくち)に貝を推著(おしつけ)て貝の半分(なかば)に受たりける。房八くるしき声(こゑ)の下とくこの布を觧〓(ときしりぞけ)てわが血も取らずや犬田殿といふにその布觧(とか)んとつ(〔す〕)るに喃(のう)今霎時(しばし)吾〓(わなみ)にも告別(いとまごひ)をと外面より密音(しのびね)立て禁(とゞむ)るハ是戸山の妙眞也。われにもあらで房八と沼藺(ぬい)がほとりに身を投(なげ)かけて哽(むせ)かへり泣沈(なきしづ)みつゝ且くして目を拭(ぬぐ)ひ喃(のう)房八豫(かね)ての歎(なげき)いやましてかへらぬ旅(たび)の伴侶(みちづれ)に〓(よめ)さへ孫さへ放遣(はなちはなちや)るわが身ひとつをいかにして翌(あす)よりハ又誰をよすかに慰(なぐさ)めん。惜(を)しや利鎌(とかま)に嫋艸(わかくさ)の霜(しも)に先立」
挿絵
〈賢母(けんぼ)我子(わがこ)の義死(ぎし)にのぞみ憂苦(ゆうく)を告(つげ)んとす〉」40 」
(さち)なさよ。さるにても大八が最期(さいご)ハ特(こと)に遺憾(のこりを)し。やよ孺児(わこ)よ祖母(ばゝ)なるぞ物いはずやと亡骸(なきから)を抱(いだ)きとりつゝ揺動(ゆりうごか)してまた哽(むせ)かへる千行(ちすぢ)の涙(なみだ)ハ岩走(いははし)る瀧(たき)のいとせめて碎(くだ)くる胸(むね)の苦(くる)しさをやるかたもなき歎(なげ)きせり。 沼藺(ぬひ)ハさすがに姑〓(しうとめ)の声(こゑ)ハ聞(き)けども哀傷(あいしやう)と深痍(ふかで)に息(いき)を吻(つき)あへず房八(ふさはち)も共侶(もろとも)に弱(よは)る心を励(はげま)して母御よさのみうち歎(なげ)きて病(やみ)わづらひ給ふなよ。父の遺訓(いくん)を果(はた)さんとて身を殺(ころ)せバ母に孝ならず子に又不慈(ふぢ)の愆(あやまち)あり。ひとつハ是(ぜ)にして両个(ふたつ)ハ非(ひ)なり。孝道(かうだう)(まこと)に難(かたい)かな。便りすくなき母の事頼(たの)むハ阿舅(あにき)犬田殿(いぬたどの)。われなまじひに顕身(うつせみ)の息ある程こそ苦惱(くるほ)しけれとくこの布を觧(とき)てよといそかされて小文吾ハ慰(なぐさ)めかねつゝ嘆息(たんそく)しわれ謬(あやまち)て妹夫(いもとむこ)を撃(うて)ハ又謬(あやまち)て妹ハ良人(おつと)に撃れたり。父といふとも」41 誰(たれ)をか恨(うら)みん。大家(はゝご)よ歎(なげ)きハ理(ことわ)りなれども今更(いまさら)千萬(せんまん)口説(くどく)も要(えう)なし。後世(ごせ)のいとなみ肝要(かんえう)ならんと諫(いさめ)て〓(やが)て房(ふさ)八がほとり近く身をよせて布(ぬの)引觧(ひきとけ)ハ濆(ほとばし)る鮮血(ちしほ)を受(うく)る法螺(ほら)の貝吹(ふ)かで無常(むじやう)の風はやき死天(しで)の山伏(やまぶし)わけ登(のぼ)り岩(いは)(つか)む鷲(たか)の峯入に夫婦(ふうふ)手を掖(ひき)子を負(おふ)て往方(ゆくへ)ハ十万億(おく)佛土(ぶつど)母ハしば/\唱名(せうめう)の声(こゑ)も涙(なみだ)に口隱(くもり)けり。

○さる程(ほど)に犬塚(いぬづか)信乃(しの)ハ曩(さき)に小文吾と房八か打合したる大刀(たち)(おと)の子舎(こざしき)へ聞(きこ)えしかバ事こそあれと安からぬ胸(むね)を鎭(しづ)め苦痛(くつう)を忍(しの)ひて身を起(おこ)さんとしつれども腰(こし)の立ねバ枕辺(まくらべ)なる刀を拿(とり)て杖(つえ)にしつ身を坐行(ゐざら)してハ息(いき)を吻(つ)き幾(いく)間もあらぬ家(いへ)の内を跂(は)ひつゝ前房(おもや)の間(あはひ)なる障子(せうじ)のほとりに來つる時房(ふさ)八ハ痍(て)を負(を)ふてその妻(つま)その子の横死(わうし)の事さへ聞(きゝ)てハ」
挿絵
〈むざんやなかぶとの下のきり/\す〉」42 」
病苦(びやうく)も外(よそ)になるまで感涙(かんるい)を禁(とゞめ)あへず人をおもへバ身(み)もよはりて僅(はづか)に障子(せうじ)一隔(ひとへ)にしてその処(ところ)へよる事得(え)ならず苦痛(くつう)しきりに堪(た)へがたけれバそがまゝに俯(ふし)てをり。かくて又(また)小文吾(こぶんご)ハ信乃(しの)が為(ため)に房(ふさ)八夫婦(ふうふ)の鮮血(ちしほ)を貝(かひ)に盛(も)るに及(およ)びて信乃(しの)ハ愀然(しうせん)としてやうやくに頭(かうべ)を擡(もた)げつゝ思ふやう今(いま)わが命(いのち)(おは)るともいかでかハ義士(きし)節婦(せつふ)の血(ち)をもて藥剤(くすり)にせらるべき。人々(ひと%\)の心操(こゝろばへ)は貴(たふと)ぶべく歓(よろこ)ぶべく謝(しや)して且(かつ)(うく)べからず。彼(かの)房八(ふさはち)が孝(かう)なる義(ぎ)なる類(たぐひ)を古今(こゝん)に夛(おほ)く得(え)がたし。わが身(み)も翌(あす)ハ保(たもち)がたけん。息(いき)の内に對面(たいめん)して志(こゝろざし)を告(つげ)ばやとて障子(せうじ)の腰(こし)に手を掛(かけ)ても開(あく)るばかりの力だになくなり果(はて)し身の衰微(をとろへ)をいと朽(くち)をしく思ひけり。當下(そのとき)小文吾(ぶんご)ハ鮮血(ちしほ)を貝(かひ)に受(うけ)しかバ房(ふさ)八ハとく/\奥(おく)へと頤(あご)もて頻(しきり)に進(すゝむ)るに」43 そ小文吾猜(すい)してうち点頭(うなづき)甲夜(よひ)より異(こと)なる事(こと)に紛れて一度も彼(かの)(ひと)の病を訪(と)ふに暇(いとま)なけれバ今さらに心(こゝろ)もとなし。かくまでに調ひし良藥(りやうやく)を空(むなし)うせんや。さハとてしつかに身を起しつゝ溢(あふ)るゝまでに血(ち)を盛(もり)たる梭尾貝(ほらかひ)を右手(めて)に持(もち)て子舎へとて遽(いそかは)しく障子を莎羅と引開て進(すゝ)みゆかんとする程に思はす信乃に足踏(ふみ)かけつゝ跌(つまづき)(あはて)て持たる貝を忽地(たちまち)(はた)とうち落せば信乃は肩より脛(はぎ)(こむら)〔腓〕まで透(すき)間もなく血を沃(そゝか)れつ衣(きぬ)(〔う〕す)けれバ肌膚(はたへ)に徹(とほり)て彼瘡口(きずぐち)に流入りけん苦(あつ)と叫(さけ)ひて仰反(のけぞつ)たり。小文吾いよゝ驚(おとろ)き遽(あは)てと見れバ是信乃なりけり。不思議(ふしぎ)に獲たる良藥をうち落せしこそいと惜けれど後悔(こうくわい)こゝにたつよしもなく項(うなぢ)と腋(わき)へ手をかけて起せどもはや気息(きそく)なし。声ふり立て呼活ハ〓」 念玉か覚(さめ)もやせんと思へバ奥(おく)(はゞか)りあり。いかにすべきと気を悶てなほさま%\に勦(いたは)るにぞ妙真(めうしん)もこの為体(ていたら)くを外(よそ)に見んハさすがにて行燈(あんどん)の灯口(ひぐち)推向(おしむけ)ていかに/\と問ふ程に信乃は睡(ねむり)の覚るが如く身を戦(ふるは)して目を開き吻と息(いき)して起(おき)なほる面色(めんしよく)忽地(たちまち)囘陽(くわいやう)して枯(かれ)たる枝に花さく如く腫(はれ)(いろ)つきし金瘡(たちきず)は瞬間(またゝくひま)に結痂て邪(しや)熱〓(しりぞ)き身ハ軽く元氣平日(ひころ)にいやまして心地清々しくなりにけり。小文吾ハこの光景(ありさま)に愆の藥の効(こう)に面を起していと夲意ありとぞ稱ける。當下(そのとき)信乃ハ形を儼し小文吾にうち對(むか)ひ曩(さき)に大刀音の聞えしよりいと心もとなさに苦痛(くつう)を忍び身を坐行(ゐざり)してこゝまでは來(き)つれども障子をあくること得ならず俯つゝ縡の趣をうち聞くからに感ふかゝり。さばれ」44 彼夫婦の血をもてわが破傷風(せうふう)に沃(そゝが)んハ忍びがたき所行なれバ推辞(いなみ)ばやと思ふ程に跌(つま)まどひの失にてうち被(かけ)られし鮮血(ちしほ)の功(こう)(か)。病痾(やまひ)立地(たちところ)に本復(ほんぶく)しつ。今更(いまさら)(ぢ)するに由なしとて其恩を謝し義(き)を感(かん)じ且(かつ)妙真(めうしん)を慰(なぐさめ)て共侶(もろとも)に房八(ふさはち)がほとりにいゆきて對面(たいめん)し姓名(せいめい)を告(なの)りてその義勇(きゆう)を誉(ほめ)恩徳(おんとく)を歓(よろこ)びてその死(し)を憐(あはれ)み今生(こんせう)にして交(まじは)る日の久しからざるを歎(なげ)きけり。そか中(なか)に房八(ふさはち)ハ絶(たへ)なんとする気(き)を引起して歓(よろこは)しげに佶(きつ)と見(み)かへり疾(とく)わが頸(くび)もて帆大夫(ほたゆう)(ら)を欺(あざむ)きて水陸(すいりく)の守兵を退(しりぞ)け後(うしろ)やすく和君(わくん)を落してあるじの翁の縲絏(なはめ)を觧(とか)せん。介錯(しやく)たのむ犬田殿(いぬたどの)とく/\頸(くび)をといそがせバ小文吾頻(しきり)に嗟嘆(さたん)してそハなほ早(はや)かり山林(やまばやし)。さばれ痍ハ灸所(きうしよ)に係(かゝ)れり。縦(たとひ)名医(めい)の門(かど)に」
挿絵
〈両(りやう)修驗(すげん)本名(ほんみやう)をあかして犬士(けんし)を知(し)る〉」45 」
(たつ)とも存命(ながらへ)べくもあらざれバわれ亦(また)その意(い)に従(したが)はざらんや。とハいへ今更(いまさら)影護(うしろめた)きハ已(やむ)ことを得(え)ず今宵(こよひ)も宿(やと)せし彼(かの)修驗者(しゆけんしや)念玉(ねんぎよく)のみ。渠(かれ)ハ別室(はなれざしき)にをり甲夜(よひ)(すく)る頃(ころ)までハ尺八(さくはち)を吹遊(ふきすさ)みつ。その後(のち)ハ音(おと)もせず。渠(かれ)熟睡(うまゐ)して一毫(つゆはかり)も縡(こと)のやうを知(し)らずハ許(ゆる)さん。今(いま)の世(よ)の人心(ひとこゝろ)(ゑみ)の中(うち)に刄(やいば)を隱(かく)せバわれ只(たゞ)彼か事(こと)をのみいかに/\と思(おも)ひつゝ見(み)かへる暇(いとま)あらさりき。まつその臥房(ふしと)を窺(うかゞ)ふてもし訝(いふか)しきあらバとく禍(わざはひ)の根(ね)を断(たゝ)ん。はやく後(うしろ)を防(ふせ)がずバ心盡しも仇事(あだこと)ならんと聶(さゝや)き告(つげ)て身(み)を起(おこ)せバ信乃(しの)ハ聞(きゝ)てうち点頭(うなつき)いはるゝ趣(おもむき)(いま)さらに思(おも)ひ合(あは)する事(こと)こそあれ。某(それがし)子舎(こざしき)に在(あり)し時(とき)別室(はなれさしき)のかた歟(か)とおぼしく密譚(かたら)ふ声(こへ)したり。只(たゞ)その事のみならす嚮(さき)に某(それがし)彼処(かしこ)なる障子(せうじ)のあなたに在(あり)しときしば/\簀子(すのこ)の〓(きし)む」46 音せり。〓(もし)その修驗者(すげんざ)ならすやといふに小文吾うち驚(おどろ)きてそハ念玉に疑(うたか)ひなし。且(かつ)密談(みつだん)の声せしハ諜(しめ)しあはせしものありて竊(ひそか)に背門(せど)より來つるならん。この條(くたり)の事はや洩(もれ)て密訴(みつそ)せられバ脱(のが)れがたし。鈍(いで)や大事を誤(あやまち)ぬと後悔(こうくわい)しつゝ〓釘(めくぎ)を舌潤(くひしめ)信乃共侶(もろとも)に身を起(をこ)し齋一(ひとしく)別小室(はなれこさしき)へ赴かんとする程(ほど)に出居(いでゐ)と前房(おもや)の間なる障子(せうじ)のあなたに人ありて思ひかけなく声をふりたてやをれ人々且(しばら)く等(まて)。安房(あはの)國守(こくしゆ)里見(さとみ)義實(よしさね)朝臣(あそん)の功臣(こうしん)金碗(かなまり)八郎孝吉(たかよし)が獨子(ひとりご)大輔孝徳(たかとく)法師(ほうし)ヽ大坊(ちゆたいばう)同藩(どうはん)の士(し)(もと)伏姫君(ふせひめきみ)の傅(かしづき)なりし蜑嵜(あまさき)十郎照武(てるたけ)が冢男(ちやうなん)十一郎照文(てるぶみ)等こゝにあり。今(いま)對面(たいめん)して疑念(ぎねん)をとかん。しばらく等と呼(よび)かけて障子を颯(さつ)と推(おし)ひらき並(ならび)たちつゝ近つくをと見れハ是(これ)別人(べつじん)ならず。大先達(だいせんだつ)念玉(ねんぎよく)ハ麻(あさ)の法衣(ころも)に」 白栲(しろたへ)の脚絆(きやはん)を穿(はき)頭陀袋(づだふくろ)を背(そひら)にして左手(ゆんで)に網代(あじろ)の笠(かさ)を拿(もち)(め)手に錫杖(しやくちやう)を突(つき)立つゝ上坐(かみくら)にぞ著たりける。これは是ヽ大(ちよ〔ゆ〕だい)なり。また修驗道(しゆけんどう)觀得(くわんとく)ハ〓髪(しはうかみ)を髻結(もとゆひ)して段(だん)々筋(すじ)の白木(しらき)の小四方(こしほう)に書札(しよさつ)四五通(つう)を乗(のし)たるを恭々(うや/\)捧持(さゝけもち)て丶大が次の席(むしろ)に著(つき)また何等(なんら)のことをかいふ。其(そ)ハ次の巻(まき)に解(とき)分るを見(み)て知(し)らん。

英名八犬士四編

  江戸戯作者   鈍亭魯文筆記
  浮世繪師    一容齋直政画
  神田松下町   伊勢屋忠兵衛版」47

【四編巻末】
挿絵


#『英名八犬士』(二) −解題と翻刻−
#「人文研究」第36号(千葉大学文学部、2007年3月)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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