『八犬傳銘々誌畧』 −解題と翻刻−
高 木  元

【解題】

 曲亭馬琴歿後四年目に当たる嘉永五年の正月廿三日より江戸市村座の春狂言として三代目桜田治助作「里見八犬伝」(初編〜八編)が上演された。これが大当りをし、翌、嘉永六年にも正月廿一日より「里見八犬伝」(七編〜九編)が同座の春狂言として上演された。この時の上演は、正本写合巻『今様八犬伝』全六編(嘉永五年刊、二世春水作、国芳画、紅英堂蔦屋吉蔵・錦耕堂山口屋藤兵衛板)として草双紙化されている。
 『南総里見八犬伝』にとって、この嘉永五年という年は特別な年であった。この年に至るまでに、『八犬伝』を抄録して合巻化した笠亭仙果『雪梅芳譚犬の草子』(豊国画、紅英堂蔦屋吉蔵板)は二十三編までが刊行されており、以後五十六編(明治十四年)まで続く。一方、『犬の草紙』に対抗して、二世春水『仮名読八犬伝』(国芳画、文溪堂丁子屋平兵衛板)が出され、競作状態になっていたが、こちらは嘉永五年時に十六編までが刊行されており、以後三十一編(慶応四年)まで続くことになる。
 この他、二世焉馬作の常磐津豊後大掾正本『八犬義士誉勇猛』(三世豊国画、文亀堂伊賀屋勘右衛門板)が嘉永四年中に出板されており、嘉永五年の秋からは、見立て役者大首絵大錦五十枚続「八犬伝犬の草紙」(二世国貞画、紅英堂蔦屋吉蔵板)が出されることになる(向井信夫「嘉永五年里見八犬伝上演の周辺」、『江戸文藝叢話』、八木書店、一九九五年)
 嘉永五年の歌舞伎上演を契機とした作品がもう一つある。それが、ここで紹介する『八犬傳銘々誌畧』である。この作品は二世為永春水の手に拠って編まれ、嘉永五年に刊行されたダイジェスト版八犬伝の一種である。嘉永から安政期にかけては、中本サイズの絵本物軍記や武将英雄一代記などが流行した時期で、本作も他の絵本物と同様に、挿絵や見返などに色摺りを施し、極めて美麗な本に仕立てられている。
 八犬伝のダイジェストとして特筆すべきは、編年式や巻順に記述されたものではなく、見開きに二名ほどの登場人物を描き、そこに彼等が関った事件を略述するという銘々伝として編まれた点にある。今回は紹介できなかったが、翌、嘉永六年に刊行された第二集に採られた登場人物名を挙げておく。

犬江新兵衛仁・暴風舵九郎・妙真・丁田町之進・神宮〓平・卒川菴八・簸上社平・十條力二郎・十條尺八郎・曳手・單節・越杉駄一郎遠安・竈門三宝平五行・音音・荘役根五郎・丁六・〓介・舩虫・鴎尻並四郎・千葉介自胤・畑上語五郎高成・馬加大記常武・粟飯原首胤度・粟飯原妻子(手枕・稲城・夢之助)・篭山逸東太縁連・品七・調布・犬坂毛野胤智・坂田金平太・渡邊綱平・卜部季六・臼井貞九郎・馬加鞍弥吾常尚・戸牧并鈴子・犬江屋依介・水澪・鵙平・赤岩一角武遠・雛衣・犬村大學禮儀・犬村蟹守儀清・正香・窓井・假一角・泡雪奈四郎秋實・四六城木工作・後の濱路

 なお、底本には佐藤悟氏所蔵の初板本を使用させて頂き、校合本として架蔵の後印本を用いた。

【書誌】

 [編成]中本 一巻一冊  十七・八糎×十二・八糎
 [表紙]浅縹無地に花丸の型押しを散らす
 [題簽]左肩(十三×三糎)子持枠中に「八犬傳銘々誌畧 全」
 [見返]中央に「八犬傳銘々誌畧 初帙」、右に「爲永春水編」、左に「一猛齋芳乕畫」「錦耕堂\發行」
 [叙末]「嘉永五壬子歳季春吉旦新鐫 為永春水識」
 [改印]「米良」「渡辺」「子〓」
 [内題]なし
 [柱刻]「八犬銘々誌 丁付」
 [尾題]なし
 [匡郭]単辺無界(十五・四×十・三糎)
 [刊記]「東都書林 日本橋通壹丁目 須原屋茂兵衛・同貳丁目 山城屋佐兵衛・同所 小林新兵衛・芝神明前 岡田屋嘉七・同所 和泉屋市兵衛・本石町十軒店 英大助・芳町親仁橋角 山本平吉・大傳馬町二丁目 丁子屋平兵衛・横山町壹丁目 出雲寺万次郎・浅草茅町二丁目 須原屋伊八・横山町三丁目 和泉屋金右衛門・馬喰町貳丁目 山口屋藤兵衛板」
 [備考]見返には空色と薄紅色の色摺が施され、序文背景や口絵挿絵には薄墨のみならず薄紅色で花模様などが摺り込まれている。なお、後印本には色摺りは見られない。
 〔付言〕底本の使用を許された佐藤悟氏に深く感謝申し上げます。

【翻刻】

〔表紙〕
表紙

〔見返・序〕
序・見返

里見(さとみ)義實(よしざね)結城(ゆふき)を落(おち)て安房(あは)に創業(さうぎやう)のむかしより遂(つひ)に八犬士(はつけんし)出現(しゆつげん)して威(ゐ)を房總(ばうさう)に輝(かゞやか)すまで凡(すべて)百令(ひやくれい)六巻(むまき)あり。これを里見(さとみ)八犬傳(はつけんでん)といふ。這(こ)ハよく人(ひと)の識(しる)ところにして今更(いまさら)(いは)んも事(こと)ふりにたれど恁(かゝ)る長編(ちやうへん)の冊子(ふみ)にしあれバ看官(みるひと)首輯(はじめ)を閲(けみ)しおはりて後輯(こうしふ)を読(よみ)給はん頃(ころ)まで甲(かれ)が家系(かけい)ハ如此々々(しか/\)なり乙(これ)が出所(しゆつしよ)ハ箇様々々(かやう/\)とよく記臆(きおく)してあらん事(こと)上根(じやうこん)の人(ひと)ハ知(し)らず侍(はべ)れど下根(げこん)の婦女子(ふぢよし)幼童(わらはべ)なンどハ最(いと)(かたく)して忘易(わすれやす)かり。然(され)バ春雨(はるさめ)の閑(しづ)けき夜(よ)(また)ハ冬篭(ふゆごもり)の巨燵咄(こたつばなし)に那書(かのしよ)を評判(ひやうばん)(なさ)んとき甲乙(かれこれ)の傳(でん)混雑(こんざつ)せバ物忘(ものわす)れてふ叟(おきな)めきて卒(つひ)に佳境(かきやう)に入(いり)がたからん。時(とき)に書賈(しよか)何某(なにがし)あり豫(かね)て這義(このぎ)を念(おも)ふをもて予(よ)をしてこれが銘々誌(めい/\し)を編(あま)しむ。予(よ)も又(また)この意(い)なきにあらねバ當初(そのかみ)仮名讀(かなよみ)八犬傳(はつけんでん)を綴(つゞ)り近屬(ちかごろ)後日譚(ごにちものがたり)といふ合巻(がうかん)(もの)の本(ほん)を編(あみ)て里見義尭(さとみよしたか)が出身(しゆつしん)より二世(にせ)三世(さんせ)の犬士(けんし)のうへさへ追局(ついきやく)したる事(こと)あるを今更(いまさら)固辞(いなま)んやうもなく那(かの)長編(ちやうへん)の中(うち)よりして其要(そのえう)をのみ抄録(せうろく)しつ圖上(づしやう)にこれを畧記(りやくき)して題号(なづけ)て銘々誌畧(めい/\しりやく)とす。尓(され)バ拙(つたな)き小冊(せうさつ)なれど僅(わづか)に半員(はんてう)の短文(たんぶん)をもて縦(たとへ)原傳(げんでん)を看(み)給はずとも其(その)概畧(おほよそ)を識(しる)べきもの歟(か)
嘉永五壬子歳季春吉旦新鐫

為永春水誌」

〔口絵〕
口絵

義實(よしざね)安房(あは)へ渡(わた)らんとして三浦(みうら)が崎(さき)に昇天(しやうてん)の龍(たつ)を看(み)る圖(づ)」〈1〉」
〔本文〕
2ウ3オ
伏姫(ふせひめ)并八房(やつぶさ)の犬(いぬ)
伏姫(ふせひめ)ハ義実(よしざね)の息女(そくぢよ)なり。賢(けん)にして美貌(かほよ)し。嘗(かつ)て安西(あんざい)景連(かげつら)といふもの約(やく)に叛(そむ)きて里見(さとみ)を囲(かこ)む。里見(さとみ)の兵(へい)(かて)つきて其城(そのしろ)(すで)におちいらんとす。時(とき)に犬(いぬ)あり八房(やつぶさ)と名(な)づく。義實(よしざね)(この)(いぬ)に戯(たはむ)れて曰(いはく)「〓(なんぢ)敵將(てきしやう)景連(かげつら)を噛(かみ)(ころ)し数百個(すひやくにん)の躬方(みかた)を救(すく)はゞ〓(なんぢ)を伏姫(ふせひめ)が婿(むこ)にせん」と。八房(やつぶさ)その夜(よ)景連(かげつら)が首(くび)をとり皈(かへ)る。是(これ)よりこの犬(いぬ)(ひめ)に戀暮(れんぼ)す。義実(よしざね)忿(いかつ)て殺(ころ)さんとする。伏姫(ふせひめ)(ちゝ)に歎乞(なげきこひ)て遂(つひ)に八房(やつぶさ)に伴(ともな)はれ冨山(とやま)の奥(おく)に分入(わけいり)てより常(つね)に法華経(ほけきやう)を読誦(どくじゆ)す。更(さら)にその身(み)を犯(おか)されず。尓(され)ども犬(いぬ)の気(き)をうけて〓妊(くわいにん)する事六ヶ月(ろくかつき)(はぢ)て自(みづか)ら刃(やいば)に伏(ふ )ふ。」〈2〉

ゝ大(ちゆだい)法師(ほうし)
ゝ大(ちゆだい)ハ幼名(えうみやう)を加多美(かたみ)といふ。父(ちゝ)ハ神餘(じんよ)の原(もと)の忠臣(ちうしん)金碗(かなまり)孝吉(たかよし)すなはち是(これ)也。孝吉(たかよし)一旦(いつたん)里見(さとみ)を資(たす)け功成(こうなり)名遂(なとげ)て自殺(じさつ)するとき加多美(かたみ)ハ祖父(おほぢ)一作(いつさく)に抱(いだ)かれて来(きた)つて父(ちゝ)に對面(たいめん)す。義實(よしざね)これを〓育(やういく)して軈(やが)て大輔(だいすけ)孝徳(たかのり)と名告(なのら)せ這(この)(もの)成長(ひとゝなる)に及(およ)ばゝ長狭(ながさ)半郡(はんぐん)を分(わけ)あたへて婿(むこ)にせばやと思(おも)ひ給へり。然(しか)るに大輔(だいすけ)孝徳(たかのり)ハ或(ある)とき安西(あんざい)に使(つかひ)して事(こと)ならず。八房(やつぶさ)伏姫(ふせひめ)を伴(ともな)ひしと聞(きゝ)(ひそか)に冨山(とやま)に分登(わけのぼ)り鳥銃(てつほう)をもて八房(やつぶさ)をうつ。其(その)(たま)あまつて伏姫(ふせひめ)に中(あた)る。大輔(だいすけ)(おどろ)き且(かつ)(くひ)て自殺(じさつ)なさんとしたりしを義実(よしざね)に禁(とゞめ)られ遂(つひ)に髻(もとゞり)を薙損(なぎすて)て法号(ほうがう)をゝ大(ちゆだい)とあらため那(かの)伏姫(ふせひめ)の疵口(きずぐち)なる白気(はつき)と倶(とも)に飛去(とびさり)たる八(やつ)の玉(たま)を索(たづね)んとて冨山(とやま)を下山(げさん)なせしより行脚(あんぎや)に数多(あまた)の年(とし)を經(へ)て遂(つひ)に八犬士(はつけんし)を倶(ぐ)し皈(かへ)り後(のち)安房国(あはのくに)延明寺(えんみやうじ)に住職(ぢうしよく)す。

3ウ4オ
犬塚(いぬづか)番作(ばんさく)一戍(かづもり)
番作(ばんさく)ハ大塚(おほつか)(うぢ)なり。後(のち)犬塚(いぬづか)と改(あらた)む。父(ちゝ)は持氏(もちうぢ)の両(りやう)公達(きんだち)春王(しゆんわう)安王(あんわう)の傅(かしづき)にしてその名(な)を匠作(せうさく)三戍(みつもり)といふ。倶(とも)に結城(ゆうき)に篭城(らうじやう)せしが其(その)(しろ)(つひ)に落去(らくきよ)して両(りやう)公達(きんだち)ハ捕(とらへ)られ美濃國(みのゝくに)金蓮寺(きんれんじ)にて討(うた)れさせ給へる時(とき)(ちゝ)匠作(せうさく)も討死(うちじに)す。這(この)とき番作(ばんさく)十六歳(さい)武勇(ぶゆう)ハ父(ちゝ)に劣(おと)らねバかの太刀取等(たちとりら)を〓(きり)ちらして君夫(くんふ)の首級(しゆきう)を奪(うばひ)とり同国(どうこく)御坂(みさか)に程遠(ほどとほ)からぬ拈華菴(ねんげあん)といふ山道場(やまでら)に三の首(かうべ)を躱(かく)すに及(およ)びて料(はか)らず悪僧(あくそう)蚊牛(ぶんぎう)を〓(きつ)て総角結(ゆひなづけ)の妻(つま)手束(たつか)に遇(あひ)(とも)に故郷(ふるさと)に皈(かへ)るのとき家名(かめい)を姉婿(あねむこ)蟇六(ひきろく)に奪(うばは)れて其(その)(み)ハ在(ある)に甲斐(かひ)なけれども番作(ばんさく)さらに争(あらそ)はず。持氏(もちうぢ)相傳(さうでん)の宝刀(みたち)と听(きこ)えし村雨丸(むらさめまる)の一口(ひとふり)を一子(いつし)信乃(しの)に譲(ゆづ)りあたへその子(こ)のために斗(はかりこと)を遺(のこ)して死(し)す。古今(こゝん)味曽有(みそう)の廉士(れんし)といふべし。」〈3〉

犬塚(いぬづか)信乃(しの)戍孝(もりたか)
信乃(しの)ハ番作(ばんさく)が一子(いつし)にして八犬士(はつけんし)の一個(ひとり)なり。幼(いとけな)くして父母(ふぼ)に孝(かう)あり。嘗(かつ)て飼犬(かひいぬ)与四郎(よしらう)を〓(きつ)て孝(かう)の字(じ)の玉(たま)を得(え)たり。是(これ)より実名(じつみやう)を戍孝(もりたか)と名告(なの)る番作(ばんさく)自殺(じさつ)するに及(およ)びて身(み)を伯母(おば)婿(むこ)(がり)(やしな)はる。尓(され)ども伯母(おば)婿(むこ)蟇六(ひきろく)はさら也。伯母(おば)亀篠(かめざゝ)も善人(まめびと)ならねバ針(はり)の席(むしろ)に坐(ざ)せるがごとし。唯(ひとり)良友(りやうゆう)額蔵(がくざう)あり。又(また)かの濱路(はまぢ)が貞節(ていせつ)あれどもいまだ婚(こん)を結(むす)ばざれば信乃(しの)ハ親(した)しく物言(ものい)はず。たま/\滸我(こが)に赴(おもむ)くや父(ちゝ)の遺訓(ゐくん)を果(はた)さんとて村雨丸(むらさめまる)の一口(ひとふり)を成氏(なりうぢ)に奉(たてまつ)らんとするに這(この)太刀(たち)も又(また)偽物(にせもの)なり。成氏(なりうぢ)(いかつ)て捕(とら)へんとす。是(これ)より芳流閣(はうりうかく)のはたらきなど種々(くさ/\)の譚(ものがたり)あり。〓(そ)は後帙(こうちつ)に再出(さいしゆつ)すべし。

4ウ5オ
里見(さとみ)治部大輔(ぢぶのたいふ)義實(よしざね)
義実(よしざね)ハ初名(しよみやう)を又(また)太郎といふ。里見(さとみ)季基(すゑもと)の男(なん)なり。始(はじ)め結城(ゆふき)に盾篭(たてこも)る事(こと)三年(さんねん)その城(しろ)(おちい)る時(とき)にのぞみて父(ちゝ)の遺訓(いくん)にもだしがたく老黨(らうだう)氏元(うぢもと)貞行(さだゆき)を将(い)て安房國(あはのくに)におし渡(わた)り麻呂(まろ)安西(あんざい)に憑(よる)といへども信時(のぶとき)景連(かげつら)こばみて納(いれ)ず。嘗(かつ)て金碗(かなまり)孝吉(たかよし)に遇(あふ)て神餘(じんよ)のために義兵(ぎへい)を起(こ)し逆臣(ぎやくしん)山下(やました)定包(さだかね)を誅(ちう)し後(のち)また信時(のぶとき)景連(かげつら)を討(うつ)て安房(あは)を畧(りやく)し上総(かづさ)を従(したが)へ威(ゐ)を房総(ばうさう)に輝(かゞやか)す。その子(こ)義成(よしなり)また賢(けん)なり。義実(よしざね)(よ)を遁(のが)れて義成(なり)に譲(ゆづ)る。是(これ)より滝田(たきた)の老候(らうこう)と称(しよう)せらる。中興(ちうこう)里見(さとみ)の祖(そ)といふべし。」〈4〉

金碗(かなまり)八郎(はちらう)孝吉(たかよし)
孝吉(たかよし)ハ神餘(じんよ)光弘(みつひろ)が臣(しん)なり。光弘(みつひろ)定包(さだかね)が讒(ざん)を用(もち)ひ玉梓(たまづさ)が色香(いろか)に愛(めて)て国政(こくせい)これより乱(みだ)るゝを歎(なげ)き孝吉(たかよし)(しば/\)(いさむ)れとも光弘(みつひろ)(まど)ひてこれを納(いれ)ず。孝吉(たかよし)是非(ぜひ)なく安房(あは)を去(さ)る。後(のち)定包(さだかね)が姦計(かんけい)にて光弘(みつひろ)(うた)れ給ふときゝ身(み)に漆(うるし)して乞食(こつじき)となり再(ふたゝ)び安房(あは)に立皈(たちかへ)りて定包(さだかね)をねらふ折(をり)から義実(よしざね)に邂逅(かいごう)してたちまち定包(さだかね)を誅伐(ちうばつ)し古主(こしう)光弘(みつひろ)の讐(あだ)を報(ほう)ず。義実(よしざね)(かれ)が功(こう)を賞(しよう)して重(おも)く用(もち)ひんとすれども受(うけ)ず。功成(こうなり)名遂(なとぐ)るときにいたりて自殺(じさつ)して義(ぎ)をいさぎよくす。最(もつとも)大義(たいぎ)の士(し)と云(いは)んか。

5ウ6オ
嬖女(おんなめ)玉梓(たまづさ)
玉梓(たまづさ)ハ光弘(みつひろ)の愛妾(あいせう)也。容貌(かたち)に傾国(けいこく)の色(いろ)を餝(かざ)るといへども其(その)(こゝろざし)臭悪(しうあく)にして姦臣(かんしん)定包(さだかね)と密通(みつつう)し竊(ひそか)に渠(かれ)が逆意(ぎやくい)を資(たすけ)て光弘(みつひろ)をおし仆(たを)し遂(つい)に定包(さだかね)が妻(つま)となりてこれをもて本意(ほんい)ありとす。後(のち)定包(さだかね)が討(うた)るゝに及(およ)びてその身(み)も首(かうべ)を刎(はね)られしが怨念(おんねん)(ある)ひハ狸(たぬき)となり或(ある)ひハ八房(やつぶさ)の犬(いぬ)となりて里見(さとみ)に讐(あだ)を做(なさ)んとせしも伏姫(ふせひめ)の賢(けん)なると役(えん)の行者(ぎやうじや)の功力(くりき)によりて怨霊(おんれう)忽地(たちまち)解脱(げだつ)しつ。了(つい)に正果(しやうくわ)を得(え)たりとなん。」〈5〉

山下(やました)(さく)左衛門尉(ざゑもんのぜう)定包(さだかね)
定包(さだかね)ハ光弘(みつひろ)の讒臣(ざんしん)なり。甞(かつ)て君(きみ)を弑(しい)せんとすれどもいまた其(その)(はかりごと)を獲(え)ず。然(しか)るに朴平(ぼくへい)無垢三(むくざう)といふもの其(その)(み)を覘(ねら)ひ討(うた)んとすと聞(きゝ)(やが)て光弘(みつひろ)に放鷹(たかがり)をすゝめ豫(かね)て〓人(くちとり)何某(なにがし)に吩付(いひつけ)光弘(みつひろ)の馬(うま)に毒(どく)を飼(く)はせ途(みち)にて馬(うま)の薨(たを)るゝに及(およ)びて自(おのれ)が乗馬(ぜうめ)に主人(しゆじん)を乗(のら)しめ計(はか)ッて朴平(ぼくへい)(ら)に是(これ)を射(い)さしむ光弘(みつひろ)(こゝ)に討(うた)れて後(のち)定包(さだかね)国家(こつか)を横領(わうれう)なしかの玉梓(たまづさ)ハいふもさらなり其(その)(よ)光弘(みつひろ)が嬖女(おんなめ)(ら)を都(すべ)て自(おのれ)が物(もの)としつ。昼夜(ちうや)歓楽(くわんらく)を尽(つく)せしが天道(てんたう)(いかで)か許(ゆるし)し給はん。遂(つひ)に義実(よしざね)に誅(ちう)せられて臭名(しうめい)(なが)く世(よ)に傳(つた)ふ。

6ウ7オ
杣木(そまきの)朴平(ぼくへい) 洲崎(すさきの)無垢三(むくざう)
朴平(ぼくへい)と無垢三(むくざう)ハ倶(とも)に金碗(かなまり)八郎が若黨(わかたう)にして且(かつ)武術(ぶじゆつ)の弟子(おしへご)なり。孝吉(たかよし)安房(あは)を去(さり)ての後(のち)ハ二個(ふたり)も自(おのれ)が故郷(こきやう)に退(しりぞ)き煙(けふ)りを立(たて)けるが這(この)(とき)山下(やました)定包(さだかね)ハ上(かみ)を惑(まど)はし下(しも)を苦(くる)しめ且(かつ)忠臣(ちうしん)を讒害(ざんがい)する事(こと)(ひ)を追(おつ)て募(つの)るといへども咸(みな)その威勢(ゐせい)に懼(おそ)るゝをもて誰(たれ)とて口(くち)に出(いだ)せるハなし。定包(さだかね)(つね)に白馬(しろうま)に乗(の)る。人(ひと)渾名(あだな)して人喰馬(ひとくひうま)といふ。朴平(ぼくへい)(もと)より侠気(きやうき)あり。無垢三(むくざう)もまた義気(ぎき)あれバ光弘(みつひろ)(ぬし)の」〈6〉
淫酒(いんしゆ)にふけるも孝吉(たかよし)刀称(どの)の浪々(らう/\)せしも咸(みな)定包(さだかね)が做(なす)わざなれバ人喰馬(ひとくひうま)を覘(ねら)ひ討(うつ)て國主(こくしゆ)の為(ため)に姦(かん)を鋤(すか)んと竊(ひそか)に談合(だんかう)したりしを定包(さだかね)はやく洩聞(もれきゝ)て計(はか)ッて光弘(みつひろ)を俺(わが)(うま)に乗(のら)しめ定包(さだかね)鷹野(たかの)と披露(ひろう)せしかバ時(とき)こそ得(え)たれと朴平(ぼくへい)(ら)ハ落葉畷(おちばなはて)に埋伏(まいふく)して白馬(はくば)に乗(のり)しハ定包(さだかね)と思(おも)ひ違(たが)へて光弘(みつひろ)を遠矢(とほや)をもて射落(いおと)したり。這時(このとき)無垢三(むくさう)ハ神餘(じんよ)の近臣(きんしん)那古(なこの)七郎に討(うち)とられ朴平(ぼくへい)ハ捕(とらへ)られて遂(つひ)に獄(ひとや)の中(うち)に死(し)す。実(げ)に惜(をし)むべきの侠者(きやうしや)なれども慮(おもんばかり)の足(た)らずして國主(こくしゆ)を弑(しい)するのみならず身(み)も又(また)(やいば)の錆(さび)となる事(こと)(てん)なるか将(はた)(めい)なるか。

7ウ8オ
神餘(じんよ)長狭助(ながさのすけ)光弘(みつひろ)
光弘(みつひろ)ハ旧家(きうか)にして安房(あは)半國(はんごく)を領(れう)するをもて推(おし)て国主(こくしゆ)と披露(ひろう)しつ。麻呂(まろ)安西(あんざい)を旗下(きか)と做(なす)にぞ勢(いきほ)ひなきにあらざりしが定包(さだかね)がために計(はか)られて朴平(ぼくへい)(ら)が矢先(やさき)にかゝり落葉畷(おちばなはて)の朝露(あさつゆ)と倶(とも)に命(いのち)を落(おと)せしハ最(いと)も果敢(はか)なき最期(さいご)なり。」〈7〉

那古(なこの)七郎(しちらう)由武(よしたけ)
七郎ハ光弘(みつひろ)の近臣(きんしん)なり。其(その)(こゝろ)ざま忠直(ちうちよく)にして更(さら)に玉梓(たまづさ)定包(さだかね)(ら)に諂(へつ)らはずよくその君(きみ)に傅(かしづき)て毫(つゆ)はかりも私(わたくし)なし。尓(さ)れバ光弘(みつひろ)鷹狩(たかがり)の折(をり)から乗馬(じやうめ)の俄(にはか)に薨(たを)れしを平常(たゞごと)ならず思(おも)ふにぞ落葉(おちば)といへる字義(じぎ)を演(のべ)て屡(しば/\)(いさめ)(とゞめ)しかども光弘(みつひろ)(つひ)にこれを用(もち)ひず。果(はた)して途中(とちう)に凶変(けうへん)あり。時(とき)に七郎武勇(ぶゆう)をあらはし無垢三(むくざう)を討(うち)とめしが続(つゞ)く躬方(みかた)のなかりしかバ軈(やが)て朴平(ぼくへい)にぞ撃(うた)れける。

8ウ9オ
安西(あんざい)三郎(さぶらう)大夫(たいふ)景連(かげつら)
景連(かげつら)ハ姦智(かんち)に闌(たけ)たり。甞(かつ)て定包(さだかね)(きみ)を弑(しい)して安房(あは)半國(はんごく)を横領(わうれう)すと聞(きゝ)(ねたまし)き事(こと)(かぎ)りなけれバ麻呂(まろ)信時(のぶとき)と額(ひたい)を合(あは)せて定包(さだかね)を討(うた)んとすれどもいまだ其(その)(はかりごと)を獲(え)ず。時(とき)に義実(よしざね)安房(あは)に来(きた)る。安西(あんざい)こばみて是(これ)を納(いれ)ず。反(かへつ)て義実(よしざね)のために定包(さだかね)を討(うた)る。這(この)とき景連(かげつら)麻呂(まろ)を計(はか)ッて信時(のぶとき)の所領(しよれう)を奪(うば)ひとり里見(さとみ)と互角(ごかく)の勢(いきほ)ひを張(は)る。或(ある)とき安西(あんざい)の領地(れうち)凶作(けうさく)なり。義実(よしざね)これに三千俵(びやう)の米(こめ)を借(か)す。然(さ)れども是(これ)を返(かへ)さず。翌年(よくねん)里見(さとみ)の領地(れうち)凶作(けうさく)也。義実(よしざね)金碗(かなまり)大輔(だいすけ)をして安西(あんざい)に米(こめ)を借(か)らしむ。景連(かげつら)里見(さとみ)の糒(かて)(とぼ)しきを知(し)り大輔(だいすけ)を欺(あざむ)き留(とゞ)めて急(きう)に里見(さとみ)の城(しろ)を囲(かこ)む。時(とき)に八房(やつぶさ)の犬(いぬ)ありて遂(つひ)に景連(かげつら)を噛殺(かみころ)す。」〈8〉

麻呂(まろの)小五郎(こごらう)信時(のぶとき)
信時(のぶとき)ハ勇(ゆう)あれども智(ち)なし。且(かつ)多慾(たよく)にして身(み)を亡(ほろ)ぼすを知(し)らず。甞(かつ)て義実(よしざね)定包(さだかね)を圍(かこ)む。定包(さだかね)(すく)ひを麻呂(まろ)安西(あんざい)に乞(こ)はしめて曰(いは)く「義実(よしざね)を亡(ほろ)ぼさバ東條(とうでう)の城(しろ)に一郡(いちぐん)をそへて両君(りやうくん)のうちにまゐらせん」と。信時(のぶとき)(よろこ)んで東條(とうてう)に對(むか)ひ氏元(うぢもと)と對陣(たいぢん)す。時(とき)に景連(かげつら)姦計(かんけい)あり。軈(やが)て氏元(うぢもと)に内通(ないつう)し謀(はか)ッて信時(のぶとき)が陣(ぢん)に夜討(ようち)させ其(その)(み)ハ信時(のぶとき)が本城(ほんじやう)なる平館(ひらだて)を責落(せめおと)して所領(しよれう)(こと/\)く横領(わうれう)す。信時(のぶとき)(つひ)に計(はか)られて首(かうべ)を氏元(うぢもと)のために失(うしな)ひ領地(れうち)を景連(かげつら)が為(ため)に奪(うば)はる。

9ウ10オ
義實内方(よしざねのないはう)五十子(いさらご)
五十子(いさらご)ハよく婦(ふ)の道(みち)に賢(さか)しくして殊(こと)にやさしき生質(うまれ)なり。父(ちゝ)ハ上総國(かづさのくに)椎津(しゐづ)の城主(じやうしゆ)真里谷(まりや)入道(にふだう)静蓮(じやうれん)(これ)なり。五十子(いさらご)義実(よしざね)に嫁(か)してより既(すで)に一女(いちぢよ)一男(いちなん)を産(う)む。長女(ちやうぢよ)ハすなはち伏姫(ふせひめ)にて二男(じなん)を二郎太郎(じらうたらう)といふ。後(のち)八房(やつぶさ)の犬(いぬ)にとられて伏姫(ふせひめ)冨山(とやま)に入(い)るに及(およ)びて遂(つひ)に患(うれひ)にしづみて死(し)す。」〈9〉

里見(さとみ)御曹子(おんぞうし)義成(よしなり)
義成(よしなり)ハ義実(よしざね)の男(なん)なり。初名(しよみやう)を二郎太郎(じらうたらう)といふ。その平生(ひとゝなり)寛仁(くわんじん)にして猶(なほ)(はた)智勇(ちゆう)を兼備(けんび)せり。最(もつとも)大將(たいしやう)の器(き)ありといふべし。尓(さ)れバ義成(よしなり)の代(よ)となりてより安房(あは)上総(かづさ)ハいふもさらなり下総(しもふさ)までも伐(きり)(したが)へ威風(ゐふう)隣國(りんごく)に竝(なら)ぶものなし。且(かつ)(くはふ)るに八犬士(はつけんし)あり。其他(そのた)孝継(たかつぐ)以下(いか)の老黨(らうだう)よくその君(きみ)を補佐(ほさ)せしかバたま/\鎌倉(かまくら)の両(りやう)管領(くわんれい)WARI{山内(扇谷)水陸(すゐりく)三隊(みて)の大軍(たいぐん)をもて里見(さとみ)を討(うち)まく欲(ほり)せしも反(かへつ)て敗(やぶれ)て乱走(らんそう)す。因(よつ)て天皇(すべらみこと)より詔(みことのり)を賜(たまは)りつ。安房守(あはのかみ)(けん)上総介(かづさのすけ)(かつ)左少將(さしやう/\)に任(にん)ぜらる。

10ウ11オ
堀内(ほりうち)蔵人(くらんど)貞行(さだゆき)
貞行(さだゆき)ハ里見(さとみ)譜代(ふだい)の臣(しん)にして四家老(しからう)の随(ずい)一個(いちにん)なり。始(はじめ)め季基(すゑもと)の遺訓(いくん)によりて結城(ゆふき)落城(らくじやう)のその砌(みぎ)り義実(よしざね)に従(したか)ひて安房國(あはのくに)におし渡(わた)り数度(すど)の軍(いくさ)に戦功(せんこう)あり。就中(なかんづく)三浦(みうら)が崎(さき)にて渡(わた)りに舩(ふね)を覓(もと)めし頓才(とんさい)よく氏元(うぢもと)が右(みき)に出(いづ)べし。義実(よしざね)肱股(ここう)の臣(しん)と云(いは)んか。」〈10〉

梺村(ふもとむらの)技平(わざへい)
技平(わざへい)ハ安房国(あはのくに)冨山(とやま)の麓(ふもと)の荘客(ひやくしやう)也。或(ある)とき背戸(せど)に狗(いぬ)ありて一匹(いつひき)の雛狗(こいぬ)を産(う)みその親犬(おやいぬ)(し)せり。技平(わざへい)これを憐(あはれ)みて小屋(こや)を造(つく)り粥(かゆ)など与(あた)へてかの雛狗(こいぬ)を育(やしな)ふ程(ほど)に怪(あやし)むべし。冨山(とやま)の方(かた)より一匹(いつひき)の狸(たぬき)飛来(とびきた)つて件(くだん)の雛狗(こいぬ)に乳(ち)をふくます。恁(かく)すること夜毎(よごと)にして這(この)(いぬ)(やうや)く肥太(こへふと)れバ狸(たぬき)ハ遂(つひ)に来(きた)らずなりけり。時(とき)に貞行(さだゆき)東條(とうでう)より滝田(たきた)の城(しろ)にいたるの途(みち)にて這(この)奇事(くしごと)を傳聞(つたへきゝ)義実(よしざね)に恁(かく)と告(つ)ぐ。義実(よしざね)(くだん)の犬(いぬ)を召(めし)て軈(やが)て園(その)の中(うち)に飼(かは)しむ。是(これ)すなはち八房(やつぶさ)なり。因(よつ)て技平(わざへい)にハ東西(もの)あまた賜(たまは)りしとなん。

11ウ12オ
杉倉(すぎくら)木曽介(きそのすけ)氏元(うぢもと)
氏元(うぢもと)ハ実直(じつちよく)にして更(さら)に辞(ことば)を錺(かざ)る事(こと)なく且(かつ)(ゆう)ありてよく君(きみ)を補佐(ほさ)す。是(これ)また四家老(しからう)の一個(いちにん)なり。始(はじ)め堀内(ほりうち)貞行(さだゆき)と倶(とも)に義実(よしざね)に従(したが)ふて結城(ゆふき)を落(おち)て安房(あは)にいたる。義実(よしざね)定包(さだかね)を討(うつ)に及(およ)びて東條(とうでう)の城(しろ)をあづかり麻呂(まろ)信時(のぶとき)を突伏(つきふせ)たり。恁(かく)て定包(さだかね)(ほろ)びてのち東條(とうでう)より召(めさ)るゝとき路次(みち)に上総(かづさ)の一作(いつさく)に遇(あふ)て引(ひい)て孝吉(たかよし)に會(あは)さしむ。最(もつとも)老練(らうれん)の士(し)といふべし。」〈11〉

上總國(かづさのくに)関邑(せきむらの)莊客(ひやくせう)一作(いつさく) 加多美(かたみ)
一作(いつさく)ハ金碗(かなまり)(うぢ)の若黨(わかたう)にて孝吉(たかよし)の父(ちゝ)に仕(つか)ふのち年老(としおい)て上総(かづさ)に退(しりぞ)き関邑(せきむら)の農夫(のうふ)となる。これに一個(ひとり)の女(むすめ)あり。それが名(な)を小萩(こはぎ)といふ。孝吉(たかよし)光弘(みつひろ)を諫(いさ)めかね浪々(らう/\)の身(み)となりしとき一作(いつさく)が家(いへ)に宿(やど)かりて小萩(こはぎ)がもとに濡(ぬれ)そめしより渠(かれ)〓妊(くわいにん)すといふに駭(おどろ)き孝吉(たかよし)(しよ)を残(のこ)して去(さ)る。小萩(こはぎ)ハ軈(やが)て月(つき)みちて男子(なんし)一個(ひとり)をまうけながら遂(つひ)に産後(さんご)に卒(みまが)りぬ。因(よつ)て其子(そのこ)を加多三(かたみ)と名(な)づく。恁(かく)て孝吉(たかよし)安房(あは)に起(おこ)りて定包(さだかね)滅亡(めつぼう)せしと聞(きゝ)加多三(かたみ)を抱(いだ)きて安房(あは)にいたる時(とき)に孝吉(たかよし)自殺(じさつ)して其処(そこ)に望(のぞ)みを失(うしな)ふものから是(これ)より里見(さとみ)に扶助(ふぢよ)せられて豊(ゆたか)に老(おひ)をむかへしとぞ。
○加多美(かたみ)が傳(でん)ハ委(くわ)しくゝ大(ちゆだい)の條下(でうか)に出(いだ)せり。因(よつ)てこゝにハ省(はぶ)きつ。

12ウ13オ
拈華庵(ねんげあんの)惡僧(あくそう)蚊牛(ぶんぎう)
蚊牛(ぶんぎう)ハ吉蘇(きそ)の御坂(みさか)に程(ほど)(とほ)からぬ拈華菴(ねんげあん)の庵主(あんしゆ)にて破戒(はかい)旡慚(むざん)の悪僧(あくそう)なり。甞(かつ)て手束(たつか)に懸想(けさう)して渠(かれ)が墓(はか)(まゐ)りに来(きた)りしを詭欺(たばかり)て留守(るす)をたのみ小夜(さよ)(ふけ)る頃(ころ)(かへ)り来(き)て手束(たつか)をとらへてかき口説(くどけ)ど阻(こば)みてほとりへ寄著(よせつけ)ねバ果(はて)ハ威(おどし)の菜刀(ながたな)をうち閃(ひらめか)して挑(いど)むとき其処(そこ)に犬塚(いぬづか)番作(ばんさく)ありて遂(つひ)に悪僧(あくそう)蚊牛(ぶんぎう)を〓(き)る。現(げ)に佛(ぶつ)弟子(でし)として婬(いろ)を貪(むさぼ)る冥罸(みやうばつ)まことに懼(おそ)るべし。」〈12〉

貞婦(ていふ)手束(たつか)
手束(たつか)ハ井(ゐの)丹三(たんざふ)直秀(なをひで)が女児(むすめ)なり。直秀(なをひで)結城(ゆふき)に篭城(らうじやう)の折(をり)から大塚(おほつか)匠作(せうさく)に約束(やくそく)して女児(むすめ)手束(たつか)を番作(ばんさく)が婦(よめ)にとハ契(ちぎ)りけり。然(しか)るに約(やく)せし匠作(せうさく)も直秀(なをひで)も討死(うちじに)しつ。手束(たつか)が母(はゝ)さへ卒(みまが)りぬ。尓(され)ども良縁(りやうえん)の尽(つき)ざる所(ところ)か拈華菴(ねんげあん)にて番作(ばんさく)に出會(いであひ)夫婦(ふうふ)となりて大塚(おほつか)に住(ぢう)す。恁(かく)て手束(たつか)ハ男子(をのこゞ)を三人(みたり)までまうけしかども襁褓(むつき)のうちになくなりて一人(ひとり)として生育(おひたつ)ものなし。番作(ばんさく) これを患(うれ)ふるにぞ手束(たつか)ハ是(これ)より滝(たき)の川(がは)なる辨才天(べんざいてん)に日参(につさん)しつ。遂(つひ)に神女(しんによ)の竒事(くしごと)に遇(あひ)て信乃(しの)を産(うむ)の倖(さいはひ)あり

13ウ14オ
毒婦(どくふ)龜篠(かめざゝ)
亀篠(かめざゝ)ハ大塚(おほつか)匠作(せうさく)の女児(むすめ)にて番作(ばんさく)にハ異母(はらがはり)の姉(あね)なり。尓(され)ども心(こゝろ)ざま父(ちゝ)にも弟(おとゝ)にも似(に)ず義理(ぎり)ある母(はゝ)の病着(いたつき)を看病(みとる)こゝろハ毫(つゆ)ほどもなくかの蟇六(ひきろく)とふかく契(ちぎ)りてこれを又(また)なき楽(たのし)みとしつ。偖(さて)匠作(せうさく)ハ討死(うちじに)なし母(はゝ)も程(ほど)なく卒(みまが)りしかバ亀篠(かめざゝ)これを倖(さいはひ)にして蟇六(ひきろく)の妻(つま)となりもて生涯(しやうかい)の本意(ほんい)とす。後(のち)宮六(きうろく)が婿入(むこいり)の夜(よ)伎倆(たくみ)し事(こと)のくひちがひて媒(なかだち)渾木(ぬるて)五倍二(ごばいじ)が刃(やいば)にかゝりて非命(ひめい)に死(し)す。是(これ)不幸(ふかう)不義(ふぎ)の冥罸(みやうばつ)なるべし。」〈13〉

大塚(おほつかの)莊官(せうくわん)蟇六(ひきろく)
蟇六(ひきろく)ハそのはじめ放蕩(はうとう)旡頼(ぶらい)の破落者(いたづらもの)なり。甞(かつ)て匠作(せうさく)が女児(むすめ)亀篠(かめざゝ)と密通(みつつう)しこれと夫婦(ふうふ)になりけるが成氏(なりうぢ)(よ)に出(いで)給ふにより荘官(せうくわん)になりのぼるの僥倖(こぼれさいはひ)あり。恁(かく)て濱路(はまぢ)を養女(やうぢよ)とし計(はか)ッて信乃(しの)を婿(むこ)にせんとす。後(のち)また陣代(ぢんだい)宮六(きうろく)が濱路(はまぢ)を娶(めと)らんといふに及(およ)びて神宮川(かにはがは)の漁(すなどり)の夜(よ)信乃(しの)が村雨(むらさめ)の宝刀(みたち)を奪(うば)ひ渠(かれ)をバ滸我(こが)へ欺(あざむ)き遣(や)りて濱路(はまぢ)を宮六(きうろく)におくらんとせしに爰(こゝ)に左母二郎(さもじらう)といふ者(もの)ありて女児(むすめ)濱路(はまぢ)を奪(うは)ひ去(さ)り村雨丸(むらさめまる)さへすりかへたれバ蟇六(ひきろく)が主意(ふんべつ)くひちがひて遂(つひ)に陣代(ぢんだい)宮六(きうろく)がために討(うた)る。

14ウ15オ
農夫(ひやくせう)糠助(ぬかすけ)
糠助(ぬかすけ)ハ安房(あは)の人(ひと)にて犬飼(いぬかひ)現八(げんはち)の実父(じつふ)なり。嚮(さき)に故(ゆゑ)あつて安房(あは)を追放(つひはう)せられ現(げん)八を懐(ふところ)にして行徳(ぎやうとく)までさまよひ来(きた)り。饑(うえ)て命(いのち)を損(すて)んとせしを滸我(こが)の飛脚(ひきやく)に救(すく)はれて些(ちと)の金(かね)さへ恵(めぐ)まれしかバ是(これ)より武蔵(むさし)の大塚(おほつか)に来(きた)り籾七(もみしち)が後家(ごけ)に入夫(にふふ)して犬塚(いぬづか)親子(おやこ)としたしかりしが其後(そののち)重病(ぢうびやう)(み)をせめて既(すで)に命(いのち)も終(おは)らんとするとき信乃(しの)に我子(わがこ)の事(こと)を遺託(ゐだく)す。信乃(しの)またこれを現(げん)八に報知(つげ)て実父(じつふ)のうへを明(あきらか)にす。」〈14〉

奴隷(しもべ)背助(せすけ)
背助(せすけ)ハ蟇六(ひきろく)が奴隷(しもべ)なり。性(さが)(にぶ)けれども更(さら)にまた悪意(あくい)なし。たま/\主人(しゆじん)蟇六(ひきろく)夫婦(ふうふ)が宮(きう)六等(ら)に討(うた)るゝに出會(いであ)ひ額(ひたい)に些(ちと)の痍(て)(きず)をうけ駭(おどろ)きおそれて床下(ゆかした)に躱(かく)る後(のち)額蔵(がくざう)と〓倶(もろとも)に社平(しやへい)(ら)に捕(とら)へられ卒(つひ)に獄(ひとや)のうちに死(し)す。憐(あはれ)むべきの癡人(ちじん)なり。

15ウ16オ
簸上(ひがみ)宮六(きうろく)
宮六(きうろく)ハ大塚(おほつか)の城(しろ)の陣代(ぢんだい)簸上(ひがみ)蛇太夫(じやたいふ)が長男(ちやうなん)なり。その父(ちゝ)(みまか)りたる後(のち)ハ宮六(きうろく)すなはち新(しん)陣代(ぢんだい)たり。甞(かつ)て近郷(きんがう)巡検(じゆんけん)の折(をり)から蟇六(ひきろく)(がり)止宿(ししゆく)せし夜(よ)濱路(はまぢ)が姿(すがた)に懸戀(けんれん)して属役(しよくやく)軍木(ぬるて)五倍二(ごばいじ)をもて婚姻(こんいん)の義(ぎ)を言入(いひい)れしに蟇六(ひきろく)(とみ)に承諾(うけひき)て偖(さて)婿入(むこいり)の夜(よ)にいたり濱路(はまぢ)が逐電(ちくてん)せしと聞(きゝ)忽地(たちまち)(いか)つて蟇六(ひきろく)を斬(き)るときに額蔵(がくざう)走皈(はせかへ)ッて宮六(きうろく)を討(うつ)て主(しゆ)の讐(あだ)を報(ほう)ず。」〈15〉

軍木(ぬるて)五倍二(ごばいじ)
五倍二(ごばいじ)は宮六(きうろく)が属役(したつかさ)にて倶(とも)に大塚(おほつか)の城(しろ)にあり。甞(かつ)て陣代(ぢんだい)(きう)六がために蟇(ひき)六が女児(むすめ)濱路(はまぢ)を媒酌(なかだち)す。然(しか)るに濱路(はまぢ)ハ行方(ゆくゑ)(し)れず婿(むこ)引手(ひきで)にとて出(いだ)したる村雨丸(むらさめまる)の宝刀(みたち)さへ又(また)これ偽物(にせもの)なりしかバ蟇(ひき)六は宮(きう)六に討(うた)れ五倍二(ごばいじ)ハ又亀篠(かめざゝ)を害(がい)す。恁(かく)て額蔵(がくざう)が走(はせ)(かへ)り宮六(きうろく)が撃(うた)るゝに及(およ)びてその身(み)も疼痍(いたで)を負(おふ)て走(はし)る。後(のち)額蔵(がくざう)を誅(ちう)せんとするとき思(おも)ひがけなき犬塚(いぬづか)(ら)が法場(おきてのには)を騒(さは)がして遂(つひ)に五倍二(ごばいじ)ハ信乃(しの)に討(うた)れ伯母(おば)の怨(うら)みを報(ほう)ぜらる。

16ウ17オ
土田(とだの)土太郎(どたらう) 交野(かたの)加太郎(かたらう) 板野(いたの)井太郎(ゐたらう)
○土太郎(どたらう)(ゐ)太郎加(か)太郎ハ豊島(としま)の三(さん)太郎と喚(よば)れたる水陸(すゐりく)の悪棍(わるもの)也。時(とき)に網乾(あぼし)左母二郎(さもじらう)が濱路(はまぢ)を豪奪(がうだつ)したりし夜途(よみち)に」〈16〉 行轎(たびかご)を傭(やと)ひつゝ圓塚山(まるづかやま)まで来(き)たりしに此(この)轎夫(かごかき)ハ別人(べつじん)ならずかの井(ゐ)太郎と加(か)太郎なり。倶(とも)に名(な)を得(え)し曲者(くせもの)なれバ轎(かご)なる濱路(はまぢ)を夫(それ)ぞと悟(さと)り〓奪(ねだつ)て物(もの)になさんとせしを左母二(さもじ)がために討(うた)れたり。是(これ)より嚮(さき)に土(ど)太郎ハ蟇(ひき)六に相譚(かたら)はれて神宮川(かにはがは)にて人知(ひとし)れず信乃(しの)を亡(うしな)はんとしたりしに其(その)(はかりこと)合期(がつこ)せず。蟇(ひき)六これを不足(ふそく)に思(おも)ひて辛苦銭(ほねをりしろ)の多(おほ)からざれバ土(ど)太郎ハ或(ある)(ゆふべ)(ひき)六許(がり)(おもむ)きて些(ちと)の酒價(さかて)を借(かり)んとせしに折(をり)から濱路(はまぢ)が逐電(ちくてん)して〓(そ)を追留(おひとめ)んとする時(とき)なれバ蟇(ひき)六ハ又(また)(ど)太郎を憑(たの)み左母二郎(さもじらう)(ら)を追(おは)せまくす。土(ど)太郎これを諾(うけが)ひて円塚山(まるづかやま)まで追来(おひきた)り濱路(はまぢ)を取(とり)かへさんとしてこれも又(また)左母二(さもじ)に殺(ころ)さる。

17ウ18オ
網乾(あぼし)左母二郎(さもじらう)
左母二郎(さもじらう)ハ扇谷(あふぎがやつ)定正(さだまさ)に仕(つか)えて扈従(こせう)たりしが便侫(べんねい)利口(りこう)の曲者(くせもの)なれバ遂(つひ)に罪(つみ)を獲(え)て鎌倉(かまくら)を追放(つひはう)せられ武蔵(むさし)の大塚(おほつか)に来(きた)り住(ぢう)す。甞(かつ)て蟇(ひき)六が信乃(しの)を謀(はかり)て村雨丸(むらさめまる)を搨(すり)かへんとするとき亀篠(かめざゝ)これを左母二(さもじ)に相譚(かたらひ)(こと)ならバ濱路(はまぢ)をもてめあはせんと約(やく)したり。左母二(さもじ)ハ濱路(はまぢ)に心(こゝろ)あれバ忽地(たちまち)に諾(うべな)ひて件(くだん)の宝刀(みたち)を搨(すり)かゆるとき又(また)(さら)に悪念(あくねん)(しやう)じ蟇(ひき)六にハ贋物(にせもの)をつかませ真(まこと)の宝刀(みたち)ハ掠(かす)めたり。恁(かく)て宮(きう)六が婿入(むこいり)の夜(よ)(ひそか)に濱路(はまぢ)を奪去(うばひさ)り円塚山(まるづかやま)まで赴(おもむ)きつゝ那(かの)三太郎(さんたらう)を殺(ころ)し尽(つく)し又(まち)濱路(はまぢ)をも殺害(せつがい)す。時(とき)に犬山(いぬやま)道節(だうせつ)あり左母二郎(さもじらう)を〓(きつ)て妹(いもと)の怨(うらみ)を清(きよ)む。」〈17〉

節婦(せつふ)濱路(はまぢ)
濱路(はまぢ)ハ煉馬(ねりま)倍盛(ますもり)の老臣(らうしん)犬山(いぬやま)道策(だうさく)が女児(むすめ)にして道節(だうせつ)が異母(はらがはり)の妹(いもと)なり。始(はじ)め実母(じつぼ)の悪心(あくしん)によりて父(ちゝ)に追(おは)れて蟇(ひき)六が養女(やうぢよ)となる。甞(かつ)て信乃(しの)に娶(めあは)せんと言(い)はれていまだ枕(まくら)を倶(とも)にせず。反(かへつ)て簸上(ひがみ)宮六(きうろく)になびかせんとす。その婿入(むこいり)の夜(よ)に臨(のぞ)みて自(みづか)ら經死(くびれしな)んとするを左母(さも)二郎に豪奪(がうだつ)せられ圓塚山(まるづかやま)まで伴(ともな)はれて既(すで)に姦婬(かんいん)せらるべきを節(せつ)を守(まも)りて従(したが)はず。左母二(さもじ)を一太刀(ひとたち)(うら)みんとして遂(つひ)に邪慳(じやけん)の刄(やいば)にかゝる。尓(され)ども天(てん)の惠(めぐみ)やありけん。料(はか)らず其(その)(あに)道節(だうせつ)に環會(めぐりあひ)(うらみ)を清(きよ)むるのみならず実父(じつふ)実母(じつぼ)のうへさへ听(きい)て聊(いさゝか)今般(いまは)に志願(のぞみ)を遂(と)ぐ。

18ウ19オ
犬山(いぬやま)道節(だうせつ)忠與(たゞとも)
道節(だうせつ)ハ犬山(いぬやま)貞與(さだとも)入道(にふだう)道策(だうさく)の男(なん)にして是(これ)(また)八犬士(はつけんし)の一個(いちにん)也。忠(ちう)の字(じ)の玉(たま)を感得(かんどく)す。因(よつ)て忠與(たゞとも)といふ。始(はじ)め道策(だうさく)に二口(ふたり)の側女(そばめ)あり。その名(な)を黒白(あやめ)阿是非(おぜひ)といふ。這(この)(とき)道策(だうさく)(たはむれ)て曰(いは)く汝等(なんぢら)(はや)く男子(なんし)を産(うま)バ正妻(ほんさい)になさんとなり。時(とき)に阿是非(おぜひ)ハ道節(だうせつ)を産(う)み黒白(あやめ)ハ又(また)濱路(はまぢ)を産(う)む。因(よつ)て阿是非(おせひ)を正妻(ほんさい)とす。黒白(あやめ)ハこれを深(ふか)く妬(ねた)み或(ある)とき阿是非(おぜひ)を毒殺(どくさつ)なし道節(だうせつ)を縊殺(くびりころ)せり。然(しか)るに道節(だうせつ)蘇生(そせい)して黒白(あやめ)が悪事(あくじ)忽地(たちまち)あらはれ黒白(あやめ)ハ遂(つひ)に罪(つみ)せられ濱路(はまぢ)ハ生涯(せうがい)不通(ふつう)の義(ぎ)をもて蟇(ひき)六にとらせたり。恁(かく)て池袋(いけぶくろ)の戦(たゝか)ひに主君(しゆくん)倍盛(ますもり)(ちゝ)道策(だうさく)も定正(さだまさ)の為(ため)に討(うた)れしかバ道節(だうせつ)ハ君父(くんふ)の讐(あだ)たる」〈18〉
扇谷(あふぎがやつ)を覘(ねら)ひ討(うた)んに或(あるひ)ハ寂莫(じやくまく)道人(だうじん)と名告(なのり)(はか)らず妹(いもと)に環會(めぐりあふ)など〓(そ)ハ再出(さいしゆつ)に委(くはし)くす。

犬川(いぬかは)荘助(さうすけ)義任(よしたふ)
荘助(さうすけ)ハ伊豆國(いづのくに)北條(ほうでう)の荘官(せうくわん)犬川(いぬかは)衛士(ゑじ)則任(のりたふ)が一子(いつし)にして八犬士(はつけんし)の一個(いちにん)なり。則任(のりたふ)地頭(ぢとう)の苛政(かせい)を諫(いさ)め用(もち)ひられずして自殺(じさつ)せり。そのとき荘助(さうすけ)(わづか)に七歳(しちさい)。母(はゝ)と倶(とも)に故郷(こきやう)をはなれ大塚(おほつか)の里(さと)までさまよひ来(き)て母(はゝ)ハ蟇(ひき)六の門(かど)にて死(し)す。是(これ)よりして荘助(さうすけ)ハ蟇(ひき)六の小厮(こもの)となり仮(かり)に額蔵(がくざう)と呼(よば)れたり。甞(かつ)て犬塚(いぬづか)信乃(しの)に識(しら)れてはじめて本心(ほんしん)を顕(あらは)すにいたる。荘助(さうすけ)(もと)より義(ぎ)の字(じ)の玉(たま)を感得(かんどく)す。因(よつ)て実名(じつみやう)を義任(よしたふ)といふ。一回(ひとたび)信乃(しの)を滸我(こが)に送(おく)り皈路(きろ)にして道節(だうせつ)が妹(いもと)と名告(なのり)あふを听(きゝ)這時(このとき)道節(だうせつ)と戦(たゝか)ふて迭(かたみ)に玉(たま)を替(かへ)るの竒事(きじ)あり。恁(かく)て荘官(せうくわん)夫婦(ふうふ)の為(ため)に宮(きう)六を討(うつ)など猶(なほ)再出(さいしゆつ)に委(くはしく)せん。

19ウ20オ
足利(あしかゞ)左兵衛督(さひやうゑのかみ)成氏(なりうぢ)
成氏(なりうぢ)ハ鎌倉(かまくら)(さきの)管領(くわんれい)持氏(もちうぢ)朝臣(あそん)の季子(すゑのこ)なり。幼名(ようみやう)を永壽王(ゑいじゆわう)といふ。甞(かつ)て鎌倉(かまくら)滅亡(めつぼう)
の折(をり)しも乳母(めのと)何某(なにがし)これを抱(いだ)きて信濃(しなの)の山中(さんちう)に脱(のがれ)ゆき郡(ぐん)の安養寺(あんやうじ)に躱(かく)れしを管領(くわんれい)憲忠(のりたゞ)の老臣(らうしん)長尾(ながを)昌賢(まさかた)(ら)相謀(あいはか)りて軈(やが)て鎌倉(かまくら)へ迎(むか)へとり八州(はつしう)の連帥(れんすゐ)と仰(あを)がれしが後(のち)また鎌倉(かまくら)を追落(おひおと)されて下総(しもふさ)滸我(こが)に在城(ざいじやう)す。これを滸我(こが)の御所(ごしよ)といふ。成氏(なりうぢ)(もと)より不明(ふめい)にして横堀(よこぼり)在村(ありむら)を重用(ちやうよう)し或(ある)ひハ現八(げんはち)を獄(ひとや)に苦(くるし)め或(ある)ひハ信乃(しの)を芳流閣(はうりうかく)に捕(とらへ)んとす後(のち)里見(さとみ)の囚(とらはれ)となりはじめて先非(せんひ)を悔(くふ)にいたり。信乃(しの)よくこれを慰(なぐさ)めて村雨丸(むらさめまる)の宝刀(みたち)を献(まい)らす。」〈19〉

横堀(よこぼり)(ふひと)在村(ありむら)
在村(ありむら)は滸我殿(こがどの)の執権(しつけん)なり。尓(され)どもその性(さが)不良(ふりやう)にして能(のう)を妬(ねた)み才(さい)を忌(いみ)(きみ)のために賢路(けんろ)を塞(ふさ)ぎて漫(そゞろ)に我意(がい)を弄(もてあそ)び賞罰(せうばつ)ともに己(おの)がまゝにす。然(され)バ犬飼(いぬかひ)現八(げんはち)が獄吏(ひとやづかさ)の職役(しよくやく)を固辞(いなみ)て身(み)の暇(いとま)を乞(こひ)しとき在村(ありむら)(かね)て現(げん)八が武術(ぶじゆつ)に秀(ひいで)しを竊(ひそか)に忌(いめ)
(そ)を咎(とが)として禁獄(きんこく)す。這(この)(た)忠良(ちうりやう)の人(ひと)を虐(しへた)ぐる事(こと)(はなはだ)し。憎(にく)むべし這(この)非義(ひぎ)の臣(しん)

20ウ21オ
新織(にひおり)(ほ)太夫(だいふ)敦光(あつみつ)
帆太夫(ほだいふ)ハ滸我(こが)の御所(ごしよ)成氏(なりうぢ)朝臣(あそん)に仕(つか)えて武者(むしや)(がしら)たり。甞(かつ)て信乃(しの)が現八(げんはち)と引組(ひきくみ)小舟(こぶね)の中(うち)に落(おち)し時(とき)其舟(そのふね)忽地(たちまち)(ともづな)ちぎれて行方(ゆくゑ)も知(し)れずなりしかバ在村(ありむら)(やが)て帆太夫(ほだいふ)に命(めい)じて信乃(しの)が行方(ゆくゑ)を索(たづね)〔ね〕しむ。帆太夫(ほだいふ)(つひ)に行徳(ぎやうとく)に赴(おもむ)き古那屋(こなや)といへる居停(はたごや)に信乃(しの)が躱(かく)れ在(あ)るを知(し)り主人(あるじ)文五兵衛(ぶんごべゑ)を縛(いまし)めて信乃(しの)を搦捕(からめとら)んとす時(とき)に山林(やまばやし)房八(ふさはち)が義死(ぎし)により犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)その首(くび)をもて信乃(しの)なりとして帆太夫(ほだいふ)に逓与(わた)す。帆太夫(ほたいふ)これを真(まこと)とおもひ卒(つひ)に文五兵衛(ぶんごべゑ)を許(ゆる)して滸我(こが)へ皈(かへ)る。

犬飼(いぬかひ)現八(げんはち)信道(のぶみち)
現八(げんはち)ハ幼名(ようめう)を玄吉(げんきち)と喚(よば)れ荘客(ひやくせう)糠助(ぬかすけ)の子(こ)なり。甞(かつ)てその歳(とし)二才(にさい)のころ滸我(こが)の走卒(あしがろ)犬飼(いぬかひ)見兵衞(けんべゑ)に養取(やしなひとら)れて名(な)を見八(けんはち)と改(あらた)め後(のち)また現(げん)八と名号(なの)る。信(しん)の字(じ)の玉(たま)を感得(かんとく)す。因(よつ)て実名(じつめう)を信道(のぶみち)といふ。是(これ)(また)八犬士の随(ずい)一個(いちにん)なり。更(さら)に武術(ぶじゆつ)を二階松(にかいまつ)山城(やましろ)介に学(まな)びて允可(いしんか)の高弟(かうてい)なり。養父(やうふ)(けん)兵衛卒(みまが)りて後(のち)獄舎長(ひとやがしら)に轉役(てんやく)せらる。然(しか)るに執權(しつけん)在村(ありむら)ハ権威(けんゐ)をほしいまゝにするをもて罪(つみ)なくして獄舎(ひとや)に繋(つなが)るゝ者(もの)(おほ)し。現八(げんはち)ハ是(これ)が為(ため)に呵責(かしやく)の笞(しもと)を執(とる)に忍(しの)びず。辞(じ)して身(み)の暇(いとま)を乞(こふ)に在村(ありむら)(こば)みて禁獄(きんこく)せられしがこれを赦(ゆる)して犬塚(いぬづか)信乃(しの)が捕手(とりて)を命(めい)ぜられ遂(つい)に芳流閣(はうりうかく)にて信乃(しの)と引組(ひきくみ)(また)二犬士(にけんし)名告(なのり)(あふ)ことの畧傳(りやくでん)ハ再出(さいしゆつ)すべし。

21ウ22オ
犬飼(いぬかひ)見兵衛(けんべゑ)
見兵衛(けんべゑ)ハ滸我殿(こがどの)の走卒(あしがろ)なり。その身(み)の職録(しよくろく)(いや)しけれども又(また)かの在村(ありむら)が邪(よこしま)に似(に)ず常(つね)に慈善(じぜん)の心(こゝろ)(ふか)く身(み)に〓(かな)ひたる程(ほど)の事(こと)ハ人(ひと)の難義(なんぎ)を救(すく)はんと誓(ちか)へり。然(しか)るに見(けん)兵衛に実子(じつし)なし。或(ある)とき里見(さそみ)へ使(つかひ)して行徳(ぎやうとく)へ来(き)かゝりしとき入江橋(いりえばし)の上(うへ)よりして餓(うへ)(つか)れたる行人(たびゞと)が稚児(おさなご)を抱(いだ)きつゝ身(み)を投(しづ)めんとするを推禁(おしとゞ)め親(おや)にハ些(ちと)の路銀(ろぎん)を取(とら)せて遂(つひ)に其児(そのこ)を購得(あがなひえ)たり。是(これ)(すなはち)現八(げんはち)なり。現八(げんはち)(のち)に仕(つか)えて一万貫(いちまんぐはん)の主(ぬし)となり犬飼(いぬかひ)の家(いへ)を起(おこ)す事(こと)また見兵衛(けんべゑ)が慈善(ぢぜん)の徳(とく)(か)。」〈21〉

古那屋(こなや)文五兵衛(ぶんごべゑ)
文五兵衛(ぶんこべゑ)ハ神餘(じんよ)の忠臣(ちうしん)那古(なこの)七郎(しちらう)の弟(おとゝ)なり。當初(そのかみ)(あに)なる七郎(しちらう)ハ朴平(ぼくへい)無垢三(むくざう)(ら)と戦(たゝか)ふて朴平(ぼくへい)がために撃(うた)れたり。そのとき文五(ぶんご)兵衛十八歳(さい)。素(もと)より多病(たびやう)なりけれバ逆臣(ぎやくしん)定包(さだかね)を討(うつ)ことかなはず。遂(つい)に行徳(ぎやうとく)に退(しりぞ)きて市人(いちびと)とハなりしなり。これに男女(なんによ)二個(ふたり)の子(こ)あり。冢子(うひこ)の小文吾(こぶんご)といひ次(つぎ)の女児(むすめ)を沼藺(ぬひ)といふ。這(この)文五(ぶんご)兵衛ハ性(さが)として釣(つり)する事(こと)を深(ふか)く好(この)めり。時(とき)に犬塚(いぬづか)犬飼(いぬかひ)が小舟(こぶね)の中(うち)に落(おち)(かさ)なりて流(なが)れて行徳(ぎやうとく)に来(き)たるを見(み)る。軈(やが)て二個(ふたり)を家(いへ)に躱(かくま)ひ忽地(たちまち)帆太夫(ほたいふ)が為(ため)に縛(いまし)められしが其(その)(わざはひ)も程(ほど)なく解(とけ)て里見殿(さとみどの)に扶持(ふち)せられ壽(じゆ)をもつて安房(あは)に卒(おは)る。

22ウ23オ
房八(ふさはち)が妻(つま)沼藺(ぬひ) 一子(いつし)大八(だいはち)
沼藺(ぬい)ハ文五(ぶんご)兵衛が女児(むすめ)なり。年(とし)二八(にはち)の春(はる)の頃(ころ)市川(いちかは)の舟長(ふなをさ)山林(やまばやし)(ふさ)八が妻(つま)となりて男児(をのこ)一個(ひとり)をまうけたり。夫(それ)が名(な)を真平(しんへい)といひ又(また)渾名(あだな)して大八(だいはち)ともいふ。後(のち)に犬江(いぬえ)新兵衛(しんべゑ)と喚(よば)れしハ是(これ)なり。甞(かつ)て夫(おつと)に離別(りべつ)せられて親(おや)文五(ぶんご)兵衛が家(いへ)に送(おく)らる其夜(そのよ)(おつと)が義死(ぎし)するに及(およ)びて倶(とも)に房(ふさ)八が手(て)にかゝりて死(し)す。尓(され)どもその死(し)ハ狗死(いぬじに)ならず。遂(つひ)に夫婦(ふうふ)が血(ち)しほをもて信乃(しの)が必死(ひつし)の病(やま)ひを〓(いや)す。大八(だいはつ)が事(こと)ハ後帙(こうちつ)犬江(いぬえ)新兵衛(しんべゑ)の烈傳(れつでん)に委(くはし)くす。因(よつ)て爰(こゝ)にハ名(な)をのみ記(しる)しつ。」〈22〉

〓〓(もがりの)犬太(いぬた)
犬太(いぬた)ハ當初(そのかみ)鎌倉(かまくら)を追放(ついはう)せられて行徳(ぎやうとく)へハ来(き)たりし者(もの)なり。その膂力(ちから)(あく)まで剛(つよ)く心悍(こゝろたけ)くしてしかも曲(ゆが)めり。人(ひと)(みな)毒蛇(どくじや)の如(ごと)く怕(おそ)れり。或(ある)とき犬太(いぬた)ハ酔狂(すひきやう)のあまり路上(みち)に一條(ひとすぢ)の〓〓(もがり)(なは)を引渡(ひきわた)し索(なわ)に紙牌(かみふだ)を結(むす)びさげて此所(このところ)を過(よぎ)らんと欲(ほり)するものハ銭(ぜに)百文(ひやくもん)を出(いだ)すべし云々(しか/\)とぞ書(かい)たりける。往来(ゆききの)老弱(らうじやく)(ほと/\)難義(なんぎ)す。這(この)とき小文吾(こぶんご)十六歳(さい)(かれ)が悪行(あくぎやう)を憤(いきどほ)り件(くだん)の索(なは)を引(ひき)ちぎり遂(つい)に犬太(いぬた)を蹂殺(ふみころ)して里(さと)の患(うれひ)を掃(はら)ふたり。恁(かく)ハ犬太(いぬた)を殺(ころ)してより世(よ)の人(ひと)いつか綽號(あだな)して犬田(いぬた)の小文吾(こぶんご)とぞ喚做(よびなし)ける。

23ウ24オ
塩濱(しほはまの)鹹四郎(からしらう) 板〓(いたごき)均太(きんた) 牛根(うしがね)孟六(もうろく)
鹹四郎(からしらう)孟六(まうろく)均太(きんた)ハ倶(とも)に葛飾(かつしか)の破落戸(いたづらもの)にて妻(め)もなく子(こ)もなきものどもなり。甞(かつ)て辻相撲(つぢすまふ)を好(この)むをもて小文吾(こぶんご)が弟子(でし)とすれども心(こゝろ)よからぬ奴原(やつばら)ゆへ小文吾(こぶんご)(した)しく寄(よせ)つけず。然(しか)るに祇園(ぎおん)の祭(まつり)の次(つぎ)の日(ひ)栞崎(しほりざき)にて房八(ふさはち)が故意(わざ)と犬田(いぬだ)を羞(はぢ)しめて小文吾(こぶんご)に怒(いか)りを起(おこ)させ討(うた)れて信乃(しの)が身代(みがはり)になりなんものをと思(おも)へども」〈23〉
犬田(いぬた)ハ親(おや)の教訓(きやうくん)を守(まも)りて更(さら)にとりあはざりしを鹹四郎(からしらう)〔ハ〕等(ら)ハ傳(つた)へ聞(きゝ)(やが)て犬田(いぬた)が家(いへ)に赴(おもむ)き弟子(でし)から師匠(しせう)を破門(はもん)するとて詈(のゝし)りあへず打(うつ)てを小文吾(こぶんご)がために投懲(なげこら)され一旦(いつたん)其所(そこ)を迯(にげ)(かへ)りしが夜(よ)(ふけ)て再(ふたゝ)び忍(しの)び来(きた)り。簀子(すのこ)の下(した)に躱(かく)れ居(ゐ)て信乃(しの)が此家(このや)に在(ある)(こと)を聞済(きゝすま)しつゝ立出(たちいづ)るを忽地(たちまち)現八(げんはち)に捕(とらへ)られ三個(みたり)(ひと)しく殺(ころ)されける。

24ウ25オ
山林(やまばやし)房八郎(ふさはちらう)
房八(ふさはち)ハ市河(いちかは)の舟長(ふなをさ)にて家名(かめい)を犬江屋(いぬえや)といふ。父(ちゝ)ハ<安房(あは)の住民(ぢうみん)にてかの杣木(そまぎ)の朴平(ぼくへい)が一子(ひとりご)なるが軈(やが)て犬江屋(いぬえや)の婿養子(むこやうし)となり房八(ふさはち)をバ産(まうけ)しなり。恁(かく)てその父(ちゝ)今般(いまは)のとき房八(ふさはち)を招(まね)きていふやう。「俺父(わがちゝ)杣木(そまぎの)朴平(ぼくへい)どの過(あやま)ッて国主(こくし)を殺(ころ)し近臣(きんしん)那古(なこの)七郎をも其場(そのば)において〓仆(きりふせ)たり。然(しか)るに我娘(わがむすめ)沼藺(ぬい)が親(おや)ハ那古(なこ)(うぢ)の弟(おとゝ)のよし。〓(なんぢ)(いま)より心(こゝろ)を尽(つく)し〓(もし)文五(ぶんご)兵衛親子(おやこ)がうへに事(こと)あるときハ命(いのち)にかへても佐(たすけ)となりて其(その)(むかし)七郎(しちらう)どのを害(がい)したる祖父(おほぢ)の汚名(をめい)を雪(きよめ)よ」となり。これによつて房(ふさ)八が謀(はかり)て小文吾(こぶんご)が刃(やいば)にかゝり信乃(しの)が身代(みがはり)になるのみならず遂(つひ)に夫婦(ふうふ)が血(ち)しほをもてその難病(なんびやう)さへ〓(いや)したり。最(もつとも)義者(ぎしや)の鑑(かゞみ)と言(い)はんか。」〈24〉

犬田(いぬた)小文吾(こぶんご)悌順(やすより)
小文吾(こぶんご)ハ文五(ぶんご)兵衛が冢子(うひこ)にて是(これ)(また)八犬士(はつけんし)の一個(ひとり)たり。悌(てい)の字(し)の玉(たま)を感得(かんどく)す。因(よつ)て実名(じつめう)を悌順(やすより)といふ。其(その)(さが)市人(いちびと)の息子(せがれ)に似(に)ず剱術(けんじゆつ)拳法(やはら)相撲(すまふ)の手まで習得(ならひえ)ずといふ事(こと)なし。然(さ)れども常(つね)に温和(おんくわ)にして父(ちゝ)に仕(つか)えて又(また)(かう)なり。甞(かつ)て犬塚(いぬづか)を躱(かくま)ふに及(およ)び千辛(せんしん)万苦(ばんく)したりしに山林(やまばやし)が義死(ぎし)によりて父(ちゝ)の縛(なわめ)を解(とく)のみならず料(はか)らずゝ大(ちゆたい)照文(てるぶみ)に遭(あふ)て里見(さとみ)に過世(すくせ)ある事(こと)を知(し)り軈(やが)て犬塚(いぬづか)犬飼(いぬかひ)を武蔵(むさし)の大塚(おほつか)へ送(おく)り往(ゆ)きて又(また)かの額蔵(がくざう)の必死(ひつし)を救(すく)ひ倶(とも)に走(はしり)て荒芽山(あらめやま)に赴(おもむ)くなど犬士(けんし)の傳(でん)ハ何(いづ)れも長(なが)かり。因(よつ)て再出(さいしゆつ)に委(くはし)くす。

25ウ刊記
蜑崎(あまざき)十一郎(じふいちらう)照文(てるぶみ)
照文(てるぶみ)ハ里見(さとみ)の家臣(いへのこ)にして伏姫(ふせひめ)の傅(かしづき)たりし蜑崎(あまさき)十郎照武(てるたけ)が冢男(ちやうなん)なり。甞(かつ)て義実(よしざね)の命(めい)を被(かうむ)り普(あまねく)く犬士(けんし)を招(まねか)んが為(ため)に竊(ひそか)に関(せき)の東(ひがし)なる國々(くに/\)を潜行(しのびあるき)つ或(ある)ひハ修験(すげん)(じや)観得(くわんとく)と仮名(かりな)して遂(つい)に小文吾(こぶんご)信乃(しの)(ら)をはじめ八犬士(はつけんし)を具足(ぐそく)せしめ斉(ひと)しく安房(あは)に集(あつま)るに及(およ)びてよく招賢(せうけん)の義(ぎ)にかなへりとて数千貫文(すせんぐわんもん)の加恩(かおん)を賜(たま)ふ。又(また)(これ)一個(いつこ)の功臣(こうしん)といふべし。」〈25〉

    日本橋通壹丁目  須原屋茂兵衛
    同   貳丁目  山城屋佐兵衛
    同     所  小林新兵衛
    芝 神 明 前  岡田屋嘉七
東都  同     所  和泉屋市兵衛
    本石町十軒店   英 大 助
    芳町親仁橋角   山本平吉
書林  大傳馬町二丁目  丁子屋平兵衛
    横山町壹丁目   出雲寺万次郎
    浅草茅町二丁目  須原屋伊八
    横山町三丁目   和泉屋金右衛門
    馬喰町貳丁目   山口屋藤兵衛板」

〔後ろ表紙〕
後ろ表紙


#「説林」第44号(愛知県立大学国文学会、1996年)掲載
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