合羽摺草双紙 『里見八犬傳』 −解題と翻刻−
高 木  元 

【解題】

本作は明治期上方出来の合羽摺かつぱずりによる八犬伝物の草双紙である。下巻が八丁で五の倍数丁ではないが、一応全編の筋がある(鈔録である)ので絵本ではなく草双紙と見做した。上方での歌舞伎上演に拠ったのか、登場人物を見るに役者似顔風ではあるが、残念ながら具体的な考証は手に余る。「発端」から「円塚山の段」などと段構成にして名場面を繋いで筋を追っている点は他の抄録本と同様である。上下二冊で対牛楼の場面まで収録している。また、各丁の絵組は歌舞伎の舞台に基づくというよりは、原本の挿絵に拠ったと考えた方が良いようだ。

ところで合羽摺とは、孔版に分類される印刷技法で、現在のシルクスクリーンやステンシルなどと同様の原理である。つまり、画図の輪郭を整版で墨摺した上で、各色別に絵具をはじく油紙などを切り抜いて型紙マスクを作り、上から刷毛で手彩色するという方法で作成する。これらは、文政期に出された上方役者絵などに見られる精緻なものもあるが(阪急学園池田文庫「合羽摺の世界」参照)、多くは幕末明治期の玩具絵おもちやえや双六などに用いられた技法で、素朴な味わいが存するものの粗末で安価な消耗品が大半であった。

合羽摺技法が用いられた本の体裁を持つものとして、幕末から明治初年にかけて上方で出された中本サイズで全丁彩色絵入の軍記物や英雄一代記物などの絵本や草双紙がある。これらは同時期に出された中本型読本末流である切附本に比べて、その全体像は明らかになっていない。大衆的な消耗品であったが故にコレクターや公的機関の蒐集対象にもならず、合羽摺に拠る資料の多くが散逸してしまったものと思われるからである。

今回紹介する資料も、立命館大学アートリサーチセンター(以下ARC)蔵林コレクションに初摺本と思しき本が蔵されていること以外、前編の表紙見返を欠く不完全な取り合せ本である架蔵本しか、寡聞にして、その所在を知らない。

画工である二代目長谷川小信は伝統的な上方浮世絵の担い手として幕末明治期に活躍し、これらの合羽摺草双紙のみならず、合羽摺絵本も少なからず出しているようだ関西大学図書館Web電子展示室「長谷川貞信」参照)

管見の及んだ合羽摺草双紙としては、
・舞鶴市教育委員会糸井文庫蔵『大江山鬼人退治』全一冊(ARC/mai01e30)
・個人蔵『假名手本忠臣蔵』全一冊 (ARC/Ebi1225)
がある。双方とも小信の筆、綿喜板で、序者は「知足(知足蹄原老人誌)」と見える。この「知足」は字典『布令字弁』(明治五年板本)の編者であり、小信や綿喜に近い人物であったようだ。

合羽摺本については、幕末から明治初期を通底する十九世紀文学史の底流を見極めるためにも、内外に存する資料の博捜に努めて全貌を明らかにする必要がある研究課題の一つである。

【書誌】

表紙 合羽摺による彩色を施す。芳流閣の場の意匠。題簽風に「里見八犬傳〈全部|弐冊〉」(七・七糎×一・七糎)、「長谷川小信畫」、「金随堂梓」、「上」「下」と墨摺。後ろ表紙は藍摺白抜き「前田」を格子状に並べる。

巻冊 上下二巻二冊(十、八丁)

書型 中本(十一・八糎×八・四糎)

見返 合羽摺による彩色を施し、上巻は「さとみ八犬傳\全部弐冊\綿喜板」、下巻は「里見八犬傳\全部弐冊\金隨堂綿喜板」。

序  「序\知足誌」(一オ)

匡郭 十四・八×九・六糎

板心 なし

丁付 なし(下巻の一と六のみ丁付存)

作者 記載なし

画工 長谷川小信画

彫工 記載なし

筆耕 記載なし

刊記 綿屋徳太郎・綿屋喜兵衞(前田喜兵衛)板

広告 各巻末に存

成立 明治初期

底本 基本的には架蔵本に拠ったが、図版に関して、上巻は立命館大学アートリサーチセンター蔵林コレクション本(hayBK03-0657)を使用させて頂き、下巻については架蔵本に拠った。ただし架蔵本の見返が上巻と同じものであり、広告が後摺本のもと思われるので、見返と広告はARC本を使わせて頂いた。なお、このWeb版では架蔵本を掲載し、該当箇所のARC本にはリンクを貼った。

備考 ARC本の下巻末左端上部に林氏のメモが貼付されており、「42.5.12尚学堂¥1000\色どぎつき後摺本あり」とある。この後摺本に相当するのが架蔵本の上巻(表紙見返欠)で、色摺用の型を作り直し各丁の彩色に化学染料を用いたどぎつい赤が多用されている。さらに、板元は同じであるが異なる広告が巻末に付されている。これと同じ広告は、小信画の綿喜板合羽摺草双紙である舞鶴市教育委員会糸井文庫『大江山鬼人退治』全一冊(ARC/mai01e30)にも見られる。



【凡例】

一、可能な限り原本の表記に忠実に翻刻するよう努めた。

一、片仮名の意識で用いられていると思われる箇所以外は平仮名で表記した。但し、助詞の「ハ」だけは残した。

一、原本にはない句読点を補った。

一、会話の部分には「 」を施した。

一、推読した箇所、注記した部分には〔 〕を施した。

一、文の続きを示す合印( ◎・▲・●など)は「\」で示した。

一、草双紙という性格から、表紙を含めて全丁の図版を掲載した。

一、諸般の事情から図版はモノクロとせざるを得なかったが、このWeb版ではカラー図版を掲載した。


【附言】 底本の使用を許可された立命館大学アートリサーチセンターに感謝申し上げます。

【翻刻】

〈表紙〉

 下巻表紙上巻表紙 下巻架蔵本・上巻ARC
「里見八犬伝 全部弐冊\ 長谷川小信画\下」       「金隨堂梓\上」

〈見返〉

 見返・序 ARCリンク
      早印本序        「さとみ\八犬傳\全部弐冊\綿喜板」

〈序〉

 序 架蔵本
     後印本序

じよ

八房やつふさの梅、明治めいじはるふたゝびさきそめしは、ひとへ長谷はせ川小のぶぬしのふでいさをしたゝへん。なをその次へん合巻がうくはんひらき見れバ、さきまさりていよ/\にをひかんばしき筆遣ふでづかひ。やつはなぶさいと微細こまやかいださるゝ中にも、いぬ江が芽生めばへにハをくなつかしき花のふくみ、あさ野が白拍子しらびやうし優姿やさすがたにハ冊尾さつびいろもよふして、画工ぐわこうの手をどりを、またのへんのこところとや見ん。

知足誌 


〈口絵〉

 口絵第一図 ARCリンク
 口絵第一図(1ウ2オ) 金毬大助・犬川莊助・犬田小文吾

 序 架蔵本
 口絵第一図 異板 後印本

 口絵第一図 ARCリンク
 (3オ)                   口絵第二図(2ウ) 里見ノ息女伏姫・犬江新兵衞

 序 架蔵本
 (3オ) 異板 後印本          口絵第二図(2ウ)異板 後印本

〈本文〉

發端ほつたん

里見さとみよしざね安西あんさいかげつらといくさなり「かけつらのくびとりて、わがまへもちかへるものあらバ、われのむすめ伏姫ふせひめつまあたふべし」と、たはむれやつふさといふいぬまうされしかバ、やつふさ\畜生ちくしやうこゝろも、これをよくきゝをぼへけん、たちまてきしろへかけゆきて大将たいしやうかげつらのくびをかみきり主人しゆじん里見さとみやかたへもちかへる。

さと見よし実・子息よし成」3オ

  ARCリンク
 (3ウ4オ)

 序 架蔵本
 異板 後印本

里見さとみをく御殿ごてんだん

やつふさのいぬハ、主人しゆじんよしざねのたはむれのことばをまことうけて、ひたすら、ひめつきまとひけれバ\よしざねをゝいかつて、いぬころさんとする。伏姫ふせひめこれをおしとゞめて「ちゝうへすでおんくちづから、みづからがらせしものさいにたまはるべきよし、のたまふうへハ、やつふさ敵てきしやうのくびをとりかへりて候なり。さあるうへハ\君子くんし二言にごんなし。畜生ちくせうながらこうものしやうたまはらず、あまつさころしなどしてハ、向後このゝち忠義ちうぎつくものあるべからず。いまよりみづからをんいとまをたまはるべし」とこひたまふ。よしざねもせんかたなく、のぞところまかせらるゝ。ふせひめハ、これよりいぬにともなはれて、をな安房國あわのくに富山とやま山中さんちういつて、日夜にちやきやう讀誦どくじゆして、罪障ざいしやうせうめついのられける。

里見義實・息女伏姫」3ウ4オ

  ARCリンク
 (4ウ5オ)

 序 架蔵本
 異板 後印本

富山とやまだん

大助だいすけ忠義ちうぎ心底しんていより、ひめたすけつれかへらんとて、鉄砲てつはうをたづさへ冨山とやまへわけり、いぬうちとめんとせし鉄砲てつはう、あやまつていぬもろともひめあたところへ、よしざねもむすめのうへいかゞとあんきたられけるが、ひめこのとき念珠ねんじゆたまそらとばして、八犬士はちけんしのものども四方しはう出生しゆつしやうなさしむ。大助だいすけかみきりはらふてヽ大しゆたい法師はうしる。

伏姫・金毬大助・里見義實」4ウ5オ

  ARCリンク
 (5ウ6オ)

 序 架蔵本
 異板 後印本

番作ばんさく住家すみかだん

嘉吉かきつ年間ねんかんかまくら持氏もちうじ滅亡めつばうして、犬塚いぬづかばんさくも、にわか浪人ろうにんなり古郷こけう武州ぶしう大塚をゝづかむらかへり、夫婦ふうふくらしけるが、ばんさくあしなへとなりしより、ありがいもなきうへ也と、うとみはて、せがれのがかたみとして、主君しゆくん持氏もちうし殿どの家宝かはうなりし村雨丸むらさめまるといふ名刀めいとうあたへ、自殺じさつして相果あいはてけり。のハ幼年ようねんより故意わざと をなごづくりそだてられけれバ、かねていぶかしくおもひけるが、これもちゝのなさけにて、そのを、ぶじ息災そくさい成長せいてうさせんのはからひなり。

〔番作〕「なんじへかたみにゆづりをく。かならず人うばわれな。

〔信乃〕「ちゝうへのこゝろこめたまふたまもの、いかでそまついたすべきや。

犬塚番作・犬塚信乃」5ウ6オ

  ARCリンク
 (6ウ7オ)

 序 架蔵本
 異板 後印本

をなじその

のハちゝ切腹せつふくかなしみこゝろみだれ、ともしなんとをもところへ、がひのいぬきたりてしきりまとひつく。をもやう我々われ/\父子をやこ相果あいはてなバこのいぬもついかつめいをよぶべし。それよりハわがかけてもろとも死さんづのともめしつれんとて、つひいぬかうべきりおとしけれバ、ひとッの明玉めいきよく飛出とびいでたり。をりから百性ひやくせうぬかすけかけきたりて自殺じさつをとゞめ\これより伯母をば亀笹かめざゝのむこ庄官しやうくはんひきろくのかたへ乃を引取ひきとりやういくなす。ひきろく村雨丸むらさめまる名刀めいとうをかすめとらんと網干あぼし左母さ ぼ次郎じろういふ浪人ろうにんひそかかたらい、すりかへさせしが左母さ ぼ次郎じろうまたそのわがかたなとすりかへる。

犬塚信乃・百性ヌカ助」6ウ7オ

  ARCリンク
 (7ウ8オ)

 序 架蔵本
 異板 後印本

蟇六ひきろくうちだん

むすめ濱路はまじとゆくすへ乃を夫婦ふうふせんよし、ひきろくかめ\ざゝまうしけるゆへ、はまをゝきこゝろよろこひ、云号いひなづけのおつととおもひつめしに、ひき六ハまた、左母さ ぼ次郎じろうかたなをすりかへさするけいりやくのたねむすめはまぢをつまもたせんとあざむき、なをべつむこをゑらみとらんとするゆへ、左母さ ぼ次郎じろうわるがしこきものゆへ、はまぢをそびきいだし、まるづかやまへと\つれのく。信のハこれよりよりさきかたなのすりかへられたるハしらず。古河こが成氏しげうじ殿とのへもちまいりて、ちゝのかめいをひきおこさんと、ひきろくのもとを發足ほつそくして下総しもふさ古河こがおもむく。

網干左母治郎・娘濱路・犬塚信乃」7ウ8オ

  ARCリンク
 (7ウ8オ)

 序 架蔵本
 異板 後印本

圓塚山まるづかやまだん

網干あぼし左母さ ぼ次郎じろう濱路はまじをつれいだし、段々だん/\くどきてわがこゝろしたがはさんとすれども、むすめ乃のことをもひつめしこゝろよりより中々なか/\したがふべき返答へんとうなし。左母さ ぼ次郎じろういかりて村雨むらさめかたなひきぬき、むすめをわし、なをころさんとなしけるところへ、この日まるづかやま火定くり〔わ〕じやういつたる寂莫じやくまく道人どうじんいふものあらはれいで左母さ ぼ次郎じろうもつたるかたなをもぎとり、たゞ一刃いつとう左母さ ぼ次郎じろうきりたをし、むすめはまぢをかいはうして\寂莫じやくまく名乗なのりまうしけるハ「われまこと出家しゆつけあらず。先年せんねんうへすぎ定正さだまさほろぼされたるねりま平左衛門へいざへもんせがれ犬山いぬやま道節どうせついふもの也。そのはうハ、ちゝ死後し ごつうつかわせし、まさしくわがいもと也。先刻せんこくよりのそのはうがものがたりて、これる。ふびんや、かくあにいもとめぐりあふといへども、その手疵てきづてハ最早もはやかなはず。しかし相手あひて悪者わるもの切殺きりころしたれバ、これ今世このよをもとして成佛じやうぶつせよ」といひけれバ、むすめ濱路はまぢつひいきたへけり。

網干左母治郎・娘濱路」7ウ8オ

  ARCリンク
 (8ウ9オ)

 序 架蔵本
 異板 後印本

をなじその

犬山いぬやま道節どうせついもと臨終りんじうとげて、かの左母さ ぼ次郎じろうがもちたる村雨むらさめかたなつきすかしながむるところへ、庄官しやうくはんひきろくかたのしもべ額藏がくぞうむすめ濱路はまじのゆくゑをたづねかねてこのところへきかゝりしが、犬山いぬやまどうせつがすがたをるより、こやつ癖者くせもの也とをもひけれハ、一刀いつとうぬきはなしてきつてかゝる。どうせつこゝろへたりとて、刄先きつさきあわしてきりむすびしが、このとき双方そうはうがうすうけところよりよりふたつたまとびいでて、双方そうはう懐中ふところいれちがひとびいつたり。道節とうせつ大望たいまうあるのうへなれバ、額藏がくぞう勝負しやうぶはたさず、にげしりぞく。額藏がくぞうようある途中とちうなれバ、そのまゝしゆいへはせかへる。

犬山道節・下部額藏〈後犬|川荘助〉」8ウ9オ

  ARCリンク
 (8ウ9オ)

 序 架蔵本
 異板 後印本

古河こ がだん

犬塚いぬづか信乃し の伯父を ぢひきろく奸計かんけい村雨丸むらさめまるかたなすりかへられたるとハつゆしらず、下総しもふさ古河こ が御所ごしよへとたどりつき、段々だん%\傳手つ てをもとめてうへまうのべ足利あしかゞ成氏しげうじ殿どの云上ごんじやうおよびけれバ「近日きんじつ村雨丸むらさめまる持出もちいでべし」とのをふせ也ける。

〔信乃〕「モウ古河こ が城下ぜうか へほどもあるまい。こゝらでちよつといつふくせうかい。

犬塚信乃・長谷川小信畫」9ウ


〔広告〕

和漢・西洋 書物類 品々 繪本類極上より並至る迄、数百枚、御望次第。其外、東京合巻、日々流行物、新板、年々出し申候

當用物 百人一首・字引・用文章・雑書・塵功記・庭訓并往来物一切・古状揃・國々盡・年代記、其外一さい仕入御座候

東京・浪花 錦繪類 極上より並いたる迄、大小・男女・名所・石摺・張交御望次第仕入御座候\

再板・士帋 浄るり本 七行 丸本 五行 四行 大本 五行 中本 さわりよせ 色々\其外、千代紙・のし紙・折手本・哥がるた・經類・繪本・道中記・新内・江戸哥・はやりうた其外一さい御賣用の品出板仕置候間相かわらず御用向奉希上候 以上

書物・画艸紙 問屋 大坂北ほり江市場 綿屋徳太郎版・心才ばし塩町角 綿屋喜兵衞版

〔後印本広告〕

東京・大坂 画双紙仕入所 錦画製造所

新發名の出板物數品々

珎書ハ月々沢山賣出し候

画艸紙類…錦畫…本から取寄本浄瑠璃本しん内…おんど折のし切のし……大津ゑ其他画双帋ハ何不限沢山仕入置……候間不相違御注文〔一部摺りが悪く読めず〕

繪双紙仕入處  大坂心齋橋塩町角 綿屋事 前田喜兵衛

團扇仕入處   同平野町心齋橋西入北側 同 支 店

新板珎書發兌所 同 北堀江市場北入東側 同 支 店

〔後ろ表紙〕

 後ろ表紙 架蔵本


〈表紙〉

 下巻表紙 架蔵本
下巻「里見八犬伝\全部弐冊\長谷川小信画\下

〈見返〉下巻「里見八犬傳/全部弐冊/金隨堂綿喜板」

  ARCリンク
 (見返1オ)

 序 架蔵本
                        (見返、色違いで上巻と同一)

古河こ が御所ごしよのだん

犬塚信乃戊孝ハ、父の記念の村雨丸を古河成氏公へ奉りて、父の家名を引おこさんと、叔父ひき六にすりかへられしハ知す、古河の御所へぢさんせし所、似も付ぬ贋物ゆへに、かたりのくせ者に陥されて\云開き立がたく、組子のとりかたに取かこまれ、必死ひつしのなん及ぶ」10オ

 序 架蔵本

芳流閣はうりうかくの段

成氏しげうじこう犬塚いぬづかはたら凡尋よのつねならじ、とをもはれけれバ、其ころいさゝか過失あやまちかどありて入牢じゆろう申し付をかれたる犬飼現げん八をめし出され「なんじ犬塚をからめとらへなバ牢舎ろうしやさしゆるすべし」とのめい也。現八かしこまつて支度したくすゝむかふ所、犬塚ハ迯途にげみちもとめかね、御所ごしよのお物見ものみしつらひし芳流閣はうりうかく家根や ねへかけのぼふせたゝかひしが、げん八と組合くみあひ川中へおちこむ。

犬飼現八・犬塚信乃」10ウ11オ

 序 架蔵本

戸根川とねがわだん

文五兵衛ぶんごべゑつりこのみて一そう小舩こぶねのり戸根川とねがわこぎ出しつりをなしけるが、犬塚いぬづかと犬がい組合くみあひながら川中へ落込をちこみけるが、はからずも文五兵衛ぶんごべゑがのりたる小ぶねの中へおち入、両人りやうにんとも氣絶きぜつす。文五兵衛ぶんごべゑをどろきながら、両人をいたはりけれバ、両人ともいきふきかへして子細しさいをかたり、のハせつふくしてはてんとする。

〔 信 乃 〕「このうへハせつふくしていゝわけせん。

〔文五兵衛〕「マァ/\またつしやりませ。

〔 現 八 〕「ヤレはやまられな。しぬにハおよばぬ。いまよりをんみの力とならん。

小那屋文五兵衞・犬塚信乃・犬飼現八」11ウ12オ

 序 架蔵本

をなじ葭原よしはらだん

舩中せんちう三人のものがたりを、文五兵衛ぶんごべゑせがれ小文吾、くがにて立ぎゝし、出来いできたりて現八げんはち對面たいめんし、信乃\をいさめて切腹せつふく共々とも%\おしとゞめ、ちゝ文五兵ぶんごべへに両人りやうにん〔ともな〕はせて、わがへつれかへらせつゝ、小文吾こぶんごあとより現八げんはちがぬぎすてをきたる、ちのつき衣服いふくをしつゝみて、ひそかもちかへらんとするところへ、小文吾の妹婿いもとむこ山ばやし房八といふもの、是もよしはらの中立忍たちしのんで様子やうす始終しじうきゝ取、しあんを定めて歩行あゆみ出、小文吾が持たるきぬのつゝみをうばひ取んと、やみ便たよりにいどみあらそふ。

犬田小文吾・山林房八」12ウ13オ

 序 架蔵本

○小屋内のだん

文五兵衛父子、ひそかげん八を舎蔵かくまひをく事、ふさ八とくよりけどりたるゆへ、妻おぬいをバ縁なして、げん八がおたづもの繪姿ゑすがたもつて文五兵衛がもとへ入来り、乃をからめ捕へんとする。小文吾ちつともをどろかず、侠義きやうぎつくして房八と刃傷にんじやう\およぶ。房八もおぬいも共手痍きづをふ乃ハ此時破傷風はしやうふうやまひなり。よつて房八夫婦ふうふわざあに小文吾のため、深痍ふかでうけて、其生血せいけつをもつて信乃へ呑しめ、かれが必死ひつしの病なんすくさせんてだてに、あくと見せたるよし物がたりなす。これによつて、乃ハ房八夫婦のせつなるこゝろざしをかんたんして、其生血せいけつ服用ふくようして病難びやうなんたすかる。

犬田小文吾・山林房八・房八女房於縫」13ウ14オ

 序 架蔵本

その

山林夫婦ふうふ節義せつぎよりて、乃ハいゑがたき病なんたちま快陽くはいようして、犬田小文吾も始めて房八が心ていを感心して大きに其死ををしみけるが、房八の悴、此時やう/\とし二才なり。後に伏姫の神霊これをかくす。八犬士のうち\犬江新兵衛まさしいへるハ此房八夫婦が中の子なり。これより犬塚犬飼犬田ハてるふみヽ大にめくり合て里見家の始終しうを聞取、のこりの犬士をたつねいづる。

〔於 縫〕「あにさん、かならずちつさをたのみ舛ぞへ。

〔小文吾〕「まことにふしぎのそのぜんくはい。さりながらふびんなハ房八夫婦。

犬塚信乃・〈房|八〉女房於縫・山林房八・犬田小文吾・」14ウ15オ

 序 架蔵本

○定正遊猟の段

犬山道せつをきハ、ちゝ練摩ねりま平左衛門が仇がたき扇が谷うへ杉定正を討課うちをふせんと多年こゝろつくけるが、あるとき定正さだまさ遊猟ゆうりやういづるを聞出きゝいだし、此ときはづすべからずと、賣卜者ばいぼくしや姿すがたやつし、方策てだてもつて定正のまへにすゝより飛懸とびかゝつて定正を捻伏ねぢふせのりかけて\首打をとしける。され共、定正にもふかく用心して、かね練摩ねりま殘黨さんとう諸方に徘徊はいくはいをなすよし聞取けれバ、此時道節打れたるハ、家来某を以て己かかはりに出せしをうたれたるなり。

〔道節〕「亡父ばうふのをんてき今こそおもひしつたか。

〔家来〕「ろうぜきものそこうごくな。

植杉定正・犬山道節」15ウ16オ

 序 架蔵本

荒目山あらめやまだん

道節だうせつハ、あふきやつ定正さだまさよりの、てき追手をつてさけんために、荒目あらめ山の山宿やどりけるが、犬川荘助そうすけもおなじく大なんのがれしのち諸方しよはう遍歴へんれきして、この山中孤家ひとつや一宿いつしゆくし、はからすも道節と出會しゆつくわいして、たがい往時わうじ語合かたりあふ

〔道節〕「まるづか山にてひきわかれし、さて其時そのとき相手あひてあつたか。

〔荘助〕「月をあかりにかたなのかんてい法衣ほうゐをまとひしあやしのくせものさてハ今あふこなたであつたか。

犬山道節・初ノ名額藏犬川莊助」16ウ17オ

  架蔵本

犬坂いぬざか毛野け の胤智たねともハ、これちゝうしなハれし怨敵かたきありて、これうちんためにとて、元来ぐはんらい美男子びなんしなるうへ、音曲をんぎよく乱舞らんぶのわざに堪能かんのう才人さいじんなりけれバ、女立をんなだちつくりなして、朝毛野あさけの假名けみやうつけて、白拍子しらびやうしなりてきいへ入込いりこみはからず\犬田いぬた小文吾こぶんごめぐあひて、犬士けんしむれいるもなくふたゝび離散りさんをよびけり。めでたし/\。

白拍子朝毛野 實ハ犬坂毛野胤智\長谷川小信画」17ウ


ARCリンク

〈広告〉

和漢・西洋 書物類 品々 繪本類 極上より並至る迄、数百枚、御望次第。其外、東京合巻、日々流行物、新板、年々出し申候\當用物 百人一首・字引・用文章・雑書・塵功記・庭訓并往来物一切・古状揃・國々盡・年代記、其外一さい仕入御座候\ 東京・浪花 錦繪類 極上より並いたる迄、大小・男女・名所・石摺・張交御望次第仕入御座候\ 再板・士帋 浄るり本 七行 丸本 五行四行 大本 五行中本 さわりよせ 色々\ 其外、千代紙・のし紙・折手本・哥がるた・經類\繪本・道中記・新内・江戸哥・はやりうた 其外一さい御賣用の品出板仕置候間相かわらず御用向奉希上候 以上

書物・画艸紙 問屋 大坂北ほり江市場 綿屋徳太郎版・心才ばし塩町角 綿屋喜兵衞版

〈架蔵本広告〉

  架蔵本

繪本類 極上より並至る迄、数百枚、御望次第。其外、東京合巻、日々流行物、新板、月々出し申候

東京・浪花 錦画類 極上より並にいたるまで大小・男女・名所・石ずり等御望次第仕入御座候

浄瑠璃本 丸本・五行・中本・佐和里色々

和漢・西洋 書物類 當用物 百人一首・字引・用文章 雑書・塵功記・庭訓并往来物・一切・古状揃・國々盡・年代記等、仕入御座候

其外、千代紙・のし紙・折手本・哥がるた・經類 画本・道中記・新内・東京唄・はやり哥るい 此外一さい御賣用の品々出板仕置候間 相かわらず御用向の程偏奉希上候 已上

團扇・扇子 極上物より並物之類迄沢山…仕入申候……御注文奉願上候〔一部摺りが悪く読めず〕

諸國・名茶・仕入所 大坂心齋橋一丁 綿屋荘三郎

右此度出店仕候 茶類頗る上物沢山仕入置申候 尤も賣買仕候 書物・画艸紙 問屋 大坂 綿屋徳太郎版・同心才橋塩甼角 綿屋喜兵衞版

〈後ろ表紙〉

 序 架蔵本



# 合羽摺草双紙『里見八犬傳』−解題と翻刻−
# 「人文研究」42号(千葉大学文学部、2013年3月31日)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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