近世後期小説受容史試論 − 明治期の序文集妙文集をめぐって −

高 木  元 


  一 はじめに


 明治期に入ると「序文集」「戯文集」「妙文集」あるいは「文範」などという語彙を標題に含む本が夥しく出版されるようになる。これらは主として近世期に出板されたテキストの一部分を抄出したり、それらの序跋類を集めたりして編纂されたものである。
 斯様な出版物の存在に注意を惹かれたのは、古川久「馬琴の序文集」という小文に接してからであった▼1

馬琴の小説序文集といふものが、管見に入つた限り二種類刊行されてゐる。一つは明治十一年渡辺白鴎の纂輯で、『曲亭馬琴戯作序文集』と題され、半紙判一冊に「皿屋敷浮名の染付」以下「女郎花五色石台」続篇まで、計五十六篇の序文が収めてある。他は明治十二年萩原乙彦の編輯で、『稗史三大家文集』と題され、小形本の甲乙二冊から成つてゐるが、三大家とある通りそれは馬琴だけでなく、京伝・三馬と都合三人から採られてゐる。これはまた文集とある通り必ずしも序文だけに限られてゐないが、馬琴に関しては採録の十篇中八篇までは、「南総里見八犬伝」第初輯以下「戯子名所図絵」に至るすべて序文であり、京伝や三馬の分も同じく一二を除けば殆んど序文または跋語であるから、結局全体の中心は序文集と称して差支へないものである。
これらの書物は元来、どういふ要求から生れたものであらうか。それは内容の梗概を知る便宜とか、作者の内幕を覗く興味とかも手伝つてはゐようが、根本は一種の美文集もしくは文範として扱はれたものと認められるので、現に前者には「行文の巧なる句調のおもしろき手巻を置く能はず」といふやうな言葉が添へられて、このことを立証してゐるのである。かうした要求は既に馬琴生前にもあつたと見え、早稲田大学図書館所蔵の曲亭叢書中に「曲事題跋」と名づけ全く完成した版下本二冊が存し、江川亭主人選・天保甲辰夏月発行・寿客堂製と銘打ち、江川亭佳友の序と曲亭主人綉像及び同筆跡 (櫟亭主人宛書翰)まで備り、「俊寛僧都嶋物語」前輯以下「烹雑記」まで三十八部の序・跋・附言・自評の集録である。どうした事情からかこれは出版されなかつたやうであるが、かうした需要が早くからあつた証拠と言へよう。
一体小説に序文を添へることは、いつどこから起つた習慣であるのか詳らかにしないが、『文体明弁』に「按、爾雅云、序、緒也、字亦作叙、言下其善叙事理次第序、若絲之緒也」と見えるやうに、それは内容の筋道や順序を説明して読者を導く糸口にするのが役目らしい。しかしこれは解釈次第でいくらでも拡大してみることが出来るので、やがて一種の装飾として工夫をこらす傾向も自ら生じて、馬琴の場合も或は漢文を用ひたり或は和歌・俳句を挿んだりして、作者の身上話や創作の苦心談などまで盛り込まうとしてゐる。今日となつてはもう馬琴の序文集に表現の模範を求めることは不可能にしても、それを彼の伝記や作品を究める一助としてならば役立てられるし、さらにそれよりも序文を中心として跋や附言や自評をも加へ、これらを一つの観点から照らし出したならば、とくに議論好きな彼の小説論を作者自身の言葉で構成してみることが出来よう。その方面からこそこの材料は最も活用され、そこに馬琴序文集の新しい意義も見出だされるのではなからうか。

追記−稿了後同種のものとして、さらに『馬琴妙文集』と『曲亭馬琴序文選』を見ることが出来た。前者は明治三十一年大月隆の編輯で、小品や抜粋の文と並び十八篇の序文を含み、後者は大正二年読我書楼主人の撰で、六十一篇が収められてゐる。ともにやはり妙文模範文集としての企画であつた。

 ここでは具体的な妙文集や序文集を例示しつつ、馬琴に限定した研究資料としての利用価値が指摘されているに過ぎない。しかし、これらの「妙文模範文集」についての成立事情と意義に関する問題提起として受け止めることもできる。


  二 小説の序文


 まず問題とすべき点は、近世期の所謂戯作小説には当たり前のように「序文」が付されているという現象についてである。近現代の大衆小説に「序文」が付されることは滅多にないはずであるが、近世中期以降の小説には草子屋系と書物屋系とを問わず序文を備えているのが普通であった。一般的に江戸小説の書物としての形態は、中国の歴とした書物からの影響と考えられている▼2。たとえば漢文系統の洒落本などの戯作や、時に書物としての格調を自己主張するかの如く凝った装丁を備えた読本などが、中国典籍からの影響を受けて漢文体に拠って書かれた「序文」や「題跋」などを保有したことは理解できる。しかし画が主体であった草双紙の諸ジャンルも次第に「序」を備えるように成り、また人情本や滑稽本という中本サイズの大衆小説が序文を備えているのは、現在の小説類から見ればやはり奇妙な現象であると思われる。
 ただし『吉原細見』に備わる序文などを見るに、近世後期小説に付されている「序」は、本文から独立した特別な叙述の場としての様式性を強く備えていたものと考えられる。すなわち序文に記された言説自体は類型的で無内容な様式的表現であることが多いのであるが、むしろ巻頭に序文が備えられているという体裁にこそ意味が存したのである。その序文に作者自身や著名な書家の手跡を板下に用いたものも散見し、筆耕によって清書された本文という無機質な文字表記に対して、大幅に崩された書体そのものに意味を持たせた板面を形成している。つまり序跋は付加価値的な画像イメージを演出する口絵と同様の機能をも兼ね備えた部位として位置付けることが可能かもしれない。
 いずれにしても、崩された芸術的な草書体で記された漢文序など、限られた読者以外には読めるはずもなく、むしろ一般読者には読まれることを拒否しているといっても過言ではない。もっとも序文を飛ばして口絵から見始める読者が存在したことは馬琴も承知しており、「序文(じよぶん)は得(え)(よめ)ずとて、端像(くちゑ)から見る人の為には、龍(りやう)の引書(いんしよ)を悉(こと%\く)しるしつけんも亦(また)(ゑき)なし」▼3と、『南総里見八犬伝』の読者層に差異があることを認識している。このことは、とくに馬琴に限ったことではなく、読本というジャンルに対する共通した認識となっていたと考えてよいだろう。つまり、序文が「板元に頼まれて不本意ながら執筆し出板に至った」という定型化した戯作者の韜晦的言説を述べる単なる装飾的な様式という意味を越えて、少数派ではあったが馬琴のように積極的に自説を開陳する場として位置付けていた著者も存在したことを証している。
 また明治期に至ると、序跋は本文に比較して大きめの活字で組まれることが多く、少なからず装飾的な機能を継承しつつも、実質的には著者の意見を開示する場として、序文本来の機能を持たされていたものと思われる。


  三 序文集の意義


 さて次に、序跋類を集めて編纂した序文集のような本が如何に受容されていたのかということ、そして何故に明治期に入ってから大量に出版されたのかということを問題にすべきであろう。それは同時に、近世期の出板物とりわけ小説類が近代に入って如何に読まれていたかという問題にも関連する。
 一般的にいって読書とは、物語の筋を追ってテキストを通読する営みである。それを可能にする本文テキストの翻刻は、読書に応えるためのメディアであったはずである。ところが、基本的な物語の筋とは別のテキストである序跋類を集めた文華集(アンソロジー)は、一体どのように読まれたものなのであろうか。そもそも内容も知らないテキストの序跋ばかりを纏めて読むという行為自体が不可解ではある。前述した古川久の引用文中では斯様な需要が馬琴の生存中からあったというが、果たしてそうであろうか。

 早稲田大学蔵曲亭叢書中の『曲亭題跋』とは次の如きものである。

  曲亭題跋

〔体裁〕和装袋綴 大本二冊 写本 早稲田大学図書館蔵
〔見返〕「江川亭主人選 曲亭題跋 天保甲辰夏月發行 壽客堂製[印]」
〔序跋〕「天保癸卯仲冬望/江川亭佳友撰[印]」(漢文二丁)、「江川亭主人再識」、「楽々園謹誌[印]」
〔口絵〕『南総里見八犬伝』より「曲亭主人綉像」、『螢窓餘譚』序より「曲亭主人筆迹」
〔貼紙〕後表紙見返に「櫟亭の編/明治十二年二月廾一日/根きし住 夢々堂 千成遊人」
〔内容〕乾「俊寛僧都嶋物語前輯序、夢想兵衛胡蝶物語前輯序、同附言、括頭巾縮緬帋衣序、朝夷巡島記第一輯序、朝夷巡島記第二輯序、稚枝鳩序、朝夷巡島記第三輯序、朝夷巡島記第四輯序、勧善常世序、朝夷巡島記第五輯序、梅柳新書例、同付録、裏見葛葉序、朝夷巡島記第六輯序、石言遺響序、同跋、實々記序、同跋、猿詩歌、恠鼠傳前序」。坤「濡燕栖傘雨談前序、後序、皿々郷談序、簑笠雨談序、常夏草紙序、春蝶奇縁序、新累解脱物語開語、南柯夢前序、南柯後記序、美少年録第三輯序、漂注園乃雪序、水滸画伝序、摸稜案前序、胡蝶物語再編序、同跋、摸稜案后輯序、青砥石文序、剿盗異録序、同自評、同跋、三国一夜序、同跋、燕石雑志概畧、昔語質屋蔵序、跋、月氷竒縁序、烹襍記序」 通計三十八部

※主として半紙本読本の序跋を集めたものであるが、考証随筆も含んでいる。また『濡燕栖傘雨談』(墨川亭雪麿作、天保六年)の序文など、他作者に与えたのも採っているが、櫟亭金魚の『螢窓餘譚』(文化十四年)や『刀筆青砥石文』(文政三年)は実質的には馬琴作と考えてよいかもしれない▼4
 現存している本自体は美麗な精写本であるが、出板を前提とした「板下」であるとは考え難い。早稲田大学図書館の「曲亭叢書」に収められた経緯は定かではないが、天保末期頃の板元として「壽客堂」なる名も聞かないし、櫟亭金魚が「江川堂佳友」と名乗ったこともなかろうから、おそらくは好事の徒が手遊びに編んで出板をするように見せ掛けたものであろうと思われる▼5
 じつは斯様な読本の序跋類や名文を書き抜いた写本は他にも残存している▼6。此方は予告広告のみで未刊行に終わったと思われる読本『水滸後画傳』を、好事の徒が馬琴に仮託して著述するために、文体の模写を意図したもの考えられる。これらの近世期に成立した序跋類を書き抜いた写本は、単に鑑賞を目的とした名文集や文範というより、具体的な実作に向けた練習を意図した書写本と考えられるのである。つまり序跋を書き抜いた写本からは、近世的な読本受容の一例として、一読者に留まっていられずに自ら執筆を目指した知的レベルの高い好事家の存在を想定できると思うのである。
 一方、写本で流通していた実録体小説を上方読本風の板本擬いに仕立てた貸本屋用の写本もある。「自怡窟主人編、能齋画図、濃州大秋駅中西堂本屋市郎兵衛板」と銘打つ『袖錦岸柳嶋』『梅若一代記』『絵本復讐 品川鹿之子』『熊谷蓮生一代記』などであるが、大変に凝った造りで、手彩色の飾枠を持った見返や序跋は勿論、色を用いた口絵と挿絵とを加え、御丁寧に刊記と広告まで付したものなのある▼7。これなどは、序跋類の抜き書きではないが、公刊された板本というものに写本とは次元の異なる何等かの権威性を見出さなければ作成されることのなかった本であろう。
 ここで具体的に挙げ得たのは僅かな例ではあるが、近世期には板本が確乎とした格式を保有しており、謂わば〈板本に成りたかった写本〉の存在が確認できるわけである。とりわけ読本は近世後期にあって最も格調が高く知的な小説ジャンルであったので、読本作家に憧れて自身の書いたものを公刊したいと望んだ好学の士が存在したとしても不思議ではない。そして彼等は専ら自らのために名文序文集を編んで写本を作成し、時に周囲の同好の士の閲覧に供したこともあったはずである。


  四 近世期の雅文集


 ところで次に掲げた『近世名家遺文集覧』(萩原廣道編、嘉永二年十月、春星堂・墨香居刊)は、松永貞徳、林道春、北村季吟、下河邊長流、賀茂真淵、加藤宇万伎、富士谷成章、本居宣長、上田秋成、伴蒿蹊、小澤蘆菴など「三十五章作者十七人」の雅文を荻原廣道が集めて公刊した板本である▼8

  近世名家遺文集覧

〔体裁〕和装袋綴 中本(十八×十二糎)二冊 板本 六十七丁・六十二丁 白茶表紙菊模様
〔見返〕「嘉永庚戌新刻/萩原先生選評/近世名家遺文集覧/書肆 春星堂・墨香居」
〔目首〕「近世名家遺文集覧」
〔序末〕「嘉永二年冬かむな月 萩原廣道」
〔板心〕「遺文集覧」
〔刊記〕「嘉永三庚戌秋發兌/三都書林/京都 恵比須屋市右衛門/浪華 藤屋善七/藤屋禹三郎/江都 山城屋佐兵衛/須原屋茂兵衛」
〔内容〕「上之巻/石山詣之記 松永貞徳、長嘯翁に贈る詞 林道春、松月菴記 北村季吟、東関記中の詞 釋澤菴、吉野花見記 加藤磐齋、六々歌仙賛歌跋 下河邊長流、文臺裏書 釋契沖、得橘移植時謝本主辞 仝、秋日同賀圓珠菴阿闍梨六十歳倭歌序 今井似閑、假名文字書様大意序 渡邊素平、追悼百韻序 岡西惟中、一貞妻餞別の詞 平間長雅、住吉詣舟中〓合記跋 蜂谷等我、天満宮奉納百五十首和歌序 河瀬菅雄、垂裕堂家訓序 三輪希賢、道の記 都築師方、哭有賀長伯辞 河井立牧、書を沽る辞 奥野良弘、あしがきの詞 草加親賢、廣澤記 遊女大橋、竹山家之梅乃辞 賀茂真淵、八橋の詞 仝、上田秋成にこたふるふみ 加藤宇万伎、盆石記 釋似雲、むさしの國より人の朝皃をつゝみておこせたるかへりこと 富士谷成章、清田絢所蔵源氏物語序 仝、嶺松院月並會和歌序 本居宣長、十雨言二章 上田秋成、かいのしづく 鴨祐爲、大火の辞 龍公美、大火記 伴蒿蹊、遷幸記 小澤蘆菴、遷幸記 釋澄月、遷幸を拝みたる記 釋慈延/已上三十五章作者三十一人」。「下之巻/高良山十景和歌序 北村季吟、贈浅小井氏詞 釋契沖、秋日同詠紅葉交松和歌序 仝、青木美行が越のみちのくへゆくを送る哥の序 賀茂真淵、水郷春望 本居宣長、越後國山門郡本郷馬場記 富士谷成章、祭主季忠君に奉る書 仝、遊難波記 有賀長伯、翁の文のはしがき 富永仲基、長明賛 加藤景範、插花匏 仝、詠昇仙石和歌序 釋契沖、人麿影の開眼を人のたのみけるにそへてつかはしける詞 仝、むろの早わせ 今井似閑、木侍者記 釋似雲、遊女画賛 遊女大橋、樹徳堂記録草序 富士谷成章、せみのは 仝、難蔵山集序同跋 小澤蘆菴、賀小澤蘆菴六十辞 伴蒿蹊、粟田日記序 仝、鳩杖之記并圖 賀茂真淵、何がしへ贈る消息 上田秋成、魂祭辭 三宅石菴、同評語 加藤景範、浅間岳炎上記 仝、賀水戸少将殿婚姻詞 釋契沖、吊喪立因子詞 仝、臨〓閣之記 富士谷成章、竹園茶亭記 伴蒿蹊、四十賀記 今井似閑、道行ぶり 賀茂真淵、よしはら物語 中井積善、永峯紀行 琉球人久志親雲上/已上三十五章作者十七人/附録 遺文集覧愚評 荻原廣道」

「附録」として収められている編者萩原廣道に拠る「○遺文集覧愚評」には、

はじめこのふみをえらばむとせし時、もろこしのふみに評語を物せる例にならひて、一くだりごとにおもふ事すこしづゝかいつけ試みばや、とおもひしかば、これかれよみあぢはふるに、ちかき人のはいふべきふしもなし、いとふるき世の物にはいかにぞやおぼゆるふしもまじり、てにをはのゆるぎたる所も見ゆれど、これをいはゞ先達をあげつらふつみさりどころなくおぼえて、さてやみつ。されど猶おもひたちにし心のすさびに、いさゝかそのけしきばかりをおしくるめて、こゝに物しつ。さはいへ人のこゝろざしはおのがじゝことなるものなれば、見んひとの心にかなはぬことのおほからんをば、さるかたに見ゆるしねとぞ。

とあり、部立による整理はなされていないが、「序文」に明らかにされている通りに「名文」を集めて鑑賞するために編まれて刊行された「かんなぶみ」集(雅文和文集)である。なお「凡例」に拠れば以前刊行された『文苑玉露』▼9に採られたものは除いたとある。一方、漢文系統の「文章」を集めて部立に分けて編纂されたものとしては『文章軌範』などがあり、その注釈書が板本という格式を備えた出板物として公刊されていた。注意すべきは、これらの板本がいわば古語である「和文」や「漢文」で書かれた文集である点である。つまり、これらの板本は文章の学問とでもいうべき国学や漢学の教科書もしくは参考書と見做すべきものである。一方、戯作を始めとする大衆小説の序跋類を集成した非学問書は、江戸期に在っては板本という権威には馴染まなかったと見えて刊行されることはなく、一般化するには明治に入ってから出版された板本や活版本を待たなければならなかったのである▼10


  五 明治期の序跋集妙文集


 さて、活字本の出現によって板本の持っていた格式は如何に変容したのであろうか。明治期の出版を考える場合に前提となるのは、製版から活版へという印刷技術の進歩に伴なう和紙袋綴じの和装本から西洋紙両面摺りの洋装本へという書物自体の様相の変化である。この製版から活版への変化に伴なって文字の視認性が向上し、さらに和装から洋装への変化に拠って書物の物理的容積が劇的に減少した▼11。これらの現象は、読む速度の増加をもたらしたのみならず読書量の増加にも寄与したはずである。
 印刷製本技術は、より早くより大量の複製物を安価に製作すべく進化してきた。同時に全国津々浦々にまで販路を確保すべき流通機構の整備が進んだが、その結果として出版して売るべきテキストの不足といった事態に直面したものと思われる。このことは板本写本を問わず大量の近世期の小説実録類の翻刻本が時にはシリーズ化されつつ出版され続けていることからも明らかである。とりわけ、紙型の普及によって版面の保存が容易になる明治十年頃までは、出版される度に組版され直した活字本が夥しい異本を発生させつつ複数の版元から繰り返し発行されたのである。
 このようにして近代的な出版機構が整備された結果として、短期間に大量の近世期の本が写本と板本の区別無く活字化され、本来保持していた写本と板本の格の差は無化してしまった。さらに近世期は貸本屋を通じて流通していた戯作小説がより広汎に普及し、個人に拠って所有されて愛読されるようになったのである。書物の個人所有という変化も確実に読書習慣の変化を促したはずである。より多くの本を短時間に読めるように読書環境の整備が行われ、大勢の新たな近世小説読者が誕生した結果として、序跋集の編纂発行が行われたものと考えられるのである。
 また明治五年の学制公布に伴なって往来物の流れの上に位置付けられる教科書の発行も盛んになる。
 『本朝文範』(稲垣千潁・松岡太愿編輯、福田仙藏・山中市兵衛發兌、明治十四年八月廿三日板權免許同十五年一月出板、和装製版本、半紙本三冊)は、漢文系の範文集の部立てに倣って「辭、序、記、論、評、説、辨、教諭、訓戒、消息類」という具合に分類して、本居宣長、岡部真淵、富士谷成章、鵜殿よの子、僧契沖、紫式部、紀貫之など和文を集め、漢字を傍記したり上部に頭注を施したりしたもので、見返に「師範學校中學/校教科書明治/廿年十月廿日/文部省檢定濟」という朱印が捺されている。『和文軌範』(里見義著、阪上半七蔵梓、依田学海序、明治十五年十月五日版權免許同十六年二月出版、和装製版本、半紙本四冊)は「尋常師範學校用」と見返にあり、神皇正統記、源氏物語、松の屋文集、徒然草、著聞集、琴後集、盛衰記、玉かつま、扶桑拾葉集、枕草子、土佐日記、閑田文草などの近古の和文を抄出して注を施したものである。一方『本朝名家文範』(甕江川田剛先生序、龍洲馬場健先生編輯、教育書屋蔵、明治十八年四月二十四日版權免許同年九月出版、和装製版本、半紙本三冊)は、中国の範文集に見られた分類法に倣って「紀事、記、序、引、説、書、傳、論、墓誌銘、文、書後題跋、雑」という具合に分類して、徳川西山、服部南郭、安積良齋、中井履軒、頼山陽、田能村竹田、齋藤拙堂、伊藤仁齋、太宰春臺、龜田鵬齋などの漢文が集められた文章(章句字法)の「文部省御検定濟」の教科書である。
 なお、これらの教科書のうち、とりわけ和文系統のものには草書体の筆跡が活かせるようにと製版を選び用いられたものと考えられるが、同様の教科書でも明治二十年頃を境にして洋装活版のものが多くなる。
 一方、同時代の文章を集めて批評を加えた『偶評 今體名家文集』(土居光華編撰、内藤書屋、明治十一年一月十一日版權免許同十一年三月出版、和装製版本、半紙本五巻合三冊)は、大隈重信「全國一致ノ躰ヲ論スルノ議」以下、副島種臣、後藤象次郎、板垣退助、伊地知正治、木戸孝允、山尾庸三、津田仙、何禮之、山縣有朋、三條實美、岩倉具視、尾崎三良、陸奥宗光、塚本明毅、西村茂樹、中村正直、西周、津田眞道、森有禮、福澤諭吉等が漢文体で書いた「議、書、論、説、序」を「通計六十七首」集めたもので、序文には「諸生作文の助けにも相成らむ」とあるが、批評を見るに極めて政治色の強い本である。
 いずれにしても、このような教科書や名文観賞の類いをも視野に入れた上で明治期の序跋集を考える必要があろう。いまだ出版の全容を把握するには及ばないが、取り敢えず手許にある本を中心にして分類し、書誌解題を試みることにする。


  六 戯作序文集


 最初に馬琴を中心とする序文集を見てみたい。なお刊年と板元を補い、また「書名知れず」とあるものについては出典を調べて括弧の中に記しておいた。

  曲亭馬琴戯作序文集

    『曲亭馬琴戯作序文集』袋と表紙

〔体裁〕和装袋綴 半紙本(二二・二×一四・八糎)一冊 袋付 板本 四二丁 黄色表紙紗綾型模様
〔外題〕「曲亭馬琴戯作序文集 完」
〔見返〕「渡部白鴎纂輯 曲亭馬琴戯作序文集 明治十一年仲秋官許 渡部氏藏版[梧堂]」
〔 序 〕「序言/此頃、家尊大人白鴎君、曲亭馬琴翁の戯作のはしがきそこはくを書集め、つけ假名して孫ともに賜りぬ。予こゝをみるに行文の巧なる句調のおもしろき手巻を置く能はす。こは此まゝになしなむは惜しきわさなりと、直にこゝを桜木にちりはめ同好の諸君に分つになむ。/明治十一年初秋/渡部温しるす」
〔板心〕「曲亭序文集」
〔刊記〕「藏版人 東京牛込白銀町廿七番地 渡部温/賣弘書肆 仝通二町目十九番地 稲田佐兵衛」
〔内容〕「第一 皿屋敷浮名の染付(文化十一年鶴喜板)、第二 書名知れず(「毬唄三人長兵衛」文化十三年丸文板)、第三 書名知れず(「〓山後日囀」文化十四年丸文板)、第四 伊達模様判官贔屓(文化十四年鶴喜板)、第五 膏橋河原祭文(文政六年鶴喜板)、第六 女夫織玉川晒布(文政六年西与板)、第七 もろしぐれ紅葉の合傘(文政六年泉市板)、第八 梅櫻對女兄弟(文政七年泉市板)、第九 辻花さうし(「襲褄辻花染」文政七年西与板)、第十 縁むすびふみの定紋(文政八年西与板)、第十一 姫万両長者の鉢木(文政九年森治板)、第十二 たなばたつめ願の糸竹(文政十年西与板)、第十三 やまと荘子てふ/\の花簪(文政九年泉市板)、第十四 今戸みやげ女西行(文政十一年森治板)、第十五 代夜待白女の辻占(天保元年西与板)、第十六 大師河原撫子譚(文化三年蔦重板・天保十年蔦吉板/天保十二年森治再板)、第十七 白鼠忠義ものがたり(「百物語長者万燈」文化十四年岩戸屋板の改題本、弘化二年金港堂板)、第十八 殺生石後日怪談(初編文政八年森治板)、第十九 同續篇(二編文政十二年)、第二十 同續篇(三編天保元年)、第二十一 同續篇(四編天保二年)、第二十二 同續篇(五編天保三年)、第二十三 傾城水滸傳(初編文政八年鶴喜板)、第二十四 同續(二編文政九年)、第二十五 同續(三編文政十年)、第二十六 同續篇(四編文政十一年)、第二十七 同續篇(五編文政十一年)、第二十八 同續篇(六編文政十二年)、第二十九 千代楮良著聞集(一輯天保三年西与板)、第三十 金毘羅船利生纜(初編文政七年泉市板)、第三十一 同續篇(二編文政八年)、第三十二 同續篇(三編文政九年)、第三十三 同續篇(四編文政十年)、第三十四 同續篇(五編文政十二年)、第三十五 同續篇(六編文政十二年)、第三十六 同續篇(七編天保元年)、第三十七 同續篇(八編天保二年)、第三十八 書名知れず(「雪調貢身代鉢木」文政二年泉市板)、第三十九 書名知れず(「宮戸河三社網船」文政四年鶴喜板)、第四十 赤本事始(「童蒙話赤本事始」文政七年森治板)、第四十一 漢楚賽擬選軍談(初編文政十二年西与板)、第四十二 同續篇(二編文政十二年)、第四十三 同續篇(三編上帙天保元年)、第四十四 同續篇(三編下帙天保二年)、第四十五 新編金瓶梅(一集天保二年泉市板)、第四十六 同續篇(二集上天保三年)、第四十七 同續篇(三集天保五年)、第四十八 同續篇(六集天保十年)、第四十九 同續篇(七集天保十一年)、第五十 同續篇(八集天保十二年)、第五十一 同續篇(九集天保十三年)、第五十二 同續篇(十集弘化四年)、第五十三 女郎花五色石臺(初編上帙弘化四年泉市板)、第五十四 同續篇(二集上帙弘化五年)、第五十五 同續篇(三集上帙嘉永二年)、第五十六 同續篇(四集上帙嘉永三年)

※明治十一年という比較的早い時期に、後期の草双紙(合巻)の序文を大成したものである。

  稗史三大家文集

〔体裁〕和装袋綴 中本(一八・四×一二・三糎)乾坤二冊 板本 三七丁・二四丁 白茶表紙浪模様に「巴山人」「乾坤一草亭」の印影と「馬」の花押を配す
〔外題〕「京傳/馬琴/三馬 著・稗史三大家文集 萩原乙彦輯 乾(坤)
〔見返〕「稗史三大家文集 山東京傳・曲亭馬琴・式亭三馬著 萩原乙彦編輯標注」
〔題字〕「有斐/柳北仙史題[柳][北]」
〔 序 〕「稗史三大家文集(はいしさんだいかぶんしふ)序詞(はしがき)
飛花(ひか)落葉(らくえふ)鶉衣(うづらごろも)も、其躰(そのみ)得意(とくい)の冠(くわん)とせる古人(こじん)の文(ぶん)を藻塩草(もしほぐさ)、かき集(あつ)めたる老婆心(らうばしん)にて、自己(おのれ)(よ)く見(み)て美(よし)と定(さだ)めし言(こと)の葉(は)の、世(よ)に散布(ちりしき)ては落葉(おちば)(かご)にかき集(あつ)めて、衆目(しゆうもく)に觸(ふれ)むとするぞ、文(ふみ)の林(はやし)に遊(あそ)ぶ者(もの)の情(つね)(なり)ける。其情(そのじやう)の發(おこ)る所(ところ)、古文真宝(こぶんしんほう)の漢(から)(ぶみ)も、羣書類聚(ぐんしよるゐじゆう)の倭調(やまとぶり)も、好事(かうづ)一般(はん)古今(ここん)に変(かは)らず。蓋(けだ)し狂文(きやうぶん)の千変(せんへん)萬化(ばんくわ)、雅俗(がぞく)に渉(わた)り流行(りうかう)に走(はし)て、譬(たと)へば直道(ちよくだう)を棄(すて)て枝路(しろ)に曲(まが)り、名所(めいしよ)古跡(こせき)を尋(たづ)ぬるに似(に)て、古人(こじん)微妙(みめう)の意匠(いしやう)(ふか)き味(あぢは)ひを知(し)るは誰(た)そ、我(わが)賢兄(けんけい)乙彦(おとひこ)(せい)なり。兄(けい)や昔日(せきじつ)の花咲男(はなさきおとこ)、白門(はくもん)花柳(くわりう)の二筋(ふたすぢ)(みち)を踏(ふみ)てぞ知(し)るき粋(すゐ)の果(はて)、梅(うめ)(ぼし)(ぢゝい)の戯称(げしよう)に悖(もと)り、今(いま)も壮倦(さかん)の餘筆(よひつ)を以(も)て、豫(かね)て肝銘(かんめい)の三家(さんか)の戯文(げぶん)(よ)に散者(ちるもの)を集成(しふせい)なしつ。書肆(しよし)求古堂(きうこだう)に授与(さづくる)(さい)、序(じよ)を余(よ)に徴(めす)を甚麼(いかに)せん。本文(ほんもん)の金玉(きんぎよく)に瓦礫(ぐわれき)を鳴(な)らすぞ烏滸(をこ)なりける。/明治十二年初夏/假名垣魯文識[印]」
〔口絵〕「三大家肖像/應需 朝香樓芳春筆」

    『稗史三大家文集』口絵

〔 跋 〕「這件(このけん)(京伝机塚の再興の事)は今(いま)を去(さ)る。十一年(ねん)の一昔日(ひとむかし)。明治(めいぢ)二年己巳(きし)仲秋(ちうしう)の事(こと)也けり。其(それ)より先(さき)(よ)は戯作(げさく)の筆(ふで)を断(たち)て。當時(たうじ)正風(しやうふう)の俳諧(はいかい)を唱(とな)へたりしが。両子(りやうし)は作文(さくぶん)三昧(ざんまい)の。功(いさほ)(つみ)たる好(こう)造化(ざうくわ)。新耳紙(しんぶんし)に從事(じゆうじ)したれば。方今(はうこん)は世(よ)に讃賞(もてはや)されて。志(こゝろざ )を得(ゑ)たりなん。余(よ)が性(せい)蒲柳(ほりう)路傍(ろばう)の苦李(くり)。その后(のち)(わづか)に舊知(きうち)の書肆(しよし)が。懇嘱(こんしよく)を黙止(もだし)(かね)て。再(ふたゝ)び著述(ちよじゆつ)の觚(ふで)は操(とれ)ども。短才(たんさい)不学(ふがく)の陋拙(ろうせつ)杜撰(づさん)。綴(つゞ)り榮(ばへ)なき兎園(とゑん)の雜書(ざつしよ)も。茲(こゝ)に廿有(いう)七八部(ぶ)。既(すで)に刊行(かんかう)したりしが。各(おの/\)書肆(ふみや)の米櫃(こめひつ)を。潤(うるほ)すや澤(うるほ)さずや。余(よ)は稍(やゝ)糊口(ここう)の代(しろ)に充(み)つ。辛(から)き世(よ)をふる雨(あめ)(もり)て。沾(うるほ)ひ過(すぎ)る茅屋(あばらや)のみ。彼(か)の愿憲(げんけん)に似(に)たらんかも。梅星叟誌」
〔板心〕「稗史三大家文集初編   丁付」
〔刊記〕「明治十二年三月十八日出版御届/仝 十月出版 [定價金三拾五錢]/編輯人 東京府平民 萩原乙彦 淺草區新旅篭町拾九番地/出版人 仝 松嵜半造[求古堂] 仝 須賀町貳拾四番地/發賣人 仝 瀬山直次郎 仝 藏前片町廿八番地」
〔内容〕「甲之巻/南総里見八犬伝第初輯序 曲亭馬琴(読本、文化十一年、漢文)、高尾船字文序 同(中本型読本、寛政八年)、松梅竹取物語序 山東京傳(合巻、文化六年)、道化物語序 式亭三馬(合巻、文化六年)、同大意 同(合巻、文化六年)、近世説美少年録第一輯序 曲亭馬琴(読本、文政十二年、漢文)、雙蝶記序 山東京傳(読本、文化十年)、吉原細見序 式亭三馬、心猿辧 曲亭馬琴(読本「旬殿實々記」巻末「こゝろの猿」、文化五年)、吉原十二時繪詞晝之分 山東京傳(評判記、文化二年)、開巻驚奇侠客傳第初輯序 曲亭馬琴(読本、天保三年、漢文)、辰巳婦言序 式亭三馬(洒落本、寛政一○年)、傾城〓(けい)序 山東京傳(三馬編、狂歌、享和三年)、麻疹戯言跋 式亭三馬(滑稽本、享和三年)、廓節要序 同(楽山人馬笑作、洒落本、寛政一一年)」。「乙之巻/客者評判記跋 式亭三馬(滑稽本、文化八年)、通言總籬序 山東京傳(洒落本、天明七年)、再編摸稜案序 曲亭馬琴(読本、文化九年、漢文)、風流庵〓〓(そばきり)報條 式亭三馬、劇場粹言幕の外序 式亭三馬(滑稽本、文化三年)、糸桜春蝶竒縁序 曲亭馬琴(読本、文化九年)、胡蝶物語第初篇序 同(読本「夢想兵衛胡蝶物語」、文化七年)、三國一夜物語跋 同(読本、文化三年)、娼妓絹〓(ぶるい)序 山東京傳(洒落本、寛政三年)、契情四十八手序 同(洒落本、寛政二年)、青樓○の世界序附言 同(「錦之裏」洒落本、寛政三年)、泥箔野呂松狂言序并附言 式亭三馬(文化十年、鶴金)、戯子名所圖繪序 曲亭馬琴(滑稽本、寛政十一年)、古机の記 山東京傳(墓誌、文化頃)

※萩原乙彦は鈴亭(二代目)梅暮里谷峨。江戸根津に旗本次男として生まれる。人情本、切附本、端唄、俳諧などの著編がある。明治七年「東京開化繁昌誌」を出す。後静岡新聞に入社、明治十九年歿、享年六十一歳。本書巻頭には「魯文珍報」等を引きつつ三人の紹介が備わり、本文には頭注を付し、記事の後には「乙彦曰」などと考証を加えたものもある。京伝は洒落本、馬琴は読本、三馬は滑稽本を取り上げている点に選択意識が見られる。

  諸名家戯文集

〔体裁〕和装袋綴 半紙本(二二・四×一五・二糎)一冊 板本 四○丁 黄色表紙布目模様
〔外題〕「打越/光亨/編輯・諸名家戯文集 全」
〔見返〕「諸名家戯文集 打越光亭編輯 假名垣魯文閲 東都 玉海書房梓」

    『諸名家戯文集』見返と魯文序

〔 序 〕「諸名家戯文集前編序/滑稽(こつけい)(ち)に落(をち)て戯作者(げさくしや)(たな)に据(あげ)られたりとは、例(れい)の式亭(しきてい)が當時(そのころ)の嗟嘆(さたん)にして、戯作(げさく)と称(しやう)せど笑(おかし)からず、滑稽(こつけい)(もの)と唱(とな)ふるに滑稽(こつけい)の意(い)なきを演(のべ)し〓概(かうがい)の餘筆(よひつ)。抑(そも/\)戯作(げさく)の濫觴(はじまり)は支那(もろこし)にては湖上(こしやう)の笠翁(りつをう)、我國(わがくに)の近松(ちかまつ)巣林(さうりん)。狂文(きやうぶん)は風来(ふうらい)岡持(をかもち)蜀山(しよくさん)真顔(まがほ)六樹園(ろくじゆゑん)、これを五本(ごほん)の指(ゆび)と称(しやう)し、且(かつ)戯作者(げさくしや)の戯作(げさく)(しや)たるもの京傳(きやうでん)三馬(さんば)に止(とゞ)めたり。馬琴(ばきん)の博識(はくしき)強記(がうき)なるも其文(そのぶん)雅俗(がぞく)を混淆(こんかう)して戯(げ)の一遍(へん)に疎(うと)き者(もの)なり。十遍舎(へんしや)の膝栗(ひざくり)(げ)はお臍(へそ)でお茶(ちや)を沸(わかす)すの器械(きかい)、編中(へんちう)の洒落(しやらく)(よし)也と雖(いへど)も、其他(そのた)に佳作(かさく)と愛(めづ)る者(もの)なく彼(かの)一編(へん)は狂言記(きやうげんき)の糟粕(そうはく)を舐(ねぶ)りしより、一時(じ)の世評(せひやう)を蒙(かふむ)れりと。文政(ぶんせい)已来(いらい)戯作者(げさくしや)と呼(よば)るゝ者(もの)(おほ)かる中(なか)に、獨(ひと)り滝亭(りうてい)鯉丈(りじやう)が八笑人(せうじん)和合人(わがふじん)の二(に)冊子(さうし)のみ戯作(げさく)の本意(ほんい)に適(かな)ふ可(べ)く、其他(そのた)は草紙(さうし)物語(ものがたり)の故(ふる)きを温(たづ)ねて新(あたら)しく俗調(ぞくてう)に述(のべ)しまでにて、眞(しん)の戯作(げさく)といふ可(べ)からず。古人(こじん)昌平(しやうべい)の化(くわ)に耽(ふけ)り、文学(ぶんがく)の餘地(よち)を占(しめ)て左手(ひだり)に盃(さかづき)右手(みぎ)に筆(ふで)(さい)に委(まか)せ、興(きよう)に乗(じよう)じ帋上(しじやう)を走(はし)らす文升星(ぶんしやうせい)咄々(とつ/\)怪事(くわいじ)の百奇(ひやくき)野行(やぎやう)、面白(おもしろ)(ぎつね)の玉藻(ぎよくさう)文章(ぶんしやう)。面黒(おもくろ)(たぬき)の腹(はら)つゞみ生体(たはひ)もなき事(こと)ども筆(ふで)に列(つら)ね文(ぶん)に綴(つゞ)り、號(なづ)けて狂文(きやうぶん)戯作(げさく)とす。此(この)水莖(みづぐき)の本源(みなもと)を知(し)らんと欲(ほつ)せば、這回(こたび)刻成(こくなる)諸名家(しよめいか)戯文(げぶん)(しぅ)に渉猟(しようりやう)せし。百年(ひやくねん)以来(いらい)の一粒(ひとつぶ)(えり)(この)編輯(へんしう)を賞味(せうみ)あるへし。
于時(ときに)明治(めいぢ)十二年(ねん)初夏(しよか)(だい)五月(ぐわつ)京橋區(きやうばしく) 出雲町(いづもちやう)假名(かな)(よみ)新聞(しんぶん)(しや)の樓上(ろうしやう)塵埃(ぢんあい)(ふか)き所(ところ)に記(き)す/猫々道人 假名垣魯文題」
〔板心〕「滑稽序文集  丁付」
〔刊記〕「明治十二年六月十日版権免許/同年十一月 ママ日出版/編輯并出版人 靜岡縣士族 打越光亨/本郷區湯島三組町八十四番地寄留」

    『諸名家戯文集』刊記

〔内容〕「○吉原細見 里のをだまき評自序 風来山人、○同 跋 同、○嫩榕葉相生源氏後序 福内鬼外、○風来六部集序 天竺老人、○京傳餘師序 山東京傳、○道中膝栗毛序 十返舎一九、○同 発端序 同、○戯場粋言幕之外 式亭三馬、○旧觀帖自序 感和亭鬼武、○腹筋逢夢石 山東京傳、○浮世風呂大意 式亭三馬、○同 前編巻首 同、○客者評判記序 八文舎自笑、○同 自跋 式亭三馬、○同 古今亭三鳥・樂亭馬笑、○同 前編跋 徳亭三孝、○人心覗機関自序 式亭三馬、○四十八癖初編自序 同、○浮世床後序 同、○古今百馬鹿巻首 同、○素人狂言紋切形自序 同、○同 下編序 匠亭三七、○大千世界樂屋探 式亭三馬、○田舎芝居忠臣蔵二編自序 同、○廿三夜續編 如月稲荷祭序 神田豈山人、○花暦八笑人序 琴通舎英賀、○滑稽和合人序 溪齋、○妙竹林話 七遍人初編序 松亭、○西洋道中膝栗毛初編序 河丈紀」

※板心に「滑稽序文集」と見えているが、魯文は「戯作」を滑稽物と定義して式亭三馬を高く評価しているようである。三馬の門人等を採り上げながら、それに対して十返舎一九や松亭金水の評価が低いのが特徴的だと思われる。と同時に為永春水の人情本が採られていない点に興味を覚える。

  東都八大家戯文

〔体裁〕和装袋綴 中本(十八×十二・一糎)上編二冊 活版 三十三丁・三十二丁 黄色表紙
〔外題〕「東都八大家戯文上編乾(坤)
〔見返〕「東都八大家戯文 上編全二冊  風来山人・蜀山人・十返舎一九・山東京傳/式亭三馬・曲亭馬琴・為永春水・柳亭種彦 東京書肆 巖々堂藏版」

    『東都八大家戯文 上編』表紙と見返・自叙

〔自叙〕「東都八大家戯文稿成る。書肆來りて序をもかけよと請へども、予篇々みな玉をつらねたるまへに泥の如き文を掲ぐには迷惑なりとてゆるさず。されども書肆なか/\きかずして曰く、それ聖人の論語にも朱子のまくらあり、高祖のまへには陳渉のさきぼうあり、芝居の幕明には仕出あれば先生にもぜひに幕明あらんことをとせちに乞ふによりて予遂にゆるしてさらば即席にちよツぴり書くべしとて筆をとりたれどもおぢけがつきて更に思案がいでず墨を砥ること半時ばかりにて「こきうすき硯の水もしらすして/鵜の直似をするからす羽の文字」と書けば書肆傍よりしてそれは先生の御作にてや候やと問ふ予答へていな苦しいまゝにちよツと古人の作を首に置てこれから文をつゞくるなりといへば書肆あまりに待どほなればそれにてよしといふゆゑさらば予も仕合なりとて筆を投すれば書肆思案たら/\にて去りぬ
明治十五年十一月醉書といひたいが下戸なれば茶にうかされて/春風居士しるす」
〔口絵〕松齋吟光
〔 柱 〕「東都 八大家文上編乾(坤) 丁付」
〔刊記〕「明治十五年十一月十九日出版御届/十五年十一月二十五日出版 定價三十五錢/纂輯人 新潟縣平民 松村操 東京神田區佐久間町二丁目十一番地/出版人 廣島縣士族 岩崎好正 同神田區雉子町三十二番地/發兌書肆/東京日本橋區通二丁目 稲田佐兵衛/同芝區三島町 山中市兵衛/同神田區雉子町 巖々堂/大坂北久太郎町 柳原喜兵衛/同備後町四丁目 北村彦助/西京三條通寺町 福井源次郎」
〔内容〕「乾/○細見嗚呼御江戸序 風來山人、○豆男畫巻序 蜀山人、○送麻疹神表 式亭三馬、○再編胡蝶物語序 曲亭馬琴、○すり小木のことば 蜀山人、○道中膝栗毛序 十返舎一九、○契情四十八手叙 山東京傳、○風月花情 春告鳥の序 爲永春水、○麥飯報條 風來山人、○道外物語序 式亭三馬、○客者評判記跋 仝、○道行虱の妹背筋 風來山人、○烏亭焉馬七〓(なゝそぢ)壽詞 蜀山人、○浮世風呂大意 式亭三馬、○青楼晝夜の世界錦裏序 山東京傳、○太平樂巻物序 風來山人、○書畫帖序 蜀山人、○麻疹戯言跋 式亭三馬、○戯子名所圖會序 曲亭馬琴、○はこいりはみがき 嗽石香口上代作 風來山人、○雙蝶記序 山東京傳、○風流庵報條代作 式亭三馬、○神靈矢口渡跋 風來山人、○飲酒法令 蜀山人、○傾城〓 山東京傳、○心猿辨 曲亭馬琴、○猿寺襌師七十賀詞 蜀山人、○放屁論自序 風來山人、○通言總籬序 山東京傳、○十八羅漢圖讃序 蜀山人、○雜談紙屑籠序 十返舎一九、○坐敷藝忠臣藏序 山東京傳」。「坤/○題古今百馬鹿巻首 式亭三馬、○去る申の歳菅原櫛といへる工出し世に行はれける時好人より狂歌を給ひしその返歌並に序 風來山人、○達磨畫賛 蜀山人、○偐紫田舎源氏初編序 柳亭種彦、○善惡附込當座帳序 十返舎一九、○逢夢石序 山東京傳、○腹筋逢夢石二編自序 山東京傳、○腹筋逢夢石三編序 山東京傳、○廓節要序 式亭三馬、○雜談紙屑籠序 十返舎一九、○火をいましむる詞 蜀山人、○荒御靈新田神徳後序 風來山人、○娼妓絹〓序 山東京傳、○千秋井の記 蜀山人、○里のをだまき評自序 風來山人、○奉加帳序翁名燕斜又号豆三 蜀山人、○燕斜翁をいためる詞 蜀山人、○膝栗毛發端序 十返舎一九、○偐紫田舎源氏第十編序 柳亭種彦、○麻疹與海鹿之辨 式亭三馬、○月雪花 蜀山人、○辰巳婦言序 式亭三馬、○矢口後日 荒御靈新田神徳口上代作 風來山人、○風流 餅酒論清水餅口上書第二番 風來山人、○巣がものきく 蜀山人、○劇場粹言幕の外序 式亭三馬、○酒色財 蜀山人、○きよみづ餅口上代作 風來山人、○傾城水滸傳二編序 曲亭馬琴、○嫩〓葉相生源氏後序 風來山人、○平荷集序 蜀山人、○荒御靈新田神徳口上後日代作 風來山人」

※巻頭に風来山人・蜀山人・式亭三馬・曲亭馬琴の小傳と肖像を半丁ずつ載せる。蜀山人や風来山人の狂文が圧倒的に多く、次いで三馬と京傳の滑稽本や洒落本の序跋が採られている。八大家とはいっても春水と種彦は僅か一点、馬琴や一九も少ない。「下編」の刊否は不明。

  曲亭 馬琴序文選

〔体裁〕洋装角背 一冊 百七十五頁 薄緑無地表紙 縦一四・八糎 横八・六糎
〔外題〕題簽中央「馬琴序文選」(改装か)
〔 序 〕「はしがき/この書は、曲亭馬琴の戯作はしがき中、文章の模範となるべきを抄録せるものなり。
馬琴、名は解、瀧澤氏、晩年に剃髪して篁民と呼ぶ。馬琴といふは、その雅號なり。三七全傳南柯夢の跋に、馬琴、取十訓抄野相公句、才非馬卿(司馬相如字は長卿)、弾琴未能云々と見ゆ。また、簑笠漁隱・玄同陳人・著作堂などとも稱す。幕府の陪臣の子にして、江戸深川に生る。幼より讀書を好み、醫學・經學等を學びしが、後、專ら小説作家を以て世に立ち、遂に古今第一流の著作家となれり。その著、二百九十餘種、すべて洗錬の字句、流麗の文章なり。就中、南總里見八犬傳・椿説弓張月・俊寛僧都島物語・朝夷奈巡島記(未完)・夢想兵衛蝴蝶物語・頼豪阿闍梨恠鼠傳・青砥藤綱摸稜案・近世説美少年録・開卷驚奇侠客傳(未完)・旬殿實々記・松染情史秋七草・昔語八丈綺談等、最も愛讀せらる。雜著には、玄同放言・羇旅漫餘(ママ)・著作堂一夕話・簑笠雨談等あり。また世に行はる。馬琴が八犬傳の著作中に失明し、苦心慘憺、漸く之を完成せるよしは、その回外剩筆に詳なり。歿せしは嘉永元年(皇紀二五〇八年)十一月にして、年八十二。
馬琴、既に博洽の資を以て常に〓々として文筆を執る。その雄大なる結構、巧妙なる思想、富麗なる文詞は、よく人間界の森羅萬象を網羅しつくせるの觀あり。宜なり一代の巨匠と稱揚せらるゝや。こゝに収めしは其の文章の一斑に過ぎざれども、行文の巧なる、口調の美はしき、諷誦の際、以て馬琴の全豹を彷彿するを得べし。文家或はその駢驪なるをそしるものあれど、こは寧ろ馬琴の特色なり。蓋し宛轉自在の思想、自ら筆端にあらはれて、流麗の聲調となり、整齋の字句となりしものならむ。而も變化自在にして、文脈毫も紊れず。かの後人の特更に駢驪を擬して、爲に其の思想を窘束せらるゝが如きとは、固より間あり。
馬琴に門人といふもの甚だ少く、僅かに嶺松亭琴雅・櫟亭金魚など兩三名を數ふるのみとぞ。
大正二年五月/讀我書樓主人しるす」
〔刊記〕「大正二年十一月廿三日印刷/大正二年十一月廿七日發行/不許複製/編者 讀我書樓/編輯兼發行者 東京市淺草區田町二丁目二十六番地 高橋たま/印刷者 東京市日本橋區葺屋町一番地 淺野寅次郎/印刷所 東京市日本橋區葺屋町一番地 淺野印刷所/發行所 東京市淺草區田町二丁目二十六番地 魁文館」
〔内容〕「○三國一夜物語の叙、○白鼠忠義ものがたり、○大師河原常夏譚、○夢想兵衛胡蝶物語自叙、○同じく後編の序、○占夢南柯後記の叙、○絲櫻春蝶奇縁の序、○皿屋敷浮名の染付、○代夜待白女の辻占、○手鞠唄三人長兵衞、○〓山後日の囀、○伊達模様判官贔屓、○犬夷評判の記序、○書名知れず(雪調貢身代鉢木)、○膏橋河原祭文、○女夫織玉川晒布、○諸時雨紅葉の合傘、○殺生石後日怪談、○同じく續篇、○同じく、○同じく、○同じく、○金毘羅船利生纜、○同じく續篇、○同じく、○同じく、○同じく、○同じく、○同じく、○同じく、○梅櫻對女兄弟、○辻花染、○縁むすびふみの定紋、○傾城水滸傳、○同じく續、○同じく、○同じく續篇、○同じく、○同じく、○姫萬兩長者の鉢木、○大和莊子てふ/\の花簪、○牽牛織女願の糸竹、○今戸土産女西行、○漢楚賽擬選軍談、○同じく續篇、○同じく、○同じく、○新編金瓶梅、○同じく、○同じく、○同じく、○同じく、○同じく、○同じく、○同じく、○女郎花五色石臺、○同じく續篇、○同じく、○同じく、○千代緒良著聞集、○戲子名所圖會の序
附録 馬琴の傳 ○馬琴の雅号、○剃髪せし理由、○馬琴の家系、○京傳と馬琴、○馬琴、入り聟となる、○馬琴、著作を好む、○尋常の戲作者にあらず、○馬琴の才藻、○馬琴の處女作、○馬琴の古稀の筵、○犬夷評判記、○馬琴、濫交を好まず、○八犬傳を完成す、○馬琴の博覧、○馬琴の逸話、○馬琴の門人、○馬琴の勉強、○馬琴の眼病、○遂に失明す、○苦心慘憺、○馬琴辭世の歌、○蒲生秀實馬琴を賛す、○馬琴の事履年表略」

  日本妙文軌範 上の巻

〔体裁〕洋装大和綴 一冊 活版 二百十六頁 表紙 縦一八・六糎 横一二・九糎
〔表紙〕「賤のをたまき編/三版/日本妙文軌範 上の巻」
〔例言〕「一 本書編纂の主意は曲亭馬琴山東京傳等諸名家の遺著八十有餘種に就き博く巧妙の文辞を採集し以て作家の便に供し併せて本邦文章の微妙を發揚せしめんとするにあり/一 本書編纂の順序は先つ各部門に區別し更に之を各事項に分戴す然れとも其事項にして甲乙相關連するもの亦少なからす是等は特に鼇頭に其箇所を掲ぐ讀者能く前后を参照せは可なり/一 本書採集の文辞は其一辞を終る毎に必らず引書名の略符を註記す(八犬)とあるは其原書南總里見八犬傳にして(常夏)とあるは常夏草紙なるが如し 」
〔刊記〕(なし)▼12

※巻頭の「採集書目」に馬琴の読本合巻の他、京伝・三馬・一九・曲山人・高井蘭山・瀧亭鯉丈・柳亭種彦・為永春水・近松門左衛門・竹田出雲・近松半二等八十四種が挙げられている。これらを、家倫門・書簡門・人事門・婦女門などに大きく分け、さらに家倫門なら「夫婦・夫婦失歡・妊娠・孚育・育棄兒・孝養・同胞・知己」という具合に分けて各主題に沿って抄出してある。


  七 小説文範シリーズ


 このシリーズは第三編までが管見に入った。古今東西の名文を抜き書きしたもので各編毎に構成に工夫がこらされている。

  小説文範

〔体裁〕洋装 一冊 活版 八十八頁 縦一八・五糎 横一二・五糎 国会図書館(特二二・二一九)
〔表紙〕「曲亭馬琴・八文字舎自笑・山東京傳・江島其磧・風來山人・十返舎一九・近松門左衛門・近松半二・竹田出雲・為永太郎兵衛・並木宗輔・西澤一風/吉田香雨編纂/小説文範/大華堂發兌」
〔自序〕「○小説(せうせつ)文範(ぶんはん)の自序(はしがき)
小説(せうせつ)は誰(たれ)(かれ)にも作(つく)り得(え)らるべき物(もの)のごとく見(み)ゆるその實(じつ)面倒(めんどう)なるものぞかし。幾(いく)らかくらの學文(がくもん)に通(つう)じ、いかに世才(せさい)に長(たけ)たればとて、強(あなが)ちに善(よ)くすべき業(わざ)にあらず。西洋(せいよう)の「スコツト」我國(わがくに)の馬琴(ばきん)なんどあまた巧妙(たくみ)なる小説(せうせつ)を著(あら)はして其名(そのな)を世々(よゝ)に傳(つた)へしは、誠(まこと)に希世(きせい)の天才(てんさい)とやいはん。然(しか)はあれども近頃(ちかころ)此道(このみち)漸次(しだい)に進(すゝ)み、或(ある)は文學(ぶんがく)の一科(くわ)なりとも稱(たゝ)へ、或(ある)は美術(びじゆつ)の一門(もん)なりとも言(いひ)もて囃(はや)し、繪畫(くわいぐわ)音樂(おんがく)彫刻(てうこく)と並(なら)び稱(しよう)せらるゝに至(いた)りしより、我(われ)も他(ひと)も心(こゝろ)を小説(せうせつ)の一途(と)に傾(かた)ふけ、その念(ねん)(こ)りて更(さら)に自(みづ)から作者(さくしや)たらんことを欲(ほり)する人(ひと)も多(おほ)しとぞ。世(よ)の中(なか)の流行(りうかう)ほど面白(おもしろ)きものはあらじ。此(この)姿(すがた)にて過行(すぎゆか)んには百(もゝ)の「ジツケンス」「サガレイ」を出(いだ)すも遠(とほ)きにはあらざるべく、千の京傳(きやうでん)風來(ふうらい)のいで來(きた)るも遅(おそ)き事(こと)にはあらざるべし。兎(と)にも角(かく)にも文學(ぶんがく)進歩(しんぽ)を當込(あてこま)んとにはあらねども、常(つね)に小説(せうせつ)を好(この)むの癖(くせ)あり。一年(ひとゝせ)(やまひ)の床(とこ)に在(あ)りて徒然(つれ%\)なるまゝに古人(こじん)の物(もの)せし小説(せうせつ)のたぐひを何(なに)くれとなく見散(みちら)したる中(なか)にて心(こゝろ)に感(かん)じたる節々(ふし%\)を一(ひと)ツ二(ふた)ツと摘取(つみとり)て反古(ほご)の裏(うら)に書留(かきと)め置(お)きしに、早晩(いつしか)(つも)りて一束(ひとたばね)とはなりぬ。このころ頃日、洋燈(ランプ)掃除(さうぢ)に反古(ほご)(すこ)しいりぬと小厮(こもの)の請求(こひもと)むるに任(まか)せ、破(やぶ)れ葛篭(つゞら)の蓋(ふた)とり除(の)けて、そこはかとなく取調(とりしら)べしにふと件(くだん)の反古(ほご)の出來(いできた)りしにぞ。又(また)今更(いまさら)に珍(めづ)らしき心地(こゝち)せられて一(ひと)わたり之(こ)れを讀(よ)みしに、其(その)(めう)(じつ)に言(い)ふべからず。斯(かゝ)る尊(たふ)とき言(こと)の葉(は)を無下(むげ)にうちすて枯(から)さんは、最惜(いとをし)きわざなりと獨(ひと)り呟(つぶ)やく其(その)(をり)しも、店頭(みせさき)へ來(きた)りし客人(まろうと)の何(なに)か小説(せうせつ)の材料(ざいれう)ともなるべき書(ふみ)はなきやと尋(たづ)ね玉(たま)ふあり。かた%\之(こ)れを活版(くわつぱん)に付(ふ)さば小説(せうせつ)流行(りうかう)の今日(こんにち)に小補(せうほ)なしともいひがたしと、即(すなは)ち出版(しゆつぱん)の手順(てじゆん)に及(およ)びぬ。但(たゞ)し此書(このしよ)の鼇頭(かしら)にある作者(さくしや)の名(な)は曩(さき)に書留(かきと)め置(お)かざりしに、此度(このたび)看官(みるひと)の便宜(べんぎ)をはかり己(おの)が記臆(きおく)の存(そん)するまゝを大方(おほかた)は記載(かいしる)し置(おき)たれども、固(もと)より空覺(そらおぼ)えの事(こと)にしあれば、中(なか)には誤(あやま)りて其名(そのな)を付違(つけちが)へたる向(むき)もやあらん。其(そ)は宜(よ)きにみそなはせ給(たま)ひて、よしや小説(せうせつ)の材料(ざいれう)著作(ちよさく)の參考(さんかう)とまでには往(ゆ)かずとも、秋(あき)の夜(よ)の長(なが)き徒然(つれ%\)を慰(なぐ)さむる便宜(よすが)ともなし給(たま)はらば、編者(へんしや)が此上(こよ)なき幸(さいは)ひになん。/戊子晩秋 大華堂のあるじ/吉田香雨誌」
〔刊記〕「明治廿一年十一月五日印刷/同年同月八日出版/定價金拾五錢/編纂兼發行者 大阪府西區京町堀通貳丁目卅貳番地 吉田伊太郎/印刷者 大阪東區北濱貳丁目六番地 阪部清二郎/發賣所 大阪西區京町堀通貳丁目 大華堂」
〔内容〕一から十行程度の短い抜き書きが無秩序に並べられたもので、序文にある通り出典は示されておらず上部に作者名だけが書かれている。

  小説文範 第貳編

〔体裁〕洋装 一冊 活版 八十六頁 縦十八・五糎 横一二・五糎 国会図書館(特二二・二一九)
〔表紙〕「妙文・艶語・美辞・金言/吉田香雨編纂/小説文範 第貳編/大華堂發兌」
〔自序〕「○小説(せうせつ)文範(ぶんはん)(だい)二編(へんの)自序(じじよ)
(よ)(さき)に遊戯(あそび)半分(はんぶん)慾張(よくばり)範文(はんぶん)の心持(こゝろもち)にて古人(こじん)の名文(めいぶん)を綴合(つゞりあは)せ漸(やう)やく一冊(さつ)に纏(まと)めしゆゑ、範文(はんぶん)の文字(もじ)をひつくりかへして乃(すなは)ち小説(せうせつ)文範(ぶんはん)と題(だい)し、好古者(すきもの)の閲覧(えつらん)に供(きよう)せしところ、古物(こぶつ)流行(はやり)の世(よ)の中(なか)とて意外(いぐわい)に世間(せけん)に行(おこな)はれて、聊(いさゝ)か懐中(ぽつぽ)を暖(あたゝ)めたりき。然(しか)れども是(こ)れ決(けつ)して予(よ)が筆先(ふでさき)の功名(こうみよう)にあらず。實(じつ)は古人(こじん)の恩賜(おんし)なること言(い)はずして明(あき)らかなり。爾來(じらい)四方(よも)の諸(しよ)君子(くんし)より後編(あとがま)の催促(さいそく)(しき)りなるに、乗(のり)が來(き)て今回(いま)(また)本編(ほんぺん)を世(よ)に出(いだ)しぬ。例(れい)によつて好評(かうひよう)を得(え)ば續(つゞ)いて數編(すへん)を出(いだ)すべしとは、嗚呼(あゝ)(われ)ながら壓(おし)の強(つよ)い男(をとこ)ならずや。
于時(ときに)明治(めいぢ)廿二年(ねん)仲秋(つきみ)の比(ころ)香雨(かうゝ)散人(さんじん)惡寒(をかん)發熱(はつねつ)(ちう)に識(しる)す」
〔刊記〕「明治廿二年九月十七日印刷/同年九月十八日出版/編纂兼發行者 大阪府西區京町堀通貳丁目百卅六番屋敷 吉田伊太郎/印刷者 同東區北濱貳丁目七十六番屋敷 阪部清二郎/發兌元 大阪京町堀通二丁目 大華堂」
〔内容〕「○小説(せうせつ)(ちう)の妙文(めうぶん)(じ)二百五十餘、○和漢(わかん)洋古哲(やうこてつ)名言(めいげん)二百四拾餘、○仕懸文庫自序 山東京傳、○藏意抄自叙 式亭三馬、○山東京傳に贈る文 金鷄山人、○野郎の玉子自叙 十返舎一九、○吉原細見序 手柄岡持、○吉原細見序 式亭三馬、○笠づくしほめ詞 曲亭馬琴、○疊師善兵衛衣の奉加募縁疏 四方赤良、○四方のあか序 宿屋飯盛、○引首 山東京傳、○放屁論後編序 風來山人、○風來六部集序 森羅萬象、○鰹魚賛 四方赤良、○新曲弓張月 曲亭馬琴、○借用証文 金鷄山人、○傾城の畫賛 手柄岡持、○芝居細見自序 烏亭焉馬、○里のをだまき評自序 風來山人、○戯号譲渡證文 喜三二、○道行虱の妹背筋 同、○嗚呼お江戸序 福内鬼外」

※後半に「諺の部類」「●西哲格言」と、目次に掲げられた二十一編の「●狂文」とを載せる。

  日本戯文鑑 小説文範第三編

〔体裁〕洋装 一冊 活版 九十三頁 縦十八・五糎 横十二・五糎
〔表紙〕「小説文範第三編/日本戯文鑑/大華堂發兌」
〔自序〕「小説(せうせつ)文範(ぶんぱん)(だい)三編(ぺん)を特(ことさら)に日本(につぽん)戯文鑑(けぶんかん)とせし始末書(しまつがき)
此書(このしよ)稿(かう)すでに成(な)りてまさに活版屋(くわつぱんや)の手(て)に渡(わた)さんとする際(とき)、友人(いうじん)(なにがし)(かたはら)よりこれを見(み)て曰(いは)く、こハ往昔(いにしへ)の大家(たいか)が物(もの)せし金玉(きんぎよく)の戯文(けぶん)ならずや。これを小説(せうせつ)文範(ぶんぱん)と題(だい)すること茶人(ちやじん)に洋服(やうふく)を着(き)せたるごとく、書生(しよせい)に雪駄(せつた)を履(はか)せしごとく、大(ほ)いに不似合(ふにあひ)の嫌(きらひ)あり。寧(むし)ろ他(た)に適當(てきたう)の名(な)を撰(えら)みて、此書(このしよ)を獨立(どくりつ)せしめてハ奈何(いかん)と。余(よ)(いは)く、お説(せつ)至極(しごく)道理(もつとも)なり。されど小説(せうせつ)文範(ぶんぱん)の名(な)(ひろ)く世間(せけん)に知(し)れわたり、お蔭(かげ)で續々(ぞく%\)注文(ちうもん)あるを奈何(いかに)せん。殊(こと)に小説(せうせつ)文範(ぶんぱん)ハ小説家(せうせつか)の參考(さんかう)、否(い)な寧(むし)ろ快樂(くわいらく)ともなるべき種々(しゆ%\)の材料(ざいれう)を蒐集(しうしふ)して、逐次(ちくじ)これを出版(しゆつぱん)し、往時(わうじ)文學(ぶんがく)の現象(ありさま)を當世(たうせい)に知(し)らしむるの主意(しゆい)なれバ、凡(およ)そ古人(こじん)が心膽(しんたん)を練(ね)りたる小説(せうせつ)(ちう)の佳句(かく)妙言(めうげん)ハいふに及(およ)ばず、戯文(けぶん)でも俳文(はいぶん)でも浄瑠璃(しやうるり)でも長歌(ながうた)でも何(なん)でも彼(か)でも撰抜(えりぬい)て、載(の)せるが此書(このしよ)の身上(しんしやう)なり。そも/\小説(せうせつ)の材料(ざいれう)ハ天地(てんち)と共(とも)に窮(きはま)りなく、星辰(せいしん)と共(とも)に夥(おびたゞ)し。花(はな)に啼(な)く鶯(うぐひす)の雅調(みやびうた)より水(みづ)に栖(す)む蛙(かはづ)の俳句(はいく)に至(いた)るまで森羅(しんら)萬象(まんぞう)(こと%\)く小説(せうせつ)の材料(たね)ならざるハなし。されバ得手(えて)勝手(かつて)かハ知(し)らねども、今(いま)(この)一部(いつぶ)の戯文集(けぶんしふ)を小説(せうせつ)(ぶん)範圍(はんゐ)(ない)に引摺(ひきずり)(こ)むとも誰(たれ)か不都合(ふつがふ)を咎(とが)めんやと、乗地(のりぢ)になつて説(とき)かくれバ、彼(か)れから/\と笑(わら)つて曰(いは)く、夫(そ)れも又(また)一理(いちり)あり。されど足下(そくか)の言(ことば)を用(もち)ふれバ、我(わが)(ことば)(すた)り。我(わが)言分(いひぶん)を立(たて)んとすれバ、足下(そくか)の言分(いひぶん)(よこ)に倒(たふ)る。是(こ)れ甚(はなはだ)だ面白(おもしろ)からず。何(なに)と物(もの)ハ相談(さうだん)づく。爰(こゝ)をほどよく示談(じだん)して、双方(さうはう)五分(ごぶ)づゝ譲(ゆづ)り合(あ)ひ、近頃(ちかごろ)何處(どこ)でか用(もち)ふるごとく、是(こ)れを小説(せうせつ)文範(ぶんぱん)の第(だい)三編(ぺん)として、更(さら)に日本(○○)戯文鑑(けぶんかん)といふ大(おほ)名題(なだい)を用(もち)ひてハ如何(いかん)と。余(よ)もこれを聞(きい)てくつ/\と笑(わら)つて曰(いは)く、射利(しやり)の志(こゝろざし)あるものハ宜(よろ)しく流行(りうかう)の奴隷(とれい)となるべし。又(また)(よ)に二名(ふたつな)を名乗(なの)れるものあり。雁金(かりがね)の文七(ぶんしち)といひ唐犬(たうけん)の權兵衛(ごんべゑ)といふ。共(とも)に良(よ)からぬ男(をとこ)なりしも、彼等(かれら)二名(ふたつな)を以(もつ)て世(よ)に知(し)らる。此書(このしよ)また二名(ふたつな)を以(もつ)て天下(てんが)後世(こうせい)に知(し)らるゝの幸(さち)あらバ、是(こ)れ余(よ)が日頃(ひごろ)の面目(めんもく)にして素(もと)より希(こひねが)ふ所(ところ)なり。とて終(つひ)に御覧(ごらん)の如(ごと)く命名(めい/\)して活字(くわつじ)を植(うゝ)ることゝハなりぬ。/明治(めいぢ)廿三年(ねん)四月(ぐわつ)某日(それのひ)/吉田香雨識す」
〔刊記〕「明治廿三年四月十九日印刷/同年同月二十日出版/定價金拾五錢/版權所有/編纂兼發行者 大阪府西區京町堀通二丁目百卅六番地 吉田伊太郎/印刷者 同東區北濱二丁目七十六番屋敷 阪部清二郎/發兌所 大阪西區京町堀通二丁目 大華堂」
〔内容〕「◎賛 富士山畫賛(よものあか)四方山人、夕顔棚の下に夫婦涼み居る繪(吾妻なまり)宿屋飯盛、水鏡見る布袋の賛(我おもしろ)手柄岡持、一老翁畫賛(うづら衣)半掃庵也有、鬼念仏畫賛(よものあか)四方山人、遊女賛(くだかけ文庫)金鶏道人、福禄壽の頭を大黒の剃る繪(吾妻なまり)宿屋飯盛、白藏主賛(うづら衣)半掃庵也有、醜女の賛(吾妻なまり)宿屋飯盛、雪女賛(よものあか)四方山人、芦葉達磨(吾妻なまり)宿屋飯盛、淺妻船の繪 今様の体にならふ(同上)宿屋飯盛、編笠賛(うづら衣)半掃庵也有、鍾馗の賛(吾妻なまり)宿屋飯盛、袋賛(うづら衣)半掃庵也有 ◎銘 初幟銘(よものあか)四方山人、杓子銘(うづら衣)半掃庵也有 ◎序 狂歌細見記序(吾妻なまり)宿屋飯盛、百話亭序(鶉ごろも)半掃庵也有、飛花落葉序(風來六々部集)四方(ママ)山人、長枕褥合戦後序(同上)悟道軒、守信亭おこたる詠梅花狂歌會序(あづまなまり)六樹園宿屋飯盛、菩提樹の辨自序(風來六々部集)風來山人、狂歌買出帳(吾妻なまり)宿屋飯盛、春夜伯樂宴序(よものあか)四方山人、通言総籬叙 花笠文京、同自序 山東京傳、狂歌太郎百首序(吾妻なまり)宿屋飯盛、風來六々部集序 平秩東作、新吉原細見序(あづまなまり)宿屋飯盛 ◎賦 猫賦(よものあか)四方山人、向島賦(同上)四方山人 ◎記 鯛亭記(吾妻なまり)宿屋飯盛、搦田記(我おもしろ)手柄岡持、山手閑居記(四ものあか)四方山人、七葉亭(吾妻なまり)宿屋飯盛、節分庵記(うづら衣)半掃庵也有、なんだ樓(吾妻なまり)宿屋飯盛、三千丸が家の記(同上)宿屋飯盛 ◎文 北里移文(くだかけ文庫)金鶏道人 ◎論 船と筏の論(我おもしろ)手柄岡持 ◎説 幽靈説(うづら衣)半掃庵也有、げいしや(吾妻なまり)宿屋飯盛、龜(同上)宿屋飯盛、月見の説(四ものあか)四方山人、雪(吾妻なまり)宿屋飯盛、自名づく説(うづら衣)半掃庵也有、くはせ物(吾妻なまり)宿屋飯盛、瓜(同上)宿屋飯盛、天命(吾妻なまり)宿屋飯盛 ◎題 七小町の屏風(吾妻なまり)宿屋飯盛、天王行燈(同上)宿屋飯盛、かつをぶし筥(同上)宿屋飯盛、四睡の圖(同上)宿屋飯盛 ◎辨 郭公鰹の辨(我おもしろ)手柄岡持、まめとよむ忠の字の辨(同上)手柄岡持 ◎頌 飯コ頌(くだかけ文庫)金鶏道人、臍頌(うづら衣)半掃庵也有 ◎辭 古渡を送る辞(吾妻なまり)宿屋飯盛、雪見の辞(よものあか)四方山人、河東春風辞(くだかけ文庫)金鶏道人、酒を戒むる詞(吾妻なまり)宿屋飯盛、西行法師をとふらふ辞(よものあか)四方山人、尚左堂を送る詞(吾妻なまり)宿屋飯盛 ◎箴 陰嚢箴(くだかけ文庫)金鶏道人 ◎解 初霜解(よものあか)四方山人 ◎書 與都武里光書(くだかけ文庫)金鶏道人 ◎跋 仕懸文庫跋 山東京傳、巴扇堂昔語狂歌集跋(吾妻なまり)宿屋飯盛、彙軌本紀跋 平秩東作、同自跋 島田金谷 ◎賀文 杏花園先生六十賀(吾妻なまり)宿屋飯盛、烏亭焉馬六十賀(同上)宿屋飯盛 ◎弔文 弔不幸文 贈六林(うづら衣)半掃庵也有、西行忌(あづまなまり)宿屋飯盛 ◎祭文 妙閑信女十七回忌祭文(吾妻なまり)宿屋飯盛 ◎道行文 里の春柳の五もと(よものあか)四方山人 ◎引札文 蕎麦屋の引札(吾妻なまり)宿屋飯盛、上野廣小路蕎麦飯の引札(我おもしろ)手柄岡持 ◎和詩 大蟇の畫(イキの韵)手柄岡持、辻君(ウクの韵)半掃庵也有、瓢箪の畫(ウクの韵)手柄岡持、茄子(エケの韵)半掃庵也有、鍾馗畫賛(ウクの韵)仝、太公望の賛(ウクの韵)手柄岡持、詠豆腐(エケの韵)金鶏道人、寄團扇戀(ウクの韵)半掃庵也有、人日(ウクの韵)同、夏日舟行(イキの韵)金鶏道人、蛤(アカの韵)半掃庵也有」


  八 引札集


  稗官必携 戯文軌範

〔体裁〕和装袋綴 天地人三冊 板本 五十三丁・五十一丁・五十五丁 生壁色表紙 縦十八・五糎 横十二・五糎
〔外題〕「稗官必携 戯文軌範岡本竹二郎編輯 天(地人)
〔見返〕「稗官必携/戯文軌範」
〔題字〕「含芬吐芳/癸未秋日/環齋題[印]」
〔 序 〕「戯文軌範序
引札者何。謂立代物之効能。欲令客買焉之使者耳。腐儒講孔子道。坊主説釋伽教。亦是其道之使者。不過活引札也。設以此理屈指世間。人則表可上親玉之不思議。謂引札。嗚呼引札之種類亦滅法澤山歟。頃日旭昇堂主人。過弊屋。自懐中出一小冊。謂曰。此書是風來山人以下至近世。稗官者流係作之引札文。字々金聲。句々玉振。開之唾壺現大蛇。閉之愚暗生角。上下二千年。東西十萬里。大千世界雖廣。於引札文。恐莫出此右者。請校閲序之。叩帝先述其効能。余取之寐倒讀過一遍。已曰。吾所欲言。子皆謂立。更無有餘地。何遑用吾筆頭之引札。乃大笑書有之儘。爲自分操觚引札。此爲序爲之。明治十六年七月酒之神田。酔多道士巻簡識之。時杏村小僧提一升徳利來。[印]」
〔板心〕「戯文軌範 巻之一(〜三) 丁付」
〔挿絵〕「芳年写」
〔巻末〕「撰者(せんしや)(いふ)此篇軌範(きはん)の名あるを以て報条(ほうでう)序文(ぢよぶん)記事(きじ)(ろん)(せつ)等を分ち順次(じゆんじ)に掲載(けいさい)せんとすされとも楮數(かみかず)(かぎ)りあるが故に序文の如きは其千一を録(ろく)する能(あた)はずして篇(へん)を終(おは)れり依(よつて)て尚(なほ)篇を次(つ)ぎ其粹(すゐ)を抜(ぬ)き英(えい)を摘(つ)みて看官(みるひと)の意(こゝろ)に充(みて)んとすかの講釈師(かうしやくし)が明晩(めうばん)の後講(ごこう)と迯(に)げ戯作者(げさくしや)が次の巻を見よとおもしろき處にて切り看官(けんぶつ)をして跡(あと)を引(ひ)かするが如きの巧(たくみ)にあらず諸君(しよくん)(しばら)く後篇の發兌(うりだし)を待(まつ)てじれ給ふことなくんば幸甚」
〔刊記〕「明治十六年三月丗一日版權免許/同年十月廿日出版/編輯人 大阪府平民 岡本竹二郎 東京日本橋區坂本町丗七番地寄留/出板人 東京府平民 加藤正七 日本橋區檜物甼八番地/發兌人 大阪府平民 大村安兵衛 東區淡路町二丁目」▼13

    『戯文軌範』表紙と改題本刊記

〔内容〕巻之一 ○報條/江戸一家 市川團十郎煎餅 烏亭焉馬、白酒の世利譜 烏亭焉馬、江戸前大蒲焼 烏亭焉馬、延命日切艾報條 式亭三馬、都もちおばァ團子 報條 式亭三馬、手打新蕎麦即刻御料理 報條 式亭三馬、はこいりはみがき 嗽石香せりふ口上 風來山人、きよみづ餅口上 風來山人、新織仕出し 御夏煙草入説帖 山東京傳、風流業平飯仕禀 山東京傳、伏禀 柳亭種彦、向嶌みめぐり即席御料理 柳亭種彦、精製白粉 競牡丹 柳亭種彦、貸傘勸進帖 花笠文京、和漢 御筆墨所 花笠文京、國姓爺御料理 烏亭焉馬、風流 江戸の花御煙草入御披露のせりふ 烏亭焉馬、新製 日本一の君團子報條 烏亭焉馬、即席御料理 烏亭焉馬、達磨歌御目印 七色座禅豆 式亭三馬、木村屋定次郎 柳亭種彦、伏禀 柳亭種彦、大和鮨説帖 曲亭馬琴、御洗粉説帖 山東京傳、つれ/\草御口取 月花しんこ 山東京傳、俳諧狂歌四季探題 季寄落雁 山東京傳、口帖 山東京傳、瀬戸物類大安賣 式亭三馬、伏禀 式亭三馬、天人香 式亭三馬、新製酒杯 都鳥形 式亭三馬、乍憚一寸御披露 山東京傳
巻之二 ○報條/泰平御料理 烏亭焉馬、〔京御菓子〕 蜀山人、奉加帳序翁名燕斜又号豆三 蜀山人、壽落雁 式亭三馬、京白粉洗粉 式亭三馬、即席御料理仕出し仕候 式亭三馬、仙方長壽 綿温石 式亭三馬、御膳相生ずし 式亭三馬、手打生蕎麦峯の白雪口上 山東京傳、説帖 山東京傳、乍憚口上 山東京傳、両国柳橋大のし富八が報條 山東京傳、精製 御すし所 柳亭種彦、御膳海苔所 柳亭種彦、御口中一切之療治男女御入歯細工 柳亭種彦、江戸流行 料理通 柳亭種彦、倣呉服屋報條鬢盥修復願書 式亭三馬、御書物所 式亭三馬、清浄巻掛 本生蝋燭所 式亭三馬、大和鮨口上 山東京傳、口上 山東京傳、〔蕎麦屋〕 山東京傳、伏啓 柳亭種彦、銘酒 琥珀光 柳亭種彦、江戸前うなぎ 大蒲焼 柳亭種彦、柳亭好御烟管 新形花紅葉 柳亭種彦伏禀 柳亭種彦、なな草おこし 柳亭種彦、伏禀 柳亭種彦、會席御料理 柳亭種彦伏禀 柳亭種彦
巻之三 ○報條/菊壽香 花笠文京、會席 御漬物所 壽畧山人、會席 源氏すし 壽畧山人、長唄豊後 御三味線糸所 豊芥子、吉原じまん 全盛飴 卍樓照千賀山屋本家 其名もほの/\しられぬ人、御披露 繁昌亭、丹歌樓、別製きそば 玄魚、口章 梅素玄魚、口演 桜川慈悲成、三河屋吉兵衛 色僊老人、湖月御あらひ粉 種彦、御煙管所 種彦、萬異國張 柳亭種彦、新製御膳田舎めし 式亭三馬、〔料理〕 山東京傳、御料理仕出 志谷亭、伏禀 式亭三馬、御伽羅油 式亭三馬、新製 養老團子 式亭三馬
「選者(せんしや)(まうす)已上諸家の報條(ひきふだ)のみを穿(あなぐ)り蒐(あつ)め殆(ほとん)ど三巻に充(みた)んとすなほたづね出さば幾(いく)らもあるべけれと看官(みるひと)の倦(う)み給はん事を慮(おもんぱか)り報條はこれにて姑(しばら)く預(あづか)り置(おき)次に大家の序文を録(ろく)し看官(かんくはん)をしていよ/\佳境(かきやう)に導(みちび)かんとす」
○序/道中膝栗毛序 十返舎一九、風月花情 春告鳥の序 為永春水、道外物語序 式亭三馬、太平楽巻物序 風來山人、書畫帖序 蜀山人、戯子名所圖會 曲亭馬琴、偐紫田舎源氏初篇序 柳亭種彦、通言總籬序 山東京傳、雑談紙屑籠序 十返舎一九、廓節要序 式亭三馬、荒御霊新田神徳後序、十八羅漢図讃序 蜀山人、再編胡蝶物語序 曲亭馬琴、偐紫田舎源氏第十編序 柳亭種彦、逢夢石序 山東京傳、善悪附込当座帳序 十返舎一九、劇場粹言幕の外序 式亭三馬

※内題下に「酔多道士(田嶋象二)閲/岡本竹二編」とある。


  九 文学同志会の出版物


 文学同志会という板元が明治三十年代に一連の「妙文集」シリーズを出していて目を引く。刊記には大阪支部も書かれ、明治三十二年十一月には「錦町一丁目八番地」から同十番地に移転している。また、明治四十二年十月に出した『滑稽百話』の巻末広告には「東京滑稽社」が同住所で出ている。

  馬琴妙文集

〔体裁〕洋装 一冊 活版 百五十六頁 縦十八・八糎 横十二・四糎
〔凡例〕「一余少時より稗史小説を好むの癖あり其間詠嘆に適するの妙文あれば必す抄出するに多年の間不知不識積で帙然巻を成すに至る近屬友人某見て以て上梓せんことを勸む余漫然之を諱まず則ち此の擧あり/一此編馬琴妙文集と名くるは翁の抄出殊に多く一の冊子に足るべければ先づ此編を前に出版することゝはなしぬよつて其がまゝ名くるものなり他は即ち後日完を俟つて上梓することあらん/一此の擧編者深く意あるにあらず只漫然おのがこのむところを以てせし業なれば固より順序類別等の設けなし讀者幸に翁の文の奇なるを採つて余の迂なるを尤むるなくば幸甚/明治丁酉重陽 編者識」
〔刊記〕「明治三十一年四月十三日印刷/仝四月十六日發行/定價金二十錢/編輯兼發行者 東京市神田區錦町一丁目八番地 大月隆/印刷者 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目十二番地 佐久間衡治/印刷所 東京市牛込區加賀町一丁目十二番地 株式会社秀英舎第一工場/發兌元 東京市神田區錦町一丁目八番地 文學同志會」
〔内容〕「心の猿の辨(旬殿實々記)、慾情論(胡蝶物語)、絲桜春蝶奇縁序、青砥藤綱摸稜案序、胡蝶物語序、旬殿實々記の叙、俊寛僧都島物語之叙、三國一夜物語の叙、犬夷評判記序、占夢南柯后記の叙、松染情史秋七草之序、羇旅漫録の序、玄同放言の序、勇将忠臣落行の條(南総里見八犬伝)、朴爺の怨言(八犬伝)、神女の山篭(八犬伝)、樸訥爺の眞相(八犬伝)、乙女の怨言(八犬伝)、芳流閣の血戦(八犬伝)、妙義山之記(八犬伝)、賎女の山住(八犬伝)、貞女の怨言(八犬伝)、淑女の艱苦(朝夷巡島記)、羇旅の貧苦(南柯の夢)、死に行く道(南柯の夢)、瞽女の過忠士の禍(頼豪阿闍梨恠鼠傳)、爲朝崇徳院の陵に詣(弓張月)、孝忠の臣子適居に俊寛を訪ふ(俊寛島物語)、遊冶郎婦の道行振(美少年録)、里見八犬傳之序、八犬傳第二輯之序、八犬傳第三輯之序、八犬傳第四輯之序、八犬傳第五輯之序、吊鴬辭(俳諧古文庫)、弓張月曲歌、松前侯を壽き奉れる長歌(文政五年春)、賢母驀地に火宅を遁る姉妹十年寒家を戍る(石言遺響)、金剛山の記(開巻驚奇侠客伝)、戯子名處圖會の序、四季の慾面、堪忍の箴、伊豆の海」

※内題下「萩月菴主人編纂」

  馬琴旅行文集

〔体裁〕洋装 一冊 活版 二百七十五頁 表紙 縦十九・三糎 横十三・二糎
〔表紙〕「大月乗山編/第三版/馬琴旅行文集/文學同志會出版」
〔凡例〕「一本書は、鎌倉氏末年より徳川氏の末年に至る凡そ五百餘年間に輩出せる、諸大家の紀行中其妙處を抄録し、之を四季に分類し此一編を草せり素より己れ見聞狭隘なれば此他世に名文も多からむ、幸に諸彦の賛助を得て更に再版の折り一層の光輝を發揚するを得ば幸甚/一本書は、傍ら地理上にも多少裨益あらしめんとせしかば、全國各所に就て廣く其材料を蒐集せんと企てたり、爰を以て勢ひ文の如何はしきをも載せざるを得ざるに至れり、見る人之を諒せよ。/一本書は、成る可く從來の文集に洩れて草間に潜み居るを悉く網羅せむとせしかば、随て材料蕪雜を免れず、其寫本等に至ては誤字或は脱落せしものと覺しく、如何にしても其儘にては意をなさゞるふし多し、明に誤字と判別せられしものは訂正を加へたれ共、尚ほ多少疑はしきは強て改めず、之れ却て作者の本意を毀損する事あるを懼れたればなり。」
〔刊記〕「明治三十六年五月一日印刷/明治三十六年五月三日發行/明治三十六年八月十五日三版發行/正價金三十錢/校注兼發行者 東京市神田區錦町一丁目拾番地 大月隆/印刷者 東京市日本橋區本銀町二丁目十二番地 上野光三/印刷所 東京市日本橋區本銀町二丁目十二番地 光文社活版所/發兌元 東京市神田區錦町一丁目拾番地 文學同志會(電話本局千○九三番)
〔内容〕「◎旅行の心得 浅井了意(東海道名所記) ◎旅に可愼事 橘南谿(東遊記) ◎旅人の爲め 曲亭馬琴(羇旅漫録) 一、春の旅路/◎東海道の(一) 白拍子武女(庚子道の記) ◎東海道の(二) 烏丸光廣(春の曙の記) ◎大和めぐり(一) 三條公條(吉野諸記) ◎大和めぐり(二) 建部綾足(梅日記) ◎大和めぐり(三) 荒木田麗女(后午日記) ◎伊勢詣で 尭孝僧都(伊勢紀行) ◎富士紀行 仝人(覽富士記) ‥‥中略‥‥ ◎九州道の記 豊臣勝俊(全文) 二、夏の旅路/◎住吉詣で 足利義詮(全文) ◎高野山詣で 三條實隆(高野参詣日記) ◎近江八景 茅淵の嫗(旅の命毛) ◎平安紀行 太田道灌(全文) ◎尾張路 源光行(海道記) ◎三河路 同(仝上) ‥‥中略‥‥  ◎出雲詣で(九州道の記)

※馬琴と銘打っていながら馬琴の文章は五頁に満たない。紀行文としての編纂意識が強いもの。秋冬の部は未刊か。

  滑稽妙文集

〔体裁〕洋装 一冊 活版 百八十六頁 表紙 縦十八・七糎 横十三糎
〔刊記〕「明治三十二年十一月十日出版/明治三十二年十一月十三日發行/定價金三十錢/編纂兼發行者 東京神田錦町一丁目八番地 大月隆/印刷人 東京麹町區内幸町一丁目五番地 中西美重蔵/印刷所 東京麹町區内幸町一丁目五番地 ジャパン、タイムス社/發兌元 東京神田錦町一丁目八番地 文學同志會」
〔内容〕「自賛 前田慶次郎、影法師問答の文 柳里恭、女人形の記 小西来山、戯佛辭 大納言光廣郷、嘲佛骨表 寳井其角、讀佛骨表 河地厚爲、俳諧願文 松尾芭蕉、蛙の野送 一茶、他力信心 一茶、簑虫をきゝに行く辭 嵐雪、貧の賛 惟然坊、草苅の説 露川、山芋の説 吾仲、紀行 一茶、簑虫の説 山口素堂、七種の歌 東華坊、嵐雪文集の序 蓼多、 ‥‥中略‥‥ 風流餅酒論 音羽屋多吉」

※内題下「漆山萩月菴遷」。俳諧・雅文・漢文・狂文・序跋など百九項目を集める。

    妙文集『滑稽妙文集』『西鶴妙文集』

  近松妙文集

〔体裁〕洋装 一冊 活版 二百一頁 表紙 縦十九・三糎 横十三・三糎
〔表紙〕「小林豊次郎校訂/第七版/近松妙文集 全/東京 文學同志會藏版」
〔 序 〕「明治癸卯仲秋の夜 校訂者識す」
〔刊記〕「明治三十六年十一月十五日印刷/明治三十六年十一月十八日發行/明治三十七年一月十五日三版發行/正價金廿五錢/編者 東京市神田區錦町一丁目十番地 小林豊治郎/發行者 東京市神田區錦町一丁目十番地 大月隆/印刷者 東京市日本橋區本銀座二ノ十二 上野光三/印刷所 仝 光文社/發兌元 東京市神田區錦町一丁目十番地 文學同志會」
〔内容〕「平家女護島 〜 狂女道行」

※内題下「小林螢里山人校訂」。

  西鶴妙文集

〔体裁〕洋装 一冊 活版 二百五十三頁 表紙 縦十九・二糎 横十三・四糎
〔表紙〕「小林豊次郎校訂/西鶴妙文集 全/東京 文學同志會藏版」
〔 序 〕「西鶴歿後二百十有一年/明治癸卯小春於千萬夢堂 校訂者識す」
〔刊記〕「明治三十六年十二月二十六日印刷/明治三十六年十二月二十八日發行/定價參拾五錢/編者 東京市淺草區馬道町八丁目七番地 小林豊治郎/發行者 東京市神田區錦町一丁目十番地 大月隆 /印刷者 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目十二番地 青木弘/印刷所 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目 株式會社秀英舎工場/發兌元 東京市神田區錦町一丁目十番地 文學同志會」
〔内容〕「好色一代男、好色五人女」

※内題下「小林鴬里山人校訂」。伏字あり。発禁(爲永妙文集序)

  爲永妙文集

〔体裁〕洋装 一冊 活版 二百四十頁 表紙 縦十九・三糎 横十三・三糎
〔表紙〕「小林豊次郎校訂/爲永妙文集 全/東京 文學同志會藏版」
〔 序 〕「明治甲辰の春 校訂者識」
〔刊記〕「明治三十八年二月十二日印刷/明治三十八年二月十五日發行/定價金三十錢/編者 小林紫軒 東京市神田區錦町一丁目十番地/發行者 大月隆 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目十二番地/印刷者 青木弘 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目/印刷所 株式會社秀英舎第一工場/發兌元 東京市神田區錦町一丁目十番地 文學同志會」
〔内容〕「春色惠の花、春色梅兒譽美」

  淑女妙文集

〔体裁〕洋装 一冊 活版 二百三十頁 表紙 縦十八・九糎 横十二・九糎
〔表紙〕「大月久子選/淑女妙文集 全/東京 文學同志會藏版」
〔 序 〕なし
〔刊記〕「明治三十八年九月一日印刷/明治三十八年九月三日發行/定價金三十錢/校訂者 大月久子 東京市神田區錦町一丁目十番地/發行者 大月隆 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目/印刷者 青木弘 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目/印刷所 株式會社秀英舎第一工場/發兌元 東京市神田區錦町一丁目十番地 文學同志會」
〔内容〕淑女妙文集目次「四季の巻/紀行の巻/随筆の巻/小説の巻/消息の巻/雑爼の巻」 中島湘煙/風當咲子/師岡須賀子/小川直子/阿佛尼/菅原孝標女/武女/土屋斐子/國分操子/下田歌子/工藤眞葛/三輪田眞佐子/樋口一葉/平政子 など

  謡曲妙文集

〔体裁〕洋装 一冊 活版 二百四頁 表紙 縦十八・九糎 横十三・一糎
〔表紙〕「中川愛氷校訂/謡曲妙文集 全/東京 文學同志會藏版」
〔 序 〕「明治三十八年七月 文学士 山本無極」
〔刊記〕「明治三十八年八月三日印刷/明治三十八年八月五日發行/正價金三十錢/校訂者 中川愛氷 東京市神田區錦町壹丁目十番地/發行者 大月隆 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目/印刷者 青木弘 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目/印刷所 株式會社秀英舎第一工場/發兌元 東京市神田區錦町一丁目十番地 文學同志會」
〔内容〕「あや面白や曲水の(融)」〜「御聲も同じ松の風(代主)

  琴曲妙文集

〔体裁〕洋装 一冊 活版 二百四十八頁 表紙 縦十八・九糎 横十三・一糎
〔表紙〕「中川愛氷校訂/琴曲妙文集 全/東京 文學同志會藏版」
〔 序 〕「明治三十八年九月 大日本音樂會にて/頭取 中川愛氷誌」
〔刊記〕「明治三十八年十月十日印刷/明治三十八年十月十五日發行/定價金四拾錢/著作者 中川愛氷 東京市神田區錦町一丁目十番地/發行者 大月隆 東京市牛込區市ヶ谷加賀町一丁目十二番地/印刷者 青木弘 同所/印刷所 株式會社秀英舎工場/發兌元 東京市神田區錦町一丁目十番地 文學同志會」
〔内容〕「地有多之部(いろは順)/組有多之部(いろは順)



  十 博文館の出版物


 博文館の創業二十週年紀念発兌「太陽」増刊(明治四十年六月十五日)巻末には「博文館發兌圖書分類目録」が掲載されており、その目次には「地理書類」以下次のように分類して並べてある。「地理、歴史、傳記、農業、工業、商業、政治、經濟、法律、兵事、醫學、文學、國文、漢文、作文、辭典、和歌、漢詩、俳諧、戯曲、小説、家事、遊戯、少年、幼年、理科、數學、哲學、教育、繪畫、習字、外國語」。このうち「文学」と「国文」とに次の明治二十三〜二十四年に刊行された四六版のシリーズが出ている。

  東洋文藝全書 明治二十三年一月、二十一冊

千代田歌集1、佐佐木弘綱・同信綱/和漢名家詩集、松井廣吉/日本文範・上下、佐々木信綱/和漢名家文粋・上下、川崎三郎・松井廣吉/古今名家戯文集1、三木愛花・岸上質軒/古今狂詩大全、三木愛花/新撰歌曲集1、蜃気樓主人/千代田歌集2、佐佐木弘綱・同信綱/新撰歌曲集2、蜃気樓主人/古今名家戯文集2、三木愛花・岸上質軒/俳諧一萬集1、改心庵永機・夜雪庵金羅/日本名家詩選、佐藤六石/古今狂歌句集、蜃気樓主人/都々逸獨稽古、鶯亭金升/古今川柳一萬集、骨皮道人/名家尺牘文集、岸上質軒/日本雅曲集、大宮宗司/義太夫文粋・上下、蜃気樓主人/千代田歌集3、佐佐木弘綱・同信綱/俳諧一萬集2、改心庵永機・夜雪庵金羅/俳諧文選、岸上質軒

  日本文學全書 明治二十三年三月、二十四冊

  今古文藝 温知叢書 明治二十四年一月、十二冊

  少年必讀 日本文庫 明治二十四年六月、十二冊

日本文庫自序
塙保己一が群書類従(グンシヨルヰジウ)は世(ヨ)に名高(ナタカ)くたれも/\古今の盛擧(セイキヨ)と稱する物(モノ)なれど其刊行する所の書僅(ワヅカ)に五百冊にすぎず。今此日本文庫は今年の今月よりはじめて月々に刊行する物なればこれより後余が齢(ヨハヒ)の限りは猶(ナホ)幾年(イクトシ)を經(ヘ)ざらんも人もし此志をつぎて怠(ヲコタ)ることなくば呉竹(クレタケ)の世(ヨ)(ナガ)く濱(ハマ)のまさごの數(カズ)つきずして實(ジツ)に幾千冊に至るもはかるべからず。且保巳一が擧(ワザ)は古(イニシヘ)の書(フミ)を尋(タヅ)ねてこれを遠(トホ)く後(ノチ)の世(ヨ)に傳(ツタ)えんとの志(コヽロザシ)なれと余が志はたゞ今の青年(セイ子ン)(ハイ)をしてひろく近き世の賢哲(ケンテツ)の書をよむでこれを今の世にほどこし眼前(マノアタリ)に功コ(クドク)事業(ジギヨウ)をなさしめんとの願(子ガヒ)なれば其(ソノ)(ム子)亦自(ヲノヅカ)ら異(コト)なる所あり。されば此集(アツム)る所の書(フミ)もつとめて實用(ジツヤウ)に益(エキ)ある書にして其價(アタヒ)も極(キハ)めて廉(レン)に提携(テイケイ)運搬(ウンパン)にも便(タヨ)りよくいかなる寒(カン)(ケウ)僻地(ヘキチ)の子弟にも得(エ)やすく讀易(ヨミヤス)くして専ら志氣(シキ)コ業(トクギヤウ)に益あらん事を求む。これ余が志のみならず博文館主人のともに希(コヒ子ガ)ふ所なり。この比(コロ)世には新(アタラ)しき飜譯(ホンヤク)の書又小説本など出てゝ讀人(ヨムヒト)も多く西の國々の事はいよ/\つばらに輕薄(ケイハク)浮華(フクハ)の習(ナラ)ひはます/\甚(ハナハダ)しくなりゆけども此國のいと近き世に出たる英雄(エイユウ)賢哲(ケンテツ)の著(アラハ)したる有用(ウヤウ)實u(ジツエキ)の書をよむ人の少なきはもとより青年輩(ツミ(ママ))の罪にはあらず。ひろく其書をあつめてこれを世に行(ヲコナ)ふ人のなき故(ユエ)なればいでや人々にも得やすく讀やすく物(モノ)してひろく我國の物の心をもしらしめんとて博文舘主人の心より此日本文庫を刊行(カンカウ)する事にしあればよむ人も専ら其心してこれをよみ己(ヲノレ)が心に得て世にも施(ホドコ)したらんには去年の
勅語(チヨクゴ)に仰(オホ)せ出(イダ)されたる學(ガク)を修(オサ)め業(ギヤウ)を習(ナラ)ひて公益をはかり世務(セイム)を開(ヒラ)くの萬一をも助(タス)け奉るべき事になん。しかればこの書の功(コウ)かの保巳一が群書類従にも遠く立(タチ)まさり余が志もむなしからず博文舘主人の悦(ヨロコ)ひも之に過(スギ)ざるべし。依て其あらましをのべてこゝにはしがきする事とはなりぬ。/明治二十四年六月/六十五翁 内藤耻叟序

※群書類従の刊行を古書の保存と見做すのに対して、日本文庫の同時代的効用の強調と僻地までの廉価な流通を述べているが、出版の意義が近世期から変化してきたことを自覚していたものと思われ興味深い。巻末広告には次のようにある。

博聞多識以て其コ智を長し其器識を養ひ之を事業に施し之を文章に發するは方今少年第一の急務とす。今此編は博雅老成なる内藤先生に請ひ近古學者の著述事業文章にuあるの書を類聚編纂して以て少年必讀の用に供する者也。故に編中學術文章あり制度典故あり嘉言善行あり奇勲偉績あり時務論策あり。凡そ博聞多識の學を資くべき者備はらざる所なし。讀者よく長を採り華を抜き以て之を活□(ママ)應用せば必ず以て日本男兒の精神を發揚するに足らん。因て題して日本文庫と云ふ。我少年請君苟くも事業文章に研磨して以て光明俊偉の名を成さんとする者之を讀んて以て其智コを長し其器識を養はゞ必ず大に裨益する所あらんと云爾。(第一巻末広告)

  日本歌學全書 明治二十三、四年、十二冊

  通俗作文全書 明治三十九年三月、二十四冊

文章組立法、大和田建樹/書簡文作法、大和田建樹/美文作法、田山花袋/商業作文法、天城安政/評釈・支那時文軌範、青柳篤恒/紀行文作法、西村醉夢/寫生文範、福田琴月/論説記事文範、河井醉茗/女子消息文範、西田敬止/書翰文範、森田米松/日記文範、大和田建樹/祝賀弔祭文範、石崎篁園/中等學生文範、山川直五郎/明治時代文範、生田里郊/言文一致文範、堀江秀雄/古今名家尺牘文、太田才次郎/古今名家文選、武田櫻桃/新體詩作法、河井醉茗/新體漢文軌範、久保天随/古今才媛文集、近藤正一/美辭類語集、久保天随/短歌作法、窪田空穂/俳句作法、内藤鳴雪/小説作法、田山花袋

  古今 名家戯文集 全

    『名家戯文集』表紙と袋

〔体裁〕洋装 一冊 活版 三百二十八頁 表紙 縦十九糎 横十三糎
〔表紙〕「東洋文藝全書第七編/東京 博文館蔵版/愛花仙史三木貞一撰/古今 名家戯文集 全」
〔 序 〕「明治庚寅九月/筆梭硯田樓主人」(漢文)
〔 跋 〕「明治庚寅/當狂紳士誌」
〔刊記〕「明治二十三年九月十八日印刷/明治二十三年九月十九日出版/正價金貳拾錢/編輯兼發行者 野口竹次郎 日本橋區本石町一丁目六番地/印刷者 宮本敦 京橋區銀座二丁目十二番地/發行所 博文館 東京日本橋區本石町三丁目十六番地」
〔内容〕「辞類/賞蝙蝠傘辞 無名氏、野暮辞 惚平、酔公辞 粹化情叟、説類/虱の説 假名垣魯文、雜説 無名氏、解類/滅法解 風來山人、記類/鷹の記 蜀山人、 ‥‥中略‥‥ 吹寄蒙求銅脈考訂 片屈道人」

※百十七の出典を、辞類・説類・解類・記類・銘類・文類・傳類・序類・辨類・評類・賛類・論類・書類・詞類・引札類・雜類に分類してある。頭注を付す。

  古今 名家戯文集 二編

〔体裁〕洋装 一冊 活版 三百三十八頁 表紙 縦十九糎 横十三糎
〔表紙〕「東洋文藝全書第拾貳編/東京 博文館蔵版/蜃気楼主人 岸上操編/古今 名家戯文集 第貳編」
〔 序 〕「明治辛卯二月尽日/觀花聽劍樓主人謹序」(漢文)
〔刊記〕「明治二十四年三月七日印刷/明治二十四年三月八日出版/正價金貳拾錢/編輯兼發行者 野口竹次郎 日本橋區本石町一丁目六番地/印刷者 淺尾徳太郎 東京日本橋區上槙町十六番地/發行所 博文館 東京日本橋區本石町三丁目十六番地」
〔内容〕「序跋類/風來六部集 森羅万象、蛇蛻青大通自序 風來山人、 ‥‥中略‥‥ 雜類/太平樂巻物 風來山人」

※二百項目。少し前編とは分類が相違する。また漢文体は採られていない。この「東洋文藝全書」シリーズは和漢古典のアンソロジーである。第拾八編は『名家尺牘文集』で書翰文を集め、他に『日本(やまと)文範』『和漢名家文粹』『古今狂詩大全』『和漢名家詩集』などが出ている。
 斯様に物量的にも圧倒的な活字化を推進したのが博文館であった。読み物の本文テキストの翻刻としては帝國文庫・續帝國文庫という全百冊の一大叢書を完結させ、その一方で板木による『南総里見八犬伝』全巻の板行を行って木箱入り豪華本として売り出したりもしている▼14。さらに右に列挙した廉価版シリーズでも精力的に纏まったテキストの翻刻を手掛けた。妙文序跋集の類いもその品揃えに加えているあたりは、読者の動向を精確に把握した出版だといえよう。


  十一 その他


 以下、手許の本を挙げてみるが、洋装としては落合直文著『中等教育 國文軌範』(博文館、明治廿五年)、栗原萬壽編『美辭文範』(東京文學會、明治二十九年)、ちぬの浦浪六序・萩月庵主人編『面影集』(四海堂、明治卅一年)、関根正直編『近體文編』(大日本圖書、明治三十八年)、物集高量・長連恒編『散文韻文 美文辭彙』(博文館、明治三十九年)、小森松風編『古今名家 短文軌範』(文光堂、明治三十九年)、武田櫻桃編『古今名家文選』(通俗作文全書、博文館、明治四十一年)などがあり、また洋装の袖珍本としては、関貢米編『和文漢學 美文斷片 前編』(修學堂、明治三十一年)、金木繁藏『文學資料 妙文』(清水書店、明治三十二年)、中川愛氷編『名家奇文集』(藤谷嵩文館、明治四十年)、藤原楚水編『作文自在 美辭寳鑑』(實業之日本社、明治四十年)、大庭青楓『作文資料 模範美文』(大盛堂、明治四十三年)、大畑匡山『ポケット美文詞藻』(岡村盛花堂、明治四十三年)などがある。

 しかし斯様な本は枚挙に遑がなく、『国立国会図書館所蔵 明治期刊行図書目録』第四巻「語学・文学の部」の「作文」(儀式文・書簡文・女子文・小学文、八十二〜百七十四頁)には、往来物の流れを汲むものなど約二千七百タイトルが掲載されている。また「日本文学」の項目に若干のアンソロジーが、「日本漢詩文」の項目にも非漢文の名文集が混じる。以降、大正昭和期に入っても作文や国文(国文学史)の教科書として少なくない出版を見る。
 標題から内容が想像できるものも多いが、本の書型の相違に注意を払うべきであろう。享受の在り様を規定したものだからである。製板と活版、和装と洋装という違い以外にも、半紙本と中本と袖珍本という大きさの相違が見られ、値段に反映しているものと思われる。また、内容についても、集められた時代(古典・近世・明治)や、文体(雅文・漢文・戯文・韻文)の相違、さらに序跋集と本文抜書や引札という相違、それらに部立等の分類が施されているか否かの相違がある。これらは、出版の目的の力点が鑑賞(味読・暗誦)にあるのか作文法(教育・実用)にあるのかに拠って微妙に揺れているようである。


 従来の研究史において斯様な妙文集や序文集が扱われることがなかったのは、本文テキストそのものではないことと、この膨大な量に拠るものかもしれないが、とりあえず概観できるだけの材料は提示できたと思う。これらから帰納できる問題は少なくないが、近代に至って本の読み方が変質したことを指摘できると思われる。近世期から義太夫の抜本や小謡本、鸚鵡石や歌謡の薄葉などが出されており、あるテキストの全体ではなくサワリの暗誦や味読が行われてきたが、それが小説ジャンルにも及ぶようになったのである。明治期には、『南総里見八犬伝』の「芳流閣」や「浜路口説き」を暗記していた人が少なくなかったと思われるが、妙文集はそのための抄出本という機能を持っていたのである。
 その一方で、『校訂略本 八犬傳』(逍遙序、鴎村抄、明治四十四年九月、丁未出版社)という原文を生かした縮約本がある。「八犬傳の校畧に就いて」(序文)において、不要な形容語や古事の引用を省き、閑話、挿話、講釈を削り主人公のエピソードのうち面白い部分だけを採って、繋ぎの部分にも馬琴の使った本文の語句を用い、本筋を外れた余譚も省いて約六分の一に縮めたが「八犬傳の梗概を略述したる物語の類でも無く、また八犬傳の美文を抄略したるものでも無くて、原著者其人の筆法を以て縮圖せられたる小八犬傳」であると述べている▼15。世の中が忙しく安閑と長編大作を読んでいられない明治時代になったが、原文の味わいを損なわずに通読できるという点が新機軸であった。好評だったとみえて、同様の方針によって『校訂略本 弓張月』(桜井鴎村校訂、大正二年十月、丁未出版社)も出されている。
 しかし、この縮約本を含めてテキストを通読するための活字翻刻本には序跋類が省略されていることが多い。そして、その一方で序跋類だけを集めた本が出されているのである。この奇妙な現象こそが明治期における江戸小説享受の実相を端的に明らかにしているのである。





▼1.初出は「馬琴の序文集」(日本文學報國會編『國文學叢話』、青磁社、昭和十九〈一九四四〉年十一月二十日)。後に「芭蕉と馬琴」(古川久『世阿弥・芭蕉・馬琴』、福村出版、一九六七年十一月一日)という表題で回想と共に再録されている。
▼2.濱田啓介氏が「近世小説本の形態的完成について」(「近世文藝」七十五号、二〇〇二年一月、日本近世文学会)で、口絵や挿絵を備えるに至った経緯を詳しく分析しているが、序文については触れられていない。
▼3.『犬夷評判記』(曲亭馬琴答述・三枝園批評・櫟亭金魚攷訂、文政元年、山青堂板)、中野三敏編『江戸名物評判記集成』(岩波書店、一九八七年六月)所収。
▼4.濱田啓介氏が「『刀筆青砥石文鸞水箴語』と『歓喜冤家』」(日本近世文学会第六十四回大会の口頭発表、昭和五十八年六月、於慶応義塾大学)で述べられた結論の主旨であると記憶しているが、その後論文として公表されていないようで精確には確認していない。
▼5.本書の収められている帙の題簽に「版下歟」と記されているが、収められた序文類が板本の透き写しをしたものであるために薄い紙が用いられており、そのことからの誤解かと思われる。そもそも、見返の背景には灰緑色地に細かい格子模様が描かれた上に敢えて「天保甲辰夏月發行」と記しているし(板下本に色を塗る必要はないはず)、板心も記されていないことからも手作り本と考えて良いように思う。なお、後ろ表紙見返の貼り紙に「此曲亭題跋は西京櫟亭の著す所にして既に出板なるべかりしを‥‥‥」と記されているが、再識には「予(よ)は性(さが)として稗史(はいし)の癖(へき・クセ)あり。年來(としころ)四方(よも)の文人(ぶんじん)(ら)が編出(あみいだ)されし這那(これかれ)を折(をり)ふしとなく誦味(よみあぢはひ)しに、翁(おきな)が筆(ふで)に捷(まさ)れりと、思へるは絶(たえ)て無(なき)ものから、間嘗(つねに)景慕(けいぼ)の思ひあれども、山川(さんせん)百里(ひやくり)を隔(へだて)たれば教誨(おしえ)を受(うけ)ん所因(よすが)もなく、さら傳(で)も翁(おきな)は客(きやく)に辞(ぢ)して、對面(たいめ)を容(ゆる)されずと傳聞(つたへきけ)ば、唯(たゞ)(えん)なきを憾(うら)むるのみ」とあり、「江川亭主人」が櫟亭金魚ではないことは明らかである。
▼6.深澤秋男氏の御教示に拠る。この昭和女子大学付属図書館〈桜山文庫〉に所蔵される資料についての紹介と詳しい分析とは別稿を予定している。
▼7.愛知県立大学付属図書館蔵。見返などに「安政五年発兌」とか「嘉永新鐫」などと記されているが、実録体小説としての内容と体裁から考えて、実際に出板された板本の写しであるとは考え難い。
▼8.以下使用した資料のうち所蔵機関名を示していないものは架蔵本である。また序跋類を引用した際には原本にない句読点を私に補った。
▼9.『文苑玉露』(蓮阿編、中本二巻二冊、文化十一年刊)。本居宣長・本居大平・藤井高尚・下河辺長流・賀茂真淵・藤原福雄・丸山公庸・鵜殿よの子・上田余齋等の雅文を集めて編まれたもの。
▼10.ただし漢文戯作の場合は学問的な要素が備わるせいか近世期から出されている。昔話を漢文訳した『昔々春秋』や『含〓紀事』は有名であるが(高橋昌彦氏の詳細な解説を付した影印本、大平文庫40、一九九八年が備わる)、浄瑠璃の一節を漢文訳した『艶華文叢』(榧木寛則編、和装中本一冊、明治十四年八月、錦森堂)や、八犬伝や源氏物語の一部を漢文訳した菊池三溪先生遺稿『訓點譯準綺語』(足立菰川著、洋装本一冊、明治四十四年七月、尚士堂)などがあり、別に検討を要するものと思われる。
▼11.板本であっても平仮名表記で句読点がなかった近世期の草双紙は、明治に入ると仮名漢字混じりになる。
▼12.国会図書館蔵「日本妙文軌範」(田口万寿編 東京 内田芳兵衛 明治二十五年九月 上・下合本 一九糎)と同本。ただし、架蔵本には「三版」とある。
▼13.本書には改題本『古今名家戯文軌範』がある。外題簽と内題尾題との角書に象嵌が施され、刊記は「明治十六年三月丗一日版權免許/同廿五年一月廿日改題出版/編輯人 大阪府平民 岡本竹二郎 東京日本橋區坂本町丗七番地寄留/出板人 東京府平民 加藤正七 日本橋區檜物甼八番地/發兌人 山梨県平民 天野高之助 日本橋區北新堀町四番地」とあり、出版の年記と発兌人に変更が加えられている。
▼14.『南総里見八犬伝』(明治三十年七月三十一日、合三十七冊、博文館刊)
▼15.詳しくは柴田光彦氏の紹介分析「桜井鴎村の八犬伝校略」(『読本研究』第七輯上套、一九九三年九月)が備わっている。なお、この時期には南総里見八犬伝の抄出本が多く出ており、藤川淡水著・小川千甕畫『お伽八犬傳』(明治四十五年一月、大正堂書店)、桑田春風『曲亭馬琴文粹 南総里見八犬傳鈔』(明治四十五年二月、岡村書店)、曲亭馬琴原著・大畑匡山抄訂・鏑木清方畫『南総里見八犬傳』(明治四十五年三月、岡村盛花堂)、大町桂月著『八犬傳物語』(大正五年九月、新潮社)など。子ども向きのもあるが、比較的原文本位の書き抜きや縮約本が多く、名文集的要素を兼ねたものが多い。


# 国文学研究資料館編『明治の出版文化』(2002年3月、臨川書店)所収。
# Copyright (C) 2002-2012 Gen TAKAGI
# この文書を、フリーソフトウェア財団発行の GNUフリー文書利用許諾契約書ヴァー
# ジョン1.3(もしくはそれ以降)が定める条件の下で複製、頒布、あるいは改変する
# ことを許可する。変更不可部分、及び、表・裏表紙テキストは指定しない。この利
# 用許諾契約書の複製物は「
GNU フリー文書利用許諾契約書」という章に含まれる。
#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
# Permission is granted to copy, distribute and/or modify this document under the terms of the GNU
# Free Documentation License, Version 1.3 or any later version by the Free Software Foundation;
# A copy of the license is included in the section entitled "GNU Free Documentation License".

Lists Page