絵入本についての覚え書き
高 木  元  

 本とは、紙に情報が記されて綴られた物体の謂いである。本にテキストが記されるに際して、手で書かれた写本と印刷された印本とが存在する。印刷の手段については、整版(木板) であったり、銅版や石版であったり、活字(木や金属)であったり様々である。近年では、フィルムや電子的な方法を用いて刷版を起こす平版印刷が用いられるのが一般的である。

 こと印刷に関しては、単なる文字列以外の画像情報を扱うには相応の技術や方法が不可欠であり、近世初期にもたらされた活字印刷術が整版に取って代わられた原因の一つとして、この画像情報の処理に関わる技術的な問題が上げられているのは周知の通りである。が、今ここではメディアや印刷方法は問わないことにする。問題にしたいのは、本における本文と画像という構成要素だからである。

 テキストといえば普通〈本文=文字列〉を考えるが〈絵=画像〉もテキストとして扱いたい。本を読む時に目に入るのは本文の文字列だけではなく、口絵や挿絵などの絵画も鑑賞の対象となっているからである。尤も、さらに広げて考えれば、本の大きさや重さ、装丁に用いられている皮や布や紙など素材の質感、そこに用いられている色合い、箱や表紙などに施された装飾的な意匠、さらに組版すなわち文字列のレイアウトや書体フオント、そして使われている料紙(用紙)の種類や色柄その手ざわりまで、本を手にしたときに五感で感受し得る総てが鑑賞すべきテキストだとも云うことができる。
 文字のみで一冊を構成されている本も少なくないが、一般に、本文に絵が添えられたものを「絵入本」と呼んでいる。この「絵入本」という用語について、『日本古典籍書誌学辞典』(1999年、岩波書店、湯浅淑子執筆)に「文を主体として巻頭に口絵、本文中に挿絵などの絵を伴った版本・写本の総称。現在では、絵を主体としてものはこの範疇に含めないことが多いが、草双紙や絵本との境界を明確にせずに、絵入り本という語句を用いている例も見られる。」とあるように、一冊の本すべてが絵や写真で構成される場合は、「絵本」や「画譜」もしくは「写真集」などと呼ばれ、文字列はキャプションなど補足的な機能を持っている場合が多い。しかし、狭義の「絵入本」は、本文テキストに絵が添えられている本、いいかえれば〈読むべきテキスト〉に〈口絵〉なり〈挿絵〉なりが付加されている形態を持つ本ということになろう。

 ただし、本文に有機的な関連を持った絵が用いられる場合と、本文には関連のない絵が添えられる場合、たとえば、黄表紙を改竄して造られた咄本(古くなった黄表紙の本文だけを削って絵だけを残し、その板木に入木して新たに落咄を入れた本)は、当然、絵自体が本文に関係を持つはずがない。また、狂歌絵本や摺物などにしても、記された狂歌の内容に則した絵柄でないものも多数見受ける。このように考えてみると、「絵入本」といっても、単に〈絵が入っている本〉ということでは済まず、厳密に考えるとその定義は甚だ難しい。

 特に草双紙の場合は、赤本など初期のものは、明らかに絵を主体として文字が添えられるという構成を持っており、中には記された文字列に本文としての筋(話柄)を持たない場合すら見られる。が、青本・黒本などの時代になると次第に本文が長くなり板面に占める文字の割合も大きくなる。黄表紙はもとより合巻の時代ともなると、最早挿絵が中心だとは云いきれないほどに本文の位置が大きくなり、最後には読本や中国小説を翻案し原話の筋に悉く絵を添えた草双紙も出現する。そして、いずれの草双紙も作者が画稿をも描いたものと考えられることから、絵にも作者の含意が存するものとして見る必要がある。

 このように草双紙においては本文と挿絵との関係が密接で、やや特殊なジャンルだと思われるが、それでも「絵入本」と呼ぶのに一向に差し支えがないと考えるので、本の全丁に絵が入っているかどうかではなく、本文に有機的な関連を持つ絵が添えられた本を「絵入本」として括ってみたい。

 さて、日本文学史上最初の絵入本は何かとなると難しいが、本文テキストに対して付加的に絵が加えられたという意味では、平安朝物語を絵巻化したものが挙げられるであろう。『源氏物語絵巻』を持ち出すまでもなく、巻子体(巻物)のテキストは逐次的シーケンシヤルな閲覧を強いるメディアであり、本文と挿絵が交互に出現する。絵巻の編者は、必ずしも名場面だけではなく、巻毎に絵にするに相応しい叙情的な場面を選んで作成したといわれている。すなわち、『源氏物語』の内容を既に知っている人が見るべきものとして『源氏物語絵巻』が編まれたということである。これらの絵巻は量産の出来ない写本であるから、何等かの権威付けられた祖本の写しが作られ続けられたのかと思いきや、田口榮一「源氏絵の系譜主題と変奏」(『豪華「源氏絵」の世界源氏物語』、学習研究社、1988)を見るに、屏風や色紙など多様なメディアでも展開し、様々な場面を描いた多数が存することが知れる。ということは、本文テキストから喚起された絵画的なイメージの多様性から、享受の多様性を見て取れると考えられる。

 物語の一場面を可視化して見せるという絵巻は、本文の読みを前提に描かれたという点で、やはり絵が付随したメディアだといえよう。また、古くから傭筆という写字の専門家がいたが、取り敢えず文字であれば専門家でなくとも書くことができたと思われる。しかし、絵は誰でも描けるというものでもあるまい。絵師や画工と呼ばれる技術者が担わなければ絵巻は生まれなかったであろう。そして、次第に時代が下るにつれて物語絵が普及し、その結果として各場面のイメージ共有されて「源氏絵」などと呼ばれる様式が、時に本文から離れた絵画として自立的に発生することになる。

 この絵画の様式は〈画題〉とも呼ばれるが、絵を鑑賞する者たちが未知の場面の画題コード化は不可能である。つまり物語の流布が在って、はじめて絵が特定の場面を描いたものと理解可能になるわけである。時には、絵が先に流布してから基になった物語が広まることもあったかも知れないが、何れにしても画題として定着するには本話の流布が不可欠だったはずである。さらに、所謂〈見立て〉という技法も、基になった話の場面が画題として定着していなければ、描き手の単なる独り善がりで終わってしまうはずである。つまり、鑑賞者が既知であることを前提に成り立つものであり、それは必ずしも本文テキストではなかった可能性がある。能や浄瑠璃・歌舞伎など芸能化された物語も、その舞台は既知のものとして扱うことが可能であった。錦絵などに見られる見立てには諸芸能に基づくものが少なくないのである。

 近世期における古典受容についてみると、古典研究は本文の注釈が主であった。つまり、絵入本は研究対象としての古典を支えたものではなく、より広範な読者に向けて作成されたものである。それゆえ、整版印刷が広まって板本が普及し出すのと軌を一にして、絵入本の出板が盛んになるわけで、出板流通業の発展と伴に広まっていったものということができる。文化の大衆化というべきか、諸芸能の普及が果たした機能と同様であり、絵入本も筋を知っている者を対象としたものではなく、物語などの梗概や名場面の絵解きとして啓蒙的に受容されるようになったのである。

 さて、ここで問題にしなければならないのは、これらの物語に基づく絵巻や絵入本などは、本来のテキストには備わっていなかった絵を、後年になって付加して作成されたという点である。近世後期の小説ジャンルにおいては作者が挿絵の画稿を描いており、それとは本質的に相違する成り立ちなのである。ただ、草双紙の場合は、画工が描き始めて次第に本文の作者と分離していったことが知られているが、他のジャンルの場合は限られた自画作を除いて、基本的には作者と画工とに分業されていたものと考えられる。いずれにしても、近世後期の絵入本は、作成された時点で本文と絵とが備わって出来したと考えて差し支えないと思われる。

 しかし、馬琴の読本『勧善常世物語』などのように長い間摺られ続けた絵入本が、後年再刻された際に挿絵や口絵が描き直されることもあった。板木が焼失するなどで無くなった場合や、時流の変化に適応させるためであろう。また、それまでにテキストだけで伝わっていた古典や実録体小説などに絵を描き加えて出された『平家物語図会』や『絵本亀山話』『絵本漢楚軍談』などのような本も少なくなかったし、中国小説や読本を翻案抄録して作られた『傾城水滸伝』や『仮名読み八犬伝』などの草双紙も、後から絵が加えられた絵入本ということができる。

 後から絵が加えられたり、備わっていた絵が変えられたりするのは、テキスト本文の作者とは直接関わりはなく、謂わば一読者としての立場からの享受を示しているという側面がある。もちろん、出板する以上は売れるものを作らなければならないのは当然であるが、にもかかわらず描き手のイメージは本文に触れて湧き出たものであるといえるから、享受の有り様をそこに見ても差し支えないと考える。

 以下、近世後期の小説本、とりわけ近世小説を代表する不朽の名作『南総里見八犬伝』と、その抄録本を具体例として挙げて、絵入本における「絵」の位相の相違を確認しておきたい。『八犬伝』には名場面が幾つかあるが、伏姫の腹から白気が閃き出て水晶の数珠を虚空高く舞上げ、八つの玉が八方に飛び散るという場面は、『水滸伝』の発端部を摸したものとして有名である。原本だと第2輯巻之2に挿絵「肚はらを裂さきて伏姫ふせひめ八犬士はつけんしを走はしらす」として掲げられ、薄墨で伏姫の腹から立ち上る白気を描き、その中に八匹の子犬を白く抜いている。この意匠は馬琴の着想に出たものと思われる。しかし、その後出た抄出本ダイジエストでは構図は大差ないものの、切附本『英名八犬士』初編(鈍亭魯文、芳直画)を除き、草双紙『雪梅芳譚犬の草紙』4編下(笠亭仙果、豊国画)や切附本『義勇八犬伝』(岳亭定岡、芳宗画)、常磐津『八犬義士誉れ勇猛』(立川焉馬、豊国画)などでは飛び散るのは子犬ではなく光る玉(星)にしてしまってる。

 もう一つ、芳流閣の戦いのくだりを見てみよう。この場面は教科書に取り上げられたほど知られた段で、歌舞伎でも屋根の上での大立ち回りは見せ場の一つである。原本では、第3輯巻之5の最後に挿絵「君命くんめいによつて見八けんはち信乃しの搦補からめとらんとす」として芳流閣の高殿の廂の上下に二犬士が描かれ、第4輯巻之1の最初の挿絵では屋上で組み討つ二犬士が描かれている。3輯では対決が始まるまでを書き、「畢竟ひつきやう犬塚犬飼両雄りやうゆうの勝負如何いかん。そはへんつぎまきかえて、第四輯だいししふはじめとかん。出像さしゑ余韻よいんあぢはふべし。」とあるが、さぞ1年後の4輯の出板を心待ちにした読者が多かったことだろう。この場面は、その後、多くの錦絵に画題を提供することになるが、館山市の公式サイトにある「里見八犬伝デジタル美術館」などで手軽に見ることが出来る。何れも原本の構図からやや離れて、歌舞伎の舞台を彷彿とさせる描かれ方が多いようだが、鮮烈な印象を与えるのは月岡芳年の「芳流閣両勇動」(縦2枚続き)であろう。

 馬琴は「文外の画、画中の文」といっているが、本文に記されていない情報を口絵や挿絵に描きこんでいるのである。時には目録の周囲を囲んでいる飾り枠の中に描く品にまで細心の仕掛けを施している。これらの、謂わば〈馬琴コード〉の謎解きは、『八犬伝』の原本でしかできないのである。

 今見てきた2つの例は、原本に絵が在る場面であるが、草双紙化すると毎丁絵が入るわけであるから、原本には絵が備わらない部分をも大幅に描き加えなければならない。そもそも抄出本では登場人物名を微妙に変更したりすることが多く、時に役者似顔を用いることもあり、挿絵を描き加える者は、各人物の風体の設定からして破綻や矛盾のないように案じることが要求されるのである。このような作業も何等かの創造的な営為として見ることは出来るのではないか。

 ここまで取り留めなく絵入本について考えてきたが、絵の注釈は字と違って辞書が備わっていないので、大変な困難を伴うが、本文の言葉と同様に注意深く読むべき対象であることは疑いない。馬琴のように仕掛けに満ちた本造りをする作者ばかりではないが、和漢の古典に絵を加えて絵解きをするという行為自体に、単なる啓蒙以上の創造的な営為としての意義を見て取ることはできないだろうか。

 従来は、読む本としての稗史小説が「よみほん」と呼ばれる小説群だと説明されてきたが、絵入りである意味を再考してみる必要がなかろうか。所謂「絵本もの」と呼ばれる読本は『絵本浅草霊験記』『絵本簣草紙』『絵本伊賀越孝勇伝』『絵本石山軍記』という具合に枚挙に遑がない。同時に「図会もの」と呼ばれる『頼光朝臣勲功図会』『真柴勲功図会』『北条時頼記図会』『木曾義仲勲功図会』なども少なくない。のみならず、山東京伝の名作『桜姫全伝曙草紙』でさえも、早印本の表紙に貼られた外題簽には『絵入り桜ひめ』とあるのだから。そして、おそらく、この問題の追究は、草双紙と読本との差異を論理化することに繋がる道程にもなるはずである。


# 「絵入本についての覚え書き」(2002〜5年度 科学研究費研究成果報告書 基盤研究〈A〉
# 『日本・中国・ヨーロッパ文学における絵入本の基礎的研究及び画像データ・ベースの構築』研究代表者 佐藤 悟、2006/03/31 所収
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#               大妻女子大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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