魯文の売文業

高 木  元 


要 旨 仮名垣魯文に関する研究は『安愚楽鍋』や『西洋道中膝栗毛』など著名なテキストを除いて著しく遅れていた。この数年間、国文研で組織された魯文研究会に参加した方々の努力に拠って、魯文の著編述活動の全貌が明らかにされつつある。ところが、他作の雑著に提供した序跋や錦絵の填詞、端唄本、引き札などについてはインデックスが整備されていないこともあり、その全体像は必ずしも見えていない。本稿では管見に入った資料に拠り、作家としての出発をした鈍亭時代から晩年に至るまでの魯文の文筆活動、すなわち売文業の諸相を垣間見ることにしたい。



  一 緒言

魯文の人生の軌跡やその業績を辿る時、所謂〈雑書〉の序跋類にも多くの筆の跡を見出すことに気付く。近代的な職業作家像からは遠く隔たっているかもしれないが、近世期の戯作者像から考えれば、岡山鳥や高井蘭山等を引合いに出す迄もなく、何の違和感も感じられない。小説家というよりは〈物書き〉として実に広範な活動をしていたからである。戯作者の原稿料は、所謂印税方式を採っていなかったために、甚だ安かったものと想像されるが、若き日の魯文も口に糊すために依頼された原稿は何でも引受けたに相違ないし、また与えられた仕事で能力を発揮して見せなければ、次の仕事が貰えなかったはずである。しかし、そのことが直ちに消極的な意味しか持ち合わせなかったわけではない。

魯文の場合は、安政期(万延元年以前)の鈍亭時代には〈切附本〉と呼ばれる粗製濫造された廉価な抄出本に本領を発揮する。また、この時期には慕々山人と称して艶本を多く執筆していたことも知られている。この両者に共通しているのは〈抄録〉という方法である。魯文自身は「糟粕」と表現することが多いが、長編テキストをダイジェストするには相応の学識と才能が必要であった。

例えば近世小説の雄『南総里見八犬伝』を抄出した袋入本『英名八犬士』全八編(安政二〜四)は、文字通り原文の切り貼りで作られているのであるが、その文章の繋ぎ方を丁寧に観察するに、非常に良く工夫されていることが分る。この仕事の一方で、艶本『佐勢身八開傳』(安政三年刊、中本三冊)を執筆している。艶本は著名なテキストを換骨奪胎したものが多く、この『八犬伝』のパロディも、実に魯文の戯作センスが横溢していて良くできたテキストだと思う。さらにこの時期に、合巻『當世八犬傳』(安政三年夏、芳宗画、糸屋庄兵衛板)をも手掛けており、名場面を繋ぐ形式に拠ってわずか十丁で終わらせ、世界一短い『八犬伝』となっている。後に『八犬伝』を草双紙化して長い間刊行が続いた『仮名読八犬伝』の二八〜三一編(慶応元〜明治元年、芳幾画、広岡屋幸助板)を担当する。という具合に、一度仕込んだネタを手を変え品を替えて利用して多くの執筆を続けていたのである。

さて、これらの抄録本類は魯文の文業の一端として扱うことが可能であり、それなりの評価も可能だと思われる。しかし、問題は自作以外の雑書に供せられた序跋類である。例えば〈画譜〉〈絵手本〉の類に魯文の序文を見出すことができる。また、〈花柳本〉や〈割烹案内〉など明治期の活字本にも序を書いている。中でも多いのが音曲関係の本で、〈都々逸本〉〈端唄本〉には数多くの筆の跡が見られる。〈錦絵の填詞〉や〈報條〉〈引き札〉、さらには調査が及んでいないが〈新聞記事〉や〈俳諧〉〈狂歌〉などに至るまで、多くの雑書に遺されている筆の跡を辿ることも、魯文研究にとって(社会史的研究としても)不可欠の作業であると言い得よう。

しかし、斯様な落穂拾いは決して楽な作業ではない。多くの場合、著編者や画工板元名以外の人名が書誌データとしてデータベース化されておらず、愚直に片端からそれらしい本を繙いて見る以外に、発見するための術がないからである。幸い国文研には全国の文庫や図書館から収集されたマイクロ資料が集積されており、これらの調査に多大な便宜を供与してくれた。ただし、今後はマイクロ化されていないコレクションなどの調査が不可欠になる。

以下、本稿では基礎資料とすべき叩台として、管見に入った冊子体資料の略書誌(所在情報)と序文を列挙してみることにする。というのも、此種の本の中味に関しては題名から知れることが多く、序跋類は様式の枠の中で書かれた戯文として、魯文の著作の一端と見做して差し支えないからである。なお、今回は序跋類に着目したため、一枚刷の錦絵や双六、報條や引札などは扱わないことにする。

甚だ不完全なものであることは承知しているが、未載の資料や、多々存するであろう不行き届きについて、大方の御教示を伏して庶幾うものである。

  注

(1) 拙稿「鈍亭時代の魯文 ―切附本をめぐって―(「社会文化科学研究」第十一号、千葉大学大学院社会文化科学研究科、二〇〇五年九月)
(2) 拙稿「『英名八犬士』―解題と翻刻― 」(一)(「人文研究」第三四・三六・三七号、千葉大学文学部、二〇〇五・二〇〇七・二〇〇八年三月)以下、四で完結予定。
(3) 国文学研究資料館二〇〇六年度秋季特別展『仮名垣魯文百覧会展示目録』に、いくらかの資料が谷川惠一、青田寿美、高橋則子、山本和明氏らに拠って紹介されている。


  二 画譜・絵手本

安政期に鈍亭号で二点、文久期に仮名垣号で一点の〈絵手本〉に序文を寄せているのが見出された。その後、慶応以降に〈漫画〉〈画譜〉〈図会〉に序文を寄せているが、これらの画譜は基本的に整版本であり、序文も整版である。

ここでは『萬國人物志』二編 (中本一冊、魯文譯、芳虎画、酉三改〔文久元年〕、山田屋庄次郎板。パリ装飾芸術美術館図書室〔Bibliotheque Musee des Arts Decoratifs / PARIS〕以下MAD〈A024〉)のような、魯文自身の編著作に記された序文(自序)は含まないことにする。

浮世繪手本(中本一冊、卯七・改(安政二・七)、一壽齋芳員、蓬左文庫蔵尾崎コレクション〈尾24-50 / S988〉)

巨瀬(こせ)(うぢ)が馬(うま)ハ萩(はぎ)を喰(はみ)。雪舟(せつしう)が鼠(ねずみ)ハ縛縄(ばくじやう)を喰(くひ)(きる)。馬沓(ばくつ)をもつて蟹(かに)となす抔(など)人口(じんこう)に會炙(くわいしや)すれども。其(その)事情(こと)きはめて定(さだ)かならず。また菱川(ひしがは)が姿繪(すがたゑ)に春情(しゆんじやう)を動(うご)かし。應擧(あうきよ)が幽霊(ゆうれい)に魂(たましい)を消(けす)なんどハ。ちと野暮(やぼ)(すぎ)て箱根(はこね)から。先(さき)の頃(ころ)。哥舞妓(かぶき)仕入(じいれ)の吃又(どもまた)が大津繪(おほつゑ)ハ。名(な)に響(ひゞき)たる大(おゝ)(いり)にて。戯場(しばゐ)のまうけ歟(か)。書房(ほんや)が徳歟(か)。國芳(くによし)さんが名画(めいが)の離魂(りこん)。其(その)教子(をしへご)の芳員(よしかず)ぬしハ。當時(とうじ)(ひ)の出(で)の名筆(めいひつ)画才(ぐわさい)。天地(てんち)万物(ばんもつ)有非(うひ)の情(じやう)たび筆を走(はし)らすれバ。萬画(ばんぐわ)(たちま)ち體(たい)をなし。しかも初心(しよしん)に習(なら)ひ易(やす)く。筆数(ふでかず)いらずに利(り)をせめて。細画(さいぐわ)と看(み)する浮世(うきよ)繪手本(ゑでほん)。當世(たうせい)(ふう)の筆(ふで)づかひ。見(み)ざらめやハ習(なら)はざらめやハ。是(これ)に序(ぢよ)をせし僕(やつがれ)もそろ/\学(まなば)んと思(おも)ふにそ

 安政二

戀岱野夫  鈍亭魯文戯誌 [文] 



繪本早學 初編 (中本一冊、一光斎芳盛、二十丁、上田花月〈美術166〉、国文研)

早學(ゑほんはやまなび)初編(しよへん)

(そう)の井興(せいこう)が画(ゑがけ)る龍(りゆう)。吟(ぎんず)る如(ごと)くにして。沛然(はいぜん)と雲(くも)(をこ)り四明(しめい)の僧(そう)が画(ゑがけ)る虎(とら)。嘯(うそぶ)に似(に)て蕭然(しやうぜん)と風(かぜ)を生(しやう)ず。吾朝(わがちやう)の古廟(こびやう)の繪馬(ゑま)。闇夜(よる)(おに)を乗(のせ)て奔走(はしり)。畧画(りやくぐわ)の猫(ねこ)。よく家鹿(かろく)を防禦(ふせぐ)。倶(とも)に丹誠(たんせい)。神(しん)に入(い)るの妙(めう)なり。遮莫(されば)起伏(きふく)升降(せうかう)の画法(ぐわほう)。得(え)て習(なら)ひ安(やす)く学(まなひ)(がた)かり。余(よ)が友人(とも)一光齋(いつくわうさい)芳盛(よしもり)ぬし。丹青(たんせい)に毫(がう)を染(そむ)るをもて。活(くわつ)(ぎやう)とするに光陰(とし)あり。平常(つね)に机下(きか)に属(しよく)する。教弟(をしへご)」等(ら)を導(みちび)くに。そが最初(はじめ)(ふで)を[王民]江(みんこう)の浅(あさ)きに衝(ふくま)せ。終(つい)に入楚(につそ)の硯海(けんかい)に深(ふか)からしめんと欲(ほり)する随意(まに/\)。其(その)(みち)の枝折(しをり)ともなれかしとて。寸馬(すんば)豆人(とうじん)のいとまめやかに。山川(さんせん)草木(そうもく)の草画(そうぐは)(およ)び。禽獣(きんじう)蟲魚(ちうぎよ)網羅(もうら)に洩(もら)さず。画(ゑが)き集(あつ)めし一巻(ひとまき)を。頓(とみ)に繪本(ゑほん)早学(はやまなび)とハ題号(なづけ)らる。曽(かつ)て子(し)が意匠(ゐせう)を労(らう)せるや井講(せいこう)四明(しめい)の僧(そう)に及(およ)ぶ事(こと)(とほ)しと雖(いへども)初心(しよしん)の為(ため)に要(よう)とすなれば。得(え)て習(なら)ひ安(やす)く学(まな)ふに近(ちか)しと」そが理解(ことはり)を簡端(かんたん)に序(じよ)して。填詞(うめくさ)をかいしるすも。所謂(いはゆる)(へび)を画(ゑがい)て。足(あし)を添(そふ)るすさみそやあらんかし

時維(ときにこれ)安政四丁巳葉月(はつき)初旬(しよじゆん)毫採于戀岱小説書屋(ふでをとるれんたいのせうせつしよをくにあせす)

 稗史著作郎(はいしちよさらう)   鈍亭魯文題 [鈍亭][呂文子] 



諸職画通(しよしよくがつう)初編 (中本一冊、一立齋廣重画、松林堂、MAD〈A252〉)

(つぼ)の中(うち)に天地(てんち)を収(をさ)むる。仙人(せんにん)の術(じゆつ)ハいざ不知(しらず)。寸楮(すんちよ)に萬(ばん)(もつ)の象(かたち)をなし。情景(じやうけい)を目前(まのあたり)に窺(み)する事。画(ゑ)の道(みち)に勝(まさ)れるハあらさるべし。茲(こゝ)に立齋(りうさい)廣重(ひろしげ)先生(せんせい)。亡父(ばうふ)の意(こゝろ)を継木(つぎき)の梅(うめ)。未(また)青軸(あをぢく)の荘年(わかうど)ながら。其(その)(わさ)(さき)の翁(おきな)に耻(はぢ)ず家(いへ)の風(かぜ)をも吹傳(ふきつた)え。芳(かんばし)き名(な)を四方(よも)にかをらし。出藍(しゆつらん)の誉(ほまれ)(ほとんど)(たか)かり。されバ長者(ちやうじや)二代(にだい)なしと。世(よ)の諺(ことはざ)に云(いふ)めれど。楠氏(なんし)の正行(まさつら)大星(おほぼし)力弥(りきや)の義勇(ぎゆう)を生(しやう)ぜし如(ごと)く。蛭(かいる)の子(こ)の」蛭(かいる)となり。瓜(うり)の蔓(つる)に南瓜(かぼちや)の生(なら)ずと。羅(よく)鑑定(みきはめ)し本蔵(ほんさう)(こう)(もく)。自身(じしん)の詫(たく)より時珍(じちん)の評判(ひやうばん)。能(のう)を挙(あげ)たる漫画(まんぐわ)の一帙(いちじつ)。これを開(ひら)けハ奇(き)に驚(おどろ)き。これを学(まな)べバ巧(たくみ)に感(かん)ず。嗚呼(あゝ)(この)(ちゝ)にして此(この)(こ)あり。人形(にんぎやう)(かく)(こ)ハ天窓(あたま)かく。寺子(てらこ)仲間(なかま)の涎(よだれ)くりと一(ひと)ッに混(こん)ずることなかれ。又(また)板下(はんした)と刻成(ほりあげ)とハ画面(さうかう)が變(かは)るなんどゝ。身代(みがは)りの偽(にせ)ふでならぬ筆法(ひつぽう)傳授(でんじゆ)の繪習(ゑならひ)(かゞみ)(その)證人(しようにん)ハ寺(てら)朋友(ともだち)

  文久三亥春

假名垣魯文書之 [印] 



一魁漫畫 初編 (中本一冊、一魁齋芳年筆、篤尚堂板、MAD〈A023〉)

一魁(いつくわい)漫画(まんぐわ) 初編(しよへん)(ぢよ)

呉道子(ごどうし)(あまね)く諸經(しよきやう)にわたりて地獄(ぢごく)変相(へんそう)の圖(づ)を画(ゑが)き探幽(たんゆう)(うたゝ)(しよ)(ぶつ)を求(あざり)て百鬼(ひやつき)夜行(やぎやう)の象(かたち)を工(たく)めりされば画材(ぐわさい)と号(なづく)る物(もの)(すべ)て非(ひ)(じやう)を有情(うじやう)につかひ形(かたち)なきを形(かたち)とし具(ぐ)せざるを具(そなふ)るを働(はたら)きと稱(よび)滑稽(こつけい)といふ彼(かの)雷槌(すりこぎ)に翅(はね)が生(はへ)(じや)の目(め)(かさ)に足(あし)を生(しやう)ずる類(たぐひ)をさして狂画(きやうぐわ)と愛(めづ)るは僧正(そうじやう)以来(いらい)の好事(かうず)になん茲(こゝ)に余(よ)が友(とも)一魁(いつくわい)主人(しゆじん)玄々(げん/\)妙手(めうしゆ)の玄冶店(げんやだな)が末門(ばつもん)に業(ぎやう)は興(おこ)せど其(その)(わざ)社中(しやちう)の末(すへ)に下(くだ)らず青年(せいねん)にして老工(らうかう)を耻(はぢ)ず一度(ひとたび)(ふで)を揮(ふるふ)ときんば百圖(ひやくづ)百象(ひやくしやう)紙上(しじやう)に浮(うか)び一編(いつへん)の漫画(まんくわ)手中(しうちう)に溢(あふ)る実(げ)にや諸木(しよぼく)に魁(さきがけ)の名詮(みやうせん)自性(じぜう)(かんば)しき名(な)を年毎(としごと)に薫(かほ)らする梅(うめ)の莟(つぼみ)の筆(ふで)(さき)に開(ひら)きて春(はる)を知りなんかし

假名垣魯文誌 

※刊記「慶應二丙寅年五月發行\書林\大坂\伊丹屋善兵衛・河内屋喜兵衞・河内屋茂兵衛」、後印本。


都名所画譜 初編 (中本一冊 朝香樓芳春筆 国文研・立命館大ARC)

都名所画譜(みやこめいしよぐわふ)初編(しよへん)(の)(じよ)    [行事改印]

萬物(ばんもつ)形象(かたち)あり形象(かたち)といへば則(すなはち)(ぐわ)なり其(その)(ぐわ)の徳(とく)たる一字(いちじ)不通(ふつう)の徒(ともがら)も是(これ)を披閲(けみし)て其(その)(もの)なるを知(し)るに至(いた)る故(かるがゆ)に年(ねん)(さい)(くわ)の道(みち)(おこな)れて梓(し)(こく)の画帙(ぐわちつ)(おゝ)かる中(なか)に此(この)一冊(いつさつ)(し)余(よ)が友人(とも)一楊齋(いちやうさい)主人(しゆじん)遠境(えんきやう)に杖(つえ)を走(はせ)(み)わたせば柳(やなぎ)(さくら)を混(こき)まぜてと和歌(わか)に詠(よめ)りし都(みやこ)の勝地(しやうち)を矢立(やたて)の筆(ふで)に記(しる)しおけるを書肆(しよし)いつの暇(ひま)にか探知(さぐりし)りけん紙魚(しみ)の住(すみ)家を訪(おとつれ)て懇(ねんごろ)に板下(はんした)を乞(こ)ひ求(もと)め梓(あづさ)の花(はな)を咲(さか)せつゝ美屋古(みやこ)名所(めいしよ)画譜(ぐわふ)と題(だい)するは彼(かの)(した)の句(く)と画名(くわめい)に因(ちな)む春(はる)の錦(にしき)の意(こゝろ)にや有(あり)けむかし

慶應丙寅\孟春

應需 假名垣魯文誌[文] 



潜龍堂画譜 魚之部 (半紙本一冊、画工・瀧澤清、萩原政之助刻、MAD〈A136〉)

潜龍堂(せんりやうだう)画譜(ぐわふ)小言(せうげん)

〓元英(こうげんえい)が談叢(だんさう)に依(より)て虎(とら)を画(ゑが)くに林木(りんぼく)を以てせざるを知る。夫(それ)(とら)は〓鼠(へうそ)を怖(おそ)れ避(さく)るを常(つね)とす。〓鼠(へうそ)は多(おほ)く深林(しんりん)の枝上(しじやう)に隠栖(いんせつ)し林中(りんちう)(とら)の過(すぐ)るを見れば必ず鳴噪(めいさう)して自(みづか)ら己(おのれ)が毛(け)を抜(ぬき)て虎(とら)の身(み)に投(たう)ずるに其(その)(つく)(ところ)(むし)を生(しやう)じ偏身(へんしん)(さう)を生(しやう)し腐爛(ふらん)して終(つひ)に死(し)に至(いた)る。故(かるがゆゑ)に林木(りんぼく)の中(うち)(とら)至らず。画学(ぐわがく)の逸史(いつし)(とら)を画(ゑが)くに平原(へいげん)曠野(くわうや)茅葦(ばうゐ)叢薄(さうぼ)の中(うち)を交(まじ)ゆるも曽(かつ)て林木(りんぼく)を作(なさ)ざるは誠(まこと)に謂(ゆゑ)あり。五雑爼(ざつそ)に虎(とら)林中(りんちう)に在(あ)る微證(びしやう)を挙(あぐ)、噫(あゝ)鳥獣(ちやうじう)に花木(くわぼく)を添(そゆ)るも」其(その)好憎(かうぞう)の意(い)を知らずして画(ゑが)く者(もの)筆勢(ひつせい)の活溌(くわつはつ)たるも〓鼠(へうそ)に逢(あ)へる虎(とら)に似(に)て死画(しぐわ)といふとも不可(ふか)ならず潜龍堂(せんりうだう)の画方(ぐわはう)(よく)その古実(こじつ)に渉(わた)り画法(ぐわはふ)(まつた)く得(う)るものとす。丹精(たんせい)(また)(もつ)て惟(たの)ふ可(べ)し。則(すなは)ち此(この)小言(せうげん)を記(しる)して序(じよ)に換(か)ゆ。  明治十二年極月(きよくげつ)(ねん)三日武総橋(ふさうきやう)(へん)旧虎(きうこ)\新舗の書屋(しよおく)に記(き)

假名垣魯文漫題 [猫印] 
※刊記「明治十三年一月出版/求古堂・松嵜半造」


暁齋鈍画 初編 中横本一冊 (国文研〈ヤ8-254〉)

暁齋(きやうさい)鈍画(どんぐわ)初編(しよへん)序詞(じよし)

(よく)(あやし)きを記(き)する者(もの)を鬼(き)の董狐(とうこ)と称(しやう)して古語(こゞ)あり惺々(せい/\)先生(せんせい)(ひと)(よ)んで画鬼(ぐわき)と稱(しやう)余(よ)(なほ)(これ)に餘賛(よさん)して画中(ぐわちう)の董狐(とうこ)と称(しやう)するも亦(また)不可(ふか)ならずとせん先生(せんせい)元来(ぐわんらい)狩野家(かのけ)の門(もん)に在(あり)壮年(さうねん)(ぐわ)(ふう)自然(おのづから)その範圍(かこみ)を放(はな)れ一家(か)の運筆(うんひつ)縦横(じうわう)(じ)(ざい)(あん)に鬼(き)を哭(な)かしめ神(しん)を驚(おどろ)かすの竒形(きぎやう)を画(ぐわ)す曽(かつ)て聞(き)く陳平(ちんぺい)傀儡(でく)を作(つく)りて漢高(かんかう)白頭(はくとう)の囲(かこみ)を觧(と)き魯班(ろはん)木鳶(もくゑん)を削(けずり)て天(てん)を飛(と)んで三日に至(いた)ると是(これ)(みな)その伎(ぎ)の神(しん)に通(つう)ずるの故(ゆゑ)なり或(あるひ)ハ云(いふ)(ちやう)(そう)(えう)壁上(へきしやう)に龍(りよう)を画(ゑが)き晴(ひとみ)を點(てん)ずるとき則(すなは)ち雷電(らいでん)し而(しか)して飛騰(ひとう)し兆典(てうでん)(す)不動(ふとう)を画(ゑが)くに背後(はいご)の火焔(くわゑん)紙上(しじやう)を焦(こが)すと同(どう)一の妙(めう)先生(せんせい)の」手裡(しゆり)にあり余(よ)先生(せんせい)を知(し)る二十餘年(よねん)(あい)より出(いで)て藍(あい)より青(あを)きハ世(よ)(もつ)て知(し)る所(ところ)硯池(けんち)波上(はしやう)に魚(うほ)(をど)り活溌(くわぱつ)の筆勢(ひつせい)(あに)鈍画(どんぐわ)の題號(だいがう)(しか)りとするに堪(しのび)んや今茲(こんじ)(ない)(こく)(だい)二回(くわい)勸業(くわんげふ)博覧(はくらん)會場(くわいじやう)出品(しゆつひん)の一画(ぐわ)その定價(あたい)百圓(ゑん)(きん)(しか)るも衆目(しゆうもく)(じ)(し)し夙(つと)に購求(かうきう)を競(きそ)ひしを以(も)て先生(せんせい)の聲(せい)(か)枯木(こぼく)(しやう)の鴉(からす)と等(とも)に殆(ほとん)ど高(たか)きを証(しやう)するなり故(ゆゑ)に此事(このこと)を緒言(しよげん)とす  于時(ときに)明治(めいぢ)龍集(りうしふ)十四年(ねん)(だい)六月(けつ)新橋(しんはし)竹川街京文社(きやうぶんしや)(ろう)にいろは新聞(しんふん)校閲(きやうえつ)の間(いとま)紅塵(かうぢん)(ふか)き處(ところ)に題(だい)

辱知 假名垣魯文記[文] 



木曾街道圖繪 後篇 (中本横本二冊、北齋門人蹄齋北馬筆、MAD〈A008〉)

蹄齋(ていさい)北馬(ほくば)老人(らうじん)の筆頭(ひつたう)の達者(たつしや)なるは。神行戴宗(しんぎやうたいそう)の鉄脚(かなずね)も遅(おそし)とし。老(おい)て倍益(ます/\)(さかん)なるは。東方朔(とうはうさく)の気力(きりよく)をも少(すくな)しとすべし。漫画(まんが)の萬里(ばんり)に毫(ふで)を飛(とは)し。百冨士(ひやくふじ)の高根(たかね)に墨水(ほくすい)を降(ふ)らして登龍(とうりう)の体裁(ていさい)あり。此(この)小冊(せうさつ)は老人(らうじん)木曽路(きそぢ)に筆(ふで)を走て。六十九次を目前(まのあたり)に画(ゑがゝ)れたる遺墨(ゐぼく)(ちう)の名勝(めいしよう)にして。眺望(てうばう)の奇観(きくわん)。敢(あへ)て比(ひ)すべき」ものなく。前(さき)に初編(しよへん)(こく)(なり)て。次(つい)で二編(へん)の發兌(はつだ)(ちか)し。是(これ)に序(しよ)せよと需(もとめ)に応(おう)じ。木曽(きそ)の棧道(かけはし)ふみも見(み)ぬ。筆(ふで)のかさ杖(つえ)とりあへず。漫書(そゝろがき)なる旅(たび)の記(き)も。翁(おきな)が達爛(たつしや)に似(に)もやらで。僅(わづか)に半丁(はんてう)をすぎずして。疾(はや)草臥(くたびれ)て筆(ふで)を休(やす)めつ   巳の春

戯作者(けさくしや)の抜参(ぬけまゐ)り\假名垣小僧\魯文しるす [文] 

※刊記「明治廿七年五月廿六日翻刻印刷/同年五月廿九日發行、博文館」。初編の序は「松古山人記」。これも「尚古」に音通するので魯文ヵ。

   三 端唄・都々逸

魯文が歌澤に入門し端唄や都々逸の作者や撰者としても活動をしていたことは知られているが、具体的な魯文の活動の様相を明らかにすることは容易ではない。序文を記したものでも、単に序を寄せただけのものなのか、撰者としての撰集なのか、自作集なのかの区別が明確に出来ないからである。また、「鈍亭魯文」や「仮名垣魯文」は当然として、「仁田澤鈍通」「杉の本鈍通」「鈍通子」(元祖)や「骨董屋」「雅楽」「野狐庵」「妻恋やもめ」などという別号も使用しているようだ。ただ、他の作でも見掛ける「竹葉」「瓢亭念魚」などが、魯文自身かどうかは断定できるだけの資料が見当たらない。この手の端唄本は無数に残存しており精確な書目も備わっていないため、魯文の足跡を辿るには甚だ心もとないが、取り敢えず管見に入ったものを集めてみた。


いろはがな冠どどいつ(中本一冊、国学院高藤田小林・上田図花月・都中央〈5644-69〉)

倭漢(うた)を吟(よん)で。猛(たけき)鬼神の心を和らげし。雲上人(をくげさま)ハ。侍人に會(あふ)て詩を献し酒客(のみ)に。釼菱(けんびし)の酒札(さかて)をあたへし。不意(まくれあたり)の幸福(さいわひ)なり。雅俗(かそく)今昔(こんじやく)の人情を察(さつ)すに雅人(がしん)(そく)人をあなどりて。文盲(もう)と呼(よべ)ハ俗人雅人を嘲(あさけり)て。偏屈(くつ)と称(とな)ふ大鵬(ぼう)燕雀(ゑんじやく)を笑(わら)へども。藪蚊(やぶか)の眼毛(まつげ)に巣(す)を喰ふ□螟(むし)に。へこまされたるためしもあり。過(すぎ)たるハ猶不及(およばず)と。吾輩(じぶん)の田夫へひく無益論(みづかけろん)。餅はもちやと發客(はんもと)の。主人(あるじ)が目ざす堕落者(なまけもの)四十八字のどゝ一を。足下(おまへ)述意(かくき)ハなゐかいなと鼻唄(はなうた)(まじ)りの注(ちう)もんちやく。おつときたさと請合拍子(ひやうし)例のずるけの催促(さいそく)も。まゝよ/\て半月斗に横たにかぶりを振(ふり)なから。意趣(こゝろいき)とか何とか題号(なづけ)て。金針の折(おれ)倉卒(ふつゝけ)にやうやく稿成(け)た。假名(いろは)の浄書(きよがき)蚯蚓(みゝづ)ののたくり涎童(よたれくり)。頭上(あたま)とゝもに。かくのことし

 嘉永甲寅仲秋葉月

戀岱麓 野狐庵主人記[文]」 

(うそ)八百の粹個(すいこ)(ら)浄談泊(じやうだんぱく)の遊戯(ゆうき)堂に會合(くわいがう)して度々(どゝ)一の新案(あん)を著作(つくり)なすところ

鯰・晋呑・徳・狐(魯文)・直(芳直) 

つもりにしかず\かきつめて\言の葉の\にしきの衣\つゞりあけけり  半可通人

○初桜天狗の書たふみ見せん 晋子」 今昔人情不(こんじやくにんしやうおなしからす)
古調賀曲又新(こちやうのがきよくまたあらたなり)  度々逸居士

めでた/\が\三ッかさなりて\庭(にわ)に鶴亀(つるかめ)\五葉(こよう)の松(まつ)

野狐庵主人著述」 

※「野狐庵編」「一盛齋芳直画」。巻末に十六丁の「辻うら」(板心)を付す。都中央本は外題「辻宇良(つぢうら)都々逸(どゞいつ)」見返「馬四吉文板」、落丁存。


新板(はん)夕暮(ゆふぐれ)かへうた(中本一冊、十一丁、直政画。都中央〈5643-5〉〈5643-5ア〉)

端唄つれ/\草 全

夕暮序(ゆふぐれのぢよ)

徒然(つれ%\)なる儘(まゝ)に日ぐらしの硯(すゞり)に向ひ。心(こゝろ)に移(うつ)りゆく架空寓言(よしなしごと)を。著作(かきつく)るといひたらんにハ。どふやら高上(かうしやう)らしく聞ゆれど。質(しち)の利上の覚記(おぼえがき)や。借金(しやくきん)の断(ことわり)手簡(てがみ)に、青息(あほいき)ついたるそか折から、例(れい)の書房(ほんや)入來(いりきた)り夕ぐれの替歌(かへうた)に序(ぢよ)せよと乞(こ)ふ。取あへず披閲(ひらきみ)る百花堂(ひやくくわだう)主人(あるし)が撰(ゑらみ)に成(な)れり双丘(ならびがおか)の」兼好(けんこう)法師(ほうし)が往古(そのかみ)のわざくれハ。也哉(やかな)法師(ほうし)が今様(やう)の洒落(しやらく)にしかず仇(あだ)な殺(ころ)し文句(く)の一曲(ふし)にハ。色好(いろこの)まざらん玉の盃(さかづき)の底(そこ)(ぬけ)上戸も。杯盤(はいばん)狼藉(らうぜき)の不礼講(れいかう)を恥(はぢ)。芋喰(いもくひ)僧正(そうぜう)のむくつけきも。栗喰(くりくひ)娘のおてんばなるも是を学(まなん)で通(つう)ならしめ。甚九(じんく)を踊(おど)る鼎(かなへ)かぶりも二上リ本調子(てうし)の意氣なるを歓(よろこ)び。爪弾(つめびき)に情(おもひ)を運(はこ)ばすなど。みな此ぬしの意(い)中に巧(いて)てこれや仏家の方便(べん)妄語(もうご)。衆上(しじやう)済度(さいと)の大通(だいつう)知識(ちしき)。実(じつ)に有がたいとまうしやすハ元来(より)の野暮鴬(やぼうぐひす)片言(かたこと)ながら文友がひにホウ補戯興(ほけきよう)と序(ぢよ)する而巳(のみ)

 安政二\卯初夏

(つま)戀の寡(やもめ)をのこ\鈍亭のあるじ\魯文しるす[文]」 

※見返に「元うた」を載せる。ノド「つれ/\」。「妻恋やもめ」(十一ウ)

夕くれ 弐編 (中本一冊、十一丁、直政画。都中央〈5643-5〉、蓬左尾崎〈19-107 / B480〉)

(はる)と秋(あき)といづれ歟(か)(じやう)の深(ふか)からん。勝(まさ)り劣(おと)りなしと云(いふ)。貫之(つらゆき)ハ秋(あき)の方(かた)衰情(あいじやう)(ふか)くて趣(おもむ)き多(おほ)しといへり。且(かつ)(あき)ハ律(りつ)の調(しらべ)にて。糸竹(いとたけ)の調子(てうし)も殊更(ことさら)によしといふ。されバ旦(あした)と夕(ゆふべ)の情愛(じやうあい)これにひとし。五条(ごでう)わたりの黄昏(たそかれ)に。白(しろ)き扇(あふぎ)に夕顔(ゆふがほ)の花(はな)もてあしらひしも。夕暮(ゆふぐれ)(ごろ)の洗髪(あらひがみ)。仇(あだ)な娘(むすめ)も爺(ぢい)さんも。夕暮譽(ほめ)て下涼(したすゞみ)。鈴(すゞ)の音(ね)につ〔チヤン・ ラン〕/\。ゆふくれ急(いそ)ぐ見世(みせ)出前(でまへ)。またみせ足(た)らぬ小册(しんこ)(まで)(くち)が掛(かゝつ)て閙(いそ)がしい。好男(こうだん)美嬢(びじやう)の御催促(ごさいそく)。納涼(すゝみ)がてらの夕暮(ゆふぐれ)に。御(おん)立寄(たちより)を取(とり)あへず。ヘイ新板(しんばん)の替(かへ)唄で厶

筆顛道人述[念魚] 

業平蜆 行平鍋 」

√夕ぐれになまけ仕事(しごと)のすみきらず月(つき)に不自由(じゆう)のまず著述(ちよじゆつ)(し)かけた作(さく)ができぬぞへマタできぬかへするけものこれてもお間(ま)にはあわせ舛   野狐庵

鈍亭魯文披閲 [文]」 

※都中央本は初二編合綴。見返「遊宇九麗貳篇」。板心「夕くれ二」。作者として「野狐庵」のほか「竹葉・念魚・筆顛・票瓜・魯国屋」などと見え、八代目・しうか・家橘の追善を載せる。


東天狗木之葉都々一(あづまてんぐこのはどゝいつ) (中本一冊、十丁。蓬左尾崎〈尾19-127 / B500〉)

(ひと)の目(め)をくらまさんにもあらバこそ元(もと)より山の天狗(てんぐ)でもなしとハ故人(こじん)風來(ふうらい)山人(さんじん)の狂詠(きやうえい)なり近頃(ちかごろ)十把(じつぱ)(ひ)トからげの木(こ)の葉(は)連中(れんぢう)三杉(みすぎ)四杉(よすぎ)の杉林(すぎばやし)に黨(とう)を會(くわい)し群(むれ)をつどひておのがまに/\諸藝(しよげい)をつらね一番(いちばん)(をち)をとらんとする者(もの)大都會(たいとくわい)に幾(いく)ばくぞやしかハあれども鼻(はな)(たか)きが故(ゆゑ)に貴(たつと)からずうなるを以(もつて)(たつと)しとすの先言(せんげん)あれバ余(よ)もその群(むれ)に交(まじわり)て終(つい)に三熱(さんねつ)の魔界(まかい)に堕(だ)し扇歌(せんか)和尚(おしやう)が跡(あと)をしたひ直(たゝ)に此道(このみち)の僧正(そうしやう)(ばう)とならんと欲(ほつ)す而巳(のみ)

 安政二乙卯初春

妻戀鈍亭の食客   石川亭板等 [印]」 

「常磐津・富本・清元・長唄・都々一\〔舩〕入\東天狗連\正月二日夜より\千客万来」

 見臺(けんだい)につかへる鼻(はな)の高(たか)みくら熱湯(ねつたう)のんでうなる諸(しよ)天狗(てんぐ)

妻こひの\やもめ [文]」 

※外題「〔新板・流行〕はうた\東天狗木之葉都々一\連中作名入\初編」、見返「東天狗この葉とゝいつ\[當世]」、末丁「石川亭板等校[栄]」。


きやりくずし かまくら 初編 (中本一冊、直政戯画、鈍亭魯文閲斧)

(からうた)を譜(うたへ)バ唐人(たうじん)をきどり。和歌(やまとうた)を詠(うな)れバお公家(くげ)の声色(こはいろ)をつかひ。端唄(はうた)を編(つくれ)バ作者(さくしや)だと思ふ。悉皆(つかい)天狗(てんぐ)の愚(ぐ)を売(うつ)て利(り)をせんと思へバなり。此頃(このころ)板元(はんもと)鎌倉(かまくら)の新(しん)文句(もんく)を乞(こ)へる侭(まゝ)にこいつハ大方(おほかた)(うれ)るだろう利(り)を見(み)てせざるハ勇(ゆう)なしと傍(そば)から音頭(おんど)を鳥(とり)がなく。東(あづま)ッ子(こ)の好(すく)きやりの一曲(ひとふし)しめろやィと寿(ことふき)て序(じよ)

 安政二卯水無月

○往事(いんじ)歌沢(うたざわ)老婆(らうば)が門(もん)に入(いり)て\何(なに)天狗(てんぐ)とハよはゝれし堕落(なまけ)(もの)

鈍亭魯文述 [印] 


きやりくずし かまくら 弐編 (中本一冊、直政戯画、鈍亭魯文閲斧)

(たきゝ)こる鎌倉(かまくら)くづしの唱哥(せうか)(とり)が啼(なく)(あづま)の地(ち)にてきほひ勇(いさ)める侠客(ましらを)(ら)がもてはやす事とはなりぬさるからに春霞(はるがすみ)三筋(みすじ)ひくなる唄女(うたひめ)が酒(さけ)の席(むしろ)ことほぎの会(まどひ)にもこれをしも魁(さきがけ)にすなるは鎌(かま)くらてふ名にふさはしくてこや此道(このみち)の大天窓(をゝあたま)ならんかも彼地(かのち)の海(うみ)より出(いづ)るてふ松(まつ)の魚(うを)の一(ひ)とふしとも愛(めで)さらめやは味(あぢは)はざらめやは

 辰の春

鈍通子しるす[印]

※辰は安政三年。『音曲大黒煎餅〈絵入りはやり唄本廿種〉(俗謡叢書第七冊、太平書屋)所収。「いなせぶし さくらのかえ唄」も同書に載る。青田氏の御示教に拠る。


いなせぶしさくらのかえ唄

(くみ)かはす酒(さけ)にさくらも酔(ゑひ)やせん\かたにかゝつてもとる一(ひ)と枝(くち)\葉唄絲竹」(見返)

〔流・行〕さくらのかえ唄 いなせぶし

大天狗連 宗匠坊 ゑらみ 

本うた

√さくらヱゝ/\きりしまさゞんかなんばのさつきか今みやかはぎぎやうさんなきくたいけんじあやめヱゝかきつはたァにおみなァへし

(ハヤシ)たほさけ/\れんげはなさつせろにほひがすきならハツハはくほたんひィじんそうかョ 」

端唄(はうた)録家仙(ろくかせん)

(しん)の七賢(けん)ハ竹林(ちくりん)に群(むれ)をつどひておのが随意(まに/\)に遊戯(ゆうけ)をつくし端唄(はうた)の六仙(せん)ハ一節(よ)の語呂にもとづき替唄(かへうた)の趣向(しゆかう)にたわけをつくす一弦(けん)」虚(きよ)を吼(ほへ)て万看(ばんかん)(じつ)を唄(うた)ふ嗚呼(ああ)

たい屈(くつ)の口へ飛込(とびこむ)薮蚊(やぶか)かな\野慕庵

鈍通子・かな和尚・梅暮里禮・鈴亭谷峩・放心喜廓・瓢亭念魚」

√さくハヱヽ/\ 種員(たねかす) 種清(きよ) 西馬(さいは)に魯文(ろふん)か万亭か あの金水(きんすい) 春水(しゆんすい) 錦鵞(きんか) 英寿(ゑいしゆ) 谷峩(こくか)に山東(さんとう)(あん)

(ハヤシ)たんとかけ/\合巻(かうくわん)よみ切目先(めさき)をかへ唄サツサはやく新はんうりだすこつたよ

栗毛舎 蹄里作」 

※『音曲大黒煎餅 〈絵入りはやり唄本廿種〉(俗謡叢書第七冊、太平書屋)所収


新板さくらヱ引 かへうた いなせぶし 二編 (狩野文庫)

都々一(とゞいつ)宗匠(そうせう)(ぼう)高座(かうさ)をくだりて以来(このかた)愛宕(あたご)鞍馬(くらま)の群(むれ)ならぬすつてんてんつく天狗(てんぐ)(れん)(う)の真似(まね)をするからす連中(れんちう)(みづ)にハおとる白湯(さゆ)を呑(のん)で嘴(くちはし)をとがらせつゝ唄(うた)ふハさくらの伊奈世(いなせ)ぶしその上(うは)(しる)をすくひ取して例(いつも)の小冊(こほん)に仕立(たて)たるハ梓主(あつさぬし)の小刀(こがたな)細工(さいく)人の褌(ふとり)て角力(すまい)とる設利(まうけ)につよき利喜(き)市の疾(はや)わざその残(さん)(へん)の口序(かうぢよ)にやとわれ土方(とかた)の子(こ)には劣(を )りたる余(をのれ)か微才(びりき)の筆(ふで)のさき口さきにてわらかすくとしかなり

 弥生のころ

骨董屋鈍通子のふる[文] 

√今のヱヽ/\はやりの合巻(ごうくわん)繪草紙(ゑぞうし)ハすなごの白ひやうし アレ浮世繪(うきよゑ)ハみな豊(とよ)國でにがほ國貞(くにさだ)のいへのかぶ

√国よし/\工風の名人(めいじん)りやく画(が)ハ廣重(ひろしげ) サヽサ(あづま)にしきは御江戸の事だよ」

骨董屋鈍通子選\歌川登理女戯畫 

※『音曲大黒煎餅〈絵入りはやり唄本廿種〉(俗謡叢書第七冊、太平書屋)にも所収


いなせぶし新文句桜の替うた 三編 (谷村文庫〈4-29-イ-1〉)

凡例

一近頃(ちかごろ)(は)(うた)(おゝひ)に流行(りうこう)して其(その)(みち)の大(だい)天狗(てんぐ)(しん)文句(もんく)をあらそひ専(もつは)ら替歌(かへうた)を需(もとむる)(ゆへ)に筆硯(ひつけん)に親(したし)む風雅(みやび)(を)(ら)和歌(わか)どり俳諧(はいくわい)どりなどおのが隨(まに)(まに)妙案(めうあん)を綴(つゞ)りなせりしが中(なか)にその節(せつ)(きよく)をしらば只(たゞ)替歌(かへうた)を礎(どだい)として文句(もんく)に補綴(まとめる)ともがら多(おゝ)きが故(ゆへ)に三弦(みつのいと)にかくる時(とき)呂律()の違(ちが)ひしば/\なれバ唄(うた)ふ者(もの)の咽(のど)にからまり語(ご)(ろ)〔つた〕はらざるもまゝ有(あり)(これ)(て)(に)(は)を知(し)らずして和哥(わか)を」詠(えい)じ表則(ひやうそく)をもわきまへず詩(し)を作(つく)るの類(たぐ)ひにして端聞(なまきゝ)(きい)た風(ふう)のそしりまぬかれ難(がた)く當時(とうじ)端唄(はうた)の章本(しやうほん)と唱(となふ)るもの大半(おゝかた)ハみな然(しか)り唄(うた)(ぼん)(すき)の花王(とくい)(たち)玉石(きよくせき)を混(こんず)ることなかれ

一譬(たとへ)バ此(この)(うた)の節(せつ)(きよく)語呂合√さくらヱゝ/\桐しまさゞんかなんばのさつきか今みやかはきぎやうさんなきくたいけんじあやめかきつはたにおみなへしィ√〔たんぼさけ/\れんげばなさかしやれにほひが・すきならハ□□□はくぼたん□□びじんそうか□〕 ○すべてのおつ合(あい)みなその元唄(もとうた)の曲調(きよくてう)を正(たゞ)して而(しかふして)(つく)らずんばかたいかな三弦(さんげん)に合(かつ)せんこと

  丙辰夏

〈音曲(おんぎよく)長老・端唄(はうた)問丸(といまる)〉 杉の本鈍通 [文] 

※丙辰は安政三年四月


艶競端唄合奏(あだくらべはうたのつれぶし) 初編 (中本二冊、二十丁。蓬左尾崎〈尾19-84 / B〉)

文運(ぶんうん)の昌(さか)んなるや。九夏(なつ)の夕辺(ゆふべ)の蚊(か)の音(ね)よりも囂(かまびす)しく。さるからに浄瑠璃(じやうるり)端唄(はうた)も。作者(さくしや)各輩(おの/\)(ひそみ)に做(なら)ふて漢(から)の倭(やまと)の引書(ひきごと)にいと雅言体(みやびたるふり)もいできて。古代(いにしへ)とハいたく異(こと)なり。斯(かく)(もの)(かは)り星(ほし)(うつ)り。そが節(ふし)(はかせ)さへ言魂(ことだま)を訂(たゞ)し。曲調(きよくてう)を改(あらた)むものから。記録(きろく)の小冊(こほん)も心氣(しんき)を勞(らう)し。新規(しんき)をつくして目前(めさき)の段取(だんどり)。合巻(かうくわん)仕立(したて)で見(み)せつけしも。画組(ゑぐみ)で威(おど)す書房(ふみや)が脚色(しくみ)。文章(しやう)句々(くゝ)の拙(つた)なきハ。孑孑(ぼうふり)あがりの例(れい)の濁音(だみごゑ)。その文運(うん)の聲曲(なきごゑ)も。高(たか)く聞(きこ)ゆることあらバ。野夫(やぶ)蚊も功(かう)の者(もの)とやいはまし

 丙辰九夏三伏\

〈音曲(おんぎよく)長者(ちやうじや)。小唄(こうたの)問丸(とひまる)〉 杉廼本鈍通 [文]」 


〔口絵〕端唄(はうた)指南(しなん)\歌澤(うたざは)於流(おりう)。 天狗連(てんぐれんの)會首(しんうち)\骨董屋(こつとうや)雅楽(がらく)

 夕(ゆふ)されバ門辺(かどべ)(すゞ)しく風(かぜ)たちて 人(ひと)の袖(そで)にもよするさゝ波(なみ)\鈍亭賛 [呂文]

発端(ほつたん) 薪樵(たきゞこ)りしと詠(ゑい)じけん鎌倉(かまくら)も、昔(むかし)の様(さま)とうつて変(かは)りし大都会(たいとくわい)、金(かね)の成(な)る木(き)の植(う)ゑ所(どころ)。何(なに)から何(なに)まで抜目(ぬけめ)なく行届(ゆきとゞ)きたる十(じゆう)が眼(め)、在(あ)るが中(なか)にも音曲(おんぎよく)の余興(よきよう)ながらの小唄(うた)さへ、今(いま)ハ端唄(はうた)と一変(いつへん)して、三筋(すぢ)の弦(いと)の世渡(よわたり)に、身過(みすぎ)ハよみと歌沢(うたざは)が流(ながれ)を汲(くみ)し師範(しはん)の門札(かどふだ)、涼(すゞ)しき夏(なつ)の雪(ゆき)の下(した)に、いと風雅(ふうが)なる家造(やづくり)して、女主人(あるじ)のうら若(わか)き、歳(とし)も二八のぼつとり者(もの)。彼(かの)笹丸〔さゝ・まる〕が教子(おしへご)の、節(ふし)さへ名さへ於流(おりう)とて、さつはりとした愛嬌(あいきよう)(もの)。「ヲヤ雅楽(がらく)さん、谷(こく)まさん、鈍通(どんつう)さん。御揃(おそろい)で仮宅(かりたく)へでも御出(おいで)のつもりかへ」と莞爾(につこり)(ゑ)めバ、出過(ですぎ)の鈍通(どんつう)「ヘヽお師匠(しせう)さんが久(ひさ)しいもんだぜ。今日(けふ)(ら)の様(やう)な暑(あつ)い日(ひ)に仮宅(かりたく)へ出掛(でかけ)たら、此(これ)が本(ほん)の日向(ひなた)の西瓜(すいくわ)だらう」「マァ何(なん)でも良(よい)から、皆(みな)さん裸(はだか)になつてお涼(すゞみ)なはいナ。今(いま)おつ母(かァ)が帰(かへ)りますと葛水(くずみづ)でも拵(こしら)へさせますからサ。そして鈍通(どんつう)さんが今度(こんど)お拵(こしらへ)の総(そう)まくりの端唄(はうた)を、今日(けふ)絵草紙(ゑざうし)(や)で取(とつ)て参(まい)つたから、雅楽(がらく)さん谷(こく)まさん二ッ三ッおさらいなさいましな」「ヲヽそうよ、おらァ魚辰(うをたつ)に頼(たのまれ)て明日(あした)の晩(ばん)ハ中橋連(なかばしれん)の助(すけ)に行(いく)つもりだから、ナント一番(いちばん)(しん)文句(もんく)で見(みせ)つけて呉(くれ)やう」「ヲヽそいつハ奇妙(きめう)だ。そして今(いま)から晩(ばん)までに大概(てへげへ)(おぼ)へられやうかのう御師匠(おつせう)さん」「そりやァ御前(おま)はん方(がた)ハ端唄(はうた)を御作(おつく)んな程(ほど)でありますから、造作(ぞうさ)ハ御座居(ござい)ますまい」「ィャ/\さうでねへ。こと鈍通(どんつう)(し)なぞハ毎日(まいにち)端唄(はうた)を作(つくる)のが商売(せうばい)でさへ、三味線(さみせん)に掛(かゝ)つちやァ一句(いつく)も出(で)ねへで、ぎゝ/\つかへてばつかし居(ゐ)るじやァねへか」「ヲヤ/\、大部(だいぶ)(おれ)を痛(いた)め付(つ)けるが、俺(おれ)だつて『すちやらか』や『さくら』位(ぐれへ)ハ出来(でき)ねへでなるものか」「ヲヤ鈍通(どんつう)さんが少(すこ)し熱(あつ)くなつた様(やう)でありますねホヽヽヽ」「アハヽヽヽヽ」

○ 聲曲端唄弦々猫   鈍通」2ウ〜3オ

〔脚色(しこみハ)歌澤(うたざは)・画組(ゑぐみハ)歌川(うたがは)〕艶競端唄合奏(あだくらべはうたのつれぶし) 〔鈍亭魯文述・〔立川國郷・一惠齋芳幾 〕〕

    二編三編追々出板

隆達(りうたつ)が破(やぶ)れハ菅笠(すげがさ)しめ緒(を)のかづら長(なが)く傳(つた)はりそれから見(み)れバあふ見(み)のやと彼(か)の一蝶(いつてふ)が小唄(こうた)の節(ふし)にひき續(つゞ)いての端唄(はうた)の流行(りうこう)作者(さくしや)机上(きしやう)の徒然(つれ%\)に三筋(みすじ)の絲(いと)に調(しら)べあげたる正律(しやうりつ)の唱歌本(うたぼん)なり

   聲曲堂  三筋町猫新道  大吉屋利市 [共][サ]奥目録

流(りう)「ヲヤ/\皆(みな)さん未(ま)だ総(そう)まくりにさらひもしないうちお帰(かへ)りかェ。まァいゝじやァありませんか」雅(が)「それでもあんまり夜(よ)が更(ふけ)たから、また明日(あした)の晩(ばん)(き)てさらひませう」谷(こく)ま先生(せんせい)ハ、モウ先(さき)へ帰(けへつ)て今(いま)時分(じぶん)ハ白川(しらかは)夜船(よふね)たらう。サア/\鈍通(どんつう)(し)お発(たち)としよう」鈍(どん)「左様(さよふ)/\総(そう)まくりの全部(ぜんぶ)ハ二編(へん)三編(へん)と続(つゞい)て明日(あす)明後日(あさつて)と二晩(ふたばん)で読切(よみきり)じやァねへ、さらいきりとしやせう」流(りう)「そんなら余(あま)りおそう/\でござりました。雅楽(がらく)さん家元(いへもと)へ御出(おいで)なすつたら宜敷(よろし)く」雅(が)「ァィそう申しやせう。そんなら」と表(をもて)へ立出(たちいづ)ると、八ッの拍子木(ひやうしき)「カチ/\/\」「先(まづ)(この)(へん)ハこれぎり続(つゞい)て二編(へん)の御評判(ごひやうばん)宜敷(よろし)く。めでたし/\/\/\。

鈍通作 國郷画」20オウ 

〔北廓文唱(くるわぶんしやう)・元地(こきやう)錦繍(にしき)〕 東都逸(どゝいつ)語絃集(ごげんしゆう)〔放心斉喜廓選・〔鈍亭魯文校・一惠斉芳幾画〕〕

     初編近刻

元禄(げんろく)の五元集(ごげんしゆう)ハ半面(はんめん)美人(びじん)の誉(ほま)れ高(たか)く今様(いまやう)の語絃集(ごげんしゆう)ハ板面(はんめん)美冊(びさつ)の制巧(たくみ)を尽(つく)せりそが言(こと)の葉(は)の人情(にんじやう)性躰(せいたい)苦界(くがい)のあなをよく穿(うがち)て僅(わづか)の小唄(こうた)に腸(はらわた)をゑぐるの奇冊(きさつ)なり

   聲曲堂  三筋町猫新道  大吉屋利市 [共][サ]奥目録


※外題「聲曲堂梓\鈍亭魯文撰\立川國郷画」、見返「あだ競(くらべ)端唄(はうた)のつれぶし\初編上(下)」、板心「まくり」。安政三年序、巻頭巻末を草双紙風に仕立てた端唄本。近刻広告まで載るが板元名は架空のものか。


葉歌夢(はうたのゆめ)浮世(うきよの) (中本一冊、十一丁。蓬左尾崎〈尾19-83 / B457〉)

栄枯(えいこ)盛衰(せいすい)は古今にかわらすきのふハ島の御座(こさ)舩に緋(ひ)扇かさす官女たちも今日は壇(たん)の浦に舩(ふね)まんちうをひさき仲の町はりのおいらんも山の神と変(へん)するあれは岡場所の賣妓(はいた)も御新造さんとなる事あり柳巷(りうこう)花街もかゝり火に焼野となりし飛鳥川きのふの渕はけふの瀬とかわつた世界(かい)の仮宅細見その数々の玉を拾ふて石川亭の呑公(のんこう)かつきたまさこの葉唄すてしまた此道のお初會なれは ハひきつけをたのまれてヘイあなたへといふことしかり

 安政三辰春

つま恋の 骨董菴主人戯誌[文]」 

※見返「はうたの\作者(さくしや)名入(ないり)」、板心「はうた」、「集者 石川亭友等校[茶]」。


端唄(はうた)稽古(けいこ)三味線(さみせん) (中本一冊、二十丁。蓬左尾崎〈尾19-101 / B474〉・中丸)

端唄(はうた)稽古(けいこ)三味撰(さみせん)

(さき)に一筆庵(いつひつあん)英泉(えいせん)(し)が稽古(けいこ)三味撰(さみせん)と号(なづく)る物(もの)一挺(いつてう)ありそハ古(こ)近江(あふみ)が器(うつわ)と等(ひとし)く世(よ)に聞(きこ)えたる名作(めいさく)にしてそか音色(ねいろ)の妙(たへ)なるや紫檀(したん)(ざほ)に花櫚(かりん)(どう)の花(はな)を咲(さか)せ三筋(みすじ)の綴絲(とぢいと)三巻(さつ)に能(よく)三流(りう)の調子(てうし)を合奏(あはせ)滑稽(こつけい)の章句(しやうく)(かつ)人情(にんじやう)の穴(あな)を穿(うが)ち聴者(きくもの)をして頤(おとがひ)を解(とか)しむ事(こと)(じつ)に絃々猫(げん/\めやう)とや称(たゝ)へんそを手(て)」ほどきの師匠(ししやう)として今弾習(ひきなら)ふ替(かへ)三味(さみ)(せん)ハ八乳(やつぢ)の皮(かは)にハ似(に)もつかぬ余(おのれ)が面(つら)の厚皮(あつかは)もて僅(わづか)の紙(かみ)ごま二十員(てふ)(やゝ)張揚(はりあけ)し例(れい)の不細工(ぶさいく)(まだ)(て)(に)(を)(は)の絲道(いとみち)もあかぬ端唄(はうた)の稽古(けいこ)三味線意(こゝろ)の駒(こま)に無智(むち)をあて心(こゝろ)の猿緒(さるを)を打励(うちはげま)し細(ほそ)き三絲(さんし)の鳩胸(はとむね)より絞(しぼ)り出したる愚案(ぐあん)のちぶくら音〆(ねじめ)の悪(わる)い安棹(やすざほ)も根緒(ねを)胴係(どうかけ)の飾(かざり)をつけて海老(かいろう)」尾美(びび)しく製巧(したて)なバ轉珍(てんぢん)ちんと贔屓(ひき)ゐりて書房(とひや)の糸(いと)ぐら賑(にぎ)ハすことのありもやせんかと自(うぬ)(ぼれ)に一寸(ちよつ)と一撥(ひとばち)(あて)ることしかり

戀岱(れんたい)の茅舎(ぼうしや)に端唄(はうた)稽古(けいこ)のいとま 

   江戸

鈍亭魯文戯誌[文] 

維時(ときにこれ)安政(あんせい)丙辰(ひのへたつ)の文月(ふみづき)(たけ)や/\の賣聲(うりごへ)に颯々(さつ/\)と褊急(せかれ)て草稿(そうこう)(なり)おなじく冬(ふゆ)初旬(しよじゆん)刻成(こくせい)發市(はつし)す」

端唄(はうた)稽古(けいこ)三味撰(さみせん)

江戸   杉廼本鈍通戯述 

(そも/\)(こゝ)にと話説(ときいだ)す。時代(じだい)ハずつと往古(おほむかし)。物(もの)(かは)り星月夜(ほしづきよ)。かまくら山(やま)の賑(にぎは)ひハ諸國(しよこく)の人(ひと)の箒溜(はきだめ)とてはうき千里(せんり)の遠(とふき)をいとはず民(たみ)の止(とゞま)る大都會(たいとくはい)。實(げ)に昌平(しやうへい)の御(ご)恩澤(おんたく)ハ。津々(つゞ)裏店(うらだな)のすみから隅(すみ)まで行届(ゆきとゞ)きたる御(ご)改政(かいせい)仁義(じんぎ)八百威儀(ゐぎ)三千(さんぜん)。代地(だいち)と新地(しんち)門前(もんぜん)(ち)を増(まし)て六千余(よ)(まち)の中(うち)に。黄門通(くわうもんどふり)の東横町(ひがしよこちやう)(たい)まる新道(しんみち)と云(いへ)る街(ちまた)に。近頃(ちかごろ)流行(はやる)歌澤(うたざは)の流(ながれ)に生(おへ)る燕子花(かきつばた)。それがゆかり」の花菖蒲(はなあやめ)。似(に)たりや似たり仁田沢(にたざは)と。表札(ひやうさつ)(うつ)たる格子戸(かうしど)ハ細(ほそ)き三筋の糸渡(いとわた)り。こも渡世(よわたり)の端唄(はうた)の稽古所(けいこじよ)。昼夜(ちうや)出這入(いでいる)好者(すきしや)の連(れん)中。てうしはづれの上戸(じやうご)も有(あれ)バ。カンをはつさぬ下(げ)戸もあり。節(ふし)の佳(うま)いハ(にんべん)の若衆(わかいしゆ)にもあらず。聲(こへ)の錆(さび)たハ銕物屋(かなものや)の番頭(ばんとう)と極(きま)らず。親(おや)不孝の塩辛(しほから)(ごへ)ハ。糠(ぬか)みそに響(ひゞき)てかう/\の味(あじ)を替(かは)らせ。お陀佛(だぶつ)の胴満(どうまん)こへハ隣(となり)の堅(かた)法華(ぼつけ)が自我経(じがぎやう)をさまたぐ。あるハ耳(みゝ)を閉(ふさ)ぐ破鐘(われがね)の梵音(ぼんおん)。耳をそばだつ頻伽(びんが)の清音(せいおん)。善(よき)も悪(あしき)も混雜(こきまぜ)て替(かは)る/\のけいこの形容(さま)ハくち繪(ゑ)に譲(ゆづ)りて本文(ほんもん)の。章々(しやう/\)句々(くゝ)を知(し)らまく欲(ほり)せバ。且(かつ)下回(しものめぐり)に解分(ときわくる)を聴(きゝ)ねかし。」

人の眼をくらまさんとハおもへども葉うたにさかすはなも実もなし\鞍馬山人

○ 東都 〔音曲長者・小唄問丸〕 杉廼本鈍通戯述 [印]
○ 仝  〔滑稽狂画・一流元祖〕 光盛舎佐久丸画 [印]


※外題「はうた稽古三味線」、見返「けいこ〔三味線の絵〕」、口絵第一図に「端唄 仁田沢\作丸・鈍」とあり「名もしらぬ木に風情あり帰り花\野狐丸」、口絵第二図は「遊戯(ゆうげ)の衆人(ひと%\)仁田沢(にたざは)の端唄(はうた)を哮(たしな)む圖(づ)」とあり「研平・玉庄・魚安・車栄・かざつな」が描かれる。画工の「佐久丸」は「光盛舎」とあることから一光齋芳盛かもしれない。


〈調子附(てうしつき)・替唄入(かへうたいり) 端唄獨稽古(はうたひとりけいこ) (中本一冊、十八丁。国文研〈ナ1-25〉・パリ東洋語図書館蔵 (Bibliotheque des Langues Orientales / PARIS) = BIULO〈JAPAF.125(3)〉)

端唄(はうた)(ひとり)稽古(けいこ)(じよ) [〓戲三弦]

神樂(かぐら)催馬樂(さいばら)は。あがりたる。代(よ)のわざくれにて。榮花(ゑいくは)物語(ものがたり)の川ぞひ柳風吹バ。徒然(つれ%\)草のふれ/\小雪。土佐日記(とさにき)の舩子(ふなこ)の唄。これらハ今(いま)の童謡(どうえう)に等(ひと)しく。新(あらた)に節(ふし)(はかせ)を定(さだ)めたる。唄ひものにハあらざるべし。中興(なかごろ)三弦(さみせん)来舶(わたり)て以来(より)。俗謳(ぞくおう)小唄と一變(へん)して。隆達(りうたつ)弄齋(らうさい)八兵衛吉兵衛おの/\一派(は)の節(ふし)を設(もう)け此道(このみち)いよ/\盛(さか)んとなれり彼(か)の一蝶(てふ)ハ朝妻舩(あさつまぶね)に。あだし艶(あだ)なる浮(うき)名を流(なが)し。晦日の月の小紫(むらさき)ハ。篭(かご)の鳥(とり)かやうらめしと。小唄に苦界(くがい)のはかなきをかこてり。其松の葉(は)の」落(をち)こぼれてこゝに緑(みどり)の色を顕(あらは)し此頃(このごろ)端唄(はうた)の流行(りうこう)たるや歳々に倍(ばい)し月々に弥増(いやまし)あらゆる通家(つうか)意匠(ゐせう)を勞(らう)じ手をかえ品を替唄(かへうた)の新梓(しんしやう)發兌(はつだ)先を競(きそ)ふこも昌平(しやうへい)の餘澤(よたく)にして萬民〓腹(こふく)の餘興(よきやう)なるべしされば歡(くはん)喜の雀(すゞめ)(おどり)は當振(あてぶり)の手おどりによも似(に)たらましと机(き)上のつれ/\僕(やつがれ)も亦(また)(だみ)たるこハ音(ね)ほのめかして獨稽古(ひとりけいこ)にはじかくになん

  安(やす)らけき\まつりこと\三ッのとし\はしめの夏(なつ)

滑稽道場\鈍亭のあるじ\魯文しるす[文] 〔音曲・問丸〕

※見返「ひとりけいこ\光斎」、「異本洞房語園に\載る所朗細の唄」(一オ)、口絵「喜廓・わたし・[文](魯文)」、「鈴亭戯吟\五色(ごしき)をよめる\まだ(あを)しろと浄(じやう)るり くろめんと (あか)き皃(かほ)して (き)なるこえ出す」、板心「調子附」、「骨董や雅楽述」(六オ)。一部分、調子が朱色で入っている。「音曲所\はうたや\糸竹のふしに端唄(うた)の音(ね)をそへて薮鴬(やぶうぐひす)のこえも春めく\鈍亭主人題\〔端・唄〕小本所〔梅暮里・直傳章〕・〔繪入・草紙〕音曲問屋〔本町二丁目・糸屋連十郎〕」 (十八ウ)。左側に端唄本三冊の広告が載る。

BIULO本は前半の九丁のみ、外題「諸通家正律\はうた獨稽古\〔てうしつき・かへうたいり〕」。


新板やくはらひ (中本一冊 共紙表紙三丁 忍頂寺文庫〈G169/228-48-6〉・都中央〈5641-11〉)


  ○やくはらひ

戀岱/魯文記 [呂][文] 

√アヽラしぶとひな/\こんばんこよひのかきだしにみゝをそろへてはらひませうくるたひるすのあげくにハいゝわけ小わけの万八もあんまりつらのかわざいふ地蔵のかほも三年ごしまゐ月みそか十四日あしのかよひや帳めんに一年つもつた一両のはしたハ三百六十日こよひとつまる大晦日はるまでまつてくれの内もふきゝあきたなきことも口のつるぎもはわたゝぬなまくらものゝしたさきうそをつくぼうさつまたにとつたやらぬとぬかすならなべかまちやがまやかんまで此うけとりがかゐつかんで二朱の物でもかまひなくふるどうぐやへさらり/\」

  ○役しやづくし

√アヽラ見せたいな/\八百八丁の御ひゐきに役者尽してはらひませう一夜のまくあき元日の日の出にまふや杏銀(いてう)づる名に立花のうつまきもあい河原さき三がにち坂東の彦たんなお門をきつとながむれバ千代の竹三や万代の松本こま蔵立ならぶ若てぞろひハ江戸の花すゐ市川のかざりゑび八代目出たき座がしらハ親代/\のゆすりはやしらぎ岩井の若水をくめや粂三の按摩ハいろかをこゝに三ッ大のしらかハ當時(とうじ)の立お山ほかにあら吉中村の福助内へ入豆の花さく所作のはなれわざはやく見たいと関三のよい評ばんを菊次郎ほめる声さへ高」しまやりかく浮世ハ色あくの葉むらやしげる森田さへいりハ大谷友右衛門人の中山文五郎あたりはつさぬ千両の富十郎ハ〓ゐ上三都にひゝく評ばんをあくまげどうのでんぼうがわる口ほざくその所へ此頭取がとんていでくびすじつかんですでんどううしろかへりや中がへり檜(ひのき)ぶたいの正めんからをくびやうぐちへ東西(とうざい)/\

  ○角力(すまひ)づくし

√アヽラめでたいな/\角力づくしてはらひませう一夜あけたるにぎわひにうれ式守(しきもり)とよろこびハ人の来村もあら玉のはるに大関小柳のすがたをうつす鏡岩横づなとつて七五(しめ)三」かさりみなよりあふて楮王山常やま/\のめでたさにかないハいとゝ六ッがみねゆたかな御代の君かたけ四本柱の門かざり松とたけとの御用来なみのり舟や宝川恵方ひかし西のかた上にハ羽をのす鶴かみね下にハあら岩かめの介のぼる出世ハ雲龍のその名ハ四方にひゞきなた四かいがたけもしつかにてかすみたなびくいつくしまとそのきけんハ一りきの氣も荒馬やあら熊のぞうにのはらかぞうがはな黒岩あらぬくもさ山ひろきみくにの和田か原外にハあらし谷嵐天下はれてのこうぎやうハこゝがかんしん大角力なに大男しらま弓あくまけとうをかいつかみ土俵のそとへころり/\

  ○あめりかやくはらひ」

√アヽラうるさいな/\毎年渡かいの御ちそふに大筒につゝではらひませう鉄ほう玉かあらたまのはる立かへる君がよの一夜あけたる若水をもらひにきたのゑびす國とふる交易(こうゑき)にハとりをとつけつこうとねたりごとためしもながき長さきのとふのねむりや唐人のねごとにましるはつ夢に宝舟やらくろふねの浪のりぞめのじやうき舟いかりをヲロシヤあめりかも海路(うみじ)はるかの恵方からともに入くる沖のかた浦賀みなとをながむれバそらに帆をのす異国せんをりてハかためけんちうにわが神こくのいさきよく世ハばんじやくのかゝみもちぐそくひらきやかち栗のかちてかぶとを七五三かざり弓ハふくろへ四かいなみおさまる御代の万ぜいらくまづ何ごとも七くさの唐土(とうど)のふねのわたらぬさきすととん/\とうちはやすおりからあくまのけとうじんさまたげなさんとするところをいせの神かせふくハ内おにハそと海みなそこのさかまく浪へさぶり/\」


 ※外題「新板やくはらひ/東都 鬼外堂板/作者 鈍亭魯文/景舛齋画」


大一座しりとりどどいつ (中本一冊、国学院高藤田小林)

京町(きやうまち)の猫(ねこ)揚屋町(あげやまち)に通(かよ)ひたりし元禄(げんろく)の五元集(ごげんしう)ハさまをよく写(うつ)せし宝晋齋(ほうしんさい)が滑稽(こつけい)なり仮宅(かりたく)の心意気(こゝろいき)を都々一(どゞいつ)に模(も)ぎせしハ安政(あんせい)の放心齋(はうしんさい)が洒落(しやらく)なり余(よ)ハその机下(きか)に属(ぞく)していろはの尻取(しりとり)を綴(つゞり)りなせしハ所謂(いはゆる)尻馬(しりうま)に乗(のる)(たぐ)ひにして似(に)た山(やま)の嘲(あざけり)をまぬかれがたししかハあれども美聲(びせい)の君(きみ)たちが三筋(みすじ)の糸(いと)にかけたらましかハ拙(つたな)き文唱(ぶんしやう)もさらに仇(あだ)めくことのあらんかしも

  安政三\たつの春

出放臺\多和琴誌 [呂]」 

遊女(ゆうぢよ)菩薩(ぼさつ)(まゆずみ)と化(ば)して乏(ひん)(みん)を賑(にぎ)はす圖(ず)

画賛曰(ぐわさんにいわく)\傾城(けいせい)の 賢(けん)なるハ この柳腰(やなぎごし) 色香(いろか)も ふかき花(はな)の まゆずみ  戀岱 鈍通子」

○都々一ごげん集  放心齋喜廓ゑらむ \ 浮世人情\曲輪文唱  連月廿日限り」

 あかつきの ちわいとなりか あの ほとゝぎす ないて わかれの 紙ぎぬた   野狐庵
 ふみのかけはしいひよる つてにわたりかけたる 恋(こひ)のみち        喜くわく
 なにかしあんに きをもみ うらの ゑりにさしこむ ゆきのかほ           しら山やすら
 毒くはゞさらに ゑんりよも ないしよをあけて ゆきのあしたの ふぐとじる    鈍通子」




浮世風呂端唄入込(うきよふろはうたのいれごみ) (中本一冊、二十丁、上田市花月〈音楽352〉蓬左尾崎〈尾19-88 / B462〉、香川大神原〈913.58 / E1110〉)

浮世(うきよ)風呂(ふろ)の混雑(いれこみ)たるや土佐(とさ)上下(かみしも)に外記(げき)(ばかま)半太(はんた)羽織(はおり)も義太(ぎだ)股引(もゝひき)も湯へ入る時ハ賢愚(けんぐ)を論(ろん)ぜず豊後(ぶんご)可愛(かあい)や丸はだかおのがさま%\種々(しゆ%\)ざつた端唄(はうた)にこつたる大(だい)天狗(てんぐ)ハ隅(すみ)の闇間(くらま)に身をひそめ都々一の浮(うき)調子(てうし)ハ夕部(ゆふべ)ののろけの自問(じもん)自答(じとう)音曲(おんきよく)物真似(ものまね)声色(こはいろ)の入湯(にうとう)わづか八錢(はつせん)八声(やこへ)嗚呼(あゝ)結構(けつこう)な入(いり)加減(かげん)いつも初湯(はつゆ)の心地(こゝち)こそすれ

鈍通子戯述」1オ 


浮世風呂(うきよふろ)端唄(はうたの)入混(いれごみ)初編
東都  野狐庵鈍通子著

(そも/\)錢湯(せんとう)の徳(とく)たるや。九夏(きうか)三伏(さんふく)の暑(あつき)ときハ。ざつと一ト(ひと)風呂(ふろ)に暑気(しよき)をはらひ玄冬(げんとう)素雪(そせつ)の寒(さむ)き夜は。首たけしづんで肌(はだへ)を暖(あたゝ)め。僅(わづか)に八銅(はつとう)をなげうつて五塵(ごぢん)六欲(りくよく)の垢(あか)を落(おと)し。小錢(せうせん)二孔(にこう)の糠袋(ぬかぶくろ)に。五尺(ごしやく)の體(からだ)の光(ひか)りを増(ませ)り。湯(とう)の盤(はん)の銘(めい)に曰(いはく)。苟(まことに)日々(ひゞ)に新(あらた)にして日々あらたなる毎(まい)夜の仕込(しこみ)。長湯(ながゆ)もあれバみじか湯もあるハさま%\世の中の。肌(はだ)むづかしき湯の中に垢(あか)の他(た)人の入混(いれこみ)」群集(ぐんじゆ)。嗚呼(あゝ)けつこふな入(いり)加減(かげん)。法蓮(ほうれん)陀佛(だぶつ)なァまいだァと。音曲(おんきよく)七分(しちぶ)信心(しんじん)ハ。讃(さん)仏乗(ぶつしやう)の因縁(いんえん)にて。唄(うた)ふも舞(まふ)も乗地(のりぢ)の聲々(こへ%\)。まづ端(は)うたからはじまりさよふ 〔ゆをだす・拍子木〕√チヨン/\/\/\/\チヨヽヽヽヽヽ引チヨン √とうせい/\」11オウ

右端唄以通俗爲要故文字有俗文章\有戯且加流行采當盛爲小本云爾

音曲長者小唄問丸   仁田山鈍通子[杉之本] 

僕以戯作之原稿誤写不正可爲紙虫住家也

  于時安政四丙辰年

小本所  三絃堀猫新道  葉唄屋宇和吉梓」20ウ 

※見返「うきよふろ端(は)うたのいれ込(ごみ)」、板心「風呂」、奥目録「慶應二寅歳孟陽發兌\和泉市兵衛板」。蓬左尾崎〈 尾19-89 / B463〉は十九丁迄の汚損本。香川大神原本は六〜十五丁欠。なお、本書については二編と併せて魯文研究会における大橋崇行氏の行届いた報告が備わる。


浮世風呂哇入混 二編 (中本一冊、二十丁。蓬左尾崎〈尾19-90 / B464〉)

浮世風呂(うきよぶろ)哇入混(はうたのいれごみ)二編(にへん)(じよ)

(やつがれ)前年(さきのとし)端唄(はうた)の入混(いれごみ)と外(げ)だいして湯(ゆ)の中(なか)の放屁(おなら)の如(ごと)き編綴(へんてつ)もなき戯言(たはこと)を著(あらは)せしに幸(さいはひ)にして大賣(おほうれ)をとりしと聞(きゝ)けり板元(はんもと)の番頭(ばんとう)初湯(はつゆ)の味(あぢ)をしめしより湯(ゆ)かげんの心地(こゝち)よきをおぼへ今年(ことし)二番(にばん)風呂(ぶろ)の注(ちう)(もん)ありかしこまつたと丁稚(でつち)を待(また)せ〓序(そくせき)二十(にぢう)(てう)こぎつけたるハ例(れい)の早湯(はやゆ)の癖(へき)ならじ

 戊午孟夏

元祖鈍通[文]」1オ 

○〔文稚丹前・筆頭侠客〕 根本 信田きつね校 [◇卍]

 人間常浴\世(よ)の中(なか)の はだむづかしき 湯(ゆ)の中に あかの他人(たにん)を 入込(いんごみ)にして よみ人しらず

○〔音曲長者・小唄問丸〕 元祖 仁田澤鈍通選 [ 品]


 ※外題「浮世風呂」、見返「うき世風呂」、板心「風呂二へん」。


心意氣尻取どゝいつ (中本一冊、房種画、BIULO〈JAPAF.125(6)〉)

序換

汲かはす酒に\さくらも酔やせん\肩にかゝりて\戻るひと枝」

行者(ゆくもの)は昼夜(ちうや)をすてぬ両國の橋上(きやうしやう)ゆく水の流ハたへずしてしかも元(もと)の水にあらぬ角田川の舟遊さん吹よ川風あがれよすだれ中の藝者(けいしや)の一ふしハ物(もの)本末(ほんばつ)」あるしりとり文句とゝ逸どい/\どんぶりと倶(とも)に浮たる舩中(せんちう)一座(いちざ)ゆさんのゆの字そはじめなるべし

ゆく水の流(なかれ)はたへぬ角田川すれちかふたる猪牙とやね舩」

隅田川棹さす月の都鳥嫦娥にまかふ舟の唄女

鈍亭」 

 ※「歌澤\[印]ろ文」


新撰はうた圖會 かしらかき心得草 (中本一冊、十丁、BIULO〈JAPAF.125(4)〉)

○是よりどゝいつ\はじまりさよふ  ろぶん

(ことば) アヽあんまりいしつきだろがめやをでゝどうちつとやらかそふはうたハおくびのでるほどうたつたてのちとふうをかへすバなるめへおや/\をそろしい蚊だぞうしろのかやをまへとみせてこふはいだしたところを二ばんめの口上いゝとみせるつもりだかおぼつかねア

    蓼太(りやうた)(をう)の句意(くい)に習(なら)ふて

√五月雨や\ある夜ひそかに\雲間をいでゝ\はれてあふのを\松の月」


※丁付は十一〜二十丁。頭書「都々逸(どゞいつ)(つく)り様(やう)心得(こゝろゑ)・當世(とうせい)東都一(とどいつ)(の)大意(たいい)・酒莚(さけのせき)騒唄(さわきうた)の心得(こゝろへ)(くさ)・端唄場(はうたば)(せき)の心得(こゝろへ)・藝人(けいにん)座席(させき)の心得(こゝろへ)・こつの出(で)る薬(くすり)の弘(ひろめ)」。下段は各丁二句毎で「花輪蹄里・鈍太郎作……鈍通子・昌平ばし魯國屋」まで十八句を収む。入集している「つまごひやもめ・骨董や雅楽・鈍通子」なども魯文の別号であろう。


柳だるをさなゑとき 第二編 (中本一冊、十丁、高橋昌彦氏蔵)

趣向(しゆかう)ありと。雖(いへとも)(さく)せされバ其味(あちはひ)を知(し)らず。□(さい)(か)にたゝんと萬巻(くはん)の土用(とやう)(ほし)に。三伏(さんふく)の時炎天(ゑんてん)に腹(はら)をあぶる唐辺僕(とうへんぽく)あれバ。耳(みゝ)(かく)文の知識体(しつたふり)。□聞風(きいたふう)(ど)の古事(こじ)來歴(れき)で俗(ぞく)を迷(まよ)す白癡(たわけ)あり。されバ好(よく)其中庸(よう)を。得(え)て叶(かな)へるハ俳風(はいふう)の柳樽(だる)に過(すぎ)たるハあらじ。雅(が)中の俗(ぞく)。仝(ぞく)中の□が神祇(き)釈教(しやくけう)戀無常(じやう)。何でも一句(ひとしな)十七(しうしち)文字(もし)。寄取(よりどり)見どり花ハ紅(くれな)ひ。色色なる本來寓言(くうけん)無一物も捻華(ねんげ)無上に微笑(おかしみ)たつぷり サア/\お手に開巻(とつて)御覧( らうしろ)云云

鈍亭魯文戲誌[文] 

※見返「家内喜夛畄稚繪解 二編」、板心「川柳二」、巻末「鈍亭主人輯録[文]」。書中に「鈍通・魯文・雅楽」と見える。


大津繪ぶし (中本一冊、九丁 都中央〈5645-29〉)

大津繪ぶし

李白(りはく)月下に獨酌(どくしやく)して五言絶(ごんぜつ)の端唄(はうた)を唄(うた)へば紫姫(しき)石山に参籠(さんらう)して大津(つ)(え)ぶしをうたふめり夫ハちんふん漢土(かんど)の酔客(なまえひ)是ハ皇國(わがくに)無双(ぶさう)の藝(げい)(しや)ちよつと坐(ざ)付の仇(あだ)文句(もんく)に雲陰(くもかく)れにし感吟(かんぎん)あり爰(こゝ)に予が友(とも)岳亭主(しゆ)人常(つね)に遊戯(いうげ)三昧(まい)の四ッ手(で)に駕(が)して普(あまね)く妓院(ぎいん)の穴(あな)をうがちそが心意氣(いき)を端唄(はうた)に綴(つゞ)り毎度(まいど)書房(ほんや)を潤(うるほ)せり実(げ)に吾輩(わがはい)の大天窓(あたま)と称(たゝへ)んに難(なん)あらじ

 戊午冬のなかば

妻戀閑人題[印]」 

※丁付なし。口絵に「梁左・おねこ・魯文・中丸・さく丸」が描かれる。「芳盛□狂画」。「喰積や目だつこまめのあたまがち\魯文賛」(二ウ)。二代目岳亭は「出子散人」とも称し所謂〈頭でっかち〉だったらしく、これを揶揄している趣向の画賛である。


都々逸(どゞいつ)うかれ駒(ごま) (中本一冊、十丁。BIULO〈JAPAF.125(5)〉)

獨々逸(どゞいつ)宇佳連(うかれ)(こま)

式亭(しきてい)三馬(さんば)が花押(かきはん)ハ。意馬(いば)心猿(しんゑん)の譬(たとへ)を表(へう)し。余(よ)が友(とも)汗亭(かんてい)六馬(ろくば)の大人(うし)ハ同(おな)じ心(こゝろ)を戯号(げがう)によべり。夫(それ)六馬(ろくば)とハ何(なん)の謂(いゝ)ぞ。意馬(いば)六塵(ろくじん)の境界(けうがい)に。心(こゝろ)の猿(さる)の鎖(くさり)を放(はな)(ち)。東方(とうはう)(さく)が齢(よはひ)にあやかり。八千(はつせん)(ざい)も生延(いきのび)んと。金馬(きんば)(もん)にハあらずして黒門(くろもん)(てう)の市中(しちう)にかくれ。珍文(ちんぷん)韓語(かんご)のかまくろしきハ。馬耳(ばに)東風(とうふう)と聞流(きゝなが)し。三弦(みすじ)の手綱(つな)(ばち)のむち。トテちん/\の轡(くつは)の音(おと)。ひきだす駒(こま)の合の手に。おまへと」奈(な)らバ何處(どこ)までもと。馬士(まご)(うた)ならぬ都(ど)々逸(いつ)の。唱哥(せうが)を作(つく)ッて自(みづか)ら宇(う)なり。自(みづか)らひいて樂(たのし)めり。そが形勢(ありさま)や司馬(しば)(うじ)が。弾(たんず)る琴(こと)の調(しらべ)にかよひ。けろり閑(かん)たる静住(せいぢう)座臥(ざぐわ)。馬(うま)は馬(うま)(づれ)はね者(もの)の。おなじ牧(まき)なる鈍亭(どんてい)が。是(これ)を梓(あづさ)に上(のぼ)せんと。そばから太鼓(たいこ)をたゝくになん

妻戀坂(つまこひざか)に隠(かく)れなき\貝割(かいわり)の生(なまけ)戯作者(さくしや)     

   未孟夏

野狐庵魯文述[文]」 

※「外題芳盛画\六馬撰\盛光画」、見返「どゞいつうかれごま\光齋」、口絵「ころ/\とかめハころげて日のながき\恩愛のきづなをかけし三味線に娘の所作を引語りせり\岳亭梁左賛\作者六馬」、板心「とゝいつ」。「都々逸仕立所\汗亭六馬、よしもり門人盛みつゑがく\めてたし\大當り、岳亭校合」。


新ばん撰み都々逸 二編 (中本二冊)

月雪花をば三(み)すじの糸にのせてながめる仇(あだ)文句(もんく)   為永春水

(しら)紙に染(そめ)る朧(おぼろ)な被参候ハ戀のつぼみの筆の先(さき)    仮名垣魯文

ねぐら定(さだ)めぬ蝶(てう)鳥さへも花のいろ香(か)にやひかされる 松亭金水

庚申秋    應需 東琳書画」


※為永春水・仮名垣魯文・松亭金水の撰による都々逸集。『東都一節(どどいつぶし)文句集(もんくしゆう)\雪月花』(中本一冊、阪大小野文庫)は改題後印本。


洋語讀入倭度々逸 (ようごよみいりやまととゝいつ)初へん (中本一冊、二十丁。国文研〈未登録〉)

洋語(ようご)(よみ)入倭(やまと)度々逸(とゞいつ)

友人(いうじん)蘭奢(らんしや)亭香織(かをる)大人(うし)。普(あまね)く當時の流行(かう)を究理(きうり)し。貴所(あなた)おはやう直々(じき/\)の。甘口(あまい)俗語(ことば)をぺけしにして漢語(かんご)の野暮(やぼ)をぐつと看破(みやぶ)り。儘(まゝ)世さんど笠(かさ)横文字を。倭(やまと)言葉(ことば)に讀(よみ)入たるハ。唐詩肴(さかな)の出物に等(ひとし)き。腐廃(ふはい)の所にあらずと雖(いへど)。世に傳染(でんせん)ハ請(うけ)合なり

  辛未秋

香織が天性ばら垣のあるし\魯文題盡戯記 [呂]

※外題に「蘭奢亭薫撰\錦亀堂藏板」、見返「洋語讀入やまと度々逸 初篇\香織さく\芳春画\辻亀板」、口絵「外國人稽古之圖」(色摺)、板心「どゝ一」、奥目録「明治三庚午歳春開版目録\地本繪草紙問屋 御蔵前須賀町 錦亀堂 辻岡屋亀吉」。


葉柳どゝいつ (中本一冊 国会〈特44-173〉)

「種彦の艸菴に門人十柳子集會の圖」

柳亭・種春・仙魚・呂洲・安彦・真似彦・露照・露香・竹彦・舛彦・春彦

植こみのやなき光や朝の雨  仮名垣魯文[文]


※「浄書作丸」「岳亭春信校合\種彦門人十柳子作\一光齋芳盛画」「明治十三年四月廿三日御届\編輯兼出版人 本所區緑町四丁目五十一番地 荒川吉五郎版」

   四 地口本

〈地口・雛形〉 駝洒落早指南 初編 (中本一冊、国文研〈ヤ9-2〉)


駝洒落(だじやれ)早指南(はやしなん)初編叙

虎渓(こけい)に三笑(しやう)あり。苦樂(くらく)(とも)に頤(おとがひ)を解(とき)。腮(あご)の鎖(かけがね)はづるゝをおもはず。滑稽(こつけい)に三笑あり。常(つね)に口(くち)から出放題(でたらめ)の。駝洒落を吐(はい)て自己(みつから)(よろこ)び笑(わら)ふ門(かど)にハ福亭(ふくてい)に。集會(あつまる)同盟(なかま)の粋狂連(すゐけうれん)。類(るゐ)ハ倶共(とも%\)洒落のめす。駝洒落の員(かず)が三万三千三百三十三句(く)に及(およ)べりかゝる笑(しやう)(く)の言(いひ)すてに。なさんも惜(をし)と山王(わう)の。例(れい)の櫻木(さくらのき)にのぼせ。苦虫(にがむし)(くひ)の娵(よめ)いぢる。姑婆(しうと)にお臍(へそ)でお茶(ちや)を沸(わか)させ。抹香(まつかう)(なめ)たる閻魔(ゑんま)(づら)を。和(やはら)げ令(しめ)んと。駝洒落(だじやれ)の開山(かいさん)。一惠斎(いつけいさい)が狂画(きやうぐわ)をそへ。だじやれの問屋(とひや)松林堂(しやうりんだう)に与(あた)へてわらひの種蒔(たねまき)三馬(ば)が口調(くてう)に做(ならふ)(やつがれ)

 [改九戌] 〔文久二壬戌・季秋發市〕

仮名垣魯文戲述[文] 


   五 近代風俗本

東京粹書 初編 (野崎左文〈憑空逸史〉著・幻花女仙評、中本、活版、明治十四年六月、粋文社、国会図書館(YDM27538)・実践女子短大(未見・TKB/531)


東京粹書跋

散花(ちるはな)を觴中(しやうちう)に浮(うか)べ。照月(てるつき)を盃洗(はいせん)に汲(く)み。絲竹(いとたけ)の音調(ねじめ)あはれにをかしく。面白(おもしろ)う唄(うた)ひ奏(かな)で。しらべの拍子(へうし)しとやかに。立舞(たちま)ふさま。靜佛(しづかほとけ)の俤(おもかげ)を摸(うつ)し。今樣(いまやう)の酒席(しゆせき)交際(かうさい)の宴會(ゑんくわい)には。猛(たけ)き丈夫(ますらを)の心(こゝろ)を和(やは)らげ。自己(おのれ)には眼(め)に見(み)えぬ。鬼髭(おにひげ)の逆立(さかだち)をも鎭(しづ)まらするは。悉皆(しつかい)奇楠(とめき)の薫(かを)り座中(ざちう)にほのめく故(ゆゑ)にしあれば。凡(およ)そ社會(しやくわい)の親睦(むつみ)には。校書(げいしや)の按排(あんばい)(なく)んばある可(べ)からず。只(たゞ)(み)る花顏(くわがん)の翠袖(すゐしう)徐々(ぢよ/\)として新道(しんみち)に往還(ゆきか)ひ。柳腰(りうえう)の紅裙(こうくん)靡々(ひゝ)として棧橋(さんばし)を徘徊(たちまとふ)るの嬌姿(けうし)は。葭町(よしちやう)に栖(す)む玉簪(きよくしん)の翡翠(かはせみ)も。扶桑橋(にほんはし)に寄(よ)る銀盤(ぎんばん)の白魚(しらうを)も。及(およ)ばさること遠(とほ)くして。柳橋(りうけう)の緑(みどり)の眉(まゆ)。東台(とうだい)の花(はな)の唇(くちびる)。一まとめに見(み)る心地(こゝち)せらるゝは。新橋(しんけう)南北(なんぼく)の狹斜(けうしや)(かう)にて。府下(ふか)花柳(くわりう)の粹地(すゐち)(ちう)。一(いち)に位(くらゐ)する所(ところ)と謂(い)ふべし。夫(そ)れ粋(すゐ)」とは單純(まじりなし)の謂(いひ)にして。書(しよ)に文粹(ぶんすゐ)あり禪機(ぜんき)に粹菩提(すゐぼだい)あり。粹(すゐ)な由縁(ゆかり)と我(われ)ながらは。比翼塚(ひよくづか)の文句(もんく)に遺(のこ)り。イヨサの粹書(すゐしよ)で氣(き)ザンザとは。昔時(むかし)の小唄(こうた)に留(とゞ)まれり。夫子(ふうし)の鄭聲(ていせい)は淫(いん)なりと曰(のたま)ひしも。一度(たび)淫肆(いんし)に沓(くつ)を入(い)れ。その情(じやう)を昧(あぢは)ひ知(し)り。而(しか)して後(のち)の教戒(いましめ)ならん。誠(まこと)に夫子(ふうし)は通(つう)なり粹(すゐ)なり。色海(しきかい)の濤(なみ)を渡(わた)り。惑溺(わくでき)の淵(ふち)に臨(のぞ)まざれば。焉(いづく)んぞ善(よ)く綺羅(きら)叢裡(そうり)の薫蕕(くんいう)を辨(べん)ずるに至(いた)らん。拙(せつ)猫々(めう/\)道人(だうじん)の如(ごと)き、漫(みだり)に花柳(くわりう)(かう)を淫(いん)(し)と視(み)て近(ちか)く接(せつ)せず。頻(しき)りに藝妓(げいぎ)の濫轉(らんてん)を憎(にく)みて。常(つね)に筆誅(ひつちう)を事(こと)とするも。絲竹(いとたけ)の節(ふし)(みさを)あるを悟(さと)り得(え)ざるに。獨(ひと)り吾(わが)(とも)憑空(ひやうくう)逸史(いつし)は。年齒(ねんし)(いま)だ而立(じりふ)に遠(とを)く。之(これ)を藝妓(げいぎ)の徒(と)に比(ひ)すれば。赤襟(あかえり)(あが)りの若猫(わかねこ)ながら。天性(てんせい)の調絃(てうし)、自然(しぜん)の侑醉(とりなし)。猫爺輩(めうやはい)が肩(かた)を竝(なら)べて。烏滸(をこ)がましく姉(ねへ)さんぶれども。伎藝(ぎげい)の巧拙(こうせつ)(よ)に所謂(いはゆる)。三(み)ッ兒(ご)の爲(ため)」に教(をし)へられて。淺瀬(あさせ)を渉(わた)る類(たぐ)ひになん。逸史(いつし)(このご)ろ三線(さみせん)のかんを偸(ぬす)み。新(あら)たに東京(とうけい)粹書(すゐしよ)を著(あらは)し。余(よ)の古顏(ふるがほ)の廢(すた)れを棄(すて)ず。坐敷(ざしき)(じま)りの跋(ばつ)を頼(たの)む。嗚呼(あゝ)(この)粹書(すゐしよ)一度(たび)廣告(ひろめ)をなすに及(およ)ばゝ。註文(つけこみ)のお約束(やくそく)は云(い)ふも更(さら)なり。次編(じへん)の後口(あとぐち)間斷(かんだん)なく。箱奴(はこや)にあらぬ書肆(ふみや)の糶夫(せり)が。足(あし)に甲(かふ)(ば)を附(つく)るに至(いた)らん。筆硯(ひつけん)萬福(ばんふく)大吉(だいきち)利市(りし)と拙(つたな)き稿(かう)にも燧(きり)(び)を打(う)ちて。逸史(いつし)の足下(そくか)に呈(てい)すと云爾(しかいふ)

于時(ときに)明治(めいぢ)十四年(ねん)五月(ぐわつ)五日(か)の宵(よひ)の間(ま)。新橋(しんばし)竹川町(たけかはちやう)京文社(きやうぶんしや)の編輯局(へんしふきよく)にいろは新聞(しんぶん)校合(けうがふ)の餘暇(いとま)走筆(ぶツつけ)に記(しる)

猫々道人 假名垣魯文 [猫の印] 

※刊記「明治十四年五月十七日御届\同六(■)月四(■■)日出板\定價金四拾錢\著者 野崎城雄\京橋區西紺屋町拾四番地\出板人 山田孝之助\同區銀座貳丁目壹番地\刊行所 粹文社\同區西紺屋町十四番地\發賣所風雅鳳鳴二新誌開新社\同區銀座貳丁目拾壹番地\東都大賣捌\新橋竹川町 いろは新聞 京文社\尾張町壹丁目 近事評論 扶桑新誌共同社(以下略)」。広告「東京日日」(明治十四年五月三十日、六月十一日、六月十三日、六月十五日、八月五日)


〈開化・教訓〉 道戯百人一首 (極小本一冊、大阪府立中之島図書館〈子526〉〉、国文研〈ラ6-103〉)

(それ)道戯(だうけ)とハ何(なん)の者(もの)ぞ各自(おの/\)(みち)に戯(たわむ)れて花(はな)にうかれ月(つき)に嘯(うそぶ)き雅(が)に興(きよう)ずるあれバ俗(ぞく)に耽(ふけ)るあり夕顔(ゆふがほ)(だな)の下涼(したすゞ)み男(をとこ)ハてゝら女(め)ハ二布(ふたぬの)三十一文字(みそひともじ)の風流(ふうりう)も洒落(しやれ)一口(ひとくち)の言棄(いゝすて)もそれ/\道戯(だうけ)のすさみにして雅中(がちう)の俗調(ぞくてう)俗中(ぞくちう)の雅致(がち)いづれ歟(か)風流(ふうりう)ならざらんや乍麼(そも)(この)道戯百人一首(だうけひやくにんいつしゆ)ハ天明(てんめい)調(てう)の古(ふる)きを温(たづ)ね言葉(ことば)ハ今様(いまやう)の新(あたら)しきに依(よ)り挿繪(さしゑ)ハ二世廣重(ひろしげ)(けい)が」尊父(おやご)(ゆず)りの筆軽(ふでがる)にさら/\さつと畫(ゑが)かれし略画(りやくぐわ)に骨(ほね)あり見所(みどこ〔ろ〕)ろある百人一首の大一座(さ)一盃(いつぱゐ)(けん)じ天皇(てんわう)の初献(しよこん)の禮(れい)に始(はじま)りて掛幕(かけまく)も畏(かしこ)き順徳院(じゆんとくゐん)の御(み)(うた)ならねど股引(もゝひき)や腹掛(はらがけ)の侠客(いさみ)も交(まじ)る雅俗(がぞく)の莚(むしろ)(この)端書(はしがき)の酌人(ひやくにん)(しゆ)所謂(いはゆる)藝妓(げいぎ)の名代(みやうたい)ハ金春(こんはる)(ちか)

新橋の 猫々道人[文] 

※立齋廣重編、文盛堂梓、明治十六年、猫々道人序詞、前島和橋校閲。「明治十六年二月廿八日出版御届\同年三月十日刻成 定價廿錢\編輯人 東京府平民 安藤徳兵衛[徳] 京橋區南紺屋町廿七番地\出板人 同 榊原友吉[友] 日本橋區若松町二十壱番地\発兌人 高崎修助[修] 同區濱町二町目\同 長島爲一郎[爲] 武陽□□□□」


稻葉猴雪燈新話(いなばこそうせつとうしんわ) (中本一冊、和装、国文研)

稻葉猴雪燈新話(いなばこぞうせつとうしんわ) 緒言(ちよげん)

(よ)に稲葉小僧(いなばこぞう)〔又(また)因幡(いなば)とも〕と唱(しやう)せし盜賊(とうぞく)武州(ぶしう)無宿(むしゆく)入墨(いれずみ)新助(しんすけ)が事跡(じせき)の概略(がいりやく)ハ亡友(ぼういう)豐芥子(はうがいし)が手本(しゆはん)稲葉小僧傳(いなばこぞうでん)に當時(そのとき)の公判(こうはん)と彼(かれ)が口供(くちがき)と又(また)諸家(しよけ)より届出(とゞけいで)し盜(ぬす)み品(しな)の員數書(ゐんすうがき)とを併(あは)せて詳記(しやうき)せし物(もの)の外(ほか)(その)行事(かうじ)を探(さぐ)るべき引証(いんしやう)を知(し)らず該(がい)(ぞく)その産(さん)武州(ぶしう)足立郡(あだちごほり)新井(あらゐ)(かた)(むら)の農家(のうか)の一子(いつし)にて幼稚(をさな)き頃(ころ)より窃盜(せつとう)掏摸(たうぼ)の惡手僻(あくしゆへき)あり然(しか)も其(その)狡術(かうじゆつ)に妙(めう)を得(え)しより田舎小僧(いなかこぞう)と綽名(あだな)せしを訛(なま)りて稲葉(いなば)と言(いひ)ひがめし由(よし)一説(いつせつ)に彼(かれ)一度(たび)稲葉(いなば)美濃守(みのゝかみ)(かう)〔或(あるひ)ハ因州藩(いんしうはん)〕の中間(ちうげん)たりし由(よし)(つた)ふれど此(この)(こと)(かつ)て本據(ほんきよ)あらす其頃(そのころ)稲葉小僧(いなばこぞう)ハ泥坊(どろぼう)でござる取(と)られる奴(やつ)ハべらぼでござると樗蒲暮節(ちよぼくれぶし)に唄(うた)ひそめ該(がい)(ぞく)が惡名(あくめい)(よ)に高(たか)きより其(その)行事(かうじ)を物々(もの/\)しく作案(さくあん)せしハ岳亭(がくてい)定岡(さだおか)が神稲水滸傳(しんたうすいこでん)」を始(はじ)めとし其(そ)の他(た)稗史(はいし)合巻(がうくわん)劇場(げきじやう)の脚色(しくみ)にも古人(こじん)鶴屋(つるや)南北(なんぼく)が新作(しんさく)以來(いらい)近年(きんねん)もまた翻案(ほんあん)して」演劇(えんげき)せり然(しか)れ共(ども)(その)(じつ)とする所(とこ)ろ武家(ぶけ)(かた)(す)百邸(てい)に忍(しの)び單身(たんしん)梁上(りやうじやう)の君子(くんし)と化(くわ)し盜(ぬす)み得(え)たる財寶(ざいはう)ハ悉(こと%\)く酒色(しゆしよく)の爲(ため)に散(さん)ぜしのみ其(その)出沒(しゆつぼつ)(ちう)新吉原(しんよしはら)町の娼樓(しやうろう)茗荷屋(めうがや)の遊女(いうぢよ)深雪野(みゆきの)と漆膠(しつかう)の約(やく)あり此(この)深雪野(みゆきの)(のち)に野晒(のざらし)阿雪(おゆき)と綽名(あだな)せられ騙賊(かたり)を業(げう)として新助(しんすけ)が刑(けい)せられし天明(てんめい)の晩年(ばんねん)(つひ)に磔刑(はりつけ)となりし顛末(てんまつ)詳細(しやうさい)に著述(ちよじゆつ)して劇場(げきじやう)に所謂(いはゆる)世話物(せわもの)の体(てい)を模擬(もぎ)せり記事(きじ)の拙(つた)なきハお馴染(なじみ)の猫毛(ねこげ)の頴とみゆるし有(あり)て末(すゑ)ながく御(ご)愛讀(あいどく)を希望(こひねが)ふと先(まづ)前文(ぜんぶん)に御(ご)(ひ)(ろう)かた%\外(げ)(だい)の起原(おこり)を此(こゝ)に掲(かゝ)げていよ/\本文(ほんもん)の始(はじ)まり左様(さやう)

  明治十六年十月

假名垣魯文記 

※摺付表紙「稻葉猴雪燈新話(いなばこそうせつとうしんわ) 全\二書房發兌」、見返「稲野年恒画\發行所三友社」、内題下署名「東京 假名垣魯文 戲述\孤蝶園若菜 編輯」、刊記「明治十六年十月九日出版御届\同十八年一月十二日再版御届\同十八年二月發賣\定價四拾五錢」「編輯人 若菜貞爾\出版人 鈴木喜右衛門\大賣捌 鶴聲社」。国会本刊記「明治廿一年四月廿九日印刷\同五月四日翻刻出版\隆港堂發兌」。


清元(きよもと)名曲(めいきよく)(うめ)の春(はる)通解(つうくわい) (中本一冊、阪大〈G-45〉・京大)

千字文(せんじもん)の闕書(けつしよ)を補綴(ほてつ)し校正(こうせい)(まつた)きを得(う)るの日(ひ)(その)鬢髪(かみのけ)(ゆき)を頂(いたゞ)きて蛍窗(けいそう)の許(もと)を離(はな)れし唐山人(もろこしびと)の苦心(くしん)を惟(おも)へバ古書(こしよ)に摩滅(まめつ)あり古語(こゞ)に訛傳(くわでん)あり其(その)誤謬(あやまり)を識者(しきしや)の考案(かうあん)(つひ)に校訂(かうてい)の真(しん)を供(そな)ふれども俚諺(りげん)俗語(ぞくご)下里巴人(かりはじん)の曲(きよく)に至(いたり)てハ訂(たゞ)して益(えき)なきものとするより音曲(おんぎよく)諸流(しよりう)の訛傳(くわでん)(あやま)る儘(まゝ)に語(かた)り継(つぎ)古来(こらい)作者(さくしや)の苦心(くしん)を滅(めつ)し其(その)微意(びい)を失(しつ)すること名工(めいこう)往古(わうご)の妙技(めうぎ)を後世(こうせい)の傭工(ようこう)(ら)(みだ)」りに瑕瑾(きず)を修飾(つくろ)ひて反(かへ)つて原題(げんたい)を害(がい)する如(ごと)し古人(こじん)一夕(せき)の戯述(げしゆつ)といへども章々(しやう/\)句々(くゝ)悉皆(しつかい)出据(もとづく)(ところ)あり然(しか)れども流行(りうこう)古今(こゝん)の變称(へんしやう)漢音(かんおん)呉音(ごおん)の響(ひゞ)き現今(げんこん)清朝(せいてう)に至(いた)つて一變(へん)するに等(ひと)しく我(わが)國語(こくご)にして雅俗(がぞく)の差異(けぢめ)あり地方(ちはう)の称呼(しようこ)あり故(ことさら)に謡曲(うたひもの)に於(おけ)る世(よ)を経(へ)て傳寫(でんしや)の手(て)に誤(あや)まられ作者(さくしや)の原意(げんい)漸々(ぜん/\)に空(むな)しからむ嘆息(たんそく)の餘(あま)り前(さき)に村田(むらた)正風(まさかぜ)が常磐津(ときはづ)の老松(をひまつ)(かう)あり後(のち)に高橋(たかはし)廣道(ひろみち)が同(どう)」曲(きよく)の関(せき)乃扉(と)(かう)あり共(とも)に遺憾(ゐかん)の情(じやう)に出(いづ)る歟(か)(こゝ)に文友(ぶんいう)風来(ふうらい)山人(さんじん)(つと)に漢籍(かんせき)の餘力(よりよく)に則(のつと)り遥(はるか)に洋書(ようしよ)の深淵(しんゑん)を探(さぐ)り蛍雪(けいせつ)の餘光(よくわう)稗史(はいし)小説(せうせつ)院本(ゐんほん)戯冊(げさつ)(すべ)て眼(め)に触(ふる)る書(しよ)ハ雅俗(がぞく)を問(と)はず胸裡(けうり)に収(をさめ)て自著(じちよ)を補(おぎな)ひ年(とし)(ごろ)机上(きしやう)に倦(うむ)ことなく頃日(このごろ)燈下(とうか)の隨筆(ずゐひつ)に世(よ)に清元(きよもと)と称(とな)へ來(きた)る艶曲(えんきよく)(うめ)乃春(はる)の章句(しやうく)(ちう)當流(たうりう)の婦幼(ふよう)(はい)に作者(さくしや)の妙處(めうしよ)を解(かい)さしめんと該曲(がいきよく)の考証(かうしやう)一本(ほん)を」綴(つゞ)り直(な )しぬ抑(そも/\)(かの)(うめ)乃春(はる)の章句(しやうく)たるや風調(ふうてう)雅俗(がぞく)に渉(わた)り竒句(きく)妙文(めうぶん)演曲(えんきよく)(ちう)の巨擘(きよへき)にして當流(たうりう)(だい)一に坐(ざ)す可(べ)きも往々(わう/\)傳寫(でんしや)の誤句(あやまり)あるを山人(さんじん)が老婆(らうば)心切(しんせつ)(ひろ)く諸書(しよしよ)を引証(いんしやう)し古人(こじん)が佳作(かさく)を全(まつた)ふせること實(じつ)に風来(ふうらい)三世(せ)の承景(しようけい)(この)強記(がうき)を以(も)て知(し)るべき而巳(のみ)

   明治十六年十一月

 猫々道人魯聞誌[文] 

※外題「〔清元・名曲〕梅乃春通解 全」、見返「風来山人著\〔清元・名曲〕梅乃春通解\大栄堂蔵版」、刊記「明治十六年七月十二日御届\同年十二月六日出板、編輯人・河原栄吉\出版人・加藤忠兵衛\發兌人・法木徳兵衛」。本文活版、序文は整版。


割烹店通志 (中本一冊、阪大小野文庫〈918.5-ONO-187〉)

〔酒客・必携〕割烹店(りやうりや)(つう)(し)序言(はしがき)

強飯(きやうはん)酒戰(しゆせん)の暴食(ばうしよく)ハ無禮講(ぶれいこう)の宴(えん)に生(しやう)じ。禮家(れいか)饗膳(けうぜん)の度外(どぐわい)にして。必(かなら)ず太平(たいへい)の器(うつは)にあらす。凡(すべ)て飲食(いんしよく)を節用(せつよう)せんこと。衣服(いふく)居住(きよぢゆう)の設(まう)けより。第(だい)一に心得(こゝろう)(べ)しとは。衛星(ゑいせい)(じやう)の教(をしへ)にして。命(めい)ハ食(しよく)にあり。然(しか)れ共(ども)その食(しよく)に依(よつ)て身(み)の健康(けんかう)を。害(がい)するも亦(また)(すく)なからず。故(ゆゑ)に膳部(ぜんぶ)の式(しき)。調理(てうり)の撰(せん)。古人(こじん)往々(わう/\)(これ)を辨(べん)ず。蓋(けだ)し献立(こんだて)の式(しき)古今(ここん)異同(いどう)ありて舊新(きうしん)その製(せい)(ひと)しからず。彼(かの)甲陽(かふやう)軍鑑(ぐんかん)に。所謂(いわゆる)公界(こうかい)も見(み)ぬ奥山(をくやま)(か)の。分限(ぶんげん)なる百姓(ひやくしやう)。料理(りやうり)する術(すべ)も知(し)らず。海老(ゑび)を汁(しる)とし。鯛(たい)を山椒(さんしよ)味噌(みそ)に索(あへ)。鴈(がん)白鳥(はくちやう)を焼物(やきもの)に。鯉(こひ)を菓子(くわし)とし。蜜柑(みかん)をさ」しみとせバ。能(よき)(さかな)ども。何(いづ)れを取(と)りて喰(くら)ふ可(べ)きやうなく。皆(みな)(すて)る云々(しか%\)と。此(この)(せつ)や鯉(こひ)を菓子(くわし)といふのみこそさもあれ。其(その)(よ)ハ今様(いまやう)に。異(ことな)るハあらじと思(おも)へど。献立(こんだて)式外(しきぐわい)に出(いづ)るを以(もつ)て。しか云(いひ)たりしにやされバ隆盛(りうせい)の今世(こんせい)。山海(さんかい)の珍味(ちんみ)を競(きそ)ふて。割烹(くわつはう)の製(せい)ます/\精(くわし)く。會席(かいせき)料理(りやうり)と稱(しやう)する食店(しよくてん)。互(かたみ)に鮮魚(せんぎよ)新菜(しんさい)を鹽梅(あんばい)し。佳肴(かかう)風味(ふうみ)を盡(つく)す中(なか)に。逸(はや)く其(その)(げふ)に注意(ちゆうい)して。調理(てうり)饗膳(けうぜん)賓客(ひんかく)をして。喫味(きつみ)の感(かん)を發(おこ)さしめしハ獨(ひと)り山谷(さんや)の八百善(やほぜん)にあり。其(その)(せい)料理通(りやうりつう)一本(ほん)の著述(ちよじゆつ)に擧(あ)ぐ是(これ)に依(よつ)て。此(これ)を味(あぢは)ふの粹(すゐ)(し)あれ共(ども)。一席(せき)(よし)不可(あし)を評(ひやう)するのもにて曾(かつ)て割烹(くわつはう)を論窮(ろんきう)するの通誌(つうし)を」看(み)ず。東柳(とうりう)散人(さんじん)。よく府下(ふか)盛場(せいじやう)に渉(わた)り。舌(した)に百味(ひやくみ)の甘辛(かんしん)を辨(べん)じ。口(くち)に酒樓(しゆろう)の待遇(たいぐう)を説(と)く。昔日(せきじつ)京師(けいし)の人(ひと)。豆腐百珍(とうふひやくちん)芋百珍(いもひやくちん)の編述(へんじゆつ)あり。散人(さんじん)の述(のぶ)る所(とこ)ろ。一品(ひん)百味(ひやくみ)に止(とゞ)まらず。數家(すうか)調煎(てうせん)の精(せい)(そ)。屋樓(をくろう)の廣挾(くわうさ)。宴席(えんせき)の風致(ふうち)。待遇(たいぐう)の厚薄(こうはく)。載(のせ)て洩(もら)さず評(ひやう)して餘(あま)さず。是(これ)なん。酒客(しゆかく)必携(ひつけい)の冒頭(ほうとう)(むな)しからずして。且(かつ)割烹店(りやうりや)通誌(つうし)の名(な)(しん)に實(じつ)ありとせん歟(か)。故(ゆゑ)に賛成(さんせい)の贅(ぜい)(ご)を序(しよ)とす

     明治十八年第三月中院

應需   好食外史   假名垣魯文叟題 

※見返「前橋栄五郎編\〔酒客・必携〕割烹店通誌\東亰 前橋書店梓」、口絵中「廣重」、内題下署名「前橋東柳戯編」、刊記「明治十八年三月九日御届\仝 年仝月廿七日出版\定價貮拾錢\編輯兼出版人 前橋榮五郎」。


【附言】 本稿は国文研における魯文プロジェクトの月例研究会や研究大会での発表に基づくものです。多くの知見を与えて下さった参加者のみなさま、取り分け資料について御教示いただいた谷川惠一氏、青田寿美氏に感謝申し上げます。




A Summary of "Robun's Literary Hackworks"

Studies of Kanagaki Robun's literary works are not advanced, with the exception of well-known texts such as "Aguranabe" 安愚楽鍋 (Sitting Cross-Legged at the Beef Pot) and "Seiyoudoutyuu; hizakurige" 西洋道中膝栗毛 (Shank's Mare to the West). The whole picture of Robun's work is only now being revealed by the efforts over the last few years of the National Institute of Japanese Literature's Robun Research Group. However, because of a lack of a proper index of Robun's minor commercial writings, such as forewords to other authors' miscellaneous books, captions for Ukiyo-e prints, handbills, flyers, and collections of short romantic ditties, much of this output remains unknown. This article therefore aims to describe Kanagaki Robun's hack writing as one part of his overall literary output, particularly from the years when he used the pen name "Dontei" to his later years, based on materials I have recently discovered.

Translated by Ms.Orna Shaughnessy. I can never thank you enough.




【追補】(活字翻刻本の序文)

化競丑満鐘戯叙(ばけくらべうしみつのかねげじよ)(和装中本一冊、架蔵)


理外(りぐわい)の談ネ(はなし)を書綴(かきつゞ)りて奇(き)を好(この)む人氣(じんき)を誘(さそ)ひ非常(ひじやう)の形象(かたち)を繪(ゑ)に顕(あらは)し凡筆(ぼんひつ)の圍(かこみ)を出(いづ)る業(わざ)戲作(げさく)と狂画(きやうぐわ)の二個(ふたつ)にあり世(よ)に謂(いふ)(こは)い物(もの)(み)たし怪談(くわいだん)(みゝ)を掩(おほ)はず恐(おそろ)しくも面白(おもしろ)きハ土佐(とさ)(うじ)の百鬼(ひやくき)夜行(やぎやう)(み)る眼(め)に凄(すご)きハ應擧(おゝきよ)の幽霊(いうれい)(こと)に怪(あやし)の筆(ふで)のすさみ趣向(しゆかう)の奇(き)なる文句(もんく)の妙(めう)ある十種(しゆ)の曲亭(きよくてい)老人(らうじん)が彼(かの)丑満(うしみつ)のかねて聞(きこ)へし世(よ)をふる寺(てら)の院本(ゐんほん)(じたて)を流水(ながれ)灌所(くはんじよ)に垢(あか)を注(そゝ)ぎて彩(いろど)る表紙(ひやうし)の七変化(へんげ)も生捉物(いけどりもの)の妖怪(ばけもの)退治(たいぢ)その原本(げんほん)も筥根(はこね)の先(さき)へ消(きえ)て絶(たえ)なんことを惜(おし)み魔性(ましやう)を化粧(けしやう)の製立(したて)(ばえ)(こゝ)に發兌(はつだ)の共隆社(きやうりうしや)が旧(ふる)きを慕(した)ふ人魂(ひとだま)の後(あと)を引出(ひきだ)す表紙(へうし)の緒(いとぐ)ち狸(たぬき)和尚(おしやう)の勧化帳(くわんけちやう)へ化(ばけ)地蔵(ぢざう)の略縁起(りやくえんぎ)めく叙詞(じよし)を添(そえ)よと需(もとめ)に應(おう)じ轆轤(ろくろ)(くび)の嘔吐(へど)(なが)いハ恐(おそ)れと一寸(すん)法師(ばふし)の短(みじか)く誌(しる)

   酉の時雨月

金花猫翁(ねこまたおやぢ)佛骨庵魯文[文] 
素岳書      

※「明治十八年九月廿五日翻刻御届\同年十一月出版\(定價金三拾五錢)\著作人 曲亭馬琴\翻刻出版人 東亰亰橋區銀座貮丁目六番地 千葉茂三郎\發兌所 東亰亰橋區銀座貮丁目六番地 稗史出版 共隆社\賣捌所 東京及各地方 書肆繪双紙店\東亰地本同盟組合之章[組合][証]


今古實録(きんこじつろく) (和装半紙本)


今古實録(きんこじつろく)序詞(じよし)

(わが)往古(わうこ)、一度(ひとたび)文物(ぶんぶつ)の端(たん)を開(ひら)き、稍(やゝ)盛典(せいてん)の時(とき)を得(え)しも、中世(ちうせい)の戰國(せんごく)乱離(らんり)を極(きは)め、古書(こしよ)歴史(れきし)ハ多(おほ)く兵燹(へいせん)に罹(かゝ)り、其(その)(そん)する者(もの)、數部(すうぶ)を闕(か)けり。此(この)年暦(ねんれき)文物(ぶんぶつ)も又(また)(すた)れ、學事(がくじ)を保(ほ)する者(もの)、纔(わづか)に浮屠氏(ふとし)に過(すぎ)ず。近世(きんせい)、足利(あしかゞ)(うぢ)、以降(いかう)元龜(げんき)天正(てんしやう)の頃(ころ)まで、武門(ぶもん)に博識(はくしき)の徒(と)(いで)しもあれど、猶(なほ)干戈(かんくわ)(や)む時(とき)なく、文學(ぶんがく)たま/\公卿(くぎやう)武家(ぶけ)に波及(はきう)するのみ。期(とき)に僧侶(そうりよ)なくんバ、平家物語(へいけものがたり)、太平記(たいへいき)、諸(しよ)軍記(ぐんき)の編述(へんじゆつ)、今世(こんせい)に傳(つた)ふるなきに至(いた)らん歟(か)。故(ゆゑ)に、我國(わがくに)の軍記(ぐんき)史略(しりやく)に多(おほ)く佛語(ぶつご)を引(ひ)く者(もの)ハ、蓋(けだ)し釋氏(しやくし)の手(て)に成(なり)しを以(もつ)てなり。坊間(ばうかん)貸本(かしぼん)と稱(とな)ふる俗書(ぞくしよ)の今(いま)に傳(つた)ふるも、是(これ)(また)僧徒(そうと)の著述(ちよじゆつ)に成(な)る物(もの)數卷(すくわん)、その事跡(じせき)(きよ)を省(はぶ)き、最(もつと)も實(じつ)に近(ちか)きを撰(えら)み、尚(な)ほ引証(いんしやう)に依(より)て、校正(かうせい)(まつた)き榮泉社(えいせんしや)(ちう)の藏版(ざうはん)に於(おけ)る、世(よ)の貸本(かしぼん)を網羅(もうら)して、略(ほゞ)(つく)せるの功(こう)、勉(つとめ)たりと云(いふ)も可(か)ならん。此(こゝ)に於(おい)て、今古實録(きんこじつろく)の題名(だいめい)、目下(もくか)世間(せけん)に普(あまね)きも、亦(また)(むべ)ならずや。以(もつ)て簡端(かんたん)に序(じよ)すると爾云(しかいふ)
  明治十九年第四月

佛骨庵主 假名垣魯文叟誌  

※原文に句読点なし。「小僧殺横濱竒談(こぞうごろしよこはまきだん)」など、今古実録の後印本に付されたもの。


梅見時(むめみとき)(はる)に成駒(なりこま)(国文研〈メ6-443〉

梅見時(むめみとき)(はる)に成駒(なりこま)(じよ)

春雨(はるさめ)や楽屋(がくや)を冠(かぶ)る傀儡師(くわいらいし)と寶晋齋(はうしんさい)が句作(くさく)に縁(ちな)み絶(たえ)ず硯(すゞり)の水(みづ)に潤(うるほ)ふ机友(きいう)魁蕾(くわいらい)(し)が胸(むね)の機関(からくり)(ほとけ)(だ)さふと鬼(おに)を出(だ)そふと出没(しゆつぼつ)自由(じゆう)の意匠(たくみ)に出(いづ)る伊吹(いぶき)おろしの風謡(こうた)のまに/\小倉(をぐら)の野邊(のべ)の一本(ひともと)(すゝき)(ふで)の穂頭(ほさき)をひらめかし人(ひと)のこゝろに春風(はるかぜ)さそふ花(はな)の下(もと)なる若駒(わかごま)が足(あし)なみ進(すゝ)む行事(きやうじ)を挙(あげ)て成駒(なりこま)贔顧(ひいき)の看(かん)に供(そな)ふ体裁(ていさい)演劇(しばゐ)の脚色(しくみ)にあらねと其(その)(でん)(じつ)に正本(しやうほん)なり此(この)(おや)にしてこの児(こ)ある福々田(ふく/\でん)の」種蒔(たねまき)さんば倉卒(さうそつ)寸暇(すんか)の稿(かう)成駒(なりこま)新年(しんねん)識筆(かきぞめ)の草子(さうし)に題(だい)し賣(うり)出し俳優(やくしや)の當利(あたり)(ひ)して大吉(だいきち)利市(りし)を保証(うけあふ)(もの)は壮史(わかて)の古川(ふるかは)に机(つくゑ)を並(なら)ぶる両文社(りやうぶんしや)の新富(しんとみ)老人(らうじん)

假名垣魯文述

※中本一冊。大和綴。「一名成駒屋福助詳伝」。扉「俳名中村福助之肖像\實名山本榮二郎」(石版写真)。内題下「魁蕾史閲\岩原梨園子綴」。「明治廿年十二月廿八日出版御届\明治廿一年二月十日出版發兌\定價丗五錢\編輯蒹出版人 東京府士族 岩原全勝 芝區南佐久間町二丁目十八番地\出版所 京橋區本材木町三丁目七番地\取次所 京橋區南鞘町十八番地 正文堂」


新橋藝妓評判記初編(和装横本一冊、国文研〈ム7-277〉)

藝妓評判記(げいしやひやうばんき)附序(ふじよ)

白門新柳記(はくもんしんりうき)の一書(しよ)、近來(ちかごろ)隣邦(おとなり)より發兌(はつだ)して、圓儉(まる)小肥(ぽちや)の支那(しな)(さだ)め、遠(とほ)く別嬪(べつひん)の名(な)を聞(きく)も、近(ちか)く面貌(おもて)を見(み)るに如(しか)ず。我(わが)東海(とうかい)の姫(き)氏國(しこく)ハ、素(もと)より本塲(ほんば)の新橋(しんけう)花柳(くわりう)奈何(いかんぞ)、金凌(きんりやう)新柳(しんりう)の歌妓(げいしや)(はい)に劣(おと)らんや、と粹史(すゐし)が筆(ふで)の力瘤(ちからこぶ)に、校書(かうしよ)の美名(びめい)品行(みんかう)を評(ひやう)して、以(もつ)て雅(が)(しよく)に供(そなふ)るも、多(おほ)くハ雜誌(さつし)部中(ぶちう)に載(のせ)、線香(せんかう)一本立(ほんだち)の寧賛(ねへさん)ならず。悉皆(しつかい)鋪借(みせがり)折半(たゝきわけ)の等類(たぐひ)なるを、遺憾(をしむ)の餘(あま)り、廣(ひろ)く金春(こんぱる)の縦横(たてよこ)を探(さぐ)り、深(ふか)く鴉森(からすもり)の奧(おく)を尋(たづ)ね、之(これ)によしあしの批評(ひひやう)を附(ふ)すハ、古(ふる)く浪花(なには)に行(おこなは)れし、彼(かの)八文(はちもん)(じ)(や)自笑(じせう)(をう)が顰(ひそみ)に倣(なら)ふすさみと雖(いへど)も、記(き)(しや)が評言(ひやうげん)の微意(びい)あるや、猫妓(ねこ)に對(たい)する董(とう)(こ)の筆頭(ふでさき)、毀譽(きよ)褒貶(はうへん)の混交(こも%\)なるを、傳傍(でんばう)誹譏(わるち〓)立見連(たちみれん)が只管(ひたすら)記者(きしや)の腦勞氣(りちけ)と看做(みな)し、先生(せんせい)お高(たか)ィ/\、と虚賛成(あとぼり)惡賞讚(わるぼり)をするもあらば、此奴(こいつ)(はな)せぬ奴(やつ)なる可(べ)し、夫(それ)位附(くらゐづけ)の白(しろ)きを知(し)ッて、髪(かみ)の毛(け)の艶(つや)を守(まも)る赤襟(あかえり)(あが)りの黄口(くわうこう)青妓(せいぎ)(ら)、記者(きしや)が活眼(まなこ)の黒表紙(くろべうし)、」此(この(評言(ひやうげん)を、姉(ねえ)さんの叱〓(こゞと)に比(ひ)して、宴席(えんせき)の待仕(じし)酣酌(かんしやく)(きやく)應對(おうたい)に心(こゝろ)を用(もち)ひば、遂(つひ)に大極(だいごく)上々吉(じやう%\きち)の能(いゝ)藝妓(げいしや)(しゆ)と稱(しよう)されなん。或(あるひ)ハ當(あて)(こみ)の俳優(やくしや)の噂(うわさ)舞臺(ぶたい)にあらぬ坐敷(ざしき)をそゝり(○○○)、得意(とくい)の人氣(にんき)を失(うしな)ひて、その醜聞(しうぶん)を猫(ねこ)(じや)(ら)(し)にひッかき散(ち)らさるゝ事(こと)(なか)れ、と序(じよ)(しや)が一時(じ)の老猫(らうめう)心箱(しんばこ)丁代(やがは)りの挑灯(てうちん)(もち)(ころ)ばぬ先(さき)に、モシお浮雲(あぶ)なう、と往來(わうらい)を照(て)らすにこそ

(とき)に九月末(すゑ)の三日秋雨(あきさめ)の中止(いとま)、蟹迺屋(かにのや)壯史(さうし)が誘引(いういん)に促(うなが)され、烏森(からすもり)の湖月樓(こげつろう)に一酌(しやく)の間盃(かんはい)(せん)の水(みづ)を硯(すゞり)に受(うけ)
猫々道人魯文醉記 

※二十二丁。「明治十四年九月廿五日御届 〔定價拾三錢〕\編輯蒹出版人 東京赤坂區青山北町三丁目五十六番地 中村鉄太郎\發賣所 同京橋區西紺屋町十四番地 粹文社\大賣捌所\新橋竹川町いろは新聞 京文社・銀座二丁目鳳鳴新誌 開新社・木挽町壹丁目話の種 萬字堂・神田雉子町新聞賣捌所 巖々堂・人形町通元大坂町 同 漸進堂\此外各繪双紙店及び新聞賣捌所へ差出し置候に付御最寄にて御求の程奉願上候 板元敬白」


# 「魯文の売文業」
# 「国文学研究資料館紀要 文学研究篇」第34号(2008年2月)所収
#【追補】「化競丑満鐘戯叙」を追加 (2008年9月7日)
#【追補】「今古實録」「梅見時春に成駒」「新橋藝妓評判記初編」を追加 (2009年1月13日)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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