十九世紀末に生きた戯作者である魯文の遺業の大半は、『安愚楽鍋』や『西洋道中膝栗毛』を除けば、纏まった著作物を形成することなく無数の片々たる紙片として残存してきた。具体的には、錦絵の填詞や報条引札、都々逸などの俗謡本や他作者の著書に投じた序跋などである。此等は売文の所産であるが故に文学的営為とも見做されず、誰にも顧みられることはなかった。
しかし、報条や填詞などには趣向を凝らした戯文が駆使されており、魯文をはじめとする十九世紀末の戯作者達の足跡を明らかにするためには必要不可欠な資料群なのである。したがって、此等の散佚してしまいそうな資料群を、現時点で可能な限り蒐集しておく必要がある。そこで、前号に引き続き今回は人間文化研究機構国文学研究資料館(以下「国文研」)が所蔵する貼込帖を中心に、魯文の書いた報条を紹介しておく。
資料名 [東京横浜明治初期料理店及び商店引札](ラ3-34)
形 態 白茶布表紙折本仕立一帖(36.8×52.8糎)
注 記 引札82枚を帖仕立てにしたもの。うち魯文のものは13枚。裏に歌舞伎番付42枚あり。
資料名[魚網開店の告條](ユ9-102)
形 態 一枚摺り(17×17糎)
注 記 この資料は、台紙に貼られた状態で1枚だけで保存されている。
【一八】
〈御免〉人力車
御披露
天地ハ萬物の逆旅にして。光陰ハ百代の過客なり。古人燭を秉て夜る遊ぶハ。限りある身のたのしみにて。懐中時計の後朝に。短き袖の袂を別ち。川蒸氣の上手遊びに。刻を違へぬ開化の人情。其処に目の的西洋商個。老舗し業の片手間に。人車と思ひ月花の眺に凝し通家のお指揮。バ子を添たる駕乗ごゝろ。運動によき工合の修理。両輪に因む両國に。今般開業仕れバ横濱上下近郷近在。花の街の御通行。雪の旦の御遊山なりとも。定價の外におもた増。おいそぎ即時に引出す手筈。さハあれ酒手ハ受申さす。坂に車の懈らねバ。物見車の御客様達。廻る轍のしげ/\に。御來駕を冀ふになん
定價\一 壹里 金弐朱\但一日貸切御旅\行貸切仕候\車力御酒手\一切受不申候
來ル八月下旬より開業仕候
風雨の節ハ上覆ひを用ひ候間少しも\さはり無御座候但油くさき匂ひ一切無之候
【一九】
牡丹紅葉を散しに畫し。柴刈獸の山鯨ハ。むかし噺の古臭しと食新しき西洋風味。彼洗沢の皮を去り。調理ひらけし牛肉の功能。多きハ汗棟充。うしと見し世の今更戀しく。貴賤こぞつて賞味の別品。四季をきらはぬ養生食も。取分冬の肉蒲團。腎を補ひ気力を倍す。驗を見世の御目印。太しく建る高旗を。目的に賣出し當日より。相かはらすの御來駕を主人に代りて冀ふ個ハ。
○牛肉鍋〈御壱人前|三百七十弐銅〉 | ○同玉子やき 銀五匁 |
○同すき焼〈同|七百文〉 | ○同茶碗蒸 同五匁 |
赤牛味噌漬 同甘露煮 〈御好|次第〉 |
來ル九月五日より三日の間賣出シ麁景呈上
【二〇】
〈淺草|元祖〉牛肉賣捌所
壹斤 價金二朱ヨリ
賣出御披露
凡牛肉の功能あるや。近来西洋窮理家の。食料經驗のみならず。既に張華が博物誌にも。暦然として其條あり。彼紀元千七百九十六年。英國ヘルケレイの地に。多く野飼して。專ら人身の補藥とせしより。各国の蒼生是を用ひて。壮健なること比するに物なし。目今文明開化進み。我他具に此肉を。嗜ハ御代の徳澤に。潤ふ舗の繁昌から。御謝がてら一斤より。小賣に至る精肉の。價も廉の元直を限り。四辺故障にかけ構はず。お口に餘る安賣ハ。商ひめうり意地と張。先外々と召あがり。競てお試あれかしと。両肌を脱ぐ主人に代り
〈たんせきの根をきる事妙なり|曲もの入 價金一朱より〉
閏十月\十八日より
五日の間賣出し\麁景差上仕候
【二一】
御披露
軍配團扇の風に靡き。御贔負連の御取廻しに。相撲茶屋とは嗚呼がま式守。行司にあらず當時の活計。めうがに叶ふ大入に四本柱の普請も出来。おん客様の御顔觸。よろしき日取に宅開き。是から出世の階段上り。彼横綱の横濱御連を。摩利支天とも祈りまうせば。春冬場所の御發駕に限らず。四季折々の御遊山にも。御立寄を希ふ
【二二】
梅隣亭 梅素[楳素]
よい向と\儲の外や\梅に月
會席割烹家
開舗告條
松の隱居と境を接へて千歳の色を共に契り梅屋敷を隣にして鶯の人來と告るハ竹垣結ひし眺望の亭茅の軒端に舊年の塵を雪ぎて新き春の設けの會席料理俄におもひ月と梅景色調ふ迄にハゆかねど鮮魚ハ隅田の川波に洗ひ茶水ハ墨水を釜に湛え四時のながめを混雜て織なす錦とみやこ鳥この名所をお目的に東風吹く頃の馬車人車夕風そよぐ川蒸氣家根舩屋形の御遊山にも御訪問を冀ふと主人に代りて述るにこそ
〈活冽鮮魚|薄茶割烹〉
來ル正月廾二日\賣初仕候
【二三】
御披露
天地一大の戲塲ならバ。活業も又ひとつの。小劇塲といふべきなり爰に纔の新店舞臺。暖簾の天幕軒にかす。開店の初日觸ハ。金平糖の名題を挙し。砂糖を土礎の甘口三昧。余の立者の老舗と比べて云ば新顔の鳥居を越ぬ稲荷町。旭の社ハ近くとも。利益の設ハ薄衣。厚き恵の御贔負を。力に賣出す新賣商人。作者と役者の二役兼て脚色新製新狂言。樂屋化粧の氷掛ハ。彼白粉の白きに耻す。挽茶入の渋いこなし。杏仁種の粋なるとりなし。所作のかる焼瓢覃菓子。並べて申さバ言立の。なかよなか/\尽せぬしな%\。念入差上たてまつれバ。見世びらきの初日より。江戸の花道八方より。人の山幕押分/\。砂糖漬のぎつしり詰込。當利巻の永當/\。御光駕御用向を希ふ。其爲告條さやうにこそ。菓子/\/\/\/\/\引
来ル二月十九日見せひらき\當日麁景奉差上候
【二四】
舩料理\柳舟
椀焼 御ぜん\御壱人前ニ付\價銀七匁五分
口條
加茂川の水雜水ハ。七段目の幕切にて。東京川の舩料理ハ。川開きを初日とせり。一面の浪幕に高脊舩の大道具。佃節の合方に吹よ川風あがれよ調理の夏季を旨と酒肴の按排。今年も安のお手輕専一。彼蝙蝠の柳舟味はひ与三と御評判を。
五月\明日より
【二五】
〈流行|牛肉〉 吉 例 賣 出 し 十月 〈九日|十日〉より
傳染病のリンテルホストに。斯まで開けし牛肉の景氣を堕せし。禍も唯新聞の風説のみにて。家畜の病し噂も聞かず。聊障れる事なきハ。開化ます/\進むの祥瑞。肉食ばやりハ國益の。一ツ鍋にも十人十種。タレ食ふ蒸もすき焼まで。油の乗し活計めうり。煮出すソツフの骨折を見せの看板黒牡丹。正味調進さし上申せバ。相變ずの御入車を。日の出の舗に一杯きげん。快きまゝ伏してモーウス
両日\麁景呈上仕候
【二六】
酒焼酎本直開鋪
賣初告條
竹に雀ハ品よくとまると。彼一節の唱歌に因み。塒の宿の店前を。笹の合手にした切雀お宿ハ何処とお尋ねの。御目印の酒林。洗ぎ盥に踏かくる。二足の草鞋の餘慶を量り。升目たつぷり下直を旨とし都て諸品ハお口に入りて。軽イ葛篭の上々吉〓。醉心よき極樂ハ。何処の果と杉酒屋。お三輪が唄ふ馬士節の。馬喰町の旅篭酒と。内證ばなしの街に高く。店ひらき當日より。御評判を冀とまうす
來ル六月明日ヨリ
【二七】
下り漬物類告條
野暮にも香の物ありと。世の諺を故事漬の。貯へ□□澤庵と。称へハ古き大根の総名 [奈良漬瓜]の蔓のびて。ひろごる名代の[西瓜漬]。[竹の子]達の御歯にも。逢合傘の[松茸]ハ莟を賞する[花落胡瓜]。味も甘露の古味醂に。流山 [茄子漬]こんで。丁度 [朝鮮瓜]といふ。コハ別品の[小蕪]を精浄製に[駿河漬]。冨峯にハ四時の[雪降豆]。御客様は[福徳の豆]なを祈る[祇園蕪]。都麹子につけ置ハ。甘きのみかハ[辛子漬]。加減ハ平井が[守口大根]。引ぬく跡を[梅干]の。光り〓明 [天王寺蕪]も粒を撰立し。[らつきやう]の舛諸味漬。もろ/\[菜づけ]ハ大蕪の。[千枚漬]にも尽せねバ。襷の儘で一寸御披露
漬もの一式にて會席を奉るといふ\主 人に代り難波の句調に倣ひて
待合にまづ一服ハ薄茶にて\お口採をバ何にせんじ茶
【二八】
開化進みて産業全く。茲に開店彼処に賣出し。商利ハ矢よりも疾きを旨とし。手柄ハ仕勝と競へる中に。東京の地を放れ業。彼傳信機の綱渡り。浮雲見へても賣込し。白帆の暖簾を御當所へ。かけ渡したる舩橋屋。製方に氣を播磨潟。高砂町の名にし負ふ。風味ハ得手に帆をあげて。品もろともに出張の開店。當日かけて馬車道の。往還繁く御求め。太田町の多少に不限御用向を冀ふになん
來ル四月明日開店\麁景差上申候
【二九】
有合御料理
告條
電信機の軒を放れ。銕道の境を隔ちし。隅田の下流のむかふ越。繁花を招く河一重。人力馬車の喧き。街を少し放れ里。日々新聞の鮮魚の買出し。魚肆朝市の郵便は。音信絶ぬ。主人が勉強。味噌吸ものゝ誇香ならで。お口が曇らぬ寫眞鏡。店開港の當日より。川蒸氣車の淀みなく。千万艘の御来臨を。待入舩と帆々欲張てまをす
来ル九月明日開店
【三〇】
○極製御菓子数品 〈見世びらき|御披露〉
告 條 假名垣魯文戲述[文]
九年何苦界十年花ころも。本来喰と悟りたる粹も甘味を好みの菓子臺。お酒ハこれでおつもりの雪の肌の和く。極製口とり手取の新舗。風味ハ程もよしはらや。客のくるわの繁昌に。あやかる工風をねり羊羹。遠山形に二ッ星。下戸と上戸の仲の町。左右へ向も宵の床。夜半の口舌ハしら玉もち。風にまかせる青柳まきは。浮川竹の包物。或ハ折詰御重づめ。花の江戸町一円に。すみから角町京町の。けふ店びらき御披露の。その引札の文の使。彼かすていらの狐色。九郎助稲荷の神かけて。御取立をねがひ上。まゐらせ麁漏の文章も。菓子類だけに甘口と。さだめし仰も有平まき。とやせん斯や煎餅落厂。稍く趣向をおこしの品々。何れも上製上物ぞろひ。お見立のうへ御用向を。門口に立牛皮に代りて。お袖を引て願ふになん
来ル十一月十三日十四日
見せびらき\景物として御風味\奉差上候
【三一】
來三月十八日
書畫小集 柳橋万八樓ニおいて 開莚
本日 諸先生揮筆
〓上に筆を染る文雅の諸大家に雪を頭の仙翁も有へく三日月眉の閨秀も有へし墨の池に龍踊り硯の海に亀遊ふ是そ錦に添る花流るゝ水に桜の香汲や隅田の名鳥もこゝに聚る両國川酒も有又絲も又ありやなしやハ愛顧の君たち光駕ありて試たまへ
岳亭春信 柳亭種彦
光齋芳盛 為永春水
補弼 鶴亭秀賀 會幹 関根只誠
喜樂軒一庭 梅素玄魚
春亭京鶴 扇面亭
【三二】
伏禀
故きを温て新きを。知るとハ老舗の暖簾を。此新店に分つの謂にて。古衣を尋て新着を見出す。土手物買の類等にあらず。されバ荀に新にして。日々新なる大都會の。流行変格星移り。原野忽ち棟を重ね。軒を並べし新地の結好。そが繁栄の餘沢に染んと。當所に鬻ぐ御菓子数品。原舗ハ音になり響く。雷神門の内店より。此筋違の御門外へ。罷り出見世ハ一体分身。普請ハ殊に新しけれど。名目ハ故きお馴染だけ。時々の書画會御茶席一夕話のおん口取。或ハお土産お重詰。四季折詰ハ御好次第下戸様方ハ申に及ばず。上戸の君のお口にも。叶ふが則ち新製工風。價ハ専ら低くなせど。風味ハ高き山吹の。花香汲出すお茶の水。その川下を流るゝ舩と。城門の橋をお目的に。多少に限らず御用向。仰付られ下されなバ。是ぞわたりに舩橋屋。おりえて開く出店の繁昌。幾末長く御取立を。主人に代て願ふものハ。故事を温て新板の合巻に綴りなす。新昧作者が甘口になん
○〈新|製〉 御菓子司 御口取物御折詰等\奇麗仕立奉差上候
□ 御茶席むし菓子類 数品
□ 極製羊羹類 数品
□ 新製葱宝珠饅頭 十ニ付 壱匁
□ 二色あん隅田川 十ニ付 八十文
□ 三色あん窓の月 十ニ付 五分
□ 腰高まんぢう 十ニ付 五分
□ 新製福和内 二十文
右之外新製数品御引物御進物暑寒御見舞\物并御赤飯あるひハ御 祝儀御包菓子之御誂如何様\にも取急キ御間ニ合差上可申候
巳九月明日より\當日麁景奉差上候
掲載資料一覧
凡例
一、【一】〜【一七】は前号掲載分
一、請求番号の後の〈 〉は枝番号か折数(丁数)を示す。
一、参考文献として挙げたものは以下の通りである。
A 『引札 繪びら 錦繪廣告 江戸から明治・大正へ』(増田太次郎、誠文堂新光社、1976)
B 『引札繪びら風俗史』(増田太次郎著、青蛙房、1981)
C 『江戸のコピーライター』(谷峯藏、岩崎美術社、1986)
D 『幕末・明治のメディア展 ―新聞・錦絵・引札―』(早稲田大学図書館編、1987)
E 『大阪の引札・絵びら』(大阪引札研究会編、東方出版、1992)
F 『広告で見る江戸時代』(中田節子著・林美一監修、角川書店、1999)
G 『明治のメディア師たち』(日本新聞博物館、2001)
【 一 】貸本屋「山城屋金太郎」 | 佐藤悟氏蔵 | 毎日新聞新屋文庫(370〈K0〉)、A 図85 |
【 二 】新吉原「邑田海老屋」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【 三 】御菓子屋「船橋屋」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【 四 】書画会「本町東助」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【 五 】寿司・菓子屋「藤原満吉」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【 六 】料理屋「石井亭」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【 七 】古書画「知漢堂木免屋」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【 八 】浴衣手拭「伏見屋榮治郎」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【 九 】初舞台「坂東百代」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【一〇】会席料理「昇運亭」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【一一】待合「成田屋登代」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【一二】鳥料理「珍鳥亭」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【一三】化粧品「佐野」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【一四】料理屋「宇治橋」 | 佐藤悟氏蔵 | |
【一五】西洋料理「會圓亭」 | 国文研蔵(ラ3-34〈9〉) | A 図84、B 図105、C 図59、D 図183 |
【一六】酒屋「石崎酒店」 | A 図88 | |
【一七】植木屋「安五郎」 | 毎日新聞新屋文庫(370_K33) | G 図152、A 図90 |
【一八】人力車「西洋堂」 | 国文研蔵(ラ3-34〈2〉) | |
【一九】牛肉賣捌所「日の出惣吉」 | 国文研蔵(ラ3-34〈2〉) | |
【二〇】牛肉賣捌所「日の出惣吉」 | 国文研蔵(ラ3-34〈2・10〉) | |
【二一】相撲茶屋「伊豆源」 | 国文研蔵(ラ3-34〈3〉) | |
【二二】會席割烹「梅隣亭」 | 国文研蔵(ラ3-34〈3〉) | |
【二三】菓子「小見川成太郎」 | 国文研蔵(ラ3-34〈7〉) | |
【二四】舩料理「柳舩」 | 国文研蔵(ラ3-34〈11〉) | |
【二五】牛肉賣捌所「日の出」 | 国文研蔵(ラ3-34〈11〉) | 〔明治3年カ〕 |
【二六】酒焼酎「近江屋善兵衛」 | 国文研蔵(ラ3-34〈14〉) | |
【二七】下り漬物類「平井」 | 国文研蔵(ラ3-34〈17〉) | |
【二八】菓子「舩橋屋國太郎」 | 国文研蔵(ラ3-34〈22〉) | |
【二九】有合御料理「魚網」 | 国文研蔵(ユ9-102) | |
【三〇】菓子「青柳」 | C 図60 | |
【三一】書画会「書畫小集」 | F 87頁図4〔万延元年カ〕 | |
【三二】菓子「舩橋屋織江」 | 南木コレクション(天守閣2271) | E 90 〔安政6年以前〕 |