生きてゐるから動きもする
高木 元 

 一九九一年十二月二十日、愛知県立大学文学部国文学科に提出された前田由紀子さんの卒業論文「鶴屋南北研究−顔見世狂言を中心に−」の複製が、今も私の研究室に保管されている。七十二枚の原稿用紙に潔い筆致によって、一字一字は不揃いながらも丁寧に手書きされたものである。当時は既にワープロが普及していたのであるが、何故か伝統ある県大の国文には「卒論は手書きのこと」という規定が厳として存在しており、学生達はワープロで下書きしたものを手書きで清書していたのであった。

 この卒論を改めて読み直しながら、内容とは別の次元ではあるが、その筆跡も、筆者の人柄や個性を表現するものであることに改めて気付かされた。思えば、卒業以来、毎年送られてきた年賀状に添えられた一言と同じ手跡であったが、それも昨年からは見ることができなかった。

 前田さんは、私が新米の大学教員として赴任した一年目のゼミに出てきた三年生二人のうちの一人であった。普通ならば、一、二年次に出席した授業を担当した教員の中から、希望する分野を専攻する教員のゼミを選ぶのであるが、彼女はガイダンス時に、新任紹介で近世文学担当と説明された私の「演習では『南総里見八犬伝』を読んでいきたい」というスピーチを聴いただけで、私のゼミを選択したわけである。後日、理由を聞いたところ、悪戯っぽく微笑みながら「あっ、この先生だと、ピピッときたからだ」と答えた気がする。

 四年生になる時、卒論のテーマとして、鶴屋南北を選んできた。内心、少し困ったなと思った。というのも、以前から市川猿之助の精力的な復活上演が行われていたこともあり、南北の芝居は好きで良く見に行ってはいたが、専攻が小説であったことから、深く研究した経験はなかったからである。そこで、卒論指導の名を借りて、実は自分の勉強のためにと、服部幸雄氏の名著『歌舞伎の構造』等の基本的研究文献を提示しつつ、一緒に読むことから始めた。

 一方、あまり歌舞伎を観る機会には恵まれなかったと言うので、芝居好きな学生達と一緒に、年に一、二度しか歌舞伎公演のない御園座へ出掛けたり、夏休みには、犬山の明治村にある明治初年に建てられた呉服座という芝居小屋で上演された地芝居を見に行ったりもした。しかし、南北劇を〈通し〉で観ることは望むべくもなかったので、テレビで放映された南北劇を録画したビデオを掻き集めて片端から貸した。その数は十数本に及び、いまだに研究室に保管し学生の需に供している。

 そうこうしている間に、大学の附属図書館から『鶴屋南北全集』全十二巻を順に借り出して読破し、次第に卒論の構想を具体化させ、『戻橋背御摂』を中心として南北の顔見世狂言の特質について考えるという問題設定がなされたようだ。評判記『役者繁栄話』等を読むために東京品川の国文学研究資料館にまで足を運び、読み難い板本の崩し字を一緒に読んだ覚えがある。

 さて、提出された卒論は、初めに「顔見世狂言は、南北の工夫の宝庫である。約束事が煩雑である顔見世狂言だけにそれに対処する意味での工夫もさまざまである。以下の本論では、南北の顔見世狂言でどのような工夫が行われたのかということを中心に見ていきたいと思う。」という問題設定をした上で、第一章で「顔見世狂言」について述べ、第二章で「暫」の演出法と「だんまり」の効果に触れ、第三章で顔見世狂言における〈時代〉と〈世話〉とについて分析をした大変な力作であった。最後に、南北の絶筆作『金幣猿嶋郡』一番目大詰の幕切れにおける石黒の台詞を引き、「又しても/\、お仕着せ通りのうぬらが云ひ草。生きてゐるから、動きもするワ。」と云う啖呵を、南北の反抗精神の表出と捉え、この台詞を「生世話を中心とした奔放な南北の狂言の世界を、うまく言い表わしているように思われるのである。」と結論付けている。

 今まで、この卒論が広く公表される機会に恵まれなかったのは残念なことである。千葉大学大学院で南北を専攻した鵜飼伴子さんは「南北研究のみならず歌舞伎研究においても課題とされながら、なかなか研究が進められていない〈顔見世狂言〉に注目している点が面白く、南北以前の江戸歌舞伎では一番目の時代物と二番目の世話物が〈実はだれそれ〉という登場人物の共通で緩やかに結びついていたのに対し、南北は時代物の中に下世話な人物を登場させる趣向によって、時代と世話を緊密な関係に仕組み、そのギャップから生まれるおかしみを眼目とする手法をとっていたことがよくわかるもので、卒業論文でここまで書けるのはすごい。」と評した。

 私の研究室で、静かに新たな読者を待つだけでは勿体ない卒論なので、何の指導も出来なかった償いに、思い出と共に此処に紹介させて頂くことにした。前田さんには「先生、余計なことをして」と叱られるかも知れないが‥‥。


#「生きてゐるから動きもする
# (「詩学」【特集】追悼・野本京子 59巻3号 No.643 2004.3 詩学社)
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