浮世柄比翼稲妻の作劇法ドラマツルギー
高 木   元 

江戸歌舞伎のはなと言えば、ケレン味たっぷりの南北劇であると断じて も差し支えないであろう。 文化文政期(1804-1830)に立作者として活躍した四代目鶴屋南北は〈大南北〉とも呼ばれ、 『東海道四谷怪談』を持ち出すまでもなく、奇抜な演出の怪談狂言の名手であった。

南北が活躍した化政期は稀代の名優が揃った黄金時代であった。 幽霊を得意とした初代尾上松助、 大看板であった七代目市川団十郎、 女形も立役もこなした三代目尾上菊五郎、 敵役の五代目松本幸四郎、 美しい女形である五代目岩井半四郎や 五代目瀬川菊之丞、 加えるに三代目坂東彦三郎、 三代目坂東三津五郎らが絶大な人気を博していた。 当時流行していた草双紙は役者似顔の全盛期であり、あたかも紙上歌舞伎の様相を呈していたのである。

そもそも江戸歌舞伎の演目は、座元(劇場)と、その年に契約している花形役者との意向を強く反映して仕組まれるものであった。興行であるから、好評を得て大勢の観客を劇場に集めることが要求され、その工夫は狂言作者に掛かっていた。当時は立作者を中心にして複数の作者達が分担執筆するのが普通であった。分担執筆が可能であったのは、歌舞伎には多くの約束事があり、かつ役者達の役柄が概ね決まっていたからである。この作者の仕事は脚本と演出で、芝居の全体に対する責任も担っていた。より正確にいえば、〈書下かきおろし〉の新作脚本ではなく、先行する浄瑠璃・謡曲・歌舞伎・伝説・小説などに基づく〈脚色〉ということになる。これに〈際物きわもの〉風に当時評判になった事件などを当て込んだ。具体的には、座元と契約している花形役者を活かす配役を考慮した上で、〈世界〉と呼ばれる狂言全体の枠組みを定め、〈趣向〉として各場面の見せ場を配せば、筋と構成は自然に決まったのである。

今回の『浮世柄比翼稲妻』は、文政六(1823)年、市村座の弥生狂言として初演されたもので、二つの世界〈比翼塚〉と〈稲妻表紙〉とが組み合わされている。

まず、比翼塚の世界は、目黒の比翼塚の由来譚として権八小紫の情話に侠客幡随院長兵衛が絡んだ話柄で、権八と長兵衛が出合う「鈴ヶ森」は、浄瑠璃『 [馬麗}山比翼塚めぐろひよくづか(安永八(1779)年)や、曲亭馬琴の中本型読本『小説比翼文(享和四(1804)年)などで定型化されたものを踏まえる。一方「 俎板まないた 長兵衛」「寺西閑心」は、曽我の世界に亀山仇討と比翼塚とを融合したもので、既に 『霊験曽我籬れいげんそがのかみがき (文化六(1809)年四月、市村座)で南北自身が脚色したことがあった。

一方、稲妻表紙の世界は「不破名古屋」とも呼ばれ、遊女葛城に横恋慕した不破伴左衛門が名古屋山三と擦れ違う際に刀のさやが当たったのを切っ掛けに喧嘩に成り、葛城が留女とめおんなとして仲裁するという話柄である。歌舞伎十八番「不破」に結実したこの「鞘当さやあて」の淵源は、延宝期(1673-81)の成立とみられる古浄瑠璃『名古屋山三郎』(土佐少掾正勝正本)に拠ると思われ、葛城に横恋慕する伴左衛門が父名古屋三郎左衛門を殺害したことに対する山三郎の敵討となっている。これは『参会名護屋さんかいなごや(元禄十(1697)年、中村座)以降、近松門左衛門『傾城反魂香』(宝永五(1708)年)など幾度もの改作を経て変化をしてきた。さらには、菱川師宣もろのぶはなぶさ一蝶らに拠って絵巻化され、この絵巻は直接的に山東京伝に影響を与え、不破名古屋の世界を主題化した江戸読本よみほんである『昔話稲妻表紙むかしがたりいなづまびようし(文化三(1806)年)の巻末で一蝶の絵巻を模写した挿絵を掲げている。ちなみに読本の挿絵画稿は作者京伝みずから描いていた。この読本の評判が良かったために、文化五(1808)年に大阪中の芝居『けいせい品評林しなさだめ』として仕組まれたのを契機として、従来例を見なかった読本を脚色した歌舞伎や浄瑠璃が見られるようになった。

本作でも、既に指摘されている通り、読本の挿絵から「山三浪宅の場」で雨漏りを受けるために天井からたらいが釣り下げられる趣向と、山三の着物に春雨に燕の飛び交う様の所謂「濡燕ぬれつばめ」を意匠として用いた趣向の二点が利用されている。筋よりも寧ろ読本の挿絵という視覚的な意匠を舞台に移したということになろう。

このように、一つの芝居が形成されるにはジャンルを越えた改作の積み重ねがあり、次第に世界として定型化したことを理解しておく必要がある。さらに、江戸歌舞伎や江戸小説では複数の世界を組み合わせるという〈綯交ないまぜ〉という作劇法があり、とりわけ南北劇の特徴の一つとなっている。結果的に筋は大変に複雑に成り、台帳を読んですら容易に呑み込めない。当時の観客が南北劇を一度見ただけで理解できたとは到底考えられない。

本作でも、御家騒動という大枠で、「神妙剣の一巻」「佐々木家系図」などの小道具が人々の手を渡って展開していくが、大金の小判に至っては誰の金であったかは最後まで明かされない。総て最後に辻褄があうという意味で感心させられるが、これまた一度舞台を見ただけでは理解不能であろう。まして、芝居全体を通して上演する機会が減った現在では、唐突に感じられる場面も少なくない。

国立劇場は創立以来、復活上演と通し狂言に積極的に取り組んできた。今回も「通し狂言」と角書きに付けられているように、筋を通して分かりやすくする努力をしている。しかし、「通し狂言」とは云うものの、本来の江戸歌舞伎の構成(一番目〈時代〉・二番目〈世話〉)は維持されていない。もちろん、初演時の舞台を絶対化する必要はないし、最早、物理的にも経済的にも完全な通し上演は不可能であることは承知しているが、江戸歌舞伎の作劇法や興行の様子を知っておくことは、より芝居鑑賞の楽しさを増強してくれるものと思う。

本作の初演時は、不和になっていた団十郎と菊五郎とを同座させるために半四郎が二人の仲を取り持って実現したといわれている。劇中「鞘当」で、不破(団十郎)と山三(菊五郎)の喧嘩に長兵衛女房お時(半四郎)が留女として入ることの下敷きであることを知っていると一層面白くなる趣向が秘められていたのであった。これは、その時の観客にしか分からないことであるが、芝居がなまものであることを良く示していると思われる。

(たかぎげん・千葉大学教授) 


# 国立劇場第281回 平成24年11月歌舞伎公演「浮世柄比翼稲妻」
# (2012年11月3日、日本芸術文化振興会)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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