書評 鈴木俊幸著『蔦屋重三郎』
高 木  元

 近世小説が持つ中世以前の文芸に対する特異性は、出板という営利事業に媒介されて形成されたという一点に存すといっても過言ではなかろう。つまり、本は商品価値という絶対的な基準の下に生産されていくことになったのである。しかも、重要なのは流通経路の整備であり、かつ販路の拡張であった。さらに、単に需要に応じるのみならず、需要がないところに商品としての価値を如何に創出するかということに腐心し、その結果マスメディアの持つ広告という幻想創出装置を発見するに至るのである。
 安永天明期(十八世紀後半)は〈戯作〉と呼ばれる奇矯な文芸が一世を風靡した時代であった。それは閉じた社会の趣味的な遊びが、出板営利事業の中に組み込まれ「遊びを完結させるものとしての出版」(本書一〇六頁)となり、その結果として大衆化した〈戯作〉は最早〈戯作〉としての意味を失っていったのであった。当時まさに、その中心に居て〈通〉という時の流行を創出したのが書肆耕書堂すなわち出板事業者としての蔦屋重三郎であった。
 鈴木俊幸氏がこの蔦重に着目したのは学部生の頃であったという。その卒論から出発して一九八一年に発表されたのが「蔦屋重三郎出版書目年表稿」(「近世文藝」)である。この仕事に出会った時の衝撃は今でも忘れられない。一書肆の出板物を網羅的にリストアップするという発想の斬新さと、個人の仕事としては無謀ともいえる調査作業の労力を思ったからである。しかし、その後二十年に亙って只管に蔦重の出板物を蒐集して廻り、その成果(しかも途中経過!)が漸く『蔦重出版書目』(日本書誌学大系77、一九九八年一二月、青裳堂書店)として上梓された。
 この書目を開き、登載順に記された刊行物のジャンルを拾ってみると、安永三年の吉原細見から始って、遊女評判記、読本、花道書、絵本、富本正本、咄本、黄表紙、洒落本、往来物、番付、長唄正本、滑稽本、観世流謡本、俳諧、狂詩集、狂歌本、遊戯、劇書、双六、道中記、めりやす正本、刷物、占卜、暦書、狂文、俳文、算術、通俗本、銭譜、蘭学書、書道、芝居、漢文注釈、漢籍、博物学、和学書、心学書、貨幣、随筆、辞書、雑俳、絵図、教訓書、合巻、神道、名鑑、人情本、義太夫節抜本という具合に、天保末年まで蔦重代々の八百点を越す刊行物が提示されている。ここに示された分類は一見恣意的なようであるが、実は斯様に近世期の出板及び享受の実相に即した(乃至は即さんとした)分類は今迄皆無であった。鈴木氏の編んだ『近世書籍研究文献目録』(一九九七年、ぺりかん社)の「解説」に述べられている如くに「近世の書籍・摺物に関する文化全般」についての視野を以てして初めて可能になったもので、近世期の書籍・摺物に関る文化の総体を、現存する資料によって復元し体系化せんとする意図に基づいた大仕事だったのである。そして、その一環として『蔦重出版書目』が作成されたといってよい。一見、無味乾燥な一書肆の「書目」として編まれてはいるが、実は深い洞察に支えられた大変に戦略的な学的営みの所産なのである。巻末に付された「富本浄瑠璃稽古本目録」も使い捨てられた冊子の残影を一点でも多く留めんとする貴重な(常軌を逸したといってもよい程の偏執的な)仕事であるといえよう。
 この多岐に渉るジャンルは、恰も当時流布した本のほぼ全容を示しているかの如くに感じられる。しかし、注意深く見ると投機的なリスクを伴う分野のものは一点も見当らなく、蔦重は定番商品の板株(出板権)を握った上で堅実過ぎるほどの商売をしてきたことがよく分かる。
 さて、この膨大な書目を分析した上でビジュアル化して見せたのが鈴木氏の監修した「蔦屋重三郎の仕事」(別冊『太陽』、一九九五年春、平凡社)である。その冒頭「歩く広告、蔦屋の商才」で蔦重に着目した研究の意義を「当時の文化の一面を、その成立のメカニズムとともに捉えることになろう」と述べている。つまり、ここに本書『蔦屋重三郎』の見取図が既に提示されていたのであった。逆にいえば、「蔦屋重三郎の仕事」は、大きなカラー写真が惜みなく用いられた図版集もしくは本書のサブテキストであるといえよう(ただし鈴木氏の関った部分以外には幾らか問題が存する)
 つまり、蔦重とは鈴木氏にとっては一視座(若しくはブランド)に過ぎないのである。本書が『蔦屋重三郎の研究』と名付られていない所以であろう。蔦重を通じて戯作(安永天明文化)へと昇華せんという高い志を示したものであろう。そう考えると、偶然に思い付いて始められた仕事ではなく、戦略的な展望を持って(二十年間も)持続された仕事であることに改めて驚かされるのである。
 ところで、別冊『太陽』には「『廓〓費字尽』読解」という黄表紙の注解が付されている。シリーズ江戸戯作『唐来三和』(一九八九年、桜楓社)の著が既に備わっている鈴木氏であるから当然のことではあるが、尋常な程度の博識では到底読みこなせない黄表紙を、そつなく一般向に解いて見せてくれている。また本書「IV蔦重の戯作出版とその流通」では『洒落本大成』(中央公論社)通読という恐るべき忍耐力の発露の成果として、多くの実例を挙げながら、洒落本というジャンルを変質させてしまった蔦重の山東京伝を起用しての振舞いを説く。この箇所などは嘗て中野三敏氏が説かれた寛政改革の位置付けへの疑義と通じるが、いずれにしても本書中の「III戯作と蔦屋重三郎」で、〈自己韜晦と自己顕示〉というタームで戯作文芸を論理化して見せた切れの良さと相俟って、当代一流の洒落本・黄表紙の読み手であることを証して余りある。
 この短評で本書の結論の要約は避けるが、過去の初出時における叙述(文体)こそが鈴木氏の(仕事の)在り様を表出していたとすれば、やや老実〈まじめ〉過ぎる(その上甚だ誤植の尠い)学術論文として再構成されたとも評せよう。本誌八月号の「展望」で高橋明彦氏が「作者へと収斂する読みに対して板元を代替しても仕方ない。」(大意)という懸念を呈している如く、昨今確かに見通しのない出板研究が目に付く。だが、本書が単なる板元プロディーサー説を採るものではないことは保証しておきたい。
 いずれにしても、鈴木俊幸氏には「長生き」(あとがき)してもらい、蔦屋板浮世絵の調査は勿論のこと、筆耕・彫工のリスト化、貸本屋印の蒐集、長野の地方出版や明治期出版流通業者総覧等々、多くの残された課題に是非とも目処を付けて貰いたいものだと切に願う。

(近世文学研究叢書9 一九九八年一一月二〇日 若草書房刊 三一三頁 七三〇〇円)


# 書評 鈴木俊幸著『蔦屋重三郎』(「日本文学」1999年10月号 日文協)
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