平成元年国語国文学界の展望 近世(散文)
高 木  元 

 88年の11月に『洒落本大成』補巻(中央公論社)が刊行され、およそ十年の歳月を費やして『洒落本大成』全30巻が完結した。数年前に完結した『噺本大系』(東京堂)などに加えて、近世文学の一ジャンルを網羅した信頼できるテキストが整えられたことは劃期的な成果であった。『建部綾足全集』(国書刊行会)も90年に入って完結し、『仮名草子集成』(東京堂)は既刊10巻で刊行継続中、『山東京伝全集』(ぺりかん社)や『上田秋成全集』(中央公論社)等も編集作業中であり、さらに八文字屋本にも全集の企画があると仄聞している。また、叢書江戸文庫も中嶋隆『都の錦集』(国書刊行会)が出来し第一期分の刊行が進行中である。
 いうまでもなく信頼できるテキストの作製は研究の第一歩である。ところが全集と成ると単に翻刻すれば済むというものではない。ジャンルや当該作者についての文学史的な見通しを持った、丹念なテキストの書誌研究と解題研究の蓄積とが不可欠だからである。その意味からいえば、黄表紙は機会さえあれば全集の刊行が期待できる。棚橋正博の『日本書誌学大系48黄表紙総覧』(青裳堂)中・後編の刊行を見たからである。とても個人の仕事とは思えない驚異的な労作で、近日中に索引の刊行も予定されている。丹念な書誌調査に基づいた出板年表であるのみならず、各作品の研究史を踏まえた解題研究でもある。日本書誌学大系の版元である青裳堂が担っている学問的意義も重い。
 注釈を加えたテキストとしては、新日本古典文学大系(岩波書店)があり、谷脇理史、冨士昭雄、井上敏幸『武道伝来記、西鶴置土産、万の文反古、西鶴名残の友』(77)、長谷川強『けいせい色三味線、けいせい伝受紙子、世間娘気質』(78)、神保五彌『浮世風呂、劇場粋言幕の外、大千世界楽屋探』(86)、日野龍夫『江戸繁昌記、柳橋新誌』(100)が刊行された。何れも現在望み得る最高水準の注釈付きテキストである。岩波文庫では高田衛「江戸怪談集(上中下)」が出た。挿絵を盛り込んだボリュームの関係からか抄出なのが残念。またシリーズ江戸戯作の第二弾は鈴木俊幸『唐来三和』(桜楓社)。蔦屋重三郎研究の一環として手掛けられた唐来三和研究の成果で、付された注釈は平易かつ高水準である。小池正胤、叢の会『江戸の絵本』はIVが出て完結した。
 影印復刻では、柴田光彦『馬琴評答集(二)(早稲田大学蔵資料影印叢書28、早稲田大学出版部)が曲亭叢書の貴重な部分を公刊しており、全五巻の完結が待たれる。木越治『世間妾形気』(和泉書院)は解説に細かい心遣いが見られる。

 書目目録として、市古貞次、大曾根章介『続国文学複製翻刻書目総覧』(日本古典文学会貴重本刊行会)が出た。82年に刊行されたものの補足訂正追加。また『京都大学蔵大惣本目録第二分冊』(京都大学附属図書館)は、第三分冊の索引と併せて京大本の閲覧には欠かせない。
 個人の著作集では『中村幸彦著述集』全15巻(中央公論社)が完結して、中村学の全貌が容易に参照できるように成った。第15巻に収められた軽妙洒脱な随想も読んでいて楽しく、教えられることが多いが、総索引に拠って手軽に多くの知見に触れられるように成ったのが嬉しい。ただ物理的に無理があったのであろうか、「滑稽本の書誌学」(ビブリア83)や「注釈 −古くて新しきもの−」(甲南国文36)等が収められていないことが悔やまれる。一方、若くして逝ってしまった前田愛の全仕事を網羅した『前田愛著作集』全 6巻(筑摩書房)の刊行も見落せない。近世小説に出発した研究が近代へと視野を広げつつ、都市論テクスト論へと発展して行ったパースペクティヴが見渡せ刺戟的である。
 論文集では、国文学研究資料館に於ける昭和59年度共同研究の報告である、ハワード・S・ヒベット、長谷川強『江戸の笑い』(明治書院)が出た。ヒベット「文学としての笑い」以下、冨士昭雄、井上敏幸、長谷川強、岡雅彦、百川敬仁、鳥越文蔵、粕谷宏紀、本田康雄、羽鳥徹哉の近世文芸と笑いをテーマとした十本の論考を掲載する。内田保廣、小西淑子『近世文学の研究と資料−虚構の空間−』(三弥井書店)は、檜谷昭彦「近世文学研究への基点」以下、堤邦彦、大高洋司、杉本好伸、小西淑子、鈴木圭一の論考六本と、関場武による『意見早引大善節用』(解題翻刻)を掲載する。江本裕、渡邊昭五『庶民仏教と古典文芸』(世界思想社)は、中世から近世にかけて展開する諸ジャンル及び作品(歌謡、説話、平家、絵解き、能、太平記読み、説経、古浄瑠璃、教義問答、仮名草子、噺、談義本、勧化本、実録)を、仏教との関連に視点を据えて通史的な記述を試みた意欲的な論文集で、編者二名の他、田嶋一夫、高橋伸幸、岩崎雅彦、石井由紀夫、阪口弘之、堤邦彦、石川了、井上啓治らの分担執筆。編者等の暖め続けていた研究モチーフに若手が参画して一気に深められた感がある。水田潤『近世文芸史論』(桜楓社)は、水田潤「「御伽草子」の発想−序章」以下、石上敏、小椋嶺一、菊地真一、堤邦彦、中嶋隆、元田与一ら若手研究者の新鮮な論考十一本を掲載する。檜谷昭彦『日本文学研究大成/西鶴』(国書刊行会)は主要な研究文献を集成したもの。市古夏男、藤江峰夫『江戸人物讀本/井原西鶴』(ぺりかん社)は主要な研究文献に加えて伝記資料等を収録。論文集ではないが『図説日本の古典』全20巻(集英社)も新装版が出来した。
 個人の論文集としては、金井寅之助『西鶴考−作品・書誌』(八木書店)がある。西鶴研究をリードした金井の遺稿集で、大谷篤蔵や木村三四吾等の手に拠ってまとめられた。西島孜哉『西鶴と浮世草子』(桜楓社)は西鶴と西鶴以後の浮世草子に関する論を集めたもの。森山重雄『秋成−言葉の辺境と異界』(三一書房)は、旧稿五本に随筆和文紀行文を扱った書き下ろしの論考五本を加えたもので、精力的に秋成の「書く」行為の意味の本質に迫る。野口武彦『秋成幻戯』(青土社)は、秋成の全体像に迫る<方法としてのエッセイ集>で、既発表論文十本を収める。木越治(週間読書人1775)と高田衛(図書新聞639)とに拠る書評が備わる。松田修『日本刺青論』(青弓社)は、既発表論文九本に書き下ろし二本を収録する<刺青論>集。同『日本的聖性の機械学』(思潮社)は、嘗て「is」に連載された「様式の死と再生」を始めとする九本の評論を集める。林美一『江戸の二十四時間』(河出書房新社)は「歴史読本」に連載された時代風俗考証に関する論考八本を収録したもの。豊富な図版が入れられ読んでいて楽しい。小高恭『為永春水−覚書』(名著出版)は、「『風月花情春告鳥』の刊行年代」を始めとする春水人情本等に関する既発表論文八本をまとめる。このほか、立川昭二『この生この死−江戸人の死生観−』(筑摩書房)、弥吉光長『未刊史料による日本出版文化』4(ゆまに書房)、氏家幹人『江戸の少年』(平凡社)、宮田登『江戸の小さな神々』(青土社)、陳奮館主人『江戸の芸者』(中央文庫)、小林忠『江戸の絵を読む』(ぺりかん社)などが出た。
 次に研究誌であるが、「近世文藝」(日本近世文学会)50号は、神谷勝広「浮世草子の挿絵−様式の変遷と問題点−」、高橋庄次「雨月物語の神仏習合空間−連作複合詩編の構想−」を載せ、50号迄の総目次と研究発表一覧を付す。この中で、神谷は現存する浮世草子を隈なく博捜して挿絵様式の史的変化を整理しつつ、八文字屋本独自の様式性を明かにした。一方51号は、井上隆明「平秩東作と周辺」、高橋庄次「雨月物語の場の複合性−八幡神的丈夫像−」、花田富二夫「了意序医学書『近効方』紹介」を掲載。井上は東作伝に新知見を加えた。花田は浅井了意と医学書の関係を示す新資料を示しつつ、以後の文芸と医学的関心との繋がりを示唆する。
 「江戸時代文學誌」(柳門舎)第六號は飯倉洋一「『海賊』考」、板坂耀子「島の生活」、園田豊「『名家手簡』解題」、白石良夫「『名家手簡』版本管見」、ロバート・キャンベル「『香雪雑録』断章」、矢野準「洒落本用語索引稿(三)」、手紙を読む会「翻刻『続名家手簡』」を収録。飯倉は「海賊」の二重構造を指摘し、海賊が秋津(秋成)であることが最後に明かにされる意味を浄瑠璃『小野道風青柳硯』に求める。また、園田、白石、キャンベルと香雪関連の論文がまとまっており読み応えがある。
 「近世文芸研究と評論」(同会)36号には、三栖隆介「石川流宣『好色江戸紫』と『播磨国書写山敵討巻』」、中嶋隆「「都の錦」の新出浮世草子−ケンブリッジ大蔵『喜席軒自省著述本』について−」、倉員正江「翻刻『中村雑記』抄(二)」、嶋田彩司「『胆大小心録』緒論(二)」、村田裕司「「梅の由兵衛もの」の戯作(二)」を掲載。三栖は『好色江戸紫』の典拠として『播磨国書写山敵討巻』が使用された可能性を追究する。中嶋は林望の発見報告(「喜席軒自省・夏目柳糸堂・都の錦」、叢書江戸文庫『都の錦集』月報)等を踏まえて、該書を『好色堪忍ぶくろ』の改題本で正徳三年冬以降の刊行とする説を提出。村田は後期戯作中に於ける「梅の由兵衛」像変遷の意味を考える。37号には、倉員正江「翻刻『中村雑記』抄(三)」、嶋田彩司「『胆大小心録』緒論(三)」、前田維久子「説話の誕生−「吉備津の釜」再論−」、池澤一郎「『智嚢』の一節をめぐって」、柴田光彦「翻刻滝沢家訪問往来人名簿(索引)」を掲載する。嶋田論文は三回連載の力作で、繁雑をきわめる『小心録』諸本を丁寧に整理しつつ『春雨』の成立にまで思いを馳せる。前田は「吉備津の釜」を〈説話〉として捉え直そうとしたが、その結果何が実体化出来たのだろうか。池澤は秋成の『智嚢』『知恵鑑』摂取の跡を追っている。柴田の「滝沢家訪問往来人名簿」は二十年来学界が待望していた第一級資料の紹介、労作の索引が有難い。なお、同誌には有志の仕事として「早大所蔵合巻集覧稿」が連載されている。
 「混沌」(混沌社)第十三号は、「野間般庵先生遺文」等を掲載。
 「東海近世」(東海近世文学会)第二号には、早川由美「浮世草子の方法についての一考察−『宗祇諸国物語』と西鶴の文体−」、西田勝「『雨月物語』の世界−その四「仏法僧」」、石川了「小寺玉晁の狂歌活動と山月楼扇水丸」、川口元「翻刻『連璧談』(上)」と、名古屋手紙の会「近世書簡集(二)」を収録する。早川は『宗祇諸国物語』と『西鶴諸国はなし』を比較した結果、西鶴の俳諧的文体を浮世草子の一方法だという。石川は、従来不明であった化政期尾張狂歌壇に於ける玉晁の足跡を、水丸の狂歌活動に即して明かにした。
 「<季刊>江戸文学」(ぺりかん社)は、高田衛の責任編集によって刊行開始された雑誌。創刊号には、江本裕「『好色一代男』私論−親鸞伝と寓言と−」、百川敬仁「異界・物語・時間−読本に即して−」、田中優子「羅列表現の秩序−平賀源内の文章を例として−」、稲田篤信「命録と孤児 −『春雨物語』主題論ノート−」、長島弘明「綾足の出奔(上)」、宮田登「「女の首」のフォークロア」、矢野公和「『好色一代男』論ノート−巻四に於ける“恋”の変質−」、棚橋正博「寛政・享和期の洒落本作家像」、高田衛「憑霊伝説−つくられた宗教英雄−」、二村文人「翻刻・合巻『東海道四谷怪談』(一)」等、若手を中心にした幅広い論文を収む。長島は「後車戒」「艶書」の全文を紹介しつつ綾足伝を検証している。棚橋は真婆行ら京伝筆禍以後の洒落本作家達の実相を解明した。
 江戸文学年誌の会『89江戸文学年誌』(ぺりかん社)は、高田衛「憑依伝承の虚構と愉楽−『死霊解脱物語聞書』考」、佐藤深雪「綾足の自我のかたち−「みやび」と『本朝水滸伝』」、風間誠史「言葉で人が所有するもの−建部綾足『すずみぐさ』の世界と位相」、稲田篤信「北国綺談抄−『三州奇談』の成立」、閻小妹「戦国史への審問−庭鐘の場合」、石上敏「源内・人参・放屁漢」、楊永良「孤憤と私憤−蒲松齢と上田秋成の憤をめぐって−」、二川清「『繁野話』第二話における荻生徂徠の思想について」、鳥居明雄「負の祝祭−『女殺油地獄』の劇性」、鈴木よね子「想像力と文章−秋成「枕の流」をめぐって−」、高木元「『廿日余四拾両・盡用而二分狂言』−註釈及び解題−」、森山重雄「深井志道軒と山川亮−ニヒリストの言葉」、劉玉蘭「『放屁論後編』試訳テキスト」、高橋明彦「上田秋成『膽大小心録』人物索引」を掲載する。
 「近世初期文芸」(近世初期文芸研究会)第六号は、深沢秋男「如儡子の『堪忍記』(1)−松平文庫本の翻刻と解題−」、田中宏「『仁勢物語』研究(下)−『伊勢物語』との関連を中心に−」、菊地真一「『大坂物語』古活字二巻本下巻本文研究」などを収め、巻末に深沢編「仮名草子研究文献目録(昭和48年〜62年)補訂」を載せる。
 「文学研究」(日本文学研究会)69号には、森田喜郎「秋成小説の展開−その一『諸道聴耳世間猿』『世間妾形気』の構成−」を、同誌70号には、谷脇理史「『万の文反古』の意図と方法−その一側面を中心として−」、深沢秋男「如儡子(斎藤親盛)調査報告(4)−二本松藩諸資料、『二本松寺院物語』−」、森田喜郎「秋成小説の展開−その二『雨月物語』の構成−」を掲載。
 「讀本研究」(広島文教女子大学)は第三輯が出た。上套には勝倉壽一「「捨石丸」の構想」、長島弘明「『春雨草紙』研究(中)」、徳田武「読本と清朝筆記小説−『今古奇談』『通俗排悶録』について−」、稲田篤信「『近江県物語』論」、大高洋司「京伝と馬琴−文化三、四年刊の読本における構成の差異について−」、河合眞澄「再説『八犬伝』と演劇」、服部仁「馬琴における読本の口絵・挿絵の位相」、高木元「『出像稗史外題鑑』について−文化期江戸読本書目年表稿−」、石川了「狂歌本の読本摂取−『詠咏寄譚』のことなど−」の論考を載せる。徳田は『今古奇談』の典拠等を探求しつつ、寛政以降の短編読本には清朝筆記小説が粉本として用いられている可能性を説く。稲田は『近江県物語』に物語表層とは別に稚児物語の影を見る。大高は京伝馬琴の読本的枠組の相違を析出し、これを構成力や文学的優劣の問題ではなく、それぞれの目指した行き方の相違だと結論付ける。服部は馬琴自身の発言と実際の挿絵を豊富な図版を挙げて検討し、馬琴の意図は文章作家たらんとする事にあったとする。下套は資料中心。頼桃三郎「『春風所寄』廿八所載「雑語抄書」」、原雅子「翻刻『勧善桜姫伝』」、鈴木俊幸「『素吟戯歌集』−感和亭鬼武初期活動資料−」を載せ、巻末には「読本研究文献目録稿(三)」として、風間誠史、玉城司、長島弘明「建部綾足研究文献目録」、稲田篤信、木越治、近衛典子「上田秋成研究文献目録(二)」、青木稔弥、稲田篤信、大高洋司、木越治「前号補訂及び昭和62〜63年」を掲載する。
 科研費の報告書ではあるが、十年来に亙って草双紙の影印翻刻注釈を進めている「叢」(叢の会)の通巻十二号に当たる「江戸時代の児童絵本の調査分析と現代の教育的意義の関連の研究」が出た。また、黒石陽子『高等学校の古典学習における入門教材の開発−江戸時代の草双紙を活用して−』(東京都教員研究生研究報告書)は、周到な準備と真面目な取り組みをすれば教室に研究の最先端を持ち込めることを示した実践報告で、研究編に付された「影印翻刻されている草双紙の内容一覧」も有用。
 『国際日本文学研究集会会議録(第12回)(国文学研究資料館)には、楊永良「中国古典美学と日本民族自然美観の形成」、望月洋子「幕末に来日した人々と文学との出会い」、高橋則子「黒本・青本と浄瑠璃絵尽し本−黒本「こく性や合戦」をめぐって−」を載せる。

 総合研究誌での近世特集としては、「國語と國文學」(東京大学国語国文学会)11月号が「洒落本研究」特集号で、長谷川強「洒落本と先行文芸との関係」、岡雅彦「江戸小咄本と洒落本」、広部俊也「絵解き本としての黄表紙−黄表紙と洒落本の関係−」、山本陽史「洒落本作者としての山東京伝−戯作の変質のなかで−」、石川了「名古屋洒落本作者とその周辺−狂歌壇的背景を中心に−」、徳田武「『北里懲〓録』白話語彙出拠考−特に『名物六帖』との関連において−」、池上秋彦「洒落本に書かれた遊里語」、佐藤要人「洒落本に描かれた風俗」、小池三枝「洒落本の衣装付け」、服部仁「洒落本の外縁−南畝遺稿詩歌帖『清好帖』から『南畝帖』へ−」を収録する。長谷川は初期洒落本に浮世草子好色物の関与を見る。岡は江戸小咄本成立に漢文体笑話本だけでなく会話体洒落本との関係があったことを指摘。広部は当世を描こうとした洒落本と黄表紙の相違を画工の「うがち」の姿勢に求める。山本は洒落本の理念が通から人情へと変質する境目に京伝を置いて見ようとした。
 「日本文学」(日本文学協会) 8月号は「近世における<小説とは何か>」という特集で、中嶋隆「仮名草子・浮世草子における<小説とは何か>」、高橋明彦「愚人譚をめぐる小説の系譜−気質物の様式と方法−」、佐伯孝弘「其磧気質物の方法−西鶴剽窃の意図」、西田耕三「文坡と主夜神」、風間誠史「近世中期「小説」の上昇過程−たとえば、「浅茅が宿」へむけて−」、木越治「『春雨物語』へ−文化五年本からの出発−」、小二田誠二「仇討小説試論」を収める。高橋は<気質物>を愚人を造形する表現方法の様式と位置付け、既存の価値体系を相対化する懐疑主義にジャンルの原動力を見出した。佐伯は其磧の西鶴剽窃に積極的意義を考える。風間は「浅茅が宿」の典拠として浦島伝説を置き、女の喪失をモチーフとして『英草紙』『繁野話』からの小説(作家)の<上昇>を論じる。小二田は近世仇討小説を入子型構造として抽象化し、仇討小説の近世化に不可欠な通過儀礼というモチーフを発見した。
 「文学」(岩波書店) 7月号が《民衆本と物語》というテーマを設定して、立川昭二「隠れた治癒力−紅絵本・軍談本・戯草紙−」、森下みさ子「『鼠のよめ入』−猥雑性の仕掛け−」、武田雅哉「八戒、その漂白の旅−民衆本における動物図像の運命について−」を収録。その他 6月号に、花咲一男「柳沢米翁日記随想」、北野克「村医本田舎蔵宛書簡−最上徳内・杉田玄白・小山田与清・猿渡盛章−」が載る。
 「國文學−解釈と教材の研究−」(學燈社)の 7月臨時増刊号(創刊 500号) は「古典文学作中人物事典」で、「近世文学の作中人物180人」に触れている。 9月号には、岡雅彦「昔話と咄本」、岡本勝「昔話と子ども絵本」があり、12月臨時増刊号は「幻想文学の劇場」と題して、田中優子「平賀源内/根南志具佐−怪物たちの快楽的江戸多言語空間徘徊記録」、内田保廣「曲亭馬琴/南総里見八犬伝−混沌の収斂−」、長島弘明「上田秋成/雨月物語−分身と分身との邂逅−」を載せる。
 「文藝と批評」(文芸と批評の会) 6巻 9号では、「公開シンポジウム『南総里見八犬伝』をめぐって」という小特集を組み、山田俊治「『南総里見八犬伝』という鏡−坪内逍遙・模写説の成立−」、川村湊「馬琴の「島」」ほか、七人のレポートを載せている。
 「文学と教育」(みずち書房)150号は、西鶴をどう読むかというテーマで、高沢健三「書誌的・伝記的な年代史と、文学的イデオロギーの視点に立つ文学と」、森山昌枝「西鶴文学の階級的・世代的基盤−「新興町人」概念の動的なつかみ直しを−」、荒川有史「西鶴文学の展開に見る、鑑賞体験の変革と文学的イデオロギーの深化」を載せる。

 以下は各大学の紀要や学内学会誌などを大まかなジャンル毎に見て行くことにする。
 仮名草子に関しては、青山忠一「『念仏草紙』の研究(下)(二松 3)、同「再考『一休・二人比丘尼』」(二松学舎大学東洋学研究所集刊19)、同「二筋の求道文学」(二松学舎大学人文論叢41)、井浦芳信「『武者物語』の性格」(学苑590)、市古夏生「苗村丈伯における類板の問題−仮名草子作者小伝−」(国文白百合20)、金田弘「『雑兵物語』とその諸本」(国学院大学紀要27)、坂巻甲太「怪異小説に於ける夢−『伽婢子』中の一篇を中心に−」(愛知淑徳大学論集14)、同「浅井了意の怪異小説(1)−近世怪異小説論の基礎稿として−」(愛知淑徳大学国語国文12)、花田富二夫「『清水物語』の検討−『翁問答』との対比を中心に−」(大妻国文20)、前田一郎「『浮世物語』の思想史的性格」(大谷大学大学院研究紀要 6)など。市古は出板界から姿を消した丈伯について重宝記物の類板事件との関係を論ずる。花田は藤樹の『翁問答』と教義問答体的作品『清水物語』との思想的連関を指摘。前田は浮世房の一代記という構成自体に主題「浮世」の展開を読む。
 浮世草子では、まず西鶴に関するものとして、荒川有史「西鶴文学研究史−戦後<その八>−」(国立音楽大学研究紀要23)、井上敏幸「『西鶴名残の友』管見」(語文研究66・67合併号)、岡本隆雄「西鶴用語考−敷銀(持参金)−」(群馬県立女子大学国文学研究 9)、佐藤公香「『好色五人女』の一考察−巻三、腰元のりんについて−」(島大國文18)、篠原進「『西鶴諸国はなし』の〈ぬけ〉」(日本文学38- 1)、同「『本朝桜陰比事』の〈ぬけ〉」(青山学院大学文学部紀要31)、谷脇理史「『万の文反古』の問題若干(中)−非西鶴作説・成稿時期などをめぐって」(文藝言語研究文藝篇16)、中村幸彦「西鶴助作者論議」(新日本古典文学大系77月報)、西島孜哉「『本朝二十不孝』論序説−成立と主題と方法−」(武庫川国文33)、檜谷昭彦「『近代艶隠者』と西鶴−『懐硯』との関連」(藝文研究55)、平林香織「「姥が火」伝説からの乖離−『西鶴諸国はなし』巻五の六「身を捨て油壷」−」(日本文芸論稿16・17合併)、前田金五郎「西鶴片々」(文学57- 1)、松下裕「西鶴−わたしの古典文学4−」(国語通信310)、宮澤照恵「「楽の〓〓の手」の素材と方法−『西鶴諸国はなし』の研究−」(國語國文研究82)、吉原万紀子「『西鶴諸国はなし』に関する一考察−俳諧的な流れを中心に−」(常葉国文14)など。佐藤は巻二と巻三の対照的作品構造から見て<りん>と<玉>は別人だとする。篠原は西鶴の両作品に於ける表現の二重性に「ぬけ」という俳諧的手法を見出した。平林は「悲しき中にもをかしき」という複眼的視点を「世にかなしき物はなし」〜「たちまち消える事のをかし」という枠組を持つ本話より引きだし西鶴のはなしの文芸的独自性を論じる。宮澤は、西鶴が大覚和尚伝承や御猿場山王縁起譚等の仏教説話を本話の構想モチーフとして架空の動物である〓〓の話しを作った点に小説構成意識を求め、孫の手を核にした連想という俳諧の方法との結び付きを指摘する。
 西鶴以後の浮世草子では、井上泰至「秋成の浮世草子と『艶道通鑑』」(上智大学国文学論集22)、神谷勝広「吉文字屋本の挿絵板木流用」(名古屋大学国語国文学64)、川元ひとみ「都の錦『元禄曽我物語』考」(大妻国文20)、同「都の錦『御前於伽』考」(藝能文化史 9)、同「『元禄大平記』に出る知識人」(叢書江戸文庫 6月報)、中嶋隆「元禄末期の浮世草子と役者評判記」 (横浜国大国語研究 7)、同「饗庭篁村旧蔵本について」(新日本古典文学体系78月報)、長友千代治「一番よくよまれた浮世草子」(新日本古典文学体系78月報)、森耕一「『浮世親仁形気』論序説(1)(園田国文10)、同「『浮世親仁形気』論序説(2)(園田語文 4)、湯澤賢之助「西村本小説攷−『諸国奇談集』をめぐって−」 (跡見学園短期大学紀要25)など。井上は典拠の当世風刺をまじえた古典俗解から、発想と文辞との両者の影響を指摘。川元は都の錦の処女作と第二作について典拠の博捜とテキストの分析とを通じて二作品の方法の相違を析出し作家精神の在り様に迫る。森は咄本との関連を踏まえエスカレートの手法を指摘することで現実感の無い抽象化された笑いを発見した。
 雨月物語に関しては、井上泰至「「夢応の鯉魚」試論−付、葛蛇玉について−」(走水評論47)、小椋嶺一「秋成「仏法僧」考−仏法僧鳥、実は化鳥也の視点から−」(女子大国文105)、萱沼紀子「雨月物語、その祝祭的構造−「夢応の鯉魚」の場合−」(作新学院女子短期大学紀要13)、嶋田彩司「物語の番人−「浅茅が宿」私解−」(明治学院論叢441総合科学研究33)、田中厚一「「夢応の鯉魚」論−異なるものへの眼差、あるいは往還の物語−」(帯広大谷短期大学紀要26)、中村正市「雨月物語「浅茅が宿」私考−妻・宮木に寄せる勝四郎の愛―」(尚絅大学研究紀要12)、西田勝「『雨月物語』の世界−その五「吉備津の釜」」(上智大学国文学論集22)、山崎美紗子「『雨月物語』語彙攷(その二)−書紀の訓読と秋成−」(京都学園大学論集17- 4)、鷲山樹心「鞆の津の袖といふ妓女−秋成の「吉備津の釜」における人物造形の一手法−」(花園大学国文学論究17)、渡部千絵「「菊花の約」の主題−信の形象−」(国語国文誌19)など。田中は本話の怪異性の欠如に着目し興義の強い執着に起因する異界往還譚に芸術家秋成の孤独を読むが、テクストと作家との距離が不明瞭。渡部は陰陽五行説を用いて執拗にテクスト構造の分析に挑んでおり、生半可な主題論より面白い。
 春雨物語に関しては、井上泰至「『春雨物語』「海賊」の文屋秋津」(緑聖文芸20)、大輪靖宏「春雨物語「樊〓」への道程−父を殺すまで−」(藝文研究55)、同「春雨物語「樊〓」での達成−父を殺してから−」(上智大学国文学科紀要 6)、木越治「上田秋成自筆本『春雨物語』における仮名字母の用法について」(金沢大学教養部論集人文科学編26- 2)、嶋田彩司「「楠公雨夜かたり」の失敗」(国文学研究99)、鷲山樹心「現行『春雨物語』の「宮木が塚」の校訂本文をめぐって」(花園大学研究紀要20)等がある。木越は仮名字母という新たな角度から秋成のテクストに迫るが、具体的な作業過程については「国文学研究におけるパーソナル・コンピュータ使用の実際−秋成字母研究を例に−」(金沢大学教養部「人文・社会科学系分野における情報処理機器の利用と実践」)に報告されている。
 そのほか秋成に就いては、木越治「李花亭文庫の秋成資料」(金沢大学国語国文14)、勝倉壽一「契沖学と秋成」(福島大学教育学部論集46)、姜錫元「『癇癖談』をめぐって−その重層構造を中心に−」(待兼山論叢23)、同「きつねとゾンガラス−秋成文学の一つの背景−」(詞林 6)、鈴木淳「煎茶家上田秋成と二通の書簡」(国学院雑誌90- 9)、鈴木よね子「『去年の枝折』における旅の問題」(東京都立雪谷高校研究紀要 3)、冨江香之子「秋成と「才智」」(甲南国文36)、長島弘明「「胆大小心録」の中の風俗小説風小品」(すみのえ192)、山下久夫「上田秋成・伝統とイロニー−物語論を通して−」(枯野 7)などがあった。
 一方綾足に就いては、稲田篤信、木越治「『過目抄』の研究第二冊」(富山大学教養部紀要22- 1)、佐藤深雪「『本朝水滸伝』のトポロジー−天皇制をめぐって−」(文学57- 3)、玉城司「建部綾足研究史稿(上)−明治以降昭和十九年迄−」(清泉女学院短期大学研究紀要 7)など。佐藤は結果論的な合理的歴史把握から全く自由な反勧懲小説として、また確定した未来を持たない反歴史小説として「本朝水滸伝」を読む。
 読本に関しては、石川秀巳「〈翻刻〉湘中八雄伝(上)(和洋國文研究24)、石川博「柳亭種彦の読本解題一「阿波之鳴門」をめぐって」(駿台甲府高等学校研究紀要 1)、井上啓治等「『八犬伝』〈〓〓説話〉から中国〈盤古神話〉そして日本神話へ−附・略注1肇輯漢文序(全伝序)−」(就実語文10)、亀井秀雄「読者の位置−源氏・宣長・種彦・馬琴・逍遙−」(國語國文研究81)、同「雅言と俗言および人情−徂徠・宣長・馬琴・逍遙−」(國語國文研究83)、佐藤深雪「長編読本における王国幻想−綾足・京伝・馬琴−」(日本文学38- 3)、鈴木呂嘉「『羇旅漫録』考−馬琴の黄表紙・読本をめぐって−」(國文目白29)、善塔正志「『飛騨匠物語』に於ける「からくり」の象徴性」(日本文藝研究41- 2)、同「馬琴の読本の主題構成−三大奇書を通じて−」(日本文藝學25)、田中優子「近世アジア比較文学の提案−『水滸伝』の近世的変容を例にして−」(比較文学31)、土岐和美「読本における『水滸伝』の受容−『八犬伝』及び『八犬伝』以前の読本を中心に−」(古典研究16)、得丸智子「『八犬伝』の「来路の報告」をめぐって」(国語国文58- 8)、服部仁「『復讐快事駅路春鈴菜物語(下)−解説と翻刻−」 (同朋国文21)、山本卓「『絵本敵討孝女伝』−実録種の読本化と出版書肆−」(関西大学国文学65)、横山邦治「近世歴史伝奇小説を発掘する」(歴史読本89-10)など。鈴木は京阪旅行の忘備録である「羇旅漫録」の作品への利用を指摘するが取材ノート的性格故これは当然。しかし所謂巷談物に史跡文献等に拠る考証を作品化する手法の確立を見る点は鋭い。善塔は読本世界の象徴性を読みに拠って分析的に抽出しようとする。土岐は所謂水滸伝もの読本に於ける水滸伝の部分的趣向の利用について洗い直している。得丸は馬琴読本を史的に辿り、文化中期以降、主人公達の離合集散時に繰返される報告に馬琴の編述スタイルの負の意味を見出すが、長編化した読本が一年に一編づつ発行された事とは関わらないか。山本は実録白石咄が絵本読本として出来する迄の紛糾を追いつつ、板元の塩屋忠兵衛が春暁齋等京都書肆に先を越されてしまう様相を明かにした。
 馬琴関連として、木村三四吾「滝沢路女日記(二、三)嘉永二年九〜十二月、嘉永三年一〜二月」(ビブリア92、93)、柴田光彦「滝沢路女伝覚書抄」(研究報告・跡見学園女子大学一般教育紀要 5)がある。
 草双紙では板坂則子「曲亭馬琴の短編合巻(四)(群馬大学教育学部紀要人文社会科学編39)、内村和至「合巻における役者似顔絵の役割−『正本製』を中心として−」(明治大学大学院紀要26)、加藤康子「近世期の鬼造形の一断面−赤本『おにの四季あそび』をめぐって−」(東京学芸大学附属高等学校大泉校舎研究紀要14)、喜壽屋仁志「京伝合巻の演劇への依存の要因」(明治大学日本文学17)、佐藤悟「『路考訥子追善・比翼紋対晴着』」(實踐國文學36)、佐藤悟他「『玉藻前化粧姿見』翻刻」(實踐國文學35)、鈴木重三「白百合女子大学所蔵・新収江戸末期子ども絵本二十三種解題」(白百合児童文化 1)、高木由美子「『絵本東土産』再考」(学苑590)、高橋啓之「琴通舎英賀小考」(語文74)、田中洋「天明元年黄表紙ノート」(関東学院中学高等学校『教育研究』)、腮尾尚子「いわゆる「京伝鼻」に就いての一考察」(国文71)など。板坂は「打也敵野寺之鼓草」を紹介。内村は種彦における似顔使用の史的な変遷を「正本製」から「田舎源氏」へ辿る。加藤は赤本から黄表紙や絵本へと展開する鬼達の造形に注目して近世庶民の生活感覚を考える。喜壽屋は文化六年を境にした京伝合巻の作風の変化とその意味を探る。佐藤は稀覯本である文化十年の追善合巻を紹介。鈴木は余り残存していない幕末の小冊絵本を紹介しつつ、これらの児童文化財の発掘と保存と記録化を提唱。高木は「東土産」が単に旧板を利用しただけのものではなく、上方向けに演劇上演等に併せて収録された物とする。高橋は英賀が判者となった文化九年を境にして五側から離れ四方側へ接近し作風が変化することを指摘、また鯉丈の狂歌を発掘して狂歌を通じての関係を確認した。田中は「白拍子富民静鼓音」の丁子屋を示す記述を削った異版を例示し「七転八興小町」存在の可能性を指摘する。腮尾は京伝鼻の趣向化される過程を追い鼻山人に及ぶ。なお、国語学の成果だが、原口裕「俗文の語彙−『〓紫田舎源氏』のヤカ型形状言など−」(静大国文34)、藤沢美紀「『〓紫田舎源氏』の国語学的考察−会話文からみた時代性と創作意図−」(香川大国文研究14)もある。
 洒落本では徳田進「家蔵洒落本『富賀川拝見』とその作者」(群女国文16)、和田博通「『遊子方言』以後」(山梨大学教育学部研究報告第一分冊39)、談義本では石上敏「『根南志具佐』の方法−〈江戸〉のエロチシズム」(都大論究26)、滝康秀「『田舎荘子』における林希逸『荘子〓斎口義』の受容」(上智大学国文学論集22)、咄本では岡雅彦「一休ばなし二題−明治の講談速記本を中心に−」(玉藻24)、塩村耕「広本『長斎記』解題と翻刻」(椙山女学園大学研究論集第二部20)、佐藤悟「『私可多咄』の画工は菱川師宣に非ず−万治二年版の書誌的検討−」(実践女子大学文学部紀要30)、武藤禎夫「翻刻『面白し花の初笑』付『江戸掘新作ばなし』」(共立女子短期大学文科紀要32)、延広真治「『鶴殺疾刃庖刀』」(大倉山文化会議研究年報 1)などがあった。また、石川了「大妻女子大学蔵『蜀山人自筆文書』について」(大妻女子大学文学部紀要21)も。
 滑稽本関連では、石塚浩美「『東海道中膝栗毛』研究−その人気と一九の努力−」(東洋大学短期大学論集25)、中山尚夫「「雑談紙屑篭」について」(文学論叢63)、西川良和「式亭三馬と劇書−『客者評判記』における劇書利用−」(明治大学日本文学17)、浜田啓介「滑稽本としての劇書」(文教國文學24)、原口裕「翻刻」十偏舎一九『当変卜十露盤占』」(静岡女子大学国文研究22)など。西川は三馬が劇書を滑稽本に相応しく書き換えて利用していることを指摘する。浜田は劇書を滑稽本史上に位置付けた上で、三馬の「劇場訓蒙図彙」を「羽勘三台図会」の切抜きによって造り上げた作品ではあるが知巧的滑稽本的劇書の達成と見る。
 国学関係では、板垣俊一「近世国学の民衆的基盤−生活者としての本居宣長−」(県立新潟女子短期大学研究紀要26)、大杉光生「服部菅雄の鈴屋留学に関わる一、二の問題」(皇学館論叢22- 4)、坂本信道「翻刻『伊勢物語当流私』(1)(文献探求23)、古相正美「多田義俊の旧事記偽書説・古事記序文偽書説」(古事記年報31)、同「多田義俊の伝記に関する二三の報告」(國學院大學日本文化研究所報25- 5)、森瑞枝「修学期宣長の神祇信仰−近世の宗教構造と関連して−」(国学院雑誌90- 7)、簗瀬一雄「本居宣長の名古屋出講」(淑徳国文30)、若水俊「太宰春台の「老子」観」(茨城女子短期大学紀要16)、杉戸清彬「椙山女学園大学図書館安藤文庫蔵清水宣昭資料について−『宣昭集五』(付、翻刻)と『七編宣昭雑録』−」(椙山女学園大学研究論集第二部20)、吉海直人「『百人一首改観抄』の諸問題−新出『百人一首蛍火編』からのアプローチ−」(立正大学国語国文25)などがある。板垣は宣長の神が農耕文化民的思惟を基底にしていることを生活体験のレベルから掘り起こす。古相は「旧事記偽書明証考」「神学存疑録」から旧事記偽書説と古事記序文偽書説は義俊をその嚆矢とすることを説く。
 そのほか中世から見通したものに、佐藤深雪「やさしき女とかいなき男−お伽草子から浮世草子まで−」(『国際関係学双書 5』北樹出版)、島内裕子「近世初頭における徒然草の享受」(国語と国文学66- 4)、清水婦久子「版本「絵入源氏物語」の諸本(上)−慶安三年跋本の成立と出版−」(青須我波良38)、瀬野尾泰夫「日本文芸における「遊女」の造型と変容−「近世的遊女」の確立−」(本郷高等学校紀要22)、田中葉子「『伊勢物語秘訣抄』について−延宝期の古典享受−」(語文研究68)、西田耕三「産女ノート(続)(熊本大学教養部紀要人文社会科学編24)、真下美弥子「近世期の『狭衣の草子』−異本作製の方法と享受−」(立命館文學512)、松崎勝彦「日本近世都市文学の成り立ち」(日本文学論叢18)などがある。清水は絵入源氏の諸本調査を踏まえて近世に於ける源氏の流布と享受を探る。田中は「秘訣抄」の作者高田宗賢が未白と別人であることを明かにした上で、道徳的な文学観から自由な独自の注釈立場を指摘する。真下は近世に入ってテキストが商品化されるに伴い写本の習慣が無くなることから、本文作成者と異本を作製できない読者に分離することを指摘していて甚だ示唆的。
 出板関係では、鈴木俊幸「板元以前の蔦屋重三郎」 (書誌学月報39)、林望「『江戸時代初期製本書留』(仮題)について−ケンブリッジ大学図書館蔵古活字版『狭衣』表紙裏貼−」(東横国文学21)など。鈴木は蔦重が貸本業を営みながら次第に流通の核心を押える手堅い商売をしたことを明かにした。林は古活字版の表紙裏貼から発見された製本師(経師)の書留と推測される興味深い史料を報告する。
 そのほか、五十嵐富夫「安孫子東岡の参宮日記にみる旅と生活」(群女国文16)、小林健二「大方家所蔵文献資料調査覚書(3)−『大和川川賛軍記』・略縁起類」(大谷女子大学紀要23- 2)、塩村耕「幕末一文人の青春放浪記−羽倉可亭の『天外半狂人無頼奇事』−」(『椙山女学園大学短期大学部二十周年記念論集』)、鈴木淳「幕府書道師範森尹祥の書學」(書誌学月報40)、外村展子「ことわざ散考(三)(書誌学月報39)、中尾達郎「浅草地誌」(大東学園専門学校紀要 4)、服部幸雄「和合神の図像(上、下)(月刊百科318,139)、舩戸美智子「『池の藻屑』『月のゆくへ』−女流文学者の古典趣味−」(国文学解釈と鑑賞54- 3)、古相正美「言文一致と深川言葉」(國學院大學日本文化研究所報26- 3)、ロバート・キャンベル「東条琴台伝記資料巧(上)−岩村藩平尾家入夫の前後−」(実践女子大学文芸資料研究所年報 7)、渡辺守邦「<狐の子別れ>文芸の系譜」(国文学研究資料館紀要15)などがあった。

 以上、89年度に出された研究文献でリストアップできた約300タイトルを挙げた。目配りの狭さからの見落としや、思慮の浅さからの不適切な言及もあったと思う。また既に通例とは成ったが、氏名には敬称を略させて頂いた。何卒御容赦頂きたい。最後に、文献の閲覧に際して便宜を与えて下さった東京都立大学附属図書館、国文学研究資料館、国立国会図書館、愛知県立大学図書館と、それぞれの機関の担当の方々に心より感謝申し上げたい。


# 平成元年国語国文学界の展望 近世(散文)
#「文学語学」(128号、1991年1月 全国大学国語国文学会)
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