書評 黄智暉著『馬琴小説と史論』

高 木  元 

本書は主として馬琴読本を研究対象とし、馬琴が執筆に際して依拠した理論的背景の解明を志した究めて真っ当な研究成果である。その研究の立場は、馬琴の〈作品〉を「勧善懲悪の文学観を主旨として」捉え、その勧懲の本質を「倫理観・道徳律」と見做し、読本(稗史小説)が馬琴自身の史観に拠って構想されたものであるという前提に立っている。同時に〈作品〉自体が馬琴自身の史論を展開した場であるとの認識に基づき、雑書や家記等の資料をも参看しつつ考察を加えるという、実証的な方法論に拠った研究の結晶ということができよう。

馬琴読本は漢語が多用されているために中国風味が濃厚である。さらに多くの漢籍を典拠としているとはいうものの、その大半は白話小説である。日本語を母語としないだけでなく、近世中国語をも習得する必要があった黄智暉氏が、日本語で博士論文を執筆した上で、さらに本書を上梓されるに際して払われた多くの努力に対して、まずは最大の敬意を表したい。

以前から留学生にとっては切実であったが、昨今は日本人の院生でも学位を取得することを求められ、他方で博士後期課程を持つ大学院に対しても理科系同様に博士号を出すことが要求されている。その状況下で、差し当たり二〜三年で博士論文として纏められる程度の研究課題を設定することが一般化してしまった(短期間に数値化しうる成果を求められる点で科研や国立大の中期目標等も同様)。しかし、八年間に及ぶ留学期間中の五年間で、これだけの仕事を継続的に論文として発表し続け、その蓄積結果として成った本書の射程は甚だ長い。同門から同様に博士論文に基づいた業績を世に問われた佐藤至子『江戸の絵入読本』(ぺりかん社、二〇〇一年)に比して、留学生であるというハンデを慮外に措いた上でも、何ら遜色のない達成だと思われる。

本書は二部構成で、第一部「勧善懲悪と史論」は四章、第二部「易学と史論」は五章に分かれている。各章は加筆訂正が施された二〇〇四〜八年に発表された既発表論文六本に、書き下ろされた未発表論文二本が足され、さらに二〇〇三年に中国語で書かれた論文「曲亭馬琴之讀本與《易經》《春秋》」を改稿して日本語に翻訳した一本が加えられたものからなる。

第一部の第一章には、『女仙外史』という『開巻驚奇侠客伝』の典拠に〈春秋誅心の筆法〉という『春秋左氏伝』に記される勧善懲悪の処理法が使われていることを馬琴が読み取り、『八犬伝』などにも援用しているという論「馬琴読本における春秋の筆法」が据えられている。この勧懲の処理法が中国史書の編纂や明清代の白話小説に多大な影響を与えたものであることを示した上で、『侠客伝』や『八犬伝』の序文や考証随筆『玄同放言』の記述を引き、朱子学者の史観を理論的な根拠にしつつも〈史実〉に拠る制約が存したことを述べる。第二章「馬琴読本における「雪恨」の理念」では、李笠翁の勧懲的戯曲論や毛声山評「琵琶記」の〈雪恨〉の理念が自覚的に援用されている点を、単なる判官贔屓や著者発憤説と異なる点として挙げている。第三章「馬琴読本における因果律の機能」では、因果応報の〈思想〉が輪廻転生の設定を導入することによって、二世代にわたり整然と図式化されていることに触れる。第四章「『金比羅船利生纜』の翻案方法」で取り上げられた『利生纜』は『西遊記』の翻案物であり、文学史上最初の長編合巻でもある。丁寧に典拠と比較することによって、天神縁起が大きく取り込まれている意義を史伝物化した点に見出し、〈雪恨〉の創作理念に通じるもので、読本と同様に史論化を意図したものと論じる。

第二部では、『易経』などに拠る〈易学〉的傾向が強く見られる馬琴読本が、五行生剋に基づく吉凶観や易卦に拠る予兆卜占を趣向化している点について、『大雑書』をはじめとした『通徳類情』などを挙げて、京伝や振鷺亭と比較して史論を重視する馬琴の独自性を明らかにする。他方、『後の為の記』などの家書の記述から〈馬琴自身〉の吉兆観を読み、作品世界の論理的な裏付けとする。最終章では、道徳批判としての勧懲と小説世界の宇宙論としての変易論が表裏一体のものとして馬琴の〈実生活〉と結びついて、単なる衒学趣味ではなく、馬琴の歴史把握や作品原理を形作っていると結論づけている。実生活とテキストとを同一次元の直截的な影響関係として述べている点に多少の違和感は禁じ得ないものの、行文は実証的であり説得的ではある。

ところで、馬琴読本中『南総里見八犬伝』は、現代に至るまで、その改作(リメイク)や外伝(スピンオフ)など幾多の影響作を産み出し続けている点で、古典文学中で希有なテキストである。例えば渡瀬悠宇『ふしぎ遊戯』(全十八巻、フラワーコミックス、小学館。初出「少女コミック」〈一九九二〜六年〉)は、『四神天地書』という書に吸い込まれ〈朱雀の巫女〉となった中学生の少女が、〈朱雀七星士〉を集める旅に出て〈青龍七星士〉と対決する話で、「四神」「二十八宿」や五行説に基づいて構想された異世界(パラレルワールド)もの。一方、水野十子『遙かなる時空(とき)の中で』(既刊十六巻、花とゆめコミックス、白泉社。初出「ララ」〈二〇〇〇年〜〉)は未完ではあるが、普通の女子高生が古井戸に吸い込まれて異世界に召喚され、〈龍神の神子〉として〈八葉〉と呼ばれる男性八人(宝玉の痣がある天地の四神)と力を合わせて〈鬼〉から京を守るという話柄である。双方共にメディアミックス展開をしており、ゲームのみならず、多くのドラマやアニメとして異本化し流布している。

この二話に共通するのは(原本に拠ったとは限らない)八犬伝の〈世界〉を踏まえて、四神(青龍・朱雀・白虎・玄武)や五行(木火土金水)などという古代信仰もしくは易学的枠組を構想に援用している点である。すなわち、稗史小説やマンガの構成には、それらしく仮構された物語世界の秩序が要求されるのである。稗史小説であれば再構成された歴史が、少女マンガでは思春期の恋心の微妙な振幅が描出されることになるが、その背景となる秩序の世界観として古代信仰もしくは易学が利用されているのは、あながち偶然ではないかも知れない……などと本書に刺激されつつ夢想した。

(二〇〇八年一二月一五日 新話社刊 二八五頁 六六〇〇円)


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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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