〈切附本〉との出会い
高 木   元 

初めて和本と出逢ったのは四十年ほど前(今は亡き東京都立大学の)高田研究室であった。愛しき都立大に蔵された和本はきわめて少なかったが、読本を代表する『雨月物語』と『南総里見八犬伝』とだけは保存状態の良い比較的早印の美本が在った。十代の小生が初めて触れた和本は、活字本では決して感受することができない趣きを持っていた。和紙の感触と軽さ、墨摺りされた崩し字、重ね摺りを施された口絵挿絵の持つ精緻さと相俟って、原寸大の迫力に圧倒された。しかし学部生が買えるような代物でないことは容易に理解できた。

ある日、古書展会場の玄関前の函に入れられた百円均一本の中に、和本『亀山敵討』を見出し興味が惹かれた。それは草双紙風の錦絵表紙を備えた中本型読本風の粗末な小冊子であった。何しろ百円なので躊躇なく買って帰った。これが和本蒐集の切っ掛けであった。後日〈切附本〉と呼ばれ安政期に魯文が先鞭を付けた鈔録本群であることが判ったが、何処の大学も図書館も蒐集の対象にしておらず、その全貌が不明なので(古書展会場に入れて貰えず玄関前の均一本函で)見かける度に買うことにした。以来、蒐めてきた三百標目を越す架蔵本に拠って〈切附本〉の全貌を眺めてみると、習作期の魯文をはじめとする幕末の戯作者たちの様子が分かるし、同時に明治期のものも多く、日本文学史が明治維新で分断されていないことを証する資料群であることなどが判明した。

さて和本という用語から受けるイメージは典雅な古書籍というのが一般的であろう。しかし古典文学史には記述されていない大衆読物も和本として大量に出されて享受されていたことを忘れてはならない。所詮、和本に貴賤はないのであるが、如何せん価格差は厳として存在する。しかし古書市場に出回っている限りは、必要な研究者や蒐集家の手に渡るわけである。昨今は大層立派な値段が付けられて目録に写真入りで掲載される〈切附本〉ではあるが、これからも土曜の夕方の古書展会場で、誰も買って行かなかった雑多な和本たちとの出会いを愉しみにしている。

(千葉大学教員)


# ●アンケート・最初に買った和本「〈切附本〉との出会い」
# (「日本古書通信」2011年11月号所収)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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