「文学小辞典」
高 木  元

◆『犬子集』えのこしゅう(一六三三) 松江重頼(まつえしげより)の編になる文学史上初の俳諧(はいかい)の類題句集。大本(おおほん)〔本の書型のうち最も大きいもので、さらに数種に分かれる〕五冊という勅撰(ちよくせん)集の体裁を真似(まね)た豪華な仕立ての本に、自筆の板下を用いて、私家版として刊行されたものである。出板の意図や経緯は「自序」に明らかであるが、俳諧の始祖とされる宗鑑(そうかん)が編んだ『犬筑波集(いぬつくばしゆう)〔正式には『俳諧連歌抄(はいかいれんがしよう)』、一五三九年頃までに草稿完成〕や、荒木田守武(あらきだもりたけ)の独吟『守武千句』〔一五四〇年成立〕以後百年間の戦乱の時代に、都鄙(とひ)で言い捨てられてきた多くの句を集大成したもの。題名は『犬筑波』の子どもという意味をこめて松永貞徳(まつながていとく)が『犬子草』と名付けたものを、重頼が自負と思い入れを込めて『集』と改めて出したのであった。近世俳諧の曙(あけぼの)を告げるにふさわしい大きな反響を得て、後に横本(よこほん)〔書型の一種、横長〕五冊と体裁を変え、二種類の一般向けの本が書肆(しよし)から売り出され、摺りを重ねて、全国津々浦々にまで流布するに至った。近世における俳諧の全国的流行には、印刷された板本が流布することが不可欠だったのである。

◆黄檗大蔵経 おうぱくだいぞうきよう 黄檗僧鉄眼道光(てつげんどうこう)の発願によって宇治黄檗山万福寺(まんぷくじ)において開板された仏教関係の一大叢書(そうしよ)。明(みん)の万暦版大蔵経を覆刻したもので、多くの募金に支えられ、十三年の歳月を費やして一六八一年に完成した。十七世紀半ばに渡来した黄檗宗は、幕府の保護で急成長し、詩文・書・絵画・建築・美術など大陸文化をもたらして、わが国に於ける中国文人趣味の勃興(ぼつこう)を招いた。なかでも、大蔵経の出板は大きな影響を与えたものである。ただし、これに先立って、東叡(とうえい)山寛永寺の天海が徳川家光の援助によって、わが国最初の大蔵経を刊行したのであるが、しかし、これは木活字(もつかつじ)を用いたもので刊行部数も少なく、広く流布するには至らなかった。一方、黄檗大蔵経の方は、板木を用いた製版だったために、その後長きに亙って摺り続けられ、大蔵経の全国流布に大きく貢献した。その板木およそ五万枚は重要文化財に指定されて、現在も万福寺に蔵されている。

◆貸本屋 かしほんや 本を一定期間貸して見料〔レンタル料〕を取った業者で、その大半は得意先を巡回する行商であった。近世期に主として大衆娯楽小説の普及流通を担い、明治期に至るまで広く全国で営業していた。近世になって出版技術の進歩によって同一テキストの大量生産が可能になったが、それが流通しなければ、広汎(こうはん)な読者を獲得することはできない。その流通に携わった業者が全国に広く存在した貸本屋であった。多くは新本や古本の販売をも手掛けており、場合によっては不要になった本の買い入れ、さらには出版までしていた。特に坪内逍遙(つぼうちしようよう)も利用していた、名古屋にあった大きな貸本屋である大野屋惣八(おおのやそうはち)についての研究は、行商をしない特殊な例ではあるが、その旧蔵書の多くが現存していることもあり充実している。これら貸本屋発生の必然性は、単に写本から板本へというメディアの交代だけではなく、社会的な読書に対する希求という環境の成熟に支えられたものであった。

◆官版 かんぱん 江戸幕府の命によって刊行された書籍のこと。天皇が刊行させたものは勅版(ちよくはん)、諸大名が刊行されたものは藩版(はんぱん)と呼ばれて、官版とは区別されていた。慶長年間〔一五九六〜一六一五〕に徳川家康が出版させた『孔子家語(こうしけご)』などのいわゆる「伏見版」などが代表的な存在である。また、将軍の命以外にも、天文方など幕府の諸機関が専門領域に従って刊行したものもある。しかし、一七九八年〔寛政十〕以降は、昌平坂(しようへいざか)学問所の刊行物以外に「官版〔板〕」の文字を使うことが禁じられ、以後は学問所の刊行物という意味になる。官版の装訂はほぼ一定で。題簽(だいせん)の上部に「官版〔板〕」と記されている。後の時代になると、官版の板木を民間の板元に貸し出して、所謂(いわゆる)「町版」として刊行させることがあったが、その際には元の刊記と「官版」の文字を削ってしまい、板元名を入れたものもある。漢籍を中心に江戸時代を通じて二百八十四部が刊行されたという。

◆『古状揃』こじょうそろえ いわゆる「今川状(いまがわじよう)」「弁慶状」「義経腰越状(よしつねこしごえじよう)」などの書翰(しよかん)文体を集めた範文集で、手習いの手本であると同時に、歴史的な知識の修得をも得られるように配慮したもの。古くは平安時代末期から見られるが、本来は往翰と復翰との一対で用いられたことから、これらの初等教科書は「往来物」と呼ばれた。近世期に入ってからはさまざまの往来物が編み続けられ、『庭訓往来(ていきんおうらい)』『百姓往来』『商売往来』『呉服往来』など、それぞれの職能階層に適した例文が採用されるようになった。その結果、消息文のみならず、『日本国尽(くにづくし)』『難波往来』などの字尽くしや名寄せという形式を採るものが多く出板され、総数では約七千種に達するといわれている。これらの寺子屋や家庭で用いられた往来物は、板元にとっても定番の売筋商品として不可欠の商品となり、明治に西洋風の学校教育が定着するまで存続することになったのである。

◆『御存商売物』ごぞんじのしょうばいもの(一七八二) 山東京伝(さんとうきようでん)画・作。地本問屋(じほんどんや)の老舗(しにせ)、鶴屋(つるや)喜右衛門板の黄表紙。登場するのは、江戸の地本問屋が扱っていた本のみならず、主力商品としての錦絵や、双六(すごろく)・十六武蔵(じゆうろくむさし)など遊戯用の印刷物、また薄物と呼ばれる長唄(ながうた)の抜本(ぬきほん)など様々の商品で、各々の特徴をうまく見立てて擬人化されている。筋は、上方からの下り本である八文字屋本や行成(こうぜい)表紙本が、江戸でも流行が廃(すた)れてしまった赤本・黒本などと結託して、当時流行の最先端をいく黄表紙や洒落本(しやれぼん)などにケチをつけようとするが、本としては格が上であった書物問屋が扱う『源氏物語』『唐詩選』が仲裁に入り、赤本・黒本は綴(と)じ直され、八文字屋本と行成表紙本は腰張りや下張りにされてしまうというもの。青本(黄表紙)の妹である柱隠し〔柱絵〕と一枚絵の色事を配し、洒落た読み物になっている。京伝の出世作として当時の人気も高かかった。江戸後期の印刷文化を知る上で貴重な資料である。

◆『節用集』せつようしゅう 本来は室町時代末期に成立した辞書であったが、刊本として広く流布した寛永期〔一六二四〜四四年〕以降、家庭百科事彙(じい)として使われるようになった。とくに元禄期〔一六八八〜一七〇四年〕に成立した『合類大(ごうるいだい)節用集』〔一六九八年〕などは長く摺りを重ねた。同様に大坂初期出版物の代表である『重宝記(ちようほうき)』は、日常生活に必要な諸知識や身だしなみなどを先行書から抜き書きして項目別に編集した教養読物。『大雑書(おおざつしよ)』は暦占書(れきせんしよ)で、六十図の説明に暦や吉凶などを施したもの。これも寛永以降大小さまざまの形態で絵入の本など広く流布した。同様なものに『三世相(さんぜそう)』があり、こちらは前生・現生・来生の因縁に五行説を交えて吉凶禍福を説く卜筮書(ぼくせんしよ)で、『永代雑書三世相』などという名称で家庭百科全書として民間に流布した。これらの通俗的な実用書は、いわば定番の出版物として、武家の名鑑である『武鑑(ぶかん)』や吉原遊郭(ゆうかく)の案内書『吉原細見(よしわらさいけん)』などと同様に、板元の安定した経済的な基盤を支えるために重要な商品であった。

◆板木屋 はんぎや 板木の彫刻を生業(なりわい)とする業者。ただし、本の製作過程や流通経路が未分化であった近世初期には、表紙を専門に作っていた表紙屋や彫師(ほりし)、板摺りと製本などを含め、出版流通を中心となって担った業者、つまり板元と同じ意味でも用いられていた。近世中期になると次第に出版界の再編が行われ、その結果として専業化が進み、板元と各職能集団とは分化していった。この中で、木材を仕入れて板木用の板に加工して供給することを専門にする者が現れ、これも板木屋と呼ばれたが、一般的には彫師集団を指した。とりわけ、江戸の板木屋たちは一七九〇年〔寛政二〕に仲間結成を願い出て、翌年「板木屋仲間」が認可される。板木彫刻という具体的な印刷手段を保有していた板木屋は、以前から「本屋仲間」を通さない私家版の非合法出版を手掛けることも多かったが、仲間結成後も度々幕府から警告を受け、取り締まりの対象となっていた。


# 文学小辞典 「犬子集、黄檗大蔵経、貸本屋、官版、古状揃、御存商売物、節用集、板木屋」
# 週刊朝日百科 世界の文学84 日本II「近世の出版文化」色摺、古活字本(2001.3.4 朝日新聞社)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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