絵入読本に於ける《絵画》の位置
千葉大学 高木 元 

 近世文芸の中で読本は一番格調の高いジャンルであった。この「よみ本」について、馬琴が「文を旨として一巻にさし画一二張ある冊子は必讀むへき物なれは画本に對《ムカ》へてよみ本といひならはしたり」(『近世物之本江戸作者部類』)と記すように、本来は絵本(画本・草双紙)に対する謂いとして発生したようだ。ここで注意が惹かれるのは「一巻に挿絵一二丁ある冊子」を「よみ本」と唱えている点である。すなわち、元来「読本」は絵入り本なのであった。

 近代における「文字だけの本が高尚なもので絵解き本(絵本・漫画)は低俗だ」という価値観から見れば、近世期の絵入り本は一般向けということになろうか。式亭三馬は「讀本《よみほん》ハ上菓子《じやうくわし》にて。草雙紙《くさざうし》ハ駄菓子《だくわし》也」(『昔唄花街始』跋)と記しているが、何れにしても近世文芸においては絵のない本を探す方がはるかに困難であろう。

 江戸読本についての言説であるが、「繍像読本の差画を多く画きて世に賞せられ、絵入読本此人よりひらけたり。(此頃画入よみ本世に流行す。画法草双紙に似よらぬを以て貴しとす。)」(『増補浮世絵類考』北齋項)とあり、また三馬は「すべておこなはるゝよみ本を見るに、おほかたは絵の多きをめでてもとむる事とはなりぬ。」(『おとぎものがたり』伏禀《こうじやう》)と記す。つまり、読む本であるにもかかわらず、挿絵の評判がその売り上げを左右したのである。この、江戸読本における挿絵の重要性については、早くに鈴木重三「馬琴読本の挿絵と画家」(『絵本と浮世絵』、美術出版社)が指摘している。

 馬琴は「よく見る人ハ、画ハないがよしと申も稀にハ御座候へども、かし本や抔ハ画を第一にして彼是申候よし。世上大かた、画を見て本文をよく見ぬが多しと見え候。(…中略…)画がなくて行れ候物ならバよいと、とし来京伝抔在世の折、申出候事に御座候。」(天保三年十二月八日、桂窓宛書翰)という割に、稿本では細かい指示をしており、とりわけ『南総里見八犬伝』では「文外の画、画中の文」(第二集二巻)など述べ、作品鑑賞には画文が不可分であると主張している。『八犬伝』は馬琴読本の中でも特殊なのかも知れぬが、表紙や口絵挿絵に埋め込まれたメッセージ(馬琴コード)の具体例を見て、その凝った趣向を確認してみたい。

 さて、馬琴は江戸読本の体裁と内容の定型化に大きく寄与したといえるが、他の作者の場合はどうであろうか。浜田啓介「近世小説本の形態的完成について」(「近世文藝」七十五、二〇〇二年一月)は和漢書を博捜して主として読本の定型化を跡付けた優れた論考であると同時に、読本の体裁様式に関して初めて関心を持った仕事だと思われる。これに付け加えられることは甚だ少ないのであるが、例えば『忠臣水滸伝』後篇には挿絵が用いられていないことや、上方風の造本を持つ小枝繁作『復讐竒話東嫩錦』(北齋画、文化二年、衆星閣)に挿絵が多用されていること、『絵本玉藻譚』のような大本で出されたものに「絵本」と冠されていることが多い点、また、上方読本に多い「絵本もの」と江戸読本の相違など、考えてみるべき余地も残されている。

 また、表紙や見返の意匠、さらには口絵や目録の飾り枠にも意匠が凝らされることが少なくない。これは上方読本には見られないことのようだ。具体的な結論は得られないかも知れないが、これらの造本上の問題と用いられた絵画との関係を再考してみるのも、あながち意義なしとしないであろう。

レジュメ(pdf)


# 「実践女子大学文芸資料研究所 絵入本ワークショップ II」(予稿集)
# (2006年9月17〜18日、於 実践女子学園)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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