栗本薫訳『里見八犬伝』注
高 木  元 

里見治部大夫義実
結城氏朝と共に結城に立籠った里見季基の子。落城時に老臣二人と安房に亡命し、滝田城に平郡長狭の領主神余の逆臣山下定包を討ち、安房一国を統括して治部大輔に任官した。里見氏勃興の祖。

安西景連
館山の領主。かつて安房に渡って来た義実主従を快く受け容れなかった。後に平館の領主麻呂信時を里見軍に討たせて朝夷郡をも占有した。

役の行者
修験道の開祖。呪術による神通力を持ち、役小角とも呼ばれる。毎晩、配流先の伊豆大島から飛行して来て富士山で修行したともいわれる。各地に役の行者の聖跡としての石窟などが残されている。

仁義礼智忠信孝悌
仁義八行と呼ばれる人間が生きて行く上で大切な八つの道徳的規範を示したもの。これから登場する八犬士達は、その名に含まれる一文字の浮き出た玉を一つずつ持っている。つまり、最高の徳である「仁」の玉を持つのは犬江親兵衛仁、正義を意味する「義」の玉は犬川荘介義任、礼儀を意味する「礼」の玉は犬村大角礼儀、智慧を意味する「智」の玉は犬坂毛野胤智、主君に対する忠誠を意味する「忠」の玉は犬山道節忠与、真実や信頼を意味する「信」の玉は犬飼現八信道、孝行を意味する「孝」の玉は犬塚信乃戍孝、兄弟の敬愛を意味する「悌」の玉は犬田小文吾悌順という具合である。

関東管領足利持氏六代将軍義教公
京都と鎌倉両府の対立は年久しく、鎌倉公方である足利持氏の代に入ってから将軍義教との関係はますます悪化した。管領上杉憲実と対立した持氏が、義教の差し向けた幕府勢に敗れ、持氏の自殺で幕を閉じた永享の乱(一四三八〜九)は、乱後の処置が過酷をきわめたために結城合戦を引き起すことになった。

結城合戦
永享十二(一四四〇)年三月足利持氏の遺児春王と安王が常陸の結城氏朝を頼って挙兵したが、嘉吉(一四四一)元年四月に一年に及ぶ籠城の末に結城城は陥落、春王安王も美濃国垂井で処刑された。

侫臣・悪臣/毒婦・姦婦
八犬伝の世界には、絶対的正義のヒーローである八犬士達を苦しめ窮地に追い込む悪人達が大勢出てくる。上司に媚びて口が達者な侫臣、私利私欲で動く悪臣、美しく妖しい魅力を武器して男を手玉にとる毒婦、情欲に溺れ栄華を夢見る姦婦などである。「善を勧め悪を懲らす」という〈勧善懲悪〉を建前としている本作が、玉梓を始めとする〈悪〉の魅力を余すところなく描いているのはなぜであろうか。この疑問を解く鍵は、すべての悪を打ち破った八犬士達が、最終的には仙人として現世を捨てなければならなかったことに暗示されていると思われる。

翁丸勅勘をこうむり…/枕草子
平安時代の才女であった清少納言が書いた『枕草子』というエッセイ集に出ている話。帝の大切にしていた「命婦のおとど」という名の猫をおどかした「翁丸」という犬が、帝の怒りに触れて追放された。後に「翁丸」は素性を隠して御所に戻ったのだが、その殊勝な態度に感じ入った帝が罪を許された、という話。

犬畜生といえども約束は約束
主君が約束を守らないことは武士的倫理から許されないことであった。以前、玉梓に対して一旦は許すといいながらも金碗八郎の進言で処刑したことから「児孫まで煩悩の犬となさん」と里見家に対する怨恨をかったこと(十五頁)に対応する趣向で、いわば理想的主君であったはずである義実の〈原罪〉として設定されている。

前世からの因縁
人間は現在ある困難な情況を過去の特定の出来事の結果として合理的に解釈することが多い。とりわけ仏教では生物は生れ変るものと考え、現世(つまり人間として生きている現在の世界)での情況を前世(人間として生れる前の世界)から約束されていた結果の反映として理解する。これを輪廻思想に基づく因果応報観ともいう。

如是畜生発菩提心
この玉に浮び出た「仁義礼智忠信孝悌」の文字は、「如是畜生発菩提心」と変化して、八房の菩提心を起すために犠牲になる伏姫の運命を暗示する。後に冨山で八房が邪心を静めると、もとに戻る。八房と伏姫の死後、玉は八方に飛び去り八犬士の手に渡るが、八犬具足した後、文字は消えてなくなる。これは一体何を暗示するのか。

神話伝説のいにしえならば
『八犬伝』原本の挿絵に引用されている中国『五代史』に見える槃瓠説話を踏まえたもの。また『捜神記』には馬と娘が結婚して蚕の始祖と成った話がある。

冨山
役の行者が大島から毎晩通ったという「富士山」に通じる名称。

二発の銃声
物語の時代設定としては、「史実」の鉄砲の伝来より以前の事件であるが、これを時代錯誤だといって目くじらを立てていては江戸小説は読めない。なお、江戸時代に大変に流行った芝居である『忠臣蔵』五段目に出てくる有名な「二ッ弾」を踏まえているものと思われる。

念仏・なむあみだぶつ・ありがたいお経・解脱の道を得たなら
「念仏」とは「南無阿弥陀仏」という六字の名号を念ずることで、それによって極楽に往生できるとされた。 また、ここで読まれた「ありがたいお経」とは『法華経』巻五「提婆達多品」のことで、汚れて罪深く成仏しがたい女人が、この世の苦しみを脱して成仏するのに功徳があるという。

〈気〉に感じて
人間と犬との結婚という猟奇趣味的な話としては書かれていない。「物類相感」という、物に備わっている〈気〉が感じあって子どもを産むという考え方を持ち出し、玉梓の生れ変りである八房が法華経の功徳で怨みを晴らして菩提心を得、〈気〉により八人の子を遺すという展開にしているが、英雄誕生を予感させる異常出生譚に違いない。

八つのべつべつの方向に
中国の長編小説である『水滸伝』の発端に見られる、百八の玉が飛散って百八人の豪傑が生れるという趣向に基づいて作られた構想。これには、日本にも『水滸伝』に匹敵する長編大作があっても良いという馬琴の自負と、『水滸伝』に基づく小説の流行という両面の要素が働いていたはずである。

はじまりの物語
「物語」とは基本的には歴史を語るために必要とされる様式=スタイルである。そして予定調和的に語られる結果論としての歴史=物語には、その原点となる事件が語られることが不可欠なのである。

義兄弟
同じ両親から生れた血の繋がっている兄弟ではなく、「信義」という目にみえない抽象的な絆が存在するという共同幻想の認識によって、主体的に結ばれた友情関係。生れた時は別でも死ぬ時は一緒だ、という観念的であるが故の強靭さを備えている。

本来ならあとつぎの番作のもの
中近世の封建社会においては、原則として父の職業や財産は長男が相続することになっていた。男尊女卑思想の実体として〈家〉。

読み書きそろばん・古典の教養
学校制度のなかった時代、人々は私塾としての寺子屋で基本的な教養を身に付けた。教授者の多くは教養を備えた没落武士階級であった。馬琴自身も職業作家となる以前は寺子屋の師匠をしていた。

ふつうの生れ方・滝の川の弁天
たとえば桃から産れた桃太郎のように、異常な生れ方をした昔話の主人公達は、普通の人間が持っていない超能力を備えている。また神仏に祈って授かった「申し子」と呼ばれる者達も同様で、超人的な能力を発揮する英雄の誕生を読者に知らせるための約束ごとなのである。

縁起をかついで女名前をつけられ
〈家〉の跡継として男の子が大切にされた時代、男児の死亡率が極端に高かったために出来た俗説。基本的には、おんなの持つ根源的な生命力の強さにあやかるという意味があったものと思われる。

元服
今でいう成人式。一人前の大人として扱われるために名前を改め、髪型や着物も変えた。

名刀竜泉、太阿
龍泉(淵)と太阿とは、中国の歴史書『史記』などに見える古代の銘剣。抜丸・蒔鳩・小烏・鬼丸などは、我国の軍記物語や浄瑠璃などに出て来る名刀である。高貴な家の重宝で不思議な力を持つ名刀は、その紛失や盗難を発端として物語が展開されることが多い。

足利成氏朝臣、許我公方
古河城に移った古河公方足利成氏と、扇谷持朝や山内房顕ら上杉側を擁する堀越公方政知との対立は日々深刻化する。応仁の乱を経て戦国時代へと突入して行く不安定な時代を物語の背景としている。

身なし子〈孤児〉
八犬士たちは、みな家族の愛情に恵まれなかった。生れた時から親の顔を知らないか、または幼いうちに両親を亡くした孤児である。彼らを、伏姫神女という幻の母性を求めてさまよい、機能としての父親であるゝ大法師に導かれている者たち、と見ることもできる。しかし、この設定の根拠を〈作者〉馬琴の実生活における薄命に求める必要はない。むしろ、八犬士たちが運命付けられた使命を認識し、意識的に疎外された協同性を奪還して行こうとする時、家族を棄てるという重荷が背負わされていないことが重要である。

網乾左母二郎
〈網を乾すための竿〉に引っかけた名前で、同時にさもしい男であるという意味あいも含んでいる。美男子で手跡と音曲とに秀でて口が旨いという属性は、管領家の浪人であることと併せて、浜路に横恋慕をする端敵にふさわしい設定である。このように、登場人物達の命名には色々と工夫が凝らされており、とくに「名詮自性」と呼ばれている方法、つまり名前そのものが人となりや運命を表現している場合が多い。また「亀篠」とか「蟇六」など生き物の名が使われているのも特徴的である。

浜路がこんなに‥‥
この「浜路くどき」として有名な場面は、多くの『八犬伝』の愛読者たちが原文を暗誦していた箇所。浜路の悲恋物語として読まれてきたが、信乃の非人間な冷たさを感じる人もいるだろう。だが、公と私、つまり〈公道〉と〈人情〉の狭間で苦しみ悩む登場人物を描くことこそが、江戸時代の文芸において人間を表現するための一つの方法だったのである。

郡代さま
室町戦国時代に一郡または二郡を支配した役職。もとの守護代。大代官ともいった。

障子のかげからようすを見守る
この場面のような「立ち聞き」の手法は、江戸時代の芝居に良く見られる演出。後の古那屋の段など本作でも多用されている。

浪人者・仕官
武士が主君に仕えて禄=給料をもらっていない失業状態のことを浪人という。一方、主君に召抱えられて官職を与えられることを仕官するという。優秀な家来を集めることに躍起になっている武将のもとに仕官するには、それ相応の才能と技能、及び功積とが必要であった。

操をたてる・お主の命令にそむくのは不忠
おんなは生涯たった一人の夫だけに仕えるものである、という現実離れした男に都合の良い強制的な貞操観と、男は一人の主人だけに仕えるべきだという理想主義的な倫理観とは、江戸時代という封建社会を支えていた建前としての道徳規範で、もともとは儒教的な精神に基づくものである。そして、これらの規範から逸脱しそうな情況に追込まれた場合は切腹して自らの生命を絶つのが潔いという美学があった。生命より大切なものは存在しないとする近代的なヒューマニズムからは理解しがたい発想である。しかし、過去この道徳観に殉じて行った人は数知れない。

西をむいて両手をあわせ
仏教の考え方では西の方角に極楽浄土があるとされた。そこで極楽往生を願って死に直面した人は、西の方角に向いて念仏を唱えたのである。

修験者
元来は山伏に代表される山岳信仰に基き険しい山中で厳しい修行を積む人々の呼称であったが、次第に信仰が零落して形だけが残り、近世期には怪しげな見世物をして金品を獲る大道芸人と成り下がった。

道行き
古典文学に特有の一見無味乾燥な調子の高い様式的文章の代表格で、時間の経過と空間的な移動を〈歌枕〉という過去に大勢が歌を詠んだ名所の地名を列挙することによって表現したもの。とくに芝居では恋する男女が連立って旅する場面をいうことが多い。

分・朱
近世の金銭の単位でいえば、一分は一両の四分の一。一朱は一分の四分の一。すなわち一両の十六分の一に相当する。

かっぱ
河童。想像上動物。頭にある皿の中の水がなくなると死ぬという。泳ぎがうまいとされた。

小柄
刀の鞘に入れておく小刀のこと。基本的には、手裏剣として投付けて使用する武器。そのため、失敗した時には相手の手に渡ってしまう。しかし、狙われた者にとっては敵の素性を知るための大切な証拠と成る。江戸時代の芝居や小説では仇の穿鑿のための手掛りとなる小道具として使われることが多い。

火遁の術
演劇的効果をねらった手法で、暗闇の浮ぶ炎を使って身を隠す術。ここでは軍資金を集めるため手段としての見世物。本来的にはいかがわしい邪な道であり、君子大夫の採るべき手段ではない。

だんまり
歌舞伎の演出の一つで、暗闇中で何人かの異様な人物が交錯する場面が様式化したもの。その時に荷物などが入れ代わり、後日互いの関係が判明するという趣向。

まいないに握らせ
〈まいない〉とは賄賂のことで、金品を贈与することによって、何らかの見返りを求める不正行為。役人達が〈袖の下〉に弱いのは、別に今に始ったことではない。

花婿の行列
吉日を選んだ婚礼の日に、礼装した花婿が行列をなして花嫁の家に挨拶に出むく習慣があった。

がま
ここでは醜い容貌の形容に使われているに過ぎないが、江戸時代の演劇や小説に登場する〈蝦蟇〉はとても多い。妖しい蝦蟇の妖術を駆使して天下の奪取を目指した「天竺徳兵衛」や、盗賊の首領である「自来也」などの謀反人らが縦横無尽に活躍していた。この蝦蟇の妖術は中国の蝦蟇仙人あたりからの影響かと思われる。

軍木五倍二
ヌルデは白膠木などと書くが、聖徳太子がこの木で作った像を使って守屋に勝って以来、軍器の素材として用いたので、軍木と書くようになった。後日、信玄もこれにあやかって太刀を作ったという。一方、五倍二は「ふし」とも呼ばれ、ヌルデの葉に虫が産卵発育したために異常に成長した瘤の部分のこと。つまり、軍木と五倍二とは不可分なものではあるが、それにしても奇妙な命名ではある。

膳部
お膳に乗せて出す料理のこと。

赤イワシ
手入れが悪く、赤く錆の出た切れ味の悪い〈なまくら刀〉を軽蔑した呼び方(一六三頁参照)。

なますにして切り刻んで
〈なます〉とは、魚や肉を生で細かく切って酢に浸した食品のこと。ここでは、〈なます〉のように細かく斬り刻んでしまえという程度の意味。

阿鼻叫喚とも、地獄絵図とも
阿鼻は八大地獄の中で最も苦しみの激しい所で、剣樹や刀山などの苦しみを受けた者が泣き叫ぶさま。ここでは、血なまぐさい殺人現場を地獄に喩えた表現。

因果応報
仏教の考え方で、先の世での善悪の因縁によって後の世でそれぞれの報いを受けることをいう。一般的には、悪いことをすると不幸せになるという、悪い場合に用いられることが多い。 『八犬伝』では、この〈因果〉という論理が小説全体を構成する基本的な原理と成っており、およそ端役に至るまで登場してきた人物たち全員の運命に、徹底した一貫性が与えられている。

無礼討ち
切捨御免ともいい、武士階級に与えられた苗字帯刀権と並ぶ身分的秩序を維持する特権。町人百姓が武士の名誉を損なう言動をした時これを切害しても、目撃者がいて事情が明白ならば罰せられなかった。しかし、近世後期には止めを刺して殺すことは稀であった。

管領上杉憲忠をうちはたし、関東を…
永享十一(一四三九)年に将軍義教は上杉憲実に命じて持氏を自殺させた。後に、再起をはかった持氏の子成氏は、享徳三(一四五四)年に憲義の子憲忠を誅勠したことから鎌倉を追われて古河に移り、以後、足利幕府の東国支配と鋭く対立することになるのである。

妻をめとったりいろいろな事情
番作とその妻手束とは、結城籠城の際に父親同志が結婚させる約束をしていた。この二人が偶然に出会って名告りあった拈華庵には手束の母親の墓があり、番作は処刑された春王安王両君と父匠作の首級とを、そこに隠し埋めた。

執権
鎌倉幕府の政所別当のうち将軍を補佐して政務に携った最高位の者。ただし、ここでは古河公方成氏の下で、実際に政治向きのことを切り回した最高責任者。

御簾
細い竹で編んで緞子などで縁を飾ったすだれ。貴人の座る席などを隠すのに用いた。

水牢
罪人を水を満たした牢屋に入れて水漬けにして苦痛を与える刑罰。

拷問
水責め、笞打ち、海老責め、水責めなどの苛酷な方法で肉体的苦痛を加え、犯罪を自白させること。

かみしも
本来は上下の衣服の意で、上着と袴のことで、裃という字をあてる。江戸時代の武士の礼服。

天守閣
城の中心である本丸に建てられた一番高い物見やぐらのこと。古河城の天守閣は「芳流閣」と呼ばれていた。

坂東太郎利根川
坂東とは関東地方のことで、そこに流れる一番の川という意味。利根川の別称。三国山脈から関東平野を南東へ流れ、銚子で太平洋に注ぐ。

捕り物、やわら
捕り物とは、罪人を召しとること。逮捕。やわらは柔術、すなわち格闘技の一種。

竜虎あいうつ
豪傑や英雄同志が互いに闘うこと。 『八犬伝』の原文には「禍福は糾纒(あざなえるなわ)の如し、人間万事往(ゆく)として、塞翁が馬ならぬはなし。」(人生における災いと幸せとは常に変化して定まることがない)とか、「針は細小(ささやか)でも得呑れず。」(小さな敵でも油断出来ない)というような、中国古典に出典を持つ故事成語や、良く知られた諺などを使った表現が多く見られる。これらの大部分は、話者が自分の意見に説得力を持たせるための根拠として使われている。

びく
とった魚を入れておく籠や箱、または綱などで作った器のこと。魚籃。

牛頭天王のお祭り
牛頭天王は京都の祇園社(八坂神社)や、尾張の津島大社などの祭神で、もと祇園精舎の守り神。薬師如来の化身ともいわれる。その夏祭は祇園会と呼ばれ、各地の末社で特に盛大に祝われた。八幡ともいった。また、相撲の流行を背景にして、奉納相撲として寺社の祭礼の時に相撲大会を催されることがあった。

はたご
元来は旅行用の食料などを入れた籠のことだが、ここでは旅籠屋のこと。つまり、旅人を宿泊させる宿屋。旅館。

義侠の者
権力をかさにきて力で悪逆非道を働く者を許さず、その被害にあった弱い者のために力をつくす男達(おとこだて)のこと。正義の味方。

へそのお書き
出生時に取った臍の緒と産毛とを守り袋に入れ、そこに生年月日、父母と本人の名前とを書いたメモを入れておく習慣があった。

お食いぞめの赤飯
子どもが産れて百(百二十)日目に初めて飯を食べさせる真似事をする慣習で赤飯を炊いて祝った。

暗合が重なる
暗合とは偶然の一致のこと。これまで、玉と痣(あざ)という聖痕(しるし)を持った八犬士達は偶然に出逢って来たが、古那屋の段を経てからは、自覚的に仲間を捜し始める。

大先達
仏教の悟りの境地へ導く先導者。徳の高い法師のこと。

ぬい・房八
「ぬい」は犬を、「房八」は八房を逆さにした命名。〈八房の犬〉にちなむ名の彼らの間に産まれた子「大八」が、八犬士に浅からぬ因縁を持つのは当然である。

千葉家
千葉宗家は、康正元(一四五五)年古河公方派に千葉城を攻められて居城を佐倉城に移して公方派となる。同時に国府城を追われた管領派の千葉自胤等は武州石浜赤塚城へ移った。

おたずね者
行方が知れないために指名手配を受けている犯罪者のこと。絵姿と呼ばれる人相書(似顔絵)などを配布掲示して情報提供をうながした。

梵鐘
中国古代の楽器である鐘に対して、我国では寺の鐘楼に吊るして撞木で打ち鳴らす釣鐘のことをいう。

八房の梅(やつふさのうめ)
愛犬(与四郎)の亡骸を埋めた梅の幹に、回向のために記した「如是畜生発菩提心」という文字が消え、今までは実を付けたことがなかった薄紅梅の樹に〈八房の梅〉がたくさん成った。そこに「仁義礼智…」の八文字を見出したのである。これらはすべて伏姫と八房の事件に基づく不思議な宿縁を八犬士達に知らせるためのメッセージだったのである。

天命
天から与えられた人の宿命。ここではじめて犬士たちは八人の間にめぐらされた因縁を解き明かすという生きるための目的を自覚する。

義兄弟のちぎりをかわすさかずき(二一七頁参照)
血の繋がっていない者同志が、義理による関係を結んで生きて行くという誓いする時に、同じ杯で酒を飲みほすという儀式をした。

今後は犬飼現八を名乗る
他人の耳目をくらますためには名前を変えるのが一番だが、養父見兵衛という名にちなむ「見」という字を捨てるは忍びないと「玉」を添えて「現」としたのである。文字だけでなく音も「けんはち」から「げんはち」へと変わった。

こより
細く切った和紙をよってひも状にしたもの。紙などを綴じたりするのに用いた。

封印
開けられなくするのではなく、開けたことがわかるようにするもの。封を切るのは簡単だが、一旦切れば二度ともと通りにはならない。

破傷風
傷口から入った破傷風菌によって起る病気。筋肉が硬直して痙攣を引き起し高熱を発する。重症の場合は一日以内で死亡するという。

若い男女それぞれの生き血
人間の生き血によって病気が治るという設定は、犬塚信乃という英雄が再生するのに、沼藺と房八との犠牲死が必要であるという、いわば中世説話的な筋の展開である。 血の持つ神秘力によった趣向は江戸時代の小説演劇によく出てくる。前述した天竺徳兵衛の蝦蟇の妖術を破るのが巳年巳月巳日巳刻に生まれた女の生き血であったり、血が混じることで親子であったことを知る、などという具合。

薬湯
お茶のように、薬を煮出した湯。せんじぐすり。

荘官(しょうかん)
領主の任命によって、荘園内の年貢徴収や治安維持などの仕事をした者。

下におろう
土下座を命ずる言葉。ひざまづけという意味。

さかやき・前髪・もとどりを落す
月代は男の髪を額から頂へ向けて半月形に剃り落したもの。元服前の男児は前髪を残していた。髻は髪を束ねた部分で、これを切ることは出家を意味した。

けんかの手柄
里のあぶれ者であった[木+沙][木+羅](もがりの)犬太を蹴殺して里人の患いを断ったことから「犬田」と付けられた(二百一頁参照)。 この後、闘牛場から逃げ出した暴れ牛を取り押さえたり、猟師に追われて狂暴になった大猪を素手で倒したりと、持ち前の大力を発揮して大活躍をする。

こむらがえり
ふくらはぎの筋肉が突然痙攣を起すこと。

番屋
火の用心や盗賊の番などに従事した番人が住んでいた番小屋のこと。

尺八
竹製の縦笛。普通に尺八という場合は、虚無僧尺八のことで一尺八寸(約五十五糎)程のものが標準。

在家有髪の尼御前
出家をしないで俗世で生活し続け、頭髪を剃り落さないままで深く仏教に帰依した中年女性のこと。

去り状・離縁状
離縁するということを書いて夫から妻に渡す書類のこと。離縁状がなければ女は再婚ができなかった。三行半(みくだりはん)ともいった。

親類縁者すべてにまで類がおよぶ
連座制と呼ばれた制度で、一人の犯した罪について家族以外の親類縁者にまでも連帯責任を負わせて罰せられること。場合によっては名主や五人組がまきぞえに成る場合もあった。

身代り
討ち取った首が本物であることを大将自身が検査する首実検に備えるために、かくまっている主人筋と同じ年頃の容貌の似た身内の者が代りに死んで首級を差出すという趣向で、近世の身分制度中における悲劇を表現する演出として一つの型を形成している。

汚名はすすがれ
房八は、祖父杣木朴平が謀られて主君と忠臣を殺害してしまった罪を、自らの命によって償い、見事に名誉回復したのである。そして、それは八犬士随一の犬江新兵衛を産みだすための犠牲でもあった。

烈婦貞婦の鑑
封建社会におけるおんなの生き方の手本という程度の意味。 沼藺(ぬい)は夫房八の真意を聞き、自分の死が犬塚信乃を助ける役に立つことを知って喜んで死んで行く。夫と兄のために殉じたのも名詮自性、すべてはあらかじめ定められた運命だったのである。

理想郷
理想郷(ユートピア)とは、人間の考えうる最高で完璧な理想社会のこと。安房里見王国という神仏の加護を受け人々が幸せな生活を送る理想国家の建設を目指す、という八犬士たちの生きる目標が提示される。だが、やはり理想は理想…。

ふしぎな因縁
『八犬伝』という長編伝奇小説に張りめぐらされた因と果の壮大な織物。その秘密の一端は名によって示されている。〈八房〉には「一(ひとりの)尸(しかばね)八方へ至る」という寓意があったし、〈伏姫〉には「人にして犬に従う」という意味が隠されていた。これに〈ゝ大(ちゅだい)〉と「犬」の字を分解して名乗った金鞠大輔。そして八房と犬を逆さにした〈房八〉と〈沼藺〉。これら文字の謎が壮大な構想を支えている。

神隠し
子どもなどが突然行方不明になってしまうこと。原本のこの部分に入れられた挿絵には、八房に乗った伏姫が新兵衛を抱いているところが描かれている。

主人殺しの罪
仕えている主君、父母、祖父母を殺す五つの罪を五逆罪と呼び、死刑に処された。

はりつけの刑
処刑法の一つで、垂直に立てた罪木に犯罪者を大の字に縛り付けて槍で突き殺した。

影武者
主君に似た人物で、本人と同じ恰好をして敵の目を欺くための任を負った武士のこと。また、命を狙われた場合に備えての身代りでもあった。

上野国荒芽山
群馬長野県の境、碓氷峠の南側に位置する荒船山に仮託されたものか。 馬琴は本文に、馬子歌の小室節に「荒芽山、月こそあらめ曇る夜の」とあるのを引いている。

田楽
もとは田植の時に行われた歌舞に始ったという。中世に流行した芸能の一つで、笛や太鼓にあわせた大勢での舞いと、高足に乗って玉や剣を用いる曲芸を主とした。

軽業
はしご乗り、玉乗り、綱渡りなどの曲芸、またはこれらの曲芸を演じて見せる芸人のこと。身軽で運動神経が発達した者が、厳しい練習を積んで始めてできた難しくて危険をともなう芸であった。

下野国庚申山
群馬栃木の県境、足尾の西に実在する山。馬琴は実際に足を運んだことはなかったが、みずから編んだ『兎園小説別集』という本に収めた『下野国安蘇郡赤岩庚申山記』という観光案内の小冊子などから想を得たものであろう。

年ふりた化け猫
年齢が数百歳にもなる野猫(やまねこ)の妖怪。大きさは犬ほど、虎のように獰猛で神通力を持ち、山の神や土地の神を始めとして、木精(こだま)や[豸〓](まみ)貂(てん)のたぐいまでを奴隷のように召し使っていた。二〈犬〉士に退治された後、〈猫〉塚として祀われ付近からは〈鼠〉がいなくなった。

すれちがい
大塚で信乃と荘介が知り合い、芳流閣では信乃と現八とが、円塚山では道節と荘介とが互いの素性を知らずに剣を交える。古那屋で信乃・現八・小文吾の三犬士が出逢いゝ大から八犬士の宿縁を聞かされ、荘介を救った後に道節に出逢い、荒芽山で五犬士が揃う。その後、現八が庚申山で大角を、小文吾が対牛楼で毛野を見出すことになる。『八犬伝』の前半部は犬江新兵衛を除く七犬士たちが集合離散を繰返しながら様々な話が展開して行くのである。

甲斐国巨摩穴山
山梨県北西部韮崎付近。

大鷲が落した赤子
『今昔物語』の巻第二十六に「但島国に於いて鷲若子をつかみ取し語 第一」という、鷲に連れ去られた子どもと父親が十数年を隔てて再開する話がある。

神童
人間離れした才能を持つ子どものことをいうが、新兵衛は八犬士の中で最も年が若いのに不思議な能力を持っていた。

八人の姫たちを‥‥めあわせて
八犬士は里見義成の八人の姫君と結婚するにあたり、御簾に隔てられた姫君たちの持つ紅色の太い糸を一本ずつ選ぶという方法によって相手を決めたのである。

仙人となって羽化登仙をとげた
八犬士は妻子と別れて富山の峯上にある観音堂の脇に庵をむすび同居した。二十年ほど経って妻たちもこの世を去ったある日、子ども達が富山を尋ねると「仁義の余徳が衰えて、里見家に内乱が起ろうとしている。我々も他の山へ移るから、お前達も致仕して他郷へ去れ」と教訓して姿を消し、その後行方を知るものはなかったのである。 馬琴が理想郷として描いた安房里見王国も時の流れの中で内乱に明け暮れ、史実では十世忠義の時に家康によって実質的には潰されていたのであった。


# 本文コラム(語句評注)
# 少年少女古典文学館第22巻『里見八犬伝』(栗本薫訳 講談社 1993年8月)
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#               千葉大学文学部 高木 元  tgen@fumikura.net
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